さようなら セリオスの部屋
早、今年も3番目の月が始まりました。先月、大事件が起きました。事の始まりは、1月の末にドコモに光回線の切り替えを申し込んだ所から始まりました。
とうとう、完全に閲覧不能となりました。私が自宅で公開していたホームページ「セリオスの部屋」です。
記録を紐解くと、2005年10月10日のアクセスログが最初でした。WebサーバーのOSも、ほぼWindowsの初期のWindows95です。Webサーバアプリは、当時は個人の方が作成した「AN-HTTPD」というもの使用して公開していました。その作成者の名前は、中田昭雄さんという方で私と同じ姓でした。
それから20年の月日が経ちました。まずは、最後の姿を紹介します。

なんでこんなことになったのか。一言で言うと、ドコモの怠慢。
事の始まりは、ドコモから届いた郵便でした。

それまで、OCNインターネットブロバイダーを使っていたので、光回線は、OCN光でした。再三言っているように、ドコモは、OCNを完全子会社にして、手足をもぎ取っています。今回もOCN光サービスを止めさせるために、甘い汁を準備したのです。殆ど、同じ条件で、ドコモ光に乗り換えると、現金37,000円が貰えるというのです。まあ、利用者としては乗らない手はありません。
OCN光の前は、NTT東日本の光だったのですが、当時は、まだ1ギガしかサービスはされていませんでした。佐世保に帰郷した時も1ギガしかサポートされていませんでした。しかし、今回のドコモ光に乗り換えるついでに調べたら、10ギガのサポートエリアとなっていました。ドコモに問い合わせると、切り替えと同時に、10ギガに移行出来るというのです。

しかし、私には懸念事項がありました。自宅には、Webサーバが設置されている。公開の為に、IPマスカレードとNATという設定機能が必要なのです。しかし、ドコモのサイトに、提供されるホームゲートウェーの仕様が公開されていません。こんな感じのイメージ図のみでした。
そこで、問い合わせして確認したのですが、ホームゲートウェーは、XG-100NEというルーターだというのです。ネットで仕様は公開されているというのです。早々に調べました。

これは、XG-100NEの取説の該当部分。取り敢えず、IPマスカレード機能の設定画面です。これと同じでNAT機能の説明も載っていました。
んん、これなら問題ないということで、契約を進めました。
しかし、実際に導入してIPマスカレードとNATを設定しようししたら、その画面は出てきませんでした。
今までは、PPPoE(Point-to-Point Protocol over Ethernet)という接続方式でした。ところが、勝手にIPoE(IP over Ethernet)という方式に切り替わってしまったのです。問い合わせると、10ギガは、IPoE接続方式のみの提供だというのです。

そんなの、契約前に知らせてくれないと困ります。そこで、何処に書いてあるのか教えてくれと要求しました。結果的に説明が有った提供条件書の該当部分です。赤色でマークした「※5」の部分に、「IPoE接続のみの提供となります」と書いてあるます。エッ、これで納得?
いやいや、そうではありません。この文章は、正式に申し込んで契約が成立した後に発行される文章です。契約前に説明してくれないと意味がありません。
IPマスカレードとかNATの設定は、IPv4というプロトコルで接続する場合の、インターネット側のIPアドレスとWebサーバのIPを接続する機能です。まあ、これができないなら、他に方法があるのか。
実は、WebサーバをIPv6プロトコルの運用に切り替えれば、対処出来るかもしれない。実験して見ました。しかし、XG-100NEは、IPv6のネットワークも遮断しており、公開は不可能でした。
その後の話は、第一報で報告した通り。技術的な対策があるか、ドコモに問い合わせしたら、NTT西日本に聞いてくれと。NTT西日本に連絡したら、「直接の契約が無いので答えれない」と。
まあ、技術的に無理な事は分かっているので、その先は追い掛けませんでしたが。まったく、顧客軽視の極みです。

そうやって、20年の歴史が終わりを告げたのですが、懐かしい画像を紹介しておきます。
2005年に、ホームページ作成の言語であるhtmlを勉強して、最初に公開したページです。その頃に飼っていた愛犬セリオスをテーマに、「愛犬セリオスのページ」と名付けたホームページです。近所の桜情報とかを載せていました。

その後、大きく拡充した時のデザインで「稜山泊フォーラム」としました。ブログも始めており、世の中の矛盾を突くフォーラムとしての機能を膨らませたいと思っていました。まあ、うまくは行きませんでしたが。
丁度、この頃にWebショップも公開していました。その為に、レンタルサーバーも契約していました。この画面は、丁度、自宅サーバからレンタルサーバーに切り替えるために、urlが変わりますよの案内を載せたページです。2017年4月1日のことでした。
この頃までは、Web作製技術も未熟で、スマホで見るとパソコンと同じ様に見えない。そこで、勉強しました。専門用語で「レスポンシブルウェブデザイン」とか言うのですが、視点を変えて、「リキッドデザイン」とか「フレキシブルデザイン」とも言われています。その手法を使って、スマホで見ても普通に見れる様にできていました。

