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WEBマーケティング屋のブログ

WEBマーケティング屋ブログでは
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などを中心にWEB担当者、中小企業様でWEBを活用したい
経営者、担当者の方々に向けて情報を発信していきたいと思います。

胎内記憶教育協会(premea)から、本日講師養成講座の第1期終了という事で
これから全国各地にて、講師の方々が講座を開設していく運びとなります。

 

 

最初の第1期の講座でたまたま偶然の誕生日祝いもして頂きありがとうございました。

 

 

その後、卒業生100名近くに、講座受講後の次のステップの講師養成講座も第1期終了という事で、元々池川先生が仰っていた世界に胎内記憶を広めていきたいという想いが本格始動という形で、先生も北欧?方面に進出元年になり全国各地の展開をWEBで支援する為、いろいろ作業中であります(笑)

恐らく、学んだものを身につけて、広げる(人に伝える)ところにおいては
人それぞれ、ツールもそれぞれで得意不得意があると思いますが、そこにこそ自分の役割の大切さがあると思い

ひと昔前の様に、TV、書籍、だけではないところの広がりがWEB,SNSでいろいろあるからこそ

プラス面は:自分でコントロールし発信し続けれる

マイナス面は:やる事多く、情報過多になって選択肢として選ばれない

多分そんな両面があると思いますが、その辺りの話を池川先生とした時に教えて頂いた

2:6:2の法則

2割の方は大賛成で胎内記憶を信じてくれて、2割の方は毛頭から反対で何を言っても反対し続ける

残りの6割の方はどっちつかずであるものの、この6割のうちの方の1割が賛成の2割になれば広まると!

そういう視点をもって毎回話をしているとのことなので、先生の話の中でも難しい言葉や難しい学説の引用はあまりなく、初めて話を聞いた方にも分かりやすく教えてあげる感覚で興味なかった人でも、何となく惹かれそうな感じの話し方だなぁと。

 

昨年は1周年のパーティー開催で

池川先生からは、

子供たちの話を聞いていると矛盾する場合がある。


深いところでつながり(理解)が出来る。

 

先生の場合はいろんな事例がポンポン出てきて、理論的な部分も時に量子力学の話、医学者の見地、ヒプノセラピー、ハイヤーセルフの話が出てきてそれを基に解説いただいたりと。

 

感覚、直感、感性に近い話の時は事例を基にお話頂き

理論的なところは大体直接聞いて調べた話が殆どで、裏づけが多い

 

先生を見ていると1人の力では限りあるものの、1人で始めて続けている事で徐々に広がりが出来て、協力者が現れ、更なる広がりが出来てくる活動をずーっと続けている事が凄いなと感じます。

 

なので信じて良いと思ったものを周りから評価されなくてもやり続けているうちに周りから応援されるというのは、誰にでも当てはまる事で続けていく事の大切さが根底にあるのだと。

後は伝え方のツールを使いこなせばOKでこれから数年でどこまで広がるかを楽しみにしながら頑張ろうと思うのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月から新体制となりましたわれらがAOsuki
といっても自分は今まで通りのweb担当なのですが
今回から、山口新会長になり
もっと顔の見える会を目指していこうと、ブログスタート

こんな感じで持ち回り更新しながら、自己紹介兼ねて行ってます。

 

 

 

 

 

2008年のスタートから既に10年以上になるのですが、当初からweb担当でかかわっていると、歴史を感じますというか、年齢もみんな一緒に上がってきて、若手と言っていた我々20代がそろそろ40手前という事でおじさんの会になりそうな感じであります。ずっと任意団体の活動で10年となるとなかなか収益を得る目的ではない分、各々時間使って労力使ってというのがどれだけ続けるのが難しいか、そして有意義な事かを実感するところで

 

たどり着いたのは、無理なく続ける事

 

なのかなと最近感じます。

 

 

最初は、役割、担当、ルーチンを決めて、ビジョンは、理念は、、価値は、、、といろいろ考え考えてなかなかアクションにつながらずも多く、カチッと進めていこうとしていたのが段々とやはり、、本業が優先になるのでなかなか難しくなったりしながらも、でも集う場としての価値は昔も今もあって、この場があるから会えるつながる人、そして内内だけではなく地元の人という感じで

 

カチッとした運営よりも、雰囲気で楽しくゆったりと楽しそう面白そうという感覚をもってもらう方が大切なのではないかと。

ガチガチの理念を決めたとしても何か縛られ感をもってやるのはどこかでつまづく感じがしていたので、理念も共感も言葉で分かる人と肌感覚や場の雰囲気で感じる人とそれぞれあるなぁと教えてもらいました。

 

 

今月は恒例のAFSで4月22日、4月23日

青森市立油川中学校と青森市立三内中学校

 

 

3月11日(金)AOsuki総会&パーティー

AOsukiフューチャーズゼミ 青森西中学校  AOsukiフューチャーズゼミ 青森西中学校 AOsukiフューチャーズゼミ 青森西中学校 AOsukiフューチャーズゼミ 青森西中学校 AOsukiフューチャーズゼミ 青森西中学校 AOsukiフューチャーズゼミ 青森西中学校

 

AOsukiフューチャーズゼミ

 

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三内は三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡

釈正輪老師講話会

4月18日(木)東京開催、武道礼法&呼吸法

5月7日(火)東京開催、講話会

  釈正輪 釈正輪

武道礼法について

鎌倉幕府から江戸時代にかけて上に立つ地位の武士に求められたであろう「人間性」(倫理道徳) 

 

それを刀剣から生まれた武道という事で学ぶことが出来 

相手の動きや心理の洞察、それを踏まえた様々な駆け引きなど 刀1つとっても、背景の部分に焦点を当てると 

・相手の心を読む 

・精神統一する 

・武士道を様々な角度から見てみる 

 

禅や茶道、華道は主に自分自身を見つめ心を落ち着かせる事が中心だと思いますが 相手がいて、相手を洞察しながら自分の心を落ち着かせ、体を動かす 自分だけでなく相手もいるというのは武道に見られる所だと思い

 

 極論だとやるかやられるかのギリギリの精神状態で どう自分の恐怖心に勝ち、相手に勝つかで学んでいたと思うので 相手を倒すは学ばなくとも、自分の心に打ち勝つというのは学べる価値ありかなと。 

 

個人的に興味深いのは、幕末の志士が様々な流派の剣術を学んでいる事が その人の思想につながる所だったのか?どのくらい影響を与えていたのか? が興味あるところです。 

 

宮本武蔵『五輪書』から 

武士たるものの此両腰を持つ事、こまかに書著はすに及ばず。 我朝におゐて、しるもしらぬも腰におぶ事、武士の道也。 

 

武士たる者が腰に両刀をさすことなどはいまさら書くほどのことでもないが、 我が国では知るも知らぬも刀をさすことは武士の道である。 

 

松浦静山『剣攷』から 

 

剣は内に有て利剣と云ふ。神仏の剣を持給ふは、人を殺すに有らず。心の邪気を切払つて、悪念を亡し給ふ剣也。是を心の利剣と云ふ。

力、技としての強さはもちろん刀の徳による人間形成

そして示現流の久保七兵衛紀之英が著した『示現流聞書喫緊録』

 「太刀は敵を斬り殺すものであるが、敵を殺すより先に自分の心の中にある三毒を殺して、心を強明正光にしてから太刀をとり、敵を殺しなさい」 

 

「三毒」というのは、仏教でいう煩悩のことで、貪(むさぼること、欲深いこと)・嗔(怒り)・痴(おろかなこと) 刀をもって斬るべき対象は、敵以前に自分の内面にある邪念であり、これを斬らなくてはならない 

その様な相手と対峙する前に自分を律する道徳観があったからこそ、人の上に立つ武士が尊敬され続けてきた文化があり 道徳観が無く統治のみの場合だとするならば、尊敬されず歴史的にも悪しきものとして扱われてきたかもしれない という事で 心身を鍛える事の身についてを釈先生からは剣術、華道、茶道と幅広く実践を間近に見る事が出来ます。  

