昨夜は、メラート先生のクラスコンサートでした。
日本でいうところの「門下発表会」です。
発表会もコンサートという単語を使うことに、恥ずかしいというか、むず痒い気がします。
わたしは、プッチーニのオペラアリア1曲と、オペラ「魔笛」の中で歌われる4重唱を。
重唱に関しては(他の子達が歌っていた重唱も)、前日になんとなーくの演技の粗立ちを指示されたのだけど、みんなヒュルヒュル動いて歌えてて、「動くの楽しいな」と思いつつ、それでもついてくのに必死。
それ以上に、言葉がわかる人達の前で歌う、ということがとてもとても怖かったです。
裏を返せば、恥ずかしい話それだけ「言語」に対して意識がなかった、ということだと思います。
前日も、この前のエリカ先生のコレペティレッスンを受けることが出来たのだけど(なんだかんだ、3~4回受けれた❤)
レッスンを聴いてたメゾの子が「明日の幸運の為に、貴女が良ければ、ドイツ語の発音教えるよ!」と声をかけてくれて、教えてくれました。
歌詞の意味や気持ちはたくさん考えてきたつもりだったけど、多分それだけ。
「リリック」ではなくて「テキスト」。
例えば、「z」という音を発音する時に、息を流しながらなのか、とか、息を止めて発音するのか、とかとかとか。
彼等はそれをちゃんと聞き分けられるし、わたしはその違いも最初聞き分けれなくて。
だから怖くて堪らなかったのだけど、歌う前、お腹が空きすぎて、御守りとして持ってったお握りを食べたら、ナーバスな気持ちが無くなりました。
ご飯って凄いし、わたしは単純だ。
発声も、息の吸い方も、吐き方も、口の開け方も、この3ヶ月で少しずつ変えているので、昔のわたしが顔を出すんじゃないかという意味でも怖かったけれど・・・とてもいいコンサートの時間でした。
みんな、とても上手だし、何より聞いていて楽しい。
だから、出来はどうあれ、わたしも歌うのが楽しい。
終わった後、聴きに来てくれていた沢山の人から、多くの握手とビズを貰いました。
言葉も不自由な見知らぬ外国人(わたし)の歌に、涙してくれた人がいたことも嬉しいです。
伝える、ということは難しいけれど。
わたしにとってハンガリー語は外国語だし、英語もドイツ語もイタリア語もロシア語も外国語。母国語なのは日本語。
でも、ハンガリー人にとっても、英語も、ドイツ語もイタリア語もロシア語も外国語。母国語はハンガリー語。
その辺りは日本ととっても似てる。
だけど、英語が苦手な人もとっても多いし、ドイツ語、イタリア語、その他の言語が苦手な人もいるのも事実だけど、苦手なだけで理解出来てる人が多いのも事実。
でも、だからこそ教えて貰うときに、お互いにとって外国語として歌と向き合って教えて貰えるから良いと思う。少なくともわたしは。
歌う言語を喋れた方がいいのは当たり前だし、喋れるようになりたいけれども、わたしの頭脳では全ての言語習得は限界を感じるし、何より「育った言語」がアイデンティティーを形成してると思うし、それによって舌の筋肉も発達・成長してきた訳で、育った言語は捨てられないから。
あくまでもわたしにとっては。
そんなこんなで、コンサートでした。
聴きに来てくれていた碓井さん(同じく9月からハンガリーに来た、バリトンさん!)がお花をくれました!
お家で、即席のペットボトル花瓶に飾っています。
お友達のメキシカンガール、エステファニアちゃんと。
彼女が、彼女の母国語であるスペイン語で歌うスパニョーラソング、とても情熱的で素晴らしかったです。
彼女も、袖でずっとダンスをしていて「スパニョーラはわたしの血が騒ぐ!」って言っていて、わたしにとっての日本語は「落ち着く」なので、とても興味深かったです。
そんな感じ。
考えること、感じることがたくさん、たくさんありますな。
悲しいことに、来週はメラート先生とカタリン先生、お二人ともコンサートで国外だそうなのでレッスンお休みなので少し残念。
でも、なんだかんだ、先週・今週とほぼ毎日レッスンしてもらえていたので、良いのです。