2018年の帰郷を機会に、Webショップを閉店しました。暫くは、レンタルサーバーを使って稜山泊フォーラムを公開していたのですが、その必要性も無くなりました。レンタルサーバ解約を計画し、2024年3月31日にその役割を終えました。
この時、もう一つの問題がありました。その随分前から、googleは、「SSLという手法で暗号化していないサイトは、ホームページでは無い」と豪語していました。だから、Let’s Encryptという、無料でSSL通信ができる方法も採用していました。
そうやって、高度な技術も活用して公開していた「セリオスの部屋」なのですが。とうとう、終わりが来ました。
自宅内のLANでは、今でも見れるので、長い期間のブログとか、掲載した写真の一覧とかは、自宅で見ています。
しかし、皆さんにお見せすることはできなくなりました。今後も、AmebaブログとFacebookで出来事を紹介していきます。お付き合い、よろしくお願いいたします。
平戸瀬戸市場でひらめ御膳
平戸瀬戸市場は、田平港に有る海産物、農産物の直売所です。その2階に有るのが、シーサイドカフェ。平戸に来て、時間が合えば、良く昼食で利用しています。
この地域は、田平町なのですが、平戸市田平町。その関係で、平戸瀬戸市場というのですが。平戸港には、こんな直売所が無いとか、面白いでしょう。
昨年、3月31日に平戸で食事した時に、何気なく選ばなかったひらめの刺し身でした。ひらめの季節の最終日だったと知ったのは後の祭りでした。
平戸に来たので、今年は食べるぞと意気込んだのですが。ここの料理は人気順で、海鮮丼、海鮮天丼、平戸和牛丼、平戸豚ロースカツ丼、刺身盛り合わせ、焼肉セット、平戸豚ロースカツセットといった感じです。どれにも、ひらめは入っていません。どうしよう。

私の連れは、高齢者で普通の海鮮丼は、多過ぎて食べきれません。何度か来た後に、定番になったのがミニ海鮮丼です。定番の刺し身が3種類にイカが少し。量が少ないだけで、普通の海鮮丼と同じ顔ぶれです。
普通の海鮮丼が1,600円に対して、ミニは1,350円でそんなに安くはないのですが、食べきれない量は要らないので、丁度の料理です。

ひらめを何とか食べたいとメニューを見たら、特別料理として「ひらめ御膳」がありました。ご覧の通りに、ひらめだけの海鮮丼と、海鮮天ぷらのセットです。海鮮丼も良いけど、天丼も食べたいなと思っていたので、面白い組み合わせだとは思いました。
もちろん、みんなで食べるので、海鮮丼の上に乗ったひらめは、みんなで分けて頂きました。しかし、その値段に驚き。2,500円です。贅沢御膳と呼ばれている「平戸瀬戸姫様御膳」で2,300円は、茶碗蒸し、サラダ、フルーツが付いてこの値段。なんだか割高でした。
これがひらめだと意識して食べたのは始めてでしたが、口が貧素な私には、ひらめの美味しさは分かりませんでした。白身魚の刺し身で、クロダイとかと同じ感じ。全体としては美味しかったのですが、特別のものでは有りませんでした。もう、ひらめは良いかな!

このシーサイドカフェは、平戸瀬戸市場の2階にあります。Googleの地図には、シーサイドカフェと出ているのですが、ホームページで検索すると、平戸瀬戸市場のホームページの中で、「平戸瀬戸市場レストラン」と紹介されています。平戸瀬戸市場としては、こちらが正式名称という感じなのですね。
2階に登って直ぐの入口の外がテラスとなっています。料理を持っていって食べるという場所ではないのですが。
ご覧の通りに平戸大橋が綺麗に見える場所です。
丁度、平戸水道、平戸瀬戸、平戸海峡という呼び方を話題にしたばかりですが。平戸大橋の下が平戸瀬戸、その右側が平戸水道です。そして、平戸大橋の先、平戸島の最南端までが、平戸海峡です。まあ、厳密な定義があるかどうかは知りませんが。
私の家のインターネット。ドコモ光10ギガへの切り替えそのものは、問題なく、ほぼ瞬時に終えたのですが。当家の自宅にあるWebサーバーの公開は、とうとう出来なくなることが確定しました。
でも、酷いものです。光回線は、NTT西日本の物理的な回線。光回線の提供者は、NTTドコモ。インターネットブロバイダーは、OCNインターネット。何故できないのかと知りたいと問い合わせしました。
結局、昼頃から問い合わせを開始。OCN、ドコモと連絡し、最終的に技術的な事は、NTT西日本に問い合わせてください。そこまでたどり着いたのは、夕方の4時頃でした。しかし、折り返しのNTT西日本からの連絡が入ったのは、夜8時過ぎ。風呂から上がってからでした。
その返事が呆れる。「NTT東日本との直接契約は無いので、お答えできません」ですと。エンドユーザーと言う言葉は知らない様子。何を言っても「馬の耳に念仏」でした。まさに、馬を相手の話だった様子。怒り心頭なのですが、完全に通り越して、呆れてしまいます。
特に、AmebaブログとFacbookでは、スクロールして見れるパノラマのリンクを張っていますが、リンク切れとなっています。修正はかなりのボリュームとなるので、暫くはご容赦の事、お願いいたします。
光回線の切り替え時の苦労から、何故、自宅Webサーバの公開ができなくなったのか。その辺りは、別記事で報告予定です。ご期待下さい。
平戸の梅ヶ谷津偕楽園
梅の季節。昨年は、伊万里を中心に回ったのですが、今年はまずは、平戸に行ってみようと。
噂話で手入れがされていないという話も聞いたのですが。まずは、体験して見ようと。

