その33:血糖管理の基礎の基礎 | 国家試験後の臨床 書籍化しました! (旧)研修医が学んでおくべき100のこと

国家試験後の臨床 書籍化しました! (旧)研修医が学んでおくべき100のこと

一人の内科医が研修医時代に書き溜めた記事を再構成しています。
全ての医療者にとって、医学を理解する手助けになれば幸いです。

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▼先に結論

・入院中に頻用されるスライディング・スケールは非生理的な管理であることを知っておく

・インスリン1単位でブドウ糖5gくらいによる血糖上昇を相殺できる

・急性期治療の血糖管理目標は144-180mg/dl

・経口血糖降下薬の第一選択は禁忌がなければビグアナイド薬とする意見もある

・インスリン分泌の評価にHOMAやCPIを用いる

 

ここでは糖尿病を専門にしない一般の臨床医が知っておくべき、ごく一般的な血糖コントロールの話をします。それを専門に行う糖尿病科が存在するほど、血糖コントロールは専門性の高いものですから、最低限のお話です。

 

有病率が高い疾患なので、入院患者にも糖尿病をもつ方が非常に多く存在します。それらを全て専門科に依頼するわけにはいかないので、最低限の管理は自科で行うことが多いです(もちろん困った時は相談しましょう)。

 

そんなわけで、スライディング・スケールすら知らなかった医者になりたての頃を思い出し、書いていきます。

 

 

1. 入院中の血糖管理について

患者には各食前、眠前と4回の血糖測定を行うのが基本です。例外的なケースとして、血糖推移を評価するために1日7回の血糖測定(各食前後、夜間)を行うターゲスというのもあります。糖尿病科以外ではあまり行わないのですが、名前は知っておいた方がいいでしょう。血糖測定は患者にとっても看護師にとっても負担ですから、安定していれば1日1回の測定に切り替えたり、中止したりすることも考えます。

 

全く病院にかかったことがない人が救急搬送されてきて、そこそこの(あくまでそこそこの)糖尿病を認めたとします。内服調整はゆくゆく行うとして、ひとまず行うのはスライディング・スケールかと思います。これは医療者には常識ですが、僕個人は研修医になるまで知りませんでした。学生時代に強調されるものではないと思います。

 

スライディング・スケールとは食前の血糖値を測定し、その値に応じてインスリンを投与する方法となります。大体BS150mg/dlくらいでヒューマリン2単位皮下注になり、血糖値が50mg/dl増えるごとに2単位ずつ増量します。つまりおおよそ2単位につき血糖が50程度下がるものと概算します。

 

汎用される割に学生時代に強調されないのは、これが邪道なマネジメントであるためかと思います。例えば糖尿病患者が食前に固定打ちするインスリンは、食後に上昇する血糖を抑える役割があります。つまり測定された血糖値が高いということは、その一つ前に投与されたインスリンが足りないことになります。具体的に言えば、昼食前が高血糖になるなら増やすべきは朝食前のインスリンのはずです。それを昼食前のインスリン投与で補うのがスライディング・スケールですが、生理学的には場当たり的です。

※すいませんマジでごちゃごちゃしました

 

このように、ある血糖値に影響するインスリンを責任インスリンといいます(昼食前血糖の責任インスリンは朝食前、みたいな感じです)。スライディング・スケールはその場凌ぎですが、血糖を最低限管理できるためかなり有用です。患者の食事量に応じて投与量を決めるスケールを用いる医師もいますが、こちらのほうが生理学的には理にかなっているのかもしれません。

 

またスライディング・スケールは基礎インスリンを無視している点も問題です。その考えから、基礎インスリンを併用する方法をBasal-plusレジメンと言います。これは必要と推定されるインスリン量の半分を長時間作用型インスリンで投与し、それ以外をスライディング・スケールで補う方法です。

 

低血糖のリスクがある方に、インスリンを高用量で投与するには勇気が要ります。体内に投与した薬剤は回収できませんから、低血糖の際に対応が難しい場合があります。選択肢として、インスリン持続投与する方法もあります。例えば50単位インスリンを50mlの生理食塩水に希釈して持続投与を行うと、低血糖を起こした際に中止できるので比較的安全です。しかしこれは追加分泌を完全に無視した概念ですから、基本的には絶食患者に行う方法です。また血糖推移に伴って投与速度を変える必要もありますし、指示が混乱する煩雑さもあります。

