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Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

8月8日に中井久夫先生がお亡くなりになった。一度もお会いしたことはないが、本を通じて何度もお話を伺った気に勝手になっていた。中井先生の文章には何度本を読み返しても、その度に新たにハッとするポイントがある。なんというか、多角的で多層的な文章なのである。茫漠とした精神医学という海に漕ぎ出した頃、僕は中井先生の文章を何度も読み返した。これからも僕が仕事を続ける限り、迷ったときの羅針盤としてお世話になり続けると思う。

 

一番びっくりしたのが、『西欧精神医学背景史』の中で、中井先生が井上良雄先生の『神の国の証人 ブルーム・ハルト父子』(新教出版社,1982年)に言及されていたことだ。この研究書を僕は滝沢克己先生の著書から知り、読んでいた。井上良雄先生はカール・バルトの翻訳の仕事でキリスト教神学の世界では有名だが、一般的な知名度はそこまで高くはないと思われる。まさかこの書名を医学関係の本で見かけるとは思いもよらなかった。中井先生、どれだけ勉強されているんだ!と心底驚いたのを今でも覚えている。


どんな学問領域でも、黎明期に複数の天才的な人材が輩出される傾向がある。フロイト、ジャネ、シャルコー、ユングなど、短い期間、狭い場所に才能が集結した。日本の精神医学も同様である。1960年代から70年代にかけて伝説的な碩学が集まった。去年、木村敏先生、今年、西園昌久先生、中井久夫先生が亡くなられたことで、日本の精神医学にとっての黎明期が、すなわち天才の時代が終わりを告げたように僕には思われる。

 

中井先生の観察、直観、思考は、どれをとっても僕ごときが追いつけるようなレベルをはるかに超えている。しかし、たとえ到達できなくとも、目指そうとすることにもなんらかの意味があるだろう。中井先生のような広さと奥行きを兼ね備えた視座がもてるように、僕なりの研鑽を続けていきたい。

ウクライナとロシアの紛争が始まり、僕がまず手に取ったのは、宮田光雄先生の『カール・バルト 神の愉快なパルチザン』だった。カール・バルトは、ナチス・ドイツに対して、ソ連圏の共産主義に対しても独自の批判をしていたことで知られる。国民国家に対するバルトの批判は、国民国家が再びロシアという形で強化されている現在、顧みる意義があると思う。この宮田先生の本で僕はプラハの春当時のチェコ・スロヴァキア共産党第一書記アレクサンデル・ドプチェク氏の「人間の顔をした社会主義」という言葉を知った。プラハの春というとミラン・クンデラぐらいしか僕は知らなかったのだが、ドプチェク氏の自伝(※)が図書館にあったので、早速借りて読んでみた。

 

※アレクサンデル・ドプチェク著、イジー・ホフマン編、森泉淳訳『希望は死なず ドプチェク自伝』、講談社、1993年。

 

ドプチェク氏はプラハの春で、ソ連らワルシャワ条約機構加盟国首脳の圧力に屈し、民主化路線の転換、軍隊駐留を受け入れてしまった弱腰の政治家と評されることもある。しかし、この自伝に記されているのは、追い込まれながらも、言葉を尽くして粘り強く抵抗する政治家の姿であった。自身の権力・保身とは無縁の、政治に誠実に挑むドプチェク氏の姿勢に驚いた。ドプチェク氏が、幼少期にアメリカ、キルギスタンなどで移民生活を経験していたことも、彼の民主的な姿勢に影響していると思われる。

 

プラハの春については、侵入したソ連のスパイが暴動を扇動し、その事態収拾という名目でワルシャワ条約機構軍が侵攻してきたと記されている。ウクライナ・ロシアの紛争開始のときも、同じようなことがおこっただろうことは想像に難くない。軍事的な圧力に対し、非暴力的な抵抗を貫いたドプチェク氏の証言からは、プラハの春が民主化路線の指導者たち(ドプチェク、スムルコフスキー、クリーゲルら)ではなく、フサークらソ連寄りに寝返った指導者たちによって自壊していったということがよくわかる。共産党第一書記辞任に追い込まれたドプチェク氏にスムルコフスキー氏がかけた言葉、「辞任したとしても、まだわれわれは息の根をとめられたわけじゃない。これから何ができるかを考えてみようじゃないか」は、なかなか言えることではない。

