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今年最後になりました感性論哲学入門講座

思風先生が滅多に話しをしない「人間の境涯」についてをテーマに解説頂きました。

 

 

まず、背景から

現在は

人間が人間に憧れる時代に入ってきた。

憧れにおいては、人間の本質を把握する事が大切で

・肉体、理性、感性の3つが本質としてあげられます。理性の時代はルネサンス(宗教)、ここには合理性の憧れ、そこには不条理、不合理が根本にあり、それを取り除くために合理性の追求が行われてきた。

その後、感性を言い始めたのはアンリ・ベルクソン

ベルクソンについて少し。

 

[1859~1941]フランスの哲学者。近代の自然科学的・機械的思考方法を克服、内的認識・哲学的直観の優位を説き、生命の流動性を重視する生の哲学を主張。1928年ノーベル文学賞受賞

 

 

実存主義をかじった人間としては、久しぶりに聞くベルクソンで、ハイデガーとよく比較されてベルクソンが出てきたのを思い出し、難しそうなハイデガーを見て理解出来なかったのですが、ハイデガーに影響を受けた和辻哲郎(京都学派)の風土を思風先生はよく引用されており、「風土が人間に影響する」

 

ベルクソンの分かりやすい例として

「ベートーヴェンの交響曲」において作曲家を突き動かしていた情動を例に挙げ、「この類の情動は多分、非常に遠いとはいえ、神秘家にとって神の本質そのものである崇高な愛に似ている」と述べて、知性より上の情動を神秘主義が「神」そのものと見なす「愛」と重ねている。しかもこの愛は、自らから区別された対象を持たない。「上位の次元の情動はそれ自身で自足している」。「愛はその本質によって形容されるのであり、その対象によって形容されるのではない」

 

 

次にベルクソンの二源泉について

キリスト教神秘主義の起源にキリストの存在を認め、全ての神秘家は「福音書のキリストが完全にそうであったものの、独自だが不完全な模倣者であり継承者たちである」とまで言う。「キリストが人間と呼ばれたか否かは重要ではない。彼がキリストと呼ばれたかどうかでさえ重要ではない」。たとえイエスの歴史的実在性を否定しようと、「山上の垂訓」や「その他諸々の神的な言葉」、そしてそれを書いた福音書の著者の存在を否定はできず、重要なのはその内容である 

哲学をかじった人間として実生活に役立つ感覚があり嬉しいのですが

やはり風土というか家庭環境に影響を受けるのだなと思い、親の影響で興味が無くても耳にする事があったニーチェ、カフカ、ドストエフスキー、サルトル辺りが強烈に印象にあり

それぞれ学びたいと思わなくても耳にしているといつの間にか知識となり、そこから疑問を持ち、というのがきっかけで考え方以上にその人の生き方、生き様や生い立ちからどんな経験をしてきたかに興味を持つ子ども時代で、恐らく非日常の世界に対して興味を持つ子どもだったので(笑)それが描かれる小説、哲学、音楽、革命家、思想家と反体制、反権力と極端なケースに興味を持っていたので、ポンティ、フーコー、ハイデガーよりかはニーチェ、サルトル、ヤスパース、マックス・シュティルナー、安部公房、埴谷雄高あたりのとりあえず極端な人に興味が惹かれます。

 

なので、時代、風土(土地)などの環境と出会った人、教えがその人を創る根本になるのではないかと。思う所があるため、思想や○○主義よりもそれを語ったその人の人生、生き様を見る方が個人的には興味あるところで

父親から教えられた1つに、ニーチェを読んでみたらその間逆も読んで見て自分で決めろ!と。世間的には評価されない実存主義ではありますが、視点を変えると神を否定し、人間そのもの個々人こそ大切だ!

ニーチェ曰くは超人、

サルトル曰くアンガージュマン
 

で流されずに自立する行動する!というのは実存の中でも学ぶべき点なのかなと。

 

 

また、意外にも書籍を見ていると現在の日本の社会を取り巻く、心の病についてはドストエフスキーの地下室の手記で描いた世界や、サルトルの嘔吐、安部公房の箱とか砂とか壁とか

 

 

 

要は引きこもり、ニートで世の中の不条理をまざまざと現していて、結構今の時代共感するかも。。

 

極めつけに太宰の人間失格が来たりしてよくぞここまでマイナス思考になれるなと思うのですが、それも当時戦争が存在し、人種差別、封建制と様々な不条理が背景にあったからこそなのかなと思うところです。

 

 

釈尊も「生老病死」の存在として人間を直視するところからでマイナス思考からの出発(人生は苦である)ありのままの姿を捉えて、現世を生き抜く事こそ大切だと。

 

 

五木寛之、大河の一滴からも


他人に期待しない。人生に期待しない。
マイナス思考のどん底のなかからしか本当のプラス思考はつかめない。

 

