ここのところ、ストレスが溜まってブログにもやたら愚痴が多いです。

で、その8割が契約社員である悩みや愚痴。まぁ、、、頭の中の愚痴の8割がそのことなのだから仕方ない。


要するに、わが社に契約社員という概念がないのだ。


先日、祖母が亡くなった。

しかしながら、社員の親族が亡くなった場合に総務へ届ける手段は存在するものの、契約社員にそのようなものはない。

そのような規定は、契約社員はアクセスできないフォルダに収められている。上司には口頭で伝えてはいたものの、私のその頃の欠勤は「有給」で処理していた。


有給は沢山あまっているし、特別休暇の場合、規則によっては100%支給ではないので、有給を使った方が得という場合もある。だから私は敢えて、自分に特別休暇が許されるか調べることすらしていなかった。


年末となり上司が出勤関連を確認していて、有給で処理されていることを発見。

人事部に特別休暇の適用がないのか!と苦情を言ってくれていた。どっちでもいいんだけど・・・・


結局、100%支給の有給特別休暇扱いとなったわけだが、人事課はそのような規則について私に説明がなかったこと、アクセスすらできなかったことを大層申し訳なく感じたらしい。


廊下で人事部長とすれ違ったとき、非常に丁寧に謝られてしまった。

「私から届けるべきだったのかもしれませんが・・・・」と言ったものの、今の雰囲気の中で私が届け出るのはかなり不自然である。

社員同様に働いてほしいし、論文は会社名で出してほしいけど、社員にはしたくないし社員のように家族の状況まで聞くつもりはない、といった心が見え見えだから。


と、人事部長「いやあ、突然のことだったから、びっくりしたよ。おばあさん亡くなっただなんて・・・いやぁ本当に驚きましたよ」



でも・・・・・・

人の祖母の健康状態を知らない部長にとって、私の祖母が亡くなった事は確かに突然のことかもしれない。

だけど、私の年代の祖父母ですから、病気になったって何があったって、さほど驚くことではないでしょうに・・・・・

常日頃から、人事部からは嫌な思いをさせられているが、私にとって特別休暇ではなく有給処理されることは痛くも痒くもない出来事なんだけど・・・・・


彼らの意図が何にあったかは不明。しかし、次の日から社員と同様の就業規則が適用される契約社員は、就業規則にアクセスできるようになったのは、驚きでありました。欠勤届も社員と同じフォーマットになりました。


そこで辛いのが、これまで副業に対して何の規制もなかったのだが、もし就業規則を適用するならば、副業する場合は上司に申し出る必要が出てきた。


来年から副業復活なんだけど・・・・

もう契約しちゃったものについては、申し出なくていいのかな。



先日、友人と話をしていて、自分が根本的に「天狗」であることを気づかされた。

発端は、とても些細なことなのです。


私は、標準体型やや痩せ気味、ということであまりこれまで体型にコンプレックスを持たずに生きてきました。洋服を買いに行って自分の体型に合わない形のスカートやズボンを見ると「安ものだから手抜きしているー」「こんな体型の人、いないのに」とその洋服が悪い(?)と感じていたのですが、身長が低くキャシャなその友人は、「私は、この服にも体型が合わない」と自分が悪いと、感じてきたそうなんです。


何も洋服と体型とが合わないから、と言って己に非があると感じるほど、謙虚でなくてもいいと思うのですが、私って、根本的に天狗!?と思った出来事でした。



試験が近づくにつれて、そして、年度末が近づくにつれて、どんどん自分が追い詰められてきていることを感じます。


私は負けん気をおこしたり、自分の待遇に腹をたてたり、、、って、そんなに悪いことだとは思っていません。でも、それによって自分のモチベーションが下がったりモラールが下がったり、イライラしたり。。。はもったいないことだと思っています。


そんなことを1日1回は考えながら暮らさなくてはいけないこの環境にどうやって付き合おうか、と毎日考えよし、と心に誓って仕事や勉強を始める。。。。。なかなかのストレスです。


