ウルトラマン・Hの ひとりごと -2ページ目

ウルトラマン・Hの ひとりごと

音楽について語りたくてたまらないんです。



この頃、我がバンドでよく演奏するようになったのが「ブラック・マジック・ウーマン」という曲です。

ラテンロックの雄「サンタナ」が、1970年にリリースしたアルバム「Abraxas天の守護神)」に収録されています。

Abraxas」は、全米だけでも500万枚を超えるセールスを記録し、全米アルバムチャートで第1位を獲得しました。

シングルカットされた「ブラック・マジック・ウーマン」は、全米シングルチャート第4位の大ヒット曲となりました。

 

キーボードのイントロに続いて、カルロス・サンタナのエキゾティックなギター・リフが流れます。
曲全体を支えているのが、ブルージーなベースラインと、強烈なラテンリズムのパーカッションです。(かっこいい!!)



作ったのはブルースロックバンド、フリートウッド・マックのギタリスト「ピーター・グリーン」で、彼らの1969年にリリースしたアルバム「英吉利の薔薇」の中に収録されています。

ということで、サンタナの曲は、カバーバージョンだったのです。
ラテン音楽特有の打楽器を前面に押し出したアレンジで、ロック史上に残る名曲となりました。

そもそも、我がバンドのリードギターが熱狂的な「サンタナ」ファンでありまして、かといって「サンタナ」は果たしてオールディーズなのか?という疑問もあって、今までバンドで演奏することはほとんどなかったのです。
(ちなみに、我がバンド名は、オールディーズバンド:ザ・グレート・ベアといいます。)



ところで、「サンタナ」の曲は、サスティーン効果を十分に生かさないと雰囲気が出ません。
サスティーン、要するに、ギターの残音をギュイィィィィ~ンンンン・・・と長く引っ張る(引き伸ばす)あれですね。

我がバンドのリードギターは、この音を出すために、持っているフェンダー・テレキャスターの優れもののピックアップを、わざわざDUNGUN(サンタナがデビューの頃使っていたギターに付いてた)に取り替えました。

もちろん、ん十万円のPRSサンタナモデルのギターを持っているのにです。
どこまで「サンタナ」が好きやねん・・・!!



それに加えて、我がバンドには有難いことに、セミプロのパーカッショニストがいたのです。
こりゃあレパートリーに入れないわけにはいかないですよね。

そんなこんなで、「ブラック・マジック・ウーマン」が晴れてレパートリーに加わりました。
(今頃? っていう感じがしないでもないですけど・・・)

 

実は、ピーター・グリーンが「ブラック・マジック・ウーマン」を作るにあたって、参考というか下敷きにした曲があったらしくて、それは、モダンブルース界の巨匠「オーティス・ラッシュ」の「オール・オブ・ユア・ラヴ」という曲なんだそうです。
聴いてみると、なるほど、元来がブルースの曲なので、よく似ています。

それから、気が付いたのですが、「ブラック・マジック・ウーマン」の唄い出しのとこ、ピンキーとキラーズの「恋の季節」に、何となく似ているような、似てないような・・・。

 

話しが逸れましたが、実をいうと、私、この「サンタナ」のアルバム「Abraxas」は、店頭でジャケットを見ただけで買ってしまった、俗にいう『ジャケ買い』なのです。

当時は「サンタナ」なんて全く興味がなくて、中身を聴いたのは後々のことでした。



そういえば、「キングクリムゾンの宮殿」も、四人囃子の「一触即発」も、ジャケ買いだったなあ。

ブラック・マジック・ウーマン」、大事にしたい1曲です。




つづく


ウエスト・コースト・サウンドの雄、「ドゥービー・ブラザーズ」の最高傑作(私の中の)であるこの曲、1973年にリリースされたアルバム「キャプテン・アンド・ミー」に収録されています。

 

チャイナ・グローブ」というタイトルから、随分永いこと「中国製の手袋」のことだと思っていました。

 

