英国、成長の源泉はインド太平洋「EUにいたら露のウク侵略に迅速対応できなかった」

グローバルオピニオン 英国、成長の源泉はインド太平洋 (英貴族院議員) ヒュー・トレンチャード卿(24年4月25日 日本経済新聞電子版)

 

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写真 Hugh Trenchard トレンチャード子爵家の当主。英投資銀行の東京駐在などを経て、2004年から現職。日英議員連盟副会長を務める。

 

(1)英国にとってインド太平洋地域への傾斜は極めて重要な戦略だ。約10年前からカジを切り始めており、2021年の外交・安全保障の基本方針「統合レビュー」でインド太平洋への関与を強める考えを明示した。

この地域には米国やフランス、ドイツなど主要国も注目しているが、英国のスタンスはより明確だ。

 

(2)英国は23年に日本やオーストラリアなど11カ国から成る環太平洋経済連携協定(TPP)への加入を決めた。

各国の批准作業が終われば、英国は初めての欧州の加盟国になる。

加盟11カ国のうち豪州やマレーシア、シンガポールなど6カ国は英連邦(コモンウェルス)のメンバー国であり、コモンロー(判例法)といわれる法体系を採用するなど共通点が多い。これらの国々との関係は確実に強化されるだろうし、インドネシアとの関係構築への期待も大きい。

 

(3)英国はいまインドとの自由貿易協定(FTA)交渉にも取り組んでいる。

非常に難しい協議ではあるが、個人的にはインドとのFTA交渉の妥結にはかなり現実味があると考えている。

 

(4)インド太平洋は成長可能性にあふれた地域だ。

経済成長率は欧州のほぼ2倍にもなる。TPPやFTAが直ちに英国からの自動車やウイスキーの大幅な輸出拡大につながるとは考えていない。

だが、他の地域を上回るスピードで経済成長するインド太平洋との緊密な関係づくりは、貿易や投資の拡大を通じて中長期的に英国に繁栄をもたらすと確信している。

 

(5)英国は産業・エネルギー分野の脱炭素で先進的な実績がある。

インド太平洋への傾斜は英国企業が脱炭素のノウハウや技術をアジア各国の政府や企業に提供する機会を広げるはずだ。インド太平洋が温暖化ガスの排出削減でキャッチアップすることを支援する役割も果たせると思う。

 

(6)「開かれた民主主義社会、ルールに基づく国際貿易といった西側の価値観を守る」

英国のインド太平洋への傾斜は経済だけが目的ではない。

航行の自由や法の支配、ルールに基づく国際貿易を守るための安全保障の強化も重視している。多くの国際船舶が航行する地域でありながら、インド太平洋では地政学的な不安定さが増しているためだ。

英国と豪州がそれぞれ日本との間で締結した円滑化協定、日英とイタリアによる次期戦闘機の共同開発、米英豪3カ国の安保枠組み「AUKUS(オーカス)」と日本の協力は大きな成果といえるだろう。

開かれた民主主義社会、ルールに基づく国際貿易といった西側の価値観を守り、それを促進するうえでインド太平洋での安保協力は欠かせない。

 

(7)「ロシアと中国の行動は西側の「平和的な国際秩序」に対する重大な挑戦」

ロシアと中国の行動は西側の「平和的な国際秩序」に対する重大な挑戦ととらえている。

旧ソ連の崩壊後、ロシアは法の支配や公正な選挙に裏打ちされた民主的なシステムを採用すると思ったが、それとは正反対の方向に進み、ウクライナに侵略した。

中国もまた民主主義とは異なる道を選び、中国にとって有利な国際秩序づくりや西側とは違うルールでの貿易体制を目指している。

日本と英国はともにミドルパワーであり、親密な関係にある。日本は英国のTPP加盟を後押ししてくれたし、英国はこの枠組みを適正に運営するうえで日本の重要なパートナーとなれるだろう。次世代原子炉である「高温ガス炉」の実証実験など、日英の連携はさまざまな分野で進んでいる。

 

(8)「EUにいたら、露のウクライナ侵略に迅速に対応できなかった」

英国は4年前に欧州連合(EU)から離脱した。もしEUに残っていたら、ロシアによるウクライナ侵略に迅速に対応できなかっただろうし、通商・経済政策でフリーハンドを握ることもできなかった。

英国がEU規制の束縛から自由になり、より多様な経済活動を展開できるようになったのは大きい。インド太平洋への傾斜はその核といえるだろう。

(談)