そんなの日本語じゃない -2ページ目

目処、目途(めど、もくと:だいたいの見込み)

どういう経緯があるのか調べませんでしたが、この二つの言葉の使い分けは、なくなっているみたいです。-がたつ、-がつく、は両方に使われていますし、例文を拾ったところで、大した違いは見つかりません。

目処: google
目途:google

この二つを眺めると、完全に同じ用途で使われているように見えます。さらには、

目処 目途:google

と、一つの文章の中で、両方が混在している文章も見られます。政府機関のドキュメントに数多く見られるので、正式文書上では使い分けているのかと思いきや、全く交換可能な用法ばかりです。さらには、

メド:google

カタカナ表記も一般的です。私の感覚からいって、もくとという音は、あまり流通しているとは思えません。そのあたりを考慮してか、目途メドと読むことも、通例上認められているようです。

どうするべきでしょうか。このブログの企画は、使えない言葉を使いこなしていこう、というものです。しかし、それは他の言葉で代用できない、あるいは他の表現を使うと語数が増えてしまうためです。代用できる言葉があるならば、わざわざ新しい言葉を導入する必要はありません。

さらに 1. 誤解を招かず 2. 視覚的な効果がなく 3.一般的に受け入れている(あるいは受け入れられうる)場合は、積極的にカタカナも使っていくべきだと考えます。

というわけで、ここではあえてメドというカタカナを使うことを結論とします。こういった言葉の取り扱い方法の標準化にメドが立ったことになります

総花(そうばな:すべての関係者に利益を分け与えること)

読売の社説から です。


政権公約は、厳しい時代を乗り切る戦略でなければならない。総花的な言葉で飾るようでは、有権者からその甘さを見透かされる。


全ての関係者に恩恵が及ぶのなら何も問題ないはずですが、否定的な意味に使われています。メリハリがない、八方時人的な、といった意味合いが込められているのでしょう。


他の使用例を見てみましょう。


素案に書いてあることはすべてもっともなことばかりだが、その総花方法論がうまく行かないという現実認識から議論をはじめるべき だそうです。全員を満足させるだけで、深みや具体性に欠けるという意味合いです。


しかし、そうした総花的な提言のなかに、ひとつふたつの重要な提言が隠されていることがある。総花的な提言に眩惑されて、その隠し玉を見逃すことのないようにしたい とのことです。いろいろなメンバーが、それぞれの利害を反映した文言を挿入すると、総花的になるということです。やはり、全員を満足させようとして結果として失敗していることを表現しています。


多角化企業では、総合力を発揮するというよりも、単に「総花的」になっているだけの企業が多い 、とのことです。均等・平等を追求した結果、個々にとっては却って悪いものになっている状態です。


ということで、関係者全員に利益を与えることよりも、誰一人満足できない、という意味が中心になっています。 対象を物にすると、関連項目を均一に扱うことで、どれもまともに扱えていない、という意味になります。


例文としては、こんな感じになります。


- 総花的議論は不要ですので、具体的な対策を述べてください。

- 当社の戦略は総花式であり、このままではヒット商品を望むことなど不可能だ。

孤高[を持する] (ここう:ひとりかけはなれて高い境地にいるさま)

毎日の社説から です。 

航空輸送をはじめ人命を預かる職業に従事する者は、職務への一般的な責任感を備え、漫然と注意義務を果たすだけでは不十分だ。加えて孤高を持するプライドが不可欠ではないか。

視覚的に、並大抵ではないという意図は伝わるのですが、辞書上の意味と微妙にずれています。この文での意味は「非常に高い」であり「ひとりかけ離れて」という意味は薄れているように見えます。

単純に、飛びぬけて高いレベルを表すときにも使えるのか、それともひとり超然としていることが必要なのか、実例を見てみましょう。

このランプは風を受けながらも 孤高を持すようです。全く意味が分かりません。高貴な感じをかもし出すためにも使われているようです

群れをなさねば何も出来ぬ雑魚どもに、孤高を持す一匹狼の力、たっぷりと見せてくれるわ!! 聖闘士星矢からです。奇妙な引用ですが、元の意味に忠実になっています。

孤高を持する」ということが、とても難しい世の中だという気がする。 このコラムの主題文です。結論も同じ言葉が使われていますが、どちらかというと孤立に近い意味合いです。

