職業、肩書、お金、家族あなたは何がほしいのか? -8ページ目

職業、肩書、お金、家族あなたは何がほしいのか?

社会人になってから10年で、上場・未上場企業と企業役員・社長業を経験したが現在無職。
たまには休むことも必要だ。信ずれば、道は拓くはず。いままでの経験を棚卸し、次に進むために、ブログを始める。

謙虚に、自分らしく、自分の生かす場を見つけるために書きます。

まずはじめに、マネジメントインタビューから始めた。

この会社は1人取締役会社で、代表取締役は1名。それが肥後氏である。
肥後氏のほかには、執行役員として3名。全部で4人の幹部体制。部長は3名。そのほか店長が10名、社員が他20名というところ。

まずは、この取締役と3人の執行役員から、インタビューを始めた。
インタビューは基本的に1対1、事務所といっても応接があるわけではないので、必ず誰かに聞かれてしまう。
なので、外でのインタビューとなった。
初めにやったのは、肥後氏であった。
肥後氏は、もともと車が好きで、車の販売会社の整備スタッフとして働いていたが、ただ好きなだけじゃいけないと考え、当時飛ぶ鳥落とす勢いのあった長戸屋へ転職。いち店員としてスタートし、店長、エリアマネージャーと昇進し、代表となった人物である。
彼は、言葉数が多いタイプではない。ただ、従業員の前では、話す態度、言葉の一つ一つが歯切れよく、そして堂々としていた。従業員も彼に対しては、距離感があるようで、ちょっとおかしくない?ということにもだまって聞いていた。
もともとは、彼よりも上役の人間がいたのだが、リストラの過程であるものは、退社し、あるものは逃げ、あるものは首を切られていった。
彼に、今までの経緯を聞いた。

長戸の親父は、それはもう、神様のようでした。彼の一挙手一投足はカッコよく、みるものは振り返った。


自分のやってきたことをまとめてみたいと思う。
自分は、大きな失敗をした。しかし、この失敗経験が自分を成長させたと思っている。
それは、自分でも思い出すのが嫌なくらいの出来事だ。

自分が派遣された先は、15店舗を経営する飲食企業「長戸屋(仮名)」。業態は2つ。アッパー業態「長戸屋本舗」は1店舗、リーズナブル業態「長戸屋」は14店舗あった。自分が派遣された当時、会社の状態は年売上14億円 年間約1000万円の黒字。という状態だった。
長戸屋のオーナーは名前の通り、長戸氏(仮名)。彼は敏腕経営者として、本業である不動産事業では、非常に有名な方。バブル時代に蓄財し、その余剰資金で始めたのがこの長戸屋だった。
社長は肥後氏(仮名)、オーナーである長戸氏の秘蔵っ子だった肥後氏がオーナーの意向を受け、経営を行っていた。肥後氏は33歳で、26才から長戸屋で働 き、一社員から店長、ブロック長と勤め、長戸氏から経営を託されたいわば現場たたき上げの社長だった。若く、才覚もあり、非常に腹の据わった経営者であった。

