はい、ご要望があったものですから。冒頭の20分ほどが私からの説明で、残り60分ほどが記者の質疑応答です。質問が途絶えるまで続けましたので、長くなっています。関心のある方はどうぞ。

 

 木曜日から東京に出てきていまして、木と金は3つのメディアからインタビューを受けていました。先週の木曜日が記者会見でしたから、激動の1週間でしたね。その間、「赤旗」の藤田論文が出たので、それへの対応も余儀なくされました。

 

  その上で、初のYouTubeチャンネルにまで挑戦しましたし。この一週間、記者会見の実施やYouTubeチャンネルの作成で、いろんな方にお世話になりました。現役党員は一人もいませんので、間違えても「分派」などと言わないでくださいね。

 

  そうそう、そのメディアのインタビューで、党本部前に立っている写真を撮りたいということになり、金曜日の午後4時前に撮影をしていたのです。そこから新宿に向かうため「赤旗」のビルの前を通ったところ、どこかで見かけた人が歩いているなと思ったのですが、どなたか思い浮かばなかった。で、通り過ぎたとたん、「あれ、『赤旗』の藤田健さんだ」と分かったのです。でも、すでに党本部のほうに近づいていて、声をかけるチャンスを失いました。かなり風貌が変わっていたのですよ。もし声をかけて、握手でもしている写真を撮れたら、そのメディアのすごいスクープになったのに、残念でした。

 

  メディアのインタビューが終わったので、土曜日は新国立劇場でオペラ「タンホイザー」を鑑賞。大感動でした。コロナ禍で最近、幕間での飲食もままらなかったのですが、おおよそ日常が戻ってきていました。普通なら感想でも書くのですが、いまは書くことが多すぎて、とても無理ですね。

 

  本日は東京都美術館に行って、エゴン・シーレ展を見て、関西まで戻ります。今週もさらに激動的な展開になりそうなので、少し緊張気味。きっとブログでご報告することになるでしょう。

 

  本日の画像は、東京新聞のコラム「シン・共産党」(1月26日)。コラムニストの三木義一さんは、税法の専門家で元青山学院大学の学長さんです。岩波新書の名著『日本の税金』の著者でもあります。私が勤める出版社で子ども向けの税金の本を作成した際、監修をお願いして、快く引き受けてくださいました。コラムを読んでいただければ分かりますが、だじゃれと皮肉の大名人でもあります。ありがとうございました。

 

 

 はい、ご要望が多かったものですから。13分で視聴できます。

 

 

 動画全体は90分近くになるのですが(記者からの質問が途絶えるまで続けたもので)、これもご要望が多そうだったら、いつでもアップします。

 

 記者会見後も、いろんなメディアにこの問題が登場していますね。順次紹介しますが、まずは、「毎日新聞」の2面右肩の山田孝男さんのコラム「風知草」です。この全体が私の本の論評になっているのですね。「国防リアリズム元年」と題されていますが、国防がリアリズムをもって議論されるきっかけになってほしいと願っていたので、ありがたい論評でした。

 

 

 ブログ読者が急増しており、一日平均で8700人ほどになっています(私の見解が「赤旗」に出るようになるまでは、20万人読者の「赤旗」日刊紙と張り合うために1万人を目標にしていたので、もうすぐです)。コメントも増えていますが、新しい読者はコメント欄の管理について知らないでしょう。このアメーバの有名人芸能人ブログというのは、本人(松竹)が管理できないのです。運営者(アメーバ)側がすべてのコメントを読んで判断しているそうです(あまりにしつこいのは、その人の使用しているネットワークとかで自動的に判断しているみたいですが)。以前、フルオープンにしたいので任せてくれないかと頼んだのですが「ダメ」ということでした。ですから、先ほど、コメントが何件寄せられ、どのくらいをクローズドにしているのかというご質問がありましたが、私には分からないことをお伝えしておきます。

 

 さて、規約に規定された「内部問題」とは何か。規約のどこにもその定義は書かれていませんし、大会などでその解釈をめぐって何かの決定があったという記憶もありません。そういう場合、「赤旗」編集局の幹部などが、「これが内部問題だ」と勝手に解釈できるとは思いません。藤田さんは党首公選を求めることが規約のこの条項に反することを、何を基準に判断したのでしょうか。せめて、「外に持ち出してはならない内部問題とはこういう種類のものだ」という定義をした上で、何からの批判をすべきものでしょう。

 

 もちろん私とて、外部に公表すべきでない問題はあることは分かっています。しかし、それを区分けするのは、そう簡単ではありません。

 

