経営における組織は非常に重要だと思う。
組織とは何を意味すのかといえば、秩序の醸造だと思う。どんな組織でも会社でもジョブディスクリプションにすべての役割が書いてあるわけではない。個々人への指示も一寸の隙間のないものはない。だからこそ、企業のコミュニケーションに穴も空くし、だれの仕事かわからないものがずっと棚上げにされたり、課題となっているものが一向に解決されなかったりする。
組織というものは、ある一定の目標なり、アウトプットなりを創出することを第一の機能にしているため、何をアウトプットとして出すかという問いが経営課題の中で最も重要なことになる。
以上の目標設定がされた上で、階層が作られる。
組織階層は、少なければ少ないほどいいというひともいるが、自分もそれには賛成だ。
しかし、階層は必ず必要だと思う。なぜかといえば、意思決定権者というものが必ずいなければならず、秩序をどうやって作りだすかという主眼を果たせないからだ。
ルールというのは、例外があるものだが、組織の中では例外を作ってはいけないルールというものがある。それをプリンシパルと僕はよんでいるが、絶対にぶれてはいけないものがある。
すべてのルールに例外があることを前提にすると、組織は組織でなくなる。
一方で、会社でおこるすべてのことを記述しつくすのは不可能なのだから、記述され切れていない例外の事象も存在する。
これらの例外の事象にいかに対応させるか例外を例外と置くか、置かないかが組織作りの上で非常に重要になると思う。
例外なく、すべてのことに対処しなければいけないのは経営層であり、経営トップはその責任を負うわけです。
自分も社長時代に良く思い起こした言葉は、「ポストが赤いのも、今日大雨になったのも社長のせいだと認識しろ」
この言葉の意味は、どんな付加効力であろうとも、そのせいで業績が悪くなれば、いいわけはできない。それらを含めて責任を取るのが経営者の仕事。もちろん、それで命を取られるわけではないけれど。。。
だから、部下のミスであろうが、下請け企業のミスであろうが、それは会社のミスであり、会社で責任を対外的にとれるのは、経営トップしか、いない。
これを原点にすることが組織としての大原則になると思っている。
それでは、組織構造であるが、経営者が責任を持つ限り、企業戦略の決定は経営層が担うしかない。経営層がとった戦略を戦術や執行に落とし込んでいくがこれを行うのは、管理職になる。執行役員や部長、課長と名前や肩書は無数にあろうが、その構図が変化しない。そして、管理職は当然に責任を持つ。
すべての責任が社長を含めた経営にある以上、管理職の責任はそれよりも軽くなる。
管理職の主な役割は、経営戦略の実行・執行になるが、執行するのは売上予算を達成するための行動の連続であり、予算どおりの売上を保証することではない。
逆にいえば、経営側から示された経営戦略に沿って、実施アクションを策定し実施していくのが、仕事であり、責任である。
以上のことから考えれば、経営者ができるのであれば、自分で執行までやればいいのである。しかし、それを一人の時間とリソースでは行いきれないから、管理職を作るのである。
管理職には、経営戦略に沿った、アウトプットを創出するために、権限を移譲する。それが一番シンプルなスタイルだと思っている。
武器もなく、選択肢もない状況で、今の売上を20%アップしてくれといってもできない。今現在の力が、すぐに変わらない以上、ただ損益分岐点で出た売上目標を強いていても仕方がない。
今の力がのばすために、経費や人事権を含む予算があるのだ。
そういう意味で、管理職の自部門に対する目標値の設定は、管理職が行うのがふさわしく、管理職・経営層との合意=コミットメントになる。コミットメントの裏側には、結果として創出すべきアウトプット目標があるが、一方でそのためのインプット予算(投下資本の許容)がついて回る。
以上のような考えのものとで、組織が作られたという、組織哲学のようなものがプリンシパルとして存在しない組織は、どこかでミスコミュニケーションが発生し、仕事の穴や、品質問題などを抱えるようになる。
ヘッドハンターという職業を知っていると思うけれど、ヘッドハンターという職業は非常に微妙なポジションにいると話を聞いた。
本日あった人は、ヘッドハンター歴7年。人材系の職に就いてから20年というキャリア的には長い人だと思う。
その人がいっていたことで、なるほどなと思ったのは、ヘッドハンターには決定権は何もない。という話だった。
基本的に成功報酬ベースでやる紹介と、リテナフィーをもらうサーチとの2種類があるけれど、リテナの場合は悪い条件の話も多く、あんまり受けたくない仕事ということだった。いくつかのポジションをバンドルにする場合がほとんどでよりどりみどりというわけにはいかない。
悪い案件とは、こんな値段でこんなスペックの高い人を?みたいな話だそうだ。
無理がある場合はやっぱりクレームが出ることも多く、やりにくい案件とのことだった。
いずれにしても、採用するにしてもしないにしても、ヘッドハンターはあくまでお勧めするだけであり、採用もしくは、当該企業に行くというのは、候補者と受け入れ企業のどちらかなので、決定権がないとのことだった。
あと人材紹介業界の悩みは、人間が定着しないことだった。
人間が定着しない理由はいくつもあるが、やっぱり現在はプレーヤーが多く、質がばらつきがある。起業しやすく、会社は乱立しやすい。証券等の人間が大量流出し、ブローカレッジとして参入してくる人などは、人を知っているだけで、人事のなんたるか、採用のなんたるかを知らない人が多く、嫌だと言っていた。
なるほどと、うなづくことが多かった。ここまで正直に業界のことを言ってくれる人はやっぱり信用できるようになる。
不思議なものだが、人間そんなものだ。
本日あった人は、ヘッドハンター歴7年。人材系の職に就いてから20年というキャリア的には長い人だと思う。
その人がいっていたことで、なるほどなと思ったのは、ヘッドハンターには決定権は何もない。という話だった。
基本的に成功報酬ベースでやる紹介と、リテナフィーをもらうサーチとの2種類があるけれど、リテナの場合は悪い条件の話も多く、あんまり受けたくない仕事ということだった。いくつかのポジションをバンドルにする場合がほとんどでよりどりみどりというわけにはいかない。
悪い案件とは、こんな値段でこんなスペックの高い人を?みたいな話だそうだ。
無理がある場合はやっぱりクレームが出ることも多く、やりにくい案件とのことだった。
いずれにしても、採用するにしてもしないにしても、ヘッドハンターはあくまでお勧めするだけであり、採用もしくは、当該企業に行くというのは、候補者と受け入れ企業のどちらかなので、決定権がないとのことだった。
あと人材紹介業界の悩みは、人間が定着しないことだった。
人間が定着しない理由はいくつもあるが、やっぱり現在はプレーヤーが多く、質がばらつきがある。起業しやすく、会社は乱立しやすい。証券等の人間が大量流出し、ブローカレッジとして参入してくる人などは、人を知っているだけで、人事のなんたるか、採用のなんたるかを知らない人が多く、嫌だと言っていた。
なるほどと、うなづくことが多かった。ここまで正直に業界のことを言ってくれる人はやっぱり信用できるようになる。
不思議なものだが、人間そんなものだ。
結論として、この会社に足りないものは、お金と安定した経営機構=ガバナンスだった。
この結論は、非常に困難な目標になったと思った。
なぜならば、この依頼をしたオーナー長戸氏の目的の達成に資するか否かが全く分からないからだ。。
まず、リストラをしなんとか借入やらを返していくのに必死だった数年があり、それと並行して、疲弊した社内を盛りたて、黒字化を達成した肥後氏がいる。