この長戸屋は個室居酒屋として、1990年代にいくつもの雑誌で取り上げられ、居酒屋の中でもおしゃれで新しいコンセプトを打ち出した業態として、一 世を風靡した。
開店当初は、いくつもの雑誌に取り上げられ、お客さんは予約待ちでいっぱいの状況だった。バブルの余波もあり、内装にも力を入れていた。当時の商業建築の雑誌などでも、英語で紹介されるほど、洗練されたデザインであり、店舗で働く従業員の制服もおしゃれなものだった。
メニューも本格的な懐石の要素を取り入れながら、客単価は4000円ほどのお手頃な料理を提供していた。
当時の事業計画では、10年で日本全国に200店舗の店舗を拡大し、新しい飲食チェーンを作ることをゴールに掲げ、5年で上場企業になることも視野に入れていた。
資本構成は、長戸氏70%、残りは大手のVCから調達していた。
店舗が10店舗になるくらいまでは、開店と同時にお客さんが押し寄せ、営業利益率30%の店舗は普通。IRR、ROEも半端なく、VCからも期待の企業として名をはせていた。資本をVCから調達していたため、上場は必達目標となった。また、ビール会社などからも出資を募り、FC展開をすることを前提にまたお金を集めてということで、都合50億近くの資金を集めてしまった。
集めた資金は加速度的な出店を促した。
初めの4店舗を出すために8年かかったが、その後2年で40店舗ものお店を出店することになる。
都内山手線の主要駅前に出店するという戦略は40店もの出店の前には役に立たず、気がつけば、立川や新横浜などの地域にも出店をしていた。
VCの監視のもと、経営目標はいつの間にか、出店数になってしまい、出店することが仕事の本部社員。
またたく間に広がった店舗網は、当該人材で回していける規模ではなくなっていた。
店舗ごとのクオリティの格差は広がり、ろくに従業員教育もしないままに、店舗は営業を続けていた。
気がつけば、お客様の満足度は下がり、次第に売上は低下していった。
また長戸氏の本業である不動産事業においても、大きな穴があき、飲食事業で集めたはずの資金が不動産事業の穴埋めに使われたりした実態もあり、金融機関や出資者からの信用も傷が付いて行った。
ついに、リースの与信もつかず、出店はストップ。資金繰りは急速に悪化した。
役員は辞め、従業員も抜け、未払・借入金の返済のために、店舗の敷金を回収するために不採算店舗から閉鎖していくという状況が4年ほど続くはめになる。
この苦しい状況で、社長を行っていたのが、肥後氏だった。肥後氏もなりたくて社長になったわけではない。
人が櫛の歯が削れるように辞めていく中で、長戸氏に抜擢されて社長に就いた。
それほどの責任のある立場に、肥後氏が就任したのも長戸氏との間にある人間関係があったからこそ続けてきた。肥後氏は長戸氏のことを親父(オヤジ)と呼ぶ。
ここ数年赤字を計上してきたが、肥後氏のがんばりもあり、やっと黒字へ浮上させたばかりであった。しかし、次の期がはじまって3ヶ月、好調であった業績はさかさまになる。実に半数の店舗が赤字に転落。キャッシュが繁忙期で100万ほど、閑散期は500万円ほどのキャッシュがなくなっていく。余裕資金はわずか3000万円。この3000万円がなくなれば、運転資金ぎりぎりという状況。
結局、長戸氏はこの事業の再生を果たせないことを再認識し、再生事業社である当社に売却の打診を求めてきた。

この会社に自分は行くことになった。
目標値は、営業利益率5%の店舗経営にすること。

自分は、このチャンスを何とか物にしたいと思っていた。この企業を見事再生させて、自分のキャリアの一歩にしたい。そんな思惑で頭にはあった。いくつもの流通事業のコンサルやDDをしてきたとは言え、自分は飲食企業の門外漢。業界の知識はすくなく、不安もあったが、再生する自信はなぜかあった。

まずはじめに、マネジメントインタビューから始めた。
今日の新聞記事を見ていて、あれ?っと思った記事を見かけた。
それは、「繊維各社 電子部材関連が回復」との見出し。なぜ繊維なのに、電子部材?という単純な矛盾が自分の頭の中にあったのだが、中身を見てみると確かに電子部材なのだ。
ほとんどの繊維メーカーは、従来的な衣料としての繊維素材ではほとんど収益を稼げないが、電子機器の製造のための素材や、音は同じでも違う、医療への製品を製造していたりして、ほとんどの収益は祖業以外の分野のビジネスなのだ。
しかし、いまだに、繊維という業種分類の中にその企業はあるのだ。

たとえば、ソフトバンクは、東証の分類では商社。昔は確かにそうだったけど、今は情報通信企業でしょう?