 例えば、共産党の政策というのは、党が決めたものですから、「内部問題」と言えないことはありません。けれども、党の政策というのは、国民に向かって公然と提示しているものであって、国民との間で精力的に議論すべき問題です。その際、「政策に書いてあること以外は党外の国民に述べてはならない」ということになれば、対話の必要性がなくなります。「いまはこういいう政策だけれど、もっと発展させたい」と述べるのも、党を批判することになりかねません。そうなると、党の政策を書いたチラシを渡すこと以外はできなくなります。

 

 例えば党の防衛政策をめぐって、私は今回の本で「核抑止抜きの専守防衛」を主張していますが、私自身は党の政策を発展させるものだと考えています(詳しくはのちほど書きます)。一方、藤田さんの論文でも、私の主張の内容を批判していますが、「党の政策は内部問題なのに外部メディアに書いている」という批判はしていません。国民に向けて出された政策というのは、もはや純粋な内部問題とは言えないのであって、そういう運命を背負っているのです。

 

 党首をどう選ぶかという問題も、似たような性格を有しています。日本のほかの政党が、それまで国会議員だけで党首を選ぶ方式でやっていたのに、次第に党員投票を加味するようになり、党員が投票できないのは共産党と公明党だけということになった結果、いつまで現行方式を続けるのかが国民の関心事になっています。メディアのなかにも共産党に党首公選を勧めるような記事も見受けられるようになりました。こういう国民的な話題の中心になっている問題について、とりわけまだ党としての正式な決定もなされていないのですから、党員が自分の見解を自由に述べることが不可欠だと思います。

 

 藤田さんは、いや昨年の党建設委員会論文が党の決定だというかもしれません。しかし、規約をよく読んでいただければ分かるように、「党の意思決定は、民主的な議論をつくし、最終的には多数決で決める」(第3条1項)ものです。あの論文が出されるに当たって、そのような議論がされた記憶はありません。少なくとも私は議論への参加を呼びかけられていません。その種のものについて、「決定されたことは、みんなでその実行にあたる」(同2項)と言われても、議論されていないのだから、そもそも決定ではないとしか言いようがありません。

 

 だから、党首公選の問題は、来年1月に開催が決まっている党大会の議題とし、そこで決定を行うべきです。当面は、それに向かって国民の前で堂々と議論すべきだと考えます。

 

 さて、規約違反問題をめぐっては、もっと大事な論点があるのですが、それは後回しにして、党首公選を否定する藤田氏の議論に対して、私の考え方を述べたいと思います。まあ、同じテーマの連載が続いても飽きる人もいるでしょうから、土日は別の話題にして、月曜日から再開します。(続)

 

 党の規約では、「中央委員会にいたるどの機関にたいしても、質問し、意見をのべ、回答をもとめることができる」(第5条第6項)とされています。藤田さんは、私が党首公選を求めるならば、そういう意見をあげればいいではないか、それなのに一度もそういうことをしていないと、私を批判しています。

 

 規約のその条項は私も熟知しています。昨年、私がある団体の講演会に招かれた際、主催者がその告知記事を「赤旗」に載せるよう求めたのですが、その県の「赤旗」記者が、「松竹さんの名前は『赤旗』には載せないことが決まっている。だから告知記事は出せない」と述べたことがありました。それを聞いた私は、「赤旗」編集部にメールを送り、これまでの党員人生50年近いなかで、一度も党から処分されたことも、そのための調査を受けたことも、注意されたこともないのに、なぜそんな措置が決まっているのかと回答を求めたことがありました。その結果、ちゃんと回答があり、そういう措置は間違いなので、近く記事を出しますということでした(実際に掲載されました)。

 

 つまり、この規約の条項は、ちゃんと機能していました。藤田さんが強調するのは理解できますし、私だって、党員としてこの条項の大事さを知っているから、権利を行使したのです(ちなみに、この条項は権利規定であって義務規定ではないので、権利を行使しないことも許容されています)。

 

 一方、この条項がどの程度機能しているかについては、かなりの疑問があります。「中央委員会に意見を出しても回答がない」とか、「『ご意見ありがとうございます。担当部署に伝えました』というのが回答で、それから進展がない」という声も、ネット上では出回っています。これでは規約で規定された「回答」の資格がなく、党員の権利は踏みにじられていることになります。

 

 また、回答があった場合でも、上記の私の場合のようにそれで解決する場合もあれば、意見を出した人が納得しない場合もあるでしょう。納得しなくても中央の見解を伝えるだけでいいのだということかもしれませんが、本来ならば、意見の交換程度のことはするべきだと思います(意見を留保することでは納得するまで)。

 

 藤田さんに求めたいのは、それほどこの条項が大事だというなら、どの程度機能しているか、統計的なものを明らかにしてほしいということです。昨年1年間分だけでいいので、どれだけの数の意見が寄せられたのか、そのうち回答しなかった件数(1)、担当部署に回したというだけの回答だった件数(2)、回答したが納得してもらえなかった件数(3)、回答して解決した件数(4)などです。

