「先生、お蔭様で毎日楽しいです。ありがとうございます」
と、自分が言う。
「先生、俺だって楽しいです。ありがとうございます」
と、君が言う。先生は笑っている。
2歳も年上の君が、小さなことで対抗してくると
自分なんてもっと…とつい乗ってしまう。
でもさ、本当は勝ったって負けたってeven。
だいたい君が楽しくないと、自分もつまらないからね。
「先生、お蔭様で毎日楽しいです。ありがとうございます」
と、自分が言う。
「先生、俺だって楽しいです。ありがとうございます」
と、君が言う。先生は笑っている。
2歳も年上の君が、小さなことで対抗してくると
自分なんてもっと…とつい乗ってしまう。
でもさ、本当は勝ったって負けたってeven。
だいたい君が楽しくないと、自分もつまらないからね。
水村美苗の、『私小説 from left to light』
股引き的に出会った小説。
これまでの読書生活にはなかった感傷を受けて、
読みなれない横書き-from left to light-の文体を
間を惜しみ、夢中で追いました。
とても、とてもおすすめです。
隙間を埋めるための何かではなく
空いていた場所は、ずっとあなたのための領域だったとしたら?
「カラッポだった江戸のお空がさ、
おめえでいっぱいになったからよ」
旅が終わらなければいい。今がリヤルでもいい。
おイセさまに辿り着けなくても、ずっと一緒にいられるなら。
(連続あやとりをする制服の小学生男の子2人と、女の子1人
女の子がしくじって、紐が解けてしまった
「ばか(頭をたたく」
「ばかって言わないでよ!」
「ばかって何」
「”かわ”つくれない人ばかだよ」
「”かわ”つくれない人なんているの?」
「うんいる。K、S」
「Mもだよ」
「つくれないものだってあるよ」
「ないよ」
「人間は?」
「人間つくれる。神様がつくれる」
「じゃあくもは?」
「くもつくれる。だってあれ、工場のきたない煙だもん」
大人も子供も、知らずのうちに
ある一つの枠から世界を見ている。
彼らのと、自分のと、どっちが正確か?
長く生きたからといって、洗練されているか?
神のみぞ知る。
依存から、いつでも手元にケータイを置く。
講義を聞いていても、ノートをとっていても、
視界に入る場所にあるようにする。
メール受信すると、音を切っていても
画面が発光するから見逃さない。
でも、自分が視線を外したすきに
画面はまったく別のものを映しだす。
視線を外した視界の中だけで
ケータイは真っ青な空を映している。
どこか田舎の農場から見上げた、
目の奥が痛むように青い空を
ちぎって浮かべたような綿雲が飛んでいく。
雲だけが生き、時間は止まっている。
非の打ちどころのない、完全な平和。
ケータイにに目をやる。
何もない。
真っ暗な画面が、退屈そうに
天 井を映しているだけだ。
車窓からずっと、道路沿いのイチョウ並木を見上げている。
ちょうど芽を吹き出したところで、どの枝の先にも
黄みの強い、ちょっと鮮やか過ぎるくらいのライトグリーンが
筆で点々と置いたように、びっしりとついている。
こういった若々しいものの、生命力溢れる罪なきものの、
思いもしないグロテスクさ。