肥後氏のリーダーシップのもとで、現在の若干赤字とは言え、アップトレンドの中に事業そのものはあった。
昨年度は黒字化をしているのだ。
また、、社員は確かに、長戸氏に薫陶を受けた人間だが、現在の店長になった人間は肥後氏を尊敬している。
コスト面、経費面での削減効果は出てきているし、それがまだ進んでいる。
つまり、肥後氏は成果を出している経営者なのだ。
その状態を変えることは今現在の得策ではない。お金があり、新規の投資を行う余裕があればまだしも、そんな余裕もなく、既存事業を立て直すことが急務であるにも関わらず、一気に改革が必要と主張するオーナー。
自分の考え方とは違う。現在、一気に改革をするだけの資金的な体力もなければ人材もいない。ノウハウもない。しかし、現在の強みは、この居酒屋業態の中で、かつ出店地域の中では相対的な認知度も高く、客入りもこの不況にもかかわらず、少しずつ回復してきているという事実。
目には見えにくいが、良くなってきているのだ。
唯一の武器を、鋭く強くするために、必要なのは、この回復スピードを増加させるための資金の投入と、現体制を強固にバックアップする体制だ。
この考えは、長戸氏の考えと、まったく正反対になる。
とにかく長戸氏に会おう。そう決めた。
沈黙のうちに、どうやって長戸氏に説明しようかと思案しているところに、肥後氏が入ってきた。
肥後さん、XX店の様子はどうでした。
「いや、宴会チラシの反応が結構良くて、今月は結構いい数字が期待できますよ。」
肥後氏の表情は非常に明るかった。
彼は、社長の顔をしている。従業員に対しては、厳しいものの、本当はやさしい。
店長に何かあればすぐに飛んでいく。先日もレジ金が盗まれる事件が発覚した。
せっかくの売上は一夜にしてパーになる一日となった。
事件発生時、深夜であったが、僕は肥後氏から電話を受け取った。
肥後氏は店舗からの第一報を受け取ってすぐにお店に、急行した。
電話口で肥後氏から報告を受け取った。
「従業員は全員無事でした。損害はレジ金だけで済みました」
全員が無事でよかった。それを一番初めに報告してくれた人なのだ。
その肥後氏のことを、なぜ長戸会長は交代させたいというのだろうか?長戸氏も自分の従業員は自分の子供だと言っていた。それを肥後氏は、今は自分の従業員を自分の子供のように思って守ろうとしているのだ。
目のまえの肥後氏をみているとやっぱり不思議に思う。
「肥後さん、仕事はまだありますか?飲みに行きませんか?」
僕は、肥後氏を外に連れ出していた。
夏はもうすっかり終わり、宴会シーズンへ向けて、居酒屋業界は少しづついそがしくなっていた。
この結論は、非常に困難な目標になったと思った。
なぜならば、この依頼をしたオーナー長戸氏の目的の達成に資するか否かが全く分からないからだ。。
まず、リストラをしなんとか借入やらを返していくのに必死だった数年があり、それと並行して、疲弊した社内を盛りたて、黒字化を達成した肥後氏がいる。
肥後氏のリーダーシップのもとで、現在の若干赤字とは言え、アップトレンドの中に事業そのものはあった。
昨年度は黒字化をしているのだ。
また、、社員は確かに、長戸氏に薫陶を受けた人間だが、現在の店長になった人間は肥後氏を尊敬している。
コスト面、経費面での削減効果は出てきているし、それがまだ進んでいる。
つまり、肥後氏は成果を出している経営者なのだ。
その状態を変えることは今現在の得策ではない。お金があり、新規の投資を行う余裕があればまだしも、そんな余裕もなく、既存事業を立て直すことが急務であるにも関わらず、一気に改革が必要と主張するオーナー。
自分の考え方とは違う。現在、一気に改革をするだけの資金的な体力もなければ人材もいない。ノウハウもない。しかし、現在の強みは、この居酒屋業態の中で、かつ出店地域の中では相対的な認知度も高く、客入りもこの不況にもかかわらず、少しずつ回復してきているという事実。
目には見えにくいが、良くなってきているのだ。
唯一の武器を、鋭く強くするために、必要なのは、この回復スピードを増加させるための資金の投入と、現体制を強固にバックアップする体制だ。
この考えは、長戸氏の考えと、まったく正反対になる。
とにかく長戸氏に会おう。そう決めた。
沈黙のうちに、どうやって長戸氏に説明しようかと思案しているところに、肥後氏が入ってきた。
肥後さん、XX店の様子はどうでした。
「いや、宴会チラシの反応が結構良くて、今月は結構いい数字が期待できますよ。」
肥後氏の表情は非常に明るかった。
彼は、社長の顔をしている。従業員に対しては、厳しいものの、本当はやさしい。
店長に何かあればすぐに飛んでいく。先日もレジ金が盗まれる事件が発覚した。
せっかくの売上は一夜にしてパーになる一日となった。
事件発生時、深夜であったが、僕は肥後氏から電話を受け取った。
肥後氏は店舗からの第一報を受け取ってすぐにお店に、急行した。
電話口で肥後氏から報告を受け取った。
「従業員は全員無事でした。損害はレジ金だけで済みました」
全員が無事でよかった。それを一番初めに報告してくれた人なのだ。
その肥後氏のことを、なぜ長戸会長は交代させたいというのだろうか?長戸氏も自分の従業員は自分の子供だと言っていた。それを肥後氏は、今は自分の従業員を自分の子供のように思って守ろうとしているのだ。
目のまえの肥後氏をみているとやっぱり不思議に思う。
「肥後さん、仕事はまだありますか?飲みに行きませんか?」
僕は、肥後氏を外に連れ出していた。
夏はもうすっかり終わり、宴会シーズンへ向けて、居酒屋業界は少しづついそがしくなっていた。
オペレーションを改善のために、店舗を回る。
飲食店は、人的な生産性の差が、大きな開きとなるため、フィールド調査が中心となるのだが、店舗の人員はぎりぎりで回していると感じるのであった。コスト削減のため、すべての材料のロットを小さくした。そのおかげで、若干であるが原材料費は改善した。調理人、サービスの人員ともに、長時間労働が当たり前の状況であった。
特に正社員は、朝10時には仕込み開始があるため店に行く、店舗を空け、調理人の到着を待ち、昨日の売上をチェックし、売上相当分を銀行に入金する。
店舗に帰り、シフトのチェック、予約のチェックを行い、ランチ営業に備えた準備を行った。
ランチは11時30分より、オフィス立地が多かったため、ランチは盛況。しかし、近隣がワンコインランチ等を提供するため、100人きても7万円の売上にしかならない。居酒屋であるため、荒利率の高いドリンクで稼ぐために夜の営業が主戦場なのだ。
3時にランチタイムが終わり、職人は休憩に入る。店長は近隣オフィスへ飛び込みOR電話営業。昨年度の予約状況を見ながら、販促活動を実施する。
4時には夜の営業に向け、仕込み開始。5時には店長が戻り、夜のアルバイト人員も入店する。
速いところでは、6時には人がちらほら入り始める。盛況になり始める8時くらいには、深夜人員が入店。このまま11時30分まで店長は営業し、交代。深夜要因は5時までの営業をこなし、店を閉めて帰宅。
正社員2人、アルバイトは8時間人時で5人でこなしている。
アルバイトは不安定な場合もあるので、店長は基本的に休みなし、、、
朝から晩まで、働きっぱなしの時もある。
ひとことでいえば、過酷な労働環境である。
しかし、社員は非常にやる気があった。店舗を支えようと思っている。店のグループの規模がここまで小さくなると、見える人間の数も固定されつつあり、店長はほとんどがその店で3年以上のキャリアがある。
地域に根ざすことが重要なファクターになるため、近隣にも顔がきくようになっていた。
アルバイトの中でのエース級はそれぞれの店長についている。
そのため、正社員並みの働きをするアルバイトがおり、彼・彼女らが重要な戦力となっている。
