今回は派手な戦闘がメインです
でも白熱というよりも蹂躙って感じですね 苦笑
第六章 炎の英雄
アクアリア共和国、首都。
総督府の豪華な執務室で、ガルバは苛立っていた。
「あの氷壁を破れないだと?」
「は、はい……我々の装備では、とても……」
報告する将軍も申し訳なさそうだ。
ガルバは机を叩いた。
「あの都市の技術があれば!
温泉施設、冷凍保存、豊富な食料……
それらを手に入れれば、我々はもっと裕福に、
もっと贅沢に暮らせるのだ!」
もちろん、それを享受できるのは
自分たち権力者だけだ。
下々の者たちには関係ない。
「総督閣下」
側近が進言する。
「一つ、手があります」
「何だ?」
「北の魔族戦線で戦っている、炎の英雄
——クリムゾンを呼び寄せては?」
ガルバの目が輝いた。
「クリムゾン……
確か、一つの街を焼失させた大魔法使いだったな」
「はい。彼ならば、あの氷壁も溶かせるかと」
「よし、すぐに召喚しろ!」
側近が躊躇う。
「しかし、彼を引き上げれば、
魔族戦線が危うく……北部の村々が」
「構わん!」
ガルバは一蹴した。
「村の十や二十、潰されても構わん。
それより、アクアリスの技術だ!」
二ヶ月後。
魔族戦線から呼び寄せられたクリムゾンは、
アクアリスへと向かっていた。
赤い髪、鋭い目つき。
全身から炎のような闘気を発している男。
「フン、氷の壁か」
クリムゾンは鼻で笑った。
「俺の炎で、全て溶かしてやる」
彼の前に立ちはだかるのは、魔の森
——アクアリスへと続く唯一の陸路。
「邪魔だな」
クリムゾンは手を掲げた。
巨大な火球が出現し、森へと放たれる。
轟音とともに、森が燃え上がった。
木々が、動物が、全てが炎に飲まれる。
「これで道は開けた」
焼け焦げた大地を踏みしめながら、
クリムゾンはアクアリスへと進む。
「リオ様! 大変です!」
ダンが駆け込んできた。
「魔の森が……燃えています!
そして、一人の男がこちらに向かって!」
リオは立ち上がった。
「来たか……」
彼は窓の外を見た。
遠くに、黒煙が上がっている。
(魔の森を……焼いた?)
リオは唇を噛んだ。
あの森には、無数の生命がいた。
魔物も、動物も、植物も。
それを全て——
「許せない」
リオは外套を羽織った。
「私が行く」
氷壁の前で、クリムゾンは笑っていた。
「なるほど、確かに立派な壁だ。だが——」
彼の両手に炎が集まる。
「俺の炎の前には無力だ!」
炎が氷壁に叩きつけられる。
氷が蒸気となって溶けていく。
「やはりな。時間はかかるが、溶かせる」
その時、声が響いた。
「そこまでだ」
クリムゾンは振り返った。
氷壁の門が開き、一人の青年が現れる。
「お前が、この都市の主か?」
「そうだ。私はリオ」
「俺はクリムゾン。
共和国に雇われて、この壁を溶かしに来た」
クリムゾンは不敵に笑う。
「悪く思うな。これも仕事だ」
「仕事……」
リオは静かに言った。
「魔の森を焼き、無数の命を奪うことが、仕事か?」
「そうだ。邪魔だったからな」
「ならば」
リオの目が鋭くなる。
「私も仕事をする。
この都市を、仲間たちを守る仕事を」
戦いは一瞬で始まった。
リオは手を伸ばし、水魔法を発動
——クリムゾンの顔を水で覆った。
溺れさせ、気絶させる。
だが——
「甘い!」
クリムゾンの全身から炎が噴き出し、
水を一瞬で蒸発させた。
「俺を誰だと思っている! 炎の英雄だぞ!」
クリムゾンは無数の火球を生成し、リオへと放った。
リオは冷静に対応する。
空中に水球を作り出し、火球を次々と潰していく。
ジュッ、ジュッと音を立てて、炎が消えていく。
「ほう……やるな」
クリムゾンは本気になった。
両手を掲げ、巨大な火球を作り出す
——直径十メートルはある大火球。
「これを防げるか!」
大火球がリオに向かって飛ぶ。
リオは深呼吸した。
(これは……危険だが、やるしかない)
彼は周囲の空気に働きかけた。
温度を急激に下げる——
大気が凍結し、酸素が液化する。
大火球は、燃焼に必要な酸素を失い——消失した。
「な、何!?」
クリムゾンは驚愕した。
だが、それだけではない。
周囲の酸素濃度が急激に低下している。
「ぐっ……息が……」
クリムゾンは胸を押さえた。
まるで高山に登ったかのような、酸欠状態。
火魔法は酸素を大量に消費する。
それに加えて、リオの凍結魔法——
「くそっ……」
クリムゾンは膝をつきかけた。
その時——
「ぐあああああっ!」
クリムゾンの皮膚が焼けた。
何だ? 何が起きている?
