テスト勉強とJPOPのぬきさしならない関係
今日は時間が無いのでサクサクいきますよ。今、私の地元松戸市の中学生はテスト真っ只中である。で、当然中学生くらいだとテスト前は勉強、勉強とまわりから様々な圧力がかかってくるものである。
で、昔からある話だとは思うが、音楽を聴きながら勉強すると、勉強がはかどる派とはかどらない派というのが出てくる。当然私ははかどる派である。というのも、JPOPを聴くことで脳の中がほどよくミックスされ、勉強した内容が次々吸収されていくからだ。科学的根拠なんかまるでないけど、今までずっとそうやってきた。ちょうど10年のキャリアということになる。
耳と目から同じ情報を吸収すると、詰め込みすぎでかえって気持ち悪くなってくるのだろうが、耳からは恋愛の歌で陶酔感を生み、目では学習内容を追っていくことでだらだらとした勉強のときにはありえないくらいの効率が得られると信じて疑わない。
これがJPOP学習理論である(圧倒的なこじつけだけどね)
で、昔からある話だとは思うが、音楽を聴きながら勉強すると、勉強がはかどる派とはかどらない派というのが出てくる。当然私ははかどる派である。というのも、JPOPを聴くことで脳の中がほどよくミックスされ、勉強した内容が次々吸収されていくからだ。科学的根拠なんかまるでないけど、今までずっとそうやってきた。ちょうど10年のキャリアということになる。
耳と目から同じ情報を吸収すると、詰め込みすぎでかえって気持ち悪くなってくるのだろうが、耳からは恋愛の歌で陶酔感を生み、目では学習内容を追っていくことでだらだらとした勉強のときにはありえないくらいの効率が得られると信じて疑わない。
これがJPOP学習理論である(圧倒的なこじつけだけどね)
最近多くないですか?
コラボとか、トリビュートとかカヴァーとかさ。かなり多くなっているような気がする。わりと新しいところで気になっているのはソニンの新曲をスキマスイッチが書いていることと松浦亜弥の新曲書いてるのが今井千尋だってこと。
今井千尋っていえば、サムエルですよ。間違ってないよね?こういう作詞作曲の欄に以前活躍していた人の名前を見かけるとああ、みんな働いてんだなあ、オラも仕事せなあかん、と実感するんだよね。
そういえば、先日放映してた紅白歌合戦も気になったなあ。森進一の歌は詞が坂井泉水で曲は大野愛果で、ギザレコードバンザイ、な組み合わせだしね。 ほんとこうやって組み合わせで売るのが増えたような気がしている。まあ、同じ曲だって、歌い手でずいぶんと変わってくるということは否定できないことなので自分好みの組み合わせが見つけられるのはうれしいね。
今井千尋っていえば、サムエルですよ。間違ってないよね?こういう作詞作曲の欄に以前活躍していた人の名前を見かけるとああ、みんな働いてんだなあ、オラも仕事せなあかん、と実感するんだよね。
そういえば、先日放映してた紅白歌合戦も気になったなあ。森進一の歌は詞が坂井泉水で曲は大野愛果で、ギザレコードバンザイ、な組み合わせだしね。 ほんとこうやって組み合わせで売るのが増えたような気がしている。まあ、同じ曲だって、歌い手でずいぶんと変わってくるということは否定できないことなので自分好みの組み合わせが見つけられるのはうれしいね。
ネットカフェで見放題
久しぶりのネットカフェ。大学時代は入り浸っていました。JPOPということではあまり関わりが無いようにも思えますが、当時はパソコンがあまり無かったのでまんがを読みつつ、有線を聞く、というのが主流でした。個人的にですが。
それで、千葉県の船橋によく利用しているネットカフェではShow Timeとかいって、いろいろな動画コンテンツが見放題なのです。で、いつもはほかに用事があったりしてまったく見なかったんですが、今日はなんとなく手持ち無沙汰だったのでこれを開いてみると……。
あ、これはすごい。アンダーグラフの「ツバサ」はフルに見られるし、ソニンがカヴァーする尾崎豊の「I LOVE YOU」(ハングルです)とかもある。けっこう量があるから今後チェックしたいアーティストとかも見つかりそうだしね。過去のやつも見られないのかなー。いろいろ貴重なのがありそうなんだけど。クレイジーケンバンドとか、小谷美紗子とか、ほんと守備範囲が広くなっている。まあ、新しい歌なのか古い歌なのかわかりにくいってことはあるけど、フルに聴ける曲もあるので試聴ということではかなりおいしいね。 今後はこれちょっと利用しよう。
今見たら、稲垣潤一がけっこう取り上げてあってうれしい。
それで、千葉県の船橋によく利用しているネットカフェではShow Timeとかいって、いろいろな動画コンテンツが見放題なのです。で、いつもはほかに用事があったりしてまったく見なかったんですが、今日はなんとなく手持ち無沙汰だったのでこれを開いてみると……。
あ、これはすごい。アンダーグラフの「ツバサ」はフルに見られるし、ソニンがカヴァーする尾崎豊の「I LOVE YOU」(ハングルです)とかもある。けっこう量があるから今後チェックしたいアーティストとかも見つかりそうだしね。過去のやつも見られないのかなー。いろいろ貴重なのがありそうなんだけど。クレイジーケンバンドとか、小谷美紗子とか、ほんと守備範囲が広くなっている。まあ、新しい歌なのか古い歌なのかわかりにくいってことはあるけど、フルに聴ける曲もあるので試聴ということではかなりおいしいね。 今後はこれちょっと利用しよう。