後ほど、位置関係を説明しますが、山間に裏庭が有り、一面が梅林となっていました。その中でも、一番梅らしい花から。

1枚目を撮った場所で、右手を見て引いて撮った写真です。
ここが、裏庭というのは、偕楽園の建物が、右手の丘の上にあるからです。右手に階段があり、そこから降りると来れるのですが、始めてだったので、遠回りしました。

白い梅もしっかりと咲いています。蕾もまだ付いているので、暫くは楽しめるでしょう。

赤い梅もしっかりと咲いています。
この写真は、2枚目の山手を見たシーンの反対側なのですが。バックの木の向こう側は、道路を挟んで海です。以前、平戸水道、平戸瀬戸との違いを解説した事があるのですが。ここに見えるのは、平戸海峡の辺りの海です。

梅ヶ谷津偕楽園の入口です。書いてあるままなのですが。この建物は、旧平戸藩主の別館の建物で、現在は歴史資料館となっている様です。という言い方の意味は、後ほど。
建物の右側を抜けると、梅林の中で説明した階段の上に行けるのですが。最初に行った時に、階段が見えなくて、下から回るものだと思い込みました。
石畳が終わる辺りで、左側に降りる道がありました。その道を通って行ってみたのですが、完全に失敗でした。
その道で辿り着くのは、最初に紹介した梅林から見て、段下の広場でした。そこにも、小さな梅の木は有ったのですが。結果的に、険しい道程を遠回りしてしまいました。

入口に「本日終了」と書いた札がぶら下がっています。この写真を撮ったのは、水曜日の11時頃です。世の中、水曜日に休店するお店も多いのですが。ここも休店日の様でした。
この記事を書いている時に調べると、「定休日は木曜日」と出ていました。不定休というのが正しいかも、その理由は、表札に有るのかもしれません。
札の左上に、明らかに民家と見える「梅谷 崇」と書いた表札があります。その下には、一般家庭に良く付いているインターホンベルがあります。札の部分の張り紙は、破けていますが、こう書いてあるようです。「用が有る方はインターホンを押して下さい。木曜日は定休日」と。
要するに、歴史資料館は、梅谷さんの個人宅で、個人の勝手で運営している。だから、不定休ですよ、と言わんばかりの状況だと感じました。

「ヤギに襲われた」事件に遭遇しました。順を追って説明します。
まず、最初に左側の階段を降りる時に、建物の近くにヤギが繋がれているのが見えました。多分、繋がれていると感じたのですが。
この写真は、梅園を見て階段を上がった場所です。この場所にもヤギが居て、放し飼いとなっていました。そして、そのヤギは、とても大きいのに、道を塞いで通してくれません。この時は、御老体を含めて三人での訪問。御老体を通してあげようと試してみました。
このヤギは、首輪を付けているのですが、気性は大人しくて、何となく人懐っこいのです。首輪を持って引くと、付いてくる感じ。そうやって、御老体を先に案内したのですが。
突然、ヤギが同じ方向に向って突進。私は、なんとか止めようと首輪を引いたのですが、大きなヤギの力は凄い。私は、そのまま転倒してしまいました。
転倒した時に、ゴツンと頭を打った音がしたのですが。まったく痛みが無い打ち身。うまいこと、受け身ができた様子でした。少しズボンが泥で汚れた程度で済みました。
ここで、冒頭に書いた噂話の話も少し説明しておきます。梅園の中では、3m四方程度の狭い範囲で、野焼きの跡がありました。梅園のお手入れは、結構されていると感じました。
梅園から登ってくる階段の周りは、結構雑草が生えていて、客を受け入れる感じはしません。最初に降りた遠回りの階段は、特に梅園に登る坂道辺りで、草茫々という感じ。来客を想定はしていない様でした。

この偕楽園をGoogleマップで探すと、先に「KIKKA HIRADO」という施設が出てきます。残念ながら、全体の写真は取らなかったのですが。偕楽園の入口を背にすると、20m程度の平屋の建物がありました。その入口の写真です。ランプの部分に「KIKKA」と書いてあります。
ネットで検索すると、海が見えるホテルと紹介されていました。上の駐車場には、7台程の車が止まっていたのですが。営業をしている気配はありません。不思議なホテルです。

