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Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

キルギスから一時帰国中の盟友が、東京国分寺でキルギスの情景を

うつしとった写真展を開きます。


期間は5/3-5/8

詳細はこちらのリンクをご覧ください。


http://event.cafeslow.com/?eid=1080218


キルギスという国は名前はしっていても、どこにあるのか、人々がどのような

くらしをしているとかは知らない人が多いと思います。(僕もそうですし)


というわけで、お近くにお住まいの方、是非見に行ってみてはいかがでしょうか?



貧乏くさいと言われればそれまでである。


しかし、僕は出涸らしが好きである。


コーヒーも紅茶も緑茶も、はじめに一杯楽しんだあとに、


なんだかもう一杯入れてしまう。


おなじ粉や葉っぱを使い、最低二杯は飲んでしまう。


そんなことを書いていると、相方さんが突然、


「眠い~。春だからかだな。春眠暁を覚えず」とおっしゃった。


我が家は愉快だ。


明日も、二番煎じを大切に。





肌寒い日が続いている。大震災の発生から二週間が過ぎた。

関西の街角では、僧侶の方々や中高生が募金を呼びかける姿がよくみられる。

一日でも早く、被災地が復興への第一歩を歩み出せるよう、ただ祈るのみだ。


福島原発の件は、依然として厳しい状況が続いている。

今回の事故で、放射線、放射能、放射性物質について多くの人が詳しくなっただろう。

また、災害用の自家発電機が見直されるようになっただろう。

どちらも結構なことである。

いままで自分が知らずに他人任せにしていたことを、多くの人が地震によって

自力で理解・判断できるようになったという意味では、今回の事故の意義は大きい。


さて、2月末に引っ越して以来、相方さんと二人暮らしをしている。

相方さんは平日、仕事に行かれているので、家事は基本的に僕が担当している。

朝ごはん、夜ごはん、洗濯など、独り暮らしだとついついさぼりがちな家事も、

二人暮らしだとさぼれない。


しかし、やってみると意外に楽しいでのある。

料理はたまに失敗したりして、相方さんの厳しい視線に貫かれることもあるけれど、

うまく味付けできて喜んでもらえる時もあって、そういう時は素直にうれしい。

まだまだ経験も知識も足りないが、一歩一歩料理も上達していきたいと思う。


まずは、つくってみてレパートリーを増やすのが先決。

いまのところ煮物にたよってばかりだが、炒め物、蒸し物のレパにも挑戦したい。

でも、いきなり全部はうまくいかないので、すこしづつ、一段ずつ、一歩一歩、

精進していければいいかなとおもう。


それにしても、世の主婦のみなさんには本当に頭が下がる。

そのことが分かっただけでも、いい経験だった。


四月になって大学の講義がはじまったらどうなるのだろうか。

なるべく家事は続けたいのだが・・・?