これまでの大学は「象牙の塔」などといわれ、一般社会から超越し 孤高を持する存在であったそうです。しかし、これからはそれではいけない、という提案なので、ここでも孤立の意味で使われているようです。

というわけで、混乱が見られます。もともとは孤独で崇高なことを表す言葉だったのですが、孤立を表現するのにも使われてきているようです。さらに、本来ストイックな態度を含む表現だったのが、なぜか独りよがりな態度を含むようにもなっています。

そのため、本来の効果を明確にするためには、ポジティブな名詞を修飾する局面に限定すべきです。そうすることで、冒頭の記事のように、実際には独りではなくても、非常にレベルの高い様を表現できるようにもなります。

以上を踏まえて例文を考えてみます。

- この難局を突破するには、孤高を持した勇気が必要だ。
- 彼の集中力は孤高を持したレベルに達していた。

手を拱く(てをこまぬく、てをこまねく:手出しをせず、傍観すること)

毎日のコラムから です。

もちろん、すべての施設や地域が手をこまぬいているわけではない。埼玉県行田市は今年6月、児童、高齢者、障害者への虐待を防ぐ条例を施行した。

もともとの意味は、腕組みです。それが転じて傍観している意味になりました。文章で読んだ場合には簡単に意味を推測できますが、私は、すらすらと"こまねく"(ましてや”こまぬく”)と話したり、書いたりする自信がありません。

ということで、いくつか用例をあたって見ましょう。よくある慣用句なので、何度か読み書きすれば、使いこなせるようになるはずです。

他の国々はこの再処理-増殖炉技術の実用化に 手をこまねいています。

(禁煙問題に対し)このまま手をこまねいていては、30年後には年間の死者は1000万人にも膨れ上がると言われている そうです。

(虐待に関して)手をこまねいているうちに、子どもが命を落としてしまうという事件も最近は増えている そうです。

傍観している事実に対しては、必ずしも非難の気持ちが含まれているとは限りません。つまり、手を出す能力があり、かつ出すべきなのに、傍観している、という意味だけではなく、手が出せないという意味にも使われているようです。ビジュアルな表現ですので、描写系の動詞との相性が優れています。

適当に例文を作ってみましょう。

- 無情にも空気が抜けていくタイヤを目の当たりしにして、僕は手をこまねくしかなかった。
- これだけの少子化問題に直面しても、政府は手をこまねいているだけだ。

単純に傍観といった方が効果的なんでしょうが、多少文の見た目をやわらげたいときに便利な表現です。

レキュザント(recusant: 反抗的な)

wordsmith.orgの今日の単語 です。

もともとは、16世紀から18世紀に書けて、英国国教への参加を拒んだローマン・カトリック教徒を指す言葉です。転じて、権威にそむく様を表現するようになりました。

反抗的な、という日本語を割り当てててしまっても問題はないのですが

1. 同じ日本語に訳される単語が複数ある。
2. 非体制的な形容詞は外来語が好まれる傾向がある。

という二点から、新カタカナとしての資質は十分にあります。

さらにgoogleで検索すると、レキュザント=国教忌避者 という表記が使われているページにいくつかヒットします。つまり、元来の意味では、カタカナとして受け入れられているのです。この知識だけを元にしても、カタカナとして使ってしまえるのではないでしょうか。

- 彼は社内レキュザントとして居残る道を選んだ。
- 自民党にはレキュザントの存在を認める余裕はないはずだ。

といった用法が考えられます。意味的にも音的にも苦しさが残るのですが、影響力のある人間が使ったらすぐに広まりそうです。

そして、その意味から、歌謡曲の歌詞に活路を見出せるかもしれません。

獅子の分け前(ししのわけまえ:強者が弱者を使うことによって得る成果)

立花隆さんの記事 にこんな表現がありました。


政治家たちは小泉首相にへばりついて獅子の分け前にあずかるより、自分たちで新しい政権を作る側にまわったほうがより大きな政治的利益(政治家としての自分の未来)がえられることに気がつきはじめたということである。