一つ前の入口から覗いた写真です。平戸海峡を挟んで、田平の本土が見えます。風力発電を地図で調べると、田平風力発電所という施設の様です。
確かに、「海が見えるホテル」らしいですね。

もう少し近付いて、左手を見ると、ホテルのラウンジでしょうか。建物そのものが平屋でホテルの感じはしないのですが。確かに、ホテルの様です。
でも、人が全く見えないのは不思議。ゴーストホテル? 沢山、車は止まっていたのですが。
昨日、当家のネットは、ドコモ光10ギガに移行しました。正式に運用開始するまでに、地獄の様な体験をしたのですが、その内に、報告します。
そして、現時点で、私のホームページ「セリオスの部屋」の再開は、目処が立っていません。ホームゲートウエイとして届けられたXG-100NEの仕様書ではまったく問題無いと思ったのですが。
ホームゲートウェーについて来た説明書から、全て大嘘。あまりにもいい加減過ぎます。呆れてものも言えない。
開通-平戸インターチェンジ
平戸の「梅ヶ谷津 偕楽園」に行ってきました。そして、平戸瀬戸市場で食事もしてきたのですが、自宅のネットワークの切り替えが目前。殆ど何もできません。
そんな中、西九州自動車道の平戸インターチェンジが昨年12月14日に開通したのですが、偶々、通りがかって、入口が分かりました。ということで、平戸インターチェンジから松浦インターチェンジの往復を動画に纏めました。
以下、内容は殆ど、YouTubeの説明とダブりますが、まずは。
平戸島から平戸大橋を渡るシーンから始まります。一旦、田平漁港に有る平戸瀬戸市場に寄った所から、佐世保の世知原、三川内に繋がるやまびこロードに入ります。
田平漁港からやまびこロードに向かう途中にウインドウ・ウォッシュとワイパーを動作させています。平戸瀬戸市場で食事をしている間に、海鳥爆弾の洗礼を受けました。致し方なく、フロントガラスのみ洗浄しての旅でした。悲惨!
平戸インターチェンジは、やまびこロードの途中。やまびこロードに入ってから6分間程度が掛かりました。平戸インターチェンジといっても、速度制限が解除のやまびこロードを6分間も走るとは、結構遠いと感じます。
平戸インチーチェンジから松浦インターチェンジまでも丁度6分間。特に、松浦インターチェンジの出口の合流が厳しいというのも、ご覧ください。
松浦市では、「道の駅 松浦 海のふるさと館」に寄りました。当初、「海の駅」と呼んでいたと思ったのですが。帰りも同じ区間。平戸インターチェンジを降りた所までです。
ドライプレコーダーの映像なので、私達の会話は消して、私が集めたヒーリング曲をバックに流しました。きれいな曲です。一緒にお楽しみ下さい。引用として、曲のタイトルを、収録順に紹介して起きます。
曲名(アーチスト名、アルバム名)
1.A Time For Love(倉本裕基、My Favorite Songs Ⅱ)
2.夕雲の詩(神山純一、黄昏のアダージョ)
3.Time To Be Apart(中川俊郎、air~穏やかな空気~)
4.Deborah's Theme(MAKISIM、A New World)
5.熱帯魚の群舞(小久保隆、グレートバリアリーフ)
この記事を書いているのは、翌日の朝にネットの切り替えを準備している最中です。
中々届かないルータ類の納期を確認するのに、相当に手間取りました。特に、NTTドコモの客の勝手という言い方には、憤りすら覚えましたが、必要な機材を揃えて、切り替え準備もほぼ終えました。
今までは、ONU内蔵のホームホームゲートウェーとルータという構成だったのですが。機器が届いて、実際どうなるかが分かりました。
まず、ホームホームゲートウェーとは別にONUが追加となりました。ONUとは、"Optical Network Unit"の略で、日本語では光回線終端装置といいます。要するに、自宅のネットをインターネットに接続する装置です。
佐世保に帰郷した時から、この手の切り替えは3回目となるのですが。特殊な設定もしているので、結構、骨です。
ただ、ホームページ公開に関しては、絶望的ではなく、今までよりは、改善されるかもしれません。結果はまた、報告いたします。ご期待下さい。
愛宕市 2026
今年も、佐世保市相浦地区の愛宕まつりが始まりました。今年は、2月20日金曜日から土日の3日間です。昨日行ってきました。今日は、お祭りの中日です。まだ間に合いますよ!
何度か解説した事はあるのですが。金曜日に東漸寺から愛宕勝軍地蔵菩薩が和尚に担がれて、愛宕山頂の地蔵堂で御開帳されるのは、「愛宕まつり」。それに合わせて、金土日に旧相浦地区の通りで開催されるのが「愛宕市」です。