今見たら、稲垣潤一がけっこう取り上げてあってうれしい。
学力低下と饒舌なJPOP
職業柄、学力低下を痛感することが多い。中学生 くらいまでの友人はほとんど会話が合わなくなっていつのまにか連絡をとらなくなってしまった。思春期は知的な部分が合わない状態でうまくやっていけるほど器用じゃない、ということが1つの原因だと思う。大人になると、さすがにそういう部分は少なくなり、人によって話題を使い分けたりすることが可能になった。
でも、依然として話しかけた言葉が通じていない人もいると思う。それは歌を聴く時にも影響しているだろう。自分の語彙に入っていない言葉がメロディーにのってきても、イメージは浮かばないような気がする。まあ、洋楽的に楽しんだり、ソラミミアワーみたいな楽しみ方をするのなら別にいいけど。
せっかくのJPOPなのだから心ゆくまで日本語、あるいは英語だのフランス語だの節操無く混ざり合った詞を堪能したい。メロディーはもはや新しく聞こえないのだから、そこを詞で差別化して楽しみたい、と思うのだ。
そうありたいのに、学力低下はその障害になるような気がする。一番手痛いのが国語力の不足である。これは文部科学省の手によるわけのわからない読解問題という部分のことではなく、人として当然持っていてほしい道徳心の部分であるとか、日本語で書いてある文章がふつうに理解できる能力のことである。
根が深そうな問題なので次回に続く。
でも、依然として話しかけた言葉が通じていない人もいると思う。それは歌を聴く時にも影響しているだろう。自分の語彙に入っていない言葉がメロディーにのってきても、イメージは浮かばないような気がする。まあ、洋楽的に楽しんだり、ソラミミアワーみたいな楽しみ方をするのなら別にいいけど。
せっかくのJPOPなのだから心ゆくまで日本語、あるいは英語だのフランス語だの節操無く混ざり合った詞を堪能したい。メロディーはもはや新しく聞こえないのだから、そこを詞で差別化して楽しみたい、と思うのだ。
そうありたいのに、学力低下はその障害になるような気がする。一番手痛いのが国語力の不足である。これは文部科学省の手によるわけのわからない読解問題という部分のことではなく、人として当然持っていてほしい道徳心の部分であるとか、日本語で書いてある文章がふつうに理解できる能力のことである。
根が深そうな問題なので次回に続く。
僕の世界観はJPOPで構成されている。
人生の中で1秒でも長くJPOPを聴いていたいと思っていたころがある。長くても10年くらいだと思うけど。
朝はJPOPで目覚め、そのアルバムを聴き終えた時にはすでに大学に遅刻。車に乗ったらわずかの距離でもテープをつっこむ。自分で編集したテープしか聴かないので、人に尋ねられるまでカーラジオのつけ方を知らなかったくらいだ。ラジカセが壊れた時には授業をサボって買いに出かけた。ブックオフに行ってはCDを1枚1枚物色した。そんなことばかり繰り返していた。
でも、今はCDを買うっていうこと自体が減ってしまった。「CDTV」を見る回数だって減ったし、「HEY!×3」を見ることだってほとんどない。かろうじて毎週見ているのは「歌の大辞テン」と「Mステーション」くらいなもの。
今は色あせてしまった記憶だけど、当時の自分にとってはJPOPを聴くことほど気持ちよいことはなかったし、紡ぎだされる言葉の数々や繰り返される単純なメロディーを脳みそで味わっては恍惚としていたのだった。
それから社会へと出ていくことを決めて3年の月日が過ぎようとしている。前ほど熱烈に歌に聞き惚れている時間はないが、それでもストレスがたまるたびにCDを買い、テレビや街角で懐かしい歌を耳にした時はそれを記憶にとどめ、ブックオフで大量購入。あるいみ大人買いなのだろうか。
昔は歌詞に自分を重ね合わせたりという芸当が簡単にできたけど、それが難しくなってくるのもこの20代なかば。それでも、やっぱり10代で一番人生を傾けていたJPOP、その時形作られた世界観は今も自分の側にあるようだ。
朝はJPOPで目覚め、そのアルバムを聴き終えた時にはすでに大学に遅刻。車に乗ったらわずかの距離でもテープをつっこむ。自分で編集したテープしか聴かないので、人に尋ねられるまでカーラジオのつけ方を知らなかったくらいだ。ラジカセが壊れた時には授業をサボって買いに出かけた。ブックオフに行ってはCDを1枚1枚物色した。そんなことばかり繰り返していた。
でも、今はCDを買うっていうこと自体が減ってしまった。「CDTV」を見る回数だって減ったし、「HEY!×3」を見ることだってほとんどない。かろうじて毎週見ているのは「歌の大辞テン」と「Mステーション」くらいなもの。
今は色あせてしまった記憶だけど、当時の自分にとってはJPOPを聴くことほど気持ちよいことはなかったし、紡ぎだされる言葉の数々や繰り返される単純なメロディーを脳みそで味わっては恍惚としていたのだった。
それから社会へと出ていくことを決めて3年の月日が過ぎようとしている。前ほど熱烈に歌に聞き惚れている時間はないが、それでもストレスがたまるたびにCDを買い、テレビや街角で懐かしい歌を耳にした時はそれを記憶にとどめ、ブックオフで大量購入。あるいみ大人買いなのだろうか。
昔は歌詞に自分を重ね合わせたりという芸当が簡単にできたけど、それが難しくなってくるのもこの20代なかば。それでも、やっぱり10代で一番人生を傾けていたJPOP、その時形作られた世界観は今も自分の側にあるようだ。