「テケテケ・サウンド」、つまり「エレキ・ギター」のブームは、1965年に日本中で巻き起こりました。
火付け役になったのは、「ヴェンチャーズ」と思うでしょう? いいえ、違うのです。
実は、1964年、「アストロノウツ」が発表したサーフィン・サウンドのインストゥル・ナンバー、「太陽の彼方に」が火付け役でした。 ![]()
日本語で、「乗ってけ 乗ってけ 乗ってけサーフィン 波に 波に 波に 乗れ 乗れ・・・」と、カバーして唄ったのが橋 幸夫さんでした。 ![]()
インストとカバーと、相乗効果もあったのでしょう、大ヒットとなったのです。
そして、1965年、極めつけの「ヴェンチャーズ」が、2度目の来日をします。 ![]()
「パイプライン」、「ダイアモンド・ヘッド」のグリッサンド奏法、つまり、「テケテケテケテケ・・・」のサウンドは、たちまち団塊の世代のハートを鷲掴みにしたのでした。 ![]()
特に、「ヴェンチャーズ」の演奏する「パイプライン」は、オリジナルの「シャンティーズ」を押し退けて、テケテケ・サウンド・ブームを象徴する代表曲となりました。
1966年、「ビートルズ」が来日して話題になりましたが、当時、ある意味「ヴェンチャーズ」は、「ビートルズ」以上に人気があったのです。
その当時生まれたグループは、「スプートニクス」、「シャドウズ」、「シャンティーズ」、「サーファリーズ」、「クリフターズ」、「アヴェンジャーズ」等、上げるとキリがありません。 ![]()
グループではないですが、ギター奏者の「デュアン・エディ」、「ビリー・ストレンジ」も、忘れてはいけませんね。
英国出身の「シャドウズ」は、もともと「クリフ・リチャード」のバック・バンドでしたが、「春がいっぱい」、「ダイナマイト」、「アパッチ」等、数多くのヒットを連発し、英国では圧倒的な支持を集めました。
スウェーデン出身の「スプートニクス」は、「霧のカレリア」、「空の終列車」等、ロシア民謡を取り入れた哀愁に満ちたクリアなサウンドでヒットを飛ばしました。
ただ、どちらも余りにスマートで洗練されたサウンドが災いしたのか、日本では「ヴェンチャーズ」程は受け入れられなかったのです。
「シャドウズ」、「スプートニクス」にサウンドが似ているのが、「シャープ・ファイブ」のリード・ギター「三根信宏」さん。(あのデイック・三根さんの息子さんです。) ![]()
この「シャープ・ファイブ」、実は、あの「勝ち抜きエレキ合戦」の模範演奏バンドでして、その卓越したテクニックは素晴らしいですよね。
「ベンチャーズ」に似ているのが「ブルー・ジーンズ」の「寺内タケシ」さんでしょうか。
何と寺内さん、今や人間国宝のギタリストですからねえ、恐れ入ります。 ![]()
当時は余りに「ヴェンチャーズ」の人気が抜きん出ていまして、「テケテケ・サウンド・ブーム」というのは、いわゆる「ベンチャーズ・ブーム」だったのですね。
つづく