自虐日記213
水原紫苑さんの歌を載せます
福島の美しかりし春のこと今もうつくしからむふくしま
福島は「うつくしま」でした。いや、現在も「うつくしま」です。
ふくしまの土と交わり桃の實とならむ未來か犬亡き夕(ゆふべ)
朽ち果てようとしている桃の実が強烈な腐臭を放っている。数年前に、福島美術館で「やなぎみわ展 神話機械」を見た。
みちのくとはそも何ならむ月光の融(とほる)を鬼に變へたる笛よ
笛とは、いったい何なのだろう? 月の光が降り注ぐ美しい田園が、黒いビニール袋に占領されてしまっていた。たとえ、行き場のあるはずがないそれらが移設されたとしても、もう田園はかつてのそれであるはずはない。
そののちのみちのくを見ず夢うつつながめくらしてわが罪を見る
果たして、歌人のように、罪を見つめ続けているコクミンは何人いるのだろうか? 再稼働を黙認されている今を見れば、その趨勢がわかる。
ふくしまの地震(なゐ)を語らず原發を語らざる春、星はみごもる
見捨てられようとしているのだろうか? 残念なことに、多くの人が語らなくなりつつある。それは、私には、この国の衰亡を象徴しているように感じられる。
福島ゆ沖縄に通ふ一筋のみづの流れや魚(うを)なるイエス
私もほんの少しでも「魚」に近づきたい。たとえ「みづ」が枯れかかっているとしても。
他者なりしふくしま光るゆふぐれの阿武隈川や老ゆるとは戀
「老ゆるとは戀」と断言する歌人が羨ましい。戀しい風景と人々を、無限の他者として、いつまでも心に留めおくこと。
自虐日記212
⭐️金子文子の獄中歌
皮手錠、はた暗室に飯の虫 只の一つも 嘘は書かねど
在ることを只在るがままに書きぬるを グスグズぬかす 獄の番人
言はぬのがそんなにお気に召さぬなら なぜに事実を 消し去らざるや
狂人を縄でからげて 病室にぶち込むことを 保護と言ふなり
塩からきめざしあぶるよ 女看守のくらしもさして 楽にはあらまじ
⭐️杉原一司の歌
空虛なる想ひは去れよ去れよとて石と石とを軋らせてゐつ
倒れたるときに掴めるすなくづに何の因縁(えにし)をもとめむとする
球根にふかくこもれるものあるを信じゐればかよく眠るなり
殉難のものがたり讀むこの夕べ燃えただれおつる陽を見たりけり
ためらひもなくしてわれの影を踏み歩み去りたる人ありにけり
秋逝くとかわきたる掌をすりあわせ失ひしものの数を思へり
心のうちをひとに言はんとする時のいらだたしさに花むしりゐぬ
人間(ひと)らはみな堕落すべしと言ひ放つ論調はむしろはなやかなるも
ふり上げてわれの肢体は狙ふともこれは自虐の鞭にはあらぬ
かつて我身をゆさぶりし激情のかへりくる日は虹かかりをれ
ドン・ファンの指にて石化せし後の半裸像内にある全裸像
花らみなあくびする夜半寝室のたなにおき忘れた録音器
フラスコや振子はらばふ岩のかげ燈を消していま寝る深海魚
射倖心、ルーレット、自棄、思惟にいま絡みつく人体骨格模型
はづせない腕環を誇る女との波紋の中の廃嫡子爵
いやらしいジャンヌ・ダルクの壁掛も弾痕をただ隠さんがため
奇術よりもつとたのしいけだものの牙を挿入する隆鼻術
雲ふかく没するほそき吊革にぶらさがつてるおびただしい手
なよなよと草たちがゆれ触覚を喪失し寝てゐるゆび白い
時計などもたないわれは辞典とか地図とかを読み楽しく過ごす
とめどなく撞球台をあふれ出るなめくぢと窓に見える砂漠と
まはり澄む独楽のしづけさみつめゐてしばしはとほるわがこひごころ
足跡が雲となる日の潮風に風力計がまはる目がまはる
倒れくる鏡の裏に何があるおとぎの国かいな死者の国
サラダの皿、その裏がはにつづられし女給仕の愛のうちあけ
わが夢をあざむくものの中にありてひとつだけ清き夏空の雲
薄いコップの縁に残せる指紋など忘れて夏の陽ざかりを野を
押せばひらくドアをくぐりて出でしときひくく垂れたる雲をみとめぬ
