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今年最後になります

禅の知恵と古典に学ぶ人間学勉強会

今年1年の中で、書籍出版が続いた年で

言志四録と禅の人間学

 


1年の講義を振り返ると

11月:衆知の笠倉先生の記事から百丈和尚とお弟子さんの潙山のやり取りについて

 

10月:無着禅師 
中国の唐時代後半に活躍された無着(むちゃく)禅師という方がおられました。この方は、仰山(ぎょうざん)禅師という大禅匠の法を嗣(つ)いだ方ですが、若い頃に五代山に行脚(あんぎゃ)したことがありました。五台山は、文殊菩薩を祀る霊場として古来有名な所です。求道心に燃えていた無着青年は、五台山のお寺に宿泊した際に、夢の中で文殊菩薩と出会い、教えを受けることができました。

 

9月:碧巌録から百丈和尚の話
百丈懐海(ひゃくじょう・えかい。七四九~八一四)禅師は、唐の時代の福建省長楽の生まれ、二〇歳で西山慧照和尚のもとで出家し、南嶽の法朝律師から具足戒を受け、広く仏教を学び、馬祖大師の法を嗣いだ。
 

 

8月:禅僧に学ぶから漢詩「円通寺」より良寛さんについて(江戸時代後期を代表する優れた禅僧)

「散る桜 残る桜も 散る桜」

という有名な辞世の句を残された方でもあります。

「今どんなに美しく綺麗に咲いている桜でもいつかは必ず散る。そのことを心得ておくこと。」

桜は散る。
命は散る。
必ず散りゆくこの命とは何なのか。
人がその人生において本当に考え抜くべき問いを残してこの世を去った良寛の辞世の句

 

7月:生死についてをテーマに

いかに生きるかについてはよく聞くこともあり取り上げられるテーマとしても多いと思いますが

いかに死ぬか?
はなかなか無いと思われます。

禅においては「生を明らめ死を明らむるは、仏家一大事の因縁なり」
(生きること、死ぬことの意義を明らかにするのが、仏法を学ぶ者にとって最も大切な問題である)
という道元禅師の言葉があります。また、唐時代には、型にはまった禅問答よりも、その場その場で活き活きとしたやり取りをすることが尊ばれました。

 

6月:出処進退について、引き際と後進に道を譲る事

東アジア(中国、朝鮮、日本)における最大の古典である「論語」の精神は、徳治(とくち)主義といわれます。徳のある立派な人物が、正しい理念と思いやりの心をもって人を治めていくという考え方です。

徳治の中身には、いろいろな面がありますが、どのような人にも寿命があるように、要職にある人にも、引退の時期が来ます。そのときの出処進退、特に退く時に潔くきれいに退くということが大切ですが、同時に難しくもあるとされます。

 

5月:昭和の偉大な経営者・奥村綱雄と立花大亀老師の逸話

佐藤正忠著 (経済界、1991年1月刊)
『わが戦後財界秘史〈1〉身命(いのち)、果てるとも』 P.134~151より

野村證券中興の祖と言われる奥村綱雄氏に関する章ですが、
特に、P.143「持つべきは三人のブレーン」の章に、
大徳寺住職・立花大亀(だいき)老師との印象深いエピソードが記載されています。

 

4月:佐藤一斎の言志四録に続き、佐藤一斎の「重職心得箇条」に学ぶ

 

3月:言志四録(佐藤一斎)言志四録についての紹介

「日本の論語」「人生訓の名著」「指導者(リーダー)のための教科書」と言われる『言志四録(げんし-しろく)』は、江戸時代末期の儒学者、佐藤一斎(さとういっさい)が著した随想録・語録です。
 

2月:新著「禅の人間学」

 

特に印象的だった、生死についてと言志四録について

生死について

禅においては「生を明らめ死を明らむるは、仏家一大事の因縁なり」
(生きること、死ぬことの意義を明らかにするのが、仏法を学ぶ者にとって最も大切な問題である)
という道元禅師の言葉があります。また、唐時代には、型にはまった禅問答よりも、その場その場で活き活きとしたやり取りをすることが尊ばれました。

 

参加者の方からはちょうどオウム事件の死刑執行が最近あり、ちょうどそれを考えていた際、何故彼らはそこに走ってしまったのか?それは今は反省してもその時はそれが答えになっていた。その答えを示したのが麻原だったのではないか。だから今を生きる事が出来ずに、他の人の中に生きる、依存するというのが答えを示してくれる人に依存してしまう環境があったのではないかと。

 

また、今、ここ、自己の禅の教えの中において一番実践しているのは子供(赤ちゃん)

先々を考えず、今!を素直に生きている。先々の悩みを持たず邪念もない。

だから子供心、童心に戻るという意味はそういうところにあるのかなと思います。

古巣社会起業大学において田坂先生のお話の中で

リーダーが持つべき大切な覚悟は「死生観」

特に経営者、政治家、リーダーに必要

経営者であれば部下、社員の人生を預かる。それは1人でも100人でも!
政治家であれば地域の方々、時に国民

 

自分が命に対する深い眼差しを持っていなければリーダーになるべきではない。
そしてジョブズの言葉を参考に「今日が最後の日だと生きてきたらいつかそれが真実の日になる」

そこに至るには、苦労、困難、挫折、敗北あらゆる困難の中でこそ成長するのがリーダーであり、乗り越えられるからこそリーダーになれる。

 


特に印象的だった、生死についてと言志四録について

言志四録

 

言志四録についての紹介

「日本の論語」「人生訓の名著」「指導者(リーダー)のための教科書」と言われる『言志四録(げんし-しろく)』は、江戸時代末期の儒学者、佐藤一斎(さとういっさい)が著した随想録・語録です。

 


佐藤一斎は、42歳で筆を執った『言志録(げんしろく)』を皮切りに、『言志後録(げんし-こうろく)』『言志晩録(げんし-ばんろく)』を著し、最終作となる『言志耋録(げんし-てつろく)』を書き上げたのは82歳のときでした。


内容は学問修養の心得、倫理道徳の規範から、指導者論、そして処世の教訓、身体の養生法まで多岐にわたっています。
全体で1133条ありますが、明治維新を導いた薩摩藩の西郷隆盛は、『言志四録』を座右に置き愛読書としていました。さらに、その中から101条を撰び、修養の資(もと)として暗誦するほど読みこみました。


一斎先生の門に学んだ人々は数千人になるといわれますが、その中でも有名な人物は、山田方谷(やまだ-ほうこく)、佐久間象山(さくま-ぞうざん)、安積艮斎(あさか-ごんさい)、大橋訥庵(おおはし-とつあん)、横井小楠(よこい-しょうなん)など、幕末を代表する学者や思想家がいます。

山田方谷(やまだ-ほうこく)

、幕末期に財政破綻寸前の備中松山藩5万石を立て直した名財政家であり、卓越した政治家である。わずか8年間の改革で借金10万両(現在の価値で約300億円)を返済し、余剰金10万両を作った。

明治に入ってからは、薩長閥の重鎮で元勲の大久保利通、木戸孝允などから新政府の要職への就任要請があったが、方谷は固辞。根本思想は「武士も農民も慈しみ愛情をもって育て、藩士・領民全体を物心ともに幸福にする」「領民を富ませることが国を富ませ活力を生む」という「士民撫育」の考え方

そして、彼の物事に向かう基本姿勢は「至誠惻怛(しせいそくだつ)」である。「真心(至誠)と悼み悲しむ心(惻怛)」を人間としての正しい道、最高の行動規範とした。

 

安積艮斎(あさか-ごんさい)

、60歳で江戸幕府直轄の最高学府「昌平坂学問所」の教授を務め、ペリー来航時のアメリカ国書翻訳や、プチャーチンが持参したロシア国書の翻訳及び返書起草に携わるなど、幕末の政治・外交を支えました。艮斎が学び教えていた朱子学は江戸幕府の正学とされており、江戸幕府が国を治めるために利用されていました。ですが、師であった佐藤一斎の影響を受けたのでしょう。艮斎は、朱子学だけではなく、危険視されていた陽明学など他の学問や宗教も摂取した新しい思想を唱えます。また、外国事情にも詳しく、海防論の論客としても知られました。
艮斎の教え子たちは、幕末・維新という日本の大変革期において、中央や地方で指導的な役割を果たし、近代国家日本建設の人材となりました。艮斎の塾は、著名な門人が200人も綺羅星の如く輩出した、日本史上有数の学塾です。

