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Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

コロナ流行とともにいくつかの新しい言葉がよく聞かれるようになった。「不要不急」「緊急事態宣言」など。なかでも、最近気になるのが「エッセンシャル・ワーカー」「ブルシット・ジョブ」という言葉だ。

僕は「職に貴賤は無い」と常々思っている。つまり、workやjobとして成り立っているならどんな仕事もエッセンシャルであり、本来はブルシットな仕事なんてない、そういう立場だ。

でも、workやjobになっていない仕事というのはあると思う。自分なりの工夫が乏しく、資料や材料の無駄遣いに終わっている仕事のことである。「生産」にならず、「消費」になっている仕事と言ってもよい。

ある仕事がエッセンシャルなのか、ブルシットなのか、それは職種で決まるのではなく、仕事に対するその人の取り組み方によって決まってくる、と僕には思われる。

真摯に仕事に取り組めば、その仕事はエッセンシャルになってくる。他人に無駄と言われようが自分にとってはエッセンシャルになっていく。そういうものではないだろうか。

そう考えているうちに、消費者としてではなく、生産者として仕事をするということは、結構難しいことのように思えてきた。しかも、本人がどれだけ工夫したくても、時間や量の圧力で仕事に真摯に取り組むことが許されなくなることはよくある。僕は多忙でも自分なりの工夫を諦めたくないと思ってはいるが、なかなか良い工夫など簡単には思いつかない。仕事をすることは結構大変なことなのである。

ちなみにエッセンシャルワーカーの例として挙げられる教育・医療・福祉の職種は、いずれも明治時代以降に全国に広がった仕事である。明治以前はエッセンシャルでなかったのは言うまでもない。

元首相の名前を関したマスクの処遇が話題になっている。保管や配布に多額の税金がつぎ込まれたからである。

もともとマスクがコロナウイルス感染症に対してもつ科学的な効果は微妙である。◯ベ◯マスクが配付された当時、コロナウイルス感染症が飛沫感染で広がることはすでに分かっていた。飛沫感染はマスクを外した会話を伴う飲食の時に一番リスクが高まる。ただ、わかっていても、マスクをつけたままで食事はできないし、食事をせずには生きていけない。非常に感染リスクが高い場面でマスクは使えないのだ。

 

マスクが最も効果を発揮するのは、感染者の咳や会話時に飛沫が拡散する範囲を限定させる点である。新型コロナウイルスは無症候感染があり、症状が無いからといって自分が感染していないとは言い切れない。だから公共の場でマスクをすることには、「私は仮に無症候感染していても、飛沫を周囲に飛ばさない配慮をしています」と周囲に伝えることになる。その意味で安心を伝えることにはなるかもしれない。一方で、感染していない人がマスクを着けて、ウイルス吸入を防ぐ効果は限定的である。だからこそ、咳をこんこんしている人こそマスクをつけたほうが良く、自分が感染するのを防ぐにはマスクよりも食事前の手洗い・うがい、共用部分の消毒の方が圧倒的に大事だ、ということになる。


そう考えると、元首相のマスク配布政策は、費用にみあった感染拡大防止の意義には乏しかったと言ってよいと思う。だが、大金が投じられた政策である。マスクの効果については元首相もその周囲のブレーンも分かっていたはずである。にもかかわらず、元首相はなぜマスク配布に踏み切ったのか。

おそらく「マスクが手に入らなくて不安だ」「マスクをつけないと公共の場に行けない」「ウイルスに対する防御がない状態では不安だ」という世論の大きさが、元首相を動かしたのだと思う。もしかすると、元首相は、科学的な感染拡大防止効果よりも、「政府は本気で感染対策をやる」という姿勢を打ち出す効果を狙っていたのかもしれない。だとすれば、マスク購入・配布・保管に要する・要した巨額は、日本人の不安が、その軽減のために必要としたお値段だということになる。政策の善悪を言うのは難しいけれど、◯ベ◯マスク配布によって、政府の本気度の周知、マスク不足に対する不安軽減は、ある程度はあったのではないかと僕は思う。

 

ただし、問題点もあったと思う。〇べ〇マスクのウリは「洗って何度も使いまわしができる」という点であったが、実際に〇べ〇マスクが配布された時期にはすでに使い捨てマスクの生産が進んでいて、なんとかドラッグストアでマスクが入手できるようになっていた。つまり、〇べ〇マスクは、元首相が発案・発言してから使い捨てマスクが入手可能になるまでの短い間だけ抗不安効果を発揮し、実際に〇ベ〇マスクが国民に届いたときには敢えて使わなくてもよくなっていたのである。その意味で、手元に届いた実物よりも手元に届く前の虚像が効果を発揮するという、まさに不思議の国ジャパン的な政策であった。これほど不思議なマスクの保管・配布にかかるといわれる巨額が、果たして実物なのか虚像なのか、そのことも僕にはなんだかよくわからなくなってきた。一つだけ思うのは、使い捨てマスクの生産・流通の回復に早期に気付き、その時点で軌道修正していれば、〇べ〇マスクが大量に余ることもなかったのではないだろうかということぐらいである。

