職業、肩書、お金、家族あなたは何がほしいのか? -9ページ目

職業、肩書、お金、家族あなたは何がほしいのか?

社会人になってから10年で、上場・未上場企業と企業役員・社長業を経験したが現在無職。
たまには休むことも必要だ。信ずれば、道は拓くはず。いままでの経験を棚卸し、次に進むために、ブログを始める。

謙虚に、自分らしく、自分の生かす場を見つけるために書きます。

本日の日経新聞に、トヨタが係長職を復活させるとの記事が出ていた。
なるほどと思った。
自分はわずか500人ほどの従業員のいる会社であったが、悩みを抱えていた。それは、マネジメントを層の人間を如何に作るかということだった。
たび重なるリストラで、人員構成が歪んでいることと、今度の人員構成を考えると、どうしてもゆがみが出る。
加えて、賃金は上げられないので、何年勤めても平社員のままで、若年層がマネジメント層の成長の機会が少ないことだった。

フラットな組織の方が、指揮命令系統としてシンプルなので、それを採用しがちだが、多くの人間がキャリアアップをのぞめなくなる。それが当たり前の姿だと割り切ることは可能なのだが、とはいえ、その会社で働くことが楽しく、何らかの長期的な目標を社内で持ちえないというのは、会社としてどうなの?という風に思っていた。
ベテランの方が、当然ネットワークも広いので、そちらを使いがちになってしまう。
さもなくば、事業を拡大して雇用を吸収するか、新しい事業を作らなければいけないが、計画的に新規事業を作ることは僕はあまり賛成ではない。
新規事業は自然発生的に生まれるべきだし、それをビルトインするのが経営者の仕事の一つだと思っている。
そして、新規事業のアイデアを実現に移すためにハードルを如何に小さくするかが、経営者の手腕であり、会社の見えない資産になるのだと思う。

さて、そういう意味で、フラットな組織の弊害が出てきたことをトヨタは認識した。
僕は、プロの組織においては、フラットでも問題ないと思う。しかし、現在の企業経営は単純な構造で商品やサービスがお客さんの元に届いているわけではない。
つまり、販売をしようと思ったら、仕入れや物流のことを視野に入れてやらねばならないし、一つの製品を作るにしてもどんな状況でも1+1=2になるわけではなく、3とか1とかになるケースもあり、その前後関係や背景を知っているか否いかが非常に強い。
つまりは、ジェネラリストを今は欲している時代なのではないかと思う。

スペシャリスト志向が強かった時代から10年。
商社不要論が、投資銀行としての商社のポジションを築くまで10年。やっぱり、統合という部分が必要になったんだと思った。
政治も経営もジェネラリストでなければできない。
そういう人材が今求められているんだと思う。


本日、知り合いの方からアポを依頼され、会ってきた。
四谷にあるオフィスであるが、創業者という名刺を彼はくれた。

内容は、僕が前職の会社の情報をほしいということだった。
僕は基本的には、辞めた会社のことに関しては、ポジティブにも、ネガティブにも表現しないようにしている。
元社長なので、そこで出回る噂などが、有形無形に会社に作用する場合があるからだ。

特に、本日あった人は、グループの元社員であったそうで、並々ならぬ執念を当該企業に持っていて、どうしてもその会社の経営権がほしいということだった。
全然関係ない筋で、知り合ったのだが、僕が社長就任前に逆に僕が社内情報をもらった間柄なので、とりあえずあったけど、ほとんど話せることはなかった。
彼は、自分が社長在任中に「なぜリストラを断行しない?社員に優しすぎるんだよ」と、なんでお前なんかにそんなこと言われなきゃいけないんだ?ってことを言ってきて、正直なんでこんなに関係ない案件にく突っ込んでくるんだ?というのが怖かった。

自分が経営していた企業は、赤字を数期続け、リストラも行ったので、恨みがあるのか?とも思ったが、どうも違う。
当然企業には何百人もの従業員がいたので、そういうことはあっても不思議ではないが、あまりにもしつこいので、距離を置いていた。

