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Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

恥ずかしながら、卒業試験全25科目のうち、一科目で再試験を受けることになった。

10問のうち自己採点で2点しか取れていなかったのだから、見事な完敗である。


ただ、例年に比べ非常に問題が難化しており、同級生約40人と再試験受験となった。

なにはともあれ、同志が多いのは心強い。


試験会場にいくと、同級生から「まさか、○○さんも再試験ですか?」と声をかけられた。


とっさに僕からどび出した返答は、「まぁ、そういうことがあるんですなぁ」だった。


なんともかっこ悪い一言だったと、口にしてから後悔しては見たものの、

まずは目前の再試験で頭の中に蓄えている以上の知識を披露しなければならない。


再試験の問題は、半分以上、本試験と同じ問題だったので、手ごたえは上々。

流石に今回は合格しているはずだが…?(先生方ありがとうございます!)


さて、再試験もおわり、自分の返答について反省してみる。


たぶん、同級生からの問いかけに、僕は言い訳のつもりで返答したはずなのだが、

「あの問題、難しかったからなぁ」でもなく、「あの先生、ひどい問題だすなぁ」でもなく、

言わば、誰かや何かに責任を転嫁することない返答をすっとつぶやき出せたのは、

考えようによっては、それほどかっこ悪くはないかもしれないと感じる次第。


そんなことを考えているうちに、妙に気に入ってきたので、

しばらくは、この平凡な言い訳を多用してみようと思い立った。


まぁ、そういうことがあってもええんとちゃいますか。


なるほど、自分の中からすっと出てきたと思っていた返答は、

実は、ずっと昔にみた懐かしい映画の台詞の変奏だったのだ。


まぁ、そういうこともあるものなのです。


では、お勉強に戻りましょうか。

言葉を勇ましく振り回している人は、しばしば、言葉に振り回されている。

言葉のもつ力に踊らされている、といってもよいかもしれない。


言葉の力を甘く見てはいけない。言葉に潜む恐るべき力を知りぬいてはじめて、

人を駆り立てる言葉ではなく、人に染みこむ言葉を紡ぎ出せるのではないか。


「一億総活躍」とか「希望出生率」とか、はっきり言って余計なお世話である。

「活躍」も「希望」も、その内容に関して個人差が大きすぎる。

そのような内容の定まりづらい虚ろな標語が流行語大賞の候補になり、しかも、

その虚ろさに対して実際に国家予算が投じられるという。


コメディとしてはよくできているが、真面目な話だとしたら理解に苦しむ。


僕が聞きかじったところによると日本政府のお金回りはそんなによろしくないはずである。

お金に余裕がない時には、まずはリスクの低い確実な手段を選ぶのが常識だろう。

手持ちのお金が少ない時に、一発逆転を狙うのが「あり」なのは、ギャンブルにおいてである。

ギャンブルなら、負けたらお店を出ていけばよいのだが、国の財政ではそうはいかない。


どうして政府は、お金に余裕がないのに、リスクの予測しづらい政策を行おうとするのか。

「実は日本政府はお金に困っていない」、「実はギャンブルにうって出ている」という可能性しか、

僕のとぼしい想像力では考えつかないのだが・・・。


世の中には、ごくたまに、その人の言葉を聞くと、やたらとこちらが疲れてしまう人がいる。

最近の政治関係のニュースに触れて、ぐったりしてしてしまうのは僕だけなのだろうか。


収穫された野菜がヘンテコなものばかりであるときには、なぜヘンテコになったのかを

考えてみてもよいけれど、畑の土をもう一度耕し直すことのほうが大切ではないか。


しかし、世に出てしまったヘンテコな野菜をどうするのか。

今の僕には、日本の古き良き伝統、すなわち「流りものはすぐ忘れられる」という鉄則に、

密かに、だが大いなる期待をかけることぐらいしかできない。


「何かを流行り物にしたてることで、さっさと賞味期限切れにしていく」ことは、意外にも

日本のもつ深い叡智なのではないか。


眠いと、そんなことを感じてしまう。でも、眠っていられる時間は多くない。

「活躍」とはとても形容できない僕の平凡な生活だが、それなりに忙しいのである。

むろん、こんな戯言をつぶやく程度には暇なのだが。

卒業試験が○○科ごとに立て続けに行われいる。

3/4以上おわって、いまのところ再試験になってはいないが、

さすがに2カ月にわたる試験はきつい・・・。

まぁ一日一科目ずつという点はありがたくもあるのだが。


試験を通ったとしても、この筆記試験の知識で実際の臨床の場に立てるか、

そう自問自答すると、自信があるなどとはとてもいえない。不安の方が強い。

地道に知識を増やし、運用し、智恵にしていく営みを続けていくしかないのだろう。


ここであらためて、なぜ医学の勉強はこれほど「きりがない」のかについて考えてみる。

試験勉強に疲れた頭がはじき出した答えは、とても単純だった。


「医学生は、医師としておそらく一生遭遇することのない病気についてもしっかりと

勉強しなければならない。」


この当り前な一文に尽きる。


しかし、この一行を眺めていると、次第に医学の特殊性が分かるような気がしてきた。


たとえば、言語学者。言語学者は、一つの言語にものすごく精通していれば

なれるような気がする。すくなくとも、地球上のすべての言語に通暁しようという

言語学者がいるという話をきいたことはない。一生出会うかどうかわからない

アフリカの人達と意志疎通をはかるために、こつこつとスワヒリ語を学ぶ、

そういうような姿勢をもつ言語学者を僕は知らない。


しかし、言語学者であれば非現実的・不必要と思われるようなレベルの知識まで、

医学では必要となる。


あるいは政治家。政治家は、すべての政治的立場を把握しなくてもよいらしい。

自分の信じる政治的立場をうまく説明し、周囲を説得できれば十分らしい。

すくなくとも、現状の日本の政治家で、相手の立場を真摯に理解しようとするそぶりや

姿勢を少しでも見せている人はいないと僕は感じる。

たとえば□□党の議員が△△党について、その主張を学ぼうなどと試みれば、

所属する党から裏切り者と言われかねない。


しかし、医学では、知られていることはすべて知っていなければならない。

実際に不可能かもしれなくとも、少なくともすべて知ろうと努めなければならない。


医学のもつ、細かさ、網羅性への志向が勉強を長くキツイ道のりにしていることは

間違いない。いつか、この終わりなき道が楽しい行程・習慣になることを願って。


あと残り3科目。10月いっぱいで卒業試験は終了。

11月には、待望の小栗康平監督の最新作『FOUJITA』が公開される。(10年ぶり!)

