ヤドリギ金子のブログ
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後藤正文氏の文章から、カート・ヴォネガットの言葉

「芸術では食っていけない。だが、芸術というのは、多少なりとも生きていくのを楽にしてくれる。いかにも人間らしい手段だ。上手であれ下手であれ、芸術活動に関われば魂が成長する。

シャワーを浴びながら歌をうたう。ラジオに合わせて踊る。お話を語る。友人に宛てて詩を書く。どんなに下手でもかまわない。ただ、できる限りよいものをと心がけること。信じられないほどの見返りが期待できる。なにしろ、何かを創造することになるのだから。」

 

 不思議なことに、いや、当然なことに? 計算的理性・道具的理性と非合理な衝動的暴力が、まるで相互に補完するように、過剰化しているような気がしている。当然ながら、ヴォネガットのような創造的行為は、無為であることが許されない。

 学校も含め、「無駄な空間」「孤独を楽しめる空間」=効率性・合理性からかけ離れた空間が虱潰しに削除されつつある。

 創造行為において「評価」は必要ない、「承認」が目的ではない。

 純粋な創造行為、・・・・・創造することそれ自体が喜びである行為、それが乾燥しきった合理性の下で、徹底的に無意味化している。

読書ノートより

「われわれは誰しもすべて、われわれ自身のなかにある部分によって、時間を越えて生きている。たぶんわれわれはある例外的な瞬間にしか、自分の年齢を意識してはいないし、たいていの時間は無年齢でいるのだ。」(ミラン・クンデラ)

方法を捨てるからこそ心は自在なひろがりを持つことができる。しかもその心を意志とかかわらせながら、解き放つこと。

 

「一定の目的がなければ行為はあり得ないと考えるのは、いかにもガリ勉人生の優等生の意識だ。行為があったためになんとなく目的が生じることだってある。」(辻まこと)

 目的を持つことでは、思いがけない自由空間は訪れない。

 

「真のアクチュアリティーを手に入れようとする以上、はかなさは当然の、正当な報いなのだから・・・・」(ヴァルター・ベンヤミン)

 

「異常な状況に異常な反応をするのは正常である。」 (ビクトール・フランクル)

 

「君に残された時は短い。山奥にいるように生きよ。至るところで宇宙都市の一員のごとく生きるならば、ここにいようとかしこにいようと何のちがいもないものだ。」(マルクス・アウレリウス)

 

「人間が狂気じみているということは、必然的であるので、狂気じみていないことも、別種の狂気の傾向からいうと、やはり狂気じみていることになるだろう。」

                          (ブーレーズ・パスカル) 

                        

 

 

白石高校の男子諸君、わかるかなぁ~

https://youtu.be/A6021w_Xpi0
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