さて、そんな彼であるが、どこから情報を持ってくるのか、いろいろ探りを入れてきて、情報を引き出そうとするので、途中で嫌になって、事務所を出てしまった。

事務所を出てから、いつもyahooの掲示板にいやがらせが書かれていたことを思い出した。
もしかしたら彼かも?って少し思った。2ちゃんじゃなくて、良かったけど。。。
もらった名刺のウェブサイトをみると、少しカルトっぽくて、やっぱりと思った。

こんなブログ書いている自分も、いくらか彼に振り回されているし、気になるんだと思う。
平常心とは難しいが、常に客観的に自分を見れるように精神をを鍛錬しようと思う。噂は噂、後は実践でみせるしか経営者の実力を見せることはできないから。
社長を辞めてから、もう2ヶ月が経つ。
2ヶ月もたつといろんな動きが出てくる。

本日は、電話があった。+86から始まる電話番号。中国か???
僕は世界各国の物を扱っていたものの、収益をくれるのは、ほとんどが日本人だったので、中国からの電話にはドキドキした。
前いたファンドの人で、少しいざこざのあったAさんがいて、その人が中国人の投資家さんをたくさん持っていたので、中国からの電話=Aさんから?と思って少しびっくりしたが、出てみるとちがった。

電話をかけてきた人は、中国で事業を営むIさんで、日本人なのだが、上海語の方が得意というちょっと変わった経歴の持ち主。一見普通に見えるのだが、載ってる車はマセラッティ。その車を運転して、橋から転落して大破させた男だ。

すごく久しぶりの電話だったが、非常に明るそうだ。
第一声は、「社長辞めたんだって??」
なんで知ってんだと思いながらも、僕のことを気にかけていてくれたこの人に感謝した。

この人との付き合いは、日本への投資案件だった。彼の友人Hさんは中国人。飲食店で中国100強飲食業にリストアップされる成功者。彼が日本で店を出したいということだった。リーマンショックの前とは言え、飲食業は日本では激戦であること、人件費の感覚が中国と違うので、彼のオーダーは困難を極めた。
それでも、Hさんは投資して店を作ることだけは決めていた。

そんな中、彼らのビジネスモデルを僕が分析して、いくつか企業買収案件や店舗のコンサルをした。
結果、投資しない方が賢明という判断を僕はした。
中国人投資家の爆買ツアーなんてものが時々、新聞紙面やネットを賑わすけれど、投資はするなという結論を僕は出した。
理由は何かというと、彼は中国で非常にまじめに事業を行っているが、日本におけるステータスを買おうとしていたからだ。市場の構造が大きく違うので、彼の持っているビジネスモデルがそのまま持ち込めない。ましてや飲食業なので、仕入れ等も全然違う。それを銀座の一等地などでやろうとしているのだから、必死に止めた。

最終的に、僕とIさんがとめた格好になるのだが、中国に帰って数ヵ月後、小肥羊などが失敗している現状を見て、Hさんはかえって僕のことを信用してくれた。取引をしないことで、信用を得ることもある。

そんなエピソードがある彼から電話だった。
話の内容はは非常にエキサイティングだった。やっぱり中国は景気がいいね。
中国への事業開発の話しがたくさん来ている中で、このタイミングでIさんから電話というのは必ず何かある。
非常に縁を感じる一日だった。
自分はハンズオン投資のパラシュート部隊で、投資先に都合3回派遣された。
会社の中には、抵抗勢力というのが必ず存在するが、改革や変化を望む人々もいる。

再生の多くの場合、リストラをし、損益分岐点を下げ、利益を確保することが一番初めに必要となるケースが多い。
リストラは財務リストラだけでなく、首切りも通常は含まれている。
日産でのやり方が、非常にセンセーショナルであったために、同じようなことをするケースが多いが、僕はリストラがあまり好きではない。
当然、派遣前にDDを行うのであるが、自分の実体験とレポートベースでは違うケースも多い。
また、DDに関しても協力的であれば、真実を知りうることもできるが、多くの場合はそうではない。会社にコンサルを入れるケースも同じであるが、社外の人間に内部情報を素直に教えることはない。むしろお手並み拝見と来るケースが多い。だから、こそそこで見て、聞いたことが、判断の基礎になる。