 

大橋訥庵(おおはし-とつあん)

江戸末期の儒学者。江戸の人。日本橋の豪商大橋家の養子。佐藤一斎に学び、朱子学を唱えて、攘夷(じょうい)を主張した。老中安藤信正襲撃を計画して投獄され、獄死。著「闢邪小言(へきじゃしょうげん)」「元寇紀略(げんこうきりゃく)」など。

大橋訥庵の目標、戦略は、「大日本国を蛮夷にならせじと申す所に大活眼を着けたまわねば恢復の成功を得たまうべからず」。
すなわち「日本を蛮夷(野蛮な外国)にしないことが王政復古を成功させる」
ことと言っております。

 

横井小楠(よこい-しょうなん)

幕末の熊本藩士・政治家・思想家。肥後生。名は時存、字は子操、通称平四郎、別号に沼山。江戸に遊学して藤田東湖らと交わる。藩校時習館の守旧的な学風を批判、元田永孚らと実学党をつくり、私塾小楠堂で子弟を教育する。のち福井藩主松平慶永(春獄)に招かれて藩の政治顧問となり藩政改革を指導

 「実際に役立つ学問こそ、最も大事」という小楠の教えを受けた人たちのグループを「実学党」と言います。当時の熊本(肥後藩)には、実学党に対して、保守的な「学校党」とか、尊皇攘夷をめざす「勤王党」などのグループがあり、幕末から明治にかけて、政争を繰り返していました。

文久2年(1862)、幕政改革のため、次のような「国是7カ条」というものをまとめています。

国是7カ条

  • 大将軍上洛して、烈世の無礼を謝せ(将軍は自ら京にいって、天皇へ過去の無礼を謝る)
  • 諸侯の参勤を止め、述職とせよ(参勤交代制度の廃止)
  • 諸侯の室家を帰せ(大名の妻子を国元に帰す)
  • 外様譜代に限らず、賢を選んで政官となせ(優れた考えの人を幕府の役人に選ぶ)
  • 大いに言路を開き、天下公共の政をなせ(多くの人の意見を出し合い、公の政治を行う)
  • 海軍を興し、兵威を強くせよ(海軍をつくり軍の力を強くする)
  • 相対貿易を止め、官の交易となせ(貿易は幕府が統括する)

勝海舟曰く「おれは今までに天下で恐ろしいものを二人見た。横井小楠と西郷南洲だ」。日本史の教科書でもろくに取り上げられず、幕末もののドラマで登場することもほとんどない。しかし小楠こそ、坂本龍馬や西郷隆盛をはじめ、幕末維新の英傑たちに絶大な影響を与えた「陰の指南役」であった。

 

 


このうち、幕末日本の先覚者といわれる象山(ぞうざん)の門下から、勝海舟(かつ-かいしゅう)、坂本竜馬、吉田松陰(しょういん)、小林虎三郎などの幕末の日本を動かした志士が輩出しました。

また、吉田松陰の門下からは高杉晋作、久坂玄瑞(くさかげんずい)、木戸孝允(きどたかよし)、伊藤博文、山県有朋(やまがたありとも)などが輩出して、輝かしい明治維新を形成することとなります。
 

生前に次々と刊行された『言志四録』によって、一斎と直接面識のない幕末の志士にも大きな精神的影響を与えたのです。

なかでも、西郷隆盛は、『言志四録』をほとんど暗誦するまで繰り返し熟読してその中から101の言葉を選び出したのでした。こうして『西郷南洲(なんしゅう)手抄(しゅしょう)言志録』が生まれたのです。佐藤一斎の教えは、『言志四録』によって、ことに西郷隆盛によって、明治維新の精神的支柱となったと言えます。
 

「言志四録」「言志四録」は、佐藤一斎の人格と学問が結集した名著で、40年をかけて書きつづられた随想録です。

一斎の生前に『言志録』、『言志後録』、『言志晩録』、『言志耋(てつ)録』の4書として出版されました。その総称を「言志四録」といいます。比較的短い箴言(しんげん)の集まりですが、記載されたものは全体で1133条にもなります。西郷隆盛は、その中から101条を抄録して、繰り返し味読しました。

(1)天につかえる心

凡(およ)そ事を作(な)すには、
須(すべか)らく天に事(つか)うるの心(こころ)有るを要すべし。
人に示すの念(ねん)有るを要せず。
(言志録・第3条)

(現代語訳)
すべて事業や行動を起こすには、天(大自然・神・仏)に生かされていることを考え、それに感謝し、敬(うやま)う気持ちを忘れてはならない。他人に誇り、認めてもらおうとする気持ち(私心)があってはならない。

この言葉は『言志四録』の中でもとても有名な章で、私たちが日常生活の中でつい忘れがちな真理を教えてくれています。


「天に事(つか)うる」とは、天を敬して己を尽くして誠実に生きることです。佐藤一斎は、上記の言葉をさらに短く、「尽己(じんこ:己を尽くす)」という二文字にして、弟子の山田方谷に書いて贈ったと伝わっています。


自分をあざむかずに、誠実に物事に取り組むことによって、はじめて人間が真実となり、自分が関わるところの一隅を照らすことができるようになります。一隅を照らす人間になれることが、この世に生きる私たちにとって最も肝要なことであり、他人の評価を気にする必要はないと

一斎は教えています。

 

『修身教授録』で有名な森信三先生は、つぎのように開設されています。
<森信三先生の解説:『西郷南洲の遺訓に学ぶ』より>
p.127 相対をすてて絶対に帰する
 

この節は甚(はなは)だ簡明ではありますが、しかし翁の根本信念を示すにおいて、おそらくは、最も根本的な節と申すべきでありましょう。すべてはこれだけに尽きていると申してもよいのであります。
 

「人を相手にせず、天を相手にせよ」これすなわち相対(そうたい)をすてて絶対(ぜったい)に帰するということでありましょう。
 

人というものは、我と相対立するもので五分五分のものであります。かく相対的な五分五分の関係では、向うが変わればこちらも変わるのである。すなわち動揺(どうよう)恒(つね)なきものであります。向うが強ければこちらが引き摺(ず)られ操られる、これが相対的関係というものであります。

それから脱して天を相手にする、すなわち絶対を相手にして絶対に帰し、絶対に自己をささげる。そこではじめて相対的なる人情の離反(りはん)合不合ということによって一々自己が動かされることがなくなるのであります。
 

天を相手にすることによって、始めて人は己れを尽して人を咎(とが)めず、つねに自己の誠の足らざるを尋ねるという処にも到るのである。天を相手にすれば、己れを尽すということは自然に出来るのであります。(中略)
 

人を相手にしていると、人の態度が一々問題になります。人をはなれて、天を相手にすれば、人の事は第二義、第三義になって、成程(なるほど)よい方がよいには違いないが、しかし仮りによくしてくれなくても、それが第一義的な関心事とはならなくなるのであります。
道理からすれば「天を相手にせよ」とただそれだけでよい。天を相手にすれば、それ以下のことは自らにして出来るわけであります。

そこで又、「己れを尽(つく)して人を咎(とが)めず、わが真の足らざるを尋ねる」ということは、天を相手にするという態度を一歩一歩徹して行く。すなわち工夫の一歩一歩という意味を持つのであります。

一燈の明るさを頼りに進む

一燈(いっとう)を提(ひっさ)げて、暗夜(あんや)を行く。
暗夜を憂(うれ)うる勿(なか)れ、只(ただ)一燈を頼(たの)め。
(言志晩録・第13条)
(現代語訳)
暗い夜道をひとつの提灯(ちょうちん)をさげて行くとき、闇夜の暗さを心配するのではなく、ただ提灯の明るさを頼って行けばよい。
(後ろを向いて不安がるのではなく、前を向いて進め)

「言志四録」の中でも最も有名な言葉の一つです。ここでいう「一燈」とは、すべての人の心の中にある霊的な光(心の力)のことです。禅宗では仏心といいます。人が前向きに進もうとするとき、心の光は、意志となり、知恵となって、行く先を照らしてくれるということを佐藤一斎は述べています。

逆にいえば、心が光を失って暗く沈むとき、たとえ行く先に明かりがあっても、その明かりを見失って、暗闇にさ迷うことになるとも言えます。そうならないために、日ごろから古典を学び、心を磨いて行く必要があるのではないでしょうか。