実は、テキサス州サンアントニオの郊外に、「チャイナ・グローブ」という町が実際に存在していて、この町のことを唄った歌のようです。
人口1200~1300人ほどの小さな町なのですが、そこには、中国系の人だけしか住んでいない、チャイナ・タウンだと唄っています。
そんな町あるわけない(!・?)
たぶん町の名前をタイトルにして、歌詞の内容は実際の町とは関係がないのでしょう。

とにかく、イントロのギター・リフがかっこいいというか、一度耳にしたら忘れられない、最高のリフですね。
このリフを聴いて体がウキウキしてこなかったら、きっとそれは病気ですよ。



ブログで過去に、同じ「ドゥービー」の「ロング・トレイン・ランニン」という曲を取り上げたことがありました。
この曲もイントロのギター・カッテイングの素晴らしい曲で、我がバンドでもレパートリーにしていた曲なんです。
が、この「チャイナ・グローブ」は、ツインギターでもあり、サイドギターのカッテイングにリードギターが乗っかる感じなので、どうしてもバンドでものに出来なかった曲なんですね。
(要は、イントロのギターリフを上手に弾けるサイドギターがいなかった、ということなんですけど・・・)
でも、やっといいサイドギターが加入してきて、念願のレパートリーになった、というわけなんです。(嬉しい!!)



話しが横道にそれました。
チャイナ・グローブ」の「グローブ」は、「Grove」と書きますので、(木立)とか(果樹林)という意味があるようです。
なるほど、(手袋)のつづりは「Glove」でしたね。
ちなみに、「Globe」という単語もあるようで、こっちは(地球)という意味です。
あんまり関係ないか・・・。



それはよしとして、CDを回すと、右チャンネルから荒々しい「トム・ジョンストン」のギターが、左チャンネルからは繊細な「パトリック・シモンズ」のギターが聴こえてきます。
そこに、「タイラン・ポーター」のベースが、ノリノリでかぶさってきます。
ドラムは、「ジョン・ハートマン」と「マイケル・ホサック」のツインドラムです。
そして、「トム・ジョンストン」のパワフルなだみ声(?)のボーカル、そこにかぶさってくるコーラスがまた素晴らしい。

ホテル・カリフォルニア」で驚異的なセールスを記録した「イーグルス」に比べると、セールス的にも知名度的にも低い(ちょっとだけ)と思いますが、私の中では、「ドゥービー」こそアメリカン・ロックの真髄だと思っています。

 

ドゥービー・ブラザーズ」は、1983年、サンフランシスコ・バークレー・グリーク・シアターでのコンサートを最後に解散してしまいました。
この伝説的ライヴのラストを飾ったのが、「ロング・トレイン・ランニン」と、「チャイナ・グローブ」でした。

ドゥービー」は、ライヴで聴くのが一番いい!!




つづく






パイナップル・プリンセス」は、田代みどりさんが唄ったアメリカン・ポップスのカバー曲です。
1961年1月にリリースされたこの曲は、いきなりチャート第11位に初登場して、翌2月にはチャート第6位まで上昇しました。

 

田代みどりさんといえば、1960年にテイチクレコードから、ブレンダ・リーのカバー曲「スィート・ナッシング」でデビューしました。
その時、彼女はまだ小学校6年生の、笑窪の可愛い女の子でした。

ビキニスタイルのお嬢さん」、そして、この「パイナップル・プリンセス」が大ヒットして、アイドルの仲間入りを果たしたのでした。



田代みどりさんは、1970年にブルー・コメッツのギタリスト三原綱木さんと結婚して、「つなき&みどり」を結成、リリースした「愛の挽歌」が大ヒットしました。

調べてみると、田代みどりさんは驚いたことに、1961年の1年間に、何と12枚のシングルを発表していました。

アイドル歌手のかたわら、映画やTVにレギュラーで出演するなど、当時「日本一忙しい中学生」と呼ばれていたようです。

 

さて、「パイナップル・プリンセス」は、1960年に米国の女性歌手「アネット・ファンセロ」が発表したのがオリジナルです。


 

作詞・作曲は、メリー・ポピンズくまのプーさんなど、ディズニー映画やテーマパークの音楽で有名な、リチャードとロバートのシャーマン兄弟です。

 

