新課程の世界史(世界史探究)の教科書・用語集で新たに採用された語句を順に紹介していきます。
今回は,イスラーム史で新たに教科書・用語集に追加された,イランの詩人「ハーフィズ」を紹介します。
<ハーフィズ>
ハーフィズ(ハーフェズ)は,14世紀のイランの詩人であり,イラン最大の抒情詩人である。
生涯
ハーフィズは,本名をシャムス・ウッディーン・ムハンマドといい,14世紀前半にイラン南西部のシーラーズで生まれた。
「ハーフィズ」という名は,本来はアラビア語で「保持者」を意味し,イスラーム世界においてコーランを暗唱した者に与えられる称号であるが,彼はこの名で詩人としての活動を行うようになった。
当時の14世紀のイランは,モンゴル人によって建国されたイル・ハン国が崩壊し,以後各地で地方政権が分立・抗争する時期であり,ハーフィズはそのような激動の情勢のなかで人生を送った。
彼は,初めにシーラーズを支配したインジュー朝の王の庇護を受けて詩人としての才能を開花させたが,このインジュー朝がイラン中東部を支配したムザッファル朝に滅ぼされたことで,今度はムザッファル朝のもとで創作活動を行うことになった。
このような戦乱や支配者の交替のなかにあって,彼は人生や世の中を見つめながら,さまざまな思いを詩にしてうたった。
彼は真剣なイスラームの信徒ではあったが,儀式のような外形的な規則や束縛を好まず,人生や魂の真理を追求し,それを詩にしようとした。
生まれ故郷であるシーラーズをこよなく愛した彼は,短期間の旅をのぞいて生涯を通じてここにとどまって暮らし,人生や世界のことをうたいつづけた。そして,最期のときもこの地で過ごし,14世紀末に人生を終えた。
活動と作品
ハーフィズは,ペルシア語の抒情詩を数多くつくり,ペルシア最大の抒情詩人と評価されている。
彼は,酒・恋などの従来からの抒情詩の題材にくわえて,人生・社会・自然などにわたる広いテーマを題材として詩をうたい,ペルシア抒情詩をより豊かな文芸へと発展させた。
表現においては,技巧的かつ独創的に言葉が使用され,象徴や比喩が多用されていることが特徴である。技巧的な表現や象徴的な言葉を自在に駆使したことから,彼には「神秘の翻訳者」や「不可思議な舌」といった異名も与えられている。
あえて象徴や多義語が使用されていることもあって,彼の詩は多様な解釈の可能性に開かれており,その詩に向かう読み手の意識や状況によって異なる意味が表れてくることで有名で,現在でもさまざまな研究や解釈が試みられている。
乱世のなかを生きた彼の作品は,世界や運命に対する無常や不信の感情が背後に流れており,言葉の端々からそれが感じられる。しかし,それによって現世を否定して避けるのでなく,むしろ,人生や世界の美や喜びを積極的に愛して讃えることが彼の特徴だと言えるだろう。
意義・影響
ハーフィズは,ペルシア語の抒情詩を発展させて,イランだけでなくトルコや中央アジアなども含むペルシア語圏の文学に広く影響を与えた。
また,彼の詩は,西洋にも伝わって影響を与えたことがよく知られている。特に,ドイツの作家ゲーテはハーフィズの詩と出会って強く感銘を受けたことで知られ,そのインスピレーションから『西東詩集』という作品を創作している。
しかし,何よりも,ハーフィズは,一般のイランの人々から広く愛された。豊かで巧みな表現によって人生や世界をうたったハーフィズの詩は,時代を超えてイランの人々に愛好され,現代でも多くの場に彼の詩集が置かれ,その詩を使った「ハーフィズ占い」なども折々に行われるなど,イランで最も愛される詩人となった。