 

 

初女先生の命日にリナリナさんのご縁の杜にて 

 

初女さんの晩年を写真におさめてきた写真家 オザキマサキさんを滋賀からお呼びして、初女さんの暮らしの姿を知る写真集を公開。初女さんの想いをまた改めて感じる時間を創りました。そして、初女さんが料理教室を毎年してくれた ご縁の杜のダイニング結musubiにて、「氣愛のおむすび」を伝え続けているサトケンさんの おむすび講座も開催します♪ 

初女さんの想いを知る人が集まり、分かち合いすることによって、初女さんが目指した心の意志が、今を生きる私たちへと生かされていくのだと思います。 初女さんの一言一言、小さな行動の一つ一つの中に、気づきと喜びを感じれる場と時間。皆様と一緒に過ごせるのを楽しみにしています。 

 

■日時:2019年2月1日(金) 初女さんの命日  

10:00 挨拶・紹介  

10:30 サトケンお結び講座  

12:00 ランチ(おむすび&ご縁の杜の総菜) 

13:00 尾崎さん「初女さん写真集スライド」       ~写真を見ながら想いの分かち合い

13:50 尾崎さん&サトケンのダブル対談  

14:50 終了/15:00閉場

 

 ■参加費 ¥9000税込

 ■場所:湯河原リトリート ご縁の杜 ~ダイニング結musubi~     www.goennomori.jp 

神奈川県足柄下郡湯河原町土肥5-4-6    
 JR東海道線「湯河原駅」徒歩5分 

 

 

実際にやってみると奥が深いのを知る事ができたおむすび講習会

 

 

 

 

 

今を生きるで生きていて、そこで何があってもまた切り替えていくから、後悔はない

との事で、まずは目の前のことを精一杯やって生きていきましょう。希望や夢などいいことを考えてまっぐに進まないよりも、もっと心を向けて生きたい。今、このときを感謝しながら真実に生きていると、必ず目的に通じます。

 

佐藤初女先生

佐藤初女先生

佐藤初女先生

佐藤初女先生

 

佐藤初女先生について

訪れた人とはまず手料理で食膳を共にします。春でしたら、ふきのとうやたらの芽、わらび、うどなどの山の幸、そして北国ならではの海の幸が食卓に賑わいをもたらします。岩木山の麓の澄んだ空気と豊かな緑に囲まれて、自然の恵みを与えてくださった神様に感謝しながら一緒に食事をいただくと、緊張もほぐれて、ゆったりした気持ちになっていきます。そんなところから、苦しみの中で閉ざされていた心の扉が少しずつ開きはじめることもあります。

訪れた方は、「心のふるさとにたどりついた気がする」「生きることの原点を教えてもらった」「人生の岐路を乗り越える勇気が湧いた」など様々な思いを抱くようです。共通するのは、皆、休息と安らぎを得て、元気を回復していくということです。

悩みに押しつぶされそうになる人、心を病む人というのは、もともと心が純粋で、繊細なのだと思います。心に傷を負ったとき、すぐに家族や友人たちの中に支えてくれる人を見つけることができればいいのですが、それができないと、どうしたらよいのか自分ではわからなくなって、精神状態が大変不安定になってしまいます。

 

このように、人生に悩み、精神的に屈しかかった人たちを、自宅に受け入れ、食事と生き方との間には神秘的なつながりを感じます。食べることと、その人のそのときの心境とは一致しています。ですから心の中が詰まっている人はなかなか食べることができません。

なにも受けつけなかった人が、少しずつ食べられるようになるのを見ていると、やっと心が動きはじめたのだなあということがわかります。

「食べる/食べない」ということは、「生きる/生きない」ということと、相関にも似た、深い繋がりがあるようである。

 

透明な在り方フォーラム

2010年11月 森のイスキアの佐藤初女先生の在り方にヒントを得て名付 けられ、新しい時代を生きる人間の在り方として「透明な 在り方」を模索する勉強会として発足した。これまで映画 「生まれる」上映を始め池川明先生講演会や佐藤初女先生 のお料理講習会などを開催してきた。今春、佐藤初女先生 の新刊「限りなく透明に凜として生きる」出版記念講演会 を共催するなど、ささやかだけれど、ぬくもりのある活動 を続けています。

 

 

 

 

 

 

 

 

森のイスキア

イスキアとは、イタリアの南西にある火山島の名前

 

ナポリの大富豪の子息で、教養もあり美しいナポリの大富豪の息子が、愛する女性とボートを漕ぎながら愛を打ち明けた。彼女がそれを受け入れた時、しかし、彼はなぜか虚脱感に襲われた。何かが足りない、虚しいと感じた彼は、少年時代に訪れたイスキアを思い出し、それ以後、何もかもが退屈で、何をする気にもなれなくなってしまった彼がふと思い出したのは、少年時代に父親に連れられて訪ねたイスキア島のことだった。

彼は「みずみずしい感性で、すべてのものに好奇心を持ち、生き生きとしていた自分をもう一度取り戻したい」と願い、一人イスキア島に出かけた。

地中海に浮かぶイスキア島から眺める風景は静寂に包まれ、青年は自分自身を見つめ、新たな力を得て現実の生活に立ち戻ることができるようになった。

どうにもならない心の重荷を感じた時、そこへ行けば癒され、自分を見つめ直し、 新たなエネルギーを得ることができる・・・。そんな場になって欲しいという願いを込め、 このエピソードから「イスキア」という名が付けられた。

心に重荷を抱え、虚ろさに苦しむ人々の「駆け込み寺」として、イスキアは運営された。訪れる人が増え、1992年には、彼女によって助けられた人々の協力のもとに、岩木山の麓に「森のイスキア」が開設された。

龍村仁監督が制作した映画『地球交響曲 ガイアシンフォニー』は、人物に関する取材や対談などから成り、初めは配給会社が見向きもせず、やがて監督自身がチケットを引き受けることを条件に、短期間の上映が行われた。これを見て感動した人々が、自主上映会などを催すようになり、ファンが増えた。かつては各地で開かれる上演会を探さなければならなかったが、今では有限会社龍村仁事務所から、DVD も発売されている。その「第二番」に初女先生が登場する。その取材時の思い出を、龍村は次のように記す。

映画のファーストシーンで、先生がイスキアの裏の雪の中からふきのとうを掘り出されるシーンがあります。その日の夜の私達の食事に、ふきのとうの味噌和えをつくって下さるために始まったシーンでした。初女先生のふきのとうの採り方を見ていて、私は胸が熱くなるほどの感激を覚えました。スコップか何かを使ってサッと採られるのだろうと思って見ている

と、なんと先生は、小さな枯れ枝を使って、シャカシャカとさわやかな音を響かせながら、まだ雪の下にあるふきのとうの周りの雪をやさしく取り除き始めたのです。「なんと“めんどくさい”採り方をされるのだろうか」、そう思った私は、先生が作られた梅干し入りのおむすび一個が、なぜ自殺まで決意している人の心を癒し、生き続ける希望を与えるのか、の理由がわかったような気がしたのです。

大切なのは効率などではない。来訪者に向ける思いは、言葉を交わさないふきのとうにも向けられる。その下には地下茎があるのだから。そしてまた、そのひたすらな思いを来訪者に向ける。来訪者は、最後の支えを求めてすがる思いで訪れる。そして、ひたすらな思いで迎えられる。その「訪ね/迎えられる」ということが大切である。

 

 

22日の冬至にあたって、しあわせ講座

で学んだ二十四節気を基に来年に向けての目標を改めて決めるのですが

 

 

今年は何かと学ぶ機会や場を与えられる事が多いのですが、ほぼほぼ心についての内容が多く、知らない事は素直に受け入れようという事でここ1年は特に自分を問う、見つめなおす、あり方を決める

という内容が多かったのが、今まで軽視していたのとこれから必要になってくるのだというお導きと思うようにしております。という事で学びの内容もどんどんこれから出していきたいと。

岸先生から教えて頂いたのは2018年は 「戊戌年」(つちのえ)

 

 

陰陽五行でいうと、戊と戌は、ともに『陽土』に分類

同じものがふたつ重なることを比和といい比和の年は、徹底的に幸せ、または不幸せになりやすく、大改革の年ともいわれています。これまでのルールや慣習などを捨て、新しいことを行う年

