の続きです
# 偽りの勇者 ―K2転移録―
## 第十四章 一番弟子
現魔法師団長マリアは、幼い頃から常に、
ある一つの言葉と共に語られてきた。
「神に匹敵する魔導の使い手の、一番弟子」
それは称賛のようでいて、
彼女にとっては終生付きまとう、
決して剥がれることのない重い呪縛でもあった。
師である先代魔法師団長は、王国史に残る、
いや、大陸中にその名を轟かせた
稀代の魔導の使い手だった。
その最も優秀な弟子として育てられたマリアもまた、
若くして師団長の座に就き、
右に並ぶ者なしと謳われるまでの実力を身につけていた。
だが、どれほどの功績を積み重ねようとも、
周囲の評価には常に、あの枕詞がついて回った。
「あの偉大な魔導の使い手の、一番弟子にしては」
――と。まるで彼女自身の実力が、
常に師の影の中でしか測られないかのように。
マリアは、その評価に苛立ちを覚えたことはない。
むしろ、師への敬愛は、
今も彼女の中で色褪せることなく燃え続けていた。
かつて自らの手で師の命を絶ったという、
あの日の記憶さえも。
あれは、王国のためだった。
マリアは、そう信じて疑わなかった。
当時の師は、穏健派の重鎮として、
国政の刷新を目論む新たな王太子の障害となっていた。
師を排除しなければ、王国は周辺国からの
脅威に対抗する力を得られないまま、
いずれ滅びの道を辿る
――そう、側近たちから説かれ、
マリアは自らの意思で、
あの一撃を振るったはずだった。
だから、後悔はない。
あってはならない。
マリアは常に、そう自分に言い聞かせてきた。
だが最近、その確信の縁に、
小さな亀裂が生じ始めていた。
## 第十五章 霧のかかる思考
発端は、騎士団長ガレイン・ヴォルスの死だった。
マリアは、彼と何度も手合わせを重ねた仲だった。
剣術と魔法という異なる領域に身を置きながらも、
互いの実力を認め合う、数少ない好敵手だった。
ガレインの剣技は、単なる腕力に依らない、
洗練の極みにあるものだった。
長年の実戦で鍛え上げられた反射神経、
隙という隙を作らない立ち回り。
相手が一流の暗殺者であったとしても、
正面から挑まれて
後れを取るような男ではなかったはずだ。
その彼が、転移してきたばかりの、
能力もまだ十分に開花していないはずの
一人の転移者に、あっさりと殺されたという。
(――おかしい)
その報告を耳にした瞬間、
マリアの胸中に、拭いきれない違和感が湧いた。
いかにK2という転移者が暗殺スキルを
有していたとしても、ガレインほどの手練が、
不意打ちならばともかく、
まともに刃を交えて後れを取るとは到底思えなかった。
そして、もう一つ。
マリアの心をざわめかせたのは、
その状況が、どこか既視感を伴っていたことだった。
信頼する重鎮が、密かに、
しかし決定的な形で命を落とす。
その死の直後、あたかも用意されていたかのように、
疑わしい人物へと罪が着せられる
――その構図は、かつて自らの師が命を落とした、
あの日の情景と、不気味なほどに重なって見えた。
だがマリアが、
その違和感を深く掘り下げようとする度に、
決まって同じ現象が彼女を襲った。
頭の中に、まるで濃い霧が立ち込めるかのような感覚。
思考の輪郭がぼやけ、
大切な何かに手が届きそうになった刹那、
するりとそれが遠のいていく。
(まるで、誰かに、
自分の意思を捻じ曲げられているような……)
その考えが浮かんだ瞬間、マリアは自ら首を振り、
その思考を振り払った。
馬鹿げている。
自分は王国に忠誠を誓う魔法師団長だ。
誰かに操られるなど、あり得るはずがない。
だが、振り払おうとすればするほど、
その違和感は、彼女の意識の奥底に、静かに、
しかし着実に根を張っていくようだった。
## 第十六章 密命
国王からの呼び出しは、突然だった。
謁見の間ではなく、王の私室に近い、
限られた者しか立ち入りを許されない小部屋に
マリアは通された。
そこには既に、王国直属暗部の統括者
――普段は表舞台にほとんど姿を見せない、
陰の存在――が控えていた。
「マリア師団長。
折り入って、王国暗部の作戦に、
魔法師団の協力を仰ぎたい」