地獄のなかで、私たちはときとして思いがけない小さな歓びや、友情や、見知らぬ人の善意や、奇蹟のような愛に出会うことがある。勇気が体にあふれ、希望や夢に世界が輝いてみえるときもある。人として生まれてよかった、と心から感謝するような瞬間さえある。皆とともに笑いころげるときもある。
その一瞬を極楽というのだ。極楽はあの世にあるのでもなく、天国や西方浄土にあるのでもない。この世の地獄のただなかにこそあるのだ。極楽とは地獄というこの世の闇のなかにキラキラと光りながら漂う小さな泡のようなものなのかもしれない。人が死んだのちに往(い)く最後の場所では決してない。

「地獄は一定(いちじょう)」そう覚悟してしまえば、思いがけない明るい気持ちが生まれてくるときもあるはずだ。

 

 

思風先生も感性に出会ったきっかけというのは講演時にお話しする事は殆ど無いと思いますが、基を辿ると中学時代のあるきっかけが基で人間が深くなるには?→真理と真実について研究し、フォイエルバッハやベルクソンにたどり着く訳であります。

感性論哲学においては、目的に大きく2つあり、平和と全人類の人間性の成長。

人間性の成長については、深さ、広さ、大きさの3つ。

 

大きさは価値への情熱!理想や理念と言いかえれる所で、広さは包容力、認める

ここは凄く感じる所でもあり、清らかな心を持っている人であっても他の価値観が入ると人間性が変わってしまうケース(お金とか)が多々あり、それを頭で心の広い人間を理解するよりも他ではなかなか聞く事の出来ない思風先生のお金の使い方、不条理を持ちながらも感性論哲学を説いて実践しているその生々しい実践を聞く事が出来ます。

 

 

そして、歴史的に宗教家や哲学者を見ていると、残り続けている思想はそれなりに価値があるんだろうと思いますが、それは書籍の中で書き残されたものだけではなく、対面で聞いてやってみるをつなぎ続けてきたお弟子さんがいるからこそ釈尊は書籍を残さなくても残り続けて、吉田松陰も書籍だけであれだけ魂の持ったお弟子さんが続くとは思えず、生き方生き様なのかなと。 それも何十年かけてではなく、数年で  

 

今だと松下幸之助さん、稲盛和夫さん、など 実利で何かを成したももちろん大切なのですが、大きい視点、長い目で見た時は生き様がつなぎ続けていくのではないかと 思う所で思想や哲学も、何を説いたかよりもその後お弟子さんに引き継がれているか?で見ていくと違う角度で見れるのかなと。

そんな自分も、考え方や思想が素晴らしいから学んだというのは殆ど無く、出会った事がきっかけで!の方が殆どで

歴史は中村粲先生
ビジネス(ベンチャー)は○○先生、思想は思風先生、と偶然出会った方が素敵で近くに入れたから学ぼう!と。

 

そこで感性論哲学を考えると末席の一員にいるお弟子さんの自分がどう感性論哲学を日々の生活で活用して私生活、仕事に結びつけて分かりやすく解説出来るかがお役目ではないかと思う所です

今年最後となる東京思風塾


普段と変わり、「平成の時代を総括する」をテーマに
思風先生が、平成になってからの出来事を解説しながら

その時々の出来事において「この出来事がどんな気づきや意味があるのか」の視点で解説頂きました。

 

 

特に熱く語っていただいたのは

大遷都

元号が変わる時期に、大遷都を見直すきっかけであり、
東京から全く新しい風土に都を移す事により
国力として発展させる一大事業として大遷都を捉える。

大遷都を東京から広島へ。何故広島かというと明らかに戦争から平和の時代に変わっており平和の原点というのは世界の共通認識。


世界から認められ認識されるのは広島に首都が移るという事が日本人が平和を実現する指導者として世界の認識が変わってくる。

そして、平和はいつまでも祈りであってはならない。
祈る平和から創る平和への進化になる為に日本人が自覚を持つ事が大切。

大遷都を成し遂げた後、東京における役割は何か?
それは江戸城の復活!

江戸城を再建し武家屋敷、東京に残っている近代遺産を文化的に保存する事が東京の役割。

東京は武士の時代の素晴らしい日本の遺産として東京のまま世界的に有名な都市として残し、過去に 東京には各藩の大名が立派な建物を建て、素晴らしい建築物が存在していた。そういうものを出来るだけ残していく事により、世界から見た東京を捉えると東京には武士の魂がある。

そこにこれからの東京の価値がある。

 

 

行徳先生からは
哲学を学問にしすぎた。哲学は学ぶべきものにあらず行動するもの、

・人間性なき科学
・感性なき哲学
は悪である。

全国大会の際も

 

 

