無機質なGゲージ日記 -78ページ目

無機質なGゲージ日記

鉄道好きなオヤジの演歌ブログ?

キングレコードご所属の、彩乃さんの応援に平和島競艇場に行ってきました。彩乃さんにお会いするのは7月のエスパ川崎店以来1か月ぶりですが、今回の方がメイクが自然です。エスパと違って、屋外のステージではあってもテントがあるから、必要以上の日焼け対策をなさっていないからでしょうか。まぁ、可愛いから許す(笑)。浴衣も良かったですが、ドレス姿もなかなかのものです。


無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん
1回目のステージはオリジナル曲の「一人若狭路」となんだったか、もう一曲です。指を1本だけ上げたポーズと2本上げたポーズがありますが、これは「一人若狭路」で一人でどうした、二人でどうした、と言う歌詞に応じてポーズが変わっています。


無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

無機質なGゲージ日記-キングレコード・彩乃さん

この車輛は調べごとをしなくても直ぐに判ってしまうと言うか、東急東横線を走っている(新)5000系と言う車輌です。走る路線によって連結している輛数が違うし、それによって形式番号も色々と変えてありますから全貌が判りにくいですが、簡単に書くと、両端クハ、中間デハのM1車、中間デハのM2車、中間デハのM単車、サハ、とまぁ、こんなもんです。去年までは通勤で毎日乗っていた地元の鉄道の車輌なんですが、未だに全貌が理解出来ません。理解する気がないとも言うか(笑)。率直に言って私にとっては、地元のこの車輛よりも阪神電車や名鉄電車の方が遙かに理解しやすかったりします。


無機質なGゲージ日記-東急東横線5000系


なんで急に五藤真心(ごとう・まこ)さんかと言うと、山口かおるさんが出演しているのを目当てにテレビ神奈川の「ハマ歌SHOW」を見ていたら、突然この方のPVが流れたのでブログネタにした、とまぁ、それだけです。


全然違う話ですが、若山かずささんの「山百合の駅」のPVに出てくるキハ40と言うJR北海道の車輛の一件を以前にアップしましたが、あのPVの撮影場所は石北本線なんだそうです。


精神的に、かなり煮詰まっちゃってます。昨日は内線電話で社長と言い争って「この野郎、ぶん殴ってやろうか」と思って社長のいるフロアに乗り込んで行ったら既に別の電話に出ていやがったので、機会を逸して意気消沈、、、。年内、この会社で持つのかなぁ。なんとかマヌケ男(=社長)に喧嘩を売って「お前はクビだ」と言わせれば会社理由での予告無しの解雇、と言う事になるから当方の勝ちなんですが(笑)。

国際鉄道模型コンベンション、と言う催しが8月19日(金)から8月21日(日)まで、東京ビッグサイトで開催されます。でもって、今年も友人の応援で搬入日と会期中の土曜・日曜は会場に張り付きます。出展場所は屋上の炎天下で、当然吹きさらし+冷房無しです。八木軽便鉄道倶楽部、と言う陣地?がありまして、半白髪+中年太り+結構長身+めがね掛けている+一番人相が悪い人間が居座っていれば、それが私です(笑)。


実際に、人間が乗って走ることの出来る模型の出展が中心なんですが、私は間借り状態なので、、もうちょっと小さい模型を持って行きます。今週辺りからから、そろそろ車輛整備を始めなければ、、、。

今日は少し前倒しで、親父の7回忌の法事をやりに多磨墓地へ行ってきました。多磨墓地へ行くには拙宅からは北上して多摩川の土手までぶち当たって、遡上して鶴川街道で多摩川を渡って、、、と言うコースを辿るのですが、今週は取り引き先の武蔵村山市内の工場へ行くために多摩墓地の北側の東八道路(=甲州街道のバイパス)を通ったり、ちょっとした用事で真夜中に埼玉県桶川市まで行くために調布ICから中央道に乗って往復してきたり、とまぁ、多摩墓地の近くを通る機会が妙に多いです。