坂本龍馬『北辰一刀流』

八段階の伝授方式を三段階に簡略化し、竹刀打の技法を整備 また教義や技を体系化、簡略化し、六十八手の技を制定して誰でもわかるようにした。

勝海舟 『直心陰流』

竹刀と防具を導入し、立ち合いの稽古、試合稽古を広め、日本兵法史上において大きく貢献 型稽古ばかりではなく、実戦形式を導入できたことで門人がその数一万にも及んだという。

 

新選組『天然理心流』

稽古でも真剣と同じ重さの木刀を使うことで真剣の重さに慣らし、それによって足腰や呼吸の鍛錬も行う、という実戦を意識してのもの  

しあわせ講座の春特別講座開催にて、香葉村 真由美先生の講演でした。

 

 

 

 

 

 

真由美先生の話の中でいつも話している

大切な3つのこと、そしてその原点はお父さんの言葉から、真由美先生のお父さんとのエピソードから「自分は出来る!」そういう言葉をお父さんから声をかけてもらいそれが原点となったとの事でお話しいただきました。

1、「自分を信じる、自分を大好きになること」

2、「いのちを大切にする」

3、「愛をもって生きていく」

 

1、「自分を信じる、自分を大好きになること」

子供たちが自分から自発的になるきっかけだと思いますが、キラキラ朝礼というのをされていて元気よく挨拶し自分の夢を語る。そんな目がキラキラしている子供たちの様子が、学校がつまんないという感じが全く無く、何かちょっとした面白いこと、楽しそうなきっかけさえあれば全然子供たちの心はイキイキしてくるのだと、見てて感じる所でした。  

 

子供だけでなく大人でも、理屈ありきで計画立てたり夢を考えたりもいいのですが、子供が尊敬したい、こうなりたい大人像というのは壮大な夢を明るく語れる大人なんじゃないかと。 

 

今の子供が大いなる夢を持てないとしたら、それは日ごろ身近にいる大人がなりたい姿、憧れの存在であるかどうか?

も見ないといけないのではと思わされる内容で、、スポーツ選手、音楽家はじめ一流と言われる人は小さい時、若い時に始めた遊びが一生懸命やるうちに仕事になり、その道をひたすら究め続けていく感じがあり、それが一般の企業、仕事でも持てる様になれば変わってくるのではないかと! 

 

だからこそ、若く、子供のうちに自分に何が興味あるかのきっかけをつかむ事を多く触れる、また、男性脳の場合だと財を成した、業を成した人を見てしまうのですが、生き方でこうなりたい、尊敬できる人が子供の頃に見つける事が出来ればかなり素敵な事ではないか!と思います。 

 

個人的には吉田松陰の生き方、生き様が子供心に印象深くこうなりたい!像としていつもあるのであります。 

(松下村塾にて、生徒さんが1人でも楠木正成の話(千早城の戦い)を涙を流して講義された)そんな魂込めた学校の授業があればそれは興味津々で聞くだろうと! 

 

いつも思うのは実質2年あるかないかの田舎町の寺子屋がその後の人間を創り、明治を創って、日本を創る基になったのはたった1人の壮大なマインドと行動から起きている事ではないかと思うところで、財を成した訳でもなく業を成した訳でもなく、むしろチャレンジ途中で頓挫してしまっても、教えを受けたお弟子さん達が受け継いで叶えていった。

 

 そんな素敵な大人が今、どれだけいるのか? いなくてもこれから目指して頑張ろうという大人になりたいと。

 

 松下村塾に行った頃を思い出します。と共に自分も何気なく現地に行ってみるというのが今となって良かったなと。 (吉田松陰を尊敬してます。って言ったら怒られて、松陰先生と呼びなさいと言われました)  

2、「いのちを大切にする」

お父さんを交通事故で亡くした生徒さんとの会話をきっかけに、先生はいのちの授業をしようと決めます。

その子の願いはお父さんが帰ってきてほしいという願い。 真由美先生はお父さんのことを思い、講義の前に一人一人の机の上に手を当てて、お父さんの命を蘇らせたい!と強く願ってから講義をされたとの事で、その後雨がやんで太陽が出てきて、講義の後に教室からいつも聞えてきた悪口が無くなったとの事でした。 

 

自分だけではなく、自分の命はご先祖様も含めての自分の命。

 

たくさんのご先祖様の為にも生きようという想いがあると伝える言葉も変わってきた。

子供たちも純粋に感じてくれて自分の命は1つ、1人のものではなくずっと受け継がれてきたもの。 

 

※我が青森においても、中学生の自殺が問題になる事が多く、残念ながら自殺率ワースト3にいつも入っているのですが、自分の仕事とも関連して、いろいろ考えるとLINEやメールは心や思いを伝える道具ではない。(本来は情報を伝えるツールで思いや心を持っている道具ではない)にも拘わらず対面でというのが無くなってきている時代においてメールでLINEで助けを求めて、さらに傷ついてしまう。 

それが1対1ではなくて、1対大勢の感じで、いじめの対象が1人集中になって攻撃され続けるのが学校でも学校にいない時間帯も含めて攻撃され続けているのではないかと。 

特に冬の時期なんかは一日中家にいる事も多くて、家と学校と部活が生活の全てになっている子も多い中、身近に助けを求めるのがどこかになければ、四面楚歌になってしまっている子も多いのでは?

と特に地元近くの学校で痛ましいニュースを聞くたびに感じる所です。そんな子供がいても真由美先生の様な方が1人でもいれば全然違ったのかもしれません。

 

3、「愛をもって生きていく」

先生が初めて担任したクラスの生徒さんで、卒業後も親交があったそうです。

その彼女が、ある日学校に先生をたずねてきます。そして彼女は、とても辛い目にあって自傷行為を始めたこと、さらに、そんな彼女の心の支えとなっていた人まで事故で失ってしまったことを先生に話し、その数日後に自らの命を断ちました。

 先生が彼女に言った「頑張らなくちゃダメだよ」の言葉に思い悩んで、先生自身も心の病気になってしまい、ベッドから起きる事が出来ない生活が続き、愛、希望、夢という言葉が大嫌いになってしまった。 そこから助けになったのは娘さんの生きているだけでいいという言葉。

毎日石を拾って石に日付を書いて今日は起きよう!

次の日も石に日付を書いて今日は起きよう。そんな姿を見た娘さんの言葉をきっかけに子どもの本当の気持ちと向き合う教師になる決意をされたそうです。   

 

先生との会話の中で、照らし合わせてみていたのは同じ福岡の昇地のおじさんの姿

 

   

 

お二人の子供が脳性小児麻痺になった際は“なぜ自分の家族だけが、こんな苦しみを味わわなければならないのか”何度も死のうと思った。。 

 

そんな経緯があっても頑張ってこれたのは 頑張る姿であったと。 

それを生きがいにして自分も頑張ってこれたと。

 

 

   

 

当時は、脳性小児麻痺の有道さんに歩行訓練から始めて、片手で有道の腰を抱いて、もう片方の手を足に添えて、足に力を入れさせることから始めました。

立つようになったら、次は歩く訓練。手を引いて歩かせたり手を放したり。川土手の階段を上がらせた。

心を鬼にして訓練一点張りの父親。6、7歳の時、まだ歩けなくて2年連続で就学猶予に。 

なんとか歩けるようになって学校に入学したものの、倒れている有道さんに児童数人が砂を掛けている。

中学でもいじめられ2階から押されて転落して前歯を8本折る経験や鉛筆で顔を刺されたり、病むに病まれず

義務教育だから「行方不明」という手続きを取って中途退学させたとの事でした。  

 

 