そして、冬至のタイミングは「一陽来復」といい、これからどんどん良いことがある運気上昇の日ともいわれこれから太陽が昇る時間が増えていく節目の日

かなえたい夢や目標を確認する
冬至の日は太陽が、再スタートをする日
太陽と一緒に、自分の夢や目標を再確認して、自身もスタートを切ってみる

逆に避けた方がいいのは愚痴、悪口

太陽がこれから強くなる、力の強い影響力のある日に言葉にチカラが宿るのがマイナスな言葉だともったいない。

 

 

昔、冬至はその昔「死に最も近い日」といわれ

陰陽思想で言えば「陰」が極大、「陰極而陽生(陰極まって陽生ず)」
つまり、陰が極大化すると、一転して陽となる。

だから冬至の別名が、「一陽来復(いちようらいふく)」と言われているみたいです。

 

 

これから太陽がどんどん主体になっていく季節になるので今までは内側(自己の内面)を見ていたものを外側に出す時がきた!という事で太陽が出てくる時に合わせて魔女もユールの祭典の時期にあたります。。(笑)

要約するとキリスト教伝来以前のゲルマン民族の祭りでミトラ太陽神のミトラ教だったような。詳しくはこちらにて

 

いろんな教義や説に依存する訳ではないのですが、何故かお会いする方、集まる場がそういう事に興味を持った方が多く、1つに固執せずいろんな角度から物事、世の中を楽しく見て引き出しネタが多くなれたのは良かったです。

 

知識というより、知る事でより生活を充実し、仕事お金人間関係といろいろある悩み事に対して、少し違う角度からアプローチできる事によって1コでもしあわせ、楽しいそんなつながりに持っていければと

特にその辺りは釈老師との日々のやり取りにおいて学ばせて頂きました。

 

老師の強い思いの中には下記の様な現実に起こっている事に対しての宗教家の体たらくぶりを嘆く事が多く

本来、釈尊が行い続けた講話、対話を続けていこうと、そして残りの人生の活動を絞って展開したい!と熱い想いを語って頂いたのがきっかけで今に至るのですが

●政治家の不正、腐敗
●グローバル企業や各国利権企業の搾取、支配、業界関係先への取引圧力
●宗教家の堕落や腐敗
●社会活動家や人権活動家の机上の空論(難民、福祉問題の解決に至らない)

 

 

現実にこれらの現状がある中、実利と心を経験し学んだ人間こそが草の根的に活動していこうという想いで活動しております。

加持祈祷だけではどうしようも解決出来ないこともあり、現実の悩みに対して宗教家の言葉で本当に助けに至らない事もたくさんある。

だからこそ、今悩みを抱えている所に少しでも光を指し示す事が大切と。

 

今年、老師の活動の代表に任じられた事も大きな出来事の1つなのですが、肩書きの前に少し大きなマクロの視点で物事を見ていく事が、仕事の中でも作業とお金、サービス:対価の領域から

業界ってどうなの?AIがきたあとはどうなの?そんな業界をどうするか、ライフスタイルはどうなるか=2年後、3年後うちの会社はどうなるかの話になる機会が多くなりました。

 

 

+深く考えさせられる事も多く

いつも、学びはやはり実生活や仕事で活かせるか否かの視点が重要だと思っているのですが

 

現代では物質的な、金銭的な幸せを求めなければ生活がなりたたないのと比べて古代人にとっての幸せは「創造」子孫繁栄していくこと

古代の日本は八百万の神で朝起きればお天道様に手を合わせごはんのときにも手を合わせ、生きていくためには、自然と一体になって共存していかなければいけなかった(自然の神様に生かされてるんだって感謝を捧げるために)

を説いていくと、古代から伝わる教えの中に金銭的価値、金銭的な幸せは無かった。

 

その価値の部分を現世でのしあわせ感に照らし合わせて解釈し、仲介出来る役割が求められる所であり自分自身が目指すべきところでもあります。

+α思風先生もよく取り上げるベルクソンも近しき事を言っているのですが

 

神秘主義の極致は、生が顕わにしている創造的努力と触れ合うこと

神秘家こそが、ともすれば創造を拒みがちな人間社会にあって、「神の働き」を感知し、それを発展させる触媒のような存在

 

フランス革命以降の進歩主義者が信奉する自由や平等の追求は、

個に立脚するばかりで人間の宿命的社会性を軽んじる”革新性”で

 

ベルクソンの生命の定義は「無際限に続く進展の連続」これを

エラン・ヴィタールという用語で「生命進化の根源となるもの」のコンセプトを提唱
「生命の躍動」、「生の飛躍」、「生命の弾み」


生命はその起源から、唯一の同じ弾み(elan)が連続しているもので、この弾み(elan)は分岐する進化の複数の線に分かたれた。(『創造的進化』P80)

万物の根源を宇宙的な生の飛躍(elan vital)としてとらえ、世界を不断の創造的進化の過程としてとらえた。(小林道憲『複雑系の哲学』P69)

生成する世界は絶え間なく新たなものを生み出し変化し続ける。そこには生命の躍動(elan vital)があり、予見不可能な創造性と不確定性があり、そこに自由がある。

世界は創造的進化の過程であり、生命の躍動(elan vital)の軌跡である。(『複雑系の哲学』p205)

 

 

いろいろと書いてみましたが、感性論からベルクソンにつながり、ベルクソンの思想からケンウィルバーにつながってトランスパーソナル心理学になり、ディーパックチョプラにつながり、ウィッパサダー瞑想になり、数秘術につながるという何かつながりがつながりを生んで

自分を見つめなおすだけでもいろんな学問に触れる機会があったことが有難く、

 

それを受身で聞いて満足から実践して実証して体験にする(=財産にする)を自らが行って、周りの方々の財産にもつなげていく

そんな事を考えていた今年の冬至でした。

 

 

 

熊本阿蘇の小国杉でのブランドを展開中の穴井木材工場さん

前職、社員数名の時の同僚で
WEBはじめ、熊本開催した勉強会等でご一緒しながら、当時まだ計画段階の商品から、ブランドになり地元も世界も見据えて展開中。最近頻繁なやり取りが多い中、嬉しいニュースが続々と。

 

当時まだ試作品段階から

 

現在、ホテルにお寺にとどんどん採用され

ライフスタイルブランド”FIL”

として展開中です。

 

 

 

 

勉強会の際は、毎回「最近あったいい話」からスタートし

 

・勉強会が1つのきっかけとなって海外展開を検討
・有機農法の野菜が他県のレストランに採用
・地元の小国杉を活用した商品の展開を都内に進出
・みんなでヤップ島に行くぞ!という話になったりとヽ(゚◇゚ )ノ
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヤップ島

一般的に山奥の過疎地、衰退産業と見られる所でも
同世代の方々が集い、ご自身の商売、商品の展開について
世界を目指す方、付加価値を研究している方など
現地で話をして、活動してを見ていると
場所関係なく少しの意識の変化と行動で全然変わるのだ!と感じます。

 

 

なお、、イスラエルは

キリストの聖地に行ってきますという事で、イスラエルで過ごした経験をきっかけに

 

ヘフチバハイファ、テルアビブ

の方が来られ

 

体験がどこで何に役立つか分からないですが、プランドハプスタンス(明確なキャリアプランは必ずしも必要なく、偶然の出来事や出会いを味方に付けるようなポジティブ・シンキングによって、キャリアアップを図ることができるという斬新な理論)によっていつの間にか当時厳しそうかな~と思っていた、廃材を基に商品化ブランド化していくのが実際出来ていると!

