<軍人・政治家アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ>
<自由派の政治家ベニト・フアレス>
「アユトラの変」(「アユトラ計画」)は,1854年,メキシコで,フアレスら自由派の勢力が,サンタ・アナを打倒した政変・計画である。
サンタ・アナ政権
1821年にスペインからの独立を果たしたメキシコは,アグスティン・デ・イトゥルビデを皇帝とする帝国となったが,1823年に軍人アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナによるクーデターによってイトゥルビデは廃され,メキシコは共和政に移行した。
この後,サンタ・アナは侵入したスペイン軍を撃退するなどの活躍によって名声を高めると,1832年には再びクーデターを行って当時の大統領を失脚させ,翌年には自身が大統領となり,以後,サンタ・アナは保守派と結託しながら11度も大統領の任期をつとめ,20年以上にわたってメキシコの政治の中心に座り続けた。
しかし,テキサスの分離独立や米墨戦争(アメリカ・メキシコ戦争)の敗北によるカリフォルニア・ニューメキシコの喪失などの対外面での失敗に加えて,経済の混乱が続いたことなどもあって,政権への支持は揺らぎ,一方で自由派の勢力によって改革を求める運動が高まった。
「アユトラの変」
こうした状況のなかで,オアハカ州出身の政治家ベニト・フアレスら自由派の勢力は,サンタ・アナと保守派が牛耳る政権を打倒することを決意した。
1854年,フアレスら自由派勢力は,メキシコ南部ゲレロ州のアユトラにおいてサンタ・アナ政権を打倒して国家体制を変革する計画を作成し,これを発表して圧力をかけサンタ・アナ失脚させることに成功した。この政変は,「アユトラの変」と呼ばれる。
こうして,長きにわたったサンタ・アナの時代はついに終わり,かわって政権を手にしたフアレスら自由派によってメキシコの体制の抜本的な改革が行われていくことになった。