自虐日記211
愛情省・レイシスト(改稿)
人類よ消滅しよう 行こう行こう ギャテイギャティ 反文明委員会
松澤 宥
おい、貴様か
毎晩毎晩、うろついている雷鳴、
そうだよ、だからどうだって言うんだよ
脳内 …しているのは、貴様もか
小首かしげ
何食わぬ顔で
中東とか、極東とか
氷のような排斥で
知らんぷりするな
幻聴の刹那は、
あの街、この街、断末魔
西の帝国の下僕ども、
ねんねんころころ 皆殺し
そこは自分をうしなうことしかできない場所
屋根から昇る新年の曙さえ胸をえぐる
あっさり流すように
沈むセリフが美しい
邦画でさめざめ泣きはらし
年が明けたから
新年の雑煮を甲斐甲斐しく作り
唇をいぎたなく窄めて
乳房に吸いつこうとするように
家族水入らずで啜った
しかし、
法外な訪れは深まるばかりで
今宵も、吹雪く田んぼを
しゃあしゃあとうろつく雷鳴、
霰がたばしる、たばしる
朝、さらさらと雪が仲良くふれあいながら
死んでも死んでも
あとから、あとから
せんぐりせんぐり
愛撫しては死んでいき
「殺!殺!」
つっかえ、つっかえ
囁き声で
その刹那……を、耳朶に蘇らせる
「殺!殺!」
世界から振り落とされるように
いや、寄生する先をあらかじめ捨てる菌のように
歪んだ顔のまま
万人に向かって〈指さす人〉
「初めてパリに出てきた当時、街を歩きながら私は終始思っていたものだ 殺す、殺すと」
ほくそ笑む眼に撃たれ続け目眩する
裏切りの経験もなく
爛れた時間が凍る冷凍庫のような
眼に穴だけ開いてしまって
幻想の鏨を打ちつける幽霊になる自信も毛頭なく
手榴弾のような睾丸も持ち合わせてはいない
敗けたときは潔く、
にやりと笑って支払うのがルールなのだそう
賭けの敗北が、
そのまま落命を意味するのは、
果たして深刻なことなのか?
ひとは土地を手に入れるために殺し合うのか
それとも、
ただ勝利を目指しているだけなのか
肉を失い、骨の髄まで腐りかけても
蛆をむしゃむしゃ頬張る熊がやってきても
今もなお自分が最初に暴虐の国を擁護するような顔をして
包囲され、昼夜外出禁止令が出され、水も食料も枯渇し、子ども達も投獄され、
夫たちが拷問され、父親たちが殺され、息子たちが手足を切断され、
多くの骨が折られ、兵士たちの持つ棍棒も折れた
棒の種類は何度か変更された
なぜなら、どれも弱すぎて壊れるからで、
しまいには鉄製の棒に交換され、
それらも曲がると、
軟質プラスチックでできた棍棒に替えられた。
「強者の傲慢に対する回答は弱者の暴力さ
盲目的な暴力でもかい?
盲目的でもかまうものか
そうとも、盲目で慧眼なんだ
何が言いたい?
何も、
ただ頭にきてるのさ」
神様のように思っているのか
彼は、その生涯を通じて、片方の手を焼いただけだし、
それ以外としては、或るとき、おのれの左の耳を切りとったにすぎない
もう春だ、夕焼けが気味悪いほど美しい
糸で縫い合わされたパン
糸で縫い合わされ、かろうじて円形になったパン
糸はすぐに緩みはじめ、パンはまた二つに分かれてしまう
泣きやまぬなら殺すぞと村長が恐ろしい形相で母親を恫喝し
子どもは激しく泣きじゃくる
母親は子どもの顔を自分の胸に強く押し当て歩き続け
ようやくレバノンの村にたどり着き解放されたとき
彼女は子どもが息をしていないことに気づき狂乱した
ウチナーグチではない糸で縫い合わされたパン
糸で縫い合わされ、かろうじて円形になったパン
糸はすぐに緩みはじめ、パンは二つに分かれてしまう
泣きやまぬなら殺すぞと村長が恐ろしい形相で母親を恫喝した
子どもは激しく泣きじゃくった
母親は子どもの顔を自分の胸に強く押し当て歩き続けた
ようやくレバノンの村にたどり着き解放されたとき
母親は子どもが息をしていないことに気づき狂乱した
沖縄でも、ない