まずは、町の賑わいから。出店がご覧の通りに並んでいます。
何時もは、特に賑わう土日に来るのですが、今年は、用事のついでということで、始めて金曜日に参加しました。人出はあるのですが、流石に平日の金曜日です。何となく閑散としています。

毎度の事なのですが、まつりの本部の風景です。ここでは、100円でおみくじ付きのシャモジが買えます。昨年は、家族に当りが出たのですが、賞品は、植木、野菜、お菓子セットから選択でした。
昨年は、野菜を貰ったのですが、人参、じゃがいも、玉ねぎが入っていたと報告していました。高々100円なのですが、当たってもこんな感じ。外れるとポケットティッシュが1個と寂しいので、今年は参加しませんでした。

カラフルな出店も並んでいます。たこ焼き、イカ焼き、はしまき(箸巻き)、ホルモン焼きと、縁日らしいお店が並んでいます。
お菓子やおもちゃのお店も出ているのですが、今日は金曜日のお昼。まだ、子どもたちは学校の最中ですね。子供向けの出店は、流石に閑散としていました。

先週に続いて、今日も午前中に吉岡町での用事の帰り。丁度、愛宕市が有ったので、寄ってみたのですが。ご飯時、たこ焼きの類では、腹を満たさないので、うどんの出店に入って頂きました。
きつねうどんが450円。おにぎり2個、又はいなり寿司2個で150円。おにぎりといなり寿司は、安いなと思ったのですが。一人600円の昼食。お弁当だともっと豪華になるのにと思いつつ。
意外だったのが、うどんの汁がとっても熱かったのです。私は、温いお汁は嫌いなので、その部分は満足。若干塩っぱかったのですが、出汁も効いていて、美味しいうどんでした。
ただ、おにぎりが。中には何も入っていない。そして、塩も振っていない。ただ、単なるご飯の塊。でも、この地域のお米だったのかな。ご飯自体が美味しくてこれも満足でした。

駐車場からお祭り会場の通りに向かう場所です。相浦富士らしい愛宕山と洪徳寺の塔が写って良い風景なので、毎年撮って、紹介しています。
例年は土日で混んでいると思って、少し離れた相浦西小学校の校庭に車を止めて来るのですが。何気なく、もっと近い、つまり、この撮影場所から手前50m程度の駐車場に停めてきました。
本当に何気なく、近い駐車場に来たのですが。よくよく考えると、今日は平日の金曜日でした。学校は登校日で使えませんでした。行かなくて良かった!
森伊蔵を買いました
極秘情報の開示です。競争で購入する芋焼酎の購入方法は、ライバルを増やさない為に極秘。
でも、今回はあまりにも面白いので、特別に公開いたします。

記録を見ると、2007年に当選してから、平均して年に1本程度が当選しています。
そう、月に1回、電話で申し込んで、当選すると購入できる芋焼酎です。森伊蔵といいます。毎月申し込んでいるので、確率としては、9%程度の当選確率。
まあ、そうしてまで買いたい程、美味しい芋焼酎なのですが。今回の購入で面白い出来事がありました。

1月13日に当選が知らされて、代金を支払いました。大体、翌月の15日に森伊蔵が届きます。いつも、ヤマト宅急便で届くので、配達予定が通知されるのですが、今回は通知は来ませんでせした。
2月16日に突然、ヤマトの配達員が配達に来てくれました。アレッ!
伝票を見て、大笑い。私の名前の「稜山」が「綾山」と書いてあります。
まあ、少しむずかしい漢字なので、ある意味仕方がないのですが。今回は特別に違和感を覚える事情がありました。

当選すると、郵便局の払込取扱票を使用して代金を送金します。今までは、手書きで送金していたのですが。
時々話題にしますが、私はバソコンおじさんで、手書きがとっても下手。今回も手書きで準備しようとしたのですが、書き損じしてしまい、少々苛立ちました。
そこで、プリンターで印刷する雛形を準備して伝票を作成しました。
もちろん、送金時の伝票は記録していないのですが。プリンターで印刷するので、再現性が高い。と言う意味で、実際に送金に使った伝票と同じ画像です。
今は、機械で読み込んだ画像を森伊蔵に送るので、どの様な画像で届いたかは分からないのですが。
プリンターで印刷した活字を、人が読んで間違えた。そういう出来事の事例でした。月に何本を処理しているか分かりませんが。人手による処理を続けているのですね。お疲れ様でした。
相当ダム 佐世保市
佐世保で柚木地区の話題を度々。国見山の方向に登って、国見トンネルに向かう傾斜地を相当ヶ原というのですが。その山手に流れるのが、相浦川の源流の一つである、牟田川が流れています。
牟田川の中流にあるのが、相当池。相当ダムに依って堰き止められてできた池です。その相当ダムについて、少し紹介します。

