ウクライナとロシアの間で武力紛争が始まった。2月24日のことである。ロシアは数年前にも、グルジア(ジョージア)でも今回のウクライナと同じ方法で武力紛争を行っていたらしい。僕は不勉強にしてそのことを知らなかった。ロシアからすれば、ジョージアのときと同じことをしているだけなのに、なんでウクライナとの紛争になると急に国際社会からの批判が厳しくなるのか、なぜいまさらという感じなのかもしれない。単純にアメリカの大統領がトランプ→バイデンへと変わったためなのだろうが。
ウクライナとロシア、どちらも「相手が先に仕掛けてきた」と主張している。この種の論争には決着がつかないと思われる。盧溝橋事件の真相がいまだに謎なのと同様である。ただ、どちらが先に仕掛けたのだとしても、ロシアがウクライナ国内に武力侵攻しているという事実は、国連憲章1章に記載されている内容とは明らかに方向性を異にしている。日本国内の報道では、ロシアを弾劾し、ウクライナを支援する意見が多い印象がある。日本の政府も、ロシアへの経済制裁など欧米と足並みをそろえた対応をとっている。
たしかに、プーチン大統領の決断にはとても賛成できない。だが、僕はどんな立派な演説をしようとも、どれだけ国際社会から応援されようとも、自国の市民を戦闘に巻き込んでしまったゼレンスキー大統領にも責任の一端があると思う。国家元首は、自国の領土を守ることと国民の命を守ることと、どちらを優先すべきなのだろう?僕には、領土よりも人命を優先すべきであると思われるが、いかがか。
僕の乏しい世界史の知識では、ロシアにとってウクライナという土地は、非常に複雑な意味をもっている。帝政ロシア時代、ウクライナはロシアの一部であった。その後、第一次世界大戦のとき、帝政ドイツの猛攻により、レーニンはポーランドからウクライナにかけての広範な地域を放棄するという屈辱を味わった(ブレスト=リトフスク条約)。その後第一次世界大戦はドイツの敗戦に終わり、ドイツは大戦中にロシアから獲得した地域を放棄した。この空白地域で、バルト三国、ポーランド、ベラルーシ、ウクライナ、ジョージアなどが独立した。しかし、それらの国々は第二次大戦後はソ連の連邦下に入ることになる。このように、戦時の勢力争いで定まった国境だから、ウクライナ国内には、ウクライナ系住民が多い地域だけでなく、ロシア系住民が多い地域も含まれることになった。このことが、今回の紛争の遠因となっている。
第一次世界大戦後、ロシアとドイツの間の空白地帯に生まれた国々は、ソ連崩壊後に再び独立した。ウクライナやジョージアは、EU(あるいはNATO)とロシアの間に挟まれて、国家誕生のときから、微妙なかじ取りを求められる立場にあったのである。そのような経緯があるため、武力紛争勃発後、EUでリーダー的な立場にあるドイツは積極的な動きをみせないままである。
僕は、単純に「命をかけるに値する国家・理想・信仰なんてない」と考えている。ニュースで見たウクライナ市民が「私たちはウクライナのために戦ってるだけではない。自由と民主主義のために戦っているのだ」と言っていた。でも僕は、もしも自由と民主主義が人間にとって本質的なことなのであれば、領土が削られたぐらいで、あるいは国家が無くなったとしても、自由と民主主義は消滅しないはずだと考える。むしろ、戦闘によって自由を愛する市民が死んでしまうことの方が、自由にとっては危機である。自由は、戦うことによってではなく、生き延びることによって守られる。そう僕は思う。
どんな強権的な独裁国家であろうと、人間の行動する自由は奪えても、人間の考える自由を奪うことはできない。フランス革命、ソ連崩壊などの歴史をみると、すべての圧政は民衆によって終止符をうたれた。時間がかかるかもしれないが、今のロシア政権がやっていることは、いずれ成り立たなくなると思う。
ウクライナの人々にも、ロシア軍の兵士にも、僕が言いたいのは、「命をかけなくてよい」、これだけである。一刻も早い停戦を期待したい。
追記:政治に関してよくわからないとき、僕がとりだすのは丸山眞男さんと森嶋通夫さんの本である。森嶋さんは『政治家の条件』(岩波新書)のなかで、「戦勝国よりも敗戦国のほうが国家観が進歩する」と指摘している。先の大戦の敗戦国である日本の国家観はどう進歩したのか。ウクライナでの停戦・平和構築に、日本はどのような貢献ができるのか。ウクライナ紛争により国際連合が戦争を防ぐ機能を失っていることが明白になった。満州事変・日中戦争により国際連盟が有名無実化した後に訪れたのはポーランド侵攻から始まる第二次世界大戦であった。国際連合が無力化した今、ウクライナ紛争が長期化するとより大規模な戦闘につながるリスクがある。核爆弾投下や原発事故という未曽有の経験を生かしきれていないようにみえる日本ではあるが、先の大戦後、国家間の武力衝突を一切してこなかったという実績には説得力があるはずだ。敗戦し、出直した国だからできる停戦への貢献があるとおもわれる。
第二次大戦初期にドイツに侵攻され、領土をほぼ失ったフランス政府は、ド・ゴール将軍が亡命することで政権を維持した。ルイ14世政権に弾圧されたプロテスタントはスイスやアイルランドに亡命したことで、生き延びた。ユダヤ人は国を追い出されたが、信仰と文化を維持した。昭和の日本は、余力を残した状態で敗戦を認めた事で、分割占領を防ぎ、復興につなげることができた。ウクライナの人は、何を守り、何を残したいと思っているのだろか。
さらに追記:一般に、戦争を始めるにはかなりのエネルギーが必要になる。しかし、一旦始まってしまうと、戦争を続ける方が、戦争を止めるよりもエネルギー―が少なくて済む。だから、始まってしまった戦争は残念ながら双方がある程度消耗するまで続くことが多い。戦争ははじめないのが一番良い。
ひとつ訂正(2022年5月5日):ジョージアとロシアの間に起きた南オセチア戦争(2008年)当時はアメリカはブッシュ大統領政権だった。