オペレーションは日々改善されてきている。
在庫に関する管理にも着手を開始し、在庫水準も良くなってきているが、まったく動かない高価な酒等も散見された。
このお酒等は、長戸会長のために仕入られたものであり、オーナーの水準に合わせたものになっていた。
この会長肝入りのプロジェクトで傷んだ部分はこのほかにもあった。
たとえば、店舗の設計だ。
店舗は単品経営をする飲食店のようなキッチンであった。人は入れて2人が3人では通り抜けもままならない。それゆえ、客の見えるところにも食材や、酒類が置かれていた。
デザイナーレストランを志向したが、客単価がとれない時代であり、大衆居酒屋にメニューを変更した。
そのため、メニュー数も多くなったが、それに対応できるキッチンではなかったため、キッチンが手狭になっていた。
他にも、オリジナルのPBのお茶等が在庫で山積みにされていた。
オーナーの意向により多店舗出店を急いだため、比較的古い立地は利益を上げていたものの、新しいお店は損益分岐点を繁忙期にしか、達成できない。
そのため、売上のいいお店は古くリニューアルが必要であるが、キャッシュ不足のため、改修ができないまま放置されていた。
また人員に関して、苛烈な性格のオーナーのため、退社した人が多くいた。経営幹部になればなるほど、その率は高まり、営業の統括管理者が1年に一度くらいの間隔で切り替わるような事態になっていた。
1年では方針も定まらないままでの変更となり、すべてが中途半端にこなされている状態。
それでも、社員は歯を食いしばり、おーなーである会長を信じてきた人間たちなのである。
自分の結論は決まった。
この会社に足りないものは、お金、そして安定した経営機構。この2つ。
飲食店は、人的な生産性の差が、大きな開きとなるため、フィールド調査が中心となるのだが、店舗の人員はぎりぎりで回していると感じるのであった。コスト削減のため、すべての材料のロットを小さくした。そのおかげで、若干であるが原材料費は改善した。調理人、サービスの人員ともに、長時間労働が当たり前の状況であった。
特に正社員は、朝10時には仕込み開始があるため店に行く、店舗を空け、調理人の到着を待ち、昨日の売上をチェックし、売上相当分を銀行に入金する。
店舗に帰り、シフトのチェック、予約のチェックを行い、ランチ営業に備えた準備を行った。
ランチは11時30分より、オフィス立地が多かったため、ランチは盛況。しかし、近隣がワンコインランチ等を提供するため、100人きても7万円の売上にしかならない。居酒屋であるため、荒利率の高いドリンクで稼ぐために夜の営業が主戦場なのだ。
3時にランチタイムが終わり、職人は休憩に入る。店長は近隣オフィスへ飛び込みOR電話営業。昨年度の予約状況を見ながら、販促活動を実施する。
4時には夜の営業に向け、仕込み開始。5時には店長が戻り、夜のアルバイト人員も入店する。
速いところでは、6時には人がちらほら入り始める。盛況になり始める8時くらいには、深夜人員が入店。このまま11時30分まで店長は営業し、交代。深夜要因は5時までの営業をこなし、店を閉めて帰宅。
正社員2人、アルバイトは8時間人時で5人でこなしている。
アルバイトは不安定な場合もあるので、店長は基本的に休みなし、、、
朝から晩まで、働きっぱなしの時もある。
ひとことでいえば、過酷な労働環境である。
しかし、社員は非常にやる気があった。店舗を支えようと思っている。店のグループの規模がここまで小さくなると、見える人間の数も固定されつつあり、店長はほとんどがその店で3年以上のキャリアがある。
地域に根ざすことが重要なファクターになるため、近隣にも顔がきくようになっていた。
アルバイトの中でのエース級はそれぞれの店長についている。
そのため、正社員並みの働きをするアルバイトがおり、彼・彼女らが重要な戦力となっている。
オペレーションは日々改善されてきている。
在庫に関する管理にも着手を開始し、在庫水準も良くなってきているが、まったく動かない高価な酒等も散見された。
このお酒等は、長戸会長のために仕入られたものであり、オーナーの水準に合わせたものになっていた。
この会長肝入りのプロジェクトで傷んだ部分はこのほかにもあった。
たとえば、店舗の設計だ。
店舗は単品経営をする飲食店のようなキッチンであった。人は入れて2人が3人では通り抜けもままならない。それゆえ、客の見えるところにも食材や、酒類が置かれていた。
デザイナーレストランを志向したが、客単価がとれない時代であり、大衆居酒屋にメニューを変更した。
そのため、メニュー数も多くなったが、それに対応できるキッチンではなかったため、キッチンが手狭になっていた。
他にも、オリジナルのPBのお茶等が在庫で山積みにされていた。
オーナーの意向により多店舗出店を急いだため、比較的古い立地は利益を上げていたものの、新しいお店は損益分岐点を繁忙期にしか、達成できない。
そのため、売上のいいお店は古くリニューアルが必要であるが、キャッシュ不足のため、改修ができないまま放置されていた。
また人員に関して、苛烈な性格のオーナーのため、退社した人が多くいた。経営幹部になればなるほど、その率は高まり、営業の統括管理者が1年に一度くらいの間隔で切り替わるような事態になっていた。
1年では方針も定まらないままでの変更となり、すべてが中途半端にこなされている状態。
それでも、社員は歯を食いしばり、おーなーである会長を信じてきた人間たちなのである。
自分の結論は決まった。
この会社に足りないものは、お金、そして安定した経営機構。この2つ。
いわゆるポジショニング論の基本の基本なのだろうと思う。マイケルポーターのいう競争優位の戦略というやつで、どういうポジションをとるかを選択する際に非常に有用に作用するということだ。
「供給企業の交渉力」「買い手の交渉力」「競争企業間の敵対関係」という3つの内的要因と、「新規参入業者の脅威」「代替品の脅威」の2つの外的要因、計 5つの要因から業界全体の魅力度に応じて、自社のポジションを確認する。
これが、非常に有用になるのは産業分析をする時であって、経営分析ではそんなに?と思う。
まあ、経営分析というと、社内の分析をすることが多くて、僕はそれは大いに不満なのだけど、それは置いといて、
これを使って、自社のポジションを理解することができました。
という分析ができるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。5つの変数があるけれど、それらの変数を正確に図ることはできないし、それらの変数がこれからどう動くかも正確な予測は困難である。
それでも、大きな枠組みは描け、大まかな方向性を知ることはできる。
たとえば、対象会社がサッポロビールだとしよう。分析の結果、
競業他社:
ビール業界は寡占競争に陥っている。競合の3社はキリン、アサヒ、サントリー。キリン・アサヒがビールにてシェア争いをし、大きく離れてサッポロが3位につけていたが、最近サントリーの追い上げに抜かれた。人口の縮小と、アルコール離れからビール市場は縮小している。
代替品:
伸びる市場としてはビールの代替品である第3のビールや発泡酒があるが、これらは開発に出遅れ、ヒット商品は出せていない。
新規参入:
参集障壁は高いため、新規に参入してくるところは少ないが、いわゆる地ビール等は地域での成功を収めているものもある。
供給企業:
原料は高騰してきている。世界的な人口の増加に伴い、主原料の麦はひっ迫する可能性が高い。
買い手の交渉力:
小売市場が統合されつつあり、バイイングパワーは非常に強くなっている。
小売サイドでは、PBの開発等も行ってきており、価格での競争力も乏しくなってきた。
さて、以上の状況の中、どんな戦略をとればいいのだろうか?
