匠の固鞄通信
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匠乃固鞄通信〜匠のトランクで使用する皮革について

$匠の固鞄通信-ヌメ革


 今日は「皮革について」お話しいたします。

 お問い合せ内容でも、最もご質問が多いのが皮革についてです。
 「匠乃革トランク」では通常は牛ヌメ革をお勧めしております。
 この記事でなぜヌメ革をお薦めするのか、ご理解いただければと思います。

 原材料となる皮は、まず皮の主成分であるタンパク質を固着させて腐敗
 を防止し、柔軟さを保持するために鞣し(なめし)という工程を経ます。

 この鞣し工程の前が「皮」、鞣された物を「革」と表現します。

 鞣しは植物から採れた原料を使用するタンニン鞣しと、科学的な薬品を
 使うクロム鞣しに大別され、タンニンで鞣された革がヌメ革になります。

 ヌメ革は、クロム鞣に比べ固く、内部に脂を含んで仕上がります。
 このため、柔らかい袋物や財布のように、薄くすいて折返し縫うと縫目
 から割れてきます。ですからヌメ革の財布や鞄は、端に革の切れ目が出
 ています(コバと言います。柔らかい革は折返して縫います)。

 ヌメ革は内部に脂分を持っていると書きました。
 この脂が長年の使用で内部からしみ出し、ツヤが出てきます。またこの
 脂分が雨などから革を守る働きをします。

 時々、「軽いトランクを」とか、「真っ赤な革で」などのご希望を聞い
 たりする場合があります。そんな場合は、ヌメ革とクロム鞣革の違いを
 説明し、ご希望に添う革を手配いたします。

 軽さ優先の場合、ヌメ革をギリギリまで鋤いて(薄くして)角が割れる
 と困るので、この場合は柔らかいクロム鞣を使います。

 「匠のトランク」で主に使用するヌメ革は、染料で革自体が染められて
 います。このため革の表情が表に出ており、色の発色はよくありません。

 先の「真っ赤な革」などは、革の表面に塗装をしたような革です。
 店頭で見かける革製品はほとんどがこのような顔料を革の上に塗って
 作られています。

 これは、顔料(つまりペンキのような物)が革表面で雨や傷から革を
 まもり、革の傷なども隠し、見た目の美しさと均一さを出せます。
 このため、完成した革製品が均一の外観で仕上げられるので、不良品
 を出さないように大量生産が可能です。

 不良品と書きましたが、天然皮革は一枚一枚に生体時の傷やシワがあり
 ます。貴方も肘や足などに転んで出来た傷やシワがありますよね?
 動物(主に牛)にもあります。牧場で虫に刺された傷、バラの棘で
 引っ掻いた傷、焼印やシワ。これが塗装されないヌメ革では表面に出て
 います。

 完璧を求める方には、このシワや傷が「不良品」となるのです。
 「新品なのに傷がある」とか言われるのです。

 裁断する時に、出来るだけ傷がない部分を取っていきますが、中には
 仕方なく目立たない部分で傷が出てしまったりします。

 これも個性、とご理解いただけない場合は、厚化粧の革をご準備いた
 します。ただ、厚化粧の革は、もともと生体時の傷が多いため、ヌメ革
 には適さないものも多く、表面を素の状態で仕上げ出来るヌメ革の方が
 原皮としては優秀な皮なのです。

 このため「素上げの白ヌメ革」と無着色のご依頼があると、素上げに
 使える傷の少ない革が出てくるまで、数ヶ月待つ場合もあります。

 また、ヌメ革は使って行くうちに染みができ、日焼けしてエイジング
 (経年変化)しながら成長します。
 反対に、顔料を塗られた革は、新品時が最も美しく、使用により傷や
 色落ちで劣化が始まります。

 「匠のトランク」で、「成長するトランク」と呼んでいるのは、この
 ようにヌメ革が成長するからなのです。

 ちょっとまえがきが長くなりました。
 牛ヌメ革以外にもクロコやコードバンなど色々な革がありますが、
 今回はこの辺で。

「宮内庁御用職人衆と工場」後編

前回「宮内庁御用職人衆と工場」の続きです。

 【職人衆】

$匠の固鞄通信-三笠宮


 工場の階段を二階に上がると、額に収められた幾枚かの写真が飾られています。
 昭和中頃の白黒写真で、「SONY 盛田氏別注」とあり、出来たばかりの旅行トラ
 ンクと、下にはカラーの一面ステッカーだらけになった同じトランクの写真。
 修理用に戻って来た時のでしょうか?