しいのみ学園の名前の由来も 
山の中に捨てられた小さなしいの実は、落ち葉の下に埋もれて、人や獣に踏みにじられているけれども、温かい水と太陽の光を与えるならば、必ず芽を出してくる。 
それを名付けてくれたのは奥様の露子さんでした。 
その奥様の言葉がきっかけで「科学には限界があるが親の愛情には限界はない。必ずこの子をよくしてみせる」 息子たちの小児まひにうちひしがれていたら、これはもう心中するほかない。人間の生きるべき本当の道というものを、子どもたちが教えてくれた つらい出来事を通してしか知り得ないこと、感じ得ない幸福が必ずあります。暗闇の中でそっと輝く、その「小さな光」に目を向けられる、心の強さをぜひとも持ってほしいのです。 
世の中に出ていけば、いろんな問題にぶつかります。問題にぶつかった時に、そこから逃げずに解決してやろうという意欲を、人間は持たなければなりません。結局は、問題にぶつかったら自分で解決できるような人間になることが重要 貧困だとか、家族の事情だとか、自分を取り巻く環境をマイナスに捉えて自分の生き方を制限してしまうと、人間はダメになります。だから、どんな状況にあっても、自分の能力を最大限に出すこと。知能の高い者は、知能の高い仕事を、そうでない者はそれなりに自分の力を最大限に発揮して生きることが、一番の幸せにつながるのです。

そんな素敵な方が身近にいたことを当時は何とも思っていなかったのですが、、今となってやっと気づく事が出来ました。

 

 奥様の露子さんがパーキンソン病になっても 

↓ 

成すべきことは成した。自分のやるべきことはやったのだから、死のうが生きようが、泣いたりわめいたりすることはない。いつもそういう心持ちで生きることを学んだのです。身内の者が私にそういう生きる道を教えてくれた 

 

そして子どもたちが教えてくれたのは、

「教育とは情意(感情と意思)を安定させること」

感情を揺れ動かす為に、例えば

・時間割をなくしその日の天気と園児の様子で決める。 ・教室での授業を止めるときもあり、運動場で教えて、教室は休息の場にした。 そうすると、園児は運動場に大きな字を書いて学ぶのを自発的に行ってくれた。 大切なのは決して叱らず、笑顔でいること。

本人自身は笑顔を絶やさず、優しい人で難しい話をする人ではなかったのですが、きっと長生きや教育手法やメディアの露出以上に、こんなストーリーがあってその人の生き様が出来た。その生き方の部分の方が知る、学ぶ事として大切なのではないかと思います。 その後90歳超えてから世界一周を毎年行うのですが、

体力なんて考えていたら世界旅行なんかできんよ。「途中で死んだら海の中へ投げときゃええ」と

そんな方が身近にいたのもきっと何かのご縁なのだと今は思う様になり、直接話を聞いたり、遊んでくれたり、メディアには書けない苦労話も含めて、真由美先生の話を聞いて、こんな素敵な人がいたんだというのを少しでも伝えれる人間になりたいと思うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

●日時:2019年4月10日(水) 18:30~20:45(開場は18:15です)
●会場:人形町区民館
〒104-0061 東京都中央区日本橋人形町二丁目14番5号
●会費:おひとり1,000円(会場費、資料代)
※勉強会後、懇親会があります。(2~3千円程度)

 

 

過去開催の内容から

「人にやさしい会社になる」

4つの経営資源と言われる人物金情報の中で
いい会社の経営者に共通して見られるのは「人」が大切という事。

人が活かされる職場でなければ、元々情報を持ってくるのも、お金を稼いでくれるのも、物を動かすのも人が原点にあり人を大切にできない、していない所は長続きする経営のモデルにはならない。
それを事例を踏まえて紹介頂きました。

 

 

例えばよくあるケースとして
「何で何回も言っているのにお前は分からないのか?同じ失敗をするのか?」という事に対して

出来の悪い人ではなく、理解出来なていない、それは理解する様に話をしていないから
心が離れてしまっている状態でいくら正論を言ったとしても本人が聞く気持ちにまずなっていない。


そこに何度も指摘をされたとしても、その場では対応しても見えない所で不平不満が出てくる。
そうなってしまった人が情報やお金を持ってきてくれるのか?というのを上司や上の立場の人間が考えなければいけない。

 

人は大切にされないと人も集まらないという事で
これからの時代、少子化の流れがある中において、女性、外国人、障害を持つ方を雇用していく際に
大切にする事を怠っているとそもそも応募が来ないという状況が生れてくる。

 

人を大切にするという事で何を行えばいいかというと、何をやったらダメなのか?何をやったら不幸になるのか?を知っておく事。

それは過去は変えられるという事と=であの時こういう事があったから会社を変える、考え方を変えるきっかけになった。

元々、いい会社の経営者は最初から何事も全ていい会社であった訳ではなく、様々な試練の中で変わるきっかけがあり、その時に5人を大切にするという考え方が共通している。

1 社員とその家族
企業経営とは,社員とその家族の永遠の幸せを実現するための活動

2 社外社員とその家族
協力工場や外注さん,仕入先,下請けの部品会社,ベンダーさんなどいろいろな言い方がありますが,外部経済で我社の仕事をやって下さっている人は,材料やコストではありません。景気の調整弁でもありません。人間です。これは,非正規社員のことではありません。非正規社員は,1 番の方です。我社の社員ではないけれど,我社の仕事をやっている人々のことを社外社員と位置付けなさいという経営学

3 現在顧客と未来顧客
現在顧客は,今日買い物をしてくれた方,我社に利益をもたらしてくれた方ですが,未来顧客というのは違います。我社の前を通っている人

4 地域住民とりわけ社会的弱者
地域住民というのは,社外社員ではありません。顧客でもありません。会社とは,直接関係を持たない方々も大切にする。とりわけ社会的弱者というのは,自分一人では歩くことも立つこともできないなどの弱き人々です。具体的には,高齢者や障がい者です。その方々の幸せづくりを支援することも,企業市民として大事な仕事だと思います。事実,業績がぶれない会社は,高齢者も障がい者もシングルマザー,シングルファーザーの雇用にも注力している

5 出資者・支援者
株主。しかし1 番目から 4 番目を追求している会社で赤字になった会社は,歴史上存在しないので,結果として幸せになると思います。

 

夢を基本にそれだけで情熱を燃やして達成した人はイチロー選手を参考にしてみるといい。


計画的に物事を運ぶのが基本的な考え方にあり、計画がずれたとしても落ち込むことなく修正するというのを身につけている。そうでなければ日米通算で4000本安打という実績は残せない。

逆に天才肌でどこまでいけるかというと
ドラフト1位で入った選手がその後伸びないというケースとよく似ている。

 

あるべき姿の中に経営理念があるとした場合、どこかで立ち止まっていないか?という質問をよく行う。それは経営者が勝手にはまっていくケースが見受けられる為。

 

経営理念発表などでもよく見られるのが自分の理念に酔いしれて、周りが聞いていないというケースがある。聞いて下さいという段階でお願いではなく聞け!というスタンス。空想や願望の現れで経営を続けていくのは難しい。例えば昨日思いついた事業が出来ないかと相談に来る場合いきあたりばったりがおおく、人間的にはいい人でも経営者には向かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成最後の東京思風塾になります

第2回東京思風塾「新しい御代をいかに生きるか」

形式を変え、より思風先生を身近に感じながら話しやすい雰囲気の開催で座談会形式で行いました。

  • 思風先生からは元号発表に伴い、新元号「令和」が持つ意味と価値について
  • 新しい時代を迎える今、日本がなすべき志命、役割について
  • 質疑応答から

 

新元号「令和」が持つ意味と価値について

これから毎日元号を使う日が来る。言葉には言霊が宿り素晴らしいものであっても意味と価値を感じて使う言葉と、何も感じないで使う言葉は全然違ってくる。 思風先生のおっしゃる長所半分、短所半分は令和の言葉にも込められていて、和に重点を置くならば これから世界が平和に向かう意識の変化に向けての力があり 和を実現する為に、令が手段としてどう使うか 令という言葉が持っている意味を支配的な意味合いをやわらげ、長所の視点から 下に来るものを褒め称える (ご令嬢、ご令息など、上の立場で用いる言葉の意味を変えてみる)