絶望だよね。
あとに残されている選択肢は、コストリーダーになるか、差別化戦略を出すかなんだけど、コストリーダーは規模を追求しないと無理。差別化に関しても、多分 会社の人からは「やってんだけど」という声が多分あると思うが、そこに広告費などを投入しきれていない。競合他社の方が、大々的にキャンペーンやってるか ら、、、なんてね。
分析の目的は、より利益率が高いポジションをとることが重要になるんだけど、利益率が高いポジションをサッポロビールはとることが難しいということになる。それでは、勝ち目がないので撤退という結論しか出ないんだよね。
さて、困った。
この分析手法は、結局、現在を固定して、現在のポジションを把握するには非常に有用であるが、戦略的にどうポジションをとるべきかを示唆するものではない。
それに加えて、外的要因を大きくとらえすぎており、もっと産業内部、企業内部の強さだったり、特異性だったりを把握することがもっとも大事だと思う。
圧倒的な不利に立つことが分かったが、ここから巻き返すことは可能だろうか?
これを「不可能」というのであれば、経営者は要らない。
現在圧倒的な強者がいるから、この会社が生きていけないわけではない。経済は生態系なのである。この中でも生き残りをしていくことは可能であるし、急激な環境変化に対応して生き延びることも可能なのである。
そういうものが戦略の礎になるべきではないかと思う。
産業が過当競争で不健全だ、だから産業再編をするべきなのだという論拠で、この分析理論を使うのは大いに理にかなっていると思う。
経営に置いては、そんなに有用じゃない、それが僕の結論。
「供給企業の交渉力」「買い手の交渉力」「競争企業間の敵対関係」という3つの内的要因と、「新規参入業者の脅威」「代替品の脅威」の2つの外的要因、計 5つの要因から業界全体の魅力度に応じて、自社のポジションを確認する。
これが、非常に有用になるのは産業分析をする時であって、経営分析ではそんなに?と思う。
まあ、経営分析というと、社内の分析をすることが多くて、僕はそれは大いに不満なのだけど、それは置いといて、
これを使って、自社のポジションを理解することができました。
という分析ができるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。5つの変数があるけれど、それらの変数を正確に図ることはできないし、それらの変数がこれからどう動くかも正確な予測は困難である。
それでも、大きな枠組みは描け、大まかな方向性を知ることはできる。
たとえば、対象会社がサッポロビールだとしよう。分析の結果、
競業他社:
ビール業界は寡占競争に陥っている。競合の3社はキリン、アサヒ、サントリー。キリン・アサヒがビールにてシェア争いをし、大きく離れてサッポロが3位につけていたが、最近サントリーの追い上げに抜かれた。人口の縮小と、アルコール離れからビール市場は縮小している。
代替品:
伸びる市場としてはビールの代替品である第3のビールや発泡酒があるが、これらは開発に出遅れ、ヒット商品は出せていない。
新規参入:
参集障壁は高いため、新規に参入してくるところは少ないが、いわゆる地ビール等は地域での成功を収めているものもある。
供給企業:
原料は高騰してきている。世界的な人口の増加に伴い、主原料の麦はひっ迫する可能性が高い。
買い手の交渉力:
小売市場が統合されつつあり、バイイングパワーは非常に強くなっている。
小売サイドでは、PBの開発等も行ってきており、価格での競争力も乏しくなってきた。
さて、以上の状況の中、どんな戦略をとればいいのだろうか?
絶望だよね。
あとに残されている選択肢は、コストリーダーになるか、差別化戦略を出すかなんだけど、コストリーダーは規模を追求しないと無理。差別化に関しても、多分 会社の人からは「やってんだけど」という声が多分あると思うが、そこに広告費などを投入しきれていない。競合他社の方が、大々的にキャンペーンやってるか ら、、、なんてね。
分析の目的は、より利益率が高いポジションをとることが重要になるんだけど、利益率が高いポジションをサッポロビールはとることが難しいということになる。それでは、勝ち目がないので撤退という結論しか出ないんだよね。
さて、困った。
この分析手法は、結局、現在を固定して、現在のポジションを把握するには非常に有用であるが、戦略的にどうポジションをとるべきかを示唆するものではない。
それに加えて、外的要因を大きくとらえすぎており、もっと産業内部、企業内部の強さだったり、特異性だったりを把握することがもっとも大事だと思う。
圧倒的な不利に立つことが分かったが、ここから巻き返すことは可能だろうか?
これを「不可能」というのであれば、経営者は要らない。
現在圧倒的な強者がいるから、この会社が生きていけないわけではない。経済は生態系なのである。この中でも生き残りをしていくことは可能であるし、急激な環境変化に対応して生き延びることも可能なのである。
そういうものが戦略の礎になるべきではないかと思う。
産業が過当競争で不健全だ、だから産業再編をするべきなのだという論拠で、この分析理論を使うのは大いに理にかなっていると思う。
経営に置いては、そんなに有用じゃない、それが僕の結論。
やれやれ、困ったものだ。
そういっても何も始まらない。とにかく、数字の精査を始めた。
簡単に改善できるのはコストなので、コストからみていくことにした。
飲食店の中での大きなコストと言えば、原材料費、人件費、水道光熱費、家賃だ。
しかし、飲食業という業種は、一次産業である農作物を、2次産業同様に加工し、3次産業としてサービスするという業種で、人によっては第6次産業(1+2+3次産業)というのが良くわかった。自分自身、米国で暮らしていたが、日本ほど食事がおいしいと思えるところはないと思った。
NYではお金を出せば、おいしいものは何でも食べれるのであるが、quality÷price=価値だと思うのだが、この価値基準で行けば、日本は世界一だと思う。どんな料理にしてもおいしい。
イタリア料理界で才能を発揮している日本人がいる。それは、フランス料理の世界でも、中華料理でも、お菓子の世界でもいるが、日本の老舗料亭で修業したアメリカ人の和食オーナーシェフを僕は知らない。
自分がアメリカにいた当時、多くの日本のデザイナーレストランがオープンしていた。レストランのど真ん中に氷の仏像が立つものや、牛角とか、とにかく多く の日本食レストランが増えていた。それは純粋な和食ではなく、日本の飲食業で普通にやっていることがアメリカ人に受け入れられていた。いつの時点か必ず、 この産業を輸出産業にできる。そう燃えた人々がたくさんいた。
され、そんな経緯や感慨もあって、自分自身は日本の食ビジネスは輸出産業になりえると思っている。輸出産業というよりも、外貨を稼ぐ担い手。通常、飲食業は内需産業だと言われているが、外国の需要を獲得していける産業になりえると思っていた。
話は戻るが、コストのみていた。
相対的に高いと見えるのは、家賃だった。バブルの余韻が残る時期に建設されたお店が多いため、保証金が高い。家賃自体は、その後の交渉で徐々に低下させてきた経緯がある。
次に水道光熱費、ここにもいくつもメスが入れられ、年に売上比1%くらいずつの低減があった。
原材料費であるが、大手に比べれば高いものの、レシピ基準からすれば、あと2%ほどの低減余地がある。
しかし、この2%を減らすことで、味まで落ちては本末転倒であるため、維持した。仕入先との交渉は続けたものの、この会社が資金繰り難に陥った時に、支払いが滞った経緯があり、取引を現在してくれている=この店の営業を支えてくれた業社さんたちなのだ。大幅なメスは入れられないし、このタイミングでは何かをするべき時でもない。
最後に人件費。店長の給料は比較的高かったが、それが足を経営の足を引っ張るほどの多さではなかった。しかし、絞ることはできる。アルバイトにしても平均。絞っても劇的な改善とまでは行かないが、低減は可能。
以上の情報だけで、カットに踏み切れるものは、「ない」と判断し、オペレーションの改善に焦点を当てることにした。
