第49回衆議院選挙が終わった。全体をみると、「自由民主党と立憲民主党が議席を減らし、その分、日本維新の会が議席を増やした」とまとめられると思う。その他の政党は微減・微増あるものの、ほぼ横ばいであった。日本維新の会は関西では躍進したが、全国的な結果は出せていない。その意味で、明確な勝者のいなかった選挙、どの政党も負けた選挙といってよいかもしれない。
もう一つ示唆的だったのは、沖縄の小選挙区で共産党と社民党が議席を確保したことである。僕の勝手な想像だが、この沖縄での選挙結果には米軍基地問題がおおきく寄与していると思う。亡くなった翁長知事と国政の戦いは記憶に新しい。基地問題は地方自治体の政策レベルで戦いきれない、国政に影響を与える衆議院選挙によってしか自分達の意見を主張できないと考える人がたくさんいるということなのだと思う。逆を返せば、基地問題のような国際情勢、地方自治などが複雑にからんだ問題以外の論点では、共産党、社民党の主張は支持を得られにくくなっているという事でもある。
共産党と社民党はどうして沖縄以外で支持をえられにくくなっているのだろうか。両党は福祉の充実を主張している。福祉の充実は、財源と人材が許すなら、なるだけやった方がいいと思われていることであり、反対されにくい主張である。だから、公明党や二つの民主党もすこしずつ異なった福祉政策を掲げているし、地方自治体の首長もしょっちゅう表明する。福祉だけでは政党としての独自性を打ち出しにくいのである。
共産党と社民党は大企業への課税強化も掲げている。しかし、多くの日本人が、「自分の働く会社の業績が好調になってほしい」と「会社が倒産したときの社会的保障制度を手厚くしてほしい」であれば、前者を選ぶのでなかろうか。「企業をもうけさせます」という自民党的な主張と比べると、「倒産したときのセーフティネットを強化します」という共産党・社民党的な主張はどうしても後ろ向きに響く。大半の日本人は、「一所懸命に働いたらなんかよい結果が付いてくるはずだ」という楽観的で前向きな世界観を持っているか、あるいはそういう世界であって欲しいと願っているのだと思う。そういう人々にとって、共産党と社民党の主張は「あまりに冷徹で夢がない」という風に受け取られるのではないだろうか。
では、なぜ両党が少数の議席を確保できているかというと、単純に党是の特色があるからということに尽きるのではないか。両党の勢力的に、国政への影響力を期待して投票する支持者は少ない、つまり政策面での期待はしていないと思われる。むしろ、支持者たちは両党の長年の党是に期待して投票しているのである。共産党にはおそらく政権与党への監視役、社民党は旧社会党の主張継続を期待している人が多いと思う。
それにしても、沖縄というところは不思議である。政治・軍事・交易の面では前衛の立ち位置であるが、感性や信仰や思考の面では古来のものが残るという意味で後衛の立ち位置にある。共産党・社民党の議席が沖縄で守られたことはいろいろなことを考えさせる。
議席を伸ばした日本維新の会についても考えてみる。日本維新の会は大阪を主な基盤としつつ、政策については「是々非々」を標榜し、安易に他の政党と選挙協力しない姿勢を特色としている。しかし、大阪の色合いが強すぎて、全国政党になるのは困難とおもわれる。全国政党を目指しすぎると、地方自治を基盤として発展してきた党としての特色が薄まるというジレンマもある。「是々非々」は政策論争の面では合理的な姿勢であるが、是々非々を判断する基準、すなわち党是に注目すると、日本維新の会の党是は既成の保守政党と大同小異であることに気づく。是々非々を判断する基準となる党是の特色が薄いということは、日本維新の会は全国的な政党になればなるほど、自民党と習合していくリスクがあるというこどである。
立憲民主党については、経緯が複雑すぎて難しい。僕がぼんやり生きてる間に、ちょうど新進党ができたり、社会党がボロボロになったり、民主党ができてマニフェスト選挙が始まったりした。民主党は自民党との二大政党制をめざして、イギリスの二大政党制がおこなっているマニフェストの発表を選挙に持ち込んだ。ここが面白いのだが、イギリスでは、二大政党制が成り立った後にマニフェスト発表が始まったが、民主党はマニフェスト選挙をすることによって二大政党制を実現しようと目論んだのである。つまり、時間的な前後関係を逆転させているわけだ。結果がどうだったかというと、民主党は二大政党制をつくるのに失敗したとおもう。むろん政権を担った時期に原発事故があったりとか運が悪い面も考慮が必要だが、最盛期の社会党が自民党と張り合っていたような長期的な二大政党制の時期を、民主党は作れなかった。民主党の後にできた勢力も同様に自民党に張り合えるまでには至っていない。
民進党、希望の党、立憲民主党など、統合・分離が繰り返されて混沌としている。この混沌の始まりには、マニフェスト発表があると僕は思う。もともといろいろな勢力が合流してできた民主党であるから、マニフェストを発表して党としての結束を強めるという意味合いもあったかもしれないが、マニフェストのとりまとめ自体に党内で苦労することもあったろうし、一度発表してしまったマニフェストは自らの足枷となってしまう。また他の党との比較ができてしまうことから、主張の細分化がおこり、主張が煩雑になっていく。煩瑣な文章を読み込むには時間と労力がいるから、有権者が読む気を失いやすいと僕は思う。
宗教改革期のヨーロッパではカトリックとプロテスタントが対立したと考えられているが、実はプロテスタントの内部でも様々な対立があった。ルター派やカルヴァン派だけでなく、教会ごとに信徒が相談して信仰告白を発表し、細分化・対立を繰り返した。日本の政党の趨勢と宗教改革を比喩的に重ねてみると、自民党がカトリックで、民主党がプロテスタントにあたると考えると分かりやすい。だとすると、共産党や社民党はユダヤ教に該当するのかもしれない。
今回の衆議院選挙は、どの党にとってもよい結果とはならなかった。では人々にとって良い結果となったのだろうか。