とまあ、いくつもの同種の疑問はでてくるのだけれど、
このカテゴリーの創り方というのは、センスがいることだし、このギャップに利益が存在しているように思う。
多くの産業はルールチェンジの瞬間を持っている。
たとえば、固定電話に対する携帯電話だし、今回のIPADの登場で、出版・書籍販売のルールが一変するかもしれない。

カテゴリーは学者なのか、だれかわかんないけど、昔きめられた枠組みで新しい枠組みができようとする瞬間に、いくつもの基準が各社から出る。それらが競争し、よりよい商品やサービスを提供し、多くの消費者やバイヤーから支持されたものが次のスタンダードになる。
そして、圧倒的な支持を得た企業が、今度は拡大しない市場の中でシェアの争いをしていくことになる。
しかし、成熟産業で、固定された需要が見えるといっても、そこには需要の質は変わっているわけで、それを単純にルーティン化して、同質の商品をより安く、利便性良く提供するだけではとらえきれない需要が存在しているケースがある。それが次のルールを必要とする瞬間なのだ。=新しいカテゴリーを必要とするとき。


昨今、日本のビジネスパーソンは闘争心がなくなったとか、草食系になったとか言われる。
時代背景などもあるのだろうが、確かに勝つことに執着するとかハングリーさは弱まっているのかもしれない。
本日の日経の夕刊に、「失われていく闘争心」というコラムがあった。

以下、
ビジネスの世界は弱肉強食だ。
そこには闘争心が必要だ。
ルールの範囲で、自分の美学が許すすべてをやらなければ勝てない。
その推進力は闘争心だ
最近、日本のビジネスマンには、この闘争心がなくなりつつあるという。
イクメンという言葉がある
仕事を抱えた父親が、育児にかかわることは、素晴らしいと大きくうなずく。
しかし、
小さなやわらかき生き物をいつくしむことと、弱肉強食を勝ち抜くことは両立するのか?
「両立はしない。育児をするから闘争心がなくなったわけではない。闘争心がなくなったからイクメンも増えた」
「早く稼ぎ、親を楽にさせたいというやつがいっぱいいた。あれが当時の俺たちの闘争心の源」
今はパラサイトシングルが増え、親のために等というやつはほとんどいない。
今一度、この国は貧乏になり、食うや食わずにならないとあの闘争心は生まれないのか?

確かに、そうあるかもしれない。
しかし、この筆者の言う親たちは、何もしなかったのだろうか?
僕はそんなことはないと思う。親の姿を見てきたから、子供は親を楽にさせたいと思ったのではないか?と思う。
それは、今の父親たちも同じじゃないかと思う。

僕は、結婚とかを避けてきた。結婚したのは、31歳のとき。
今は子供がいる。僕も育児に携わっている。
なぜか、それは戦いたくないからではない。この子供を自分と同じくらいの教育や生活をさせたいと思っている。
だからこそ、戦う。だからこそ、人様に指をさされないように、胸を張っていきたいと思う。
僕は、子供のいるおかげで、闘争心を持てる。
闘争心は、戦う目的が初めて、闘争心と呼べるのだと思う。
目的なき闘争はただの野心だし、自己の拡大だ。
父親以上に戦わなければいけないし、僕の子供の世代は、もっと厳しい戦いをしなければいけなくなると思う。

昨日、一人のビジネスパーソンを紹介された。
彼は起業するということで、その相談に乗ってくれと、自分の友人社長からの相談だ。
年齢は、31歳と僕の一つ下。

国際的な会計事務所に所属し、CPAホルダーのエリートだった。
事業プランを大まか話してもらったが、ひどくずさんで、どう切り替えそうかと少し迷った。
友人社長は僕の恩人のような方で彼から、お金を借りたこともなければ、取引したこともないが、何か相談があればお互いに相談する仲であった。
こんなこと相談させんなよ、とか少し思ったのだが、友人社長も頭が切れうえ、経営の経験値は僕の5倍くらいあるので、なんでこんな相談をっ持ってくるのか意図があったと思い、そうか、これは僕を試そうとしているんだと思った。