現国王の声は、常に低く、抑揚に乏しかった。
マリアはすぐさま姿勢を正した。
魔法師団と暗部の共同作戦
――それは決して珍しいことではないが、
その大半が最高機密指定の、
国家の存亡に関わる重大事案に限られていた。
「かしこまりました。して、規模は」
「数ではない。質を求める。
忠誠心と実力、
両方に秀でた者のみを、極少数選抜せよ」
その言葉に、マリアは僅かに眉を寄せた。
数を求めない任務。
それは標的が並外れた脅威である事を意味していた。
「標的について、お聞かせいただけますか」
暗部の統括者が、
無言で一枚の紙片をマリアの前に滑らせた。
似顔絵だった。
若い青年の顔。
整った、しかしどこか陰のある目元。
特徴を丹念に書き起こされたその似顔絵を見た瞬間、
マリアの中で、何かが小さく引っかかった。
(――この、雰囲気……)
言葉にできない既視感だった。
目の前の似顔絵に描かれた見知らぬ青年の面差しが、
なぜか、脳裏に焼き付いて離れない、
ある人物の記憶と重なる。
それが誰の記憶なのか、マリアには判然としなかった。
ただ、胸の奥に、
ちりちりとした落ち着かない感覚だけが残った。
「この者が、標的ですか」
「行方をくらませた転移者だ。名は、K2」
その名を聞いた瞬間、マリアの脳裏に、
あの霧が再び立ち込めた。
だが今度は、その霧の奥に、これまでとは違う、
微かな何かの気配を感じた気がした。
これまでの任務とは、何かが違う。
マリアは、その予感を拭い去ることができなかった。
## 第十七章 影の街
王都から三つ隣に位置するその街は、
王国の版図の中でも、際立って影の薄い土地だった。
中央から遠く離れたその地に配された
王国軍の駐留部隊は、士気の低さで知られていた。
左遷同然の扱いを受け、
自らを不遇だと嘆く古参の兵士たちと、
二束三文の給金で雇われた現地出身の下級兵たち。
彼らの多くにとって、王国への忠誠などというものは、
既に建前以上の意味を持たなくなっていた。
K2がその街に流れ着いてから、三日が過ぎていた。
安宿の一室を拠点に、
K2は周到に周囲の様子を探っていた。
表向きは行商崩れの旅人を装いながら、
夜な夜な街の裏側へと足を運び、静かに、
しかし確実に、
この街を裏で牛耳る組織の全容を掴んでいった。
その組織は、賭博と売春を主たる生業とする、
典型的な反社会的集団だった。
裏の権力構造、末端の構成員に至るまでの人間関係、
資金の流れ――すべてを把握し終えたK2は、
迷わず行動に移った。
組織を統率していた頭目と、
腐敗しきった側近数名を、闇の中で静かに始末した。
表沙汰になることもなく、彼らは忽然と姿を消した。
誰もそれを、暗殺と結びつけることはなかった。
彼らが蓄えていた莫大な裏金は、K2の手によって、
街外れで運営資金の枯渇に苦しんでいた孤児院へと、
匿名で寄付された。
院長は、突如舞い込んだ大金の出所に困惑しながらも、
涙を流して喜んだという。
組織内で人手不足に陥った部署には、
K2が新たに作り出したゴーレムが配置された。
それは、これまでこの世界で見られた
どのゴーレムとも一線を画す代物だった。
人間そっくりの外見、
精巧な表情筋の動き、
周囲に溶け込むための自然な会話能力。
命じられたことは、
壊れるまで淡々とこなし続ける忠実さ。
知能を重視した設計ゆえに、
純粋な戦闘力は中堅冒険者程度に留まっていたが、
K2の指示一つで、
必要とあらば戦闘特化の仕様へと
即座に切り替えることも可能だった。
こうしてK2は、わずか三日という短期間で、
この街の裏社会を、
誰にも気づかれることなく完全に掌握していた。
そして、その静かな支配網の目に、
新たな異物が引っかかった。
街に、王国暗部の気配が入り込んだのだ。
K2は、宿の窓辺に佇み、
遠く街の入り口の方角へと視線を向けた。
その気配は、以前に始末した三人の暗殺者たちとは、
明らかに質を異にしていた。
「……本命が、来たか」
K2の口元に浮かんだのは、笑みとも呼べぬ、
静かな確信の色だった。
夕闇に沈む街並みを見下ろしながら、
K2はゆっくりと、次なる一手を思案し始めた。
――以降、続く