上手くいかない理由は当時、ぽんぽん出てきたのですが
試行錯誤でもチャレンジしてきた結果がいつの間にかという事で、書籍や理論ではなく

想いと行動が大切なのだ

と改めて教えて頂きました。

 

ちなみに、イスラエルもビジネス的に面白く

ソーシャルカジノゲームのPlaytica(プレイティカ)

 

パーキンソン病治療薬を開発したNeuroDerm

 

自動車向け半導体Mobileye(モービルアイ)

 

共通しているのは、育てて売却している事。

 

世界中の企業が買収先を求めてイスラエルに集中していて日本からの投資も、2012年から2016年の4年で100倍の222億円に急増。年間約5500億円のベンチャーキャピタル総投資額

 

他にも

人口視覚を活用して、視覚障害者の生活の向上を目指す OrCam

 

レントゲンやMRIなどの画像をディープラーニングによってAIに学習させ、病気の見落としを防ぐ Zebra Medical Vision

 

 

年1千社を超える新設企業数、ノーベル賞受賞率、これらが人口一人当たりでは世界一でアメリカの買収総額の20%がイスラエルの会社

単にお金持ちで引退ではなく、次々に新たなチャレンジをする風土というか根底にある教育の部分が影響しているそうです。

 

・10歳以下で基礎的なプログラミング教育が開始

・12歳からはサイバーセキュリティーの教育

年間で最低でも90時間、より難易度が上のコースでは450時間の学習で18歳ころには世界でも渡り合えるレベルの人材が何人も誕生

 

 

技術を開発するだけではなく、どう売り込むかグローバルに受け入れられることを前提に考え、その基には自分の国をもつことすら許されなかった歴史的な背景がある中何もないからこそ、自分がやる!という起業家が産まれる土壌があるのではないかという事で

 

中国からの留学でうちで働いてくれた湖南省出身の李さん

ご両親とご両親世代が大躍進と文革時代を経験し、いろんな背景を背負って日本に留学して、そもそも地元というか自国で就職する予定が無く、日本で学び、その後アメリカで学び、自分の可能性に挑戦したい!という方で他に頼れない、自分自身を成長するしか道は無いと、強烈なマインドの高さでこちらが教える以上に、自分の将来を見据えて今何の技術を学びたいですという将来設計を描いていた21歳!

 

 

釈老師からも
世界に尊敬される人材
を毎回語られる中で、きっかけの1つはマザーテレサとの出会い、とある韓国の禅宗のお坊さんとの出会い

いろんなご縁が自分を導いてくれて、ご縁があるところで学んで行こうと進めた結果が
様々な宗教に出会い、関わる事になった。
いろんな場所に行き、いろんな方々との交流の中において今まで知っていた日本についての歴史が全然違う情報が入ってきたり
それを皆さんに伝えていこうと

自分の使命を考えると
いろんな人達と友になった事が財産であり私がそこで聞いたり見たりするものをフィードバックする。

それを仰られていて、日本には素晴らしい文化、伝統があっても
それを広められる人材がもっと育たないといけないのでは!と感じ、世界中を周り、実際に現地で目にして耳にして話して
自分の目で見た事のみを語るという事を基本にされているので、そこから出てくる話と知識で出てくる話は違うなと。

 

 

 

 

 

来年は講和会も、実際に現地を見てみる感じる、体験してこそ実につく機会を増やしていく会にしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回で第3回となります猛獣会議開催!

塾頭と直接顔を合わせて現在ご自身で抱えている悩み、課題を仰って頂きながら、解決に向けてのヒントを!という形で開催しました猛獣会議.

 

前回開催の様子はこちら

 

 

 

話の中で印象に残った内容として、

何をしたら評価されるのか

目標達成する手段としてのKPIだけではなく
現場の人間がどういった方向性を捉えれるか、納得できる指標になるか、達成できたら何が起こるのかを伝える事により

組織は回る。自分ごととして捉えられる。数値のプレッシャーをかけなくても大丈夫。

それでも出来ない場合に、中間管理職向けに研修を実施する
それがOFFJTとOJTの理論と実践のバランスを軸に展開していく
という所で

特に評価を目標達成で考えがちではあるものの
生々しく、給料や現場の方の意欲などを軸に考えているのが
よく塾頭曰くのMBAでは学べないのフレーズなんだなと実感します。(なかなか書籍ではみかけないし)

 

 

10年程前に自分自身が独立、会社を創るという段階では
「イノベーション」「アントレプレナー」「ビットバレー」「ランチェスター」セコイア、クライナーはじめとした「VC」
など常に成長、成長の言葉が溢れていて、土日の使い方がその後の人生を決めるのだ!と教えられてきたのですが

 

 

今となって必要性を感じているのは
「事業承継」「第2創業」:理念浸透、社内コミニケーション、やりがい、教育、モチベーションアップなど

 

自分自身を例にキーワードを挙げながら
必要とされる内容が変わりつつ
競争→協働、共感にシフトしてきている感じがするのが
会社もステージ毎に求められるものが変化し、ステージの変化に伴って求められる個々人の能力も0から1の突破力から1から3、1から5のいかに今あるものを育てるかのステージに変化してきているという事。

 

評価指標もまだまだ零細企業の自分には当てはまらないところですが
社員数名が数十名にシフトする段階において、必要になってきて、それを制度仕組みありきではなく
現場で最前線の方がいかにやる気と役割を認識するかを重視されていたのが
塾頭のP&G,マックスファクター時代の成功要因を基に解説いただきました。

 

 

猛獣会議も少人数制をとっているのがかなりプラスに働いていて
超少人数制であるということと
長時間塾で勉強すること。

その本質は、「たくさんの対話がある」ということ

吉田松陰率いる松下村塾
緒方洪庵率いる大阪の適塾(教え子に福沢諭吉)
「少年よ、大志を抱け!」のクラーク博士率いる札幌農学校。
教え子に新渡戸稲造や内村鑑三
(ソクラテスも対話、孔子の『論語』もお弟子さんとの対話)
これらの塾に共通する所でもあります。

 

 

 

 

 

兼ちゃん先生のしあわせ講座アドバンスの集い
香葉村真由美先生もご参加頂きました。

失礼ながらお名前しか存じ上げなかったのですが、書籍、メディアを通じて見て、素敵な活動をされていらっしゃる方で子どもたちと熱心に向き合う方で、小学校で子どもたちに教える一方で、全国の学校や施設などに請われて講演も行っておられます。


うちの母親も2,3年程狭山で小学校の先生をしていて
先生の楽しさと大変さを感じたのは自分でスタッフさんを持って
意思疎通が上手くいかない時に、母親との会話で
「先生って生徒さんを選べなくて、教える内容もある程度決まっていて、尚且つ1対1で向き合えないから大変じゃない?」

やっと分かってくれた!かと言われ


当時まだ、先生も女性が社会進出が今ほど認められてない時代で
学校が荒れていた時代で、あの地域は日教組色が強いからどうのこうの、大学でて教員になるのは社会を知らない!と叩かれ大変だったと。
でも教育に対する情熱は持ち続けていた方で
リトミック、シュタイナー、モンテッソーリなどなど教えてもらいました。


お互いがお互いを選べない所から、1対1で向かい合えず、やる気が在る子もいればない子もいて、時に呼び捨てで呼ばれ、いろいろ制約が多い中で求められる事は大きい中
先生もみんながみんな熱血、情熱先生ではないのでメンタルケアも必要ではないかと思う所です。

香葉村先生の元気な声で思いっきりあいさつをする朝礼
「朝礼を通して、その日の子どもたちの様子を知り、思いっきり声を出すことで自分の殻を破る力を一緒に身に付けていこう」

いろんな角度、視点で物事を見ていて誰がどこに興味を持つか分からない、
ただ、楽しそうに面白そうに人生生きてる先生を生徒さんが見たら
それは興味持つんだろうなと。思い

 

正しい事、常識を口で繰り返し言うよりも
生徒さんの悩みと同じ目線で見てくれる人には興味を持ったり

そんな先生だったら、自分だったら生涯忘れないだろうなと思います。
どの学校が良い悪いよりも、1人の先生の想いや覚悟や接し方などなどに心が触れるのかなと。


そんな自分はやっと、人様を雇う立場になった時に初めて大変さを知る事になりました。

就労支援を行っている頃も、こちらはお互い気があって頑張ってくれればいいな!という感じで接していたのが
当の本人は、いじめられ、学校に行かず、親から言われて特例子会社に行ったがそこも合わず
ここが最後です、という気持ちを持っていただいたのが過去13名の中でも半分近くはそういう意識を持っていただき、
社員さんとして雇用につなげられなかった自分を反省していたのが強烈な思い出に残っています。

そんな心の悩み、傷を抱えながらこれから社会人になって頑張らないといけない立場にある方が
こんなにも多いのか!?とよく話を聞いていて
うちの様にパソコン前でも完結出来る仕事だからこそその人その人が活躍できる土壌があるのではないかと。改めて感じます。

