民主党の惨敗との結果に終わった、参議院選挙。
メディアは、目玉の解説者に、島田紳助、ビートたけし、池上彰などを起用して、選挙動向を伝えた。
そういう意味で、なんとか視聴者、一般消費者、有権者の関心を集めようと思ったけれど、なかなか集まりきらなかったのではないか?と思う。
僕自身は、選挙よりもワールドカップが気になって、早めに寝て2時から観戦に備えていた。
民主党は選挙に勝つために、前倒しで、国会そっちのけで、選挙体制に入った。国民新党もついてこないし、国民新党に対する風当たりも強くなってしまった。
結論として、自民党とみんなの党が躍進し、与党は議席を失ったという構図になった。
投票率はいまいち伸びなかった。それでもいわゆる浮動票が選挙を左右したが、劇的な動きではなかった。
関心はあったのか、なかったのか?最終的には、国民がどんな形であれ、責任を負うのだから、その結論自体を日本国民は飲み込んだことになった。
勝った自民党は、どういうメッセージを流したのか?
負けた民主党は?
あまり、メッセージを受け取ることができなかったと感じるのが自分の感想だ。
なんとなく、疲れたし、希望も持てない。そんな感じがこの国からは感じてしまう。
怒りを感じている国民は、少ないように思うし、邪魔しないでくれというパッシブな感覚を自分は受けた。
選挙には、多くの若い人も行ったんだと思うが、危機感を持つ抵抗背力、既成権力へしがみつ人々がいまだ、この国には多いということが良くわかった。
この国には、混乱が必要なのだと思う。
経営者は、日本に本社を置くことにメリットを感じていない。
いくつか、そういう動きは出てくると思う。もう、株主に対する責任も、雇用の責任も取れなくなる。
個人にしても、同じだ。責任が取れない。だから、年金を収めるのがばからしい。子供を増やしても屋しなける責任が取れない、だから結婚しない。
政党にしても同じような感じがする。
しかし、政党の役割は何なのだろうか?自分は良くわからない。
どの政党も同じような政策を掲げている。
超党派での合意は今後あり得ますか?という質問に対して野党は
「民主党が野党時代に、こんなこと言っていて、政権党になったとたんにこうしてくれと言われても、それは譲れないでしょ?」
なんて議論がある。
こんなことはどっちでもいいよ。何が大切で、何が大切でないか?を分かっているなら、実行すべきなのだ。
日本経済が日本が良い国するためにはどうしたらいいか?
この問いは、まずは下記のようにするべきであろう。
日本が駄目な国から、普通の国に抜け出すためには、何をしたらよいか?
答えは簡単である。日本以外の普通の国と同じことをやればよい。
後は、それをやりきるリーダーがいるかどうかであり、それを国民が作れるかどうかだ。
最近、本が売れないという。
昔は、ファッション誌などを結構買ったものだが、今はまったくといっていいほど買わなくなってしまった。
雑誌業界は、非常に苦戦しているだろうという風に思ったのだが、本屋を見ているとうん?なんか、違うもん売ってない?という風に思うことが多くなった。
ディアゴスティーニ
http://deagostini.jp/
毎週集めて、戦艦大和が作れる。なんてことをやっているが、ここまで続くというのは、やっぱりファンがいるからなのだと思った。
他にも、雑誌に付録が付くのが普通だったが、付録に小冊子がついているという、本を売るのではなくて、付録を売るための本などが最近はよく目につくようになった。
考えてみれば、運びやすいように、パッケージにするというのは、どこにもあるわけで、それを書籍と同じサイズにすれば、本屋さんでも、本以外のものを売ることができるというわけだ。
結婚式でもらうカタログギフトのようなものもいけるし、結構な商品をそこに流通させることができる。
本屋は、「本を売るところ」という定義なのだが、
「本と同様のサイズ」かつ、「物理的に腐らない」者であれば、なんでも売ることができる流通網になるというところがポイントなのだ。
同じようなことは、小売の旅行代理店(カウンター)でも言える。
問題は、どれだけのお客さんにアプローチかというチャネルとしての価値をどこまで見出すか?ということだ。
昔は、ファッション誌などを結構買ったものだが、今はまったくといっていいほど買わなくなってしまった。
雑誌業界は、非常に苦戦しているだろうという風に思ったのだが、本屋を見ているとうん?なんか、違うもん売ってない?という風に思うことが多くなった。
ディアゴスティーニ
http://deagostini.jp/
毎週集めて、戦艦大和が作れる。なんてことをやっているが、ここまで続くというのは、やっぱりファンがいるからなのだと思った。
他にも、雑誌に付録が付くのが普通だったが、付録に小冊子がついているという、本を売るのではなくて、付録を売るための本などが最近はよく目につくようになった。
考えてみれば、運びやすいように、パッケージにするというのは、どこにもあるわけで、それを書籍と同じサイズにすれば、本屋さんでも、本以外のものを売ることができるというわけだ。
結婚式でもらうカタログギフトのようなものもいけるし、結構な商品をそこに流通させることができる。
本屋は、「本を売るところ」という定義なのだが、
「本と同様のサイズ」かつ、「物理的に腐らない」者であれば、なんでも売ることができる流通網になるというところがポイントなのだ。
同じようなことは、小売の旅行代理店(カウンター)でも言える。
問題は、どれだけのお客さんにアプローチかというチャネルとしての価値をどこまで見出すか?ということだ。
自分は専門的なマーケティングの勉強をしたことがない。
なので、マーケティングは苦手だ。どんな広告を打つべきか、どうやってブランド化するべきか?
などなど、、、広告代理店の人々はさぞかしマーケティングに関する専門知識を持つのだろうと、いつも思っていた。
しかし、マーケティングとはいったい何を示すのだろうか?といつも疑問に思うのである。
セールスは分かりやすい。けれど、マーケティングとは、もしくは営業とは?と疑問に思ってしまう。
マーケティングとは誰に必要な知識なのか?と問えば、僕の答えは全員だ。
その前に、マーケティングの定義なのだが、僕は当社の(製品の or サービスの)ポジションと市場(顧客)との相関性を知ることだと思っている。マーケティング活動とは、当社が望むポジションと実際の位置の距離感とか、温度差とか、そういうものを知り、そのギャップを埋めていく活動だと思う。
そのための手段として、広告があり、商品設計があり、販売活動があるのだと思う。
これは別個のいい方をすれば、企業のアイデンティティを定義する作業に似ている。
たとえば、昔のパルコは、東京ディズニーランドをライバルと言った。
百貨店でも丸井でもなく、東京ディズニーランド。これの意味するところは明快で、自分たちの提供するものはエンターテイメントであり、余暇の時間を取り合っているのだ。と
商品そのものは変わらなくても、その意味や定義は変わってくる。
変わる理由は、市場(顧客)が変わるからだ。
だからこそマーケティングが必要で、日々、自分たちがおおかれるポジションが最適な場所からどのくらいの距離にあるのか?遠ざかっているのか、。近づいているのかを常に、ウォッチしなければいけない。
多くの成功した企業は、自分たちのポジションを固定してしまう。
固定し、大量の作業をルーティン化した方が、効率が高いからだ。
効率が高い時は、市場のパイも大きく、付加価値も高いのだから、多少のポジションのずれ(=顧客のわずかな変化)を無視してでも、社内処理や営業方法の固定化をした方が、効率的に経済利益を稼ぐことができる。
しかし、そのパイが小さくなる局面に置いては、抜本的な再定義をしなければ、修正はままならない。
そのために、マーケティングが必要だということになる。と理解しているが、ただしいのかな?
なので、マーケティングは苦手だ。どんな広告を打つべきか、どうやってブランド化するべきか?