一寸先は闇の現代において

獣の様に生きる=迷わない

むしろ感性の時代に来ている中、これほど面白い時代は無い。
そして、「感性を一言で言うなら、紛れも無く私である」
私の生活や生き様が感性である。

自分を大切にしない人は他人も大切に出来ない。

 

 

 

今年開催の振り返り

2018年10月6日(土)第5回東京思風塾

「覚醒の時代~目覚めた命を生きる」

 

 

2018年8月4日第4回東京思風塾

「大遷都への機運は歴史的必然」

 

2018年6月2日第3回東京思風塾

「過渡期を担う日本人が果たす役割」

 

 

2018年4月7日第2回東京思風塾

「時代が問題をつくり、問題が人物をつくる」

 

2018年2月3日第1回東京思風塾

「覚醒は時代と共に変化し現在は第3の覚醒の時代」

 

 

第6回思風会全国大会2018in東京

 

 

 

 

 

 

 

2018思風会全国大会では覚醒の時代 ~日本の覚醒・日本人の覚醒~
をテーマに開催、受講生の方々から各人のテーマに沿ったプレゼンを頂きました。

池川先生「お産の覚醒」

 


土橋優子さん「幼児教育の覚醒」

 


松前兼一さん「歴史の覚醒」

 


田嶋久登志さん「食の覚醒」

 


谷亜由未さん「ママの覚醒」

 


山田千鶴子さん「教育の覚醒」

 


阿久津一一さん「国民の覚醒」

 


生田サリーさん「女性の覚醒」

 


原田未緒さん「夫婦の覚醒」

 


金城正昭さん「若者の覚醒」

 


山田浩之さん「地方の覚醒」

 


北澤修さん「家族の覚醒」

 


新井和弘さん「経済の覚醒」

 

 

 

 

YOUTUBER(ユーチューバー)久保氏
やはり、YOUTUBER(ユーチューバー)さんが作るとこんな画像になるんだなぁと。

頑張って猛獣ブログを書いてくれてます。

 

何故か、昔の仕事仲間も放浪ユーチューバーさんがちらほらと出てきて。
人生楽しそうに生きているのが子供の目にいつでも見れるユーチューブだからこそ、なりたい職業になるのかな?と。なかなか世代間ギャップを感じる所で、物事見る視点が違うなと感じるのが

 

松田大夢さんとお会いした際
「あ、ハグの人ですよね」
は、、はい。たま~にですけど。。

 

 

でも魂は憂国の志士でありたいと思います!
といっても全然響かなかった。。。

 

 

と、彼にとっては肩書きとか実績とか表面的なものはどうでもよく、何の魅力を持っているか、どんな楽しみ持って生きているかなんだなぁと。

 

 

 

 

そして、かつての仕事ご一緒させて頂いておりましたこちらの方

 

ふざけている様に見えてお二人とも心がすごく純粋でいい方で、自分なりの自分軸というか、毎日疲れて不平不満を言う社会人より、楽しさ、媚びない生き方は子供にとって魅力的に見えるだろうな~と。

 

また損得でやっていなくて、楽しいからやっていて

これからのテーマに楽しい、元気、生き方(ストーリー)が共感を呼ぶのではないかと思うところで、意外と体験から得られる事も教えてもらい。

ユーチューブに出して、あんまり見られない→これをこう変えたら全然増えました!とかこんなところに共感持つ方多かったんです!とか

 

ちなみに、彼と共に学生起業されたときの社長さんは今や政治家の先生となられ。

 

そんな生き方を否定する事も少なくなり

 

本質的にはやりたい事が出来て、他人様に迷惑かけず、生活できると言う視点で、とりあえず否定せずに受け入れる事って大切なのかなと思います。

ちなみに、円覚寺の横田館長がある日、引きこもりの子が円覚寺に来てお母さんが喜んだ話をして頂いた事があり、それがポケモンGOをやって、円覚寺にアイテムを取りに来たと。それが家の中から出るきっかけになってお母さんが喜んだという話を頂いた事があり、いい悪いではなく受け入れるところから!と。

 

従来のマーケティング手法ではなく、生き方と価値観と共有が興味を惹く世代にどんどんシフトしてきている感じがします。

 

古巣社会起業大学でも、世の中にこれだけいい事しているから!というのはそんなに長続きしなくて、それよりも

その人自身が楽しんでいるか、その人に魅力を感じるかの方が大きいなぁと感じる所で

年齢も業界も関係なく、体験から学び自分の言葉で語れるのが頭の理解や知識で語る所の違いが心に与える影響力になるんだなと思います。

 

 

猛獣塾の活動の一環であります猛獣会議

塾頭と直接顔を合わせて現在ご自身で抱えている悩み、課題を仰って頂きながら、解決に向けてのヒントを!という形で開催しました猛獣会議

 

 

前回の内容から

問題を抱える部分で、今回頂いたのは

組織について

エネルギーが溢れていて活動的な社長さんの下で、どう次のリーダーを育てていくのか?

