今年の連休は遠くへいくことはせず、近場探訪にいそしんでみた。
■八幡市周辺
まずは家からチャリで南下し、京都南部の八幡へ。
美しい木津川ぞいに整備されたサイクリング・ロードをママチャリで走りきる。
ロードレーサーの皆様にびゅんびゅん抜かされていくけれど、風は気持ちいい。
目的は木津川にかかっている懐かしい「流れ橋」。川の水位があがると、
橋の板が橋脚から浮き上がることで、壊れないようになっているらしい。
時代劇の撮影でもよくつかわれている有名な橋ということで楽しみにしていたが…。
な、な、ながれている!!手前の川岸ではなんとお茶が栽培中。
少し前の大雨で橋が破損中とのこと。直すのにすごいお金がかかるんだろうな…。
橋近くの休憩スペースで筍パンと抹茶アイスで休んだ後、いざ石清水さんへ。
石清水さん参りは二回目。今回は麓に自転車を止め、歩いて登ってみることにした。
日差しがでるとかなり暑かったのだが、参道は若葉のおかげでヒンヤリとしている。
神馬舎を過ぎて、鳥居をくぐると石灯籠がならんだ参道が見えてくる。静かだ。
ちょうど社殿が特別公開されていて、信長が奉納した黄金の雨樋にふむふむ。
社殿の内部に、武内宿禰を祭った社もあり、ひさびさに武内宿禰という名前を
耳にした。もう何年振りだっただろうか。
結婚式披露宴もできる「研修センター」という建物が神馬舎の近くにあり、そこで
八幡宮所蔵の宝刀も特別公開されていた。説明してくださった神官さんによれば、
刀の手入は非常に神経を使うとのこと。そういえば、三種の神器はみな人の手が
加わった、いわば工芸品だなと思いいたる。なにか理由があるのだろうか。
登りは30分弱かかったが、下山は10分強。日差しの残る中、チャリで戻った。
家にたどり着いてみると腕がすっかり赤くなっていた。恐るべし太陽のちから。
■比叡山坂本周辺
別の日に母親、相方さんと集って坂本を探訪することに。
期間限定公開中の里坊(律院、旧白毫院、行泉院)の拝観をイントロにして、
メインで西教寺、延暦寺、日吉大社をまわるという強行日程を選択。
旧白毫院には、なにやらふしぎな洞穴から入るお庭を拝見。
むかしのお坊さんの遊び心だろうか?修行の場所?
律院と行泉院の庭園も、とても手入れが行きとどいていて
美しい。比叡山からの水が池を満たしていて、匂いが爽やかだ。
里坊の後は、天台貞盛宗本山の西教寺へむかう。
田んぼのそばを抜けると、緑あふれる山裾に立派な伽藍が現れた。
明智光秀が坂本城から移築した建物も残っていて、見応えがある。
天台宗系の宗派の中でも浄土色が強いせいだろうか、延暦寺とは異なり、
西教寺には、ストイックな峻厳さが感じられる。柱の色のせいだろうか。
明智光秀の墓所にもお参りして、次は延暦寺めざしてケーブルへ。
古風なケーブルの駅舎をみつつ、ケーブルで比叡山を登る。
連休ということもあり、たくさんの人でケーブルは賑やか。
山上からみる琵琶湖は格別。お坊さんが羨ましくなってしまう。
伽藍は相変わらずの充実ぶり。「密教」の本拠地らしく、建物の外側よりも
内側に味わいがある。なんせあの「ほの暗さ」である。とてもあやしい。
仏像にはなぜ、あんなにほの暗いところが似合うのだろうか。
時間的に東塔しかまわれなかったが、朝から歩きつづけていて足も限界。
延暦寺はほどほどにして、下山することにした。
ケーブルを降りてから、「比叡のお猿さん」という最中を和菓子屋さんで
購入。糖分補給と休憩の後、日吉大社へ。
こちらは、とても木が多い。境内の水路は水も澄んでいて気持ちいい。
楼門をささえる真猿さんに心がなごみ、日差しも傾いてきたところで、
奥の宮訪問は次回へ延期。坂を下って、老舗鶴喜そばで腹ごしらえ。
帰宅してびっくり。万歩計が2万5千歩を指していた。
■国立民族学博物館
一度は行ってみようかということで、万博公園敷地内の民博へ。
2階展示室入口前に、「未来への遺産」と題された中庭があり、思わず
目を奪われた。マヤ文明のような階段のデザインに、土器を思わせる
巨大な焼き物が置かれている。RPGゲーム画面のようでもある。
実際に展示室にはいると、収集された文物が所狭しと並んでいる。
手作りの首飾りなど、これを作るのにどれだけの時間がかかったことかと、
ただただ、これをつくった人のモチベーションに頭が下がる。
おしむらくは、あまりにもたくさんの文物が展示されているので、
おそらくその展示品たちが持っているはずの「空間や時間を変質させる力」を
感じ取りづらいということだろうか。
たぶん人間が文物を制作するということは、作り上げる過程もさることながら、
出来あがった文物の存在が、住空間や周囲の人間の時間感覚に変化を
与えるからではないだろうか。
そこにあるだけで周囲の雰囲気を確実に変えていた品がたくさん集まっている。
そのためだろうか、展示室には、なにやら不穏な、けん制し合ったような空気が
流れている。張り詰めているというより、お互いに遠慮している雰囲気を感じた。
単なるウワサだけれど、夜、誰もいない民博で不思議な音が鳴っていると、
聞いたことがある。もし、世界各地の神々が飛び交っているからだとすると、
神々の多くは、夜行性なのだろうか。
博物館からの帰り、展示品の数々に文字通り圧倒されたのだが、
そうした文物をつくった人々の姿だけでなく、そうした資料を収集・調査する
研究者の方々の熱意も、展示品の背景を彩っていると感じられた。