 隣には「三笠宮寛仁殿下(シルクハットケース)H5.1」の文字と工場へ来られ
 た殿下の写真とエンジ色の四角のケース。

 同じ額に、3つの大きなトランクと「松本幸四郎様」の文字。

$匠の固鞄通信-御用職人


 社長室に入ると、そこには大きく二つに開き紺色のシルク内装にハンガーが
 下がった船ダンス(家具トランク)と、その前に誇らしげに座る9人の職人衆
 中央に会長、隣に現社長が写った写真があります。
 名には「平成天皇 御外遊用(S59 アフリカ)」と書かれています。

 社長は「宮内庁が工場に貼っておくようにと送ってきたで」と言っておりま
 した。
 
 他にも、色々なブランドから送られてきたこの工場で作られた商品の写真が
 貼られています。商標の問題もあり、ホームページに掲載する事は出来ないの
 ですが、クローズドなメールマガジン、ちょこっとお耳に入れましょう。

 最初に目にしたのはジャン・ポール・ゴルティエのケースを仕上げている場面
 でした。日本のDCブランドのものも色々ありましたが、圧巻はピンクのヒョウ
 柄、パンクファッション生みの親、ヴィヴィアン・ウエストウッドのトランク
 のセット。太鼓のようなハットケースから旅行トランクまで数種類があり、
 外人モデルが上に座り、妖しい眼差しでこちらを見ています。

 「このセットは、日本じゃ売れんで、ニューヨークの百貨店でロッド・スチュ
 ワートの前の奥さんが買って行ったみたいで」と。

 いやいや、流石でございます。
 トランクと言えば、本場は大航海時代のヨーロッパ~アメリカ。彼の地の高級
 ブランドさえも製造を依頼してくるのであります。


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 工場の職人さんは、20代半ばの若い方から天皇陛下の御外遊用トランクの写真
 におさまっている熟練の方まで揃っています。

 木工に習熟した職人さん、ひたすら内装の仕上げを行なっている職人さん、
 内装を製作(本体に組み込む前に作る)している職人さん、革パーツを作成し
 ている職人さん、革の裁断を任されている職人さん、そして花形は革の縫製
 を出来る職人さんです。その中でも手縫いで革鞄を縫える職人さんはほんの
 数名のみ。長年、下積みでパーツなどを作りながら、段々と革の縫製に進んで
 いけるのです。

 さらに蛇腹式と紹介しているトランクなど、会長と社長くらいしか手掛けられ
 職人さんがおりません。ということで、時給が高い分必然的に工賃があがり、
 応じてトランク自体の価格も高くなってしまうのです。

             **********************

 他の地方都市と同じ様に、豊岡も若者の流出の流れは止まりません。ただ、
 「鞄作りをしたい」と都会や他の地方から豊岡を目指す方もおられます。

 「最近職人ブームだもんで、工場で働きたいいうひとが多いんよ」と数年前に
 聞きました。

 「吉田鞄みたいな若者人気の鞄を作るところは若い人が多いけど、学童鞄や
 ビジネス鞄のところはなかなか人も集まらんで」

 そんな豊岡の人材環境でありますが、この3~4年は地域ブランド育成という
 ことで、豊岡鞄工業組合が中心に「豊岡鞄」ブランドをつくり、日本各地の
 百貨店で販売会を行なったり、雑誌などでの広告やタイアップ記事などで、広
 く「豊岡鞄」が浸透する事となりました。