 

平成から令和に変わる今、日本がなすべき役割、志命

平和に生きるには、我々が成し遂げるべき課題として4つ存在する 

 

1、新しい時代を動かすには、その政治の中心を変化させなければいけない 

 

歴史的な教訓からも、新しくなる前提として国の中心が移動する「遷都」 世界史で見ても風土が変化し続けてきている。 理屈を超え、歴史の教訓からも新しい時代の息吹がある今、東京から広島への遷都が第1に挙げられる。 そして東京は近代日本の都市として武士を感じる都市に。 江戸城の再建、東京に来れば武士道を感じれる。そういう都市に生まれ変わる事で新しい東京の意味と価値を世界に示していく事が求められ 広島はこれから世界をリードしていく日本の役割として平和を世界に示していく為に広島への遷都が求められる。中国地方5県を大首都圏として、日本海文明を切り拓いてアジアの時代にアジアの中心となりえる役割の前提条件が5県を中心として築く日本海文明。   

 

2、3、4は政治、経済、社会 政治:政党のない政治 経済:資本主義経済から人間の為の人格主義経済へ 社会:民主主義社会からお互いを尊重する社会 ↓ これらを世界に示せるのは日本。 和の精神が絶える事無く受け継がれ 柔軟に対応出来る日本人だからこそ出来る新しい時代に向けての変化の意識を 日本人自身がまず持つ事が求められる。

 

 

質疑応答から:まじめで一生懸命、完璧主義の方が組織の中でいかに他者と助けあい協力するか

「まじめで、周りからの期待も大きく優秀な人ほど完璧を自分に求め他人に求めてしまう。不完全性を否定しまう。長所半分短所半分を思風先生が説かれる中で長所を伸ばし、短所を魅力に変えるにはどうすればいいのか」」 思風先生から 短所は助けてもらう事に喜び、感謝を感じるリーダーにならないと鬱になっていく。

 

何でも自分でやってしまうというのは他人の出番を無くすかもしれない(他人の長所を活かす事が出来ない) 具体的にどこまで仕事を分け与えるかを考えていかないと自分自身を追い詰めてしまうことにつながる。 助けてあげる事も立派、助けてもらう事も同じくらいに立派 

↓ 

会社(組織)の力というのは、1人ではなく連携したチームプレイの様な認識で1人で出来なくても5人、10人で行うというのを支配の認識で人を動かして行うからパートナーシップの視点で助け合い協力し合う組織力にしてほしい。 そして、仕事を「義務と責任」だけで捉えない事。 義務と責任が多いとやらされ感の仕事でストレスが溜まる原因になる 面白いから、興味があるから、好きだから

 ↓ 

沸いてくる興味関心好奇心に少しでも変化出来れば 同じ仕事でもやりがいを持つことが出来る。 その興味関心好奇心を持つ為のきっかけとしては意味と価値を感じる事

 

 

 

次回は6月が全国大会になりますので、東京思風塾は8月開催になります。

 

テーマは、「遷都」~日本の未来をつくる~です

感性論哲学の究極の目標は「人類の人間性の進化」と世界平和」
日本が世界のリーダーとなり、世界平和の第一歩が、広島への遷都から始まります
今回の懇親会は、先生の喜寿のお祝い会でもあります。

<日時>2019年6月1日(土)
<会場>ホテルセンチュリー21広島
〒732-0824 広島県広島市南区的場町1-1-25
082-263-3111
JR広島駅南口から徒歩5分
http://www.century21.gr.jp/

13:00 開場
13:30~17:00 講演会

<定員>講演会:100名
懇親会: 70名
※定員になり次第締め切りとさせていただきます

<参加費>講演会のみ     6,000円
講演会+懇親会 15,000円
(思風先生の喜寿のお祝い会)

詳細はホームページ
http://shihoo.p-kit.com/page383553.html

※お申込み
https://ws.formzu.net/fgen/S90462020/

<お問合せ>
思風会 事務局
福島 康司
y.fukushima@camel.plala.or.jp
335-0004 蕨市中央1-35-6-404

釈尊(お釈迦様)の誕生日である4月8日、その日に開催の灌仏会(かんぶつえ)

 

 

 

自分がお釈迦様の教えが素晴らしいよりも、出会いによって興味を持つきっかけを持たせて頂いたというのがあります。

お一人は相模湖にある佛光寺(日蓮宗) 
住職は相模原にある大きな建設会社の社長を務めながら僧侶への修行を積み、60歳で退いてから佛光寺を建立。そこに行き着くまでには30代でお金に人間関係にいろいろ悩み、たまたま経営者の会で出会った方の紹介で仏の修行をする様になって以降、社長業と修行の毎日を過ごしている中で、精神が鍛えられた。
揺るぎないマインドを持つ事が出来たと。そして、お墓にかかる費用が高額で、墓を建てられない人の為に樹木葬や経済的な理由のため遺骨を持ちながら埋葬できない人。自分と家族の墓地を確保できない人などに低価格で提供出来る様にという想いを基に活動されています。
 宗派にこだわりがある訳ではなく、何でも良かった。
苦しい状況を何とかしたいと思ってたまたまの出会いがきっかけだった。そんな生々しく経験を通して得られたものだからこそ、〇〇学や〇〇の教え以上に心に響く事が多く、尚且つまだ自分も20代で駆け出しの頃だったのでその人の歴史、生き様で今に至るのを教えていただきました。

 

 

 

 

 

二人目は釈先生 

 

今回の釈尊生誕についても釈先生のメルマガがきっかけで知ったのですが 釈先生との出会いから今に至る中、なかなか直接的に結び付きにくい心の教え、仏教と人生、仕事、生活にどう活きるのか?

 

信仰心が強い人だけ、スピリチュアルに興味ある人だけというのが昔の自分の考えで、それを知ったからといってどうなのかな?というスタート地点。

 

それは多くの人が同じ思いを持つところなのかなと思いますが、 良かったのは、仏教だけではなくいろんな角度で興味をもって、どこの角度から興味を持ったとしてもかかわりがありつながっていって、そこで仏教に興味を持つ。

そんな所が入り口になるんじゃないかと最近思います。

 

最初から釈尊が素晴らしい!という人がいる訳ではなく、歴史に興味を持ったり、心の苦しみ、病をきっかけに生き方を見直したり、普段の日常で出会う面白さ、大変さ両方ある中で行き着くところの1つに生き方の指針を求めたいのではないかと。

 

 自分自身を振り返っても、大学2年生の2回目の時、、 大学を辞めるかどうするか?を考えて、とりあえず卒業だけはしておけと親から言われた為に、、であれば早く社会に出て実践力を身につけよう!