などなど、、、広告代理店の人々はさぞかしマーケティングに関する専門知識を持つのだろうと、いつも思っていた。
しかし、マーケティングとはいったい何を示すのだろうか?といつも疑問に思うのである。
セールスは分かりやすい。けれど、マーケティングとは、もしくは営業とは?と疑問に思ってしまう。
マーケティングとは誰に必要な知識なのか?と問えば、僕の答えは全員だ。
その前に、マーケティングの定義なのだが、僕は当社の(製品の or サービスの)ポジションと市場(顧客)との相関性を知ることだと思っている。マーケティング活動とは、当社が望むポジションと実際の位置の距離感とか、温度差とか、そういうものを知り、そのギャップを埋めていく活動だと思う。
そのための手段として、広告があり、商品設計があり、販売活動があるのだと思う。
これは別個のいい方をすれば、企業のアイデンティティを定義する作業に似ている。
たとえば、昔のパルコは、東京ディズニーランドをライバルと言った。
百貨店でも丸井でもなく、東京ディズニーランド。これの意味するところは明快で、自分たちの提供するものはエンターテイメントであり、余暇の時間を取り合っているのだ。と
商品そのものは変わらなくても、その意味や定義は変わってくる。
変わる理由は、市場(顧客)が変わるからだ。
だからこそマーケティングが必要で、日々、自分たちがおおかれるポジションが最適な場所からどのくらいの距離にあるのか?遠ざかっているのか、。近づいているのかを常に、ウォッチしなければいけない。
多くの成功した企業は、自分たちのポジションを固定してしまう。
固定し、大量の作業をルーティン化した方が、効率が高いからだ。
効率が高い時は、市場のパイも大きく、付加価値も高いのだから、多少のポジションのずれ(=顧客のわずかな変化)を無視してでも、社内処理や営業方法の固定化をした方が、効率的に経済利益を稼ぐことができる。
しかし、そのパイが小さくなる局面に置いては、抜本的な再定義をしなければ、修正はままならない。
そのために、マーケティングが必要だということになる。と理解しているが、ただしいのかな?
次に人材について聞いてみた。
大脇さんは人材に関しては、現在ぎりぎりのところで行っているとの回答だった。
ぎりぎりとはどういう意味か?
社員は本部の数人を除いた現場社員は18人。
多い店舗でも3人。最悪1人のケースもある。それ以外に関しては、アルバイトで回している状態とのことだった。
アルバイトも、長期で現在の店長とパートナーになっているのであるので、今のところ戦力的には不足はないが、余裕はない。一人休むと大変なことになるというのが、彼の主張であった。
売上が上がらない。その理由を探りにいくつか行くことにした。
店舗は山手線沿線の駅前の立地で、駅から最も遠くても5分でたどりつく。
広さはまちまちだが、40-50坪の店舗が2店舗、残りは90-100坪の広さだ。
狭い店舗は何の問題もなく毎月利益をたたき出しているが、100坪の広さの店舗は利益が出たりでなかったり。完全に稼働率を下回った構図になっている。
宴会シーズンには、この現在空いている空間が埋まるため、利益は出るのであるが、コンスタントに利益を出すのであれば、店舗の広さは40坪ほどが一番良いのが実情だった。
昔は、会社の飲み会、学生のコンパと団体客が多かったが、現在ではその数も減り、団体予約を獲得するのが一苦労となっていた。
飲食業は、基本的に根を張るビジネスであり、「待ち」の姿勢を持つことが多い。
当然、広告を売ったり、キャンペーんを張ったり、店頭で、お客さんの呼び込みをやったり、飛び道具は使うものの、それにも限界がある。
店舗に行ってみると、老朽化した内装が目に付いた。
油でヌルっとする床。かけた食器、破れた壁紙、擦り切れた椅子布。
清潔感はあっても、ぬぐいきれない古さだった。居酒屋ゆえに、多少の使いこまれ感は問題ないにしても、金がないとどこかほころびる。
「貧すれば貪する。」のかもしれない。
また、古いビルのため、換気や排水の構造の古さから、においなどがこもれ、トイレなどはきつい。
もともとはヒット商品があってのお店だったが、ヒット商品は陳腐化するもの。加えて、たくさんの料理を少しずつ食べたいというニーズに従い、メニュー数は増えていくが、メニューをこなすだけのキッチンの広さがない。
職人は狭い中を無理して、調理し、冷蔵庫もきつい中でやりくりしている後が見えた。
料理はけしてまずくはない。おいしいと思う。
しかし、それがどれだけの差別化要因になっているかといえば、それほどでもない。
大抵の居酒屋の料理はおいしい。
さてさて、困ったな。これが自分の目で見た感想だった。
大脇さんは人材に関しては、現在ぎりぎりのところで行っているとの回答だった。
ぎりぎりとはどういう意味か?
社員は本部の数人を除いた現場社員は18人。
多い店舗でも3人。最悪1人のケースもある。それ以外に関しては、アルバイトで回している状態とのことだった。
アルバイトも、長期で現在の店長とパートナーになっているのであるので、今のところ戦力的には不足はないが、余裕はない。一人休むと大変なことになるというのが、彼の主張であった。
売上が上がらない。その理由を探りにいくつか行くことにした。
店舗は山手線沿線の駅前の立地で、駅から最も遠くても5分でたどりつく。
広さはまちまちだが、40-50坪の店舗が2店舗、残りは90-100坪の広さだ。
狭い店舗は何の問題もなく毎月利益をたたき出しているが、100坪の広さの店舗は利益が出たりでなかったり。完全に稼働率を下回った構図になっている。
宴会シーズンには、この現在空いている空間が埋まるため、利益は出るのであるが、コンスタントに利益を出すのであれば、店舗の広さは40坪ほどが一番良いのが実情だった。
昔は、会社の飲み会、学生のコンパと団体客が多かったが、現在ではその数も減り、団体予約を獲得するのが一苦労となっていた。
飲食業は、基本的に根を張るビジネスであり、「待ち」の姿勢を持つことが多い。
当然、広告を売ったり、キャンペーんを張ったり、店頭で、お客さんの呼び込みをやったり、飛び道具は使うものの、それにも限界がある。
店舗に行ってみると、老朽化した内装が目に付いた。
油でヌルっとする床。かけた食器、破れた壁紙、擦り切れた椅子布。
清潔感はあっても、ぬぐいきれない古さだった。居酒屋ゆえに、多少の使いこまれ感は問題ないにしても、金がないとどこかほころびる。
「貧すれば貪する。」のかもしれない。
また、古いビルのため、換気や排水の構造の古さから、においなどがこもれ、トイレなどはきつい。
もともとはヒット商品があってのお店だったが、ヒット商品は陳腐化するもの。加えて、たくさんの料理を少しずつ食べたいというニーズに従い、メニュー数は増えていくが、メニューをこなすだけのキッチンの広さがない。
職人は狭い中を無理して、調理し、冷蔵庫もきつい中でやりくりしている後が見えた。
料理はけしてまずくはない。おいしいと思う。
しかし、それがどれだけの差別化要因になっているかといえば、それほどでもない。
大抵の居酒屋の料理はおいしい。
さてさて、困ったな。これが自分の目で見た感想だった。
アパレル業界は古い業界だということを話した。
古いというのは、ただたんに歴史的に長いという意味ではなく、経済環境の変化に対して、自らの変化のスピードが遅いという定義が正しいと思う。
たとえば、生地を織る人々が、消費者の動向にどれだけ気を配っているのだろうか?ほとんどの機屋(布織る人々)は賃加工の世界であり、下請けなのだ。