彼の話しは、不動産ファンドをやるとのことだった。IRR6%で、3年満期。レバなしで20億集めて、運用するとのこと。
うーん。6%の利率でだれが出資するんだというのが、僕の第一の疑問。
そして、出資者がいるんであれば、問題ないが、出資者は事業パートナー(彼含め3人でやるらしい)が集めてくるらしい。彼の得意分野はどこかと言えば、良く見えない。
投資する不動産は海外の不動産であり、ベトナムあたりを狙っているとのこと。
彼はベトナム人かというと、まったく違う。
日本人で、カナダCPAを持っている人。
パートナーは、チャイニーズアメリカンとアメリカ育ちの日本人。
出資者はアメリカ人とのこと。
うーん。なぜ?

もう会計事務所は辞めてしまったということで、さて、どうしたもんか?という相談だった。
管理報酬3%でも、6000万円/年。
3年でEXITだと売却期間を含めて、2.5年のうちには勝負を決めなければいけない。
物件の選定もまだ。
そんなので、どう投資家は載るかな?って感じ。

もしも、投資家が不動産投資するなら、ファンド出資じゃなくて直でやるよ。と思った。
そんな彼と話をしてくると、非常に不安になったのか?言葉は少なくなってきた。
元気が良かったけど、現実を見つめ始めてしまった。
そんな彼をどうやって、モチベーションを再度上げさせるか?
それが、友人社長の宿題のようだ。

本日は、とある女性社長にあってきた。
彼女は、非常に上品な方で、見た目はいわゆるキャリアウーマンなのだが、いやみやとがった部分はほとんどなく人に見せることなく、本質を見抜き、素直に向き合いたいと思う人であった。
彼女は、職業紹介を生業とする人ですが、厳しいことも言ってくれたが、全然カチンとくることがなかったカチンと来なかったのは、自分が成長したからだという風にも思いたいが、彼女の力が大きかったんだと素直に思う。

彼女が語ってくれたこと。
それは、僕の性格に関することだった。僕の性格を謙虚な自分に矢印が向いた野心家であり、出会い運に非常に恵まれた人間だと評価した。
だから、あなたはゼネラリストなのだと、ゼネラリストは外資に向かない。

僕の頭の中では、
専門性をもったうえで、ゼネラリストになるのか。プロのゼネラリストになるのか?のどちらかであり、僕はプロのゼネラリストになろうと今回彼女に会ってはっきりとした。
今まで、少し臆病になったり、やる気をなくしてたりしていたが、氷解して、進むべき方向性がはっきりと見えた。

こういう人に出会うことは貴重だなと思う。
そういう人は僕の中では、著名人ではスガシカオであり、井上達雄先生、ユルゲン・ハーバーマス、カール・ポパー、一倉定氏など、その他数少ない人。
僕の言いたいことはそういうことだったんだ、そうだ。と膝を売って「分かった」と思える瞬間だ。
本も、人も、英語もそうだが、初めのうちは自分の学習時間と効果のスピードは遅い。その後、数や経験をこなすに従って、学習効率は等比級数的に上がっていく。
そういうスピードが上がったとか、成長を感じるとかを実感するのは本を含めた人との出会いであり、人の言葉との出会い。

そういう意味では、やっぱり僕は、頭で理解している部分が大きいのだなと良く思う。
体で覚える部分とかは技能や記憶としてはあるけれど、心やモチベーションはやっぱり言葉だ。
自分が見えない時ほど、生産性のない時はない。

もっと人に会いたいし、もっと事業を見たいし、もっと成長したい。
さすれば、もっといい自分になれる。

本日の日経で、広告記事を見ていて目にとまったものがあった。
「カー賃貸」というもので、
http://www.jbr.co.jp/carchintai/
JBR=ジャパンベストレスキューという会社が展開している。

車に関しては、若者が車を買わない・高い車がうれない=車がステータスシンボルではなくなりつつある。
嗜好品ではなく、完全に生活必需品=コモディティとなりつつある。
デフレと経済の減退のおかげで、車も値段での勝負になっている。大きな車でなくてもかまわない=軽自動車が良く売れた。
ほしいのは車ではなくてモビリティなので、別に車以外でもその需要を満たしてくれる商品があれば、問題ない