 

というところから、留年しちゃったから普通の就職活動はできないかなという事で、とにかく成長成長!で自分の実力がガンガンつく世界が当時メディアでたくさんITベンチャーや起業家が取り上げられていた訳であります。 

留年で親にお金は頼れない、つまらない法学部の授業にこれから3年も出続けるのも嫌だ、ならば普通の大学を出て就職をしてというのを捨ててまずは自分の興味のある分野か興味のある人に会って、そして実力をどんどんつけていこうと思って、ガリガリ読み漁っていたビジネス書の中で、稲盛本「哲学」を見て、稲盛さんに会いに行こう!と決めて直接お会いし話を聞いた場所がたまたま起業塾でして、そこで学生スタッフとしてお誘い頂き、卒業まで働くのでした。当時まだビッダーズ(現DeNA)の南場さん、グッドウィル折口さん、飲み会に来てくれたアレンマイナー、そして夢おじさん

 

 

 

 

と出会いによって、自分が創られていくのを感じますが、その出会いの元になるきっかけは、ちょっとした想いと行動だなと。

 

意図して近づきたい、お客さんになってほしい、仕事仲間になってほしいというのが実際の所殆ど無くて、その都度その都度出会うきっかけがあり、大切なのはその後の関係が続くための努力ではないかと。

 

ちなみに、その時共に過ごした学生スタッフさんが今回港区選挙に立候補されておりますのでよろしくお願いします。 

 

釈先生も5年以上になりますが、仏教の教えというのは実際は今までは少なくて殆どが歴史、そして自殺について。 歴史を学ぼうかなと思って行くと、生々しい自殺の話に強烈に心を打たれ、自然と興味を持ちながら参加し続けた結果、仏教にたどり着くという不思議な感じであります。 

 

それも、ご自身の体験談を基のお話で 

釈先生も当時40歳前後の頃、 自殺寸前までいった自身の体験から知人や信者7人が相次いで自殺し、名をかたった詐欺で多くの人が被害を受け、さらに生命保険を解約した日にがんの宣告を受けるなどの不運が重なり、自ら命を絶とうとした時、首吊りから引き戻したのは、偶然帰宅した娘の声。 

 

以来、閉ざされた孤独な人たちへの声掛けを続けていらっしゃいます。

 

自殺すると言って死んだ人は少なく、自殺者は自分の殻に閉じこもる人に多い。

自分を卑下するあまり、周りから断絶してしまう。 

釈迦の悟りの境地は「今を生きる」。

世は無常なのだから、取り返せない過去にも、分からない未来にも縛られず、今を誠実に生きる。

今に集中していれば、魔が差すことはない。

 

乗り越えたからこそ語れる内容なんだと思います。 

 

釈先生の講和会では、 歴史的な経緯を基に、これからの時代に求められる人物像、考え方 ※大局の視点から見て、大いなる目標を持つ 

 

つまり、入り口は古代史や歴史から入って仏教が途中に来て、生き方につながる!と。 

 

そう考えると、入り口になるきっかけは幅広く、大きく持つことが求められているのではないか。

 

それは釈先生も経営者の時期もあり、僧侶の時期もあり、学校の先生の時期もあり、世界各地に旅をされ自分の目で見てというのをずっとされているからこそ広く大きくどんなテーマでも大丈夫という状況になるのかなと思います。

 

きっとそんな人に対しての興味を持つところも大きいなと思い、もし順風満帆な僧侶さんだったらそこまで興味を持たなかったかもしれない。

 

その人の苦しい体験、乗り越えた経験

同じく 大阿闍梨さんの酒井雄哉氏を見てても

特攻隊→事業を展開し失敗→結婚してすぐに奥様が自殺→廃人の様な生活から

千日回峰行に突入する

 

 というこちらも壮絶すぎる経験をされているのですが

↓ 

身近な人の死を経験する事、乗り越えれない様な深い悩み、なかなか他人と共有する事も出来ず 解決策がある訳ではない経験をする事によって、果たして今後残された自分の人生をどうすべきか?

逝かれてしまった方に対しての供養などを 考えて決める事が死生観を持つきっかけとなり、今を生きる事にものすごく集中して普通では考えられない様な偉業を達成されたのではないかと。 

 

 

小野田さんも晩年、毎年靖国で講演されていた時に

 生きる道を見つけたら何とかなるんだなと感じたところで

 

 50過ぎてブラジル渡って借金しながら異国の地を開拓。

目的があれば大丈夫と。

 小さいころから自分でできそうだなと思ったことをやってたのがよかった。

 博打も大好きだったよと。中国でもいっぱいやったよと。笑顔で仰るのが意外で、何か人間味を感じる所で 環境ととのえてあげれば、自然と子供も目的持てるんじゃないかと自然塾も開講し(多分70代とか80代の頃) 

人一倍苦労が多いと思うのですが、

そんな人間味を知ったり感じたりする事が 自分自身の元気になる基、モチベーションの源になっているというのを感じます。 

 

同じ様な境遇を経ても横井さんは敵前逃亡で、帰国後の寄付金、選挙立候補の生き方を評価する戦前の人はほとんどいなかった感じです。 

他にも

池田の蔦監督も、

俺は特高崩れで、高校野球でエラーして甲子園出れなく

昔の日ハムを1年で退部して、

アル中生活してた時にたまたま池田に拾われたと。

 

 だいたいがめちゃくちゃな人生を経験されてきてる中で

厳しい環境、周りから不幸と思われる様な状況を与えられたおかげで 今があると。 

そんなめちゃくちゃな状況がある時に人は創られるきっかけが多いのではないか。 

 

自分が酒井氏、小野田さん、蔦監督と今は亡き方で生前お会いできただけでもありがたいですが

出会えたのは自分もめちゃくちゃな状況になった時に、思い出して頑張れるきっかけになるから 自分の様なハートの弱い人間にはそんな方々との出会いが将来を創るきっかけだったと今思います。

 

 そして、釈先生の人生を見ていると 

ご自身がこの道にすすむきっかけについては 学生時代に日本史や国語の先生が興味深く話をして頂きそれがきっかけで 

興味を持つきっかけが出来た。 好きになると熱中する。

 

詳しくなるが その後、海外に行く機会が増える中で 

 

学んだ日本史が全然違うという事が分かっていった。 

そして今、仰られるのは

「本来の仏教の姿を見つめ、問い直し本来の姿を基に活動を行う」

お釈迦様は説法をして歩き回っていたという事。 

それを35歳から80歳で亡くなるまでの間、ずっと続けてこられ 現在の釈先生の活動が講和会が中心になっているのも 

お釈迦様が説いた本来の仏教の姿、つまり仏教の主たるものは人を生かす!

 

しかし、今は亡くなった方の供養がメインとなってしまっている。 それよりも生きていること、生き続けていることの大切さ 生きるという事は苦しい、それをお釈迦様は発見したが 苦しい悲しいがあっても必ずそこには意味があると。

 

「人間の心の中から全て苦しみが生まれる」

↓ 

心の境地を仏道と捉え

四諦という言葉で

苦諦:苦という真理(このなかに生きる悩み、老いる悩み、病気の悩み、死ぬ悩み) 

集諦:苦の原因という真理 

滅諦:苦の滅という真理 

道諦:苦の滅を実現する道という真理 

 

という事で4つの苦しみがさらに細分化して四苦八苦という言葉が生まれた。 

お釈迦様は上記の様な悩み、苦しみを心を正して不安を少しでも和らげていく為に正しい言葉、姿勢、反省をする事が大切 そして

「志命があって意味があって生まれてきている」

↓ 

幸せになる為に私のことを認めてくれる人がいて、私の周りにいる事が大切とお釈迦様が説いている。

 

 同じ目線で見てくれる、認めてくれる人がいる時にカルマというのが浄化され ブッダになっていく(なお、ブッダは誰という事ではなく誰でもなれるとの事で悟りし者の名前) 

その為にも対話説法を重視して行っていたとの事です。

 

つまり、絶対的な権威があって、これでなければいけない!という事ではなく、その人その人に合わせて同じ目線で見ていたという事かなと思います。 

 

また、その志命を見つける為には

出会いかもしれない、何かしらの出来事、災難かもしれない 

それは人によって様々。

ただ、考え方、解釈に少し変化する事で 不幸と思われることが生きる道につながるケースが数多くある。 

そんな志命を見つけるきっかけがわからなければ

 先に見つけた人に会う、話を聞く 

どれが正解か分からないからこそ

今日、明日、今月の出来事が将来を決めるかもしれないから今を生きるの考えが大切

 

なお、釈尊の話に戻すと 

 

釈尊は約2600年前にヒマラヤ山脈に近い釈迦様(シャーキャ族)という王族の子として誕生 父はシュッドーダナー王、別名で浄飯王(じょうぼんおう)、母はマーヤー夫人。

マーヤー夫人は、その後カピラ城に帰還なされましたが、難産だったため、産後7日目に逝去されました。

 