 

 前3者のような件数はほとんど存在しないというなら、このやり方だけで党を運営するのがベストだと言い張ることもできるでしょう。ぜひ、お願いします。

 

 なお、党首公選について言うと、ある人が一年ほど前、その実施を求めて意見書をあげたそうですが、党内には政策的争点がないので選挙するのは無意味です、というのが回答があったそうです。だから、私が意見書をあげたとしても、そのような回答になるだけだということは、早くから分かっていました。いや、その後、昨年の8月23日付で党建設委員会の論文が出ましたので、現在ではそれが添付ファイルで送られてくるのかもしれません。

 

 いずれにせよ、党首公選の問題は、まだ大会で議論もされておらず、党の決定にもなっていないのに、内部で意見をあげてもそういう対応しかされないのが現実なのです。藤田さんは、私が内部で意見を一度もだしていないのに外部に公表したと批判しますが、たとえ意見を出した上で外部に出したところで、そ「誠意をもって回答したのに外部に公表した」と変わるだけのことです。

 

 しかし、それでは循環型の党運営とは言えない。だから、小池さんのパワハラ事件で地方議員が起ち上がったように、私も公然と意見を述べなければならないと思いました。そして、来年1月の党大会で、公選するのかしないのかの議論を行い、決着をつける以外にない。そのためには、いまから全党的に議論を闘わせていくべきなのです。

 

 私が『シン・日本共産党宣言』を刊行したのは、そういう気持も存在しています。これまで党員が意見書を出しても党内では議論されなかったのに、今回、本の刊行をきっかけに藤田さんが「赤旗」に論文を書いてくれたこと自体、このやり方が全党的な議論を興す方法だったことを証明していると思います。

 

 しかも、党首公選という問題は、そもそも党の内部問題とはいいきれない要素があります。さらに、8月23日付論文は、党規約が言うような「決定」でもありません。そこが次の論点です。(続)

 

 前回書いたように、「党の内部問題は、党内で解決する」ということは、党規約の文面上も大きな変化がありました。だから、新しい規約の循環型の精神で運用されるべきものだというのが、私の基本的な考えです。

 

 しかも、現実の党規約の運用は、そのような方向に変化しつつあります。それを象徴したのが、昨年11月に問題になった小池晃書記局長のパワハラ問題でした。

 

 あの時、小池さんは、のちに警告処分を受けるほどの行為に及びました。だがもし、「党の内部問題は、党内で解決する」というだけの論理で党が運営されていたら、あの問題は放置されたままだったでしょう。だって、小池氏だけでなく、パワハラの被害者である田村智子氏も、その様子を動画で見ていた志位和夫氏も、問題になるような行為だとは思っていなかったからです。そもそも「解決」の必要な問題とみなされていなかった。

 

 けれども、その現場を、共産党の多くの地方議員が見ていた(地方議員と候補者が視聴できる会議でした)。地方議員にとってはすごいショックだったので、何とかしたいと思った。おそらく、「党の内部問題は、党内で」という解決方法をめざした人もいたでしょう。しかし、何日経っても小池氏の謝罪もなければ処分もない。そこで、動画を外に公開する人も出てきたので、党員もびっくりして外部に公開されたネット上でも意見を述べるようになり、国民の目にも触れることになって、党中央に抗議が殺到した。

 

 党中央もようやくパワハラだと認め、小池氏の警告処分を決めたのは、そういう流れでした。内部問題にとどまらなかったことによって、党の規約が守られたということなのです。

 

 さらに大事なことは、動画を外に出した地方議員に対して、「お前は内部問題なのに内部で解決しようとせず、外に持ち出した。規約違反だ」という議論にはならなかったことです。つまり、現行の規約上、そういう行為は規約違反とはみなされていないということなのです。

 

 私が『シン・日本共産党宣言』で共産党のあり方として提言しているのは、規約をまさにそういう循環型のものとして運用しようということです。こうやって党員同士が意見を出し、議論を交わして、国民から支持される党になっていく。こんな党のあり方が定着していけば、共産党は国民に近い存在となっていくと思いますが、いかがでしょうか?

 

 なお、藤田さんの論文では、古い61年規約確定以前の50年問題のことに言及されています。あの時、排除された宮本顕治氏と宮本百合子氏には、主流派から「分派」として激しい批判が浴びせかけられました。主には党内問題が、文学者団体による批判として展開されたのですが、それに対して宮本顕治氏が黙っていたわけではありません。「党内問題」であることの節度は保ちつつ、文学者として堂々と批判をしています。50年問題が克服されたのは、あんな時期の主流派のもとでの共産党であっても、宮本氏が党外のメディアで語る言論の自由は保障されていたからでしょう。(続)