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Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

家、家、家、家、遺詠。

魚、魚、魚、右往左往。


試験が無事全部通っていたということで、自分で自分を祝ってみた。


『生き延びるための○○』というタイトルの書物が結構たくさんでている。

○○にラカンを入れた本はとても勉強になったけど、意地悪く言えば、

生き延びるためにラカンを利用するのではなく、生き延びることがラカンと

重なるというところまで行かなければ、本としての深みは想定内に留まる。


その意味で、『生き延びるための○○』という本のもつ最大の逆説は、

その本自体が、あんまり生き延びない、賞味期限が短いということだろう。


小室哲哉が稀有な才能であるのは、成熟を欠いているからだと思う。

成熟を欠くということは、未熟ではない。むしろ、完璧である。

彼の醸成する虚無感は、なぜか仏教と対抗できるぐらいに完成されている。

完成されているからこそ、陥穽足り得るのである。


Survival Dance。


ちなみに英語のsurvivalは名詞なので、このタイトルは文法的に扱いづらい。

survival's danceやdance for survivalならまだ文法的にすっきりするのだが。


あえて日本語にすると、「生き残ること、舞踏」となるだろうか。

生き残るための舞踏でもなく、生き残った者たちの舞踏でもない。


英語と日本語の狭間に落ちこんだこのタイトルを見るたびに、なぜか泣けてくる。

最近、「憎しみ」について思うことが多くなった。領土問題がニュースにあがることが多いからである。


実際に、韓国や中国がどのような意図をもっているか、僕はよくしらない。

海産物、海底資源を望んでいるのかもしれないし、歴史的な経緯を問題にしたいのかもしれない。


ただ、私見では、「韓国と中国が根強い反感を日本に対して持っている」ことは間違いない、と思う。


そこでふと思い出されるのが、坂口安吾の文章である。


「今日の日本人は最も憎悪心の尠ない(少ない)国民の一つである」(日本文化私観)


たしかに、安吾当時の日本人は「憎しみ」をあまり知らない民族だったかもしれない。

安吾も「昨日の敵は、今日の友」ということわざを引いているが、まさに戦後という時代は、

昨日まで敵だったU.S.Aをもろ手を挙げて大歓迎したことからはじまった。


赤穂浪士の討ち入りがあるではないかという意見もあるだろうが、安吾も言う通り、

浪士たちは、吉良上野介への個人的な恨みというよりは、武士としての名誉のために

討ち入ったと言われている。


一方、中国・韓国において、「憎しみ」「恨み」は重要なエートスではないだろうか。

「臥薪嘗胆」は、中国では越王と呉王が互いへの恨みを忘れないためにしていた行為が

故事成語となったものである。はっきりいって血なまぐさい復讐が生んだ四字熟語であるが、

おそらく日本では「相手への恨みを忘れない」というよりも「自分に克って大事を成し遂げる」

という意味で受け入れられているような気がする。


「恨(はん)」が韓国で重要なのは、映画『風の丘を越えて~西便制~』を見ると良く分かる。

この映画の中に、主人公の女性が「恨」を全身全霊かけて歌うすばらしいシーンがある。

ただ、僕は、このシーンから、安易な共感を許さない厳しさみたいなものもを感じ取った。


国民性を語るとき、どうしても大雑把な傾向でしか話が進まないのはしょうがないとしても、

日本には、他の国にくらべて「憎悪心を抱く伝統」があまりないのは安吾の言う通りかもしれない。


むしろ、日本の歴史に目をやると、「憎悪心を抱かれる伝統」の方がまだしもあるように感じる。

菅原道真みたいに、不遇なまま死んで祟りをもたらしそうな存在は、ことごとく祭られてきた。

憎まれていそうな場合、さっさと祭り上げる。これが日本の伝統的なソリューションではないか?