アネットは、1942年ニューヨーク生まれで、あのウォルト・ディズニーの秘蔵っ子としてデビューを飾り、数多くのディズニー作品に出演しています。

 

ということで、「パイナップル・プリンセス」は、実はディズニー・ソングだったのです。
最近では、映画「リロ&スティッチ」の中でこの曲が使われていました。

日本語に訳詞したのが漣健児さんで、スマイリー小原さんがアレンジを担当しています。



オリジナル曲は、

ワニの背中にまたがって入り江を下っていく
オアフ島の少年
」 の物語

なのに対して、

日本語のカバー曲は、

緑の 島の 可愛い お姫様」 の物語

となっています。

ちなみに、8月17日は、「パイナップルの日」なんですって。
関係ないかな・・・?




つづく


ザ・ピーナッツ」、1941年4月1日愛知県生まれの、一卵性の双子女性デュオです。

伊藤エミさん(姉:本名日出代)と伊藤ユミさん(妹:本名月子)の姉妹で、目の横に黒子がある方が姉のエミさんでした。

テレビ出演では、ユミさんがマジックで、同じ場所に黒子を描いていましたね。



二人は、高二の時に通っていた高校を中退し、”伊藤シスターズ”として名古屋市内のジャズクラブで唄っていたところを、渡辺プロの社長にスカウトされました。

 

渡辺社長宅に下宿しながら、宮川泰さんの英才教育を受け、1959年4月、「ザ・ピーナッツ」としてキングレコードから「可愛い花」でデビューを飾りました。



同年6月から、フジTV「ザ・ヒットパレード」のレギュラーに抜擢されました。

 

また、1961年から1972年まで続いた日本TV「シャボン玉ホリデー」のメイン司会も務めました。

歌手以外にも女優としても活躍しており、特に、映画「モスラ」の中で「小美人」役で出演して人気を博しました。


モスラ~ヤ モスラ~ ドゥンガン カサクヤン インドゥム~

モスラを呼ぶ「モスラの唄」は、いまでも根強い人気がありますよね。

NHKの紅白歌合戦には、デビューの年から引退するまで、16年間連続出場を果たしています。
その中で唄った歌は、「ウナ・セラ・ディ東京」を三度唄った他は、全て違うヒット曲を唄いました。



オリジナル曲もさることながら、外国の曲のカバーを和製ポップスとして、海外公演で世界中に広めた功績は大きいといえます。

ヒット曲は数多く、中でも「恋のバカンス」、「恋のフーガ」、「情熱の花」は、オールディーズ・ファンにも人気のある曲ですね。

 

発売したシングル、LPの総売上げ枚数は、1,750万枚をはるかに超えます。

 

ちなみに、1966年に園まりさんが唄った「逢いたくて逢いたくて」は、「ザ・ピーナッツ」が1962年に出したシングル「手編みの靴下」が元になったカバー曲なのです。

 

卓越した歌唱力をもって、二人が奏でる絶妙なハーモニーは、双子ならではの美しさと温かさがありました。

デュオの役割りとしては、妹のユミさんがメロディーを、姉のエミさんがハーモニーを担当していました。

レパートリーは、ポップスはもちろん、ジャズ、ブルース、カントリー、そして、民謡、童謡など、ジャンルを問わず何でもオールマイティで、そのどれもがパーフェクトでした。

 

今まで数多くの双子デュオがデビューしましたが、「ザ・ピーナッツ」を超える双子デュオは、これまで出現していませんし、おそらくこれからも出てはこないと思います。

 

1975年、当時発売のシングル「東京の女」の作曲を手掛けた元ザ・タイガースの沢田研二さんと、姉の伊藤エミさんが結婚するのを期に、現役を引退しました。
そして、引退後、公の場には一切姿を見せることはありませんでした。

2012年6月15日、近年病気療養中であった伊藤エミさんが、永眠されました。(享年71才)
ご冥福をお祈り申し上げます。



つづく
今回は、バンド・メンバーのヴィヴィアンが、「ロカビリーって何?ロックンロールとどう違うの?」などと言うものですから、それに答えてみたいと思います。

黒人音楽のブルースから生まれたロックンロールと、白人音楽のヒルベリーが、融合して誕生したのが「ロカビリー」だと言われています。
つまり、"Rock & Roll" + "Hillbilly" = "Rockabilly" ということです。



