SNSやブログ等ネットに溢れる詐欺や誹謗中傷など
それらはやはり匿名だと思っているから
酷い事が書けるという事もあると思うので
そういう事を書いた人の居場所を
瞬時に把握出来る人がいたら少し状況が変わるのかな?
と思い作りました
# 画面の向こう側
新宿三丁目から少し入った路地裏。
昭和の香りが残る雑居ビルの三階に、
その探偵事務所はあった。
「桐島探偵事務所」
擦れかけた看板の文字は、
この事務所の経営状態を如実に物語っているようだった。
だが、知る人ぞ知る。
ここは都内で最も頼りになる探偵事務所の一つだった。
依頼人が訪れるのは、決まって夜だった。
その日も午後八時を回った頃、
階段を上がってくる足音が聞こえた。
ドアをノックする音。
「どうぞ」
低く落ち着いた声が応じる。
入ってきたのは三十代半ばの女性だった。
疲れ切った表情、目の下には隈。
「桐島さん、ですか」
「はい。お掛けください」
桐島誠は四十代前半。
やつれた顔立ちだが、
その瞳には不思議な静けさがあった。
「娘が、ネットで執拗な嫌がらせを受けているんです」
女性は震える声で語り始めた。
「高校二年生なんですが、SNSで顔写真を晒されて、
ありもしない噂を流されて...
学校にも行けなくなって」
桐島は黙って頷いた。
「警察にも相談しました。
でも、情報開示には時間がかかると。
半年、一年かかるかもしれないと言われて」
女性の目に涙が浮かんだ。
「でも娘は今、苦しんでいるんです。
今すぐにでも止めてほしいんです」
桐島は立ち上がり、窓の外を見た。
ネオンが瞬く繁華街。
その光の中に、無数の悪意が潜んでいる。
「お嬢さんのアカウントを見せていただけますか」
女性はスマートフォンを差し出した。
桐島はそれを受け取り、画面を見つめた。
数秒の沈黙。
桐島の瞳が、わずかに光ったように見えた。
「世田谷区、ですね」
桐島は静かに言った。
「加害者は二人。一人は同じ学校の生徒。
もう一人は...元々の発信源は別の区の、
三十代の男性です」
女性は息を呑んだ。
「本当に、分かるんですか」
「ええ」
桐島は画面を返した。
「詳細な住所は、警察に提供します。
あなたには、相手の概要だけお伝えします」
これが桐島誠の能力だった。
画面の向こう側にいる人間の居場所を、瞬時に特定する。
理屈は分からない。
ある日突然、目覚めた力だった。
十年前、桐島は大手IT企業で働いていた。
そこで出会った後輩が、
ネットでの誹謗中傷に苦しんで命を絶った。
その時、桐島は何もできなかった。
ただ画面を見つめることしか。
その日から、何かが変わった。
画面を見ると、
その向こうにいる人間の気配が分かるようになった。
位置が、空気が、温度が。
すべてが伝わってくるようになった。
会社を辞め、この事務所を開いた。
最初は誰も信じなかった。
だが徐々に口コミが広がり、
今では月に十件以上の依頼が来る。
そして、警察。
「また世話になるな、桐島」
翌日、刑事の田村が事務所を訪れた。
五十代のベテラン刑事だ。
「今回の情報提供、助かった。二人とも確保できた」
田村は煙草に火をつけようとして、
桐島の視線に気づいて止めた。
「だがな、桐島。お前のやっていることは、
法律的にはアウトだ。分かっているよな」
「ええ」
「それでも続けるのか」
「被害者は今、苦しんでいるんです。
今すぐ助けが必要なんです」
桐島は静かに答えた。
「法律の手続きを待っている間に、
何人の人が傷つくか。何人の人が命を落とすか」
田村は深いため息をついた。
「俺たちも、お前のおかげで助かっている。
それは事実だ。だから上も黙認している。だがな」
田村は桐島の目を見た。
「いつまでもこの状態が続くとは思うな。
いつか、お前を守れなくなる日が来るかもしれない」
「覚悟はしています」
田村が帰った後、桐島は窓際に立った。
この力は、呪いなのかもしれない。
画面の向こう側の悪意が、直接自分に流れ込んでくる。
使うたびに、心が削られていく感覚がある。
だが、止められない。
スマートフォンが鳴った。新しい依頼だ。
桐島は深呼吸をして、電話を取った。
「はい、桐島探偵事務所です」
画面の向こう側で、また誰かが苦しんでいる。
そして桐島誠は、今日も画面を見つめる。
雑居ビルの小さな事務所で、一人の男が戦い続けている。
法と正義の狭間で、誰かの明日を守るために。
(了)