「硫酸だ」
リオは静かに言った。
「周囲の大気から、高濃度の硫酸を生成した。
酸欠で弱った君には、防ぎきれないだろう」
クリムゾンの体のあちこちが、硫酸の飛沫で焼けていく。
「ま、まだだ……まだ……」
彼は炎を放とうとするが——
リオが最後の魔法を発動した。
周囲の空間が、突如として高濃度酸素で満たされる。
「!」
クリムゾンの体が反応する
——急激な酸素増加による酸素中毒。
めまい、吐き気、意識の混濁——
「ば、馬鹿な……俺が……」
クリムゾンは倒れた。
気を失った彼を、リオは水の鎖で拘束する。
戦いを見ていた共和国軍は、戦慄していた。
「炎の英雄が……一瞬で……」
「撤退だ! 撤退しろ!」
艦隊は慌てて退却していく。
リオは倒れたクリムゾンを見下ろした。
「君を殺しはしない」
彼は治癒魔法をかけ、硫酸の傷を癒した。
「だが、二度とこの都市を脅かすな」
クリムゾンを共和国軍の船に送り返し、
リオは氷壁の中へと戻った。
その夜、アクアリスは歓喜に沸いていた。
「リオ様が勝った!」
「私たちは守られた!」
だが、リオ自身は疲れ果てていた。
ミラが部屋に入ってくる。
「リオ、大丈夫?」
「ああ……でも、疲れた」
「当然よ。あんな戦いをしたんだから」
ミラは温かいスープを差し出す。
「でもね、みんな感謝してる。
あなたが守ってくれたって」
リオはスープを飲みながら、窓の外を見た。
遠くに、焼け焦げた魔の森が見える。
「私は守った……でも、森は失われた」
「それは、あなたのせいじゃない」
「分かってる。でも……」
リオは拳を握った。
「いつまで、こんなことが続くんだろう」
「いつまでも、争いが終わらないのだろう」
ミラは何も言わず、リオの肩に手を置いた。
その優しさが、今のリオには何よりも嬉しかった。
(エリナ……)
リオは心の中で呟いた。
(私は戦った。守るために)
(でも、これが正しかったのだろうか)
星のない、暗い夜だった。
翌朝、リオは一人、氷壁の上に立っていた。
眼下には、焼け焦げた魔の森の跡。
かつて緑豊かだった場所が、
今は黒い荒野になっている。
「何故だ……」
リオは呟いた。
「何故、分からないんだ」
彼の脳裏に、千年前の記憶が蘇る。
アクアリア帝国を建国した時、
自分は何を目指したのか。
人々が満足して暮らせる社会。
必要なものが行き渡り、誰もが幸せになれる世界。
それは、決して贅沢を求めたものではなかった。
「足るを知る……」
リオは拳を握った。
「それが、どれほど大切か」
共和国の権力者たちは、
既に十分すぎるほど持っているはずだ。
豪華な邸宅、美味しい食事、快適な生活——
それでも足りない。もっと欲しい。
もっと贅沢に。もっと裕福に。
「そのために、
魔族と戦っていた英雄を呼び寄せ……」
リオは遠くの空を見た。
あの決断により、魔族戦線は崩壊しただろう。
無数の村が蹂躙され、人々が命を落としたはずだ。
「そのために、森を焼き払い……」
無数の動物たち、植物たち、
生態系そのものが失われた。
「そのために、この都市を奪おうとした……」
全ては、過ぎた欲のために。