1950年、米国南部メンフィスで生まれたロックのスタイルのひとつで、ロカビリアンは、このリズムに合わせて、床を踏み鳴らして踊るバップダンスや、ジャイヴ、ジルバを踊りました。

正確には、メンフィスのサン・レコード・スタジオで、エルヴィス・プレスリーが録音をしたものが、「ロカビリー」の始まりなのです。

さて、「ロカビリー」には、欠かせない音楽的な特徴がいくつかあります。



先ずは、スラッピング・ベース奏法です。
ベースギターは、ウッドベース(コントラバス)が基本で、弦を指で引っ張って弾き、弦がネックに当たる音をわざと出しながら演奏します。
(俗にいうエレキベースのスラップとは違います)
更に、掌で弦を叩いて、パーカッション的な効果音を出します。



ギターは、グレッチもしくはギブソンのアコースティック・エレキを使い(テレキャスターを使うこともあります)、ギャロッピングといって、低音を親指で弾きながら、1~3弦の高音弦でリズムやメロディーを同時に弾く奏法が一般的です。
スライドやチョーキングもよく使います。



ドラムスは、椅子に座らず、立ったままで叩きます。
(最近は、座ってドラムを叩くグループが多いようですが・・・)

ボーカルは、ほぼ独唱で、コーラスは入らないことが多いため、ヒーカップ唱法(しゃっくりをするように、語尾をしゃくり上げて発音する)や、マンブリング唱法(声をわざともごもごと口ごもって発音する)を用いて、聴衆を飽きさせない工夫が生まれました。
マンブリング唱法は、プレスリーが得意としていた唄い方ですね。

曲のリズムは、2拍子を基本とし、テンポは結構速目です。
ブルースやカントリーの古い曲をカバーアレンジしたものが多く、使用コードもセブンスを多用した3コード構成がほとんどで、全体的にシンプルです。
EやAから始まる曲が多いようですね。

 

コスチュームは、革ジャン(レザー・ジャケット)が基本です。

ロカビリー」=「リーゼント」というイメージが強いようですが、そのことから、横浜銀蝿キャロルの音楽がロカビリーだと思っている方が多いと思いますが、これは間違いです。
彼らは、「ロックンローラー」です。



また、ロカビリアンはツイストを踊るものだと思っているのも、実は間違いです。
ロカビリアンが踊るのは、ツイストではなくて、バップジャイブジルバです。

 

昔流行った、ラジカセを囲んでホコテンでツイストを踊るのは、原宿ロックンローラーであって、ロカビリアンではないのです。



そこで、じゃあ「ロックンロール」って何なの?ということになります。

ロックンロール」は、1955年、ビル・ヘイリーと彼のコメッツが放ったロック・アラウンド・ザ・クロック、これが元祖だといわれています。

当時あった「リズム&ブルース」が基となって発展したもので、その頃「ヒルベリー(米国南部の田舎町で歌われた白人音楽)」と呼ばれていました。
その後、「カントリー&ウエスタン」と名前を変えましたが、1970年になって、「カントリー」というジャンルが確立したことで、「ロックンロール」と分類されました。

粗削りなボーカルは、少し早目の4拍子で、みっつの4小節の楽句から曲が構成されていて、主要3コードを主に使用します。

 

「ロカビリー」のミュージシャンとしては、

エルヴィス・プレスリー  ジョニー・キャッシュ
チャック・ベリー  カール・パーキンス
ジェリー・リー・ルイス  ビリー・リー・ライリー
エディ・コクラン  バディ・ホリー
ジーン・ヴィンセント  ストレイ・キャッツ
ロカッツ ポール・キャッツ

などがいます。
いろいろ聴き比べてみると面白いと思います。

果たして答えになったでしょうか?
いろいろ講釈を書きましたが、詰まるところ、「ロカビリー」と「ロックンロール」の明確な区別はないように思いますね。



つづく