しかし気になるのは、祭り上げるという解決が、ご都合主義的に行われているということだ。

天変地異、大災害があって、はじめて祭り上げが行われる。

つまり、菅原道真に対する謝罪は、道真の怒り(=厄災)があって始めて駆動される。


日本に「憎悪心を抱かれる」伝統があったと考えることがそれほど的を外していないとすると、

それは、それだけ相手から憎まれていることに鈍感だったからなのではないだろうか?


自分が相手を憎まないというのは、結構便利で、大人なスタンスだと思う。しかし、

もしも相手が自分のことを深く憎んでいるとき、その憎しみに気がつかないのは、まずい。


これだけ中国や韓国が日本に反感をもっていることが明らかなのにもかかわらず、

日本がその反感の強さ、根深さについて思いをめぐらすそぶりすらないのは、あぶない。

実際に厄災(!)が起きてしまう前に、反省できるうちに反省しといたほうがよくはないか?


とまぁ、大雑把に書いてみたけれど、最近は日本人も憎悪心を持ち始めたのかもしれない。

事件、事故の被害者の方々のなかに、厳罰化を望む声が多くなってきているように感じるからだ。


個人の性格と国民の性格を同じ土俵で扱うのは不適切かもしれないけれど、

二つの性格が割と反対方向を向いている、という点も日本の面白い特徴なのかもしれない。


あ、これ、「内弁慶」そのものだな。


なるほど。

NHK番組『日本人は何を考えてきたのか』で、西田幾多郎と京都学派が取り上げられていた。

生物学者の福岡伸一さんをナビゲーターに迎え、『善の研究』と戦争への態度を中心に、西田と三木清の足跡を辿るという構成で、なかなか面白かった。

番組では、「世界新秩序の原理」という論文をもとに、ずっと戦争に批判的だった西田が、最後には戦争体制を支持する方向に一線を越えた、という解釈が福岡さんによって示されていた。


たしかに、その論文のなかで西田はこう書いている。


我国民の思想指導及び学問教育の根本方針は何処までも深く国体の本義に徹して、歴史的現実の把握と世界的世界形成の原理に基かねばならない。英米的思想の排撃すべきは、自己優越感を以て東亜を植民地視するその帝国主義にあるのでなければならない。又国内思想指導の方針としては、較もすれば党派的に陥る全体主義ではなくして、何処までも公明正大なる君民一体、万民翼賛の皇道でなければならない。(「世界新秩序の原理」)


文面を見る限り、国体の護持、皇道の賛美といった戦時中イデオロギーそのままの立場を西田がとっているとも読める。


しかし、その一方で、西田は明確に当時の欧米列強の植民地主義、帝国主義を否定している。つまり、我々が反省すべきと考える「軍国主義」を、西田は主張していないということになる。


「国体の護持」と「軍国主義の否定」。現代の我々からすると、相反するように思われる二つの考え方が、西田においては共存している。これをどう解釈べきか。


僕は、西田の考える「国体の護持」が、今の僕らのイメージする「国体の護持」とずれている、と思う。


科学、技術、経済の発達の結果、今日、各国家民族が緊密なる一つの世界的空間に入ったのである。之を解決する途は、各自が世界史的使命を自覚して、各自が何処までも自己に即しながら而も自己を越えて、一つの世界的世界を構成するの外にない。私が現代を各国家民族の世界的自覚の時代と云う所以である。各国家民族が自己を越えて一つの世界を構成すると云うことは、ウィルソン国際連盟に於ての如く、単に各民族を平等に、その独立を認めるという如き所謂民族自決主義ではない。そういう世界は、十八世紀的な抽象的世界理念に過ぎない。かかる理念によって現実の歴史的課題の解決の不可能なることは、今日の世界大戦が証明して居るのである。(「世界新秩序の原理」)


西田の議論は例によって難解である。しかし、少なくとも、西田の言う世界的自覚の時代の国家が、民族自決主義における国家と違うことは明らかだと思う。ちなみに同じ論文のなかで、西田は「国体」を「己を空うして他を包む我国特有の主体的原理」とも表現している。