背中を見てついていくのであれば解決出来るのですが、いかに組織として方向性、目的、役割を浸透させるかについて理論だけではなく、生の現場を基にした経験談を語って頂きました。

その時の関わる人たち、状況によって役割が異なり浸透のさせ方も異なる。

となると、これだ!という一通りの方法ではなかなか通用しずらい。

それがあるからこそ、相手を知る事の大切さと相手を知り、自分の弱さも知った上で、協働!の箇所を見つける

WANTS,LIKES,NEEDSを見定めて、相手を知り自分を知りお互いのとんがり(強み)の部分を付け合せる。

というSTEPを辿る事を塾頭は重視しているのですが

凄いのは、理論で言っている事が全てにおいて、経験談(実際の体験)を基に話をしているという事。なので書籍づけの頭になってしまうとイレギュラーなケース、想定外の問題が生じた際に、アワアワとなってしまうのですがそれが無い!つまり想定されるであろう問題、課題も含めて乗り越えた経験を基に理論にしているという事。そこがあるからこそ何を聞かれても答えれる境地に行ってしまったのだと!思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会開催しました。
今回は衆知の笠倉先生の記事から百丈和尚とお弟子さんの潙山のやり取りについて

百丈和尚は中国、南宗禅中の洪州宗の祖馬祖道一の法を継ぐ唐時代の禅僧
潙山は潙山(湖南省長沙市寧郷市潙山郷)に住して、多数の門弟を訓育した。弟子の中に仰山慧寂があり、彼らの門流を、後世「潙仰宗」と称した。

禅において、問う事を大切にしているのですが、ここでも答えを提示する訳ではなく、どう回答を考えだしていくかについてを重視されている感じがあります。
ただ、問う事自体は頭をすごく使って論理的になる左脳の部分が多い為、ヒント気づきひらめきなどの答えに結び付けていく所については右脳の要素が大切になるのではないかと思い、そこが瞑想、山にこもる、現代風だと掃除、マインドフルネス、そして最近聞くのが著名な経営者が皿洗いを大切にしていると。そこには無になる時間をあえて自分自身で作る様にしているとの事で、手法にこだわらなくても雑念が入らない自分の時間というのに価値を置いているんだなと思います。

最近は、心をテーマにする方、勉強に出会う機会が多く
瞑想については、ひとえに瞑想でも
マインドフルネスはマイナスな現象を無にするのが中心

とある大御所曰く瞑想を極めるとヴィパッサナー瞑想にたどり着くと。お釈迦様が悟りを啓くのに使われたと言われる瞑想法で、今でもテーラワーダ仏教で伝統的に行われています。ただし、○○方法でなければならないというのはお釈迦様は説かなかった。依存、洗脳はいけないからご自分で習得されなさい。
そこまではいいんですけど、その後答えは56億7000万年後弥勒菩薩が兜卒天から「下生」された時に答えを言うのではないかと(笑)

ヴィパッサナーやディーパック・チョプラを熱く語って頂きました。



現世に話を戻して、今回の衆知の表に掲載されていた各経営者を見ていたときに、久しぶりに見た遠藤さん
BBTの学生スタッフ時代に、Ohmae@ビルの2階でたくさん聞かせて頂きました!

当時現場力という書籍を出版された頃で、現場力についてを語っていただいた時

「理論」だけの教育の限界を感じ、もっと現場オペレーションを鍛えることが企業経営の中で必要だ。ビジョンや理念はみんな大切だと言うが現場に浸透させて「現場力」にまで高める

所をどれだけの経営者が実践しているだろうか?というのは心に響きました。経営者が自らの言葉で語って「現場の共感」を得ている企業がぱっと思いつきますか?

仰るとおりで、BBT時代に強烈な印象に残っているのが遠藤さんや一條先生

理論ありきから入るケーススタディや企業分析が主だったのに対して

実践→感情→浸透
と実際の現場に根付く、先頭だって頑張っている人をまず見て
そこに対して理論で構築するのではなく、実際に動く、動かすを中心に語っていたお二人でした。

かつて、日本企業はこの「現場力」がとても高かった。日本の現場には経営学者のドラッカーが言うナレッジワーカー(知識労働者)がいます。彼らは進んで改善を行ない、自分たちの製品やサービスに付加価値を与えていました。残念なことにこの失われた20年の間に日本企業の「現場力」は劣化し特に製造業はナレッジワーカーである正規社員を減らして非正規社員を増やしたり、コスト削減のために外注化を進めた結果、競争優位性であった「現場力」が低下してしまったのです。
 

 

 

 

武士道経営塾12期生1/11日(金)からスタート

 

1期の受講生で関わる事が出来たのは凄く貴重な思い出になっていて
コンセプトはどうだこうだ・・、何を持って武士道なのか??自分の事も会の事も両方、確立していなかった頃だからこそ受身じゃなく、会を創りあげていこうという想いをもてた1期生の方々との出会い。

その時に感じたのが

素晴らしすぎる講師の先生は、自分に出来ない体験や話のレベルというか世の中、物事見てる視点が
かなり上だったりするので、全て受身になってしまう感があり、

いけてないというか途中段階の方の方が
自分ならどうしようかな?
この冷えた雰囲気をどう盛り上げていくか?