相当ヶ原の真ん中を登るのは、国道498号線なのですが。その左側に広がる田んぼの先、牟田川近くの道は、中型の普通車の車幅位の道が走っています。そこから、僅かに見えているのが相当ダムの堤防です。
相当ダムは、第二次世界大戦の前に着工。戦時中に工事は進められて、戦争捕虜もその労働力として駆り出された。結果的に、事故などにより、戦争捕虜の54人が亡くなったとか。激化する戦火の中、突貫工事で昭和19年に完成したというので、その熾烈さが伺えます。
その亡くなった戦争捕虜の慰霊の為に、「上水道殉職者之碑」が建てられたとか。検索すると、毎年、5月30日に慰霊祭が開かれるとか。
そういった史実等は、検索などで見聞きできます。しかし、何故だか、佐世保市のホームページでも、一般ニュースでも、事前の慰霊祭の開催の案内は見たことが有りません。だから、未だ、参加したことも無いのですが。

ダムの堤防から右手にダムの入口があります。無人なのか分かりませんが。重要な水源として、立入禁止の表示のまま、空いた所は見たことは有りません。
何度も来たことはあるのですが、「上水道殉職者之碑」は何処にあるのかな?

入口の柵の上から、入った所の写真です。よく整備されている様子が見て取れます。

その右側を見ると、建物が。管理棟という感じではないですね。作業員の宿泊施設かな。

その建物の裏側を見て、何となく見つけました。建物の先の広場の真ん中辺り。白い塔が建っています。これが「上水道殉職者之碑」かな。
「上水道殉職者之碑」は、柚木にある産直の店「よかもん市」に飾ってあった慰霊塔の写真に書いてあった名称です。佐世保市の相当ダムの解説や慰霊祭が開催れたとのニュースでは、「慰霊塔」のみの記載です。
5年前に調べた資料には、もっと詳しく説明されていました。元々簡単な碑があり、遺族の米婦人が訪れた時に、当時の関戸村長が案内し、その時の思いから慰霊碑の整備に着手した。
昭和31年4月に山中辰四郎市長の筆による「佐世保市水道殉職者慰霊塔」が相当ダム敷地内に建立されたとか。その6ヶ月前に私が生まれました(笑)

一つ前の写真の右手に、同じ様な小道が続いています。進むと、慰霊碑が遠くに見える場所がありました。遠すぎて、よく見えませんが。
5月30日、今年は予定表に入れておくかな。
SSKにドッグ入りした飛鳥Ⅲ
snsのイイね友達が載せているのを見て、来ているのだと知りました。佐世保重工業のドッグに、飛鳥Ⅲがドッグ入り。間近でも見ることができました。
佐世保市の元観光マイスターとして、色んな角度から写真を撮ってみました。最後に撮影場所の地図も紹介します。
SSKバイパスの直ぐ前なのですが、まずは高台から。佐世保市消防局の前の広い道路を山手に登り、佐世保日野松浦線という山道に入ります。
その前に、最後に撮った良い写真から。

SSKバイパスのドッグ側に、佐世保重工業の社員用の駐車場があります。正面から見るなら、ここが一番近い場所となります。
周りの影は、金網です。一眼レフのレンズは、割と大きいので、金網の網目の間で撮ることはできませんでした。最後にこの場所で撮った、もう少しおもしろい写真も紹介します。

さて、佐世保日野松浦線に入って、一番最初に目に入る飛鳥Ⅲです。クレーン群に囲まれています。
先に見える山は、いつも赤崎岳と紹介しているのですが。佐世保市街地から見えるのは赤崎岳なのですが、ここからだと、赤崎岳の右側に有る石岳が見えています。頂上が石岳展望台で、向こう側に石岳動植物公園、つまり森きららがあります。

この場所から、ちょっと左に向くと、ジャイアント・カンチレバー・クレーンが見えます。国登録有形文化財で250トンと巨大で、今でも稼働しています。
SSKには、沢山のクレーンがありますが、これだけは特に注目しておいて下さい。

さて、佐世保日野松浦線をそのまま進むと日野町の方に抜けてしまいます。途中で左折すると、俵ヶ浦日野線に移り、SSKの近くままで降り始めます。
その坂の途中では、ドックにぐっと近づきます。先ほどと違って、左側の高い山が見えます。これが赤崎岳です。随分と近づいたのですが、全体を撮影してみました。

さらに進むと、丁度、飛鳥Ⅲの正面の前を通ります。この辺りは、道の際に木々が多いのですが、丁度の所に視界が開けていました。
さらに進むと、SSKバイパスの上を渡る橋を渡って、俵ヶ浦半島の付け根に着きます。

俵ヶ浦半島に向かう道の途中を右折して、坂を登ると、赤崎団地があります。石岳の佐世保市街地を望む展望が開けた場所です。
飛鳥Ⅲの左側にSSKバイパスが走っています。正面に見える山は、烏帽子岳です。佐世保を代表する山で、佐世保富士とも呼びれているのですが。ご覧の通りに山頂の周りが大地でなっていて、巨大な山脈の様な山なのです。
右側には、海上自衛隊の護衛艦でしょうか。その辺りが、海上自衛隊の基地です。