まだ大災害は続いている。

被災地の方々の大変さを思うと、ひとえに人間の強さを信じるしかないと思う。


原発については時々刻々新しい情報が入ってくる。

予断を許さない状況であることはどうやら確かなようである。

しかし、首都圏の人が「通常の○○倍の放射線量を検出」というニュースで

ざわざわしたり、東京電力社員の人にたいして各社記者がくってかかっていく

様子を見ていると首をかしげざるをえない。


首都圏で検出された放射線量は、たしかに通常状態よりは高い数字である。

しかし、レントゲン写真撮影1回で浴びる量の「千分の1」程度である。

このレベルの放射線量で騒ぎ立てる必要はない。騒ぐ労力は別のところに使ってよい。


放射線、放射性物質は、自然界に一定の割合で存在するものである。

その意味で、我々は常に被曝しているのだから、現状では神経質にならなくてよい。


政府が言っている「20キロ圏内は避難、30キロ圏内は屋内退避」という処置は、

現在の原発近辺で検出される放射線量と距離による拡散作用からいって、

安全を確保する点で十分である。

「もれる」という表現のレベルでなら、それほど健康に問題ない。


「○○は予想できたのではないか?」とマスコミは言うが、まだそういう質問をする

時期ではないと、僕は思う。誰のせいかを検討する労力は別のところに使おう。

そもそも今回の原発の事故の発端は人為ミスではなくて、自然災害だ。

予想の甘さを問いただすならば、東京電力よりも、安全基準を定めた国の原子力

安全委員会だろう。しかし、トライアンドエラーはしょうがない。専門家の議論で

決まった以上のことを、誰が事前に考えられただろうか。この種の責任追及は

やはり無駄だと思う。


マスコミは、「正確な情報・数値を欲しい」というが、素人は正確な情報をもらっても、

それがどの程度危険なのかどうかは判断できない。結局専門家の意見聞くことになる。

記者たちが正確な情報をもらったとしても、その情報に素人判断を加えて報道されては

かなわない。


政府の判断は専門家の意見に基づいている。だから、もっと政府の判断を信頼して良い。

本当に大変なことになったら、政府がどうすべきなのかもあわせてそのことを言うだろう。


また、東京電力の人には、原発の対応、計画停電など、他にもやらねばならないこと、

やってもらわなければならないことがたくさんある。記者の人には、いたずらに東電を

せめたてるのではなく、寛容の精神を期待したい。むしろ応援してほしいくらいだ。


たしかに、危機的な状況である。だからこそ、危機と直接立ち向かう人たちに集中して

もらいたい。その人たちの余計な仕事を増やさないように我々は努めよう。

命がけでこの危機の鎮静化努力する東京電力の人たちの成功を祈るのみである。

このような時期だからこそ、最前線にいる人、現場にいる人達のことを最優先に考えよう。

後ろにいる人たちが、やいのやいのいって手間を増やすのはよくない。


被災者の人、行政の人、東京電力の人、自衛隊の人、警察の人、

消防署の人、がんばって下さい。

大地震発生から三日がすぎた。


地震が起きた当日、僕は祖母のつくった紙人形展示会に参加するために、

奄美大島にいた。地震の第一報は奄美大島にでた津波警報で知った。


携帯をチェックすると津波は1mぐらいの予想と聞いたので、とりあえず祖母の車を

高台に移した。紙人形展示会の会場は奄美市中央公民館の2階だったので、

おそらくなんとかなるだろうと考えていた。津波到達は17:10となっていたので、

注意して海の方をみていると、すこし水位が上昇している程度で、陸に水が上がって

くることはなかった。


展示会が19:00におわってから、展示会場をしめて公民館一階そなえつけのテレビを見て、

言葉を失った。


それから祖母の家にもどり、テレビをつけると、災害の大きさ、おそろしさがこれでもかと

放映されていた。そのまま一晩中、テレビを消すことができなかった。


翌日、津波警報によって奄美空港が封鎖されているという情報もあり、不安のまま

奄美空港にむかったが、飛行機はほぼ通常通り運行されていた。


京都にもどってきても、余震や原発のニュースでテレビは埋まっていた。

筑波の研究所で働いている大学の同級生から、家が散々になったが無事だという

連絡があり、ひと安心した。神奈川にすむ両親、姉妹とも連絡がついた。


すこしでも多くの方の心の灯が消えないように。ただ祈るのみである。

なんとか知恵をしぼって、工夫しながら、命をながらえてほしい。


ここ数日、地震関係の報道をみて、おもったことを書き留めておく。


■被災者に向けた報道がもっとあってもよい

電気の通っている地域では、連日最新のテレビニュースを確認できる。

しかし、肝心の被災地ではテレビが映らないので、情報が滞っているようだ。

原発の状態についても、肝心の福島県現地の人たちに正確な情報が伝わりにくく、

断片的な情報によって不必要な不安があおられているようだ。

テレビの取材班は、被災地の情報を全国に流すための機材、電力を持っている。

その設備を使って、被災地の方々に災害の全体像や必要な情報を提供することは

できないのだろうか。すくなくとも、取材班は単に取材するだけでなく、持っている

情報を被災者に提供してほしい。


■専門家をもっと信頼したほうがいい

特に原発の問題について、テレビのコメンテーターが「情報開示をもっとはやくしろ」

「専門家だけで情報を独占して、勝手に判断すると間違った判断をするかもしれない」、

「政府の対応が後手後手である」と勇ましいコメントをしている。

しかし、災害時は、判断の正確性よりも迅速性が優先されてしかるべきだと思う。

特に原発の問題については、なんらかの処置をするのがおくれると致命的になる。

原発に関わる専門用語を聞いても、理解するのに時間がかかるばかりか、瞬間ごとに

変化していく状況を随時情報提供することには限界がある。

なんのために専門家がいるのか。注意深く聞いていれば、原発の問題について、

相当適切な対応がされていることがよくわかるはずである。


■マスコミは厳密な言葉遣いを心がけてほしい。

マスコミが情報を要約する過程で、「原発が爆発」や「近くにいた○○人が被曝」という

言い方になっている。しかし、原発の原子炉自体が爆発したわけではないし、

「被曝」はいわゆる「被爆」とは全く違う。放出された放射線は非常に微量であるし、

健康には影響をあたえないことが放射線医療の専門家によって言われているが、

いかんせんそのような専門家の発言は放送時間が短い。そうした専門家の発言を聞き逃し、

断片的な情報だけを聞いていると、原子炉自体が爆発して、相当量の放射線が出ている、

と誤解しかねない。マスコミは、被災者の不必要な不安をあおらないように、厳密・正確な

言葉づかいを心がけてほしい。その点NHKの情報は変な扇動意識がなく信頼できる。

民放のキャスターはみななぜかヘルメットをしているが、キャスターがするなら、後ろに

映っている他のスタッフもヘルメットをするべきだ。変にヘルメットをかぶるのは、視聴者の

不安をあおるだけだと思う。


■無駄な責任追及をしない

災害対応に完璧はない。これは当然だ。自転車操業的に、足りないところを補って

いくしかない。民主党政権に対する批判が集まっている時期におきた災害だが、

起こってしまった以上、民主党政権にがんばってもらうしかない。

計画停電によって首都圏のJRは大半が運休している。そのため、駅には電車に

乗れない人が大行列をつくり、中には、「政府対応が後手後手だ」と批判する人がいる。

しかし、災害時、後手後手になるのは当然だ。被災地と首都圏で対応の優先度の違いも

ある。しかも、突然停電になるよりは、計画停電がありうると言っておいてくれたほうが

ましであるに決まっている。

また、東京電力の対応が二転三転して問題となっている。

しかし、輪番に当たっている時は「停電して電気が使えないかもしれない時間」、

輪番に当たっていない時は「絶対に電気が使える時間」と考えればいいだけのことである。

輪番に当たっていたのに、電気が使えればラッキーであると思えば特に問題はない。

そして、「政府や電力会社が情報を隠蔽しているのではないか?」と疑ってもいいけれど、

真相を確かめるために払う労力よりは、他のことに注力すべき状況だと僕は思う。


被災者の方々、自衛隊、消防隊、警察の方々、なんとかもう少し粘ってください。

以上。