 

ソ連のブレジネフらの動きを予測できなかった点で、ドプチェク氏の判断は楽観的だったという批判はあるだろう。しかし、軍事的な圧力に屈したとはいえ、市民の犠牲を最小限に抑えたドプチェク氏の政治家としての手腕は、僕には卓越していたとうつる。プラハの春の挫折後、ドプチェク氏は監視されながら、約20年間森林管理所の機械整備工として働くことになる。1989年のビロード革命で、数十万人の歓声に応えたドプチェク氏は、1967年からの日々を振り返って次のように述べている。「その間、希望のときがあり、挫折のときがあり、忍耐のときがあった」(同書454頁)。僕は、このドプチェク氏の言葉に、勝手ながら旧約聖書コヘレトの言葉との連続性をみる。

 

全体として読み応えのある素晴らしい自伝だったが、ひとつだけ気に入らないのは、邦題が「希望は死なず」となっていることである。英語ではHope dies last.なのだから、素直な直訳で「希望は最後に死ぬ」のほうが良かったのではないかと個人的には思う。

 

ドプチェク氏の政治家人生は、自分の意見を強硬に主張するというよりも、自分の主張をもちつつも他人の主張と対話し、合意を探ることの繰り返しであった。このドプチェク氏の姿勢こそが、政治家にもとめられる第一の資質だと僕は思うが、どうだろうか。政策的な意見の適切さよりも、政治的な意見の対立をどうまとめていくかという点にこそ、政治家の本領があると僕は思っている。日本では、選挙でも国会でも政党同士が罵り合ってばかりだが、単なる批判の応酬は政治をしていることになるのだろうか? 選挙のたびに議席を減らしている共産党や社民党は、政策的な主張だけでなく、与党の政策が財源・期待される効果の面で妥当なのかをチェックするという役割をもっとアピールしてよいと思う。

 

ウクライナとロシアの紛争がまだ続いている。3月頃までは早期停戦にむけたトルコや国連の動きがみられたが、開始から半年が経過し、停戦に向けた動き事態に停滞がみられているように感じるが・・・。停滞を終わらすことは、慢性化した病気を動かして治癒へのベクトルをつくることに似ている、と僕は勝手に思っている。慢性疾患の治療では、患者さんの健康な部分に地道に働きかけていくことになる。このアナロジーが的外れでないならば、健全な日常生活の部分を強化していくことが、どこかで早期停戦につながるきっかけを生んでくれるのではないだろうか。ドプチェク氏は20年間きっかけを待ち続けた。ゼレンスキー氏はどうだろうか。

 

最後に、ワルシャワ条約機構の軍事侵攻に直面したドプチェク氏の言葉を引いておく。素朴で飾り気のない文章だが、この自伝の中で僕がもっとも印象深く読んだ一文である。

 

「私は断固とした抵抗の意思を示すと同時に、無益な流血は何としても避ける必要があった」(同書308頁)。

元首相銃殺のニュースを聞いて、すぐに頭に浮かんだのは、(1)日本では人を殺せる武器が自作できること、(2)警備を過信してはならないこと、の二つだった。海外首脳から様々なメッセージが寄せられているという報道もあり、元首相の精力的な外交が高く評価されていることを示していると思われた。

 

事件後、与野党から異口同音に、「言論の自由をテロで封殺する蛮行を批難する」という主旨の声明が出された。しかし、警察発表を報じるニュースなどでは、現行犯逮捕された犯人は「元首相の政治的信条への恨みはなかった」「特定団体と元首相につながりがあると思い込んだから」と述べているようである。だとすると、今回の銃殺事件は「言論の自由への挑戦」という文脈にはそぐわない。むしろ、政治とはっ関係ない個人的な恨みから起こった事件なのではないかと思われてくる。

 

伊藤博文、浜口雄幸、原敬など、何人かの総理大臣が暗殺されている。五・一五事件でも犬養毅が殺害された。いずれの事件も、犯人には首相への政治的な批判(誤解にもとづく場合もあっただろう)が動機としてあったとされている。つまり、犯人たちは何らかの意味で「世を正すために暴力手段を用いる」という意図をもっていた。その意味で、これまでの首相暗殺事件は「言論の自由をテロで封殺する蛮行」に該当するといえる。しかし、今回の事件で犯人に政治的な動機がなかったのだとすると、あるいは「世を正す」目的がなかったのだとすると、いったいこの事件をどう考えたらよいのだろうか。