こうやって悶々と考えなくてすむために、会社に交渉しました。

上司はわかってくれているようですが、会社は変わらない。当然です。

上司がわかってくれる、あるいは、わかろうとしてくれるだけ、恵まれている、と感じます。


でも、だからといって上司のためだけにがんばる気にはならないし、上司や会社に日常生活に差し障るほど、不満を感じていても仕方ない。


・・・ということで、ひそかに決断しました。

来年度、正社員にしてもらえなかったら私は転職します。


今、抱えている仕事が沢山ある。

3年間かけて受託した仕事もある。

育休の人の代わりに行っている仕事もある。


そんな状況の中で、転職するのは無責任だなぁ・・・と感じますが、そんな状況の従業員を社員にしない会社の方が無責任。今の状況から考えてそんな高望みをしているわけではないと思う。私は自分の仕事や、自分の職位に誇りを持ちたいだけなのに。カースト制度のように、社員のストレスのはけ口はもうゴメンだというだけなのに。


やはり、上記仕事に私が責任を持つべきならば、会社は私に責任を持つべきだ、という理屈で、私は転職活動をすることにします。




で・・・・

試験に合格すれば、同業の仕事を得ることができるかもしれません。何より、試験に合格すれば、社員にしてもらえるかもしれません。ですので、試験はこのままがんばります。


終わったら転職活動開始です。


受かっていたら、今いる会社と転職先の会社を冷静に比べてみよう。


幸か不幸か、社員は3ヶ月前に退社の意思を伝えなくてはいけないそうですが、契約社員は1ヶ月前でいいそうです。

合格発表を待ってからでも遅くありません。


よし。勉強に戻ろう。


来年こそ、人並みの生活をしよう。


兄が不思議なことを言った。

ある日突然、これまで正しいかったと思っていた自分の選択に疑問を感じた、という。

いつも前進あるのみ、タイプの兄にしては珍しい。


逆パターンはよく聞く。渋々進んだ道だけど、これでよかったのだ、と思えた、というパターンだ。

でも、これまで正しいと思っていた選択に疑問を感じる・・・・・・? まぁ、、、あるかもしれない。


さて、私、そんな兄の言葉を聞いて、今の自分の生活を「あれで良かった」と思える日が来るのだろうか。とむなしく感じた。


絶対ない。

毎日、他人をうらやみ、ねたみ、いじけたり卑屈になったり、悲観的になったり。


はぁ・・・・・


でも、今の自分のためにがんばるのが難しいなら、今後の自分のために、1つぐらい今の私の中で誇りに思えることを作っておこう。



あー、今週も遊んじゃった・・・

なんてことから、夜になって急いで勉強を再開。


あ。。もう2時になっちゃった。


お肌が・・・・



試験が終わったら絶対早寝してお肌の疲労を回復させなくちゃ。



無駄な抵抗、と思いながらも最近寝る前に時々パックをする。


でも、朝起きるととんでもないところから、パックの残骸が見つかる。


相当むなしい瞬間です。

長らく、「ハイテンション」状態だった彼女が、また、「ローテンション」に舞い戻りつつある。


気づけば隣で泣いている。


わけのわからないメールが毎朝届く。

例えば突然、「昨日はありがとう。比喩的にノイローゼ気味で助かりました」とか。。。昨日って何かあったっけ?比喩的にノイローゼ気味って何!?

「例のこと、両親に話しました。ようやく私自身の決断に同意を得ました」とか。。。え?例のことって何?あなたは何を決断しちゃったの!?

「今までありがとう」とか。。。そういう発言、怖いんだけど。


突然欠勤が続く。


カウンセラーの診察が始まったら何時間も診察室に居座っているらしい。。



そんな彼女の状態は、小さい会社なので会社中有名だ。

にもかかわらず、そんな彼女に「●●について調べて~」なんて、●●の専門家であるはずの別の部の研究員が依頼をしてくる。なぜ専門家である研究員がわざわざ、専門外である他の部の彼女に!?おそらく単なる好奇心。  人間性を疑う。


そして彼女は・・・・というと、●●についてA雑誌にもB雑誌にも詳しく載っているにもかかわらず、それを読んでいるはずの研究員からの問い合わせなのだから、別の雑誌や論文から探さなくては!と、信じられないほどの強迫観念と信じられないほどの執着心とで、それを調べ続けている。


昔ながらの年功序列的考えの強い彼女からすれば、いったんこうなると、年下である私の意見なんて聞こうともしないので、休日出勤までして、●●について調べている。


挙句の果て、「なんで私が、その研究員のために、寝る間も惜しんで専門領域外である●●について調べないといけないんですか!!」とまったく事態の飲み込めないわが部の上司に泣きながら当り散らす。


はぁ・・・・


会社として、この状態をいつまでも「見守る」だけでいいのか!