縫製工場はどうだろうか?これも同じ。ワールドやオンワード等のアパレルメーカーに分類される企業があるが、彼らは実際には製造業ではない。企画販売業であり、専門商社に近い。もともとは百貨店への卸売りをしていたが、百貨店が消化仕入or100%返品受け入れをアパレル側が行ったため、百貨店もリスクがない。リスクがないので、他店と同質化することで、リスクを回避することに腐心する小売業が産まれた。
そんな小売業は、当然に顧客の変化など敏感に察知する訳がない。海外のトレンドがどうのこうの。過去こんなキャンペーンが受けたからどうのこうの。顧客導線がどうのこうの。ジーンズが売れているから補充して云々。
さて、顧客は常に新しい何かを求めており、過去のことをどんなに分析しても、海外のことをどんなに分析しも、顧客の情報はでてこない。
顧客は、お店の中で動きまわっている。そこにしかヒントも答えもない。しかし、アパレルの人間は百貨店のバイヤーに気を使う。
素材メーカーは、アパレル企業の企画担当者に気を使う。
そして、ポイントという会社。
元社長の石井氏という方がいる。僕は好きだ。
この人は、トップマネジメントの立場にありながら、経営リテラシーは全くないと言い切る。
彼は、現場を大事にしてきたという。「顧客視点」と「現場主義」。とても陳腐な言葉だが、ポイントには魂が入っているとかんじる。
事実状態として、ポイントにはデザイナーやパタンナー(洋服の設計図をつくるひと)がいないという。アパレルの世界ではあり得ない話だが、事実はそう。洋服のデザインは、店頭の人間が商談して、商社に投げる。
同様に、店舗の内装なども、店員が自らディスプレーをつくり、コーディネートを作り、ストーリーを作っている。
なぜこんなことをしているかといえば、先程の陳腐な言葉を実践しているからに他ならない。
最も顧客に近い場所で、商品と商品に触れる導線を描く店づくりをし、商品のストーリーを作った本人たちが、伝道師として伝える。
時に、店員はお客さんからおしかりを受け、おほめを賜る。それらの経験が、次の企画に移る。
企画室で、雑誌をめくるだけのデザイナーにはできない話だろう。また、デザイナーが思いこむ、次のトレンドを作るという発想もポイントにはない。
昔、コシノジュンコの家を見に行ったことがある。安藤忠雄がつくった住宅。
コンクリート打ちっぱなしの家。
冬は、寒くて寒くて仕方がない。
相当にかっこいいが、僕は住みたくない。
もうそんな時代じゃない。求めているのは、快適で人にやさしく、気負わない空間なのだ。
施主に対して、どれだけ満足度の高い住宅を作るのが、設計者の仕事なのだ。
アパレルも同様である。ポイントの強さはこの部分だと石井氏はいう。
そしていう、今日も顧客は変化している。自分の成功はすべて過去のものです。
古いというのは、ただたんに歴史的に長いという意味ではなく、経済環境の変化に対して、自らの変化のスピードが遅いという定義が正しいと思う。
たとえば、生地を織る人々が、消費者の動向にどれだけ気を配っているのだろうか?ほとんどの機屋(布織る人々)は賃加工の世界であり、下請けなのだ。
縫製工場はどうだろうか?これも同じ。ワールドやオンワード等のアパレルメーカーに分類される企業があるが、彼らは実際には製造業ではない。企画販売業であり、専門商社に近い。もともとは百貨店への卸売りをしていたが、百貨店が消化仕入or100%返品受け入れをアパレル側が行ったため、百貨店もリスクがない。リスクがないので、他店と同質化することで、リスクを回避することに腐心する小売業が産まれた。
そんな小売業は、当然に顧客の変化など敏感に察知する訳がない。海外のトレンドがどうのこうの。過去こんなキャンペーンが受けたからどうのこうの。顧客導線がどうのこうの。ジーンズが売れているから補充して云々。
さて、顧客は常に新しい何かを求めており、過去のことをどんなに分析しても、海外のことをどんなに分析しも、顧客の情報はでてこない。
顧客は、お店の中で動きまわっている。そこにしかヒントも答えもない。しかし、アパレルの人間は百貨店のバイヤーに気を使う。
素材メーカーは、アパレル企業の企画担当者に気を使う。
そして、ポイントという会社。
元社長の石井氏という方がいる。僕は好きだ。
この人は、トップマネジメントの立場にありながら、経営リテラシーは全くないと言い切る。
彼は、現場を大事にしてきたという。「顧客視点」と「現場主義」。とても陳腐な言葉だが、ポイントには魂が入っているとかんじる。
事実状態として、ポイントにはデザイナーやパタンナー(洋服の設計図をつくるひと)がいないという。アパレルの世界ではあり得ない話だが、事実はそう。洋服のデザインは、店頭の人間が商談して、商社に投げる。
同様に、店舗の内装なども、店員が自らディスプレーをつくり、コーディネートを作り、ストーリーを作っている。
なぜこんなことをしているかといえば、先程の陳腐な言葉を実践しているからに他ならない。
最も顧客に近い場所で、商品と商品に触れる導線を描く店づくりをし、商品のストーリーを作った本人たちが、伝道師として伝える。
時に、店員はお客さんからおしかりを受け、おほめを賜る。それらの経験が、次の企画に移る。
企画室で、雑誌をめくるだけのデザイナーにはできない話だろう。また、デザイナーが思いこむ、次のトレンドを作るという発想もポイントにはない。
昔、コシノジュンコの家を見に行ったことがある。安藤忠雄がつくった住宅。
コンクリート打ちっぱなしの家。
冬は、寒くて寒くて仕方がない。
相当にかっこいいが、僕は住みたくない。
もうそんな時代じゃない。求めているのは、快適で人にやさしく、気負わない空間なのだ。
施主に対して、どれだけ満足度の高い住宅を作るのが、設計者の仕事なのだ。
アパレルも同様である。ポイントの強さはこの部分だと石井氏はいう。
そしていう、今日も顧客は変化している。自分の成功はすべて過去のものです。
自分はキャリアの70%を年月を、実はアパレル事業に費やしてきた。
アパレル企業、繊維業というは成熟産業である。誰もが知っているんだけれど、そういう「もう駄目だ」という業界にもスターは存在する。
言わずと知れたユニクロであり、今回取り上げるポイント。そして、製造の方では、セーレンという会社がある。セーレンは、先日カンブリア宮殿で取り合げられていた。
まあ、そんな感じで、斜陽産業の中でも勝ち組は存在し、負け組と勝ち組との間には大きな違いが存在する。
なぜ、こんな違いになるのか?昔はよくわからなかったが、今は良くわかる。
当時の取引先の人間はまだ、アパレル・繊維業の中にいるのであるが、彼らは、ユニクロ、ポイント、セーレンなど優良企業といわれている企業と自社との違いを、スピードと表現する。
スピードが違う。
なるほど、確かにそうなんだけど、スピードであれば、御社も上げればいいんじゃないの?と思う。
ところが、できない。
ある人は、その要因を在庫管理が素晴らしいという。売れ行きに合わせて、生産をフレキシブルに合わせることが勝因だという。そうであれば、御社もそうすればいいのに、、、、、、できない。
なぜ、彼らが原因はこうだと回答を持ちながら、自分たちもキャッチアップしていかないのか?と不思議になる。
原因分析はできている。彼らのいう、原因は全部が正しいわけではないかもしれない。しかし、そのほとんどはだれにでもわかることであり、スピード上げたほうが、在庫調整ができる生産システムを追求すれば、事業の効率はもっともっとよくなるはずなのである。
でも、できない。
これが一番の問題なのだと思う。すべてのアパレルの会社がそうだとは言わないが、生産システムに置いても、企画の仕方にしても、物流にしても、あまり変えようとしてこなかったと思う。
自分がアパレルにいたころ、同じことをずっと20年やってきたベテランの方がいた。
20年、この期間に洋服の値段は4分の1にもなっているのに、なぜ?