以上の大まかな流れの中で、カーシェアなどが今後のモビリティの提供先になるのでは?とオリックスなどが事業を展開している。少しずつ伸びているらしいのだが、果たしてどこまで普及するのか?という感じがする。特にカーシェアは、都市部での需要を試みているようだが、都市部ではコミュニティバスや、新路線の開発などから、ほぼモビリティが網羅されている。加えて、タクシーも存在するため需要は結構いっぱいまで来ていると思われる。

翻ってこのカー賃貸の標的は、おそらく都市中心部ではなく、周辺都市やベッドタウン、もしくは地方での営業会社をターゲットにしている。所有ではなく、自動車の利用を商品として設計している。
価格に関してもレンタカーなどに比べれば、安く加えて、自分の好きな車種を選べ、車種によって料金体系も変わっている。おまけに、自動車税やメンテナンスなどのこまごました所有にかかわる部分を提供会社がカバーするという体系となっており、かゆい所に手が届く仕組みになっている。

僕は都市部に住んでいるが、自動車があったらいいなと思う反面。ほとんど載る時間がないので、さらにこれをカーシェアなどでサブリースに出せたりなんかすれば、負担は著しく減るんじゃないか?と思ってしまう。

いずれにしても、今までとは違うルールで、需要を満たす商品を設計しているということで、非常に面白いと思ってしまった。

昔、投資銀行にいたときに、駐車場を運営する会社のM&A案件にあたり、自動車販売会社に販売をしようと思ったことがあった。その時には、販売会社の車を買っていただいた暁には、駐車料金の割引および、メンテナンスなどの勧誘がしやすくなるなどのサービス拡充で、シナジーが発揮できるという提案をさせてもらって好評だったのだが、今回の事例なども自動車メーカーがやったらそれはそれで面白いのではないか?と思った。
どちらにしてもレンタカー会社をどこも持っているのだから、同じスキームは作れるような気がする。
スキームのリスクがどこにあるのか?が精査していないし、仕組みもよくわかっていないが、こういう切り口。ルールを変える商品の設計はヒントになる。
管総理になったとたんに、日本は変わった、そんな感じに思う今日この頃。
きっと何かあるんだと思う。

すごく気分的な問題なのかもしれないけれど、管総理に対する期待、今までのうっぷんが全部いい方向に回転しているような感じがする。これは、僕はリーダーの持つ資質のような気がする。

人工衛星のはやぶさが、何度も通信途絶や、事故にあいながらも、小型のコストの安い宇宙探索技術として、世界初の成功が報道された。
南アフリカでは、いままで壮行試合でも成果が出ていなかったサッカー日本代表が、カメルーンにかつ試合を見せた。

どちらにしても、まだまだ問題がある。しかし、なんとか突破した。
日本の経済や、企業の業績にも当てはまる構造であり、そして政治も同様だ。

この風は大事にすべきだと思う。
自分が経営をしていてもそうだったが、こういったことはすべてつながっている。日本はそういう因果応報やバタフライエフェクトを信じることのできる国民性があり、気分的なものがチームや企業を勝利に導くことを理解している。

単なる偶然かも知れないけれど、この偶然を必然へ変えていくこともリーダーの仕事だと思う。
社長の仕事とは何か?と考える時がある。
決断をしていくことが機関としての仕事になるのであるが、決断は合理的ではない部分も必要だと思う。

自分は歴史のある会社が好きだし、なぜその企業が何10年も何百年も歴史を持ちえたかを考えるのが好きだ。また逆に、なぜ短命に終わる会社も多いのか?短命に終わる会社は主に経営者の寿命とともに終わる。
経営者のポケットとして存在する会社も同様である。
いろいろな決断が存在するが、どれもパきっと竹を割ったような経緯なり、プロセスがそこにあるわけではない。
外側から見て、合理的とだれもが称賛する判断などありはしない。いつでも賛否両論がそこには存在する。
それは、プリンシパルにしても同じだ。
どっちがいいかを最終的には判断しなければいけないが、企業価値の最大化を図るために、思い切った損失もしなければいけないし、何が正しい選択なのかの選 択肢そのものを作り出し、説明でき、納得をもらえることが最大の責務になる。