無機質なGゲージ日記-松本家先祖代々之墓

帰る途中に、念願だった阿南惟幾陸軍大臣のお墓にも立ち寄ってきました。拙宅は武田家の下っ端だった由緒正しい陸軍の家系?なので、立ち寄る順序としては阿南陸相のお墓が一番最初、と言うことになりますな。


無機質なGゲージ日記-阿南惟幾陸相のお墓

次回は、児玉源太郎陸軍大将のお墓をお参りする予定です。

物産直売所、と言うのか、そのような施設です。勧進元は同じ千葉県の御宿(おんじゅく)に在る村居氏養鶏場と言う会社ですが、夷隅郡大多喜町に本社があるからなのか、「ポッポの丘」自体もいすみ市内の丘の上に在って、流石に血中鉄分濃度の高い私でも初めて見る車輌ばかりを売店の建物代わりに使っています、、、それでも、初めて見ても一目で何処の鉄道のなんと言う車輛かは判ってしまいますけど。


下の写真の車輛は、精算所兼たまご売り場として使用されている、富山県の加越能鉄道のデ7502と言う電車です。お隣の富山地方鉄道にも良く似た車輛がいます。
無機質なGゲージ日記-ポッポの丘(加越能鉄道デ7502)


ハコが一杯積み上げてありますが、中味はタマゴです。背後が精算コーナー、と言うアレジカウンターです。
無機質なGゲージ日記-ポッポの丘(加越能鉄道デ7502)


下の写真の車輛は、地元産品売り場として使用されている、石川県の北陸鉄道のモハ3752と言う電車です。この車輌では「房総ぶっかけ飯」とか言う海産物のふりかけみたいなものと、蜂蜜、醤油、を買いました。
無機質なGゲージ日記-ポッポの丘(北陸鉄道モハデ7502)

下の写真の車輛は、いすみ鉄道の「いすみ204」と言う気動車で、菊地まどかさんの「菜の花列車のPVに出てくるのと同じ車輛です。いすみ鐵道グッズの売り場として使用されています。
無機質なGゲージ日記-ポッポの丘(いすみ鐵道)


内部は、こんな風になっています。土産にいすみ鐵道が最近になってJRから買い取った中古気動車のイラスト入りTシャツを買いました。但し、サイズがS、M、L、しか売っていないので、止む無くLを買って愚息に渡しました。LLサイズがあれば、当然ながら私のモノになるんですが(泣)。
無機質なGゲージ日記-ポッポの丘(いすみ鐵道)


この日は直前に両国に在る江戸東京博物館で、東京市電気局の「ヨヘロ」を見たりしていましたので、横浜の拙宅→両国→いすみ市→アクアライン→横浜の拙宅、と廻ってざっと走行距離は220kmでした。

両国の、江戸東京博物館で行われている都営交通の展示会を見に行ってきました。最大の目玉は「ヨヘロ」と言う、東京市電気局の電車です。「ヨヘロ」とは変な名前ですが、ヨ:4輪車、ヘ:ベスチビュール(開放式の出入り台付き)、ロ:大正6年製造、と言う意味だった筈です。まずは、レプリカのヨヘロです。


無機質なGゲージ日記-東京市電気局ヨヘロ


次はヨヘロを改造した除雪用電車で、函館市交通局が現在の持ち主です。車体そのものはヨヘロ時代のモノがそのまま使われています。


無機質なGゲージ日記-東京市電気局ヨヘロ

これは余り珍しくないですが、6000型と言う、都電の代表的な車輛です。

無機質なGゲージ日記-都電6000型

最後は、電車自体ではなくて、電車が履いている台車。D11と言う機種で、かなり希少な代物です。


無機質なGゲージ日記-東京市電気局D11台車

かなり本気で考えています。可能ならば年内に現在の仕事からは足を洗いたいです、、、実際には、愚息が私立高校の2年生なので、卒業して就職してくれるまでは無理だと思います。次の仕事は、、、また、運転手に戻りたいと思っています。手積み・手降ろしが無いという点ではトレーラーの運転手が楽なんだろうし、大型免許もけん引免許も持っているから絵空事では無いのですが、私の性格?を考えると2tロングのパワーゲート付きハコ車程度が向いていると思うのですが、どんなものかな。