 それに合わせ、若者も生産地豊岡を目指す方もおられるようで、今後ますます
 職人さんが集まる事を楽しみにしております。

 良い技術は人によって作られ、人の交流で伝えられ、守り発展して行くもの
 です。

 日本独自の技術を盛り込みながら、本場欧州や米国を席巻する革トランクを
 若い職人さんと一緒に作り上げたいと思っています。


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 今回は、豊岡の工場のことと職人さんについて書きました。

 大勢おられる職人さんですが、やはり志をもって技術革新を続けられる方は多
 くはありません。会長や社長をはじめ、古くからの番頭さんや一部の若い方が
 知恵を絞り、経験を盛り込みながら未来へつながる革トランク作りに取組んで
 おられます。

 時代は「軽く、丈夫に、扱いやすく、しかも安い」と新素材のトランクケース
 ばかりがもてはやされています。

 そんな中で、「革トランク」の魅力はどこにあるのか?

 「重く、丈夫で、扱いにくく高い」革トランクが、新素材に勝るところは?

 そう考えると、やはり「人の心が込められている」という部分と、「使う
 方の生き方が伝えられる」部分が、新素材の鞄にはない大きな魅力なのだと
 思うのです。

 次回は「初めてのオーダーメイド注文」のことを書きます。
 最初は展示会に出展し、百貨店や小売店へ紹介しましたが、「良い鞄を見せて
 頂き感謝」とは言われましたが、全く注文はありませんでした。

 そんな中で、どのようにして「匠の革トランク」がはじまったのかを書いて
 みようと思います。

コチラでここで作られたトランク見られます。


宮内庁御用職人衆と工場〜前編

$匠の固鞄通信-工場1


工場敷地内の祠

 前回の日記では、「豊岡の工場に出会ったきっかけ」の話を書かせて
 頂きました。
 本日は、工場の職人さんのことを書きます。
 長くなるので、前編/後編に分けて書きます。

 日本の製造業は、どんどん海外へ仕事を取られていってます。
 そんな中で残っているのは、独自の技術を持っているところと、海外へ
 行くとかえってコストが掛かる事業(小ロットでしか生産しないような
 物や食に関する物など)、かろうじて職人さんが頑張っている町工場、
 赤字だけど資産があるからなんとかなっている所くらいでしょうか?

 かつての欧州やアメリカがそうであったように、経済の発展とともに
 生産コストが上がれば、コストの低いところへ仕事が流れるのは自然な
 こと。

 では残るためには何が必要なのかと言うと、人々の役に立つ独自の技術、
 人々が望む商品を開発出来る企画力なのです。


 皆さんが「高くても欲しい物」はどんな物でしょうか?
 その答えが、人件費コストの上がった日本の製造業が残るために必要な
 答えなのです。


 日本各地の様々な産地も、官民共同で生き残るために試行錯誤しながら
 取組んでいます。そんな中で私も「鞄産業と情報化」というくくりで
 セミナーに参加し、豊岡の工場と出会いました。

 工場と職人さんは物を作るプロ、私は工場で作れる物を考えて商品化を
 するプロとしてお互いに協力し、それぞれの役割を果たして未来へ繋げ
 ていけるように頑張ります。


 ということで、今日は工場と職人さんのことをお話しします。


 どうぞ、最後までお付合いください。
 



 2:宮内庁御用職人衆と工場


 【工場】

 豊岡の街を車で走ると、あちらこちらで鞄に関係する会社が見られます。
 「鞄卸」「袋物製造」「鞄金具卸」もちろん鞄店も。

 鞄の工業団地(鞄メーカーが集まっているところ)もあり、外から見てい
 るだけではどんな鞄を作っているのかは分りません。

 1話でお話ししましたが、私は10年間海外の工場を巡ってきましたが、
 こと、工場に関しては世界中だいたい同じような感じであります。


 まず受付があり事務の方々の部屋、すぐ横くらいにショウルームがあり
 自社製品やカタログなどを見られるようになっています。
 大体ここで商談が出来るようにテーブルがあったり、応接セットだったり。