まずは『FOUJITA』鑑賞を当座の心のよりどころにして、もう少し頑張りますかね。


小栗康平監督の、熱っぽい静けさに、早くも僕の中の期待感が高ぶっている。


もう秋である。

災害、国会、沖縄。世間はあわただしいようである。

実習、引っ越し、卒業試験。僕もあわただしい日々に追われている。


学外病院実習では、はじめて、僕の目の前で患者さんが息を引き取られた。

その患者さんにはじめてお目にかかってから、数日しかたっていなかった。

入院時すでにだいぶ弱られていたその患者さんは、言葉数も少なく、

役立たずの学生にすぎない僕は、ただただベッドのそばにしばらく座らせて

もらっただけであった。


これまで、自分なりにさんざん「生と死」について考えてきたつもりだった。

だが目の前でその患者さんが亡くなったとき、涙が流れてしかたなかった。


そのときのことを振り返るたびに、「息を引き取る」という言葉の適切さに

僕は驚かされる。患者さんが亡くなられた時、「あっ、息を引き取られた」と、

まさにそうとしか言いようのない何かを僕は感じた。


だが、「息を引き取る」ということは、実は不思議な言い回しではなかろうか。

たとえば、「引き取る」と「引き受ける」は、かなりズレがある。

どうして、「息を引き取る」と言い、「息を引き受ける」とは言わないのだろうか。


大雑把に考えてみると、

「引き取る」というと、他に落ち着く場所のない何かを、自分のところへ招き、

身を寄せてもらうというようなニュアンスを感じる。


対して、「引き受ける」という言葉は、どこか責任の誕生を感じさせる。

他の人でもいいけれど、自分がやりましょうというニュアンスを感じさせる。


整理すると、「引き取る」は対象に自分のところまで来てもらうという意味がつよく、

「引き受ける」は自分が対象に歩み寄っていく意味が強いのではないだろうか。


ここで、「息を引き取る」という表現から、「息」の意味を遡ってみる。


すると、人が亡くなるとき、「息」は、もう他に落ち着くのにふさわしい場所がなくなって、

その人のもとに引き取られるということになる。


もしかすると、息は(あるいは生命と言ってもいいかもしれないが)、

生前には、その人だけのものではないのではなかろうか。


その人だけのものではない息/生命に向かって、人は生きている間、歩み寄っていく。

そして、亡くなるときになって、はじめて息/生命のほうがその人のところへやってくる。


そうなのかもしれない。


であるならば、

「人が息を引き取るということは、生命がようやくその人だけのものになることだ」、

そういう洞察がなりたつかもしれない。


あるいは、患者さんの息/生命がその人のもとへ真の意味で帰っていく、

その息/生命の動きに、僕の涙は引っ張り出されたのかもしれない。

涙は、流れ出る(=僕だけのものではなくなる)ことによって、患者さんの息を

見送っていたのではないか。


そんな風に考えると、患者さんの息と、僕の涙がつながっているような気がして、

なんだか腑に落ちた。


つながっていないものをつなげたり、つながっているものをほぐしてみたり、

そういう営みは、恣意的な遊びに過ぎないのかもしれない。


だが、そんなことでもやっているうちに、つながりようもなく、ほぐしようもない、

真実が見えてくるのではないか。僕はこの方向性に、今、賭けている。


この方向性は、7月に亡くなった鶴見俊輔さんから僕が「勝手に」学んだものである。


鶴見さんの著作の言葉は、主張/内容としてあんまりグサリとこなかったのだが、

内容の手前にある鶴見さんの言葉へのスタンスは、なぜか僕にはジワッときた。


医の学びという道は、先が見えなさすぎる。

知識が増せば、それだけさらに先が見えなくなってくるような気にもなる。

