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民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

 

 

今まで何度も金沢を訪れていますが、お城は始めてです。

 

 

他の城と大きく異なる金沢城(http://find-travel.jp/article/37220)の特徴は瓦のようなタイルを腰回りに張った壁と反りのない屋根です。

 

 

これらのデザインは昔からあまり好きではなかったのですが、再建された五十間長屋を始めとした建物群全体を眺めると圧巻です。

 

 

樹木、芝などの管理も行き届いており感動的です。

 

 

 

時々、話題にする名古屋城の樹木は手入れもされず伸び放題でジャングル状態(http://ameblo.jp/writeeverythingforever/entry-12069792820.html)

ですし、城門、櫓などの再建を含めた総合的なプランもないまま慌てて天守閣の木造建て替えにこだわっています。

 

 

予定通りですと東京オリンピックの時は工事中となり、このタイミングでの建て替えは全く意味のないものとなります。

 

 

東南海地震が“いつ起こっても”おかしくないと言われておりますが“いつ起こされても”という説もあります。

 

 

いずれにせよ現在の天守閣は結果的に欠陥建築と判断できますので入館禁止は正しい選択です。

 

 

そもそも天守閣というものは仰ぎ見る物であって、最上階から見下ろすのは殿様一人で、市長ではありません。

 

 

子供時代のチャンバラごっこの続きを本物のお城でやってほしくありません。

 

 

まずは城郭全体の揃い踏みが先決です。

 

 

建て替えの前には現在の天守閣の破壊が待っています。

 

 

わざわざ壊すことに果たして市民は耐えられるのでしょうか。

 

 

ついついまた脱線してしまいました。今回は名古屋のダメさ加減を強く意識させられる旅となりました。(END)

 

 

先日、フィリピンのドゥテルテ大統領が来日し、安倍総理との会談が行われました。

 

 

その時のニュース記事の読み比べです。

 

 

「中日新聞」の記事の中での外務省のコメントは公式見解的なものです。

 

 

「我々(日・比)はアメリカの犬だ」とドゥテルテ氏が言った と書かれている部分はネットでは常識ですが、表のマスコミで もう少し話題になってもよさそうに思うのです。

 

 

一方、「週刊現代」ではそんな雰囲気(アメリカの犬云々)を微塵も感じさせません。

 

 

オフレコと言うのなら、それは「中日」の方であって「現代」の記事はフツーです。

 

 

同じ会談でも、これほど表現・扱いが異なれば購読を止めたくなります。

 

 

「現代」はお客さんの要望にこたえて、待合室用に仕方なく買い続けています。

 

 

本当は止めたいのです。








いわずと知れた金沢観光の目玉 です。




外国人観光客が増えていると聞いていたのですが、それ程でもなさそうでした。




すれ違う時「ひょっとしたら中国人?」と思える人々はいましたが、




噂に聞くほどやかましくないので、目立たなかったのでしょう。




ひょっとしたら台湾人? 




有名な徽軫灯籠(ことじとうろう) 付近は他撮り・自撮り入り乱れ混雑していました。




自撮りの時代になって「シャッター押していただけますか?」




といった交流がなくなって淋しく感じるのは我々の世代まででしょうか?







昔、ホームステイ中、覚えた言い回しです。




会話の中で「ほら、あの何とか通りの・・・」と言いたくて、もがいていたら、「so and so」と助け舟が入って、「あぁ、成る程」と思った次第。




それはさて置き、




超高層ビルのない街はくつろげます。


名古屋駅前は死んでいます。窒息しそうです。空がないのです。




この香林坊界隈の何とか通りの一角にガラス製のピラミッドがあります。




よくよく見れば1ドル札の裏面に載っているものとよく似ています。




さすがに“目”はありませんが・・・・ 



“金沢よ、お前もか!”というのが実感です。


 



因みに、これに似たものは名古屋東山スカイタワー のてっぺんにもありますし、




なんと沖縄の平和の礎内の平和の火のオブジェ は円錐とはいえ同じくピラミッドです。




いい気分で散策中、フリー・ソーメンのシンボルに出くわし、ドッキリしましたが、




トランプ氏が大統領になってもそのままそこに在るのでしょうか。














 






 







1020日の新聞に載った投書ですが「そこまで言っていいんかい?」と言いたくなる内容です。





内容をチェックしてみましょう。





「確実に激減する」と「思います」とは、どれくらい確実なのでしょうか?





予防接種を行うことで」「小児科医が助かる」って、どんなことが助かるのでしょうか?





小児科医が「虐待問題に取り組む」とは「科捜研の女」がTVドラマのように「犯罪捜査の現場に参加する」ようなものでしょうか?





「一人の医師として」「報告する」のは勝手ですが「効果が確実に上がっている」統計的な裏づけはどうなっているのでしょうか?





