【第8話『双子説』】
それは突然の出来事
朝一番、彼女は私を見つけると駆け寄ってきて言った
『ねぇ、里英ちゃん。ひじきってさ、誰の子なんだろう?』
「へ?」
彼女の突拍子もない発言を散々聞かされた私も、
この言葉は予想外で、
情けない声が出てしまった
『ずっと気になってたんだよね。誰の子供なのかな・・・』
いつになく深刻そうな彼女の顔を見て、
私は背中に嫌な汗が流れるのを感じた
まさかの家庭問題を私に投げ掛けるとは・・・
いや、待てよ
コイツ本当にひじきか?
ひじきは自分の事『亜樹』って言うし、
仮に家庭に問題があっても、平然と言ってのけるに違いない
じゃあ誰だ?
よく見たらいつものひじきと顔つきが違うようにも見える・・・
もしかして双子の妹とかが変わりに来ちゃったとか?
いや、そんな馬鹿な
でも、一応・・・
「ひじきってさ、姉妹とかいる?」
『うん、いるよ。お姉ちゃんと妹が』
なっ!3つ子だと!?
予想を遥に上回る事実
じゃあ、この人は姉?妹?どっちなの・・・
っていうか、普通こういうのって教師に相談すべきじゃないの?
高橋先生に言う?いや、もっとしっかりした先生の方がいい
高橋先生に言ったって、テンパってオロオロするのが目に見えてる
やっぱりここは主任の野呂先生?
ううん、ダメだ。あの人、スイーツ情報にしか興味ない
なんで急に、
こんなシリアスな展開持ってくんのよ!?
「どうしたの、里英ちゃん。朝から疲れた顔してるけど?」
「あぁ、ゆきりん・・・」
困り果てた私の目には、ゆきりんが天使に見えた
「ひじきがさ・・・」
「ん?」
『あっ、ゆきりん。ひじきってさ、誰の子なのかな?』
ゆきりんにも同様な問題を投げ掛ける彼女
仕方ない
私1人じゃこの問題は大きすぎる
ここはゆきりんと相談s・・・
「亜樹ちゃん、ひじきは海草だよ?」
えっ?
『なんだぁ~。亜樹、てっきり魚の子供かと思ってたよ』
あれ?
シ・・・シリアスな、、展開は?
双子とか、3つ子の話・・・
「どうして急に?」
『昨日夕飯に出たんだけど、家族に聞いても誰も知らなくて』
呆然とする私をよそに、
会話を続ける2人
なんだろう
急に恥ずかしくなってきた・・・
「顔つきが違う」とか、
何を言ってたんだ私は・・・
「里英ちゃん?大丈夫?」
「え・・・あぁ、うん。大丈夫、大丈夫」
言えない
ひじきの普通の発言を、変に深読みしただなんて
勝手に顔つき変えて、
双子説とか捻り出しちゃったなんて言ったら、
きっと私のあだ名が”ひじき2号”とかになっちゃう・・・・
『里英ちゃん、どうしたのかな?』
「大丈夫だよ。きっと、考えすぎただけだから」
なっ・・・、バ、バレてる?
そっとゆきりんの表情を窺うと、
意地悪そうな微笑で私を見つめている
それを見た瞬間に、
私の背中を流れていた嫌な汗が全て止まった
その後、私が必死に言い訳をしたのは、
みなさんに報告するまでもないだろう・・・・
【第7話『追いかけっこ』】
みなさん、知ってますか?
花火って人に向けちゃいけないんですよ?
えっ、そんなこと知ってるって?
まぁ、普通はそうなんですよ、普通はね・・・
「ちょ、ひじき!危ないって!」
『里英ちゃん、待ってよ~』
楽しそうに笑うひじき
両手には火の付いた花火
そんな彼女に、
私は今まさに追いかけられているところなんです
キッカケは単純明快
ひじきが花火をこちらに向け、
私はそれから逃げた
それだけ
逃げたら追う
なんてものは、野生動物の本能なのかも知れません
いや、まずコイツは野生じゃないんだけどね・・・
「亜樹ちゃん、コレ」
さっきまで私達のやり取りを笑ってみていたゆきりんが、
ひじきに何かを差し出した
「里英ちゃん追いかけるより、こっちを追いかけたほうが面白いよ?」
ゆきりんが差し出したのは”ねずみ花火”
勿論、それも追いかけるためのものじゃないが、
注意が私以外に行くなら何でもいい
ひじきが徐にねずみ花火に火をつけると、
それは勢いよく地面を回り始めた
案の定、ひじきはそれを見て目を輝かせた
『えいっ』などと声を出しながら、
ねずみ花火を掴もうとするが、動きが早く手をすり抜けていく
それが楽しいのか、
何度も繰り返し試みるひじき
っていうか・・・
「熱くないのかよ・・・」
「本当に追いかけるとはね」
ねずみ花火を差し出した張本人が、暢気に呟く
「もっと早く助けてくれればよかったのに」
「そう?里英ちゃんも楽しそうだったからさ」
私が不満そうに言えば、
ゆきりんは微笑みながらそう答えた
「楽しい訳ないじゃん。冗談やめてよ」
「気付いてないの?里英ちゃん、亜樹ちゃんと話し始めてから、毎日楽しそうだよ?」
ゆきりんの言葉に、私は耳を疑う
私が?