そういっても何も始まらない。とにかく、数字の精査を始めた。
簡単に改善できるのはコストなので、コストからみていくことにした。
飲食店の中での大きなコストと言えば、原材料費、人件費、水道光熱費、家賃だ。
しかし、飲食業という業種は、一次産業である農作物を、2次産業同様に加工し、3次産業としてサービスするという業種で、人によっては第6次産業(1+2+3次産業)というのが良くわかった。自分自身、米国で暮らしていたが、日本ほど食事がおいしいと思えるところはないと思った。
NYではお金を出せば、おいしいものは何でも食べれるのであるが、quality÷price=価値だと思うのだが、この価値基準で行けば、日本は世界一だと思う。どんな料理にしてもおいしい。
イタリア料理界で才能を発揮している日本人がいる。それは、フランス料理の世界でも、中華料理でも、お菓子の世界でもいるが、日本の老舗料亭で修業したアメリカ人の和食オーナーシェフを僕は知らない。
自分がアメリカにいた当時、多くの日本のデザイナーレストランがオープンしていた。レストランのど真ん中に氷の仏像が立つものや、牛角とか、とにかく多く の日本食レストランが増えていた。それは純粋な和食ではなく、日本の飲食業で普通にやっていることがアメリカ人に受け入れられていた。いつの時点か必ず、 この産業を輸出産業にできる。そう燃えた人々がたくさんいた。
され、そんな経緯や感慨もあって、自分自身は日本の食ビジネスは輸出産業になりえると思っている。輸出産業というよりも、外貨を稼ぐ担い手。通常、飲食業は内需産業だと言われているが、外国の需要を獲得していける産業になりえると思っていた。
話は戻るが、コストのみていた。
相対的に高いと見えるのは、家賃だった。バブルの余韻が残る時期に建設されたお店が多いため、保証金が高い。家賃自体は、その後の交渉で徐々に低下させてきた経緯がある。
次に水道光熱費、ここにもいくつもメスが入れられ、年に売上比1%くらいずつの低減があった。
原材料費であるが、大手に比べれば高いものの、レシピ基準からすれば、あと2%ほどの低減余地がある。
しかし、この2%を減らすことで、味まで落ちては本末転倒であるため、維持した。仕入先との交渉は続けたものの、この会社が資金繰り難に陥った時に、支払いが滞った経緯があり、取引を現在してくれている=この店の営業を支えてくれた業社さんたちなのだ。大幅なメスは入れられないし、このタイミングでは何かをするべき時でもない。
最後に人件費。店長の給料は比較的高かったが、それが足を経営の足を引っ張るほどの多さではなかった。しかし、絞ることはできる。アルバイトにしても平均。絞っても劇的な改善とまでは行かないが、低減は可能。
以上の情報だけで、カットに踏み切れるものは、「ない」と判断し、オペレーションの改善に焦点を当てることにした。
自分は、経営戦略とかをMBA等で学んだ経験がない。
自分は経営者のすぐそばで体感・体験してきたが、あんまりコンサルタントが好きな経営者はいなかったし、むしろ毛嫌いをしている人が多かった。
コンサルなんて何の価値があるんだとか、あいつらは何をプロのサービスにしているのか?とか、成功報酬型にしろと注文し、リテナを絶対に受けなかったり、、、、そういうせいもあって、机上の空論だなんて、良く怒鳴っていた僕のお師匠さんがいました。
しかし、本当だろうか?と思う。
戦略は非常に重要だと思うし、その思考回路を知っているのはやっぱり役に立つような気がするので、自分なりに、戦略のあり方について、まとめようと考えた。
戦略という言葉は非常に難しいので、この経済市場の中でどうやったら、生存を長期に維持できるか?
↑ネガティブかな?もっと、どうやってこの世界の覇者になるか?なんて方がいいのかもしれないけど、僕は経済市場というのは、生態系に近いものだと思っている。
人類がいて、哺乳類がいて、、、、海にはクジラがいいかもしれないけど、小さな細菌にも生き残りの戦略はある。果てはゴキブリみたいな昆虫の方が、生きやすいかも知れない。氷河期や熱帯期が来るかもしれないし、その時々によって、どう対処するかを機微に変更していく。
進化できれば生き残れて、できなければ滅びて、、、そういうものが企業戦略じゃないかな?と思う。
で、おそらくいくつもの戦略論があるんだけど、一般論として語れる部分が戦略論としては重要だと思う。
それ以外は、おそらくアートの世界で、一般解はないと思う。人生にどうやって満足するか?に近いものだと思う。
皆が金持ちになればいいわけではないし、金がなくてもやりがいがあればそれだけで満足でもない。
だから、企業の正解は固有解になるし、滅びる選択肢もありだと思う。
そんななかで、いわゆる競争優位とか、ブルーオーシャンとか大家がいろいろいっているけど、自分がこれは万物に当てはまるというのは、経営戦略というのは、どういうポジションをとるか?という問いであり、それ以上でもそれ以下でもないと思う。
当然、経営資源も限られてくるので、まず、自分がいる場所というものを確認し、どういうポジションをとっているかを認識することからすべてはスタートする。
良く、業界によって利益率が違うという側面はあるけれど、問題は「業界」という枠組みをどうやってとらえるか?による。たとえば、ビール会社は大手4社があるけど、サントリーとキリンはおそらくもうビール会社しゃじゃない。食品・飲料メーカーであってどうやって比較をするかによる。
まず、この認識をどうやって行うかといえば、企業がそれぞれ持つ事業の定義によると思うのだ。
何を大事にして、どういう結果をほしいのか?これを定義することが一番大事で、それがなければ出発はしない。
まったく、そういう事業の定義がなくて出発した会社はあるけれど(たとえば3M、住友商事)、それら企業が一番の価値を置いているのは、顧客のニーズを如何に満たすかの一点。
つまり、市場をどうセグメントしてもいいのだけど、顧客に焦点を当てない経営は必ず時代遅れになり、破綻する。
新規事業に関しても、①同種の商品を違う市場(お客)に売るのと、②同じ客に違う商品を売るかについては、圧倒的に②の方が成功する。つまりは、顧客が起点になるのだと、、、
いやいや、そんなことはない。たとえば、シャープは液晶という技術で、、、確かに、技術からイノベーションを興したかも知れないが、液晶が勝手に売れていくわけではない。ここには顧客が存在するのだ。シャープが純粋に部品メーカーだとして、それは電機メーカーがより高精度で安価な液晶の需要が有り、それが差別化要因になるからである。トヨタの生産システムが強みであるなら、自動車のOEMメーカーになってもいいものだが、BMWはトヨタに製造を依頼しない。トヨタが向き合う顧客に対してベストな体制がトヨタ生産方式を生んだだけ。それはトヨタなりの業界の中での生き残り戦略だった。
小型車をメインにしたわけではない。小型車でなければ競争ができなかったから、日本の自動車メーカーは米国でシェアを取れた。
戦略論で自分が何よりも大事だと思うのは、シェアの争いにいかに勝つかだと思う。
利益率だろうという人がいるかもしれないが、絶対にシェア。
業績の伸び悩みを利益率に目を向けて勝ち続けている企業を自分は知らない。一時的な調整は必要だとしても、シェアがとりうる選択肢の幅を多くし、より多彩な手を打てるようになるからだ。
自分は経営者のすぐそばで体感・体験してきたが、あんまりコンサルタントが好きな経営者はいなかったし、むしろ毛嫌いをしている人が多かった。
コンサルなんて何の価値があるんだとか、あいつらは何をプロのサービスにしているのか?とか、成功報酬型にしろと注文し、リテナを絶対に受けなかったり、、、、そういうせいもあって、机上の空論だなんて、良く怒鳴っていた僕のお師匠さんがいました。
しかし、本当だろうか?と思う。
戦略は非常に重要だと思うし、その思考回路を知っているのはやっぱり役に立つような気がするので、自分なりに、戦略のあり方について、まとめようと考えた。
戦略という言葉は非常に難しいので、この経済市場の中でどうやったら、生存を長期に維持できるか?