生誕後東西南北にそれぞれ7歩ずつ歩いて、立ち止まり、右手で天を、左手で地を指差し「天上天下唯我独尊」と叫ばれたとされています。 

 

そして、仏教の教えでは入滅後、56億7千万年後の未来に弥勒菩薩が姿を現し多くの衆生を救済するとされています

(56億7千万年後とは現在の終末のこと) 

 

7歩進んだと言われるのですが、この7という数字には後にお釈迦様が説法する六道の輪廻から解脱したものであることを意味するとされます。

六道輪廻(りくどうりんね)

六道とは、
地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道という6つの世界
 いずれも苦しみを伴う世界であり、人間道は楽しいこともあるが、つらいことも多くあるという世界
地獄道や餓鬼道などは、人間道よりも辛いことばかりの世界ですが、私達人間ほとんどはみなこの6つの世界のどれかを行き来しているとされます。人として生まれても、そこで良くないことを続ければ地獄に落ちるなど、常にこの6つの世界で転生を繰り返すこと、これを輪廻と言いこの六道を超越した仏の世界、悟りの境地にたどり着く(=解脱)、お釈迦様は生まれたときにこの”6″道を超える”7″歩を歩んだとされるのです。

 

六道以外でも、四苦があり、八苦があるので、

苦しくて当たり前。 

でも、自分の人生を諦めずに進みなさい。

 

この、苦悩から、少しでも解放される為に、家族や友人仲間恋人、自分の周りにいる人たちを 大切にし、協力して生きていくことが大切。 

 

そして、どんなに苦しいことが起きたとしても、それは因縁である。

 必ず、原因があり、結果が起こるのだから、起きた現状を受け止めて、進んでいく。

その言葉は釈先生がよく仰る原因と結果の話になります。

 

 

 

 

テーマ :遷都 ~日本の未来をつくる~

平成31年 6月 1日(土) 13:30~ 受付開始
会場: ホテルセンチュリー21広島
732-0824 広島県広島市南区的場町1-1-25
<定員> 100名
第一部:13:30~17:00 講演会
第二部:17:30~19:30 喜寿お祝い会&懇親会
参加費 :第一部(講演会)のみ¥6,000   第一部+第二部(懇親会)¥15,000

参加申し込み

 

過去の全国大会から

 

「つながる」対立から思いやりの心へ

思風先生からは、人間同士がつながるにはどうつながればいいのか?それは人間の本質は心であるから心のつながりが大切という事で講演頂きました。

世の中はまだまだ仕事や親子の関係など、理屈で言ったり、対応したりなど理屈で物事が解決するというのが多い状況において、心をあげるということを行っているのがまだまだ少ない。その心をあげるというのはどういう事なのか?

それを感性論哲学では、「人生は意志と愛のドラマ」と捉え、意志と愛を持ち、そして与える事が心をあげる事である。

・認めてもらいたい
・分かってもらいたい
・褒めてもらいたい
・好きになってもらいたい
・信じてもらいたい
・許してもらいたい
・待ってもらいたい

そういう気持ちが現実社会で生きる中の心の欲しい叫びではないか。

心をあげるとは

・認めてもらいたい努力をする事
・分かってもらいたい努力をする事
・褒めてもらいたい努力をする事
・好きになってもらいたい努力をする事
・信じてもらいたい努力をする事
・許してもらいたい努力をする事
・待ってもらいたい努力をする事

努力を何度も申し上げるのは、愛というのは努力なしに相手に通じない。

 

愛の実践は努力

相手のために努力する気持ちがなくなれば愛は無くなるが相手のために努力する気持ちがあれば愛は存在する。努力の姿勢を相手の前に示して見せる。言葉をかえれば思いやりの心!行動に示して相手に対し提供するのが思いやり

それを確かめる為には
相手が自分のためにどの程度自己犠牲的な努力をしてくれるかで、相手が自分を愛してくれているかがわかる。

 

 

 

会社経営について「企業に人間味を与える」

仕事のつながり、役職のつながりだけで動いていくのではなく人間の本質は理性から感性へと変わっているのであれば、会社において強い団結力、一体性をつくろうと思ったら、会社の土台に心のつながりを作っていく必要がある。これからの企業のあり方として

会社の土台に心のつながりを作る

その上に仕事のつながりを作り

その上に役職のつながりを持たせる

そういう3次元の形で企業経営を進めていくのは全世界的に、人間味を持たせるという理屈を超えた心のつながりを持たせる事が求められている。

 

 

 

対立について

対立を乗り越えてよい人間関係に戻していくには!まず対立とはどういう事かを把握する所から始めるべきであり、違いが原因となって対立が生じるのが対立。

その違いが出てくるのは後天的に作られるもの。

それには5つあり

1、体験が違う
2、経験が違う
3、知識情報が違う
4、物事の解釈が違う
5、人生におけるさまざまな出会いが違う

それぞれの違いがある中、考えが違うのは自分にはない体験や知識情報など、自分に持ってないものを誰が持っているかを教えてくれる事!と捉える事が大切。

同じ考えの人とばかり付き合うのでは対立しない分気楽ではあるが成長する事は難しい。

相手から学ぶという事が大切であり、自分に無いものを相手から学びあい教えあうという事で対立、違いという事事態、解釈を変えて自分に持ってないものを誰が持っているかを教えてくれる事と捉える。

最後に

人間を愛するとは

人間は長所半分、短所半分。

人間を愛するとはその人の長所も短所も含めて受け入れる事。

短所を愛する努力

人間関係が壊れずに思いやりの心を持つには短所に対してどう向き合うかが大切。伸びる長所を伸ばしていくと短所は何も努力しなくても人間味に変わる。その長所を伸ばして人間味が出てくる事を感性論哲学では角熟という言葉を用いている。

まん丸にはならず、とんがったところが個性(角熟)。角張ったまま成長していくという事。個性のある本物は、角張ったまま熟していくのです。角張ったまま熟していくところに、個性ある本物の人間の姿があります。

 

第6回思風会全国大会2018in東京開催

 

思風先生の講演から

理性に生きる時代から感性で感じて生きる時代へ

 
 
行徳哲男先生と思風先生の対談 行徳哲男先生と思風先生の対談から 行徳先生が一冊の本がきっかけになり、思風先生との出会いが始まった経緯、行徳先生が感性の大切さを思風先生から教えて頂いた事などを語って頂きました。

思風会全国大会

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兼ちゃん先生のしあわせ講座

元号発表の日の夜にお花見兼ねて、受講生卒業生のみなさんと

 

しあわせ講座でのスタートは

「透明な在り方を知る」

名前、自分の名前にはどんな意味と価値があるのか
出身(生まれ、そして育った場所)にどんな意味と価値があるのか
感性論哲学では「全てにおいて意味と価値がある、そしてそれを問う事により解釈する」と説いています。

自分自身に対しての問いを行いながら、共に参加している方がどんな方なのか
・何に興味を持っているか
・どんな背景を持っているか
相手からヒアリングした内容を基に相手を紹介するという所から始まり


対話が多くなる事によって、初めて同士の方でも距離が近くなる雰囲気があり、いつの間にか深い横のつながりが出来ているという感じで、共通の学びを得ている仲間という関係がすぐに打ち解けられる雰囲気で年齢、業界、全然関係なくいつも楽しい雰囲気で学び多い日々を過ごせた感じがします。

 

「存在感を高める生き方~まぎれもない私を呼びもどす~」

透明感と存在感を共に持つ
その在り方が出来ると清富な人間に

透明感と存在感を共に持つ
その在り方が出来ると清富な人間に

自分の命から湧き上がるものを育む事が出来る事が大切

分かりやすく言うならば長所、短所ともに活かして生きる事

 

そして今回は元号に関連して二十四節気についての話

(太陰暦を使用していた時代に、季節を現すための工夫として考え出されたもの、一年を二十四に等分し、その区切りと区切られた期間とにつけられた名前)

