家、家、家、家、遺詠。
魚、魚、魚、右往左往。
試験が無事全部通っていたということで、自分で自分を祝ってみた。
『生き延びるための○○』というタイトルの書物が結構たくさんでている。
○○にラカンを入れた本はとても勉強になったけど、意地悪く言えば、
生き延びるためにラカンを利用するのではなく、生き延びることがラカンと
重なるというところまで行かなければ、本としての深みは想定内に留まる。
その意味で、『生き延びるための○○』という本のもつ最大の逆説は、
その本自体が、あんまり生き延びない、賞味期限が短いということだろう。
小室哲哉が稀有な才能であるのは、成熟を欠いているからだと思う。
成熟を欠くということは、未熟ではない。むしろ、完璧である。
彼の醸成する虚無感は、なぜか仏教と対抗できるぐらいに完成されている。
完成されているからこそ、陥穽足り得るのである。
Survival Dance。
ちなみに英語のsurvivalは名詞なので、このタイトルは文法的に扱いづらい。
survival's danceやdance for survivalならまだ文法的にすっきりするのだが。
あえて日本語にすると、「生き残ること、舞踏」となるだろうか。
生き残るための舞踏でもなく、生き残った者たちの舞踏でもない。
英語と日本語の狭間に落ちこんだこのタイトルを見るたびに、なぜか泣けてくる。