もしかすると、元首相は、日本ではじめて政治的でない理由によって暗殺された首相経験者ということになるのかもしれない。ただし、元首相の非政治的な銃殺は、今後、政治的に(”政局的”にといったほうが良いかもしれないが)非常に重要な意味をもつ(あるいは持たされる)ことになるだろう。にもかかわらず、いや、だからこそ、日本では今後もますます政治という営みへの関心が低下し、あらゆる場面で政治的な信条よりも個人的な心情が優先されていくのではないか。別の言い方をすると、社会がどう在るべきかよりも、自分はどう生きるべきかという問題に迷う人々が増えていくのではないか、僕にはそんな予感がするのである。

 

政治とは、「自分以外の人々と自分が織りなす社会をどのように運営したらより皆が幸せにすごせるのかを考えること」だと僕は思う。その意味の政治に対する関心が薄らいでいってしまう社会が居心地のよいものになるとは、残念ながら僕には思えない。だが、関心が薄らいだとしても、「政治」が人間社会にとって本当に重要な意味をもつのであれば、いずれ必ず関心が戻ってくるはずである。

 

僕が1度目の社会人だったとき、「政治と宗教の話は角が立つから雑談でしないほうがいい」と先輩に言われたことがある。そのときは、なるほどなと思ったのだが、本来の政治や宗教とは、政治と宗教の話を角が立たないようにする技術、すなわち、話し合い、相談といった営みに根差しているのではないか。自分の意見を整理して述べ、相手の意見を聴いて理解し、徐々に考えや言葉を練り上げていくことは、それが政治的であろうと宗教的であろうと、人間であり続けるためには欠くことのできない作業であると僕には思われる。

 

相手を殺すことは、相手と自分の人間性を否定する事である。人間であるために暴力は必要ない。

 

■2022.7.10追記

他の首相経験者の暗殺事件はほぼ全例が首相任期の途中におきている。今回の元首相銃撃は任期をすでに終えた元首相が標的となったという点でも、明治以降の歴史で初めてのケースなのである。ちなみにアメリカの大統領暗殺事件は、いずれも任期途中に起きている。普通に考えれば、政治的な動機に基づくのであれば、犯人はまず元首相ではなくて現首相を狙うことを考えるはずである。しかし、実際には元首相が銃撃された。政治的な動機による暗殺は、その時権力を持っている人物が標的となる。銃撃当日のニュースでは、事件を「民主主義への挑戦」と捉える発言が多かった。ということは、発言した人たちには「元首相が現在の政治に強い影響力を持っている」という感覚があったのである。おそらくこの感覚は某政党の派閥の力学が生んでいるのだろう。元首相の銃殺事件は、①政治的な動機ではなく個人的な怨恨によるものであった、②事件直後に「民主主義への暴力的抵抗」と誤解された、③複数犯ではなく単独犯で警備をかいくぐられてしまった、という点で、歴史に記憶されるだろう。そして、その記憶は、残念ながら日本という国の評価を下げることになると僕は思っている。

サボっていてなかなか読んだ本の感想を書けないままになってしまっているが、リストだけまとめておいて、また追いついたときに、思ったことを記そうと思う。

 

■医学

・立川昭二『病気の社会史 文明に探る病因』,岩波現代文庫,2007 →明治政府による強制的な消毒や隔離に対して起こった「コレラ一揆」の存在を知った。

・川喜田愛郎『生物と無生物の間 ウイルスの話』,岩波新書,昭31

・川喜田愛郎,佐々木力『医学史と数学史の対話 試練の中の医学と科学』,中公新書,1992 →「今世界で一番重要な病気は飢餓だ」(16頁)、 「人の悩みに及ばずながら手助けしたいという慎ましやかな願いを原点として始まった医学は近代に入って科学と結んで大きな成果をあげた反面、今、方向を見失い始めたと私は見ているのです」(17頁).川喜田先生の言葉はずっしりとしている。