番組では、実際にフィリピンの戦地に赴いた三木清の「南方から帰って」を引きながら、当時の哲学が、実証的な精神を忘れ、観念的な思弁に走ったことを三木自らが反省しているというニュアンスも語られていた。


私が戰場において經驗したのは近代戰といふものの假借なき非情性であつた。日本が當面してゐる嚴しい現實は、甘い觀念論、浪漫的な形而上學で乘り切れるものではないのである。ところが近來かやうな觀念論的形而上學的傾向が著しく濃厚であるのは、反省を要する。學問の世界にもいはゆる質實剛健の精神がなければならないのであつて、そしてこれは何よりも實證的研究を重んじる精神である。(「南方から帰って」)


しかし、三木清が西田哲学を思弁的として批判的に捉えていたことはありえないと思う。次の引用文を見てみよう。


自分の思想の試金石を自分の生活に求め、その思想でさしあたり自分の生活の諸問題を解決することができるかどうかを檢證しなければならぬ。それは思想の理想主義的性質を剥奪することではなく、却つてそれほど我々の生活そのものが世界史的現實となつてゐるのであり、それほど我々は歴史的實踐的であることを要求されてゐるのである。「ここも戰場だ」といふ自覺をもつて、あらゆる種類の「後方の觀念論」を克服しなければならぬ。(「南方から帰って」)


三木が指針として挙げている生き方は、まぎれもなく師である西田の姿そのものであると僕には感じられる。ちなみに一般的に哲学に対して、「抽象的だ」とか「現実と乖離している」といった批判が寄せられることは多い。しかし、本当に問題なのは、そもそも「抽象的」とか「現実」ってなんだという点である。


各国家民族を否定した抽象的世界と云うのは、実在的なものではない。従ってそれは世界と云うものではない。故に私は特に世界的世界と云うのである。従来は世界は抽象的であり、非実在的であった。併し今日は世界は具体的であり、実在的であるのである。今日は何れの国家民族も単に自己自身によって存在することはできぬ(「世界新秩序の原理」)


西田の言う抽象的、具体的という区別は、これまた我々の通常の意味での抽象、具体と異なる。西田哲学を理解するためには、抽象的/具体的の区別からして、自分の思い込みを排しながら臨む必要がある。その意味で、西田哲学を読むということは、世界をいったんぶち壊して、もういちど立て直す作業に例えられるかもしれない。


三木清は、『哲学入門』を書いたあたりから西田哲学を正確に理解しようと腐心している。彼の努力の結晶は東亜協同体論に結実するが、悪名が高すぎて、あるいはタイトルの重々しさのせいで、殆どの人がちゃんと読んでいない。でも僕は、東亜協同体論が現代のEUよりも進んだめちゃくちゃ先進的なビジョンだと思う。


おりしも、内田樹先生の『日本辺境論』を読んでみたら次のような指摘がなされていた。


日本が世界に向けて「私が世界標準を設定するので、諸国民もまたこれに従っていただきたい」という文型で教化的メッセージを発信した例を私は知りません。『日本辺境論』新潮新書pp.95-96


この引用箇所に僕はやや不満である。西田の世界的世界論、三木の東亜協同体論について考慮されていないのが残念なのだ。


確かに、西田の世界的世界論、三木の東亜協同体論は、世界に向けて発信された教化的メッセージではない。むしろ、日本の行く末についての自戒的なメッセージである。にもかかわらず、その内容はすこぶる世界的ではないだろうか。


世界に向けて教化的なメッセージを発するという仕方ではなく、内向き自戒的にしか世界的ビジョンを語れないという点に、日本の辺境性の究極形があるのかもしれない。その意味で、内田先生の卓見はものすごく的を得ている気もするのだが。