事業目標は大事だけれど、事業計画の通りに行くケースはまれだ。計画は所詮計画なので、計画通りにいかない、けれど、目標を達成することが僕らの役目になる。帳尻が合えばいいのであるし、環境は常に変わるので、マイナー改定は通常行われる。

僕が知る限り、従業員と対立してうまくいった例は知らない。
成功した多くの事例では、再生の手腕を発揮した経営者は「中興の祖」と呼ばれる。
そして、その人々の多くは社内にあるリソースを今まで以上の活用をすることで、復活をさせる。
一気に業態転換をして、全然違う会社になるケースもあるが、それは再生スキームに乗せる意味すらない。
なぜなら、再生はその通り、再生であり、既存事業から如何にシナジーのある事業に転換させていくかが重要である。つまり、本業はぶれないのだ。しかし、新規事業で新しい事業を行うのであれば、新規に会社を立ち上げる方が早い。それこそ、乗っ取りとかハゲタカとかの部類に入る。

初めの6ヶ月で駄目なら、やっぱりその会社はダメになるケースがほとんど、だからこそ、スタートがとっても重要になる。いいスタートが切れることが必要十分条件になる。
いいスタートとは何かといえば、そこのリソースである人材をこっちに向かせるかというリーダーシップに他ならない。会社の方向はこちらと言い切れなければだめだし、変わっていくんだと言えなければ、駄目。

だから、こそ目標値が重要になる。
目標はここであり、我々はこういう企業を目指すという具体性のあるものを示さなければいけない。
それが抽象的な目標値ではなく、手を伸ばせば届くかもしれない。そこに行ってみたいという目標がないとだめなのだ。
そして、その目標に資する会社であり続けるために、何を大事な価値観とし、何をやってはいけないのかの基準を示し、それをブラしてはならないことを示し続け、見せ続け、言い続け、やらせ続け、ほめ続ける。
そして、それらが言葉だけでなく、実践として、最低でも3ヶ月以上、社内に見せられる限り、再生の第一段階は終了する。実績はまだ追いついてこないが、実績を出すための最低限のリソースの精査、整理はこの目標と方針にどれだけ資するものかの査定ができる。
そこから、次のアクション、アクセルかブレーキかを決定する。

多くのエクイティストーリーを見てきたが、計画通りにいったものは、それほど多くない。
投資サイドで計画は作るものの、実際の現場とは違うケースも多い。このギャップをどれだけ真剣に投資側と経営側で議論し、あるべき姿を表出できるかが、事業再生のスタートになる。
残念ながら、現在のバイアウトファンドなどは、投資委員会でのOKをもらうための計画は頑張って作るものの、この修正の部分を怠るケースが多い、それで投資決定がされるから当然なのだが、本当の勝負はここから、そこまで気合いを入れて、この会社に真剣になり責任感を持って、自分のリスクを背負ってまでやる人は、おそらくファンドには少ない。サラリーマンとプロとでは、それくらい差がでる。だからこそ、失敗しているケースが多いのかもしれない。


インフラビジネスは、日本を成長させるということが新聞でもにぎわっている。
自分のその意見には賛成だ。日本において、これだけの高精度なインフラを持っていることは、自慢すべきだし、これだけ社会的な装置が整った社会というのは、世界を見ても例がないと思う。
しかし、今の日本の産業構造ではそれが難しいということを昨日テレビを見ていて指摘していた人がいた。

その人いわく
発展途上国の中には、たとえば原子力発電というテーマで、需要があるというのは確かだが、本当にほしいのは、発電用のタービンでもなければ、プルトニウムの加工技術ではなく、電力供給というサービスだ。だから、発電所建設から、メンテナンス、送電オペレーションまでを含めたパッケージによる提案が功を奏するということを仰っていた。
鉄道インフラや、水道などもこの部類に入るということを言っていた。

