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ウルトラマン・Hの ひとりごと

音楽について語りたくてたまらないんです。

1967年、フォー・シーズンズのボーカル、「フランキー・ヴァリ」が発表しました。

原曲を、「Can't Take My Eyes Off You」といいます。


ウルトラマン・Hの ひとりごと

甘くメロディアスな旋律は、たちまちファンを魅了し、この曲を収めたアルバムは、ミリオンセラーとなりました。


1980年になって、当時のディスコ・ブーム真っ只中に登場するのが、米国の「ボーイズ・タウン・ギャング」が唄う「Can't Take My Eyes Off You」です。


原曲のメロウなイメージをそのままに、ディスコ調にアレンジされたこの曲は、日本と欧州で受け入れられ、ディスコ史上まれにみる大ヒットとなりました。


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ちなみにこの曲、米国ディスコ界では、最高ベスト15位までで、平均的なヒットといえます。

ところが、日本と欧州では、予想に反してヒットしてしまうのです。

全英チャートでは、第4位のヒット、日本のオリコン・チャートでもトップ10に入っています。


これが日本で大ヒットした事で、「君の瞳に恋してる」という、何とも印象的なタイトルが付きました。


この曲を唄った「ボーイズ・タウン・ギャング」ですが、男女混合のボーカル・ユニットです。


(ボーイズ・タウン)とは、読んで字のとおり、男の同性愛者(ゲイ)が市民権を得ていたサン・フランシスコの町のことです。

果たして、彼らがそうであったかは定かではありませんが、レコード・ジャケットのコスチュームは、十分にセックスアピールされています。

そうそう、今は亡きクイーンのボーカル、「フレディ・マーキュリー」も、同じようなコスチュームで唄ってましたね。(彼もゲイでした。)


君の瞳に恋してる」は、彼らのセカンド・アルバムに収録されていましたが、その後はいつの間にか姿を消してしまいました。

彼らも言ってみれば、「一発屋」であったという事なのでしょうか。


ボーイズ・タウン・ギャング」の「君の瞳に恋してる」は、瞬く間にディスコの定番となりました。

フランキー・ヴァリの原曲を知らない人達でも、なじみの曲になってしまいました。


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この曲、今でもTV番組や映画のBGMで使われたりしていますので、耳にする機会は多いと思います。

印象的なサビの部分が流れると、「ああ、あの曲だ」と、思うことでしょう。


思い出しました。

この曲、以前、「織田裕二」さんが主演のTV番組のテーマソングに使われていましたね。

(彼も・・・。)


この曲、やっぱり「ゲイ」と何かしら関係があるのでしょうね。

(おっと、これは失言かも知れないなあ。)


つづく

○ ザ・ナックマイ・シャローナ

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1979年、デビュー・アルバムからのシングルカットが、ビルボード誌に6週間連続第1位を記録しました。

同年の年間チャートでも第1位でした。

ビートルズの再来と言われたのですが、当時はディスコがブームであった背景もあって、その後はヒットに恵まれなかったのです。


○ バリー・マクガイア明日なき世界

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1965年、ニュー・クリスティ・ミンストレルズからソロになったばかりのバリー・マクガイアが発表した曲です。

核戦争の恐怖を唄った問題作は、放送禁止の扱いを受けましたが、それでも全米第1位となりました。


○ ボビー・ジェントリービリー・ジョーの唄

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1967年に発表したこの曲、シングルではB面扱いでしたが、シリアスな歌詞と弾き語りが注目を浴びて、発表から3週間で全米第1位に上り詰めました。

もともとのバージョンは、演奏時間が7分間に及ぶ大作でしたが、ラジオ向けに曲を短くして再発売したそうです。

その年のグラミー賞の新人賞を獲得しました。


○ ヒット・メイカーズストップ・ザ・ミュージック

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1966年にヒットしたこの曲、オリジナルは英国の「ディック・ジョーダン」でしたが、世界的にヒットさせたのは、スエーデンの「レーン&ザ・リー・キングス」でした。

この曲、各国で競作となりましたが、一番人気があったのは、デンマークの「ヒット・メイカーズ」でした。


○ カスケーズ「悲しき雨音」

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毎年梅雨時期になるとラジオから流れてきたのがこの曲、全米チャート第3位になりました。

日本では永い間チャート第1位を独走し、モンスター級の大ヒットとなりました。


○ ジョーン・シェパードサマー・クリエイション

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グレン・ミラー楽団の専属歌手だったジョーン・シェパードが唄いました。