↑ネガティブかな?もっと、どうやってこの世界の覇者になるか?なんて方がいいのかもしれないけど、僕は経済市場というのは、生態系に近いものだと思っている。
人類がいて、哺乳類がいて、、、、海にはクジラがいいかもしれないけど、小さな細菌にも生き残りの戦略はある。果てはゴキブリみたいな昆虫の方が、生きやすいかも知れない。氷河期や熱帯期が来るかもしれないし、その時々によって、どう対処するかを機微に変更していく。
進化できれば生き残れて、できなければ滅びて、、、そういうものが企業戦略じゃないかな?と思う。
で、おそらくいくつもの戦略論があるんだけど、一般論として語れる部分が戦略論としては重要だと思う。
それ以外は、おそらくアートの世界で、一般解はないと思う。人生にどうやって満足するか?に近いものだと思う。
皆が金持ちになればいいわけではないし、金がなくてもやりがいがあればそれだけで満足でもない。
だから、企業の正解は固有解になるし、滅びる選択肢もありだと思う。
そんななかで、いわゆる競争優位とか、ブルーオーシャンとか大家がいろいろいっているけど、自分がこれは万物に当てはまるというのは、経営戦略というのは、どういうポジションをとるか?という問いであり、それ以上でもそれ以下でもないと思う。
当然、経営資源も限られてくるので、まず、自分がいる場所というものを確認し、どういうポジションをとっているかを認識することからすべてはスタートする。
良く、業界によって利益率が違うという側面はあるけれど、問題は「業界」という枠組みをどうやってとらえるか?による。たとえば、ビール会社は大手4社があるけど、サントリーとキリンはおそらくもうビール会社しゃじゃない。食品・飲料メーカーであってどうやって比較をするかによる。
まず、この認識をどうやって行うかといえば、企業がそれぞれ持つ事業の定義によると思うのだ。
何を大事にして、どういう結果をほしいのか?これを定義することが一番大事で、それがなければ出発はしない。
まったく、そういう事業の定義がなくて出発した会社はあるけれど(たとえば3M、住友商事)、それら企業が一番の価値を置いているのは、顧客のニーズを如何に満たすかの一点。
つまり、市場をどうセグメントしてもいいのだけど、顧客に焦点を当てない経営は必ず時代遅れになり、破綻する。
新規事業に関しても、①同種の商品を違う市場(お客)に売るのと、②同じ客に違う商品を売るかについては、圧倒的に②の方が成功する。つまりは、顧客が起点になるのだと、、、
いやいや、そんなことはない。たとえば、シャープは液晶という技術で、、、確かに、技術からイノベーションを興したかも知れないが、液晶が勝手に売れていくわけではない。ここには顧客が存在するのだ。シャープが純粋に部品メーカーだとして、それは電機メーカーがより高精度で安価な液晶の需要が有り、それが差別化要因になるからである。トヨタの生産システムが強みであるなら、自動車のOEMメーカーになってもいいものだが、BMWはトヨタに製造を依頼しない。トヨタが向き合う顧客に対してベストな体制がトヨタ生産方式を生んだだけ。それはトヨタなりの業界の中での生き残り戦略だった。
小型車をメインにしたわけではない。小型車でなければ競争ができなかったから、日本の自動車メーカーは米国でシェアを取れた。
戦略論で自分が何よりも大事だと思うのは、シェアの争いにいかに勝つかだと思う。
利益率だろうという人がいるかもしれないが、絶対にシェア。
業績の伸び悩みを利益率に目を向けて勝ち続けている企業を自分は知らない。一時的な調整は必要だとしても、シェアがとりうる選択肢の幅を多くし、より多彩な手を打てるようになるからだ。
だれにも座右の銘はあると思うけれど、自分にはたくさん好きな言葉がある。
たくさんありすぎて、何をそこに一つ掲げるかということで、非常に悩んでしまう。
それでも、一番自分を表わしている言葉は、
One for all, All for one
この一語だと自分は思う。
自分がラグビーをしてきて、ラグビーの指導者で日比野弘という人がいるが、その人の直筆の色紙が部室に飾ってあったことを思い出す。
ラグビーでは良く使うのだが、多分出典は、デュマの三銃士の中に出てくるフレーズからではないかと記憶している。
平尾誠二監督も、良く使う。
「一人はすべてのために、すべては一人のために」
訳語ではこうなるのだが、自分は、この並びにも意味があると思っている。
まずは、個に責任があり、その責任を果たすことで、全体がなすべき義務を個に返すというもの。
自分は成長するという過程で、いずれは自分に跳ね返ってくるでも、直接的に自分ではないもの、他者や会社のために何かをなせ。さすれば、いずれ、それらすべては自分にとってかけがえのない結果をもたらす。
そいういう意味もこの中には含まれていると強く信じているし、それに間違いがなかったと自分の人生では思っている。
自分の哲学の中で、念頭にあるのはやっぱりチームで生きるということ。
自分にとって、ラグビーというのがやってきたスポーツで、自分の人生観を作った経験の一つであるけれど、目標値は自分だけではいかんともしがたいことも、自分が働くことで、チームが動き、チームとしての力が発揮されて、自分出来はできない目標値を達成することができる。当たり前だけど、当たり前のように、大目標に向かってチームがお一丸となれることに喜びを感じる。
それは、家族でも同じだし、会社でも同じだと自分は思っている。
チームがうまくいくのか、行かないのか?それはベクトルがどれだけ集中されているかに左右される。
ラグビーでは、トライをとった奴が偉いわけではない、ゴールを決めたキッカーが偉いわけではない。チームがチャンスを作り、各個が動いてチャンスになり、得点という瞬間にたまたまボールをタッチしていた人間が得点を取る。
そのために、各個は自らの強みを申告し、役割を決める。
それはコーチにまで及ぶ。ラグビーの監督は、グランドに立たない。観客席にいる。
試合は選手が行う。
今回サッカーW杯で、チームキャプテンがGP川口氏だということを帰国時の記者会見で初めて知った。フィールドのキャプテンは、長谷部選手だったが、このチームが強かったのは、そういうマネジメントシステムを採用していたからなのかな?と思った。
いずれにしても、自分は一部でありながら、全体の責任を持つ。
個々の責任を果たして、チームとしての責任を果たす。これが健全な姿だ。
それを体現する言葉は、この
ONE FOR ALL, ALL FOR ONE
大切な言葉。
たくさんありすぎて、何をそこに一つ掲げるかということで、非常に悩んでしまう。
それでも、一番自分を表わしている言葉は、
One for all, All for one
この一語だと自分は思う。
自分がラグビーをしてきて、ラグビーの指導者で日比野弘という人がいるが、その人の直筆の色紙が部室に飾ってあったことを思い出す。
ラグビーでは良く使うのだが、多分出典は、デュマの三銃士の中に出てくるフレーズからではないかと記憶している。
平尾誠二監督も、良く使う。
「一人はすべてのために、すべては一人のために」
訳語ではこうなるのだが、自分は、この並びにも意味があると思っている。
まずは、個に責任があり、その責任を果たすことで、全体がなすべき義務を個に返すというもの。
自分は成長するという過程で、いずれは自分に跳ね返ってくるでも、直接的に自分ではないもの、他者や会社のために何かをなせ。さすれば、いずれ、それらすべては自分にとってかけがえのない結果をもたらす。