だからこそ?ではないですが
中小、零細、特に地方の経営者こそ教育者であれば
素敵な社会になるのではと思う所で、母親も仕事内容には興味持たなくても
人を育てる、どう変化していくという事には興味を持ってくれて
知識、書籍、メディアの理解ではなく、体験から感じてたどり着いた考えというのは
ぶれないというか、堂々と話せるというか、自分の中でも同じ事でも知識で語るのと体験から語るのは天と地の差位の違いがあるところです。

会社を考える時も、もちろん収益、価値ある商品、サービスはもちろんですが
何百年、何千年以上に関わった人が幸せになるか!否かの視点の方が大切で
いくら続いても犠牲の上に成り立つのは違うなと。

 

 


話は変わり
来年3月30日予定で兼ちゃん先生講演in大塚が決まったとの事で
阿波忌部についてを語って頂きます。


当日林先生もこられるとの事で

新刊
「『天皇即位と大嘗祭』徳島阿波忌部の歴史考 」

 


忌部は古代朝廷の祭祀を始めとして祭具作製・宮殿造営を担った氏族であり、朝廷に属する品部(ともべ = 職業集団)と忌部氏の部曲(かきべ = 私有民)の2種類が存在した。品部である忌部には、玉を納める出雲、木を納める紀伊、木綿・麻を納める阿波、盾を納める讃岐などがあった。忌部氏は、5世紀後半から6世紀前半頃にその地位を確立したとされています。

つまり、日本の原点がここにあるのではないか?という事でそれを知る事によって過去を知る事と未来を創造する事が隠されているのではないか?という事で

 

何故過去を知る事が未来へつながるのか?

今、現在目の前の出来事は過去の事象との関係があり、過去だけではなく将来にも相関している。だから、現在そのもの中に、その現在も過去も、未来も織り込まれていて過去と現在を見つめ見極めることによって、将来もまた発見しえるという事!

今どう生きるかで、過去を変えることができる。真実に生きれば、過去を正当化させ、未来も正当化出来るのでは?

ただし、歴史的に抹殺されている

釈老師から教えて頂いた内容で
書物としては残っていないが恐らく歴史的に抹殺されているであろうから公に世には出せないとのこと。 また、士農工商において現在の制度になっているのは江戸時代以降から、その前は士農工商の下には2つ分類されており 実はその1つに天皇家とのかかわりの所があったとのこと。

忌部の他に卜部族というのもあったそうで
卜部族や忌部族はその名の通り、占いをやって、葬式をやっていた。それも天皇家のを行っていたとのことで、血統がまざっているであろうというのは近親相姦で障害を持つ可能性が高く、血統を大切にするからこそそこに他の血が交わらない様にとのことであえて他の部族が入らない様に排除する形式を持っていたとのこと。


面白いのは、Y染色体というのがあり 人間は23対の染色体を持ちその性染色体は、女性は『XX』で男性は『XY』と呼ばれている この一つだけ違う『Y』の部分が男性になることを決定するので、『Y染色体』は父親から息子にのみしか遺伝しない つまり「男系男子」のみに『Y染色体』が継承されるということになる

Y染色体は、その男性の父親のものであり、同時に祖父、曽祖父のものとも同一、神武天皇から今上天皇まで受け継がれてきたという事。 そのY染色体が男系にしか継がれないからこそ、皇位継承においても男系が大切と捉えられているという事があり、昔から血統(血筋)を大切にしてきたことにより遺伝子(DNA)が受け継がれている。その視点に置いていい悪いは別として男系を重視するのはそこにあるとのことでした。


他にもいろんな説があり
「伯家神道」


伯家神道に「祝の神事」と言うのがあって、。
本来天皇は即位式と大嘗祭を祝(はふり)の神事の3つを受け継がなければならないとされ天皇が3代続けて祝の神事を受けないと、4代目の天皇が最後の天皇になると書かれている。明治天皇は祝の神事を受けているが、大正、昭和、平成は受けていない。しかもこの神事を行わなくなって100年後、新たに即位した天皇が最後の天皇になるとも書いてある。
この祝の神事が後醍醐天皇まではやっていて南北朝時代、北朝家が即位式しかしなくなった。
吉田松陰も南朝に戻さねばと訴え続けた。それを学んだお弟子さんたちが明治維新をおこした。

 

とある説では

北朝だった孝明天皇は維新の志士たちに殺され、

南朝の血筋の大室寅之祐が明治天皇の座に据えられた。
「大室寅之祐」と検索するといろいろ出てきます。


もちろんどれが正しいかは全然分からないのですが
歴史の暗い部分に目を向ける
事実を直視し、現実を受け止める。

 

 

忌部も有難い事に、先祖代々母方の実家である訳ですが
曾御婆さんはよく「ようけこの辺は変わった人がおるけん」と(笑)

有名どころで後藤田さんのお父さんにあたる増三郎、耕平さんの話から
あまり表に出ないんですが
川島中学校に通ってた大川隆法さんの話や
幼少期の頃の田岡一雄さんの話

地域で見ると皆さん忌部族の地域で地域だけから見ると
大川氏も田岡氏も忌部族の血筋
また、人権問題も盛んな地域でもあり
綺麗に見える部分とそうでもないところと両方ある訳であり、、
大切なのはその綺麗に見えない部分もあったんだと知る事で
良いことだけではなく、生々しい歴史を経てきたけれども本来は素晴らしい文化、伝統、農法etcがあった地域でもあり

釈老師曰く、

歴史は勝者の都合によって作られてきた経緯がある為、本当に真実か否かは分からない事が多い。でも真実かどうかは別にして、いろんな考え方がある!それを皆さんに分かって欲しい。

そのいろんな説がある中で最終的に良かった事、悪かった事を検証して良かった事はご自身に活かして欲しい。悪かった事はそれを繰り返さない様にしてほしい。

よくないのは鵜呑みにして流されてしまう事。歴史を辿ると疑問を持たずに入ってきた情報に流される事でファシズムが生まれた背景がある。


なので、綺麗ごとは凄く少ないと思われ
本来生々しい歴史であったとしても、その中に綺麗な考えをした部族もあって、それが
忌部族であろうと信じる様にしております。

 

 

第1講座:女神講座
第2講座:女性の体について
第3講座:胎内記憶について
第4講座:魂について

第4講座は、胎内記憶の事例を以前TVで取り上げられた動画を基に解説頂きました。

「胎内記憶を知ったお母さんは子育てが楽しくなる。親子関係が良くなり子育てが前向きに捉える事が出来る」

 

 

「退行催眠による胎内記憶」

胎内記憶の事例の中で、お母さんを笑顔にする為、地球を救う為に来る子が多い中 離婚をさせない為に来る子の例を教えて頂きました。

チェンバレン博士の紹介(誕生以前の退行催眠)
『誕生を記憶する子どもたち』デーヴィッド・チェンバレン(米 1988)

池川先生が99年頃にチェンバレン博士の本と出会い、退行催眠をかけて聞き出した「誕生記憶」
※退行催眠とは本来、患者さんの深層心理を引き出すことで、過去のトラウマを解決する手法

退行催眠で過去の記憶を思い出す時に(お腹の中の記憶)が出てくるケースがあり、 生きづらい方2000人に退行催眠を行った所、2000人中6人だけこの両親の所に産まれて来たくなかった。
残り1994人は今、生きづらいと感じていても自分はこの両親の下に生まれてきたかったという実験結果が見られ、自分で選択して産まれて来ているという事が退行催眠からも検証出来た話を頂きました。

産まれる前から産まれて来る目的を殆どの方が持ってきて産まれて来ているなら、新たに考えるよりも元々の家族(お母さん)を基に振り返ってみると本来生きる目的を見出せるかもしれない。そこの第1歩として胎内記憶があるという事を知ってもらう事がいいのではないか。

池川先生が医院のスタッフさんに話をした時も当たり前の様に「うちの子はお腹の中にいたころのことを覚えてます」と言っていたとの事です。

 

 

 

魂について

魂は「たま」と「しい」の2つから成り立っている。
「たま」は情報

「しい」は感情

情報に感情が乗った状態が魂

薄い皮の中に情報が入り、肉体に宿る。
その後に情報が書き換えられて、宇宙に持って帰る

魂が真ん中にあって、その周りを覆っているのが情報(記憶)
産まれる前に持っている情報が
A,B,Cと仮定するとこの世に生まれていろんな経験する事でA,B,CがlargeA,largeB,largeCと情報が濃くなり、その情報を持って空に帰る。

つまり、生きて産まれて亡くなるまでに行うのは「情報の書き換え」

書き換える為に生まれてきたのだから
何がいい悪いではなく全ての人の人生がOK。

 

 

 

当日の様子を1期トミーさんが紹介してくださいました。

きのうは第13期の愛の子育て塾でした!