しかし、途方にくれるにはまだ早い。そう自分に言い聞かせる。


まだまだ僕は、息を「引き受ける」段階を生きているようだ。

5月3日に詩人・長田弘さんが亡くなったというニュースが流れた。


僕は長田さんの詩・文章を、ことあるごとに読み返してきた。

新たな道を歩み始める友人に長田さんの本を贈ったりもしている。


長田弘さんの名前を知ったのは、映画『深呼吸の必要』を観たときだった。

当時僕は、一つ目の大学を留年し、鬱屈とした5回生を過ごしていた。

留年する言い訳として親に宣言していた公務員試験にあっけなく滑り、

大学院に進んで思想を研究する知識や能力が自分にあるとは到底思えず、

6月になってもまだハッキリとした就職活動をするわけでもなく、つまるところ、

ひたすら迷い続ける日々をおくっていた。


そんなとき、ふと立ち読みした雑誌で『深呼吸の必要』という映画を知った。

たぶん、途中で切れているような不思議なタイトルに惹かれたのだ。


挫折した若者たちが、沖縄のサトウキビ畑で短期アルバイトをしながら、

少しずつ前向きな気持ちを取り戻していくというストーリーもよかったが、

My Little Loverによる主題歌も、優しさと暖かさの溢れ出す名曲だった。

『深呼吸の必要』の鑑賞後、勢い余って購入したパンフレットを読みながら、

僕は、この映画のタイトルが長田弘さんの作品からとられていることを知った。


それから『一人称で語る権利』、『映画で読むニ十世紀』、『長田弘詩集』を

僕はむさぼるように読んだ。しなやかさと力強さをもった長田さんの文体、

五感を研ぎ澄ませて「生活」や「歴史」を捉えなおし続ける長田さんの思考は、

僕にとって、小栗康平監督の『哀切と痛切』と共に、一つの指針となった。


長田さんの文章に、難解な言葉はほとんど出てこない。だが、その思索は、

僕がそれまでに読んでいたいくつかの哲学書よりも衝撃的であった。


物事をかんがえるために、学問的な知識に精通することは必須ではない。

自分の手持ちの言葉を頼りに考えるだけでも、できることはたくさんある。

学問的知識は、自分の中から出てきた言葉をさらに磨くために使えばよい。

そんなエールを長田弘さんから、僕は「勝手に」受け取ったのである。


そのときから、僕は、「理論的な理解」以外にも、「馴染んでくる」とでもいうしか

ないような理解の仕方がありうるということを、信じるようになった気がする。


それからも、仕事や勉強に疲れたとき、僕は長田さんの本を手に取った。

『詩人であること』、『なつかしい時間』はポツリポツリと時間をかけて読んだし、

ふと手にした岩波文庫『中井正一評論集』で偶然にも長田さんの解説文を

見つけたときはなんだか嬉しかった。


「言葉は言葉をつつんでいる沈黙をさそいだすことができるのでなければならない。

言葉は、言葉の限界にゆきつく努力によって言葉になるので、言葉を読むとは、

言葉の限界を確かめ確かめしながら読んでゆくということだ。」

(『詩人であること』、岩波書店、1997年、p.47)


長田さんの言葉は、思索、観察、体験が分かちがたく結びついたところから

紡ぎだされているように僕は思う。だからだろうか、僕は、自分がいろんな情報に

振り回されているかもしれないと感じるたびに、長田さんの文章を読み返す。


「復興とは我々がそこになつかしさをおぼえる新しいものでなければならない」


これは、2014年2月19日に長田さんが日本記者クラブで語った言葉である。

長田さんには珍しく、早口で熱のこもった語り口だった。おそらく、長田さんなりの

「言わずにはいられないこと」があったのだと思われる。


長田さんは、言葉を操ろうとする様々な営みに対し、言葉を耕すことによって、

無言の批判を続けた人だったのではないだろうか。


僕も、言葉を耕す側の戦力とならんことを、密かに願い、目指している。