確かにそういう向きはあるのかもしれないけれど、そこは日本が参入すべき市場なのかな?と少し疑問があった。
どちらにしても、それを買ってくれる買い手候補は外国政府や自治体になるのであろうが、ここまで丸投げで購入を望むのであろうか?
国家の安全保障を考えたときには、丸なげってことは、基本的に考えられないし、発電所にしても鉄道にしても、一国経済の重要な部分を占めるわけなので、そのメンテナンスが自国でできない等ということは国家戦略的にはあり得ないんじゃないかと思う。
そう考えると、やっぱり、ソフトウェアの運用自体は自国で行っていくはずだし、そのノウハウがほしいという需要はあるはずだと思う。
日本には、設備やハードそのものも強いがその運用をソフトな資産として売り込むのはあまりうまくはない、というかそういうものを商品化するのが苦手なように思う。しかし、そのソフトは現在運用を行っているところにしか蓄積していないので、これこそが、この国で最も重要な資産になりうるのだと思う。
そして、初めに売るべきハードもあまりにも高性能化したものではなく、ある程度のプリミティブなものに限りのだろうと思う。日本が得意な部分が高度なものであるとすれば、取るべき市場は発展途上国ではなく、先進国の重要なのではないかと思う。

今後の日本の成長分野において、民主党がインフラ輸出や環境・エネルギー、医療・介護・健康、文化(ファッションやコンテンツなど)、先端分野(ロボットや宇宙)の5分野での市場創出を訴えている。

一つ僕は介護福祉分野に力を入れることが経済成長につながるのか?ということに関しては、どうも腑に落ちない。
社会保障制度の一環として、確実な官需が増えることを前提にした企業戦略であるならば、それもokなのかもしれないと思うのだが、そうではなくて、産業の一つとして果たしてそうなのか?と思う。

医療の分野で、バイオや創薬の分野であれば、なるほど産業競争力というものも納得できるが、福祉において本当にそうなのか?と思う。福祉の分野で行くと慢性的な人手不足であり、儲かる分野との認識はない。
それに、高齢化が進むと需要はもっと増えてくるが、彼らは生産活動しないわけで、そこにあるストックを食いつぶすだけの産業ではないか?と思う。
社会政策としては、如何に介護の要らない状況を作るかにもっと力を入れるべきではないか?と思う。
経済成長は生産額で決まる。ぶっちゃけいえば、日本では労働力が少なくなっている=絶対的な生産量は生産効率が同じであれば、生産額は小さくなっていく。高い利益率をはじき出せない分野でどんなに雇用を詰め込んでも経済成長には寄与しないように思う。雇用は産んでも、成長しない。そういう矛盾を抱えた構図になっているように思う。

少子高齢化という現象は人類史上初の減少なのかわからないけど、これは新しい課題だと思う。
その中で、少子高齢化が進めば確かに、福祉の需要は増える。それは日本だけにとどまる問題ではなく、アメリカ以外の先進国や中国でも、問題になるものである。
それをインフラとして輸出出来るほどのシステム化、パッケージ化が出来るかどうかが、この産業のポイントだと思う。しかし、同時に社会保障の色彩もあるため、国の制度に大きく左右されるものである。
それを克服すれば、もしかしたら外貨を稼ぐ日本の資源になりうるかもしれない。

それでも、僕は福祉を産業にするよりも、医療分野に力を入れるべきだし、先端医療よりも、予防医療に力を置き、日本で過ごすこと=健康でいられるという認識を持ってもらえるほどにすすべきだと思う。
病気になって治すより、病気にならずに、健康に生産活動も消費生活も行える社会の方が生産性は高いと思う。
巨富への道/堺屋 太一
¥1,575
Amazon.co.jp