そいういう意味もこの中には含まれていると強く信じているし、それに間違いがなかったと自分の人生では思っている。
自分の哲学の中で、念頭にあるのはやっぱりチームで生きるということ。
自分にとって、ラグビーというのがやってきたスポーツで、自分の人生観を作った経験の一つであるけれど、目標値は自分だけではいかんともしがたいことも、自分が働くことで、チームが動き、チームとしての力が発揮されて、自分出来はできない目標値を達成することができる。当たり前だけど、当たり前のように、大目標に向かってチームがお一丸となれることに喜びを感じる。
それは、家族でも同じだし、会社でも同じだと自分は思っている。
チームがうまくいくのか、行かないのか?それはベクトルがどれだけ集中されているかに左右される。
ラグビーでは、トライをとった奴が偉いわけではない、ゴールを決めたキッカーが偉いわけではない。チームがチャンスを作り、各個が動いてチャンスになり、得点という瞬間にたまたまボールをタッチしていた人間が得点を取る。
そのために、各個は自らの強みを申告し、役割を決める。
それはコーチにまで及ぶ。ラグビーの監督は、グランドに立たない。観客席にいる。
試合は選手が行う。
今回サッカーW杯で、チームキャプテンがGP川口氏だということを帰国時の記者会見で初めて知った。フィールドのキャプテンは、長谷部選手だったが、このチームが強かったのは、そういうマネジメントシステムを採用していたからなのかな?と思った。
いずれにしても、自分は一部でありながら、全体の責任を持つ。
個々の責任を果たして、チームとしての責任を果たす。これが健全な姿だ。
それを体現する言葉は、この
ONE FOR ALL, ALL FOR ONE
大切な言葉。
経営企画とはなんだろうか?と時々思う。
経営企画という名前がついた部署は、おそらくどの会社にもたくさんある。自分の経験上、経営企画という部署のおおくは、経営管理という名称がついていた組織であることがほとんどである。
経営を管理する。経営を企画する。どっちでもいいのだが、中身はあいまいなままである。
名称と実際の内容に関しては、たとえばソリューション事業部とか、経営戦略室、ぱっときいただけでは分からないものも多く、そのほとんどは作った時の経営者の意思によるのだと思う。
逆にいえば、経営サイドはその名称と共に、魂を吹き込む義務を持つし、そこに属する人々にどんなアウトプットの目標を与える義務も備えなければいけない。
自分は、そういうあいまい定義の経営企画という仕事を長くやってきた。
経営企画の仕事で、必ずあるのは、組織の職掌と予算である。しかもその多くは、自らの部署に決裁権はなく、取締役会という会社の高位の意思決定機関にゆだねられる性質の仕事だ。
自分は、経営企画の仕事の存在意義、取り組むべきことは、企業を作ることだと思っている。
企業を作るとは、連続線上の歴史の中で、企業が置かれているポジションは常に変動的である。固定的にはすべきでないし、固定すれば環境の変化に置いていかれる。そういう意味で、事業の定義を常に見直し、経営資源を把握し、どの分野にどれだけの資源を投下し、結果どのようなアウトプットを求めるのかを会社内に周知徹底し、実際のアウトプットの進捗を図ることがその大きな存在意義となる。
もっとソフトな部分では、企業文化を作ることも重要なのだ。
組織図とはいわば各部品の配置を記した回路図であり、予算はインプットとアウトプットをつなぐ回路の役割。人材は各機能性部品であり、企業文化とは以上の回路の接続を如何にスムーズに流すことができるかを決める要素である。
経営企画でとくに重要なのは、自分は企業文化だと思っている。
企業文化とは難しいけれど、その企業が持つ固有の価値観の束と表現したい。固有の価値観なので、一般解や絶対的な回答はそこにはない。むしろ、事業の定義を満たすために大事にしなければいけない人、モノ、金のあり方を規定しているもの。
それは予算にしても同じはずなのだ。
なぜ、この予算はこうなったのか?を経営企画は伝えなければいけない。
それは、こういう理由で、この結果を出せなければ、ミッションの達成はできなくなる、だからこのタスクをこの部署に割振りました。この部署に求められる機能はこれで、このポストに就く人にはこういう特性を求めます。
だから、この人数で、この目標達成のためのマネジメントが必要になります。
以上のような説明ができないのであれば、経営企画の意味はどこにあるのかと思ってしまう。
このように定義するのは、リスクもともなう。戦略目標が間違っていたら、会社として大きな損害を伴うし、いちど組織をその方向に動かせば、捨てるものも、集中するものも出てくるからだ。捨てると決めたものが実は大事だったということがあるかもしれないが、すべてを捨てずに、中途半端に資源振り分けを行うことで企業が成長することはない。もしも、それをしてしまったら、企業の定義が損なわれるため、一時的に勝っても、勝ち続けることはできない。
それよりも、機動的な修正を如何にかけていくかという、フレキシブルな企業文化を植え付け、それに対して各組織や従業員からの納得感を如何に引き出すかをするのがこの組織のもっとも重要な機能だと思う。
そういう意味で、財務、経理、人事とは常に動かなくてはいけないし、営業部門も同じだと自分は思う。
そして広報などの部分もこの中に入れなければ、機能として不適切だとおもう。
その意味で企業の中にあるあらゆる情報をつかさどる器官が経営企画なのだと自分は思っている。
経営企画という名前がついた部署は、おそらくどの会社にもたくさんある。自分の経験上、経営企画という部署のおおくは、経営管理という名称がついていた組織であることがほとんどである。
経営を管理する。経営を企画する。どっちでもいいのだが、中身はあいまいなままである。
名称と実際の内容に関しては、たとえばソリューション事業部とか、経営戦略室、ぱっときいただけでは分からないものも多く、そのほとんどは作った時の経営者の意思によるのだと思う。
逆にいえば、経営サイドはその名称と共に、魂を吹き込む義務を持つし、そこに属する人々にどんなアウトプットの目標を与える義務も備えなければいけない。
自分は、そういうあいまい定義の経営企画という仕事を長くやってきた。
経営企画の仕事で、必ずあるのは、組織の職掌と予算である。しかもその多くは、自らの部署に決裁権はなく、取締役会という会社の高位の意思決定機関にゆだねられる性質の仕事だ。
自分は、経営企画の仕事の存在意義、取り組むべきことは、企業を作ることだと思っている。
企業を作るとは、連続線上の歴史の中で、企業が置かれているポジションは常に変動的である。固定的にはすべきでないし、固定すれば環境の変化に置いていかれる。そういう意味で、事業の定義を常に見直し、経営資源を把握し、どの分野にどれだけの資源を投下し、結果どのようなアウトプットを求めるのかを会社内に周知徹底し、実際のアウトプットの進捗を図ることがその大きな存在意義となる。
もっとソフトな部分では、企業文化を作ることも重要なのだ。
組織図とはいわば各部品の配置を記した回路図であり、予算はインプットとアウトプットをつなぐ回路の役割。人材は各機能性部品であり、企業文化とは以上の回路の接続を如何にスムーズに流すことができるかを決める要素である。
経営企画でとくに重要なのは、自分は企業文化だと思っている。
企業文化とは難しいけれど、その企業が持つ固有の価値観の束と表現したい。固有の価値観なので、一般解や絶対的な回答はそこにはない。むしろ、事業の定義を満たすために大事にしなければいけない人、モノ、金のあり方を規定しているもの。