英語にlion's shareという表現があります。何かを分配したときの最大部分のことで、市場での最大シェアを表すときによく使われます。


その日本語訳かと思いきや、そうではありませんでした。微妙にニュアンスが違うのです。


獅子の分け前は、イソップ童話で、ライオンが弱い動物に働かせて、成果を独り占めしたことが起源となっているそうです。つまり、最大シェアというだけではなく、


- 自分の力で得た利益ではない

- 自分が独占している


という意味も含んでいます。あまり褒められたことではないのです。


英語の語源も同じなのかもしれませんが、最終的な意味は大きく異なっています。


どう使われているのか、見てみましょう。


任理事国の設置という発想の根底にあるのは、大国による 獅子の分け前で国際政治を動かそうというものだそうです。明らかに上述の否定的な意味が込められています。


第一次大戦後のイタリアは 獅子の分け前にあずかり得なかったそうです。ここでは意味が微妙に変わってきて、ライオンがさらに分配するものを指しているようです。本来の意味とはずれているようですが、冒頭の記事と同様、これも実際に使われている用法のようです。いずれにしろ、卑怯さが暗示されています。


ロシア共和国の反連邦勢力は、連邦の遺産相続において 獅子の分け前を要求し,またあてこんでいるそうです。これも、うわっぱね、独り占めの意です。 という感じです。


このブログは、取り上げた言葉を使っていくことが主題なんですが、今回に限っては、題目の言葉は使わない方がいいと結論付けたいと思います。少なくとも、私の中では、ライオンという動物に狡猾なイメージはありません。さらに、弱者から巻き上げている様を表現するのに、獅子という猛々しい漢字はふさわしくありません。


小泉首相に関して揶揄するときに使うくらいでしょうか。


いっそのこと、正々堂々とした勝者を表すときに、カタカナでライオンのシェアという言葉を使っていった方がいいのかもしれません。

喫緊(きっきん:さしせまって大切なこと)

読売の社説から です。 

少子高齢化が進み、人口減社会を迎えている時、年金問題を中心とする社会保障制度改革は急務だ。その財源としての消費税率引き上げ問題を含め、税財政全体を立て直すことは喫緊の課題である。

文脈から想像できるので読み流してしまいがちですが、私はこんな言葉、知りませんでした。見直せば見直すほど、緊急度がにじみ出てくるような言葉です。

どの程度緊急なら使っていいのでしょうか。

ガン患者を苦痛から解放し、治療効果を高める「副作用抑制型ガン治療法の確立」喫緊の研究課題だそうです。

ウィルス感染等がネットワークセキュリティーでは 喫緊の課題だそうです。

日本の金融界では、転職市場の創設が 喫緊の課題だそうです。

緊急であり、重要であることを表しているのですが、ほとんどは課題とペアで現れています。つまり、いくら緊急であっても、一刻を争うものではないのです。それでも真剣さと緊迫感を出したいときには、この堅苦しい語感がぴったりなのでしょう。

ブログで使われている例を拾ってみます。

年々増大する社会福祉費用をまかなうためにも、企業年金制度の整備は 喫緊の課題だそうです。

放置自転車対策は 喫緊の課題だそうです。

提供している価値をもっと多くの人に知ってもらうことが、この団体の 喫緊の課題だそうです。

いかがでしょう。全て見事に同じ用法です。緊急な課題、と言ってしまいがちな局面で、もう一味足してみるのにちょうどいいのではないでしょうか。社内レポート等の締めにいい表現が思い浮かばいときにも、便利な表現です。

- 以上が喫緊の課題だと考えます。
- このブログでは、ネタ供給元を確保することが喫緊の課題である。

便法(べんぽう:便宜上とる手段)

朝日の社説から です。(URL固定なので、このリンクに意味はないのですが)


ただ、国連という国際舞台で米国を代表する重要ポストに、こんな便法による任命が妥当だったのかどうか、疑問なしとしません。


決して意味が分からない言葉ではありませんが、私自身使ったことがないので、とりあげてみました。お恥ずかしい話ですが、べんほうと読むと思っていたほどです。


類義語としては、近道、その場しのぎ、などがありますが、いずれも口語調なので、文章上で手抜きや恣意的な便宜を糾弾するときには、この便法が便利になります。また文脈によっては、姑息さを示唆する機能もあります。


ブログから拾ってみます。


この方が活用した特定の航空路を 便法と表現しています。どちらかというとポジティブな意味で使われています。


地域に広がるお祭りを 地域興しの便法に過ぎないのか、と表現しています。姑息であることよりも、近道であることを表現しています。


現状の道路事情では、自転車の歩道走行は 便法である、そしてそれを理解しているかどうかが雲泥の差になる、とあります。妥協策といった意味合いです。


これだけの例に目を通すと、どう使えばいいのかが見えてくるのではないでしょうか。


これで語彙を増やそうなどというのは、一時の便法に過ぎないのでしょうか。

アファブル (affable: 話しやすい、親切な)

dictionary.comの今日の単語 です。

手元の英和辞典によると、気軽に話せる、愛想のよい、思いやりのある、といった訳が並んでいますが、どれも冗長です。その割には、もともとも意味を完全には反映できていません。dictionary.comによると、

Easy to speak to; receiving others kindly and conversing with them in a free and friendly manner.