ただ、「見守る」という段階はとっくに過ぎてしまっている。会社が、社員を大切にしていない、ということを思い知った。


と同時に、それを目の当たりにしている私をはじめ、周囲の社員が会社に対して不信感をもつことは、会社にとって怖いことのはずではないのだろうか。


一生懸命仕事をする、積極的に取り組む、、、などなど頭ではわかりながら仕事をしてきた。


でも、最近、自分の中で、私もっとがんばれるのに、がんばり惜しみをしている、という反面もあることを確信した。

どこか受け身、逃げ腰、より汎用性のある仕事を求めて、いまいちやり切れていないような気がする。


何を隠そう、大学院まではある程度のがんばりで、人並みにやっていけていたのだ。

だけど、今は、もっと手ごわい環境にいるらしい。


本当は、普通は、もっと早くこれに気づいているのだと思う。

今まで恵まれていた分、気づくのが遅れてしまった。


そう考えると社会人になって、人々との差はどんどん開きっぱなしだったに違いない。


今更ですが、30超えた今更ですが、ここは腰をすえて、ガップリとやってみようか、とも思う。


・・・・・こんなことを書きながらもまだ、この世界に足を踏み入れていいのか迷っている面もある。この心境はなんなんだろう。。。



今日、フと最近の自分の態度を振り返った。


私、夢中で仕事をしていただろうか。

何となく、受け身になっていたり、消極的であったり、指示されたことしかやらなかったり、していなかっただろうか。主体的に動いていなかったのではないだろうか。


しかも、それでよい、と自分を許していたのではないか。


資格試験のことや、やはり正社員でないことによって踏み込めない部分って確かにある。

だけど、それ以上に自分を甘やかしていたのではないだろうか。



今日、一つ新しい仕事をゲットした。

これ、私、引っ張っていってみよう。。。


突進していきたい大きな目標ができることはきっといいこと。


でも、今、私はその目標に進むためには他のことを諦めなくてはいけないように感じてしまっている。

あるいは、その目標への最短ルートを探そうとしているように感じてしまっている。

何だか、その最短ルート以外は通ってはいけないように感じてしまっている。


目標が大切であればあるほど、他に目標を持ってはいけないような気がして、その目標へたどり着く道はたった1本しかないような気になって、それ以外を拒絶しているような気がする。頭と体がカチコチになってしまっているような気がする。


頭でっかちになってるぞー。

何だか、変だぞ。私。


目標を達成した自分を夢見ているが、その目標を達成するまでの過程も、まぎれもなく私である。

目標を達成した自分も大切。でも、その目標を達成するまでの自分も大切。




今日は一日中、会議だったので眠くたってどうにかなる!なんて思って昨日は遅くまで勉強した。


だから、目は落ち窪み、やや疲労した顔になってしまった。


そして今日、会議の休憩時、突然上司に「watchちゃん、今日、ひよっていません?」

と指摘された。


私が知っている「ひよる」とは、様子を伺うこと、とか、長いものには巻かれろ、的態度のことだ。

なので、上司にそう言われたときは、衝撃だった。あ、私、仕事への取り組み姿勢が間違っている?と不安になった。

しかし、話を続けていると、どうやら「疲れている」という意味だったらしいのだ。


インターネットで調べると「ひ弱」などと合わせて、疲れている的な意味も最近持つらしい。


でもさ、、、、不安になるから言葉は正しく使ってよ!って思った。

また、仕事への姿勢が間違っているというのであれば、はっきりそう言ってよ!

世の中、そんなに甘くないか・・・