しかも、西田の世界的世界論に至っては、自国、自民族を中心としないような世界を考えている。

この西田のスタンスも、ある意味で「とことん辺境でいこう」という内田先生のスタンスに近いかもしれない。


雑多な印象を連ねてしまったが、言いたいことはほんの少ししかない。


西田哲学はその難解さゆえに、たぶんちゃんと理解されないまま批判の対象になっていることが多い。安易に批判する前に、もうちょっと西田幾多郎が何を考えていたのか、思いをめぐらしてもいいのではないか。


確かに、西田の哲学には危ないニオイが漂っている。西田の言葉には、ほとんど悪と重なっているようにさえ読める個所が結構ある。しかし、真実と悪の見た目が近いことはよくあるのではないか。真実からほんの僅かずれたところにこそ、最も強力な悪が存在するのではないか。大切なのは、真実と悪の微妙にみえる差異を、無限に離れた距離として認識できるような立場を追求することではないのか。


番組によると、西田幾多郎の遺骸に接して鈴木大拙は号泣されたとのことである。稀有なつながりで互いを尊敬し合っていた二人の巨星の言葉から、学べることは未だ尽きない。


【2013年4月16日追記】

唐木順三の「西田幾多郎先生 昭和二十六年のノートから」を読む機会があった。

唐木は、西田の訃報に接して、西田から直に聞いた言葉を日記に書きつけている。


「文が武に圧倒されるといふことがあってはならない。良い鉄は釘にならないといふ程の覚悟と実践が文に携はる者に必要である。国体といふことも武の一面からのみ考ふべきではない。ここに学を以て立つ者の大決心が要る」 (現代日本文学大系78、筑摩書房、昭和46年、p.162)


唐木に語った西田の言葉は、一般的にいわれている軍国主義とはすいぶん離れている。

そもそも批判の矛先にあげられることの多い「国体の本義」も、戦争万歳的な文章では全くない。

神道を基盤にしているとはいえ、西欧の個人主義を評価しつつも批判も加える視点は、比較思想論として非常に優れているように思う。


戦争は確かに反省すべきことであろう。

しかし、戦争の強烈なイメージが、冷静な評価の眼を曇らせることもあるのではないだろうか。


「真の読書とは、この本は自分一人のために書かれたものだと思うことだ」という唐木の言葉に共感する僕としては、その唐木が共感していた西田幾多郎の大きさを思わざるをえない。