ということで、他人を親切に受け入れて、気さくに話をしてくれるような、という感じです。意味することは分かるのですが、端的に対応する日本語がありません。類語辞典を引いてみると、

気さく、如才ない、快活、陽気、明朗、社交的。

全て近い感じがするのですが、どれも不完全です。こうなると、新カタカナで行きたくなります。翻訳で考えてみましょう。dictionary.comの例文から。

Johnny's father, while strict with his children, usually was affable and relaxed.

ジョニーの父親は、子どもには厳しくても、気さくでくつろいだ感じの人だった。

言いたいことは伝わりますが、affableが内在している会話に対する姿勢がカバーできていません。この分では、relaxedもカタカナにしたいところなので、いっそのこと、

ジョニーの父親は、子どもには厳しいが、アファブルでリラックスした人だった。

としたらすっきりします。アファブルという言葉が認められるなら、意味もより的確になります。

Bush is affable, but not persuasive. というヘッドラインはどう訳すといいのでしょうか。おそらくは、

ブッシュは丁寧だが、説得力はない。

という感じで意味をぼやかさざるを得ません。それ以上の説明を加えようとすると、ヘッドラインに入り切りません。アファブルというカタカナを導入すると、

アファブルなブッシュ、説得力は疑問。

という表現が可能になります。もっとも、こういった記事にカタカナ形容詞は向かないのかもしれませんが、対象がブッシュでなければ、違和感がないはずです。

ということで、あなたの周りにいる、誰とも気さくに愛想よく話してくれる人を表現する際に、アファブルという言葉を使ってみてはいかがでしょうか。

ちなみに、今日は取り上げている用法らしきもの を一件見つけることが出来ました。

僕はアファブルにいこうと思っている。

これはすでに実例がある用法なのでした。

承服 (しょうふく:承知して従うこと)

産経のコラム からです。


中にはこのところ起こっている中国や韓国の反日論・反日運動に対処する日本の外交的対応をよりソフトな方向に誘導しようとする意図が見え隠れする議論も混じっていて、承服できないものも多い。


納得、承知など受け入れを表す言葉はいくつかありますが、私はバリエーションを持って使い分けできていません。承服は、レパートリーの中にさえ入っていません。


早速どう取り入れていくべきか、考えてみましょう。


格調高い雰囲気があるので、漢語を多用した文章、あるいは単純に漢字率が高い文章に好んで使われているようです。転じて、判決内容、正式回答等を受ける動詞として、承服する、が多用されています。


そして、文章化する欲求の度合いによるのか、否定形で使われていることがほとんどです。それも、到底、がついているものがほとんどです。


ジャストシステムは特許訴訟の判決は、 到底承服できない、とのことです。


鳩山代表は、拉致疑惑の解明なくして、国交正常化交渉入りは 到底承服できない、とのことです。


名瀬市当局から提出された「末広・港土地区画整理事業に係る意見交換会開催要項(案)」は 到底承服できないものだったそうです。


納得できないことに法的裏づけを匂わせるような用法です。


日常会話に近いところで使うことは出来ないのでしょうか。ブログから当たってみましょう。


戯言と切り捨ててご承服ください、 という表現が使われています。見事なほど自然に口語調の文に取りこまれています。


小説の中で、登場人物の性格を現す部分で、 どんな命令にも承服しない、という表現が使われています。単純に従わない、とするよりも力強さが表せています。


とある社会学的な解釈にたいして、 承服しかねる、としています。日記的文章のなかで、文末にうまく変化を与えています。


というわけで、今までは納得できない、受け入れられない、分かりました、で済ませていたところに、積極的に承服と使ってみましょう。 否定形に到底を付けるのは、お決まりと考えてよさそうです。


私としては、到底承服できない意見ですね。

関係部署の承服を取り付けておいてください。


微妙に無理があるようですが、意味を取り違えられることがないのは安心です。文章に変化をもたせたいときには便利なのではないでしょうか。