・川喜田愛郎『生命・医学・信仰』,新地書房,1989

・杉山登志郎『自閉症の精神病理と治療』,日本評論社,2011

・杉山登志郎『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』,誠信書房,2019

・清水將之『子ども臨床 新訂』,日本評論社,2009年

・山上敏子『方法としての行動療法 新訂増補』,金剛出版,2016

・西園昌久『精神分析を考える』,中山書店,2014

・西園昌久『精神分析を語る』,岩崎学術出版社,1985

・山鳥重『言葉と脳と心 失語症とは何か』,講談社現代新書,2011

・石黒忠悳『懐旧九十年』,岩波文庫,1983

・河合隼雄『日本人とアイデンティティ』,講談社α文庫,1995

・竹島多賀夫『迷わない!見逃さない!頭痛診療の極意』,丸善出版,2014 →読んでよかった。知識がなければ、臨床は立ち行かない。

・ヴァン・デア・コーク著,柴田裕之訳『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』,紀伊國屋書店,2016 →「爬虫類脳」のカテゴリー、迷走神経の捉え方など、脳科学の成果を医学的にまとめ返す視点が有用。実はまえまえから個人的に考えていたことが他の人もいっていることがわかっておもしろかった。

 

■思想

・小川修パウロ書簡講義録刊行会編『ガラテヤ書講義Ⅱ』,リトン,2022 →ついに小川先生のパウロ書簡講義が完結した。最終巻がガラテヤ書講義Ⅱ。小川先生は、この講義の最後で宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に言及されている。この詩の「サウイフモノ」には無教会の斎藤宗次郎というモデルがいるという山折哲雄氏の説(異論もあるようだが)が紹介されている。斎藤宗次郎は「10メートルを走っては神様に祈り、そういう新聞配達をしていた」ひとらしく、ほとんどの弟子に見捨てられた内村鑑三の最晩年を支えたとのこと。小川先生は、「サウイフモノ」は「紛れもないイエスの姿ではないか」と大胆にも述べられているが、そういう見方から浮かび上がってくることもあるかもしれない。僕なりの理解では、科学や技術が力を持たないとき、人間にできる最も誠実なことは、「デクノボー」と呼ばれながら「オロオロアルク」ことだったのかもしれない。それが隣人愛なのかどうか、僕の中ではやたら難しい宿題になっている。

・内村鑑三著,松沢弘陽編『日本の名著 38 内村鑑三』,中央公論社,1984 →「地人論」が印象深かった。科学的な素養があった内村鑑三は、地理学から文化の成立を理解しようとしたのだなと分かっておもしろかった。宗教がどこまで文化で語れるかはわからないけれど、日本では「当たり前」でないキリスト教を選ばなければならない。いかにして「当たり前」でないことを納得していくかという難問について、内村という巨人の考えの軌跡が残っていること自体、「後世への最大遺物」である。

・廣松渉,小林敏明『哲学者廣松渉の告白的回想録』,河出書房新社,2006

・プラトン,藤澤令夫訳『国家 上・下』,岩波文庫,1979 →ソクラテスが、議論の相手から「しらじらしい」と思われていたことがよくわかる。読んでいて、僕もソクラテスのような人がいたら、むかっとするとお感じた。論破という言葉が流行っている昨今だが、ソクラテスは論破など眼中にない。彼の産婆術は、相手に議論で勝つことではなく、真実を知ることを目指している。

・西谷啓治『宗教と非宗教の間』,岩波現代文庫,2001

・和辻哲郎『古寺巡礼』,岩波文庫,1979

・和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』,岩波文庫,1991

・山折哲雄,上野千鶴子『おひとりさまvs. ひとりの哲学』,朝日新書,2018 →加藤周一氏や中井久夫氏が高齢になってカトリックを受洗したことについて上野さんが論理的に突っ込んでいるところがおもしろい。禅を高く評価する上野先生、宗教を「便利なもの」とけむにまく中井先生の姿勢はおもしろい。仏教でいえば、宗教はもともと「方便」なのだから、おふたりとも意外と近い所におられるのではないか。

