ヤドリギ金子のブログ
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2019-04-24 21:00:35

”詩二篇(2016.8)”

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2019-04-23 18:27:08

偽恋唄Ⅶ

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やわらかい髪の毛に

手はやすらぐ

一陣の風が通った跡を残す所

なまくらになった

指さしても何も見えないから

汗ばまないうちにそっと花びらに触れるように

手でしっかと見るため

髪をなぜる

無言が黄昏に深まるまで

 

あっさり鉛筆で書かれた

短くやわらかな書きおき

じんわり伝わるきみのぬくもり

騾馬のまたたき、

 

さあ、息を長く、長く、

言いよどみ口ごもり

悪いものをすべて飲み込む

端から端まで

 

雑音を消し

絶えず瞬いていくものになる

うたかた、それが活動だ

「助言というものは結局の所裏切りに過ぎない」

渦中で物言わぬ影の声

最後には風に喰らわれ

来訪者を回避するため、眠る

 

木からこぼれた蔦がたなびき

鋭い蔓から冷気が漂い近づく

光にだまされない

緑にまきこまれる

緑の闇はやまない

とっくに失い抱かれる

 

 

 

         

 

 

2019-04-22 23:18:58

 怠惰のほうへ

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「午前五時。独善的になっている。長い仕事の後にはいつもこうなる。仕事は蟻を残忍にするばかりではなく人間をも残忍にする、とトルストイがどこかで言っていた。」(エリック・ホッファー)

 幸せになるための方法を、確率論においてほぼ一元化し、幸せという本来の目的を忘却するように、そのように「指導する」ことを仕方がない使命であるかのように、押しつけがましく、「親切に」あたかも熱心に、とくとくと説いている。ああ、いまだに代わり映えしないこの場所。かつての私もそうだった。自分の視野狭窄の自覚の不徹底に気づくことなく、気づいたとしてうなだれることすらなく、とくとくと年少者に説いたことがあった、広い世界の多様性の深遠さをほとんど身体で知ろうとすることもなく、知らないことも知らないまま、だった。だからといって、今だって似たような無知なのだろうが・・・。

 連休中は、これまでもそうだったかもしれないが、さらに徹底的にサボタージュの身を満喫しようと、性懲りもなく思う。ハイデガーの時熟(Zeitung)だ。ビジネスマンのようにあくせくせざるをえない、速度偏重の生活は、人間を即自的思考停止状態においやる。長大なスパンに身をおかなければ、緩慢な時間の流れに身を任せなければ、得られないものがある。それこそが本質的な何かだ。そうしてかすかに見えてくる想念、静かにほのかに醗酵してくる未来への見取り図、それこそ本当の、本当の幸せを導く光にちがいない。何もしないで、ぼんやり風景に埋没する時間にこそ見えてくる何かがある。棺桶に片足を突っ込んでいる私であるが、だらだらと沈思黙考し、たまに言葉の海に浮かんでみれば、残りわずかな余生という未来への見取り図が見えてくるかもしれない。

 労働なんて糞くらえ、だ。(倒錯した優しさを押しつけてくる労働に思えてしまうような宿題だったとしたら糞くらえ、だ。)

「労働を忌みつつ生きしわが上に空梅雨の市電火花散らしつつ」(塚本邦雄)

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