実際の所そういう時の方が自分ごととして捉えれる時が多く

みんなが会の運営に意見しながら、心を学んで何かメリットがあるの?とか考えるきっかけが多かった事が良かったなと。

 


あとよく分かったのは
「これから世の中が変わる!」
「働き方を変革し~~」
「人間関係をよくする為に~~」

で疑問を投げかけて

答えが他人か自分かで
自分の見解を持っている人は話のスキルが高い低い関係なく興味持って聞けて
他人の答えになると、その通りだなぁと思っても
他人様の紹介までで、自分の感情が入りづらく、多分聞いて満足までのレベル

 

 

 

そして、
自分自身に「お前はやっているのか?」
ただ聞いて満足してないか?
勉強して何かやっているのか?

肩書きではなくリーダーとして理念を掲げ、人をひきつけ巻き込む何かをしているか、武士道の強さだけを見ていて利他の所で家族、友達との接し方を何か行ったか?

ここいつも思うところで
正直大して出来てないのですが、
ここ変化しないと、いつまで続いても聞いて満足しました以上の所にはいかないなと。

でも良かった、視点が変わったのは

心が先、現実は後

最近意識している木の例を基に

現実を何とかしようと上だけいじっても変わらない。
勉強会、所属団体を変えたり、事業内容変えたり、会う人変えたりしても

根底の部分が変わらなければループ、変えるのは自分の心

心の部分については、なかなか言葉では難しく
実験してみて実証して体験する事で感じる事の方が圧倒的に多い気がしていて尚且つ、いろんな書籍や講義よりもアウトプットをしている時の方がエネルギーがガーッと出てくる

のが個人的に思うところです。

 

 

 

 

 

11月27日は昇地三郎先生命日

 

亡くなられてから早5年になる11月27日。時間の経過と共に記憶の中から段々と忘れ去られる訳ですが、親戚の一人として、素晴らしい教育者として、何より生き様を教えてもらえた恩としてプラスになる事があるのであれば伝え続けて行ければと祝島で心に決めてから早5年経過した感じです。

 

凄いかただ、すばらしい人だと言われる事は多々ありましたが、
・何が凄かったのか?
・何が素晴らしかったのか?
を少し深く知る事によって自分にも何か活かせる事が無いか?そんな視点で人を知る事が全然違う視点から魅力を感じる事が出来、身近に入れた人間として少しでも発信出来る事でのプラスになればという想いで、長生き、障害児教育といろいろありますが自分の中では「自分と子供の可能性にワクワクしていた」常に可能性を追い求めていた。そんな生きる姿勢が一番の学びの大きさだったのではないかと思っています。

 

今回もあまり表に出てない情報にて!!

元々は、曾お爺さんにあたる山本長八さんが大変厳格な方で旭川27連隊の中隊長で二〇三高地を攻めるとき、決死隊を募って先頭に立って登っていく際、何人もの死体の山が出来ている中、部下は「ここで死にます」と言って本当に死んでいった。そんな心の傷があった様で、北海道から祝島(山口県)に移り、そこで次男坊にあたる昇地先生誕生。


旧制広島中(現国泰寺高)の受験に失敗し、旧制岩国中(現岩国高)に入学、その後広島師範学校(現広島大教育学部)に入学で写真は広島師範学校時代(教員養成のための旧制の学校):右側


師範学校時代にペスタロッチの肖像画が掲げられて「全て人のためにし、わがためにせざりき」を毎日見ていたという事で、ここでかなり影響を受ける経験があったとのこと。

 

 ペスタロッチの教育目的は、道徳的状態の人間こそが本来的な人間であると考え社会的状態の人間という現世の人間を、道徳的状態の人間にするのが教育であって、つまりその教育が「人間教育」

初めて貧民あるいは民衆の子どもを教育の対象として位置付けた方でもあるみたいです。

 

 

19歳で尾道の原田尋常高等小へ赴任(まだ大正時代)

鉛筆や消しゴムを持っていない子がたくさんいた。修学旅行に4人が「行かれん」と言う。「(旅費は)私が出す」と言ったら、次は「げたがない」と。げたを買いました。
「われこそは日本のペスタロッチーになる」と宿直室で遅くまでガリ版を切って、教材や学力の遅れている子どもの学習帳を作った。女学校へ進む子が4人いて補習もした。教えれば教えるほど学力がついていくのは、うれしかった。