それは予算にしても同じはずなのだ。
なぜ、この予算はこうなったのか?を経営企画は伝えなければいけない。
それは、こういう理由で、この結果を出せなければ、ミッションの達成はできなくなる、だからこのタスクをこの部署に割振りました。この部署に求められる機能はこれで、このポストに就く人にはこういう特性を求めます。
だから、この人数で、この目標達成のためのマネジメントが必要になります。
以上のような説明ができないのであれば、経営企画の意味はどこにあるのかと思ってしまう。
このように定義するのは、リスクもともなう。戦略目標が間違っていたら、会社として大きな損害を伴うし、いちど組織をその方向に動かせば、捨てるものも、集中するものも出てくるからだ。捨てると決めたものが実は大事だったということがあるかもしれないが、すべてを捨てずに、中途半端に資源振り分けを行うことで企業が成長することはない。もしも、それをしてしまったら、企業の定義が損なわれるため、一時的に勝っても、勝ち続けることはできない。
それよりも、機動的な修正を如何にかけていくかという、フレキシブルな企業文化を植え付け、それに対して各組織や従業員からの納得感を如何に引き出すかをするのがこの組織のもっとも重要な機能だと思う。
そういう意味で、財務、経理、人事とは常に動かなくてはいけないし、営業部門も同じだと自分は思う。
そして広報などの部分もこの中に入れなければ、機能として不適切だとおもう。
その意味で企業の中にあるあらゆる情報をつかさどる器官が経営企画なのだと自分は思っている。
多分鳩山首相時代であったと思うけど、「新しい公共」という概念を提案したような気がする。もちろん、概念とまではいかないものの、そういう言葉が出てきた。
一方で、ソーシャルアントレプレナーとか、社会的企業家とか、NPOとかそういうたぐいのものをよく目にする。
新しい公共などは、日本では根付かないとか、いろいろ言われる。
まあ、自分でもこの概念そのものは良くわかってないけれど、公共というものも、結局は経済的な利得に僕はどこかでつながると思う。アマルティア・センではないけれど、基本的人権が尊重され、寿命の通りに生きることができる人間が多ければ多いほど、国は豊かになる。開発経済の考え方をシンプルに示したので、自分は好きだ。
環境に関しても、市場原理が働き、省エネ=エコではなくて、省エネ=お得という経済合理性に置き換えることで、ここまで注目されるセクターになってきた。
これは、人口動態などを含めて、環境の変化、これはゆっくりしか進まないけれど、確実におこる事実である。
同様のことは、きっと今現在「公共」と呼ばれている分野でのサービスとなる。
教育に関しても、国・自治体が提供するサービスに対して、私立学校や塾のサービスが利益を生んでいる。
マイクロファイナンスも同様だし、住友化学の蚊帳にしても同様だが、これも経済的な動機がなければ多分できないことだと思う。アフリカ市場を開拓するためにも、少し長めの投資が必要なビジネスもある。
正されるべきは、短期的な収益だけに期待する勢力が、あまりにも強そうに見えるからだと思う。
しかし、これらマネーの善し悪しについては、万人に正しい正解はない。
あるのは、固有解であり、企業や組織それぞれに正しさがある。それは利益の多寡だけでは測れないし、図る必要もない。
たとえば、我々には、こういう目的がある、だから短期的な利益だけを見るのではなく、長期に続く利益のために、今は低成長で我慢してください。と出資者に言う会社もあれば、、10年後には、この会社はないかも知れませんが、来年は利益を急激に伸ばし投資家に還元します。という企業かのどちらかがあるだけだと思う。
選択肢に関してあり得ないのは、
「皆さんの出資金が目減りしていきます。出資したら損しますが、公共という目的のためです、どうかお金を出してください。」
これは、あり得ないだろうと思う。
同様に、税金も同じだと思う。社会福祉なり、国家の幸福の総和が増えると言えなければ、公共という目的な達することはできない。基本的にそう思う。
配分の問題は、不平等をもたらすが、国家目的は平等の結果ではないし、その不平等な分配がこの国をどういう形に持っていくのかの説明がありさえすれば、問題なのではないか?と思う。
今はそれが説明できなくなっているし、前例踏襲で、ずっと前にリーダーだった方々作ったものを維持しているだけ。昔、成立した説明が、昨今は説明できなくなっている。それだけだ。
政府が、新しい公共をいい出す前に、本来の公共の担い手が、何をどう実現していくかを示すのがまず先。
一方で、ソーシャルアントレプレナーとか、社会的企業家とか、NPOとかそういうたぐいのものをよく目にする。
新しい公共などは、日本では根付かないとか、いろいろ言われる。
まあ、自分でもこの概念そのものは良くわかってないけれど、公共というものも、結局は経済的な利得に僕はどこかでつながると思う。アマルティア・センではないけれど、基本的人権が尊重され、寿命の通りに生きることができる人間が多ければ多いほど、国は豊かになる。開発経済の考え方をシンプルに示したので、自分は好きだ。
環境に関しても、市場原理が働き、省エネ=エコではなくて、省エネ=お得という経済合理性に置き換えることで、ここまで注目されるセクターになってきた。
これは、人口動態などを含めて、環境の変化、これはゆっくりしか進まないけれど、確実におこる事実である。
同様のことは、きっと今現在「公共」と呼ばれている分野でのサービスとなる。
教育に関しても、国・自治体が提供するサービスに対して、私立学校や塾のサービスが利益を生んでいる。
マイクロファイナンスも同様だし、住友化学の蚊帳にしても同様だが、これも経済的な動機がなければ多分できないことだと思う。アフリカ市場を開拓するためにも、少し長めの投資が必要なビジネスもある。
正されるべきは、短期的な収益だけに期待する勢力が、あまりにも強そうに見えるからだと思う。
しかし、これらマネーの善し悪しについては、万人に正しい正解はない。
あるのは、固有解であり、企業や組織それぞれに正しさがある。それは利益の多寡だけでは測れないし、図る必要もない。
たとえば、我々には、こういう目的がある、だから短期的な利益だけを見るのではなく、長期に続く利益のために、今は低成長で我慢してください。と出資者に言う会社もあれば、、10年後には、この会社はないかも知れませんが、来年は利益を急激に伸ばし投資家に還元します。という企業かのどちらかがあるだけだと思う。
選択肢に関してあり得ないのは、
「皆さんの出資金が目減りしていきます。出資したら損しますが、公共という目的のためです、どうかお金を出してください。」
これは、あり得ないだろうと思う。
同様に、税金も同じだと思う。社会福祉なり、国家の幸福の総和が増えると言えなければ、公共という目的な達することはできない。基本的にそう思う。
配分の問題は、不平等をもたらすが、国家目的は平等の結果ではないし、その不平等な分配がこの国をどういう形に持っていくのかの説明がありさえすれば、問題なのではないか?と思う。
今はそれが説明できなくなっているし、前例踏襲で、ずっと前にリーダーだった方々作ったものを維持しているだけ。昔、成立した説明が、昨今は説明できなくなっている。それだけだ。
政府が、新しい公共をいい出す前に、本来の公共の担い手が、何をどう実現していくかを示すのがまず先。