既に予防接種については、本やネットで情報は出回っておりますので、このような投書についての受け止め方には各人大きな開きがあります。







関連リンク


インフルエンザワクチンはいらない (双葉新書)


「ワクチンをうってはいけない」船瀬俊介の船瀬塾 - YouTube


バカ医者に騙されない健康知識! 船瀬俊介


 


 






幹事がネットでじっくり選んだ和食の店「まつ蔵」 です。




室蘭出身のご主人と福井出身の奥様がやっているお店で、娘さんが手伝っています。




ホテルからタクシーで出かけたせいもあり、ロケーションは印象が薄く、ガイドブックでいう「隠れ家」的なお店です。




我々6人組がやかましく、カウンター席の常連さんに迷惑をかけたのは、




次から次へと繰り出される日本海側テイストのおいしい料理・お酒に大興奮の連続であったからと言い訳しておきます。




to be continued






ブラタモリ(博多・福岡編) の番組中、博多古図が紹介され、太閤町割りとその基準線となる現在の大博通りが話題になっていました。



博多古図には多くのバージョン がありますが内容は皆同じです。



倭国の繁栄の記録を後世に残したいと思う人がたくさんいたのでしょう。



番組の中でこの古図が表わす年代に関して米田説からすると首を傾げたくなる内容がありました。



一番重要な点は、冷泉津と呼ばれる那珂川以西は鎌倉時代に ほぼ陸地化して現在の市街地になるのですが、内海として描かれていることです。



御笠川は現在の流れと異なり西方に向かって冷泉津に流れ込んでいます(倭国の時代、土木工事で川の流れを変更した記録がある)。



二つの橋はかなり西寄りにあり冷泉津に面しています。



以上から、古図は倭国の雰囲気がまだ残っている白村江の敗戦以降のものと思われます。



大博通りは秀吉より遥か以前、倭国時代の大道そのもので、古代のマッカーサーこと郭務宗率いる唐の進駐軍がパレードした大通りなのです。



現在の御笠川に架かる石堂大橋と那珂川に架かる西中島橋の間は幅広い水路で御笠川河口と繋がっており難波津 (こちらが本家)と呼ばれる港でした。



地下鉄の祇園駅辺りには当時の御笠川(この辺りは堀江と呼ばれた)に石のアーチ橋が架けられ、その東には高津の宮 がありました。



このように大和朝廷以前の博多は既に江戸に勝るとも劣らぬ大都市だったのですが、番組では“博多駅以西北で二つの川に挟まれた部分が鎌倉時代頃まで砂丘だった”としらばくれています。



砂丘と呼ばれる部分の1層下には倭国時代の街の跡が眠っていると思われます。










倭国九州王朝説を悟られないための番組作りなのでしょう。



同年輩のタモリ氏が“これが教養だっ”とばかりに博学振りを見せてくれますので大好きな番組ですが、



制作が“犬あっち行けー”ですので、これからも注意深く見ていきたいと思います。



燃えよ博多っ子! 



ついでに、「三瀬の諸君は何をしている?!」






香林坊界隈を散策していて、さて昼食は?と思っても意外にお店が見当たらないのです。




情報もなく選ぶゆとりもなかったのでビルの2階でしたが特に大きな期待もなくカレーの店 に入りました。




業種は違いますが、同じく自営業者としては、入った途端に店のいい悪いはわかります。




かなり研究した挙句のメニュー ですので充分楽しめました。




客のほとんどは若者でしたので一寸気が引けましたが、普段が年寄り(自分も)相手の仕事ですので、リフレッシュさせてもらいました。




11時半過ぎに入ったのですが既に満席に近く、出た時には階段に列が出来ていました。




当分話題は続くでしょう。





to be continued

  














しいのき迎賓館とその裏の芝のフィールドで“KOGEIフェスタ”が開催されていました。



迎賓館の中では陶磁器の絵付けとか金箔貼りの実演が行われ、フィールドではテントが並び、数々の工房が出展していました。



その一角ではライブステージが設けられ、スタンダードジャズが聞こえてきました。










金沢大学 Modern Jazz Society のコンボがジャズのスタンダードナンバーを奏っていました。



アウト・ドア・ライブというものは、奏った者でしか分からない快感があります。



現代の若者たちに嫉妬です。



昔ヒットしたリトル・ペギー・マーチの「若いって素晴らしい」 の心境です。



サックス、ベース、ドラムスは合格点、ギター、キーボードはもう少しテクを磨く、トランペットはもっと大胆に!と心の中でアドバイスをしていました。



to be continued



石川四高記念館に隣接して旧石川県庁舎(しいのき迎賓館) がそびえています。



玄関の両サイドのしいの木がシンボルとして有名です。



現在は観光案内や、レストラン・カフェ、会議室、ギャラリーなど、憩い・交流の空間を備えた施設となっています。



大正13年に竣工し、平成14年まで使用されていた庁舎が見事に保存されています。








玄関を入るとあの時代の特徴であるかまぼこ型アーチの受付があり、次に必ず段差があり、昨今のバリアフリーとは好対照です。



階段を上がり踊り場から左右に分かれて階段が続き映画「Sound of Music」のトラップ大佐の館を連想します。

















教訓として言っておきたいのですが、たかが90年ほど昔の建物だからと舐めてはいけません。



何が何でもこの頃の建築は保存すべきなのです。



前回述べた旧愛知一中の校舎 も建て替え当時は築60年だったわけですが、遺っていれば80年になります。



ここからは妄想と思っていただいて結構ですが、某政治家が阪神淡路同時MMEに便乗して、



その昔、自分が一中の入学試験に落とされたリベンジとして伝統ある校舎を消す ことに成功したのです。



一方、彼が第二志望で入った学校にある、同じ頃建てられた講堂は今も健在です。



この某政治家の件は本人が「その通り」と認めない限り妄想のままです。



また当時、セントレア空港の敷地の埋め立て工事現場へ、校舎の瓦礫(良質な土止め材)を積んだダンプカーが行き来していたという話を聞きました。



たとえ考えすぎと言われても、これが名古屋なのです。



あの街の格はこの程度なのです。