千 昌夫さんと結婚する前に発表した曲で、マックス・ファクターのCMに使われて、日本ではかなりヒットしました。


○ ピープル好きさ好きさ好きさ

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1965年に「ゾンビーズ」によって発表されたこの曲、日本では、グループ・サウンズの「カーナビーツ」が、1967年にカバーして大ヒットさせました。

全米でヒットさせたのが、この「ピープル」で、1968年、チャート第14位まで上昇しました。


○ マッシュマッカーン霧の中の二人


(画像がありません。)


カナダ出身のグループで、オルガンをフィーチャーしたサイケデリックな音作りが特徴です。

1970年、全米ではチャート31位の小ヒットでしたが、日本人向きのマイナーな雰囲気が受けて、日本で40万枚をセールスするヒットとなりました。

当時、TV放映も無く、ビッグ・ネームでもない彼らが、何故日本でヒットしたのか、不思議ですよね。


○ デレク&ドミノスいとしのレイラ

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1968年、「クリーム」を解散した「エリック・クラプトン」が、1972年に発表した曲で、チャート第10位になりました。

クラプトンが、ジョージ・ハリスンの妻、パティに捧げた報われない愛を歌った曲です。

クラプトンは、これを発表してすぐ、ヘロイン中毒になって、グループは解散しています。


つづく

ディブ・ディー・グループ」は、1964年、英国でデビューした5人組です。

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メンバーは、ディブ・ディー(ボーカル)

       ドジー     (ベース)

       ディック    (リード・ギター)

       ビッキー   (ギター)

       ミック     (ドラム)


グループ名は、単純にメンバー全員のニックネームを並べただけという変わったネーミングでしたが、ややこしいこともあって、英国では「ディブ・ディー&カンパニー」、日本では「ディブ・ディー・グループ」という名前でレコードが出されました。


1965年に発表した「ユー・メイク・イット・ムーブ」が、小さなヒットでしたが、彼らの初ヒットでした。

この曲、英国ヒットチャートの26位になりました。


1967年、「ホールド・タイト」を発表、これが英国チャート第4位となる大ヒットで、彼らの名前が知られるようになりました。

もちろん、その頃の日本では、全くの無名です。


ところが、同年、「オーケイ!」を発表するや、これまた英国でチャート4位の大ヒット、何故か日本でも大受けして大ヒット、日本でも有名になりました。


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さらにこの曲、グループ・サウンズの「カーナビーツ」がカバーしたことで、ヒットに繋がったのです。


1968年に発表されたのが、彼らの最大のヒット曲となる「キサナドゥーの伝説」です。

この曲、ケニー・ハワードとアラン・ブライクリーの合作で、英国ヒットチャートの第1位に輝く大ヒットとなりました。


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日本では、グループ・サウンズの「ジャガーズ」がカバーして、これもヒットしました。


おお 愛に 生きて 死のう

あなたを 連れて 行こう

遙かな キサナドゥー


ジャガーズのヒットが縁で、1969年、初来日をしています。


タイトルの「キサナドゥー」は、「Xanadu」と書きます。

意味は、桃源郷とか、ユートピアってことでしょうか。

正しい発音は、「ザナドゥー」ですが、歌を聴くと確かに「キサナドゥー」と聞こえますね。

これ実は、「In Xanadu」、つまり「イン・ザナドゥー」と唄っているのです。


GSと言えば、ジャガーズの「岡本 信」さん、自宅マンションの浴室で変死体で発見されたのは、還暦の誕生日を翌日にひかえた夜のことでした。


それから、カーナビーツの「アイ 高野」さん、急性心不全で亡くなりましたよね。

享年55才だったと思います。


何とも早すぎますよね。残念です。

ご冥福をお祈りします。


つづく



○ ジグソースカイ・ハイ

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1975年、映画「Dragon Flies」のテーマ・ソングとなったこの曲、全米チャート第3位となり、世界中で大ヒットしました。

メキシコのプロレスラー「ミル・マスカラス」の登場テーマ曲として使われていました。


○ ルルいつも心に太陽を


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1967年、週間ランキング第1位となり、以後5週連続1位を独走した。

同名のタイトルの映画の主題歌で、ルルも映画に出演しました。


○ ミニー・リパートソンラヴィング・ユー


(残念ながら、画像がありません。)


スティービー・ワンダーのバック・コーラスをしていた彼女、1974年、スティービーがプロデュースしたこの曲が、全米チャート第1位を獲得しました。

5オクターブとか、7オクターブと言われた彼女の超音波のようなハイトーン・ボイスの歌声は、1979年、癌のため帰らぬ人となりました。(31才の早すぎる死でしたね。)