この原因は、アパレル・繊維産業の分業システムにあると自分は思っている。
繊維の世界は工程が長く、介在社が多い。それゆえ、利が薄くなり、儲からない。そんな結論を経産省などは出してきた。実際の工程は、
繊維原料→紡績→糸加工→織り・編み工程→染色→仕上げ加工→裁断→縫製→プレス→タグ付けなど→卸売→小売→消費者
とまあ、長いね。
これが悪いことかといえば、悪くなかった。これまでの長い工程が存在するには理由があるんだ。
繊維は、国家産業であった。輸出産業として、今の自動車産業をはるかに凌駕する産業だった。
大量生産が経済価値を生み、それを吸収するう需要が存在し、多くの雇用を支え、利ざやが取れた産業だったために、ここまで長い工程で分業しても機能した。それがまた在庫リスクのクッションとなっていた。
しかし、時は21世紀なのだ。それが現在の需要のサイズに合わなくなったから、衰退したのではない。
今でも、ユニクロは高収益なのだし、ポイントも、セーレンも同じなのだ。
これが、決定的に阻害要因となったことは、顧客がどこにいて、何を欲してるかを見えにくい構造になっていたことが一番の問題だと思う。
アパレル企業、繊維業というは成熟産業である。誰もが知っているんだけれど、そういう「もう駄目だ」という業界にもスターは存在する。
言わずと知れたユニクロであり、今回取り上げるポイント。そして、製造の方では、セーレンという会社がある。セーレンは、先日カンブリア宮殿で取り合げられていた。
まあ、そんな感じで、斜陽産業の中でも勝ち組は存在し、負け組と勝ち組との間には大きな違いが存在する。
なぜ、こんな違いになるのか?昔はよくわからなかったが、今は良くわかる。
当時の取引先の人間はまだ、アパレル・繊維業の中にいるのであるが、彼らは、ユニクロ、ポイント、セーレンなど優良企業といわれている企業と自社との違いを、スピードと表現する。
スピードが違う。
なるほど、確かにそうなんだけど、スピードであれば、御社も上げればいいんじゃないの?と思う。
ところが、できない。
ある人は、その要因を在庫管理が素晴らしいという。売れ行きに合わせて、生産をフレキシブルに合わせることが勝因だという。そうであれば、御社もそうすればいいのに、、、、、、できない。
なぜ、彼らが原因はこうだと回答を持ちながら、自分たちもキャッチアップしていかないのか?と不思議になる。
原因分析はできている。彼らのいう、原因は全部が正しいわけではないかもしれない。しかし、そのほとんどはだれにでもわかることであり、スピード上げたほうが、在庫調整ができる生産システムを追求すれば、事業の効率はもっともっとよくなるはずなのである。
でも、できない。
これが一番の問題なのだと思う。すべてのアパレルの会社がそうだとは言わないが、生産システムに置いても、企画の仕方にしても、物流にしても、あまり変えようとしてこなかったと思う。
自分がアパレルにいたころ、同じことをずっと20年やってきたベテランの方がいた。
20年、この期間に洋服の値段は4分の1にもなっているのに、なぜ?
この原因は、アパレル・繊維産業の分業システムにあると自分は思っている。
繊維の世界は工程が長く、介在社が多い。それゆえ、利が薄くなり、儲からない。そんな結論を経産省などは出してきた。実際の工程は、
繊維原料→紡績→糸加工→織り・編み工程→染色→仕上げ加工→裁断→縫製→プレス→タグ付けなど→卸売→小売→消費者
とまあ、長いね。
これが悪いことかといえば、悪くなかった。これまでの長い工程が存在するには理由があるんだ。
繊維は、国家産業であった。輸出産業として、今の自動車産業をはるかに凌駕する産業だった。
大量生産が経済価値を生み、それを吸収するう需要が存在し、多くの雇用を支え、利ざやが取れた産業だったために、ここまで長い工程で分業しても機能した。それがまた在庫リスクのクッションとなっていた。
しかし、時は21世紀なのだ。それが現在の需要のサイズに合わなくなったから、衰退したのではない。
今でも、ユニクロは高収益なのだし、ポイントも、セーレンも同じなのだ。
これが、決定的に阻害要因となったことは、顧客がどこにいて、何を欲してるかを見えにくい構造になっていたことが一番の問題だと思う。
良く経済比較に置いて、日本のサービス産業(非製造業)は生産性が低いと言われる。
この意味が良くわかんないのが、自分の実感なのだ。
自分が思うに、経済の成長には人口、資本、生産性の3つが主要な因子になるのだが、人口は減少の一途、資本は日本には個人資産を中心にあるが大半は国債の消化に費やされている。では、生産性はどうかというものの、製造業に関しては、他国よりも良い水準で生産性があるという。
逆に、サービス産業は欧米諸国に比べて生産性が低いという。
日本(、と韓国もサービス業では劣る国らしい)と米国のサービス業では、生産性にして2倍の開きがあるということだった。ここでいう生産性とは、おそらく、投入するインプットに対するアウトプットである付加価値のことだろう。
いわく、①日本の非製造業は小規模な事業体が多く、大規模化が難しくなるような規制だったりが存在する。
②スケールメリットと情報武装による効率化が図れないため停滞しているとのことである。
また上記の規制は、すでにしがらみから規制権者=政治・行政が既得権益を守るために、大ナタを振るった改革はできない
以上の条件から、日本は非製造業では生産性がないと言われている。
①の理由はなんとなくわかる。その点少しは、大店法などの規制はなくなりつつあるが、それでもネット販売に対するものだったり規制が成長を阻害している部分をよく見る。
②に関しては、同感である。
どちらにしても、非製造業は弱いということだ。
しかし、どうだろうか?日本の非製造業は他国にくらべて弱いのだろうか?
自分はそんなことはないと思う。それは飲食業にしても、宅配サービスにしても、流通・小売にしても日本は素晴らしいものがあると思う。競争力もあると思う。少なくても、機能、品質の面では優れている。
たとえば、洋服屋さん商品をかってそこで採寸してパンツの丈を直してくれるが、こんなことやっている米国のお店は超高級店だけだ、おそらく即日仕上げなどというオプションはない。3日とか1週間とか普通にかかる。
ノードストロームは非常に素晴らしい小売業だと言われていたが、いちど日本人が買い物してみるといい。そんなことない。日本の百貨店の方が対応はおそらく早い。
それでは、なぜ、サービス産業が生産性が低いのだ?