従業員を性善説で見る、性悪説でみる。このテーマにしても、どちらも多分持ち合わせているし、問題はそのバランス感覚ではないかと思うし、説明責任をどこまで果たしうるか?による。

僕の場合は、性善説でみていた。
だから、当時従業員を疑ったことは一度もない。好き嫌いはストレートに言っていたけど、悪いやつだと決めつけて首を切ることも人事権を使ったこともない。
かといって、性悪説を全く取り入れなかったと言えばそんなことはない。
行動に関しては、基本的に性悪説をとっていた。
つまり、いい奴だけど、ずるい部分もあるから、行動面でうそついたり、正確でない報告をする可能性がある。
自分のポケットにレジ金を入れるなんてことがあれば、当然論外だが、彼の行為を基準に判断するのであって、彼の性根を判断しているわけではない。
罪を憎んで人を憎まずと言うやうですね。
なぜかというと、その会社の業態ににもよるが、悪いことをしたくてしたくて仕方がないという人はいないし、入社理由がそれであれば、まあ自分が採用した目利きが悪かったことになるんだけど、そういう人は通常いないと思っている。(非常にまれだがいるが、完全ドメスティックの給料の安い会社だったら、無視できた)
それに、人材の力の発揮の仕方で、業績が大きく変わる業種ゆえに、余計に人の力を存分に発揮させる土壌が必要だった。
それは、とりもなおさず、安心して働けるという土壌なのだ。
社長や、ビジネスに貪欲な人は、それなりにリスクを負う度合いが違うと思うけど、現在の雇用環境は不安定なので、安定というものに価値観がある。
それに、多くの中小企業は倒産しないという漠然とした前提を持って入ってくる人が多く、かつ社長の最低限のやるべき仕事は会社をつぶさないであり、業績を今よりも悪くしないの2点。
であれば、当然に、やるべきことは、雇用をまもり、多くの人に成長のチャンスを与え、その跳ね返りが業績の向上という点に尽きると考えるわけである。
企業再生にはおそらくいくつものパターンがあると思う。
外科手術で、何かの部分を切除することで完治する病気もあるが、内科やリハビリのように全体のバランスで治る病気もある。大抵の再生の場合、JALでもそうだが、ただ単に縮小すればいいというものでもない。
逆に日本の航空政策にかかわるのだが、JALを今後どんな会社であってほしいと思うのか?それが今の日本には必要だと思う。
NATIONAL FLAG SHIPとして残したいのか?そうでないのか?ここら辺が中途半端だと、何を持って再生が完了したのかはよく分からない。

さて、そういうわけで、再生にはゴールが必要なのだ。
何を持って成功とするのか?縮小して、黒字になっても、それがそのままグローバルなビジネスで勝てる保証はどこにもない。だから、単に黒字ではなく、黒字が常態化し、その企業自身が再生という過程を経て、自らを進化させていくシステムをビルトインする状態を僕は再生の完了と呼びたい。
つまり、永続企業として、環境の変化にある程度柔軟に対応し、簡単に死なない状況を作ることが再生だ。
リストラをして、PL、BSを良く見せたところで、その企業が自らの事業を推し進めていく力を持てていないのならば、再生ではなく、お化粧直しなのだと思う。

そういう意味で、再生=リストラではない。当然、切らなきゃいけないがんのような部分も存在するので、その部分は切り離す必要があるが、後は弛緩した筋肉を如何に鍛え、パワーと持続力を持たすことができるかという鍛錬、訓練が必要であり、さらにその訓練や鍛錬が形を変えて残り続ける、ずっと進化をし続けるそれを構築出来るかなのだ。