直近では【清明】 せいめい:4月5日頃
清明は「清浄明潔」の略で、万物がけがれなく清らかで生き生きしているという意味。

花が咲き、鳥は歌い、空は青く澄み、爽やかな風が吹き、すべてのものが春の息吹を謳歌する頃。

 

 

二十四節気
立春(りっしゅん) 1月節 2月4日頃
雨水(うすい) 1月中 2月19日頃
啓蟄(けいちつ) 2月節 3月5日頃
春分(しゅんぶん) 2月中 3月21日頃
清明(せいめい) 3月節 4月5日頃
穀雨(こくう) 3月中 4月20日頃
立夏(りっか) 4月節 5月5日頃
小満(しょうまん) 4月中 5月21日頃
芒種(ぼうしゅ) 5月節 6月6日頃
夏至(げし) 5月中 6月21日頃
小暑(しょうしょ) 6月節 7月7日頃
大暑(たいしょ) 6月中 7月23日頃
立秋(りっしゅう) 7月節 8月8日頃
処暑(しょしょ) 7月中 8月23日頃
白露(はくろ) 8月節 9月8日頃
秋分(しゅうぶん) 8月中 9月23日頃
寒露(かんろ) 9月節 10月8日頃
霜降(そうこう) 9月中 10月24日頃
立冬(りっとう) 10月節 11月7日頃
小雪(しょうせつ) 10月中 11月22日頃
大雪(たいせつ) 11月節 12月7日頃
冬至(とうじ) 11月中 12月21日頃
小寒(しょうかん) 12月節 1月5日頃
大寒(だいかん) 12月中 1月21日頃

 

 

学びはやはり実生活や仕事で活かせるか否かの視点が重要だと思っているのですが、、元号に関連し天皇陛下が神武天皇から始まる時代の頃、物質的な、金銭的な幸せを求めなければ生活がなりたたないのと比べて古代人にとっての幸せは「創造」子孫繁栄していくこと

 

古代の日本は八百万の神で朝起きればお天道様に手を合わせごはんのときにも手を合わせ、生きていくためには、自然と一体になって共存していかなければいけなかった(自然の神様に生かされてるんだって感謝を捧げるために)=アニミズムを説いていくと、古代から伝わる教えの中に金銭的価値、金銭的な幸せは無かった。

 

その価値の部分を現世でのしあわせ感に照らし合わせて解釈する(問う)事が大切で、自然の信仰や八百万の神も昔から身近に尊いものを意識する考えが基づいていた!

 

自然を大切にするというのがもし無ければ急速に環境破壊が進んでいたかもしれない。また、八百万の精神がある事が家族も大切に自然も大切に、その他もろもろも大切にと和の精神の基になっているのではないかと。

 

そんな背景の部分を知る事と今の時代と自分に問う事が大切だと教えて頂きました。

 

2019年3月30日御代替わりを寿ぐ  大嘗祭と阿波忌部
「大嘗祭の本当の意味とは 大きな役割を果たしてきた阿波忌部族とは」をテーマに開催しました。

詳細を下記のページで紹介しております。

https://iwillbe.co.jp/awainbe2019/

日本人にとって、大嘗祭の大切な意味を改めて感じあいたい

200年ぶりの生前譲位による御代替りに迫ったこの日を選び、私たち日本人にとって、大嘗祭の大切な意味を改めて感じあいたいと願い企画しました。大嘗祭の本当の意味とは 大きな役割を果たしてきた阿波忌部族とは激動の今を生きる私たちにどんな価値があるのか。

阿波忌部研究の第一人者、林博章先生を徳島からお迎えし私たち日本人が今是非知っておくべき大嘗祭の意味を語っていただきながら、長年の同志として友情をあたためてきた松前兼一氏と共に、阿波忌部スピリット(透明感・平和的感性・共生み)復活の現代的意味とは価値を語り合いました。

 

日本の未来に向けて、日本人自らが、日本の原点とは何か、日本とは何かを語れるようにならねばならない。

 

それは日本人の自立であり、『大嘗祭』の斎行と阿波忌部の歴史を見つめ直すことで、日本人は未来への輝かしい日本創生への一歩を踏み出すことが求められる時代に来ている。

 

そして、日本人が本来が宿している調和性の力を、音で体に響き感じるために
「御代替わりのコンサート」
オープニングでは竹林加寿子さんの歌と落合みおさんのフルート
現役の神職であり、言霊を紡ぐ唄い手と称される涼恵(すずえ)さん
阿波忌部氏の直系の末裔である三木家の麻畑の前で歌を奉納された奉納アーティスト竹林加寿子さん

心に響く素晴らしい歌声と演奏に包まれました。

 

 

林先生からは平成の時代の振り返りから、昭和になく平成であったものとしてIT、グローバル化、災害、リーマンショック
バブルまでは経済成長をしてきたが、永遠に成長が出来るのが難しい、経済成長の限界に近づいてきて今後AIの進化による社会変革が起こるかもしれない。
そんなバーチャルな時代に突入した平成が元号が変わりますます変化が来ると想定される。

これからの時代は今まで、そしてこれからのバーチャルの加速により、失われた心の渇きや日本の心が求められる時代になると想定し

新時代は
「精神の満足度を求める時代」

「本質と本物を求める時代」

「日本の原点を見つめる時代(原点回帰)」

いつの時代も原点を見つめて新しい時代を迎える事が大切。それによって未来を創る。
その原点を見つめるにあたってのヒントになるのが大嘗祭

 

 

大嘗祭について

大嘗祭を一言でいうと皇位継承の儀式の1つ

次に大切なのは、天皇陛下が即位して最初の新嘗祭(にいなめさい)
天皇陛下が交代する時の新嘗祭が大嘗祭と言われ
天皇陛下が正式な天皇陛下として歴代の天皇陛下の霊を宿す儀式
その2つが大嘗祭の大きな意味

 

新嘗祭は、稲の収穫を祝い、翌年の豊穣を祈願する祭事。
収穫された新穀(稲穂)を神前に献上して感謝の念を捧げ、これを神(自然)からの贈り物として食する儀式(神人共食)

 

大嘗祭の意義として
日本は建国以来、一度も王朝が断絶した事のない尊い国。その歴史は3世紀ころから21世紀まで途切れる事はなく継承された。
初代は神武天皇、魏志倭人伝では卑弥呼

天皇陛下が交代するたび日本の起源となる歴史を再生し現代に蘇らせる役目を儀式を執り行うことで果たしている。

なお、世界を見ると日本が世界唯一万世一系の王朝で一つの家系によって断絶なく継承され、そのルーツが神話にあり、そんな特徴を備えているのは、世界の諸王室のなかで日本の皇室だけ。

日本 125代 王朝の断絶や交代はない 男系継承
デンマーク 54代  ヴァイキングの首長がルーツ 王位の継承は男子優先で女系も容認
イキリス 40代  現王室の初代はドイツ人 王位の継承は男子優先で女系も容認
スウェーデン 23代 現王室の初代はフランス人 王位の継承は長子優先
モロッコ 23代 直系の男子がいない場合は傍系の男子が継承 男系継承
スペイン 17代 現王室の初代はフランス人 王位の継承は男子優先で女系も容認
ネパール 12代 王朝交代があり、血統はつながっていない
マレーシア 12代  各部族長の互選で選出 任期5年
タイ 9代 王位は王が王族男子の中から継承者を任命

 

 

 

最後に日本人が日本は何か?を海外で語れる様になってほしい。
林先生は日本人の自立が大切だと仰ります。
同じことを明治時代に福沢諭吉も言っていた。独立自尊の精神。

今こそ、私たち日本人は絶えることなく歴史が続いてきたことに感謝し、その意義を深く見つめ、誇りに思い、次世代に継承できるよう努力すべきである。日本の未来に向けては、日本人自らが、日本の原点とは何か、日本とは何かを語れるようにならねばならない。それは日本人の自立であり、『大嘗祭』の斎行と阿波忌部の歴史を見つめ直すことで、日本人は未来への輝かしい日本創生への一歩を踏み出すことができると思うのである。