それは過剰を抱えているからだと思う。プレーヤーという量、品質、機能の3つの過剰がそこにあるからだと思う。
過剰なてんこ盛りが安価で売られている。
魚市場に併設された、新鮮な魚介を山盛りにしてリーズナブルな価格で売っている食堂のような状況なのだ。
いずれにしても、それらは解消されつつある。
アメリカにしても淘汰は一朝一夕になったわけではない。今では、家電量販店はベストバイの一社くらいしかないし、おもちゃ屋さんもトイザラスくらいしかない。しかし、それまでにはサーキットシティがあり、レディオシャックが家電店はあったし、おもちゃ屋さんもFOAシュワルツがあった。
寡占が出来上がって初めて、効率性が産まれたのだ。あきらめが早く、回収の道筋がしっかりしているという点で米国は生産性が高いのだと思う。
事業は人なりと日本はいう。米国では、事業はプロジェクトであり、ゴーイングコンサーンではない前提がある。だからこそ、GCを重く見るのだ。
破綻することが前提にあるからこそ、全部が棄損する前に、回収できるだけを回収し、新たな事業に再投資する仕組みがある。
ここが大きな違いかもしれない。
しかし、消費生活は日本の方が選択肢もあるし、豊かだと思う。
だからこそ競争が激しく、品質も、機能性も高いという現実があり、ベンチャーが育ちにくいという源泉があるのではないか?と思う。
そうであっても、自分はここまで過酷な競争をしてきた日本のサービス産業は海外へ行っても競争力があると思う。過酷な中で生き続けてきたことには何か意味があり、日本人のDNAそのものが過酷な環境下で生き延びてきた民族である部分とも共通するのだと思う。
この意味が良くわかんないのが、自分の実感なのだ。
自分が思うに、経済の成長には人口、資本、生産性の3つが主要な因子になるのだが、人口は減少の一途、資本は日本には個人資産を中心にあるが大半は国債の消化に費やされている。では、生産性はどうかというものの、製造業に関しては、他国よりも良い水準で生産性があるという。
逆に、サービス産業は欧米諸国に比べて生産性が低いという。
日本(、と韓国もサービス業では劣る国らしい)と米国のサービス業では、生産性にして2倍の開きがあるということだった。ここでいう生産性とは、おそらく、投入するインプットに対するアウトプットである付加価値のことだろう。
いわく、①日本の非製造業は小規模な事業体が多く、大規模化が難しくなるような規制だったりが存在する。
②スケールメリットと情報武装による効率化が図れないため停滞しているとのことである。
また上記の規制は、すでにしがらみから規制権者=政治・行政が既得権益を守るために、大ナタを振るった改革はできない
以上の条件から、日本は非製造業では生産性がないと言われている。
①の理由はなんとなくわかる。その点少しは、大店法などの規制はなくなりつつあるが、それでもネット販売に対するものだったり規制が成長を阻害している部分をよく見る。
②に関しては、同感である。
どちらにしても、非製造業は弱いということだ。
しかし、どうだろうか?日本の非製造業は他国にくらべて弱いのだろうか?
自分はそんなことはないと思う。それは飲食業にしても、宅配サービスにしても、流通・小売にしても日本は素晴らしいものがあると思う。競争力もあると思う。少なくても、機能、品質の面では優れている。
たとえば、洋服屋さん商品をかってそこで採寸してパンツの丈を直してくれるが、こんなことやっている米国のお店は超高級店だけだ、おそらく即日仕上げなどというオプションはない。3日とか1週間とか普通にかかる。
ノードストロームは非常に素晴らしい小売業だと言われていたが、いちど日本人が買い物してみるといい。そんなことない。日本の百貨店の方が対応はおそらく早い。
それでは、なぜ、サービス産業が生産性が低いのだ?
それは過剰を抱えているからだと思う。プレーヤーという量、品質、機能の3つの過剰がそこにあるからだと思う。
過剰なてんこ盛りが安価で売られている。
魚市場に併設された、新鮮な魚介を山盛りにしてリーズナブルな価格で売っている食堂のような状況なのだ。
いずれにしても、それらは解消されつつある。
アメリカにしても淘汰は一朝一夕になったわけではない。今では、家電量販店はベストバイの一社くらいしかないし、おもちゃ屋さんもトイザラスくらいしかない。しかし、それまでにはサーキットシティがあり、レディオシャックが家電店はあったし、おもちゃ屋さんもFOAシュワルツがあった。
寡占が出来上がって初めて、効率性が産まれたのだ。あきらめが早く、回収の道筋がしっかりしているという点で米国は生産性が高いのだと思う。
事業は人なりと日本はいう。米国では、事業はプロジェクトであり、ゴーイングコンサーンではない前提がある。だからこそ、GCを重く見るのだ。
破綻することが前提にあるからこそ、全部が棄損する前に、回収できるだけを回収し、新たな事業に再投資する仕組みがある。
ここが大きな違いかもしれない。
しかし、消費生活は日本の方が選択肢もあるし、豊かだと思う。
だからこそ競争が激しく、品質も、機能性も高いという現実があり、ベンチャーが育ちにくいという源泉があるのではないか?と思う。
そうであっても、自分はここまで過酷な競争をしてきた日本のサービス産業は海外へ行っても競争力があると思う。過酷な中で生き続けてきたことには何か意味があり、日本人のDNAそのものが過酷な環境下で生き延びてきた民族である部分とも共通するのだと思う。
成功するかしないかわからないけれど、信用するに値する人物だと思い、自分の力を思い切り発揮できると確信した。そして、受けた。
それ以上の回答はなかった。
必ず、復活させる。そう思った。
それから、自分は今までコンサルタントが行ったという、調査報告書を受け取り、仔細に分析してみた。
数字には改善余地が大いにあると記入されていた。人的なコストと、原材料費のコストに言及し、社員のコストパフォーマンスが悪いことが特に明記されており、人的な生産性を上げることが可能であること。それから、財務的にもスリムにできる部分があるため、資産の売却により、資金を手に入れそれを原資に業態転換がなんとか可能という感じであった。
鵜呑みにするわけではないが、外資の有名なコンサルが行った調査のため、信用には値するのだろうと思った。
しかし、
実際に、長戸屋の中の実務の中に入り、長戸屋の営業状況について知るにつけ、僕の気持はどんどん複雑なものとなっていく。
肥後氏の次に面談をしたのは、営業部長の大脇氏であった。
大脇氏も、長戸会長の薫陶を受け入社した一人であった。彼はもともと大手食品メーカーの飲食部門におり、安定的な雇用を保障されていたものの、飲食業の人間がいつか抱くような夢=独立、一国一城の主を目指して、長戸屋に入社してきた。
彼は店舗のスーパーバイザーとしての役割を担っている。
彼が、店舗分析の責任者だったので、各店の状況を聞いてみることにした。
「赤字が出ているのは、約半数の店舗です。特にX店、Y店、Z店は、昨年からも下降傾向にあります。
この下降傾向は、多分止まりません。なぜなら、X店は近隣の財閥系企業の本社が他の地域に引っ越し、接待需要が激減しています。Y店は、マネジメント不在の状態が続いています。若手店長の中川君を当てていますが、まだ経験不足です、加えて売上水準がもともと大きくない地域なので、利益が出てもぎりぎりでしょう。Z店は最も新しく出店したのですが、出店先が郊外であり、車で利用されるお客様が大半でした。しかし、昨今の飲酒運転の規制強化で、客足はいきなりなくなりました。この傾向はおそらく続くと思われます。
彼の説明は非常にロジカルで、よどみがなかった。
次に人材について聞いてみた。
それ以上の回答はなかった。
必ず、復活させる。そう思った。
それから、自分は今までコンサルタントが行ったという、調査報告書を受け取り、仔細に分析してみた。
数字には改善余地が大いにあると記入されていた。人的なコストと、原材料費のコストに言及し、社員のコストパフォーマンスが悪いことが特に明記されており、人的な生産性を上げることが可能であること。それから、財務的にもスリムにできる部分があるため、資産の売却により、資金を手に入れそれを原資に業態転換がなんとか可能という感じであった。
