中国共産党政治局は国防相経験者2人の党籍を同時に剥奪するという異例の処分を決めた。軍関係の一連の汚職疑惑で軍指導部の元メンバーが処罰されたのは初めて。軍の制服組トップはそのうちの1人をかつて部下として重用していたことから、政治的に苦しい状況に追い込まれている。

■大規模なミサイル汚職か


 6月27日の決定で党から追放されたのは李尚福・前国防相とその前任者だった魏鳳和・元国防相。いずれも、軍の指導部である中央軍事委員会の委員や上級閣僚の国務委員を兼ねていたので、閣僚級より上の「党・国家指導者」という高い地位にあった。
 魏氏は昨年3月に引退してから公の場に全く姿を見せていなかった。李氏は同10月に国防相などを解任されたのに、何の処分も発表されない状態が続いていた。今回の処分発表によると、李氏は8月31日から、魏氏は9月21日から、中央軍事委の党規律検査委員会による調査を受けていたという。
 李氏は中央軍事委で兵器調達を担当する装備発展部の前部長、魏氏はロケット軍(ミサイル部隊)の初代司令官。昨年から装備発展部・ロケット軍や兵器メーカーの関係者が次々と公職を解かれていることから、ミサイルの開発・調達を巡る大規模な汚職があり、李、魏の両氏も関与が確認されたとみられる。

■分派活動の疑い


 国営通信社の新華社が伝えた2人の処分に関する発表文では、以下の点が注意を引いた。
 一、いずれの罪状も、汚職より先に「重大な政治規律違反」が挙げられた。元中央軍事委副主席・党政治局員という大物だった郭伯雄(無期懲役)、徐才厚(故人)両氏の党籍剥奪発表では汚職の指摘だけだった。今回の罪状は、江沢民元国家主席派の重鎮で、胡錦濤前国家主席と対立した周永康・元党中央政法委書記(元政治局常務委員)が党籍を剥奪された時と同じ。香港親中派の消息筋は「いわゆる小さなサークルをつくっていたということだ」と述べており、周氏のような分派活動をしていた疑いを掛けられたようだ。
 一、李氏は「党性(共産党員としての正しい在り方)の原則を失った」、魏氏は「忠誠を失った」と厳しい政治的非難を浴びている。
 一、事案の影響はいずれも、周氏と同じ「極めて劣悪」。郭、徐の両氏は「劣悪」だった。李、魏両氏の不正は、政治局常務委員という最高幹部だった周氏のケースと同列に扱われている。
 一、魏氏は収賄容疑だけだが、李氏は収賄、贈賄両方の容疑がある。2人とも「人事上の利益をむさぼった」が、魏氏は「他人のため」、李氏は「自分と他人のため」とされた。つまり、李氏は他人の昇進に力を貸して賄賂を得ただけでなく、自分の出世のため有力者に賄賂を渡していたと思われる。
 問題は、李氏が軍人の最高位にある張又侠中央軍事委副主席の直系の部下だったことだ。李氏は総装備部(現装備発展部)の副部長などを経て、2017年に装備発展部長となるが、その前任者が張氏。さらに5年後、中央軍事委入りして、昨年3月には国防相・国務委員に就任した。これらの抜てき人事は、習近平国家主席(中央軍事委主席)の盟友として軍内を仕切ってきた張副主席のような軍首脳の後押しがなければ、無理だっただろう。
 となると、李氏が昇進のために頼った有力者は張副主席だった可能性が大きい。17~22年、中央軍事委にはもう一人の副主席として許其亮氏がいたものの、許氏は空軍出身で、李氏とは縁が薄い。
 万が一、張副主席までが粛清されれば、10年以上続く習政権で最大の政変となる。前出の郭、徐の両氏はどちらも引退後の処分だったので、現役軍人の中央軍事委副主席失脚は文化大革命以後では前例がない。

■軍幹部に異例の反省要求


 李氏らの処分決定に先立って、中央軍事委は6月17~19日、政治工作会議という重要会合を開いた。人事や思想に関わる政治工作自体が重大事だが、開催地が革命の聖地・延安(陝西省)ということもあって、政治色が極めて濃い会議となった。習主席、張副主席ら中央軍事委の全員が参加した。
 中国における「政治」重視は通常、党中央や最高指導者に対する忠誠を指すが、この会議を伝えた公式報道(党機関紙・人民日報などの記事)では「政治」が何と70回以上も登場。それによると、習主席は会議で「党の軍隊に対する絶対的指導の堅持」を求めた。
 習主席は「政治建軍」の重要性を特に指摘し、「党に対する忠誠が確かな人が一貫して銃を握らねばならない」と強調。政治建軍で解決すべき問題として、政治、思想、組織、仕事・生活のスタイル、規律を列挙した上で、高級幹部などに対し、「根源を深く掘り下げ、魂に触れるような態度で、深刻に反省し、真剣に是正・改革して、思想の根本の問題をきちんと解決する」よう指示した。思想教育に力を入れている中国でも、ここまで厳しい反省の要求は珍しい。
 公式報道では「今回の中央軍事委政治工作会議は、習主席が自ら開催を決定した」とわざわざ明記された。このような不定期の重要会議がトップの意向で開かれるのは当たり前なのだが、「軍人たちに言われて開いたのではない」とアピールしたいようだ。
 以上の会議や処分から、習主席が自分に対する軍人たちの忠誠心に強い疑問もしくは不安を抱いていることが分かる。習氏は党総書記と中央軍事委主席を約11年も務め、軍指導部は全員が自ら起用した軍人なのに、なぜこのような事態に陥ったのかは不明だが、強大な政治勢力である軍との関係がぎくしゃくし続けば、習主席のリーダーシップはむしろ弱まっていく可能性がある。(2024年6月30日)