6年前の 第1期は参加者として、その後はオブザーバーとして、3人の講師の中の1人として、毎回出席させて頂いていますが、池川先生のお話はどんどん進化していて何度聴いても面白いし深い学びになります

今日も笑いあり、涙ありの楽しい時間でした‼︎

本当に深いお話で書ききれませんが、少しだけシェアさせていただきます☆

生きづらい、こんな世の中生まれてくるんじゃなかった、と思って生きてる人集めて退行催眠したら、2000人中6人以外は
「生まれて来たかった」 と。
つまり忘れているだけで、ほとんどの人がいろんなことわかった上で、生まれて来たくて生まれて来ている。

 赤ちゃん異常があるとママから刷り込まれたら異常になる。
異常なんじゃないかといろいろ調べたり、異常かも?と思うとそれがママの願いだと思ってそうなる。

うちの子病気がちで、、、 と言っていたら本当に病気になる。
自分の気持ちで子供を悪くする必要はありませんね?

私たちは魂の情報の書き変えのために生まれてくる。
だからどんな体験でもいい悪い関係なく情報の書き変えができる。

赤ちゃんたとえ流産や死産でも、お腹にいた時の感情や情報は持って帰れる。 それだけでも嬉しい! ありがとう! と帰って行っている。

他にもたくさんお話してくださいました

最後は松前けんちゃんの娘さんの感動的な動画でみんな涙

少人数で、池川先生に直接質問したり、自分の話を聞いてもらえたり、講座のあと先生とお酒を飲みながら一緒にお食事できる機会は、愛の子育て塾しかありません。

大人気のこの講座、来期の募集もそろそろ始まる予定ですので、ご興味ある方はチェックしていてくださいね^_^
すでにお申し込みもあるようです。

詳細はコチラ
https://iwillbe.co.jp/ainokosodate/

ここでしか話せなかったことを話せたり、話のわかる人たちに出会えて参加して本当に良かった! 世界が変わった‼︎ とおっしゃる方も多いです。

また主催の松前けんちゃんも愛の方で、是非皆さんに1度は会って頂きたいです

池川明先生、松前けんちゃん、今日は離れた所からエネルギーを送ってくれた土橋優子ちゃん、Liraちゃん、撮影、編集の山ちゃん、ご参加下さった皆様に感謝致します


池川先生のメルマガより

2018/12/14

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池川明の胎内記憶(出生前記憶)からの子育て(73)

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愛の子育て塾13期生終了しました。

愛の子育て塾が今年最後の講義を終えました。

これまでで100名以上の方が参加なさり、各方面で活躍されています。

国内のいろいろな地域で講演会に伺うと、「受講生です」とご挨拶される機会も増えてきました。

嬉しいことです。

愛の子育て塾は、これから赤ちゃんを授かりたい人、現在妊娠中の人

子育てで悩んでいる方、良い子育てをしたいと願っている方に、

胎内記憶から考えられる子育ての仕組みなどを解説している3日の講座

でスタートしました。

一期生からなかなか面白いメンバーが集まり、この講座に参加すると

子供は全く考えていない、とか、彼も居ないし、一生独身で通す、

という人や不妊で悩んでいるんです、という方が、どんどん結婚するし

高齢の受講生も、ちゃんと赤ちゃんが授かって皆安産だ、と評判に

なっている、不思議な講座です。

回を重ねるごとに内容が濃くなっていて、それまでに分かったことを

取り入れていくので、一期生の時と比べると十三期生は、かなり内容の

濃い講座を受けていることになります。

何らかの理由で受講できなかった人は、その次の期で不足分を補うこと

ができるので、補講以上に充実した内容を提供できていると思います。

現在は、量子力学的子育ても取り入れて、魂の存在を五次元世界を想定して、

その魂と肉体との関係についても語っていて、かなり面白いと思います。

十三期生の最終回には、今回初めて動画を提示させてもらいました。

2005年5月にフジテレビで放送された「胎内記憶特集」の映像を流し、

久しぶりに若いときの自分と出会うことができました。

その内容は現在見ても十分に手応えのある内容で、胎内記憶を知るには

最良の材料の一つだと思います。

それから1990年代に放送されたワンダーゾーンの動画で、チェンバレン博士

が退行催眠をする場面があり、母親との関係の悪いサラマーティンさんが

退行催眠を受ける場面が出てきます。

親が妊娠中から荒れていて、子供を産みたくない、と言っていることも思い出したそうです。

そのために親との関係がものすごく悪いのに、受精の瞬間まで思い出して、

さらに自分の母親を自分で選んだことを思い出し、

そのお母さんを助けるために生まれて来た、と話しています。

同じように、多くの人は退行催眠で「私は生まれてきたかった」と語るそうです。

多くの人が語っているので、多くの人に生まれて来た目的はたぶん

どんな状況であれ、間違いなく「生まれるため」というのがあると思います。

さらにワンダーゾーンの中にはデヴィット・チーク博士という産婦人科の

退行催眠の専門家が出てきて、インタビューを受けています。その中で

2000人の生きづらさを抱えているクライアントさんに、「自分は生まれて来たかったのか?」と

質問すると「たった6人だけがノーと答えました」と語っています。

さらに

「後の約2000人は自分は生まれて来たかった、しかも、今の両親に産まれてきたかったと言うのです。」

と語っています。

ということは、100%でないにしても、どうしてこんな辛い人生を送っているのだろう

と思っている人のほとんどは、自分でその環境を選んで生まれて来ている

ということになります。

障害を持つことはどうなのか、虐待はどうなのか、と聞かれることがよくありますが、

自分で選んできた、ということを前提に考えると、ある答えが見えてくると思います。

ところで話が変わって、ネットで見つけた情報をシェアします。

子供が成功する確率を高めるカンタンな方法

70年間、7万人の子供たちを追ってわかった「良き親であるためにすべき7つのこと」

というタイトルと見つけました。

https://courrier.jp/amp/145006/

その7つとは

1)子供に話しかけ、子供の話を聞く
2)子供の将来に希望を持っていることを、子供に対し明確に伝える
3)温かな感情をもって接する
4)読み書きを教える
5)旅行や行楽に連れていく
6)毎日、本を読み聞かせる
7)毎日、決まった時間に寝かせる

です。

その記事には

どの親のもとに生まれるかによって、それほどまでに子供の人生が大きく左右されるのだ。

では、貧困家庭に生まれた子供は必ず不幸になってしまうのだろうか?

答えはもちろん「ノー」である。

貧困家庭の生まれでも豊かな人生を歩んだ子供たちには、ある「親の行動」が共通していたのだ。

とあります。

貧困≠子供が不幸

なのです。

上記の「子育ての7ヵ条」を実践した親のもとで育った場合、貧困家庭で生まれた子供と裕福な家庭に生まれた子供の格差は50%も縮まるというのです。

どんな家庭でも(例え裕福な家庭でも)これらの7つの事柄は子供の将来にとって

とても重要な内容だろうと思います。

できれば胎内から赤ちゃんを意識してもらえると、もっといいと思います。

明日から、胎内記憶教育協会premeaの初めての地方で開催する基礎講座を佐賀で行います。

中国からも参加する方がおられ、今後の胎内記憶の広がりを世界を視野に

入れていくきっかけにもなりますので、大いに期待しております。

今後の胎内記憶を世界に広げますので、お手伝いして頂ける方が

増えると、ととても嬉しいです。

来年は基礎講座を開催できる講師養成講座も始まります。

年間で約60名の講師の方を養成して、皆様に活躍の場を提供していきたいと

考えております。ぜひ意欲のある方の産科をお待ちしております。

詳細はpremeaのホームページでご覧下さいね!

https://premea.or.jp/

では、また次回をお楽しみに!