赤崎団地を降りて、海の近くに行くと、佐世保市立愛宕中学校があります。その海側から見た飛鳥Ⅲです。随分と後方から見た飛鳥Ⅲですね。もっと近づきましょう。

愛宕中学校の前から、もう一つ下に、海沿いの道があるのですが。飛鳥Ⅲが見える一番突先まで行って撮った写真です。
飛鳥Ⅲの真後ろが撮れました。丁度、タグボートが通り過ぎました。じつは、右手に後3挺のタグボートが並んでいたのですが、固まってくれません。残念。

そこから、SSKバイパスに戻るのですが、SSKバイパスに着く前にSSKの裏門があります。その裏門の直ぐ前から撮影した、飛鳥Ⅲの船橋の写真です。
実は、中々「飛鳥Ⅲ」の文字が見えないので、ここで無いと撮れないのかなと思って、撮った写真でもあります。でも、船橋や船室が間近に見れる写真となりました。
ここから、SSKバイパスに入ります。途中、山手側にセブン・イレブンがあるのですが。その前に横断歩道があり、SSK側に渡ることができます。
一番最初にお見せした写真で説明した通りに、その場所にSSK社員用の駐車場があります。

そこから、少し歩くと、飛鳥Ⅲの真ん前まで来ることができます。ここも、金網があり、周りにぼやけた金網が写っているのですが。
これが、飛鳥Ⅲに一番近づいた写真となります。
当日は、どんよりとした日で、更に、全体として靄が掛かった様な天気でした。だから、撮れた写真は、全体として白くぼやけたような写真ばかりでした。
仕方がないので、画像処理でコントラストを上げて、紹介しました。その分、白い部分が少し飛んでいるのはご容赦下さい。

Googleマップから、撮影場所を記した地図を作成しました。一番最初の写真は、⑧の場所です。
一番上の道が佐世保日野松浦線で、①の場所から始まります。ここで、飛鳥Ⅲとジャイアント・カンチレバー・クレーンを撮りました。
俵ヶ浦日野線に入る交差点は、見て取れると思います。②、③と進んでSSKバイパスの上の橋を渡ります。
その先の俵ヶ浦日野線を右折すると④の赤崎団地です。急カーブを曲がると、急な坂が続きます。そうやって、眺めが良い場所に着くことができます。
⑤の手前に愛宕中学校が見えています。⑤、⑥と続いて、⑦が船橋を撮影した場所です。「SSK西門」と出ています。
実は、この前方がSSKなのですが、右手は、米海軍基地の一部となっている場所です。⑥から⑦に移動する右手に、米海軍の看板が出ていました。
そして、やっとSSKバイパスに乗って、セブン・イレブンまで。地図に載っているので、⑧と⑨の行き方も分かるかと思います。
最後の写真を撮った⑨がどんなに近い場所かも、良く分かるでしょう。終わり。
平戸八景 大悲観
記事にしようとネットで「大悲観」検索すると「大悲観公園」しか出てこないですね。「平戸八景 大悲観」なので、大悲観が有っての公園なのですが。

久し振りに寄ってみたのですが、上まで登るつもりはないと入口まで来て気付きました。登り口から大悲観が見える。という風景です。
実際は、2年前に、登って苦労して大悲観を探した後、登り口で見えたと記録していました。まったく、歳のせいかな?

折角なので、アップにして見ました。スマホカメラの望遠撮影です。
大悲観の文字は、少し葉っぱの影となっていますが。その下の小さな観音像が収まっている窪みが見えます。
今日は、午前中に吉岡町に用事がありました。昼前に終わったので、佐々町の一確というラーメン屋でお昼と思って行ったのですが。何となく嫌な予感が当たって、一確はお休みでした。
他にもお店は有るのですが、最近できたスーパー「トライアル」のお弁当が安くて豪華なので、お弁当を買いました。そうやって、大悲観公園の駐車場に停めてお弁当を頂きました。美味しかった!

今まで、1枚目の様な写真で紹介していましたが、今回は、「大悲観百五十年祭記念之碑」のアップです。文字は、少し霞んで見難いのですが、コントラストを上げています。
昭和55年となっています。私が昭和30年生まれなので、25歳の時。今、70歳なので、45年前ですね。と簡単だと思って計算して見たのですが。昭和100年と考えれば、自明でした(笑)。
2018年9月に始めて来た時の記事で、記載の説明を要約していましたので、そのまま紹介します。
公園の案内板に説明されているのが「大悲観大文字」。第10代平戸藩主の松浦煕が長崎からの帰り寄って、巨岩に大文字書いて掘らせたと説明されていました。
その松浦煕が、北松(北松浦郡のこと)の名勝を選んで、平戸八景を定めた。その一つが「大悲観」です。
当家のネットワーク停止のお知らせ
何のお知らせ?不思議に思うかも知れませんね。一応、自宅から公開しているホームページ「セリオスの部屋」の公開の問題です。それが一時的に停止する、または、恒久的に終了するかも知れないというお知らせです。
合わせて、そのタイミングでしばらくパソコンのインターネット接続ができなくなる可能性があります。snsの更新や「いいね」が送れなくなる可能性があります。ご容赦下さい。
概要ですが、私は、2010年にそれまで酷かったYahooのネットサービスと決裂して、NTT東日本の光ネットサービスとOCNのブロバイダーと契約。それからずっと続けています。
途中、OCNがNTT東日本の光ネットサービスを代行するというので、OCN光サービスに移行したのですが。その後に出てきた、ドコモ光サービスは、後の祭りで遠慮していました。現在は、NTT西日本の回線を使用してOCN光を利用しています。