・宮田光雄『カール・バルト 神の愉快なパルチザン』,岩波現代全書,2015

・宮田光雄『ボンヘッファー 反ナチ抵抗者の生涯と思想』,岩波現代文庫,2019

・中村元『仏典のことば』,岩波現代文庫,2004

・宗左近『小林一茶』,集英社新書,2000

・阿満利麿『選択本願念仏集 法然の教え』,角川ソフィア文庫,平成19 →なぜ念仏・称名によって救い(弥陀の本願)が起こるのかという点については「善導さんがそう書いている」と根拠づけられるので、もうすこし法然には突っ込んで欲しいとおもうものの、人間が凡夫であることの説明には非常に説得力があった。法然の人間に対する分析は非常に鋭い。

・花崎皋平『生きる場の哲学 ー共感からの出発ー』岩波新書,1981 →市民運動への参加でしられる哲学者の文章で。「生きる場」という言葉にその「運動的」な姿勢が表れている。「共感」から始まる花崎氏の思考は、他人の問題に共感し、他人の問題を自分の問題のように感じて行動するという経過をたどる。個人的には花崎氏を非常に良心的な人だとは思うのだが、他人の問題を他人に頼まれたわけでもないなかで自分の問題として感じるということに僕は良心的な飛躍を感じてしまうので、花崎氏の議論に素直にうなずけないのである。

 

■歴史・経済・建築

・円仁著,岡谷憲訳『入唐求法巡礼行記』,中公文庫,1990 五台山を知った。廃仏にあって還俗も辞さずに経典を日本に持ち帰った円仁の姿が興味深い。霊仙上人という”三蔵法師”の尊称を得たがゆえに日本への帰国が許されなかった人の存在をしれたのも勉強になった。霊仙上人毒殺説も面白い。遣唐使船に占いの人が乗っていたり、順風を住吉大社の神に祈祷する下りがあるが、古代日本で宗教的な分業があったこと示していて興味深かった。

・C.アウエハント著,小松和彦他訳『鯰絵 ー民俗的想像力の世界』,岩波文庫,2013 →香取神宮に行ってみたくなる本。

・カヴァリエ著,二宮フサ訳,『フランス・プロテスタントの反乱 カミザール戦争の記録』,岩波文庫,2012 →仏カトリックがプロテスタントに対して「ミサへの強制参加」という「踏み絵」を課していた事、プロテスタントの背景にはカタリ派やアルビジョワ派などの異端の歴史があること、プロテスタント信仰を捨てなかった人たちがガレー船の漕ぎ手という苦役につけられていたことなど知らなかったことが満載。フランス南部のゲリラ戦は、第二次世界大戦でも繰り返される。

・ユージン・B・スレッジ,伊藤真・曽田和子訳『ペリリュー・沖縄戦記』,講談社学術文庫,2008 太平洋戦争当時のアメリカ軍の補給、食事事情がよくわかる。沖縄戦では、人間のおぞましさと自然の美しさの対比に作者はなんども言及する。この作者にとっては戦争は「地上の楽園でおこる悲惨」であった。

・渡邊京二『逝きし世の面影』,平凡社ライブラリー,2005

・藤森照信『建築史的モンダイ』,ちくま新書,2008 

・藤森照信『日本の近代建築 上・下』,岩波新書,1993

・森嶋通夫『サッチャー時代のイギリス その政治,経済,教育』,岩波書店,1988

・森嶋通夫『政治家の条件』,岩波新書,1991

・アーネスト・サトウ,『一外交官からみた明治維新 上・下』,岩波文庫,1979 →幕末、大阪枚方から京都宇治まで船でさかのぼって移動していたことがわかった。

・メチニコフ著,渡辺雅司訳『亡命ロシア人から見た明治維新』,講談社学術文庫,1982

・ジョン・ダウアー著,猿谷要監修,斎藤元一訳『容赦なき戦争 太平洋戦争における人種差別』,平凡社ライブラリー,2001 

・西岡文彦『簡単すぎる名画鑑賞術』,ちくま文庫,2011

・千田嘉博『戦国の城を歩く』,ちくま学芸文庫,2009 →観音寺城がそんなに画期的な城郭だったとは・・・。山城、堀切、土橋、馬出しの面白さをまなんだ一冊。

・和歌森太郎『山伏 入峰・修行・呪法』,中公新書,1964

・和歌森太郎『神と仏の間』,講談社学術文庫,2007

・司馬遼太郎『歴史と視点 私の雑記帖』,新潮文庫,昭55

・司馬遼太郎『歴史と小説』,集英社文庫,1979

・司馬遼太郎『人間の集団につして ベトナムから考える』,中公文庫,1974 →ベトナム戦争さなかの南ベトナム旅行をもとにしたエッセイ集。ベトナムという国が歴代中国王朝をはねかえし続けた軍事大国であったことを知った。