この件、家内に話したら「今の会社を辞めるのは次の仕事を決めてから」「あのバカ(=社長)には迷惑掛けても構わないから、他の同僚の人には迷惑が掛からないように止めてね」と言われました。ごもっともです。今の勤務先の、社員の平均在籍年数は、、、正確に計算していませんが恐らく4年まで行かないと思います。要するに、社長には人望が全く無いからなんですねぇ。同業他社の人には「お宅の会社、可笑しいんじゃないですか?」と言われてますが、会社が可笑しいんじゃなくて、社長がイカレているだけなんです。

蔭凉山済松寺(さいしょうじ)は臨済宗の大きなお寺で、所在地は東京市牛込区榎町、現在の新宿区榎町です。3代将軍徳川家光公が創建したお寺なんだそうで、側室である桂昌院が創建した真言宗の護国寺ともごく近い場所に在ります。済松寺の在る場所は幕府祐筆であった大橋龍慶の屋敷跡を充当したものなんだそうです。


大橋龍慶と言う人は榎町の西側に在る牛込区天神町に牛込天神社を勧請した人で、嫡男の大橋重政も幕府祐筆に就任しています。処が将軍様のお覚えが目出度くなかったのか、嫡男が何らかの政治的な配慮をしたのか、1645年(正保2年)に大橋龍慶が亡くなると翌年には祖心尼が拝領して済松寺を創建します。祖心尼は家光公が敬愛していた人なので、大橋家側はその辺りの事情を斟酌して積極的に拝領屋敷を返上して別の場所に移っていった可能性は高いんじゃないかと思いますが、これは例によって学術性の低い私の勝手な推量です。


一説によると、済松寺の門前で由比正雪が軍学を講義する道場を開いていた、なんてこともあったようです。元来、牛込地区は江戸城からかなり遠いので、どちらかと言うと下級武士の組屋敷や農家が混在していたような場所ですから、現状に不満を持つ下っ端御家人が由比正雪のもとへ集まったのかも知れません。確か、由比正雪の謀反の後ろ盾になったのは家光公からこの寺を与えられた祖心尼だった、、、なんて小説を書いた作家も居たようです。


家光公お声掛かりだからと言うこともあるのでしょうが、寺自体がかなり広大です。更に、寺の敷地以外にも土地を所有しており、東京メトロ東西線の早稲田駅近くにまで済松寺名義の月極駐車場が散在しています。かなりの大資産家?であることは間違いないようです。


無機質なGゲージ日記-臨済宗済松寺
これが正門?だと思うのですが、表通りである外苑東通りには面していません。このお寺が創建された当時に外苑東通りなんてものは存在しませんから、面していないのはごく当たり前の話ですけど、、、。一般公開はされていないそうですので、これ以上深追いしての写真撮影は止めておきました。

1回目の10:10開始の回が終わった後の、撮影会?での写真です。よく見ると、今日のお召し物はポスターのそれと同じだったんですね。お陰で、その場所に立っているご本人はお一人なのにツーショット、スリーショット(笑)になったりしています。



無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん

無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん

無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん
無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん

無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん

無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん

無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん

無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん

無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん


この後、13:30開始の回もあったのですが、野暮用のため10:10開始の回のみで戸田競艇場を後にしました。新曲の「祝婚歌」も聴きたかった、、、。
無機質なGゲージ日記-小沢亜貴子さん

ツーショット撮影の光景を見ていて気付いたこと。亜貴子さんは身長170cmと背が高くて、その上そこそこヒールの高い履き物を履いている、、、私は身長176cmなので僅かに(私の方が)背が高い状態を辛うじて維持できるのですが、私ともう一人、同じくらいの身長になる男性に対しては相手の腕を掴むようにします。ご自分より背が低くなってしまう男性に対してだけは相手の手を両手で包むようにします。あのポーズの境目は一体どの辺りにあるのでしょうか?。