鵜呑みにするわけではないが、外資の有名なコンサルが行った調査のため、信用には値するのだろうと思った。
しかし、
実際に、長戸屋の中の実務の中に入り、長戸屋の営業状況について知るにつけ、僕の気持はどんどん複雑なものとなっていく。
肥後氏の次に面談をしたのは、営業部長の大脇氏であった。
大脇氏も、長戸会長の薫陶を受け入社した一人であった。彼はもともと大手食品メーカーの飲食部門におり、安定的な雇用を保障されていたものの、飲食業の人間がいつか抱くような夢=独立、一国一城の主を目指して、長戸屋に入社してきた。
彼は店舗のスーパーバイザーとしての役割を担っている。
彼が、店舗分析の責任者だったので、各店の状況を聞いてみることにした。
「赤字が出ているのは、約半数の店舗です。特にX店、Y店、Z店は、昨年からも下降傾向にあります。
この下降傾向は、多分止まりません。なぜなら、X店は近隣の財閥系企業の本社が他の地域に引っ越し、接待需要が激減しています。Y店は、マネジメント不在の状態が続いています。若手店長の中川君を当てていますが、まだ経験不足です、加えて売上水準がもともと大きくない地域なので、利益が出てもぎりぎりでしょう。Z店は最も新しく出店したのですが、出店先が郊外であり、車で利用されるお客様が大半でした。しかし、昨今の飲酒運転の規制強化で、客足はいきなりなくなりました。この傾向はおそらく続くと思われます。
彼の説明は非常にロジカルで、よどみがなかった。
次に人材について聞いてみた。
長戸氏との面談は約1週間前ほどの食事中であった。
長戸氏は、身なりも雰囲気も「人物」であった。呼び出されたところも、高級和食で値段があるようなないような場所。
長戸氏はたわいもない、最近の政治の話しやら、経済の話しやら、話には事欠かないタイプで、その勢いのよいしゃべり口に、こちらが飲まれてしまいそうな雰囲気になってしまう。
「ところで、本日のお話しなんですが、、」と切り出すと
「そうなんだ、自分の経営する長戸屋の件なのだが、、、一時期は非常に調子が良かった。自分が直轄で経営しているときには、1店舗で年間2000万円くらいの営業キャッシュが出ていたんだが、今は赤字店舗の数が増えている。昔は、店員にも活気があったけれど、今はなんとか生きている状態になっている。
自分が経営を直接見るのをやめたのは、右腕に白川という男がいたんだが、業績が良かった時には、彼に任しても大丈夫だろうと思った。店舗はいいスピードで出店していたし、人もどんどん集まっていた。しかし、好景気から不況に変わるに従い、出店計画も遅れが目立ち、営業成績も予算との乖離がはなはだしくなった。本来であれば、自分がもっとチェックすべきだったのだが、一度任せたと言った以上、口を出すまいと1年ほどは、それでも彼に任せていた。
しかし、赤字の幅がいかんともしがたくなり、気がつけば、彼はキャッシュの重圧に精神的な不調を持つようになり、また財務部長だった人間の不正も発覚し、会社の中はモラルとモラールとを喪失した状況になっていた。
キャッシュの問題から、撤退を始めるが、撤退後の戦略が打ち出せないままにずるずるとここまで来てしまったのが現実の状況だ。
自分は本業の不動産に関してもいくつか危機を抱えており、なかなか時間が作れない。
報告書と接待で店を使うときくらいしか、見れていないが、どうも社内には活気がない。もう、人材に関しても落ち目の企業にしがみつかなきゃ生きていけない人間しか残っていないんじゃないかと思うんだ。
肥後君は非常によくやってくれているように見えるし、前年は黒字化も果たした。しかし、また今年になって赤字スタートで、もう既存のやり方で復活することは、できないんじゃないかと思うようになった。
自分では、どうしたもんかと思い、長戸屋の現状分析について、コンサルタントを雇ってみたところ、同様の結果が出てきた。
事業構造や市場のポジションについては、問題はないものの、人材とそのオペレーションが良くない。
コンセプトも修正ではなくて、抜本的な開発をしないといけない。残念ながら、抜本的な店舗開発・業態開発ができるような人材はいないのが現状だ。
社内的なモラルを見ても、今の肥後のゆるいコントロールでは無理だ。
以上のような結果が出てきた中で、自分としては売却して資金を回収して終わりというのも一つの選択肢としてあるんだが、自分が雇って育ててきた社員でもあるし、自分の名前を付した店舗でもあるので、どうも忍びない。特に肥後などは、俺の息子みたいなものだ。
やつの生活や今後のことを考えるとなんとか踏みとどまって再び、脚光を浴びるような店舗に、事業にしたいと思っているんだ。
そこで、事業再生に強いという噂を聞きつけて、若いが能力のある、あなたに一度かけてみようと思ったんだ。」
「それは恐縮でございます。自分は今まで流通を主に手掛けてきまして、飲食の経験はありません。」
「しかし、事業立ち上げや、企業文化コンサルとしては、若手では最も優秀だと聞いている。加えて、あなたは若い。今の長戸屋には若さが必要だと思う。それに、何度かあなたと会って、あなたのポテンシャルを自分自身は感じ取っているつもりだし、どうだ、当社に来てくれないか?初めは当社の経営企画の長戸屋担当となり、そして長戸屋の再生を受け持ってくれないか?」
「今のコンサルタントとしての立場もありますし、長戸屋の現状も把握しておりません。ですから、今回はコンサルティングの一環として、事業委託の契約ではいけませんか?」
「それでは、多分無理だと思う。もしも、あなたが自分が事業家として、取り組まないのであれば自分としては再生を任せることはできない。それは肥後からもらった教訓だ。あいつも大口をたたいた割には、トントンの黒字くらいしかできない。そうでなくて、抜本的な改革が必要なんだ、だからこそ、リスクを取ってできる人間でしか、こういうことはできないんだ。
あなたのような人間が入ることで、長戸屋は再生できる、従業員も守れる。だからこうやって頭を下げてあなたを招聘したいのだ。よろしく頼む。」
長戸氏の懇願は続いた。
その日は時間もなくなり、散会となったが、翌日も長戸氏より呼び出されることとなった。
連日、長戸氏は今の尾長屋の現状を語った。今のままではだめだ。それもこれも人材の力だということだった。
僕はついに折れた、長戸氏の真剣な思い、従業員を守りたいという思い、長戸屋を作ったきっかけ、追いかけた夢そういうものが自分の中に根を張った。
当時、自分は20代。今ならリスクを取れる、だからこれを自分の中でいいチャンスに転化し、机上の空論のコンサルティングや批判だけでなく、現実的に人々が幸せになれるような事業経営を行いたいと思った。
自分は、長戸氏の意をくみ、オファーを受けることにした。
成功するかしないかわからないけれど、信用するに値する人物だと思い、自分の力を思い切り発揮できると確信した。そして、受けた。
それ以上の回答はなかった。
必ず、復活させる。そう思った。
長戸氏は、身なりも雰囲気も「人物」であった。呼び出されたところも、高級和食で値段があるようなないような場所。
長戸氏はたわいもない、最近の政治の話しやら、経済の話しやら、話には事欠かないタイプで、その勢いのよいしゃべり口に、こちらが飲まれてしまいそうな雰囲気になってしまう。
「ところで、本日のお話しなんですが、、」と切り出すと
「そうなんだ、自分の経営する長戸屋の件なのだが、、、一時期は非常に調子が良かった。自分が直轄で経営しているときには、1店舗で年間2000万円くらいの営業キャッシュが出ていたんだが、今は赤字店舗の数が増えている。昔は、店員にも活気があったけれど、今はなんとか生きている状態になっている。
自分が経営を直接見るのをやめたのは、右腕に白川という男がいたんだが、業績が良かった時には、彼に任しても大丈夫だろうと思った。店舗はいいスピードで出店していたし、人もどんどん集まっていた。しかし、好景気から不況に変わるに従い、出店計画も遅れが目立ち、営業成績も予算との乖離がはなはだしくなった。本来であれば、自分がもっとチェックすべきだったのだが、一度任せたと言った以上、口を出すまいと1年ほどは、それでも彼に任せていた。
