2年間一緒に練習してきて、今更だが杏に相談しようと思っていた。


何故今まで誰にも言わなかったのだろう。


最後の大会が近くなり、追い詰められたことで


ようやく本気に考えるようになったのか?


鬼のいぬまに気持ちが堕落し始めたのであろうか。



今まで誰もそんな話題を持ち掛ることは無かったし、


皆は今の方針に納得しているのだろうか。


一生懸命って一体なんなんだ。



私の考えが辛さから脱却したいが故の逃避でないことを、何度も何度も頭の中で


シュミレートしてみた。


こうもハードな練習だと、これは逃避なのかもしれないと、


たびたび黒い破片が脳をかすめる。


私の心の破片だ。



一度宙に舞った破片が、再び私を目掛けて襲い掛かってきたのだ。

破片が剥がれ落ちる快感と、傷だらけになる恐怖心を抱きながら


魔物と対話した。


私の中にも魔物は存在する。それは認める。


しかし、これはあくまでシュミレーションだ。


狙われているようで、自分で狙い撃ちしているのだ。


よけきれる訳がない。


局所的な破片攻撃が終わると、どこまで走っても逃げ切れない雨が


撃ちつけてきた。エスケープできる雨宿りゾーンは無い。


それをいいことに、アイツは狙い撃ちを止めて単調な雨を降らせた。



どうせなら雷雨で狙い撃ちしてみろと心で呟くと、


アイツは雨の色を変えた。


何色もの雨に撃たれたが、


赤い雨だろうが黒い雨であろうが私は染まらなかったし


色褪せることも無かった。


私は勝ったのか? いや、この手の勝負はこれから先もずっと続くのであろう。


見るに見かねたアイツは雨を止めた。


決勝レース出場も視野に入り、最後の締めくくりとしては申し分の無い大会に


なりそうである。


宮崎がいない今、私は皆が心の奥底で、本当の本当のところは


どんなことを考えてレースに臨むのかかが知りたかった。


また、宮崎の言葉について本当はどんな解釈をしているかを知りたかった。


解釈などするまでもないシンプルな言葉であることは百も承知であったが、


もし、そこに僅かな余地があり、解釈次第で少しの幅を持つならば、


今、私はつまらないことで悩んでいるのかもしれない。


今回私は途中でつまづきたくないし、決勝レースで勝ってメダルも欲しい。


メダルを取るためには自己ベストが出なければ難しかしいのだ。


マリーンや杏はこんなことで悩まないのだろうな。


別に約束したわけじゃないけど、


私は宮崎との約束を破りたくて仕方なかった。


いや、既に破っていた。


今さら破っているのか、どうなのか。


なんか、すごく自分が幼く思えてきてしまった。


今はつまらない悩みが全部去ることを願うばかりだ。

『50M、100M、200Mの競技、


俗に言う短距離競技は、


トップスピードをどこまで維持できるかにかかっている』


というのが顧問の先生である宮崎の自論であった。


いや、持論であったかは定かではないが、


短距離を泳ぐ者にとって当たり前の心構えだと聞かされていた。


要は、レースではとにかく前半から元気よく泳げということだ。


暗に、シーズン前にそれだけの体力を付けておけ


ということだったのかもしれない。



宮崎がケガをする前、つまり昨シーズンまでの練習やレースでは


皆がこれを守り、信じることで


各々に立ちはだかる壁や課題を突破しようと試みてきたのだ。


私の代は2年間、マリーンの代は1年間、この論理で頑張ってきたことになる。


タイムトライヤルで小細工的な泳ぎをした者に宮崎は厳しかった。


泳ぎ終わり、水から顔を出した選手をビート板で殴り、説教で


練習が中断することなどはよくある光景であった。


逆にタイムは平凡でも、積極的なレースをした者は


皆の前で褒められることがよくあったのは事実だ。


私は怒られたくないし、どっちかと言えば


褒められて伸びるタイプだと思っている。


叱られた方がそれをバネに見返してやろうと奮起することができ、


自分を成長させることができると言う人がいるが、私には信じられない。



私はあまり自覚がなかったし、認めたくはないが優等生タイプなのかもしれない。


私に比べ、綾や淳はよく叱られ、罵倒されていた。


タイムトライヤルでは綾や淳の泳ぎをプールサイドから見ることができるが


私の目には良く分からなかった。


何せタイムが遅かったり、レース展開がおかしかったりしても


時間にしてたったコンマ数秒の違いにすぎないからだ。


数十秒間のどのシーンが気に入らなかったのかは分からなかったが、


宮崎の目は誤魔化せないらしい。


さすが常に神の目線で選手を見ているだけはある。


選手としては死ぬほど苦しい練習の時も、プールサイドから宮崎が見ている


と思うと手を抜けないのだ。実際見ているかどうかなんて分からないのだが。


ブレスするタイミングに、宮崎がプールサイドのどこで激を飛ばしているのかを


確認するのが精一杯で、他人の泳ぎをまじまじと見る機会は


あまり無いのが現実であった。


今シーズンは練習も大会も宮崎がいない。


私にとって最後のシーズンである。


都大会で標準タイムを突破した私は全国大会への切符を手にしていた。

何度も会場中にアナウンスがかかったが、


杏は最後まで姿を見せることは無かった。

この後メドレーリレーの決勝を控えている杏が、会場を去っとは考えにくい。

電話やメールを入れたが返信は一向に無かった。


結局、レース前の100M自由形の召集所まで付き添った後で

「由香、私が溺れたら助けてね?」

という言葉を聞いたのが最後だった。

私は何も躊躇わずに、冗談で

「男に?」


と返しスタンドに戻った。

杏はそのレース以来、姿を消してしまった。

後に死亡が確認され、他殺である証拠も揃い、

お通夜も開かれたのだが。

「ご愁傷様です」

と声には出したものの、頭を切り替えることが出来ずにいた。

私はこの犯人を今でも追いかけている。

たった今も。


調べていくうちに色んなことが分かってきた。

そのことを踏まえてあの頃の生活を振り返って見ると、


ぞっとする。

杏と緩やかな下り坂を歩いていた。


ビーサンが地面を鳴らす音以外に、ゴロゴロする音が


背後からしている。


杏と共に振り返ると、スケボーに乗った貴司がゆっくりと


滑ってくるのが見え、障害物をピョンと飛び越えたりして


結構上手い。


滑りながら食べていたアイスがとても美味しそうに見えた。


なので私達も途中のコンビニでアイスを買って


目当ての場所へ向かった。



駅前の小さなスペースでストリートミュージシャンがよく演奏をしていて


よく私達は何気なく足を運んでいた。


今日はオリジナルの曲を演奏するバンドらしく、ちょっと残念だったが


しばし鑑賞することにした。


ちょっと間奏部分が長いバンドだったけど、それが逆に新鮮だったし


いいバンドだと思う。


このバンドが成功するかどうかは分からないけど、


少なくとも私はあと5年くらいは忘れないだろうと思われる


すごくいい詩を歌っていた、気がする。


ちょうど夕日が綺麗でそんな気分になったのかもしれないのだけれど。


杏はバンドの人にMDを貰えないかと頼んで、私の分も貰ってきてくれた。



少し先の話になるが、


杏はそのバンドにすっかりはまって、


全国大会の100M 自由形決勝レース


の前にもこの曲を聞いていた。


そして大会新記録で優勝する。


レース後のクールダウン用のサブプールで


杏を見かけたが、


大会新で優勝した安堵感からか、どこか


心ここにあらずの状態であった。



レースとレースの合間に表彰式が行われるのだが、


100M女子自由形の表彰式に杏の姿は無かった。