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来年から12期に突入する武士道経営塾、OBの集い

武士道経営塾では人を惹きつけ、人を動かす、人の道を知る魅力的なリーダーには。
他のお役に立ちたいと一途に思い実行できる 強靭な利他の精神を目指して活動

今回は7期の株式会社セブンエイト
下郡山さんのセブンエイト海老名店にて

 

 

下郡山さんの生い立ちから現在に至るまでの話では

昭和終わりの頃に、不動産売買の仕事につき、建築、独立に至るまでの話の中、バブル時代の不動産業を経験され、人の確執や自宅土地を手放さざる負えない状況など、単に不動産を仕事にしているという事ではなく、様々な葛藤、人生の厳しさを体験しながら試練を潜り抜けてきた話を頂きました。

またそれ以上に聞いてよかったなと思うのは、体験を基にした話なので何よりも臨場感があり、どろどろした現場の話あり、バブル時代のいろんな話あり、またそれを経て現在の事業で目指している所などを聞いて、武士道経営塾を通じて1年がかりでスタッフさんと共に創った理念!

そして様々な人生経験を通して、いろいろ厳しい場面や上手くいかない事も多いけれども、自分が乗り越えれるからこその試練だと思って取り組んでます。の言葉。

馬場先生の

状況は変えれないけど状態は変えれる

共同パートナーとの訴訟問題の際、莫大な支払いを請求された時に、たまたま縁あって大きな仕事が入り、本当は自分は悪くないけれども支払いを行った。そこにはぎくしゃくした関係でずっと裁判を続けるよりも心が豊かな状態で日々過ごして仕事にも取り組む事が大切だと決意しました!

これって結構凄い事だなぁと。生々しい体験談も語って頂きました。

 

 

 

 

一般的に良く見るものであったとしても、これを創るのに1年かけるのは詰まっている思いが違うな!と。またそれを日々常に見れる様にサイズをコンパクトにして見返せる状況にしている所に工夫がありました。

 

今後は不動産、建築の実績を基にして地域を大切に!住宅展示場を地域のコミニティとして活用できる様にとOPEN、昔はいかに高値で売る不動産の事業をしていたのが、もの、工法を越えて、その人・家族の生活や心の部分に焦点を当ててライフスタイルの提供を地域を絡めて提案していく、様々なライフスタイルを提案し選択できる様に家具などにもこだわって、自腹でヨーロッパ風の展示場、家具などもいろいろ取り入れて素敵な活動をされています。

 

自分も父親が不動産鑑定士の仕事してる中で、難しい資格なんだなぁという所までは知ってる程度で、子どもの頃は机の上に地図を広げ、まだPCが無かった頃に電卓と定規、分度器使って地図にいろいろ書き込みしながら電卓をチャカチャカ動かしてる父親の姿を見ていて、「何が楽しいのかな~」「誰が喜ぶのかな??」という視点でしか見れなかった子ども時代でしたが。。

生涯の場所、人生の一大選択が土地売買の裏にあるんだと思うと、仕事についての視点、魅力が見えてくるのかなと。

自分に子どもがいたとしたら、パソコン前でカチャカチャやってる事にどう面白さ楽しさを伝えれるか!なんだと、思います。

 

 

 

 

 

 

今年も年末の卒業式スペシャルで開催の若獅子の会

卒業してからは中今の会も発足し、中今というのは、上の世代と下の世代を紡ぐ責任ある世代として、「中今」という言葉を用いています。その中今メンバーからのメッセージ

 

 

私もこの中今メンバーのある方から、昇地先生の記事を見てご連絡頂いたのが一番最初のきっかけでした。

さすがは我が大叔父様!多分叔父さんの存在がなければ出会う事は無かっただろうなと思います。

 

中今の会を創設する前に、藤尾社長と話しした時に

世代的に20代はこれから仕事を覚え、スキルも人間性もまずは学び続けていく時期だと思いますが、その後家庭を持ち、キャリアに悩みながら将来を考え、自分だけではなく家庭も部下も含めて持つ責任が多くなるのは30代、40代、そこの世代こそ学びをアウトプットし、支えあう仲間の存在が必要ではないかと話をし、その際すぐ作れ!と話したのを思い出します。

 

自分の様に昇地先生がいて、自分で事業を行っているのは稀なケースで、大半は企業(組織)に属しながら日々人間関係と業務と家庭といろいろ抱えながら頑張っている人が大半で、自分の様な稀なケースよりもそういう殆どの層の方が主役となり、活躍する場、学ぶ場が求められているんだと思います。と共にチーム、部署、組織という自分には縁の無い世界が凄く大変なんだとは思いますが、そここそプラスになれば組織と会社がよくなる=いい影響がその会社さんの従業員さんに浸透していく。そこに中今に求められる価値なのかなと。

 

その点では、うちでインターンシップ、就労支援で頑張ってくれたスタッフさんが参加しそこに楽しさ面白さを感じて暮れることが凄くいいきっかけとなり、同世代で志の高い方、素直に勉強する意欲のある方との出会いが常に存在している価値がそこにはあるのかなと。

 

今回卒業を迎え、大変お世話になりました創設者である篠原さんの言葉

我々は微力ではあるが無力ではない!

仰るとおりで、微力であっても篠原さんの想いがあって、立ち上げようと!決めてスタートし、その後も人が集まらない時や会の運営に悩んでた時も、有志メンバーがいろいろ意見を出し合いながら時には馬場のカラオケ店で集客対策の電話がけをしたり。いろいろ苦労はあったと思いますが、それを超えたからこその現在全国に展開するまでになったのは、1人の志が全てのスタートで、集まる所に経済的なメリットがなくても、

 

志があって活動していれば共感する人達が集まる!その後いろいろあってもまずは続ける事の大切さ!

 

を教えて頂いた気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第103回となります若獅子の会、卒業式スペシャルという事で開催します。

藤尾社長が講演で、成功する人間としない人間の違いについてよくお話をなさいます。

 

「成功しない人間はいつも良いものがないかキョロキョロキョロキョロしている。成功する人間はこれだと思ったら、しがみついてでも学び、実践をしていく」

 

具体的に松下村塾の例を用いて解説いただくのですが、あらゆる素晴らしい人間を輩出した松下村塾でも2人だけ全然芽が出なかった人間がいた。そこにはどんな素晴らしい講義や教えがあっても受け取る側の意識がなければ何も変化も起こらない。そこに

森信三先生の
『人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。』

 

 

ただし、

「縁は求めざるには生ぜず。内に求める心なくんば、たとえその人の面前にありとも、ついに縁を生ずるに至らずと知るべし。」

 

 

色々な人と日常の中で出会っているはずですが、内に求めている心がなければ、通り過ぎていってしまう。出会いにもっと意味を持たせるために内なる心が先であるという事。


 

 

 

新たに、卒業してからは中今の会も発足し、中今というのは、上の世代と下の世代を紡ぐ責任ある世代として、「中今」という言葉を用いています。その意味からもありますように、相方や子供のみならず、両家のご両親・祖父母・先祖に至るまで大切にしていくことを考え直す会でもあります。
中今にはいろんな意味があり熊野大社の象徴である八咫烏【やたがらす】
八咫烏は三本の足

日本を統一した神武天皇を、大和の橿原まで先導したという神武東征の故事に習い、導きの神として篤い信仰があります。

 

八咫烏の「八咫」とは大きく広いという意味です。八咫烏は太陽の化身で三本の足があります。

この三本の足はそれぞれ天・地・人をあらわす、といわれています。

 

天とは天神地祇、すなわち神様のことです。地とは大地のことで我々の住む自然環境を指します。

つまり太陽の下に神様と自然と人が血を分けた兄弟であるということを、二千年前に示されていたのです。

 

日本の歴史における八咫烏の出現はきわめて古く、『古事記』『日本書紀』『延喜式』をはじめ、 キトラ塚古墳の壁画や福岡県珍敷塚古墳横穴石室壁画、千葉県木更津市高部三〇号噴出土鏡、世界最古の油絵である玉虫厨子(法隆寺蔵) の台座にも見ることができます。

 

三本足

・未来

・過去

・今

もしくは

・天→宇宙

・地→地球

・人→ひと

 

という意味があります。熊野三社も未来、過去、今という意味があり、

三社を回ることが未来・過去・今が統合されます。

 

古神道では

【中今に生きる】という言葉がありますが、

・未来過去今

・天地人 

これら全てを含んでいるのが、

【中今→なかいま】

 

 

 

 

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