 

 

少し話は逸れますが、メインにインスリンを混注する方法も紹介しておきます。インスリン1単位でブドウ糖5g分くらいの血糖上昇を相殺することができます。例として、5%ブドウ糖液500mlには5単位を混注します。これは高血糖を伴う高ナトリウム血症の治療など、血糖を上げないで自由水を投与したい場合に用います。

その1:輸液の考え方

 

血糖がインスリンの作用で細胞に取り込まれる際に、合わせてカリウムを細胞内に引き込むことが知られています。それを応用した高カリウム血症の治療にGI療法(グルコース・インスリン療法)があります。50%ブドウ糖50mlとインスリン5単位を同時に投与するのが一般的ですが、こちらでもブドウ糖5gあたりにインスリン1単位を投与するため、大きな血糖変化は起こりにくいです。

 

 

2. 血糖値の目標

入院中の血糖は無理に下げすぎず、結構甘めに管理することが多いです。糖尿病の管理の主目的は将来の病気の予防ですから、入院中にそこまでギリギリの加療を要しません。非専門医は最低限のコントロールをつけて、その後に糖尿病内科の外来で調整してもらえればいいと思います。急性期治療は病院における花形ですが、実は慢性期管理の方が難しいのです。そもそも急性期治療において厳格な血糖管理は予後を改善しないという有名な研究があります。

 

少し歴史的な話をしましょう。高血糖では白血球の働きが落ちることから免疫力が低下することが知られていたので、急性期治療であっても高血糖を放置してはいけない、ということは推察されていました。実際に強化血糖コントロールが予後を改善するという報告は出ていました(注:強化インスリン療法と呼ぶ記載もありますが、強化インスリン療法は後述する固定打ちを指すはずなので誤用かと思います)。

 

しかしその目標値をどの程度にすべきかは定まっておらず、特に低血糖を起こしてしまうと予後が悪くなるという懸念もありました。それらに決着をつけたのはNICE-SUGAR trialであり、この結果から急性期治療での血糖値が144-180mg/dlを目標とするのが最良だろうとのが現在のコンセンサスになっています。

Intensive versus Conventional Glucose Control in Critically Ill Patients

 

 

これはあくまで急性期管理の目標であり、慢性期での目標は異なります。特に若年であれば、強化インスリン療法などでの厳格な血糖管理を行う必要があります。これは1日に複数回のインスリン投与を行って血糖コントロールを行う方法ですが、専門領域なので概要だけお話しします。

 

現在用いられるのはインスリンアナログ製剤という、遺伝子的に作用時間を調整したものになります。一般には各食前に超速攻型製剤、眠前に持続型製剤を行います。もともと生理的には持続的に分泌されている基礎分泌、食後の血糖を抑えるための追加分泌というものがあります。超即効製剤は追加分泌、持続型製剤は基礎分泌の役割を担いますから、生理的な役割に近いと言えます。

 

強化インスリン療法にもかかわらず、早朝高血糖をきたす患者には注意が必要です。そこにソモジー現象暁効果が関与している可能性があります。ソモジー現象は持続型インスリンを投与している症例で夜間低血糖をきたし、その反動で早朝高血糖をきたす現象です。また暁現象は早朝に成長ホルモンやコルチゾール分泌により、朝の高血糖をきたす現象です。いずれも朝の高血糖をきたしますが、夜中の3時に血糖測定し低血糖があればソモジー効果、なければ暁現象と鑑別できます。ソモジー効果があれば基礎インスリン量を減らし、夜の栄養摂取を増やします。暁現象であれば、逆にインスリンを増やすことを考えます。

 

例えば80歳を超える方の糖尿病であれば、数十年後の疾患予防目的は薄れ、DKAやHHSの予防が特に重要となります。低血糖を特に避けなければなりませんから、一般内科的な最低限の内服で加療する方が良いかもしれません。しかし50代などの若年者であれば、必ず専門外来に通院してもらうべきでしょう。

 

 

3. 経口血糖降下薬の選択

ここに関しては特に専門領域なので、本当に基本的な話だけ行います。最も歴史的に古いのはSU薬です。今でも高齢者では内服している方が多いですが、現在はその位置付けは下がっています。一番の理由は低血糖のリスクが他剤と比較して高い点かと思います。

 