確かに、ひじきの言動は見てて飽きないとは思うが・・・
「楽しくないって。逆に疲れてるよ」
そう笑い飛ばす私に、
ゆきりんはそれ以上何も言ってこなかった
相変わらずねずみ花火を捕まえようとするひじきを見て、
私は今までの事を思う
思えば、ひょんなことから私達の関係は始まった
靴を隠された私を見て、
ひじきは『神隠しだ』と騒いだ
それから毎日話しかけられて、
その中にゆきりんも加わり、
今では、3人セットで周りから見られている私達
私は、そんな日常をどう感じているのだろうか?
楽しい?疲れる?
考えても答えは分からなかった
この関係は、これからも続くのだろうか?
もしかしたら、呆気なく終わりが来るのかもしれない
ねずみ花火が動かなくなると、
ひじきは私達のところへ向かってきた
『ねぇ、里英ちゃん。火傷しちゃったみたい』
はぁ・・・
暢気そうに手をさするひじきを見て、
私は考えるのを止める
ひじきとのこれからなんて、考えるだけ無駄だ
コイツが何をするかなんて、誰にも分からないんだから・・・
「火付いたものに近づいたら火傷する事くらい、普通考えたら分かるでしょ?」
少しでも長くこの関係が続けば、と心のどこかで願っている事に、
私は気付かないフリをした
【第6話『白馬の王子様』】
あの日から、
私達は3人で過ごすようになった
とは言っても、
私はただ絡まれてるだけという構図は変わっていないのだが・・・
とある雨の日の帰り道のこと
3人で帰るのに私が反論しなくなった頃の話
『雨々ふれふれもっとふれ~♪』
傘を回して、雨粒を飛ばすひじき
『私のいい人連れて来い~♪』
暢気なもんだ・・・
『ねぇ、ゆきりん。いい人ってやっぱり、白馬の王子様かな?』
「日本に王子様はいないんだよ」
『えっ?じゃあ、外人さんか・・・。大丈夫かな?亜樹、英語喋れないんだけど・・・』
ひじきの発言を律儀に返すゆきりん
どことなく噛み合ってない会話も、
もう慣れてしまった自分が悲しいよ・・・
「大丈夫だよ、亜樹ちゃん。王子様となら、きっと心で会話出来るよ♪」
おぉ、なんという乙女な回答
これが女子力というやつですね、柏木さん!
などと感心した私を嘲笑うかのように、
ゆきりんが呟く
「もしくは、王子様に日本語覚えてもらうとかね。愛してるんだったら、それ位してもらわないと・・・」
違った・・・
乙女とか女子力とか全然なかった
”もしくは”の本音が現実的過ぎるよ
ってか、王子様に厳しすぎじゃないか?
唖然とする私に、
彼女は優しく微笑んだ
正確に言えば、
他人から見れば優しく見えるってだけ
それを向けられた私は、
ツッコミもいれられず、ただ不器用に笑みを作って返した
やっぱり、ゆきりんはブラックや・・・
そのまま、なにを話すでもなく歩いていると、
ひじきが突然思い出したように言った
『そうだ!夕方にそこの川岸で花火しようよ』
嬉しそうなひじきに、
私は不思議と安心を覚える
「花火か・・・。いいね♪」
ゆきりんも同意し、
私も同じ言葉を言おうとして、一つの問題に気付く
「いや、雨降ってるじゃん」
「ううん。夕方には止むらしいよ」
呆れ顔の私の言葉を訂正するゆきりん
なるほど
天気予報を見たから言ったのね
ひじきも気が回るのk・・・
『そうなんだぁ。丁度いいじゃん』
知らなかったのかい!
じゃあ、なにか?
止まなかったら雨の中で花火する気だったのか?