そんな中、ドコモからOCN光からドコモ光に乗り換えたら、37,000円の現金を還元するとの通知が来ました。
以前から説明している通りに、ドコモは、NTTサービスの殆どを飲み込もうとしています。OCNは、そんな中、四足をドコモに奪われるという状況。まあ、それは、NTTグループの方針なので、どうのこうのと言う話でも無いのですが。私にとってはラッキーな話です。
ということで、切り替えの契約を実施。今月なのですが、2月24日にOCN光からドコモ光への切り替えが決まりました。何故、お知らせしているかの説明が本題なのですが。多分、興味深いと思うので、キャンペーン内容を先に。
【キャンペーン内容】
私の場合は、OCN光とOCNブロバイダー利用者で、このキャンペーンを使うとドコモ光とOCNブロバイダーの組み合わせに変わるのですが。その他の利用者の場合は、もっと特典が大きいので参考としてください。
1.現金還元
現在の契約からの変更の方は、現金37,000円が貰える。新規に10ギガの契約をする方は、55,000円です。
2.ドコモ光の利用料金を一定期間割引
契約内容により4,400円から6,380円の月額利用料が、最大6ヶ月間500円に割引。私の場合は、6,380円が500円となります。
3.他社乗り換えで10万円分のポイント
私は該当しないのですが。dポイントが10万円分貰えるそうです。
4.工事費用無料
新規契約の工事費は無料。私の場合は、工事無しなので直接は関係ありません。
5.ルータの優待割引販売
1ギガの契約だとルータが無料貸出です。私は、10ギガの契約で優待割引販売を利用します。34,480円の比較的に高級なルータが19,980円で買えるらしい。価格.comで調べても、こんな低価格は出てきません。ラッキー。
6.スマホ料金がドコモ光セット割引
これが一番お得かも知れません。家族割のグループ全員が、毎月の月額料金が最大1,210円割引です。
私の場合は、子の家族を含めて5人のグループを作っているので、契約内容によっては、最大6,050円が浮く事となるのですが。実際はそうはなりませんでした。
最後まで頑張って私が選択した、安い「はじめてスマホ割」は、安いので対象外。5人の内、3人が500円か1,100円の割引となる様子。
まだ、詳細は確認していませんが、1,500円から3,300円のお得となるでしょう。今後毎月というお得なので、とってもお得です。
【実際の影響】
では、当家で切り替える2月24日にどうなるかを説明します。まず、当日は、午前中はネットワークが繋がりません。正午までに再接続される段取りなのですが。最悪数日の間、繋がらないかも知れません。その場合は、sns投稿もできないし、「いいね」も送ることができません。
それから、自宅サーバーを公開している点が問題なのです。インターネット接続部分のONUが変わるので、今まで通りの接続はできないかも知れないのです。その点を詳しく。
詳しく説明すると膨大な説明となるので、超簡単に説明。自宅サーバーをネットに公開する場合、昔は簡単だったのですが、セキュリティの問題で今は、通常の設定ではうまく行かない。
2024年1月8日に解決したの報告をしているのですが。OCNが提供する光サービスでは、自宅Webサービスの公開は、制限が厳しいのでした。その時は、1ヶ月掛かりました。
今回契約するドコモ光も、その様な問題は有るはずなのですが、技術的な説明は何処にも有りません。まあ、問い合わせすれば丁寧に説明してくれるのかも知れないのですが。今までの経験から、魑魅魍魎な説明ではぐらかされるのが関の山です。
ということで、出たとこ勝負で対処しようという次第です。改めての可能性の話を整理します。
【セリオスの部屋は、2月24日に終了しました】
2月24日に一時的に停止します。その後、復旧予定ですが。2024年1月8日に解決した問題は、解決に1ヶ月を要しました。同じ問題なら、当日中にも解決できるとは思うのですが。
技術的に不可能となる可能性は否定できません。その場合は、公開不可となり、そのまま閉鎖となる可能性もあります。
まあ、18年間位続けてきたブログと写真掲載は、記録的とも言えるのですが。途中も度々中断。そのまま終わるかも知れません。その時は、長い事有難うございました。