この本は、多少のひいき目のある文体になっていると思うけれど、AOKI、ニトリ、ファンケル、カプコン、スターツ、ドトール、富士ソフトの創業社長にフォーカスを当てた本。
個人的には、スターツの村石氏が一番好きだが、その経営者も尊敬に値する。
経営者評論を友人とする機会は非常に多いけれど、僕は批判をするやつはあまり好きではない。というのも、厳然とした事実として、その会社が存在し、自分もその商品やサービスを使って良かったと思う瞬間があるのであれば、それを作り出した人を単純に尊敬する。
批判は出来るけど、「じゃあ、お前やってみてよ。」と切り返されたときに、自分でも出来るということが胸を張っていえないようでは、まあ批判する前に自分を磨かなきゃって思う。

さて、この本だけど、創業の着眼点を学ぶにはいい本だと思うし、経営者の資質に関しても示唆があるとおもう。
堺屋氏の本なので、250ページくらいあるが一気に読めてしまう。一気に読んでしまったが、克明に刻まれた記憶はあまり多くない。

この中で一番記憶に残る経営者は、ファンケルの池森氏の話。
「不」を取り除くことが当社の使命。なるほどと思った。不満を満足に、不安を安心に、不便と便利に、不快を快適に、、、、、ETC。なるほどなと思った。
そして、義憤がそこにある。僕は怒る人が好きだ。最近、管氏が首相になり、「イラ管」等と揶揄されているが、怒ることは非常に健全な反応であるし、まじめに真剣に取り組むからこそ、意見の対立を招き、怒るのだ。
何を言われても怒ったり、悔しかったりを大人のふりして収めるのは、間違いだと思うし、不健全だと思う。
経営にそれが、あって当然だ。

僕は昔、飲食店の経営をしていたことがある。
食い逃げ事件は年に何度かあるが、一応社内のマニュアルでは、警戒はするが、積極的に捕まえろなどということは書かない。社員が怪我をしたりするほうが、企業にとっては大変なことだと思ったからだ。
ある時、日本人のアルバイトが会計をやっているときに、食い逃げは起きた。
その時、彼は、何もせずに、事件として食い逃げが発生したことを報告してきた。
確かに、その責任を彼に押し付けることをすることはないが、なんの感情もなしに、「逃げちゃったんですよね」と軽く食い逃げの報告がされた。
またあるとき、今度は中国人のアルバイトの時だったが、食い逃げが起きた。
なんとそのアルバイトは、食い逃げを追いかけ、犯人に威力を使い捕まえ、警察沙汰になった。
食い逃げ犯は、いきなりやつが暴力を振るったと抗弁した。
事件になってしまったものの、僕は彼と話をした。
彼は、「僕らがやっていることは、無料で提供しているものではない、だから追いかけて払わせた」といった。中国人なので、少したどたどしい日本語だったが、僕は彼を正しいと思ったし、中国人だから余計に、警察に怪しがられたけど、そんな警察は逆に許せないと、僕も警察に怒鳴った。
でも、仕事を真剣にやるやつを守らなければいけないし、そこまで誇り持って仕事をしてくれる社員は何人であろうと僕は大切にする。
それに、彼の言うとおり、価値を提供しているのだから、値引きも、泣き寝入りもしない。

横道にそれたが、だれでも怒るときは真剣なのだ。
演技で怒っているなら、それはわかるしね。
経営者をたくさん見てきたけど、オーナー社長の方が真剣だ。それは、会社に理念があり、それが正しいと思い、その分身が法人だからだと思う。自分の財産にかかわることだから、なおさらなのだが、やっぱり怒るという部分は共通点の要素だと思う。

だから、この本の中にある、「義憤」という言葉は非常に重く、節度ある正当な怒りを発現出来ることは、非常に重要な経営者の要素だと再認識した。

再生に適する会社は、
①非常に競争力のある事業を持ちながらも、本業と関係のない投資や事業に置いて失敗した企業。
②不動産企業のように、非常に大きな借入をしなければいけないが、市況の一時的な好不況のサイクルにより、金詰まりになった企業。
③ファンドが参画し、ファンドのもつネットワークから業務提携などにより、飛躍的な業務の改善が見越せる場合。
④ハンズオン投資を得意とし、経営者を送り込むことによって業績の回復が見込める場合
大きく分けて、こういう感じになると思う。