しかし、赤字の幅がいかんともしがたくなり、気がつけば、彼はキャッシュの重圧に精神的な不調を持つようになり、また財務部長だった人間の不正も発覚し、会社の中はモラルとモラールとを喪失した状況になっていた。
キャッシュの問題から、撤退を始めるが、撤退後の戦略が打ち出せないままにずるずるとここまで来てしまったのが現実の状況だ。
自分は本業の不動産に関してもいくつか危機を抱えており、なかなか時間が作れない。
報告書と接待で店を使うときくらいしか、見れていないが、どうも社内には活気がない。もう、人材に関しても落ち目の企業にしがみつかなきゃ生きていけない人間しか残っていないんじゃないかと思うんだ。
肥後君は非常によくやってくれているように見えるし、前年は黒字化も果たした。しかし、また今年になって赤字スタートで、もう既存のやり方で復活することは、できないんじゃないかと思うようになった。
自分では、どうしたもんかと思い、長戸屋の現状分析について、コンサルタントを雇ってみたところ、同様の結果が出てきた。
事業構造や市場のポジションについては、問題はないものの、人材とそのオペレーションが良くない。
コンセプトも修正ではなくて、抜本的な開発をしないといけない。残念ながら、抜本的な店舗開発・業態開発ができるような人材はいないのが現状だ。
社内的なモラルを見ても、今の肥後のゆるいコントロールでは無理だ。
以上のような結果が出てきた中で、自分としては売却して資金を回収して終わりというのも一つの選択肢としてあるんだが、自分が雇って育ててきた社員でもあるし、自分の名前を付した店舗でもあるので、どうも忍びない。特に肥後などは、俺の息子みたいなものだ。
やつの生活や今後のことを考えるとなんとか踏みとどまって再び、脚光を浴びるような店舗に、事業にしたいと思っているんだ。
そこで、事業再生に強いという噂を聞きつけて、若いが能力のある、あなたに一度かけてみようと思ったんだ。」
「それは恐縮でございます。自分は今まで流通を主に手掛けてきまして、飲食の経験はありません。」
「しかし、事業立ち上げや、企業文化コンサルとしては、若手では最も優秀だと聞いている。加えて、あなたは若い。今の長戸屋には若さが必要だと思う。それに、何度かあなたと会って、あなたのポテンシャルを自分自身は感じ取っているつもりだし、どうだ、当社に来てくれないか?初めは当社の経営企画の長戸屋担当となり、そして長戸屋の再生を受け持ってくれないか?」
「今のコンサルタントとしての立場もありますし、長戸屋の現状も把握しておりません。ですから、今回はコンサルティングの一環として、事業委託の契約ではいけませんか?」
「それでは、多分無理だと思う。もしも、あなたが自分が事業家として、取り組まないのであれば自分としては再生を任せることはできない。それは肥後からもらった教訓だ。あいつも大口をたたいた割には、トントンの黒字くらいしかできない。そうでなくて、抜本的な改革が必要なんだ、だからこそ、リスクを取ってできる人間でしか、こういうことはできないんだ。
あなたのような人間が入ることで、長戸屋は再生できる、従業員も守れる。だからこうやって頭を下げてあなたを招聘したいのだ。よろしく頼む。」
長戸氏の懇願は続いた。
その日は時間もなくなり、散会となったが、翌日も長戸氏より呼び出されることとなった。
連日、長戸氏は今の尾長屋の現状を語った。今のままではだめだ。それもこれも人材の力だということだった。
僕はついに折れた、長戸氏の真剣な思い、従業員を守りたいという思い、長戸屋を作ったきっかけ、追いかけた夢そういうものが自分の中に根を張った。
当時、自分は20代。今ならリスクを取れる、だからこれを自分の中でいいチャンスに転化し、机上の空論のコンサルティングや批判だけでなく、現実的に人々が幸せになれるような事業経営を行いたいと思った。
自分は、長戸氏の意をくみ、オファーを受けることにした。
成功するかしないかわからないけれど、信用するに値する人物だと思い、自分の力を思い切り発揮できると確信した。そして、受けた。
それ以上の回答はなかった。
必ず、復活させる。そう思った。
肥後氏の話は、ある意味とてもドラマのような話だった。
「長戸の親父は、それはもう、神様のようでした。彼の一挙手一投足はカッコよく、みるものは振り返った。自分が入社したのはもう7年も前になります。
7年前、自分はただの自動車整備工でした。車が好きだったので、そこに苦しさや嫌だという思いはないものの、このままでいいのか?という漠然とした将来に対する不安というか、自分の能力はそんなものじゃない。という思いがあり、当時ガテン系の求職雑誌に、大きく載っていた広告が目に入り、自分は入社しました。
長戸氏と必ず面談があるのですが、一代で財をなした人らしく、豪快で人を引き付ける魅力には相当なものがありました。自分はこうなりたいと思ったし、こうなれると思ったし、この人のためなら働いてもいいと思った。
とはいえ、入社してから4年くらいは一兵卒の仕事です。店長をやり、バイトのやりくりをし、たまに店長会議などで、長戸会長には合うくらいでした。
そのうち、長戸屋はFCチェーンの開発を事業計画の大きな部分とすえ、そこに経営資源を投入していきます。
FC展開のための新規業態を作るため、自分は開発に携わります。より接待ユースを見越した業態でした。
FCオーナーは、長戸会長のトップセールスで何人も連れてきました。
自分のいるお店にオーナー候補が毎日のように訪れます。そして、契約を結んでいきました。
通常のFC契約とは違い、会長の連れてくるお客様は投資家の方が多かった。つまり、自分でオペレーションをやることを前提にしていない人です。
つまり、販売したFCの権利はとあるエリアの中で、この業態を何店舗か運営し、その収益を得られる権利です。
まだ店も存在しない、地域に値段をつけ、ここでx店舗当該業態を行う権利です。
FCオーナーは実際の飲食業に造詣が深くないので、立地開発、店舗の設計や飲食業そのもののオペレーションなどは、こちらが受託し、利益をオーナーさんに配当していくというモデルでした。
そういうFC権を多くの方に、気がつけば販売していました。
飲食業は立地というのがとても重要です。
業態に合う立地・合わない立地はありますが、そういうものを吟味する余裕がない中で、FC開発は進んで行きました。実際に店を出して儲からなければ意味がないのですが、当時の長戸屋は出店数というものが唯一の指標となっていた時期がありました。
もともと、山手線沿線の好立地にしか出さない戦略でしたが、FCの契約を結んでしまいイニシャルのフィーも受け取ってしまった手前、FCオーナーからはいつ出店するのかのプレッシャーがあり、一方長戸屋内では、最も従業員の多かった既存店から、優秀な人材を運営受託に引っ張るということが横行しました。
そして、指標であった出店数を達成するために、店舗は数ヶ月で10店舗が40店舗にまで拡大します。
拡大した店舗網は、当該立地では儲かりにくい郊外にまで存在しました。
また、急激な拡大で、ろくに教育のうけていない新人が店長を担当するなどの、人が追い付かない面。
そして、セントラルキッチンなどの食のクオリティなども料理人に頼る部分が多いため、次第にチェーン間のばらつきが出はじめ、開店当初は黒字でも、次第に赤字になる。最悪の場合は、開店当初から赤字という事情までが出てきた。
急拡大は必要以上の資金を必要とし、今までの好循環は、あっという間に逆回転していきます。当時長戸会長は本業の不動産もあったので、自分の前の社長が仕切っていましたが、その社長は資金がだんだんと減っていく現状を見て、おそらく報告が遅れたり、不正確だったりしたんだと思います。当該役員は、だんだんとパニック状態に陥っていきました。
もう、危ないという状況になって、長戸会長は実態を知り、現場を含め役員を総とっかえして、自分が再建のために乗り出します。しかし、営業がじりじりと後退していく中で、全権を持っていても、飲食の知識が乏しいので、役員を社内から抜擢したりしますが、その時は会長もせっぱつまっていて、役員の顔が4半期に一回変わっていくという状況になります。ヘッドハンティングで役員を招へいし、彼をヘッドに据えるものの、当社の状況を知れば知るほど怖くなって、いざ総会の直前になって辞退するそんなこともおきました。