 物を作る工場は、基本的に体育館のような広い部屋を、部門毎に仕切った
 してあります。


 「匠乃革トランク」を作っている工場は、三階建てで入口を入るとすぐ
 階段で二階へ。上がったところにショウルームと商談室を兼ねた社長室
 と、事務や設計をするコンピューターの並んだ事務室の扉があります。

$匠の固鞄通信-工場2


 製造工程を見るには、まず一階へおりて木工室、ここにはトランクなどの
 本体木枠を作るための色々な厚みや種類の板が保管され、電動のこぎりな
 どの工作機械が揃っています。

 お隣はジュラルミンケースなどの組み立てをやっている作業室で、大きな
 ロールに捲かれたジュラルミン板と裁断機、ケースの内装を取付ける作業
 台と、多分日本に一台しかない「木枠と革を縫うミシン」ドイツ製の40
 年程前のミシンがあります。

 革のパーツを作る裁断機もこの部屋にあります。
 お菓子のクッキーを生地から抜く時に使う葉っぱの形やハート形の抜き型
 をご存知でしょうか?あれと同じ原理で、油圧の機械を使い包丁のような
 歯が付いた抜き型で裁断していきます。
 
 一階と二階の間には車一台乗るくらいの荷物用エレベーターがあり、製作
 途中のケースが次の工程へと運ばれます。

$匠の固鞄通信-工場3



 二階は、まず広いスペースが革の裁断場。20畳程でしょうか革を広げて
 大きなパーツを切り分けていきます。その横にこじんまりとしたガラスで
 仕切られたスペースで、職人さんが黙々と、真剣なまなざしで一針ひと針
 革を縫っています。

 二階は大きな窓に囲まれて、明るい太陽光がたっぷり入ってきます。
 一針ひと針細かい目を追う作業には、明るい光が欠かせません。
 日本海に面した豊岡地方は、冬になると雪に覆われることが多いです。
 寒さの厳しい工場は、冬には大きなストーブが幾本も焚かれています。

 先に進むと内装のパーツを作る作業場、縫製ミシンが並びポケットをつけ
 たり、パーツ毎に仮留め用の両面テープを貼っていたり。

 その隣では、革パーツのコバ(革の裁断面)を処理したり糸を通す目打ち
 をしたりしています。目打ちには等間隔で歯が付いた櫛のような工具を使
 います。これを革に当てて金槌でゴンっとやります。

 足もとには完成間近のトランクが並び、仕上げの工程を待っています。
 部屋の反対側には、ジュラルミンケースなどに等間隔で鋲を打つ鋲打ち機
 が並び、真ん中には仕上げ用の作業台。

$匠の固鞄通信-工場4



 三階へ向かう途中には素材を積んだ棚があり、よく使用される革や内装生
 地が天井まで積上げられています。

 三階は検品場で、検品に通ったトランクはここで梱包されます。

 工場の外に出ると、梱包場から直通のリフトの横が荷揚げ場で、完成した
 トランクがトラックに積まれます。

 倉庫で使用されている古い建物をまわると、裏には土蔵の横に鳥居が建てら
 れ、工場の安全と繁栄を祈る祠が奉られています。(トップの写真)

 「40年くらい昔は、もう一つ従業員が生活するための建物があったんだ
 ども、円山川の土手の拡張工事で取り壊されてしまった。今じゃあ必要な
 いけど」と、ちょっと寂しそうな社長の説明でありました。

 豊岡の鞄産業、輸出のピークは昭和43年、当時の喧噪が苔むした祠と
 土蔵にかろうじて感じられる秋の夕暮れでした。


 【閑話休題】
 工場の敷地からそのまま円山川の土手になっております。
 この土手、短く草が刈られ格好のゴルフアプローチの練習場なのであります。
 時々、社長が気分転換にポコポコ玉を打っているのでした。 


取りあえず、前編はここまで。

コチラでここで作られたトランク見られます。
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