「千年前と、何も変わっていない」
リオは苦しそうに呟いた。
「いや、もっと悪くなっている」
かつて、自分が倒した横暴な王子
——エリナを殺した男。
あの男も、過ぎた欲に溺れていた。
美しいものを全て自分のものにしたい。
権力で全てを支配したい。
そして、その欲望のために、エリナは死んだ。
「何故……何故、人は学ばないんだ」
リオの声が震える。
「歴史は繰り返すと言うが……
何故、過去から学ばないんだ」
過ぎた欲は、身を滅ぼす。
それは、誰もが知っている真理のはずだ。
古今東西、欲に溺れた権力者たちがどうなったか
——歴史書には、その悲惨な末路が記されている。
「それでも……
それでも、彼らは同じ過ちを繰り返す」
リオは頭を抱えた。
「私が作った教育制度は、どこに消えた?」
「人としての倫理を教える学校は?」
「互いを思いやる心を育む社会は?」
全て、失われていた。
千年の時の中で、少しずつ、確実に——
「私は……何のために生き返ったんだ」
リオの問いに、答える者はいない。
風だけが、冷たく吹き抜けていく。
「もし、もう一度建国したとして……
千年後、また同じことが繰り返されるのか?」
その絶望的な予感が、
リオの心を押し潰しそうになる。
「エリナ……」
彼は空を見上げた。
「教えてくれ……私は、何をすればいいんだ」
だが、空は何も答えない。
ただ、雲が流れていくだけだった。
その時、後ろから足音が聞こえた。
「リオ」
ミラだった。
「一人で考え込んで……また、悩んでるの?」
「ミラ……」
「分かってる。あなたが何を考えているか」
ミラは隣に立った。
「でもね、リオ。一つ、忘れてない?」
「何を?」
「ここには、
あなたの理想を理解している人たちがいる」
ミラは都市を指差した。
「私たちは、あなたが教えてくれたことを、
心に刻んでいる」
「でも、それも時が経てば——」
「忘れないわ」
ミラは強く言った。
「私たちが子供に伝え、
その子供がまた次の世代に伝える」
「過ぎた欲が身を滅ぼすこと」
「互いを思いやることの大切さ」
「足るを知ることの尊さ」
ミラはリオの手を握った。
「確かに、共和国は堕落した。でも、ここは違う」
「ここには、あなたの教えを守る人たちがいる」
リオは、ミラの目を見た。
そこには、強い決意の光があった。
「千年後は分からない。
でも、少なくとも私たちの世代、次の世代では
——絶対に、あなたの理想を守ってみせる」
リオの目に、涙が浮かんだ。
「ミラ……」
「一人で抱え込まないで」
ミラは微笑んだ。
「私たちがいるでしょう?」
リオは、ゆっくりと頷いた。
そうだ。
確かに、共和国は変わってしまった。
確かに、人は過ちを繰り返す。
でも——
ここには、理想を共に守ろうとする仲間がいる。
それは、千年前にはなかったものだ。
「ありがとう、ミラ」
リオは、初めて心から笑った。
「君たちがいてくれて、本当に良かった」
二人は、並んで都市を見下ろした。
氷壁の中の、小さな楽園。
だが、その小さな世界には
——確かな希望があった。
星のない、暗い夜だった。
(続く)