 

大嘗祭と阿波忌部(林先生、松前様対談)

松前兼一さんから林先生のお人柄、林先生の活動の価値についてお話頂きました。
 

 

「阿波忌部の神様は20年以上前からまだ注目されていなかった阿波忌部を愚直に研究し続けてきた林先生だからこそ、林先生が選ばれた方である。 もし、林先生でなければ注目もされず、研究する方もなく忌部の歴史をしらないまま新しい年を迎えていたかもしれない。」

そして、阿波忌部を現代に活かすという事で 林先生に阿波忌部の意味と価値について語って頂きました。

伝えたい阿波忌部の精神

日本各地にに残る阿波忌部の精神
(フロンティア精神)
・日本各地に進出し、多様な産業を伝播させました。特に海路黒潮で房総半島にわたり関東を拓きました。

(産業興しの精神)
・良質の麻、穀を植え、日本各地に農業、生活、産業、文化の基礎を築きました。

(共存共栄、平和の精神)
・安房神社境内の忌部塚には、房総半島に農業、漁業、建築技術をもたらし、先住民族とともに力を合わせて房総の地を切り拓いたとあります。

(相互扶助、救済の精神)
・茨城県結城市小森の「大桑神社」には、阿波忌部なるものがこの地を通ると、大桑の木が茂り、その部落の人の欲するまま蚕を与え、養蚕の仕方を教えたとあり、それが結城軸のもとになりました。千葉県勝浦市の阿波忌部末裔の伝では、天変地変の時は、自給自足をして皆で分け合って命をつなげるのは忌部の義務だといいます。

詳細はこちらでご確認頂けます。

 

最後に松前さんから

力の差がある場合、支配の構造が生まれるのが当たり前の時代に阿波忌部族は平和的な感性で力の支配をせず、教え分け与え共存共栄、相互扶助の精神があった。

感性論哲学芳村思風先生が説かれる、これからのあるべき人類の在り方「縦社会から横型社会」それを2000年近く前から忌部は横型社会を営んでいてこれからの在り方を考える前に、忌部の地(徳島)に連れて行って、これからの時代を学ぶ前に思い出してもらう!

現地で感じる事、思い出す事を行うことに価値があるという事で阿波忌部女神ツアーを開催している事を語って頂きました。
 

また、松前さんからは阿波忌部族の遺伝子についての話があり、

■Y染色体のYAP遺伝子

Y染色体にあるYAP遺伝子は一説には“神の遺伝子”と言われ、東アジアでは日本人男性にしか見ることができない特異的なY染
色体 「YAP」がある。。他に見られるのはイスラエルのユダヤ人と、ベンガル湾に浮かぶアンダマン諸島の人々、チベット、
一部のアラブ人に限定されるといわれ

 

地理的に日本に近く民族的な親戚関係にあるはずの韓国朝鮮人や、中国人(漢人)にはYAP遺伝子が見られない。一説には、日ユ同祖論の謎を解くヒントがこの遺伝子にあるとも言われている。つまり、南北イスラエル王国が崩壊した際、東に向かった古代ユダヤ人の一部が日本に流入し、日本人の体内にYAP遺伝子を残存させたと

 

したがって天皇のルーツがユダヤ王朝の末裔であるという仮説がここから生まれた由縁であり、現在イスラエルではアミシャーブ(10支族に関する調査機関)が世界各国で失われた10支族の末裔を確認して回っていてY染色体は、父から息子へにだけ伝えられ る。 もとのYは、男が生まれればY染色体に内包 される情報が遺伝する。 もし、家系の途中で一回でも女しか生まれ ないとすると、もとの男のY染色体の遺伝情報は消えてしまう。つまり、Y染色体の遺伝 情報は大変脆弱である。

このYAP遺伝子は韓国朝鮮人や中国人にはないという事は 日本人の大元が、半島の方達とは全くの赤の他人ということです。大陸から移住してきて混血してもなおかつ、もともとの日本人の因子を受け継いできた。縄文人がどうやらその祖であるようで、縄文人がもつ特性とは、「闘争心の無さ」。縄文時代が長い間続いたのは縄文遺跡には争いの形跡がない。人 間が得た糧を皆に平等に分け合い、十分に幸福に暮らしていれば、争う必要はない。争いが始まったのは、大陸から渡来した弥生人が、縄文人の土地に入り込み、農耕を始め、農作物の貯蓄により権威者を作ったことで、縄文時代が終わった。日本人のおとなしさの系譜は、縄文人の血によるもの。 YAP遺伝子は、大陸には存在しない。大陸では「闘争心の無さ」が仇になったため、 絶滅してしまった。日本という土地での み、その遺伝子を現在も残すことができたのである。

ここで要点となりそうなのが、闘争心やエゴの結果として環境問題、核の問題、人間関係の問題などなどが結果として出てきてしまっていること。世界が、闘争に疲れ果てる時が来 たら、縄文人のような心のあり方が必要になるかもしれない。ということ。

 

 

 

 

 

御代替わりのコンサート

 日本人が本来が宿している調和性の力を、音で体に響き感じるために

(オープニング)
竹林加寿子さんの歌と落合みおさんのフルート

 

 

現役の神職であり、言霊を紡ぐ唄い手と称される涼恵(すずえ)さん  

 

阿波忌部氏の直系の末裔である三木家の麻畑の前で歌を奉納された奉納アーティスト竹林加寿子さん  

 

最後は全員で君が代斉唱

 

  • 参加者アンケートから

(ご参加された目的を教えてください)

  • 私たち日本人、日本の事を、本当のことを知りたいと思いました。
  • けんちゃん先生のセミナーを聞きたかったので。
  • 御大替への理解を深めたい
  • 日本の歴史や伝統について興味があったので。日本についてと平成終了のタイミングで深く知るため
  • 日本人として生きている事をきちんと知っておきたいと思い参加しました。
  • 日本人に生まれた事の意味と価値に感謝するため
  • 女神ツアーを経て、今この時期に阿波忌部についての知識を深めたかったから
  • 忌部のことを知るいい機会だと思ったから。
  • もっと日本を知りたい、日本人としての誇りをもっと感じたいと思ったからです。
  • 日本の話、歴史、ルーツを知りたいと思い知識はありませんでしたが参加させて頂きました。
  • 御大替の時に阿波忌部の話を聞けるのはこの時しかないと思いました。

(受講された感想を教えてください)

  • 知らないことばかりでした。そしてこの事は日本人全員が知る必要のある事だと思いました。兼一さんとのお話でさらに心に魂に響き、忌部の精神が自分の中で確実にスイッチが入り、厚くなりました。ありがとうございました。
  • 大嘗祭と忌部のより深い勉強ができ、女神ツアーにも思いが増しました。
  • いろいろな角度(対談、コンサート)でより心に届いてきました。素晴らしい機会をありがとうございました
  • 日本の天皇について神道や仏教について知らないまま生きてきたことを実感しました。また、透明な在り方、ともみの精神について大変勉強になりました。今後拝金主義の時代から信用の時代へ変わる中でとても参考になりました。
  • 感動したの一言です。ともみの心を大切に生きたいと思いました。
  • 魂が喜んでおります。全てにおいて自分の中に見たことのない感覚でした。次は大切な人をもっと連れて参加したいと思います。
  • とてもよかった。感動しました。大満足です。日本人に産まれて本当に素敵だと感じています。この回を主宰してくださりありがとうございました。
  • 今まで自分の心に蓄積されていたものが阿波とつながっていたことに驚きもしたが感動した。
  • あっという間の時間でとても感動しました。もっと知りたいもっと感じたいと思いました。とっても感動しました。もっと深く知りたいです。
  • 日本の原点を知る視点から見直せたと思います。ともみの精神で生きていきたいです。