 

 

 

そして、お見合い結婚

見合いは30分、妻に言った言葉は「戦いはこれからだ」結婚とは、他人だった男女が敵として相対しながら、新しい人生を築くことだと思ったとのこと。

 

その後長男の有道さん誕生、

「天下に道有らしめん」という願いを込めて「有道」と名付け

奥様のお父様が亡くなられて、家業を継ぎ、指定相続人となり山本から昇地に変更、当時は昼間は学校で授業、夜は家業の仕事をされていたとの事でした。

 

 

脳性小児麻痺の有道さんに歩行訓練から始めて、片手で有道の腰を抱いて、もう片方の手を足に添えて、足に力を入れさせることから始めました。

立つようになったら、次は歩く訓練。手を引いて歩かせたり手を放したり。川土手の階段を上がらせた。心を鬼にして訓練一点張りの父親。6、7歳の時、まだ歩けなくて2年連続で就学猶予に。

なんとか歩けるようになって学校に入学したものの、倒れている有道さんに児童数人が砂を掛けている。中学でもいじめられ2階から押されて転落して前歯を8本折る経験や鉛筆で顔を刺されたり、病むに病まれず義務教育だから「行方不明」という手続きを取って中途退学させたとの事でした。


また、次男の照彦さんも誕生した後同じく脳性小児麻痺に掛かり
希望と絶望が毎日頭の中をよぎる生活で
子供さんの話になるときだけは積極的に話したがらなかった思い出があります。

小さなシイの実は落ち葉に埋もれて、人に踏まれているけれど、水と太陽の光を与えれば、必ず芽を出してくる。
ないがしろにされている子どもも温かい愛情で個性に合った教育をするなら、社会に役立つ人に育つ。そんな願いを込めて、奥様が「しいのみ学園」と名付けました。

 

それまでみんな学校に行ったことがないから手足が不自由であればあるほど、体を動かして声を出さなければならない。刺激を与えて反応させることが大切と。その1つとして「電車ごっこ」

 

運動場で子どもたちに縄を持たせたら、輪にして電車ごっこを始めた。線路を描いて、「ふくおか」とか行き先を書いて駅を設けると、駅員のように言葉を発したり、駅名を覚えたりするようになりました。
「電車」の中に自由に歩けない女の子がいて、みんな最初はゆっくり歩くけど、だんだん夢中になって走りだす。すると女の子も輪の中で、他の子に付いて行ったとのことで、一人ではできないことが、みんなで遊びながらやると、いつの間にかできるようになる。

子どもの自発的な活動に方向性を与えれば、教育というものになることが分かってきました!とそんな日常の中での体験が基になって教育を考えて活かすという流れになった様です。

 

 

子どもたちが教えてくれたのは、

「教育とは情意(感情と意思)を安定させること」

感情を揺れ動かす為に、例えば

・時間割をなくしその日の天気と園児の様子で決める。
・教室での授業を止めるときもあり、運動場で教えて、教室は休息の場にした。
そうすると、園児は運動場に大きな字を書いて学ぶのを自発的に行ってくれた。
そして大切なのは決して叱らず、笑顔でいること。

 

本人自身は笑顔を絶やさず、優しい人で難しい話をする人ではなかったのですが、きっと長生きや教育手法やメディアの露出以上に、こんなストーリーがあってその人の生き様が出来た。その生き方の部分の方が知る、学ぶ事として大切なのではないかと思います。

その後90歳超えてから世界一周を毎年行うのですが、

体力なんて考えていたら世界旅行なんかできんよ。

「途中で死んだら海の中へ投げときゃええ」と

さらっと笑いながらそんな話をする方で(笑)、ステーキは食べるし、ファミコンに挑戦するし、講演会でパワポは使うしといった好奇心旺盛な所は生涯持ち続けていて、それもただプラス思考という訳ではなくて、背景の部分では、ご自身のいろんな体験を基に自分が楽しんで、活動する事が人の為になるというのを姿勢で示し続けた方でした。

 

人生哲学の観点からすれば「人生は自分自身との戦い」。戦う相手は自分。誰しも、一生懸命やろうとする心と、怠け心をもっています。生涯現役と厳めしい顔をするのでなく、生涯現役を楽しんでいるのです。百まで生きて、元気に仕事をする。そのためには自立です。自分の人生を顧みますと「禍を転じて福と為す」の言葉に集約されるように思います。それに立ち向かっていくことを、私は各地で話したい。

 

 

 

 

 

 

 

12/3(月)18:30〜21:00
費用:参加費¥4000円(懇親会費込み)

 

今年開催の入門講座の内容のまとめ

感性論哲学を学ぶ際に
そもそも「感性とは?」そして何故重要なのか?という所からスタートします。

 

本質的に哲学は人間が幸せになりたいというのが根本にあり、時代時代に合わせて変わってきた。現在は理性から感性の時代に原理的に変化しようとしている。

 

理屈(理性)ではなく、気持ち、雰囲気、感情など様々な心の部分が求められる様になり人間が幸せになる、幸せにする為に感性を取り入れる事でより日々の生活や仕事、人間関係において良好な関係を築くという心が求められる時代。

 

そして、哲学は何故必要で何故大切なのか?

