ちまたの噂では「政治が混迷を深めている」とのこと。
笑える。
丸山真男がどこかで、こう書いていた。
「日本のマスコミは政局を伝えるばかりで、政治を伝えない」
本来混迷を深めることができるのは、「政局」である。
政治とは、社会にとって何が問題なのかを見極め、問題解決のために、
社会的な規制(法律のことですな)の創造と破壊をすることである。
選挙とか議席数うんぬんは政治にとって手段であって、目的ではない。
だから、政治が混迷するというのは適切な表現ではない。
議席をめぐるドタバタは「政局」であって、「政治」ではない。
政治と政局という言葉の使い方の方が混迷を深めている。
さらに、どこぞの○原○太郎という元首長が、
○新の会と合流したとたんにTPP交渉参加を後押しする発言したとのこと。
この人は、「日本はアメリカの妾だった」とか言っていたが、もしそう思うなら、
TPPは当然反対なはずだし、去年あたりは普通にTPP反対と言ってたと思う。
にもかかわらず、合流してすぐに意見が変わるとは・・・。
「政局」はマジで混乱してます。要は、議席を取りたいということなんすね。
もっというなら、アメリカの妾であるのが嫌ならば、まずやるべきは再軍備とか
何とか騒ぐ前に日米安保条約とさようならでしょう。日米安保があるかぎり、
再軍備しようとしまいと対外的には、アメリカの庇護下にある日本という
図式は変わりません。
ちなみにこの人の発言によって、某領土問題が活性化(?)した。
おかげで、中国に進出していた企業は大損し、一部の地権者だけ大儲けした。
しかも、超大国である中国との外交には禍根が残ってしまう始末。ひどい。
僕にはいまだに日本人地権者から日本「政府」があの土地を買った意味が
分からない。領土を守るためには、その領土が「政府」の所有地である必要は全くない。
その土地を日本国民が所有しているなら、それは対外的には日本という国の領土だ。
○原さんが地方自治体として領土を購入しますといったのは、そうしないと首長は
口をだせないからである。政府が購入せんでも国が口を出せるのは言うまでもない。
ここでも、「政府」と「国」という言葉の使い方に混乱が見られる。
あげくのはてに、自民党の公約に「国防軍」の保持という表記があるというのが、
マスコミでニュースになる始末。
いやいや、日本の自衛隊は、すでに対外的には立派な国防軍ですから。
自衛隊の英語名はJapan Self-Defence Forceでっせ。普通の中学生でも、
self-defence forceを和訳しろといわれたら、結構な割合で「国防軍」と訳すだろう。
つまり、自民党がいってることは、対外的には全くなんの変化も生まない。
自衛隊か国防軍かという日本語のニュアンスの差は、外国語では無に等しい。
しかも、日中関係がこじれたときに、外国の新聞は中国と日本の戦力比較を
やっていて、アメリカの介入なしで、日本の自衛隊が中国の軍隊の戦力を
上回っていると分析していた。日本は、世界から見ると立派な軍事大国である。
自民党がやろうとしていることは、外国から見ればすでに達成されていることである。
むろん、自民党が国内向けに言葉のイメージを争ってますというならば、そんな
イメージ合戦は、緊急性に著しく欠けると言わざるをえない。他に外国からみても
緊急性の高い問題があるでしょうと。下手すると海洋の放射能汚染で外国から
巨額な賠償金が請求されかねない現状で、何言っているんですかと申し上げたい。
名前を国防軍に変えたところで、相手国が軍事的にではなく、経済的に賠償金を
請求するしかたで攻撃してきたらどうすんですか、と。
United Nationsを戦争前は「反枢軸側/連合国側」と訳し、戦後は「国際連合」と
訳し変えたのは、外務省が頭を振りしぼった苦肉の策だったわけだけど、
自衛隊と国防軍の言い換えの主張の裏には、一瞬たりとも頭を振りしぼった形跡が
みうけられない。
そもそも、そこまで「軍」を作りたいなら、そこまで国を守りたいなら、
なぜ自衛隊に入らずに政治家になんてなったんでしょうかね。不思議だ。
政治家になる方が自衛隊にはいるよりも国を守ることになると思ったのなら、
「軍を作りたい」とか言わずに、「みんなも政治家になってよ」と言えばよい。
ちなみに僕は、国を守ることと、国民を危険にさらさないことも混同されていると思う。
だんだん揚げ足取りも気分が嫌になってきたので、次で最後にしておこう。
某総理大臣が解散を決断したときに、こう言っていた。
「近いうちに国民に信を問うと申し上げました。その約束を果たすためであります。」
とかなんとか。
「他の政党に対する約束」は果たし、「国民に対する約束」は果たさななくていいのか?
腑に落ちないことをおっしゃる総理大臣であった。
まぁ僕も決して約束を全部守ってきた人間ではないですけれど。
とまあ、最近、内容がおかしいために、可笑しいと思うしかない事態が続いている。
民主、自民、第三極も、トータルで見たときに、もろ手を挙げて賛成するには値しない。
仮にある分野について優れた主張をしていたとしても、他の主張があまりにひどい。
政党同士が足の引っ張り合いをやると、お互いがあらゆる点において相手と自分が
異なっているということを強調しがちになる。そのためだろうか、相手の批判、自分の
弁護ばかりしていて、「よいものはよい」といえるようなしっかりした意見を聞く機会は
とても少ない気がする。
国というレベルで考えると、将来の国のビジョンをどう描くかは非常に難しい。
政治家の方々が大変なテーマを背負っておられるのは分からなくもない。
しかし、思い返してみれば、国のビジョンは、日本国憲法前文に書いてあるもので
いまのところ十分ではないか?
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと
努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」
前文を読んだ後に最近の政局を顧みると、なんだか悲しい気持ちにしかならない。
むしろ前文に励まされてしまう自分を感じる。
先達の不屈の理想への敬意を胸に、自分なりに大切に生きていこうと思う次第です。
【選挙が終わり、年が明けてからの追記】
ぶーぶー言ったけど、もとより政治には正しい答えなどない。分かり切ったことだ。
有権者は、正解ではなく、より良い(ベターな)選択を求めて、クールにいろんな立場を
比較考察し、自分なりの意見をきめて投票しなければならない。
こんな当たり前のこと、福沢諭吉がずっとまえにきちんと言ってくれている。
いまさら僕がブログで書くべきことではないのだが、当たり前の事がおろそかになると
とんでもない結論がでてしまうことがある。そういう体制が民主主義である。
当たり前のことを忘れてしまわぬために、ここに記しておいたことをたまに振り返ろう。








