誰もが代替可能で、自分や社会にとって絶対的な存在はない。
居ないほうが自由になれる。
寂しくても自由なら、こわくない。
きっとね。
誰もが代替可能で、自分や社会にとって絶対的な存在はない。
居ないほうが自由になれる。
寂しくても自由なら、こわくない。
きっとね。
どこかおかしい?何か悪い?
だって、他に必要なものがあるとでも?
白い午後には、一人が似合う。
青い夜にも、誰も要らない。
赤い朝焼けは、独り占めしたい。
別段、足すものなんてなにもない。
助けて、
蓋を持ち上げて溢れた自意識が、私を食べる。
また懲りずに自分の尾をくわえて私はベソを掻く。
でも忘れちゃいけない。
そんなものは、本当は存在していない。
自分を感じるとき、自分に近づいてはいけない。
そういうときこそ、ベランダに出て外の風にでも当ればいい。
そして、他人の物語か、極度に客体化して、万物を俯瞰する学問でも触ってみればいい。
そうすれば、忘れる。自分のことなんて。
そうすれば、私は私から、自由になれる。
わたしのとなりに、Freiheitはいつでもある。
視力が落ちて、忘れてただけだ。
おまえの敵は、お前。
味方?どこにだっていやしないよ、そんなものは。
でもね、自由になれば、敵もいなくなるんだ。
甘える味方もいなければ、私を拘束する、私という敵もいない。
そしたら、世界は、きっと
美味しい深呼吸をできる場所になる。
生きるのは意外と、簡単だ。
nach Belieben/随意に、意のままに。
風はそこにある。
君が壁に隠れて、失念していただけだ。
自分の歌も言葉も、全世界でこの瞬間にも生まれては埋もれてく砂粒にしか過ぎない。
だけど、せめて当社比で大粒でいよう。
たとえ、金の砂じゃなくても。