それを1本の木を人間に例えると
これまでの一般的な価値観は、例えばお金をたくさん得られた、地位を得られた、売上げ利益が上がったなどの目に見える効果(現象)を基にしあわせを感じえたのかもしれません。

 

 

ただ、それは木で例えると枝葉の部分にあたり

枝葉は切れてしまうこともあれば、たくさん広がる事もある。ずっと枝葉がついたままの状態であればいいのですが、売上げもお金も地位も崩れてしまう、無くなってしまう可能性があるという事。

 

そんな時に支えの基になるのが目に見えない根本の根っこの部分であり
根っこがしっかりしていれば、枝葉が崩れても心まで折れる事は無いという事。

 

誰しも強い心を持っていれば哲学は必要ないかもしれませんが
誰しも強い訳ではないし、心の根の部分が現象に現れるつながりがある為

現象(出来事)があってしあわせになるのではなく
根本の心にしあわせ感を感じる事で現象が現れてくる

その様な生き方、あり方の部分を学ぶ事に哲学をする意味と価値があり
目に見えないからこそ、忘れやすいから意識して学び続けていく大切さがあります。

 

例えば、会社で売上げ達成しそうに無い時、見える世界で何とかしようとする。
ノルマ達成するまでやれ!何でお前はできないんだ!などの叱咤激励(叱咤が多いのですが)

それを言うと従業員さんの心はどうなるか?

プレッシャーになる。やらされ感、義務感満載になり

楽しい、やりがいを感じる事無く、心が常にドキドキしながら
目に見える現象に追われてしまう。

逆に心の部分の大切さを把握していれば心は根の部分でつながっているので
支配・命令・管理ではなく愛と対話とパートナーシップを基に心にフォーカスしアプローチし心を整える事で売上げが上がると。

その根の部分を創る為には
人生の3つの問いを自分自身に問いながら
1. どんな人間になりたいか
2. どんな仕事に就きたいか
3. どんな生活がしたいか

チャレンジしてみようというステージに自分を高めていく

問う事とチャレンジする事で
欲求・欲望・興味・関心・好奇心も沸いてきて
また次のチャレンジに結び付けていく。

 

全てが出来なくても問いを行い1つでもチャレンジする事で感性の重要さが実感出来るきっかけを
作って欲しいというのが入門講座を行う意味と価値になります。

 

 

ここからはかなり個人的な見解になりますが、
感性論も極論すると手段という見方であり、根底の部分を見つめなおす事が出来れば
手法は何でもOKでそこは
哲学の視点でも、○○学でもOKだと思っていて

いろんな角度から見てみることで、新たな面白さもあり
知見が深まると言う点では、比較検討してみて感性論哲学を語るのも面白いなと思います。
思風先生の脱政党政治、脱民主主義の話は
アンガージュマンのサルトルが言ってる事と似てたり

タイムリーな11月で、人生には命を燃やす、命よりも大切なものがある!という所で
感性論哲学で見た場合に三島由紀夫は評価出来るのか?

などなど、問う事が自分自身のみではなくて
外の視点も踏まえて問う事が、解釈を深くするのではないかと思うところです。

自分の様なIT業界で感性論哲学を活かしてどう幸せを築けるか?
と言う視点で見る事が言葉をそのまま受け取るだけではなく、頭で理解する以上に心で実感する事が出来るのではないか

そういう視点が広がっていけば
個々人→組織→業界の流れにつながって一般に広まる流れが出来るのであろうと。
(グーグルがマインドフルネスを取り入れた様に)

・事例が出来る
・自分も実践できる
そういう所に落としこめる学問か否かがこれからの感性論哲学が広まるか否かの大切な所なのではないかと思います。
と共に
学びを落とし込める媒介者、仲介者の役割というのがこれから重要視されていくのであろうと。


 

 

 

 

 

●日時:2018年12月5日(水)18:30~20:45(開場は18:15です)
●会場:銀座区民館
〒104-0061 東京都中央区 銀座4丁目13−17
●会費:おひとり1,000円(会場費、資料代)
※勉強会後、懇親会があります。ご都合があえば、是非お越し下さい。 会場近くで実費精算(だいたい2~3千円程度)です。

 


 

今年行こうと思いながらなかなか行けていなかったのですが、改めて過去内容を見返して今の自分にとってなすべきことを書き出して見ると、

1、まず想いを具体的に書く事から、そして計画する事
2、次にどうやって続けていくかの仕組みを用意する事(ただし、ここが出来ていないケースが多い)
3、伝えて、お金、時間、気持ちの障害をクリアして
その上でうまく行かないという時にプロセスを見直ししながら実行していく。
そして重要なのは、分かっていても実行しないと結果が出ない。

