3月18日(木)


筑豊電気鉄道、平成筑豊鉄道全線が1日乗り降り自由

を使用して平成筑豊鉄道に乗車、田川線の終点、JR九州日豊本線との接続駅、行橋に来ました。

高架駅の行橋、JR九州と平成筑豊鉄道との改札は分離、

高架駅の端に位置する平成筑豊鉄道乗り場



駅を出て
徒歩10分ほど、行橋市行事へ

行橋市指定文化財   旧飴屋門

説明板によると

市指定文化財   旧飴屋門

  行事と大橋は江戸時代、城下町小倉に次ぐ商人町として栄えました。なかでも行事の飴屋玉家の三代目宗利が宝永六(1769)年に飴の製造販売を始めて以来、飴や 酒  蝋、船を所有しての上り商い(大阪方面との商売)など次々と事業を拡大し、全国に知れわたる   にまで成長しました。

この門は飴屋の屋敷の門でした。表に控え柱がある薬医院という形式で、総欅造り、本茅葺きの    小倉潘の巡郡(領内視察)の際、飴屋の屋敷を宿泊所としたため、藩主を迎えるための門、「御成門」と呼ばれていました。七代目蓬州(ほうしゅう)の天保十二(1841)年の建築と伝わっています。部分集合改修はあるものの、創建当時の姿をよく残しています。飴屋と行事、大橋の繁栄の歴史を物語る貴重な文化財です。




再び平成筑豊鉄道伊田線に乗車

行橋1433発   直方行き

400形404、車内はオールロングシート

9年前の平成筑豊鉄道乗車記https://ameblo.jp/week7rx/entry-11182704674.html 


令和コスタ行橋(1436発)、駅名板を撮影できました。
上伊田(1534発)、左の線路はJR九州日田彦山線、

上伊田~伊田の一部区間は平成筑豊鉄道田川線と日田彦山線と線路共用
田川伊田1537着1545発、この先は伊田線

田川伊田からは下校の中高生(らしき)が複数乗車、しかし終点の直方までは満席になることはなく
終点の直方1623着
9年ぶりの平成筑豊鉄道全線往復乗車https://ameblo.jp/week7rx/entry-11183774836.html 


、次に平成筑豊鉄道に乗るのはいつになるであろうか。
6年ぶりに直方市石炭記念館へ



緊急事態宣言発令地域から来たこともあり、屋外の無料見学できる箇所のみ見学、屋内の有料見学は控えました。

展示されている車両は最近塗装されたらしく、きれいな状態

貝塚炭鉱コッベル32 





この後は筑豊電気鉄道の筑豊直方へ向かいます。


*   令和3(2021)年1月8日から3月22日まで国内の一部地域で緊急事態宣言が発令されていました。

この緊急事態宣言の期間中に、都道府県を跨いで1泊二日、「不要不急の旅」に出てしまいました。


いつもテーマ「旅日記」にて題名は、「平成✕✕年✕の旅」、「令和✕年✕月の旅」としていますが、


緊急事態宣言中は「旅」とは記すのに抵抗が、


よって題名「令和3年3月中旬の不要不急」とします