そうつっこもうかとも思ったが、
間違いなくコイツは真顔で『うん』と言うに決まってる
あぁ、天もコイツの思いつきの味方をするのか・・・
一瞬の安心感は何処へやら
私は憂鬱な気分で、
濁った空模様を見つめた
【第5話『黒く輝くそれ』】
目を細めてみると、
そこには知らない顔があった
「えっと…」
「あっ、柏木由紀です。一応同じクラスなんだけど…」
「……、ごめん」
「いいよ。目立たないのは自覚してるし」
困ったように笑う彼女は、
いかにもお嬢様って感じの雰囲気だった
「何してるの?」
『ウサちゃん探してるんだよ♪』
「?」
「脱走しちゃったみたいで・・・」
「あぁ、なるほど」
長い髪が風に揺れる
清楚を象った様な佇まいは、
私達とは違ったそれで、この場にいるのが不釣合いにも見えた
「でもさ、うさぎって石の下にはいないと思うんだけど」
私が彼女に見とれている間に捜索を再開したひじきは、
石を引っ繰り返しては『いないなぁ・・・』と呟いていた
「ひじきの行動を理解する必要はないと思うよ」
「そうかな?見てて面白いと思うけど」
呆れたように言う私に、
彼女は変わらず微笑を向けた
なるほど
佇まいだけじゃなくて、
考え方も清楚なんだ・・・
なんて暢気に考えてた私は、
世間知らずな子供だったのかも知れない
だって・・・
「あんな変な行動、私には出来ないもん。ある意味尊敬しない?」
私は目を擦り、彼女の笑顔をもう一度見てみた
それは先ほどと変わらない、
清楚な微笑だった
ただ、今の私にはどこか黒さを感じさせる
呆気にとられる私をよそに、
彼女は涼しい顔をして尋ねた
「私、よく”腹黒い”なんて言われるんだけど、北原さんもそう思う?」
白さを纏った彼女が浮かべたそれは、
光を帯びているのに、なぜか黒く輝いて見えた
ここで素直に頷ける人がいるなら見てみたい
そんなことを思いながら、私は黙って首を横に振った
「ふふっ。私達、仲良くなれそうだね♪」
「う・・・うん、そうだね。」
平凡すぎる私を挟む個性的な2人
平凡を極めるはずだった私の高校生活が、
この2人によってかき回される事を、
この時の私は知る由もなかった
って言うのは嘘で、
多分、薄々は感じていたのだろうが、
私はそこから逃れる術を知らなかった
それが良かったのか良くなかったのか、今なら断言できる
が、それは後々話すことにしよう
【第4話『迷子の迷子の子猫ちゃん?』】
なんでこんな事に・・・
『いないねぇ~』
ひじきが暢気な声をあげる
辺りにはそれ以外、
セミの鳴き声しか聞こえない
「はぁ・・・」
昼間の日差しを浴びながら、
私はこの日何度目か分からないタメ息を吐いた
事の発端は朝に遡る
朝からひじきに絡まれて憂鬱な私と目が合うと、
担任の高橋みなみ先生は困った顔をしたまま近づき、
非情な命令を下した
「実は、ウサギ小屋の網が壊れたみたいで、ウサギが1匹脱走したみたいなんでス。
それを探してくれませんか?」
きっと人のいい先生の事だ、
他の教師に頼まれ、困った顔を浮かべながら了承したに違いない
可哀想なその光景が目に浮かぶ
それを何故私に頼む・・・
あぁ、そうか
理由に気がつくと、
私は先生と同じように困った顔を浮かべながら
「わかりました」
と、了承した
ひじきに絡まれる私を見て、、
きっと似たもの同士を感じ取って頼んだのだろう
私の答えを聞くと、
高橋先生は申し訳なさそうに小さな体で職員室へと消えていった
私の人の良さは生まれつき
これは誇ってもいい事なんだろうか?
ただ、
なんでこんな事に・・・
『一緒に探す』
と言ったひじきを引き連れて、
私達は昼休みに裏庭に来た
予想に反し、
ひじきは大人しくウサギを探していた
それもさっきまでの話だが
『迷子の迷子の子猫ちゃん~♪』
「ひじき、探してるの子猫じゃなくてウサギだから・・・」
『あっ、そっか。迷子の迷子のウサギちゃん~♪』
「はぁ・・・」
飽き始めると、ひじきの口数は増えていった
それに対し、
私は律儀にも一つ一つ訂正を入れるのだが、
これではキリがない
決めた、もうツッコミを入れるのは止めよう
うん、そうしよう
『里英ちゃん♪餌で誘き寄せるのはどうかな?』
「あぁ、うん、いいと思う」
『やっぱり人参かな?あっ、でも、お腹空いてたらガッツリ食べる派かな?だったらお肉とかの方が喜ぶかな?』
「・・・。」
『野生だから、生肉かな?お腹壊すといけないから、焼いた方がいいかもね?』
「・・・・・。」
『そうそう。この前ね、亜樹の家のウサちゃん、夜に血走った目で冷蔵庫開けてお肉食べてたんだよ。』
こいつ・・・
自由にさせたら好き勝手ボケやがって
性質が悪い・・・
『学校のウサちゃんも、やっぱり夜な夜な・・・』
「食わねぇよ!ホラーか!!」
思わず彼女の発言に反応してしまった・・・
もう、この際だから全部にツッコミを入れてしまおう
そうじゃないと私の気が晴れないし
「まず、ウサギは草食だから肉食べないし。
食べたとしても、野生は大体生で食べてるからお腹は壊さない!
夜にウサギが冷蔵庫開けるとか怖すぎるでしょ。
ってか、ウサギの力じゃ冷蔵庫開けれないし。
あと、血走ってるんじゃなくて、元々目は赤いの!」
ったく・・・
『そっか・・・。亜樹の勘違いだったのかな?』
「ってか、ひじきってウサギ飼ってたんだね」
『飼ってないよ?夢で見たんだもん』
「夢オチかいっ!」
ダメだ・・・
ひじきに付き合ってたら血圧上がる・・・
「ふふっ」
突然、私の近くから笑い声が聞こえた
気がつくと、
いつの間にか隣に少女が立っている
「大変そうだね」
逆行のせいで、
その顔はよく見えなかった・・・