実際企業で働く経営者及び従業員は経営理念についてどのような意識を持って日々の業務を遂行しているのだろうかというのを考えた際

いい会社の見学会で訪問する会社において、経営者は経営理念を従業員に浸透させるために、確固たる経営理念と行動指針を明示しているというのが見られます。

また、明示するだけではなく、従業員とのコミュニケーションを図るなどをして、直接、理念そのものの重要性を伝えている。

 

 

一例として

LFCさんに訪問した際に

http://www.lfc-lg.co.jp/index.html
(アパレル物流を主な事業として、単なる倉庫の保管ではなく加工まで対応している会社さん 常務の井上様から「うちもいろんな会社を見学しながらいいところをどんどん取り入れているんです」) クレド作ってみたんですが、なかなか浸透するところが課題になっていたので
常に手に取り目に見える場所に!


手帳形式のサイズでいつでも読み返せる様にしている事など。浸透させる取り組みを本気でおこなっていて、そんななかなか見えづらい所の工夫がされていて
形式的になっていない所が素晴らしく、尚且つ業界的にもクリエイティブというよりかは決まった場所で決まった業務を行う中で
どうモチベーションややる気を維持し続けるかは見習うべき所で、感動するのが御礼の号外新聞が帰り際に渡して頂いた事。
ポケットティッシュにさえも自分の名前が書かれたカードが入って
朝の清掃作業と朝礼を見てまた会議室に戻ってみれば撮影した写真が入ってて
感動の連続!

その根底に

◆大家族主義 「社員は家族である!」

家族が心配している事やもし家族の中で障害を持っている方がいたとしたら何とかしようとしますよね!という井上常務の言葉。言うだけではなく経営幹部の方々が徹底して継続し続ける仕組みを整えている。

 

 

 

 

 

設立1周年!記念パーティー開催

今年はじめにスタートした第1期の頃から
お越し頂いた方の意識が高く、学びシェアして、たくさんの気づききっかけを与えていく。

そんな将来像を初期段階で描いて講座が始まる感覚があり、話して終わり満足して終わりのレベルを既に超えていたのが素敵だなと思います。

そして、1期終了時にはサプライズ誕生日祝いを頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

恐らく、学んだものを身につけて、広げる(人に伝える)ところにおいては
人それぞれ、ツールもそれぞれで得意不得意があると思いますが、そこにこそ自分の役割の大切さがあると思い

・WEBをはじめとしたツールを活用しながら、どう地域ごとに展開していくか

・各地域ごとにフォロー体制やweb補講などの中身を考え準備していく

そんな所が重要ポイントになるのかな?と

池川先生からは、子供たちの話を聞いていると矛盾する場合がある。


深いところでつながり(理解)が出来る。先生の場合はいろんな事例がポンポン出てきて、理論的な部分も時に量子力学の話、医学者の見地、ヒプノセラピー、ハイヤーセルフの話が出てきてそれを基に解説いただいたりと。

振り返ると感覚、直感、感性に近い話の時は事例を基にお話頂き、理論的なところは大体直接聞いて調べた話が殆どで、裏づけが多いと。先生を見ていると1人の力では限りあるものの、1人で始めて続けている事で徐々に広がりが出来て、協力者が現れ、更なる広がりが出来てくる活動をずーっと続けている事が凄いなと感じます。

先生からは「男だけの講座も、パパ向けに対してやってみたいな」のお声をいただいてから

時間の経過と共に消えたなぞのパパ塾開催に向けて来年は一度は開催をと!思います。

 

優子さんから教えて頂いた日野原先生のお言葉 基礎講座の中で「命は何に使うのか」の話の際

日野原先生の話については、昇地三郎さんがラジオ出演された頃から時たま話を聞く事があり
「人さまのお役に立つにはつらい経験も必要だと」

 

10歳の頃は1年間運動できなかった病気の経験があり
23歳の時は結核の病気で1年間殆ど何も出来なかった。

でも病気の経験が教訓を与えてくれた。


大変だけど上を向いて一緒に支え合うさまな気持ちを同上ではなく共感する

一緒に感じるエンパシーを感じて人間は成長する
だから
死なない程度の病気をしたまえと。。

 

お二人に共通しているのが想像を絶する体験を何度も経験しながらも、最後にはその経験を前向きに捉えて前に進んでいる。

長生きして過去を振り返る機会のある方だからこそメディアに取り上げられるのかもしれませんが長生きできなく、年齢が若くして亡くなられた方でもお二人の様に立派な生き方をされていたのがきっと明治生まれ、大正生まれの方に多かったんだろうと思います。