・加藤陽子『昭和天皇と戦争の世紀』,講談社学術文庫,2018 →加藤先生の緻密な研究に基づく重厚で重層的な昭和史。個人的には南原繁が1946年に天皇の退位の権利について貴族院で言及していたということを知って驚いた。加藤先生の文章は静かな熱意が全編みなぎっていて、読むたびにすごいと思う。最近、加藤先生の南原繁論がでたらしいので、読んでみたいと思っている。

・五百旗頭真『日本の近代6 戦争・占領・講和』,中公文庫,2013 →戦前・戦後の政治史について五百旗頭先生独自の視点でまとめられており、わかりやすい。ディテールも適度に充実している。公平かどうかは分からないが、五百旗頭先生の批評眼のおかげで、ややこしい政治の動きを面白く読むことができた。

・内山奈月,南野森『憲法主義 条文には書かれていない本質』,PHP文庫,2015

・武田泰淳『政治家の文章』岩波新書,1960

・都留重人『近代経済学の肖像』,岩波現代文庫,2006

・都留重人『現代経済学の肖像』,岩波現代文庫,2006

 

■小説

・エラリー・クイーン『オランダ靴の秘密』,ハヤカワ書房,1987

・奥泉光『グランド・ミステリー 上・下』,角川文庫,平13

先月のことになるが、とあるコンサートに出かけた。コロナが流行して数年間コンサートには行けていなかった。しかし、これは聴きにいかずにはいられないというラインナップだったので、思い切って出かけることにした。ひさしぶりの阪急電車で快速急行にのってしまったがゆえに、目的の駅を通過するというハプニングはあったが、なんとか開場には間に合った。

 

曲、指揮、演奏者、すべての条件が整った熱いコンサートだった。前半は抑え気味だったが、後半にかけてどんどん熱気が高まってきて、アンコール2曲のときには胸がいっぱいになり、思わず涙が出てしまった。

 

演奏会を聴きにいって流涙してしまったのはこれで2回目である。1回目は東日本大震災から数年後に被災地の高校生(震災時は中学生)が歌う「群青」を聴いたときだった。そのときは、会場全体に観客のすすり泣く声がこだましていた。若人の思いが乗った音楽は涙なしでは聴けなかった。

 

今回の演奏会はプロによる演奏だったのだが、コロナで演奏自体ができなかった期間に充電されたエネルギーが一気に迸ったかのようで、熱のこもった演奏になっていた。もちろん、聴いていた僕個人の主観的な感触にすぎないのだが。素晴らしい演奏は、音楽だけでなく、思いの密度も伝えられるのだと思う。

 

悲しいことは悲しく、苦しいことは苦しい。できれば悲しみも苦しみもない方がよい。だが、行って良かったと感じた演奏会で思うのは、大きな悲しみや苦しみによってもたらされる力があるのではないかということである。

 

なるべくなら、うれしいこと、楽しいことだけをしていけたらよいのだが、現実には間違うことも多く、自分の力では何ともならないように思える課題もたくさんある。生きていくとは、過去の悲しみ・苦しみから力をもらって、その力で目の前の悲しみ・苦しみと向き合っていくことの連続のような気がする。少なくとも僕の実感はそんな感じである。そう書いてしまうと、嬉しさ、楽しさはあるのかという話になるのだが、僕にはよくわかっていない。ただなんとなく、「キリスト教で隣人愛というところを、仏教は慈悲と言い表す」という中村元先生の言葉(正確にはもうちょっと違った表現かもしれないが)を思い出している。

 

演奏会後は後輩ご夫妻と久しぶりの会食。演奏会の余韻のままに音楽の愉しみについて話が弾んだ。一日かけて、現実にしっかりと眼を向ける力を充電できた気がした。