○ マージェリー・ノエルそよ風に乗って

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1966年、日本と韓国で大ヒットしました。

マージェリーは仏国のアイドル歌手ですが、日本での活躍の方が目立っていました。

日本語のカバー曲もたくさん残しています。


○ ニール・リードママに捧げる詩

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1972年、11才だった天才少年歌手、ニール・リードが、母への愛情を唄ったバラードで、全英チャート第2位とブレイク、日本でもオリコン第3位と大ヒットしました。

彼は、1959年生まれですから、ちょうど50才くらいでしょうか。

芸能界からはとっくに足を洗っているようです。


○ ホップ・トップスマミー・ブルー

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スペインのグループ、ホップ・トップスが1971年に大ヒットさせたこの曲、各国でヒットし競作となりましたが、チャートの順位では、ホップ・トップスが上位でした。


○ ルーベッツシュガー・ベイビー・ラヴ

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英国出身のグループで、オールディーズをリバイバルさせたようなこの曲で、1974年、全英チャート第1位に輝きました。

もちろん日本でも大ヒットしました。(ちなみに、米国では37位止まりだったようです。)

彼らには「アイ・キャン・ドゥー・イット」等、ヒット曲があるので、「一発屋」とは言い切れないかもですね。


○ スコット・マッケンジーのサンフランシスコ

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ママス&パパスのジョン・フィリップスが作ったもので、1967年、全米チャート第4位になりました。

この曲、他国でもトップ10入りして、世界的なヒットとなりました。


つづく

○ ゼーガーとエバンス西暦2525年

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一発屋の王様といえば、これ。 

人類の不安な未来を歌ったこの曲、実は二人が自費製作したもので、全米チャート第1位となり、500万枚以上をセールスする大ヒットとなりました。


○ ボビー・ヘブサニー

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ボビーは、ナッシュビル生まれのシンガーソングライター、ギタリストです。

1963年、強盗に襲われて亡くなった兄を思って作ったこの曲、1966年全米チャート第2位、R&Bチャート第3位になりました。

ボビーは、3000曲以上の楽曲を書いていますが、ヒットしたのは「サニー」だけでした。


○ バフィー・セントメリーサークル・ゲーム

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1970年の映画「いちご白書」の主題歌です。

バフィーは、フォーク・シンガーであり、ソング・ライターでした。

60年から70年にかけて、エルヴィス・プレスリー、ジャニス・ジョプリン、バーブラ・ストライザンド等に多くの楽曲を提供しました。


○ カプリコーンハロー・リバプール

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ロニー・スコットとマイティー・ワイルドの共作です。

当時19才のスー・アボリーの澄んだボーカルで、ヒット・チャート11位になりました。

この曲、実は、日本だけでヒットしたのです。


○ クリスティーイエロー・リバー

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ジェフ・クリスティー率いる3人組「クリスティー」が1970年発表した曲で、英国ヒット・チャート第1位となり、3ケ月間ベスト10入りしました。

世界で1500万枚のセールスを記録しています。

ちなみに、日本だけでも20万枚の売り上げがあったようです。


○ ダニエル・ビダル天使のらくがき

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ブロンドのロン毛と透き通った青い大きな瞳、フランス人形のように可愛い「ダニエル・ビダル」。

モンテ・カルロ音楽祭で入賞し、17才でこの曲でデビューしました。

声量があって歌唱力がバツグンだった彼女、今は、実力派シャンソン歌手として活躍しています。


○ ヘドバとダビデナオミの夢

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1970年の世界歌謡祭の初代グランプリに輝いたこの極、イスラエルの混血ヂュオ「ヘドバとダビデ」が歌って、オリコン第1位となりました。

メイド・イン・ジャパンの洋楽大ヒットナンバーといえます。

2001年、ダビデ(男性)が亡くなっています。


○ ジェリー・ウオレス男の世界

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1970年、チャールス・ブロンソンを起用した男性化粧品「マンダム」のCMソングです。

TVに流れるやたちまちオリコン第1位となる大ヒットとなりました。

ちなみに、この曲、日本だけでのヒットなんです。


 リン・アンダーソンローズ・ガーデン

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華にかかったセクシー・ボイスで唄うこの曲、1971年、全米第3位の大ヒットとなりました。

全米ヒット・チャートでは一発屋の彼女ですが、カントリー・ミュージックの世界では、60曲以上のヒット曲を持つ大スターなのです。


このつづきは「パート2」で。


つづく