SU薬で低血糖をきたした場合、基本的には入院適応です。理由はSU薬が基礎分泌を補う薬剤だからです。1日1回内服でよく、長時間効果を発揮します。インスリン分泌を促す薬剤にグリニド薬がありますが、こちらは追加分泌を補う薬剤ですから各食前に内服が必要です。

 

SU薬による低血糖に対し、救急外来でブドウ糖を投与すれば血糖値は改善します。しかし作用時間が長いため、一定の時間が経過すると再度低血糖をきたす可能性が高いのです。従って入院で糖を含んだ輸液の持続投与を行い、場合によってはグルカゴンやステロイドの投与も検討します。

 

 

糖尿病の治療目的として「将来の疾患予防」「DKAやHHSの予防」を挙げました。若年であるほど前者が重要になります。糖尿病薬の選択で最も重要なものの一つに「心血管系イベント抑制エビデンスの有無」があります。血糖を下げても、重篤な病気が減らなければ仕方ありません。この点で最も信頼に足るのはビグアナイド剤です。2015年の米糖尿病協会(ADA)と欧州糖尿病協会(EASD)合同の2型糖尿病の治療に関する共同声明では、禁忌がない限りは第一選択と位置づけています。

 

致死的な副作用である乳酸アシドーシスがあり敬遠されますが、発生頻度は1.9例/10万人/年と高くはありません。死亡するのは乳酸アシドーシスを起こした5人に1人と言われています。そのため腎不全や心不全などの禁忌がなければ安全な薬剤と考えて差し支えありません。造影剤の使用によって誘発されることもあり、撮影の前後2日ずつ休薬します。ガイドラインには「ヨード造影剤を投与する場合には、緊急検査時を除きビグアナイド系糖尿病薬を一時的に休薬するなど、適切な処置を行うことを推奨する」と書かれており、大動脈解離や肺塞栓といった致死的疾患の除外目的など、造影を行うbenefitが勝ると考えれば行う場合もあります(もちろん十分なインフォームド・コンセントの上で)。

腎障害患者におけるヨード造影剤使用に関するガイドライン2018

 

 

安全な薬剤であるDPP-4阻害薬は頻用されますが、心血管系イベント抑制効果に関しては十分なエビデンスがありません。SGLT-2阻害薬にはある程度エビデンスがあり、使用されるケースが増えています。最近よく用いられるGLP-1受容体作動薬は、高額であり非専門医には敷居が高いですが、覚えておくと良いでしょう。インスリンは糖を細胞に取り込むことで血糖を下げるので、体重増加に繋がります。GLP-1受容体作動薬は膵臓に作用してインスリン分泌を促しますが、食欲が抑えられるため体重減少につながります。脂肪が増えるとインスリン抵抗性を増加させるサイトカインも放出されるため、悪循環になります。

 

 

これらの薬剤をどう選択するかは難しく、専門性が高い領域です。ここでは、非専門医でも使いやすい簡単な計算式を紹介しておきます。IRIは血中インスリンです。

HOMA-IR=IRI:μU/mL×Glu: mg/dL/405            →2.5以上だとインスリン抵抗性増大

HOMA-β=(IRI:μU/mL×360)/(Glu: mg/dL-63)  →30%以下だとインスリン分泌低下

 

血糖値が高いほどインスリン分泌はされますから、それが血糖に見合ったものであるかを評価する必要があります(以前記事にした網状赤血球みたいな話です。その10:貧血のマネジメント)。非常に初心者向けの指標ですが、簡便なので使いやすいです。

 

これでインスリン抵抗性が増大していればビグアナイド剤にしようとか、分泌が不足しているならDPP-4阻害薬を選択しようとか、そんな感じで評価の一助になるかと思います。

 

しかしこれだと、すでにインスリン投与された患者ではIRIの値が分泌されたインスリンのみを反映しているとは言えません。そのばあい、血中Cペプチドと血糖値を用いて、以下の式を用います。

CPI=CPR: ng/ml÷Glu: mg/dl ×100

 

これが1.2以上であれば経口血糖降下薬、0.8未満であればインスチン治療が必要と考えられます。

 

 

あくまで基本的な内容だけですから、専門的な内容には程遠いです。しかし入院時に糖尿病が初めて指摘されるケースは多く、疾患頻度からも全て糖尿病科に依頼することは現実的ではありません。網膜症の評価も忘れず行ってください。