①も②も問題があるのは、BSの問題であり、債務さえ軽くなれば、自律的に復活することが出来るばあい。
①も②も、共通するのは営業利益は黒字であるが、純利益は赤字。もしくはCF的に悪い状態。
③④の場合は、営業利益すら赤字のケースであり、難易度は③④の方が非常に難しい。

自分は、特に④の部分で自分の身を置いてきたので、④の難しさは非常に身にしみるし、ファンドとして設立するなら、③④をターゲットにはほとんどしないと思う。
理由は、リスクリターンの関係が仕事の難易度と比べ釣り合わないのと、上場企業に投資するのであれば株価へのヒットを考慮に入れるとEXITストーリーのフィージビリティが読めないからだ。
①や②等は、財務的な問題さえなければ倒産・破算の危険はすくないわけだから、投資家としても、復活の可能性を信じてもらいやすく、値上がりへの期待も大きい。加えて、配当などもしやすい。
③④に関しては、コストカットなどでPLが改善しても、そもそものビジネスモデルや、ビジネスの環境自体の変化が起きている公算が大きく、新規事業や新商品開発などの今までの市場とは違う場所での戦いをしない限り、株価にヒットさせることは難しいからだ。

そんな中で、なぜ自分は③④における再生を試みてきたかというと、難易度が高いことに挑戦することで、自分のナレッジや経験を積み上げ、労働市場におけるマーケットバリューを高めたいというのが一つ。もうひとつは、苦しいからこそ、ドラマが生まれて、従業員や取引先との絆は強固になり、より強い企業文化へと昇華することが可能になる。それを非常に楽しんだし、充実感があった。
たとえるならば、①も②も外科手術であり、③は臓器移植+経過治療、④は内科や細胞治療に近い。
そして、④は再生までは必要ない不振企業を立て直す時のノウハウにもなる。

破産法が改正され、民事再生、更生法、そのほかの再生の法的なルール作りが整備されたために、いくつものバイアウトファンド、再生ファンドがうまれた。
その中には成功事例もあれば、失敗事例もあったが、産業再生機構などで非常に注目を浴びたために、皆さんの目に留まるようになったように思う。
産業再生機構の冨山氏の本を何冊も読んだし、実際にお話しを伺ったりもした。また小説「ハゲタカ」のモデルになった方などと話を聞いていると、成功するかしないかの分岐点は、気合いとか、志とかマインドに訴えるものが多かったように自分は思う。

逆のいい方をすれば、再生を必要とされる企業の経営者には足りない要素があり、その問題の根っこの根っこは何かというと、信用の出来ない経営者というひとことに尽きる。
僕の友人でもある経営者は、とある格付け会社で非常に良い格付けや評判はもらっているものの、事業的には非常に厳しく、債務超過で資金もショートを何度かしているが、それでも生きている。そういう企業を何社かみた。そこには執念に近い経営者の思いがあり、決しておれない気持ちがあり、今でも営業をしている。
企業が死ぬか死なないかは、経営者の心が折れるかどうかなんだなぁと非常に思う。
もちろんメンタル面だけでは、どうにもならないことが多いが、アゲインストの局面においてメンタルが駄目な場合は、あっさり企業とは死ぬものだと思う。

再生ファンドと一言にいっても、多分会社の数だけスタンスがあり、再生手法やファンドとしての儲け方とかは千差万別。ただ、どこも共通しているのは、ファンドとして儲けなければいけないという点。
ファンドにも当然働く人間がいるし、経費もかかるので、その部分の固定費は賄わなければいけない。
だから、ファンドには当然収益が必要になる。