毎年のことながら、うかうかしているうちに年が明けてしまった。

ブログの記事も減り気味で、少し気合いを入れなおさなければと思う次第です。


年頭所感ということで、昨年を簡単に振り返るとともに、今年の見通しについて書き残しておく。


■(1)映画

映画を本当に見なくなってしまった。映画の公開予定などは逐一チェックしているのだが、

「これ、見たいなぁ」と感じる作品があっても、なかなか劇場まで足が向かない。『永遠の僕たち』、

踊る大捜査線完結編、海猿完結編、西川美和監督の『夢売るふたり』、007最新作など魅力的な

新作は結構あったのだが、劇場まで出かけたのは『鍵泥棒のメソッド』のみというさみしい結果に

なってしまった。年をとったせいもあるだろうが、映画よりも読書に時間を使いたい思いが強い。


■(2)読書

大学のすぐ近くに大きな図書館があるので、かなりいろんな本をさがして読むようになった。

近頃では、図書館で借りてみて、本腰いれて読みたくなった本だけ購入するようにしている。

あとは、古本屋めぐりでみつけたものを買い足しながら、ちょっとずつ読み進めている。

休日にやりたいことといえば、古本屋にいくこと、本を読むことがまず第一に来る。

長い休みには、一日ぐらい割いて、京阪神にあるBOOK OFFを何件かはしごする。

ブックオフにいくだけで、その地元でどんな本が読まれているかがある程度つかめるから面白い。


ブックオフは値段の付け方が機械的なので、マジな古本屋だと高額になっている珍しい本が、

とんでもなく安く買えたりするのであなどれない。でも、文庫本だと、まじな古本屋さんの方が

安く買えたりする。


今年読んだなかで抜群に面白かった本は、下のような感じである。

いとうせいこう+奥泉光 『小説の聖典』

奥泉光 『虚構まみれ』

丸山眞男 『丸山真男コレクション』、『後衛の位置から』

安永浩 『精神科医のものの考え方 私の臨床経験から』

中井久夫 『分裂病と人類』、『精神科医がものを書くとき』、『隣の病い』

久松真一 『東洋的無』
小林秀雄 『考えるヒント 1~3(文春文庫版)』

山本七平 『現人神の創作者たち 上下』

金子邦彦 『カオスの紡ぐ夢のなかで』、『生命とは何か 複雑系生命科学へ』

今西錦司、柴谷篤弘 『進化論も進化する』

山田晶 『トマス・アクィナスのキリスト論』

三木清 『哲学入門』

小川修 『パウロ書簡講義録1 ローマ書講義Ⅰ』

フランク・ライアン 『破壊する創造者‐ウイルスがヒトを進化させた』


他には鮎川哲也や泡坂妻夫、有栖川有栖、チェスタトンのミステリーばかり読んでいた。

医学の教科書読む時間も必要なので、神学・哲学関係はなかなか進まない。

カール・バルトの『ロマ書講解』など、読み始めて3年経つが、あと200頁くらい残っている。

今年は古本屋めぐりをしばし棚に上げ、まずは積読本を減らさないとあかんと思う次第。


■(3)旅、散策

散策は比較的できているのだが、なかなか旅行に行けていない。

時間のあるうちに、相方さんと旅行にいきたいなぁと思っているのだが、果たして今年はどうなるか。


■(4)生活

世間ではなんだか動きの激しい昨今ではあるけれど、僕の方は自分のことで精一杯である。

というわけで、今年も、大学の勉強以外は、おおかた読書、ちょびっと映画、たまに散策という

変わり映えのない一年になりそうである。


やることに変わり映えはなくとも、内容は充実した一年になればいいのだが。

11月下旬に、元職場の同僚ご夫妻と一緒に紅葉狩りへ。

街中ではまだ色づいていなかったので、時期尚早かとも思ったが、

鞍馬の山中は、様々な色の葉が重なっていて、美しかった。

Nothingness of Sealed Fibs-鞍馬紅葉
往路は始めてのったケーブルカーでショートカットしたのだが、

帰りは、ゆったりとあるいておりた。ちょっとしたハイキングだが、

木々の間を歩くと、とても心地よい。


Nothingness of Sealed Fibs-鞍馬駅前

叡山電鉄の鞍馬駅前で、光る天狗に遭遇。もうだいぶ日が短い。


帰りの叡山電車は偶然にも「もみじ電車」だった。ライトアップされた

紅葉の回廊をくぐりぬけるという粋な演出に、ミーハー心がくすぐられた。


月が変わり、12月上旬に訪れたのが、地元に近い光明寺。

運動不足解消を兼ねて家から歩いてみると、たっぷり一時間強かかった。

歩き疲れた相方さん閉口気味。


境内入口のところで、入場券を買おうと並んでいたら、

拝観が終わって出てきた人だろうか、「これ余ってるんで・・・」といわれ、

なぜか一枚招待券を分けてもらえた。しめしめ。ありがとうございます。


Nothingness of Sealed Fibs-光明寺紅葉

別名「もみじ寺」といわれるだけあって、境内の紅葉は壮観。

木の形がいいためだろうか、まったく見飽きることがない。

Nothingness of Sealed Fibs-光明寺

秋のシーズンは、拝観料がかかる代わりに、普段入れないところまで、

楽しむことができる。ちょうど写真の階段の右側にエスカレーターが

あったりして、面白かった。階段だけだと、お年寄りにはきついのだろう。


噂にたがわぬ見事な紅葉だった。