役員が変わり、経営方針も定まらない状況では、人も抜けて行きました。
資金を作るために、リストラし少し良くなっても、またリストラしということが2年くらい続きました。
2年で40店舗合ったチェーンでしたが、25店、20店と次第に数が減っていきます。
15店舗位になったとき、そのころに、社長抜擢の白羽の矢が自分に立ちました。
なんとか業績は回復して、黒字決算を昨年は達成できましたが、今年は厳しいです。
昨年は結果9店舗が黒字となりましたが、現状は5店舗が赤字です。最近、会長には会いますが、元気は相当になくなりましたね。」
肥後氏の話は、非常になまなましくて、それ以上に彼の苦労だったり、経営者としての覚悟や決意、そして業績はいまいちかもしれないが、その手腕には数字をみるかぎり、回復傾向は緩やかながらもあったことに強い印象を持った。資金面も豊富ではなく、まして前経営の負の遺産もある中で、立派なものだと思った。
そんなことを考えていると、ふいに肥後氏から質問が来た。
「会長何か決断されたんですか?」
僕はなんと返答していいかと思いながら、彼へ返答をした。
「会長は、この会社の再建を考えておられます。昔のような、勢いのあるチェーンにしたい。その問題点をまず整理してほしい。そのためには大きな手術もやむを得ないと仰っていました。それで、当方にご依頼が来たのです」
肥後氏の表情は、複雑な顔をしていた。
うれしいような、うれしくないような。。。
「とにかく、僕と一緒に1ヶ月ほど、うごいていただけませんか?」
「分かりました。よろしくお願いします。」
一応肥後氏は納得してくれたようだが、自分の歯切れの悪い返答に自分としても苦笑い。
肥後氏との面談のまえに、当然クライアントである長戸氏と面談をしていたが、肥後氏と会い、話をするまで違う印象を持っていた。その理由は、長戸氏との面談の中にあった。
長戸氏との面談は約1週間前ほどの食事の中であった。
「長戸の親父は、それはもう、神様のようでした。彼の一挙手一投足はカッコよく、みるものは振り返った。自分が入社したのはもう7年も前になります。
7年前、自分はただの自動車整備工でした。車が好きだったので、そこに苦しさや嫌だという思いはないものの、このままでいいのか?という漠然とした将来に対する不安というか、自分の能力はそんなものじゃない。という思いがあり、当時ガテン系の求職雑誌に、大きく載っていた広告が目に入り、自分は入社しました。
長戸氏と必ず面談があるのですが、一代で財をなした人らしく、豪快で人を引き付ける魅力には相当なものがありました。自分はこうなりたいと思ったし、こうなれると思ったし、この人のためなら働いてもいいと思った。
とはいえ、入社してから4年くらいは一兵卒の仕事です。店長をやり、バイトのやりくりをし、たまに店長会議などで、長戸会長には合うくらいでした。
そのうち、長戸屋はFCチェーンの開発を事業計画の大きな部分とすえ、そこに経営資源を投入していきます。
FC展開のための新規業態を作るため、自分は開発に携わります。より接待ユースを見越した業態でした。
FCオーナーは、長戸会長のトップセールスで何人も連れてきました。
自分のいるお店にオーナー候補が毎日のように訪れます。そして、契約を結んでいきました。
通常のFC契約とは違い、会長の連れてくるお客様は投資家の方が多かった。つまり、自分でオペレーションをやることを前提にしていない人です。
つまり、販売したFCの権利はとあるエリアの中で、この業態を何店舗か運営し、その収益を得られる権利です。
まだ店も存在しない、地域に値段をつけ、ここでx店舗当該業態を行う権利です。
FCオーナーは実際の飲食業に造詣が深くないので、立地開発、店舗の設計や飲食業そのもののオペレーションなどは、こちらが受託し、利益をオーナーさんに配当していくというモデルでした。
そういうFC権を多くの方に、気がつけば販売していました。
飲食業は立地というのがとても重要です。
業態に合う立地・合わない立地はありますが、そういうものを吟味する余裕がない中で、FC開発は進んで行きました。実際に店を出して儲からなければ意味がないのですが、当時の長戸屋は出店数というものが唯一の指標となっていた時期がありました。
もともと、山手線沿線の好立地にしか出さない戦略でしたが、FCの契約を結んでしまいイニシャルのフィーも受け取ってしまった手前、FCオーナーからはいつ出店するのかのプレッシャーがあり、一方長戸屋内では、最も従業員の多かった既存店から、優秀な人材を運営受託に引っ張るということが横行しました。
そして、指標であった出店数を達成するために、店舗は数ヶ月で10店舗が40店舗にまで拡大します。
拡大した店舗網は、当該立地では儲かりにくい郊外にまで存在しました。
また、急激な拡大で、ろくに教育のうけていない新人が店長を担当するなどの、人が追い付かない面。
そして、セントラルキッチンなどの食のクオリティなども料理人に頼る部分が多いため、次第にチェーン間のばらつきが出はじめ、開店当初は黒字でも、次第に赤字になる。最悪の場合は、開店当初から赤字という事情までが出てきた。
急拡大は必要以上の資金を必要とし、今までの好循環は、あっという間に逆回転していきます。当時長戸会長は本業の不動産もあったので、自分の前の社長が仕切っていましたが、その社長は資金がだんだんと減っていく現状を見て、おそらく報告が遅れたり、不正確だったりしたんだと思います。当該役員は、だんだんとパニック状態に陥っていきました。
もう、危ないという状況になって、長戸会長は実態を知り、現場を含め役員を総とっかえして、自分が再建のために乗り出します。しかし、営業がじりじりと後退していく中で、全権を持っていても、飲食の知識が乏しいので、役員を社内から抜擢したりしますが、その時は会長もせっぱつまっていて、役員の顔が4半期に一回変わっていくという状況になります。ヘッドハンティングで役員を招へいし、彼をヘッドに据えるものの、当社の状況を知れば知るほど怖くなって、いざ総会の直前になって辞退するそんなこともおきました。
役員が変わり、経営方針も定まらない状況では、人も抜けて行きました。
資金を作るために、リストラし少し良くなっても、またリストラしということが2年くらい続きました。
2年で40店舗合ったチェーンでしたが、25店、20店と次第に数が減っていきます。
15店舗位になったとき、そのころに、社長抜擢の白羽の矢が自分に立ちました。
なんとか業績は回復して、黒字決算を昨年は達成できましたが、今年は厳しいです。
昨年は結果9店舗が黒字となりましたが、現状は5店舗が赤字です。最近、会長には会いますが、元気は相当になくなりましたね。」
肥後氏の話は、非常になまなましくて、それ以上に彼の苦労だったり、経営者としての覚悟や決意、そして業績はいまいちかもしれないが、その手腕には数字をみるかぎり、回復傾向は緩やかながらもあったことに強い印象を持った。資金面も豊富ではなく、まして前経営の負の遺産もある中で、立派なものだと思った。
そんなことを考えていると、ふいに肥後氏から質問が来た。
「会長何か決断されたんですか?」
僕はなんと返答していいかと思いながら、彼へ返答をした。
「会長は、この会社の再建を考えておられます。昔のような、勢いのあるチェーンにしたい。その問題点をまず整理してほしい。そのためには大きな手術もやむを得ないと仰っていました。それで、当方にご依頼が来たのです」
肥後氏の表情は、複雑な顔をしていた。
うれしいような、うれしくないような。。。
「とにかく、僕と一緒に1ヶ月ほど、うごいていただけませんか?」
「分かりました。よろしくお願いします。」
一応肥後氏は納得してくれたようだが、自分の歯切れの悪い返答に自分としても苦笑い。
肥後氏との面談のまえに、当然クライアントである長戸氏と面談をしていたが、肥後氏と会い、話をするまで違う印象を持っていた。その理由は、長戸氏との面談の中にあった。
長戸氏との面談は約1週間前ほどの食事の中であった。