 

オミクロン株が若年層を中心に広がり、感染者は多くなっている。幸いなことに若年者での重症化率は低いが、高齢者では頻度は少なくても重症化してしまう場合がやはりあるようだ。僕は、オミクロン株が軽症化する方向に進化していると思われるので、長期的には歓迎すべき傾向だと考えている。果たしてどうだろうか。

最近、昼夜逆転と何回か繰り返し聞くことがあり、何回も聞かされるうちに、ふと疑問が沸き上がってきた。

昼と夜の生活スタイルが入れ替わるのであって、実際に昼と夜が入れ替わる訳じゃないのでは?

昼と夜は太陽と月の動きで定義されている。人間の生活スタイルとは関係なく、昼は昼、夜は夜なのだ。

そう考えると、昼夜逆転という言葉は、人間の自分勝手な考え方を反映しているようで、俄然嫌な感じがしてきた。僕は人間の力を低めに見積もるのがちょうどよいと思っているので、昼夜逆転という表現は好きになれない。

では、どんな表現ならよいのか。昔ながらに「夜更かし」ぐらいか。そういうことにしておこう。

関西は久々の豪雪に見舞われた。こんなこともあろうかと自動車を購入したのだが、朝の時点で鉄道も道路も止まっているという異常事態。結局なんとか動いていた交通機関を乗り継いだが、最後の数駅分はバスもまったくこなかったので、90分あまり自力で歩く羽目になった。何度か足元が滑りそうになったが踏ん張り、焦って小走りになっていたので、雪なのに汗をかきながら到着した。医療は病院という設備がないとどうにも始まらないところがある。医療職はテレワークに向いていないなと痛感した。「テレワーク」という言葉にはなんとなくカッコよいイメージがあるし、人生に一度ぐらいやってみたいのだが・・・無理だろうなぁ。

 

なんとか1日の業務を終えたが、その夜も鉄道が復旧せず、ちかくに宿をとることになった。たくさんの人が帰れなくなったせいなのか、年末年始で旅行シーズンだったのか、全然宿がとれない。10件目で初めて空きがあったが、ちょっとお値段の張る温泉宿になってしまった。どなたかが雪かきしてくださった歩行者用の細い道筋あるいて宿に到着。湯温はすこし低めで、ゆっくりと堪能できた。雪道を歩きとおした足関節、股関節はかなりダメージを受けいていて、入浴後ぐらいから宿内での歩き方がヘンテコになってきた。年明けまでに治るとよいのだが。

 

翌日運転が再開した鉄道からみていると、積もった雪がつくる柔らかい曲線が眼に心地よい。最近開発された宅地の一軒家と、昔の街道筋の細長い「うなぎの寝床」をくらべると、後者のほうが屋根の残雪が少ないことに気づいた。考えてみれば当たり前なのだが、細長い敷地が可能にする長い屋根の傾斜は、雪対策にもなっているのだった。一番残雪が少なかったのは車窓から見る限り、お寺のお堂だった。

 

ひさしぶりに雪と過ごす正月になりそうだ。

先日、NHKで「この素晴らしき世界 分断と闘ったジャズの聖地」という番組をみた。

たまたまテレビをつけた時にやっていて惹きつけられて、そのまま見てしまった。

 

この番組で僕は海野雅威さんというジャズ・ピアニストの方を初めて知った。

海野さんはアメリカで数人の若者から暴行をうけ、右腕・右肩に重傷をおった。

「完璧に動いてくれない右腕だから今できる音楽がある」

そんな感じの海野さんの言葉が印象に残った。

 

番組のタイトルには「分断と闘った」とあるが僕は少し違和感をもった。

海野さんの姿勢は「相手を攻撃する」のではなく、「自分をあきらめない」という感じだった。

自分の曲や演奏に、自分の今思っていること、感じていることを込めていく。

そういう職人的な音楽的喧嘩の仕方があるのだなと僕は思った。

なんとなく山下達郎さんに通じるなとおもった。

 

へそ曲がりの僕は、コロナ禍でも表面化しないような類の分断に興味があるので

NHKの切り口にはやや異論はあるのだが、それはまた別の話。

 

海野さんのLIFEという曲の優しく揺れ動くメロディにほっこりとした一日だった。