ファンドの仕組みは、こうなっている。
①ファンドレイズ
ファンドの目的によって異なるが、とある設立目的にそった有価証券に投資し、キャピタルゲイン、インカムゲインによって、投下資本を回収するのが基本。だから、この産業を再編することによって、企業価値を高めその株式を売却することによって、リターンを返しますということを目論見書に謳い、お金をあつめる。
②資金の投下
目的に沿って、投資案件をスクリーニングし、時に企業を発掘し、エクイティストーリーの企画、DDを経て、投資決定をする。
③投下資金のモニタリング。
投下した資金は、企業の投資資金や運転資金に変換され、企業が収益を上げることによって、純資産が増え、企業価値を上げているかどうかをチェックする。
ファンドによっては、経営に介入したり、成長の加速を促すために事業提携や資本提携を目論む。
④回収
企業価値の向上を実現し、さらに有価証券の売却先を探し、売却によってEXITとなる。

ファンドが儲けるところは
A:①の資金を集めた段階での管理報酬。総資産のXXパーセント等と決めておき、その金額を定期的にファンドから吸い上げることによって収益が発生。
逆に④EXIT時にリターンが予想を超えた場合は、その何パーセントかをファンドがもらうということもある。
B:そのほか、投資した企業に業務提携等を持ち込んだり、その他のコンサルティングフィーを取ったりするケースもある。
しかし、Bの多くは利益相反になる可能性が強いため、まともなファンドであればあまりこんな動きをすることはない。逆にそれは管理報酬に入っていると出資者に説明できる企業の方が、投資先の企業価値の向上もしくは、ファンド出資者にしっかりと説明責任を果たしているファンド運営者であるとの推測が働く。
事実、Bのような手法を使い、投資先企業にシコった案件を押し付けたり(通称ゴミ箱)、出資者に泣いてもらうことを前提に、投資先企業の現金を引っこ抜いたりして、出資者も投資先もめちゃくちゃにしてしまったというファンドもたくさんある。
そういう意味で、ヤクザみたいなやり方で利益を出したファンドもあったし、本当に企業再生になっているの?という疑問に答えられないファンドも数多くある。
その意味で、ハゲタカファンドなどは、まだましで、こういうファンドには要注意なのだ。
企業としては、「私は会社を選びに来ました」こういう人間を嫌がるケースもあるが、多くの場合、自らが選ばなければ本人にも、企業にも不幸になると思う。
自分が社長として採用していたときもそうであるが、自分はこういう人間であり、こういうことをしたい。御社に入れば、自分はこういうキャリアを描けるので、ここにきたと言える人間は雇う側も採用もしやすいし、雇われた側も気分良く働ける。
食ってかなければいけないということで、何が何でも職がほしいという人もいるかもしれないけど、それはそれでそういう枠もあるので、雇われた側もそこに過大な期待をしてもらっても困るし、会社としては、そういう人間に多くを要求されても答えられない。時間を売ってくださいとしか言えない。

「選んでください」できた人は、選ばれるかどうかは、企業として今回は○○人とらなきゃいけない時だけであり、あたりはずれも多いのだ。僕が社長の時は、どんなに営業側に要望があっても、正社員でこれらの人を取ることはなかった。
逆に候補者側もこういうことがやりたいと思えなければ、生産性は上がらないし、企業も社員も不幸になる。
企業とはそういうものであり、経営理念を掲げない企業はない。
世にブラック企業というものはあるが、何らかのメリットがあるから企業が存在するわけで、そこで得られる何かがあるから、きっと社員も来る。

新入社員は特に、これをやりたいと思ってくるべきだと思うし、それがないと時間労働者としてしか扱えないし、きっと辞めるだろうというスタンスでしか採用できないところがつらいので、僕は採用しなかった。

自分はこれをしたいと思い、自分は今まで生きてきたし、これからも同じ。
自分は経営に携わりたかったから、必ず社長面接で決まる会社しか選ばなかったし、実際それを選んできた。
業種・職種など関係なく、それが一番のプライオリティだったことは今でも胸を張って言える。
それで、納得がいかなかったら、辞めればいいのだ。

人それぞれにはそれぞれ才能は能力がある。それを信じてめぐりあわせを信じるしかない。
必ず、見てくれる人はいるし、企業の個性もそのためにある。
あまいという人もいるかもしれないけれど、新卒であればある程、そういう人を僕は取りたいと思う。
大人になるのは、もっと先でいいと思う。