クレイジーJPOP -3ページ目

1行から始めよう。

 最近、ものを書くことに飽きてきた自分がいる。日常生活でしゃべることが多いからだと思う。ちょっとばかし気持ちを入れ替えて1行書くことからやり直そうと思う。おっと、もう一行を過ぎてしまった。

 尾崎豊はリアルタイムで聴いてなかったけど、今になってけっこう共感できたりする。こないだも友達がカラオケで「シェリー」歌っていたし。あらゆる場面の歌はでそろっている気がする。スタンダードは減って、マイナーな人気を誇る歌が増える時代になるのだろう。

 それが行き着くところまで行った時、スタンダードな歌のありがたさに気づくはずだ。

大人のJ-POPと子どものJ-POP

 余談ですが、こどもを「子供」と書くのはこどもを下げた書き方で、今学校では「子ども」という表記を使っているそうですよ。

 さて、先日、働いている塾である女の子にこんなことを言われました。「歌の意味わかるの?」って。はあ?何を言ってるのだ、この子は、と思ったのですが、「けっこうニブそうだけど、こういう歌聴いていて意味わかるの?」ってことだったようです。

 まあ、ニブそうっていう発言は失礼極まりない(笑)ですけど、そう見えるのは間違いないでしょう。でもね、ファッションセンスがあれだからと言って、恋愛のセンスが鈍いかどうかはわからないわけです。わりと、この人があの人を好きってのはわかる方だと思うのだけど。

 思春期の頃って特に女の子の気持ちを知りたくて、それでよくガールズポップを聴いてたり、ってことがあったように思います。それで、女の子はこんなこと考えてるんだな、と思ってよく見ると実は作詞者が男だった(笑)なんてことを繰り返すうちにわけがわからなくなってくるんですよね。

 それで、何が言いたいかというと、恋愛観であるとか、恋愛に関する感覚なんかはそれまでに触れてきた物語に影響される部分が大きいと思うのですよ。ドラマ、映画、小説、マンガ、詩、詞、といったところかな。だから、そういうものを大量に取り込んできた自分は少なくとも、10代の彼女よりは詞を実感する下地はたくさん持っていると。ま、人それぞれ作者の感情をダイレクトに受け止めたり、完全にズレた取り方をしたり、そういうすれ違いがまた楽しいのでしょう。

 エピソードの話はこれくらいにして、その後に思ったことを書きます。いやー、世の中には恋愛の歌多すぎるよなあ、と。多いという理屈はわかるんだけどね、もう学校に行ってない自分が聴くと、何の味わいも無い歌ばかりある。そういう歌をプロとして20代とかで歌える人ってかなりすごい。すごいのだけれど、リスナーとしてはもうありきたりな恋愛の歌はお腹いっぱいです。

 なので、異様にねじれた恋愛観の歌とかさあ、もうほんとどうでもいいようなことをえんえんと歌うとかさあ、ひとひねりもふたひねりもしてそれから純愛に戻っていく、という時代のうねりが欲しいなあ、と勝手なことを思っているのです。ケロロ軍曹の「ケロッ!とマーチ」は良かったよねえ、別に意味無いんだもの。

 そろそろ春も終わりかけているのだけど、ケツメイシの「さくら」を聴きつつ、20代半ばから30代くらいの人が聴ける歌を待つことにします。ああ、そうだ。大黒摩季の「夏が来る」の男版作ったらおもろいかもしれんぞ。売れるかわからんが。

 それでは、また。

夢見る少女じゃいられない

 相川七瀬、デビュー当時かなり好きだった。オリジナルアルバムもほとんど持ってるし、ミニアルバムまでも買った。そして、今日久しぶりに名前を目にした。それによると、「ボーカリスト、女優、詩人、絵本作家、カラーセラピスト、アロマセラピーインストラクター、また日本でオーラソーマティーチャーとして活躍中の相川さん。」だって。

 なんかよくわからないけど、スピリチュアルな方向に行ってしまったのね。大人になるってそういうことなの?

ご無沙汰の理由

 実は家のPCの調子がかなりおかしいのです。電源入れてもモニターが写らないんです。で、仕事も忙しくしばらく居眠り状態になっていました。せっかくのゴールデンウィークなので、調子を取り戻すべく書いていこうかと思います。その前にPCの修理も必要ですが。

 さて、最近は家でゆっくり懐かしい歌を聴くことが多いですね。昨日は、子どもが生まれて約3ヶ月、ダンナが26、おくさまも26という夫婦の家で夕食をいただいてました。帰りに車で送ってもらったのですが、車内ではなぜかT-BOLANがブーム。

 「By For Now」とか「マリア」とか。でも、一番印象に残ってるのはなんたって「じれったい愛’98」でしょう。だって、2年ぶりの新曲、とかいう売り文句で出していたからね。当時大学生の僕にはその響きがとても新鮮だった。いくらなんでも、リミックスだかアレンジだかを新曲呼ばわりすることはないだろう、ってツッコミたかった。

 でもね、今になると、それくらいふつうのことだったんだってわかる。大人になるって少し哀しいことだよね。

CDTVが人生の中に占める位置

 CDTVを見始めてからはや12年になる。自分の人生の半分くらいのかなりの長寿番組ということになる。この番組のことを知ったのは、中学3年生の時。まだCDを買ったことすらなかった私は、周りの友達に遅れをとっているような感覚が抜けなかった。

 そこでまず、テレビから情報を集めることを思い立った。一番初めに見つけたのはMステーション。自分の起きている時間ではそれくらいしか無かった。そうして毎週少しずつランキングをチェックしながら知識を蓄えていった私に、友達がCDTVのことを教えてくれたのだ。それから、私は番組を欠かさずチェックし、かなりのランキングマニアになった。一番調子の良い時はビデオなどで記録せずとも、頭の中で30番くらいまでは再生することができた。

 今はあの頃ほどの情熱が無い。CDTVも見られる時に見られればいいか、くらいのものになった。それでも、やっぱり元気が無くなった時になんとなく見ているといい歌に巡り会って突然復活させてくれることがある。どうやら歌は私の回復魔法であるらしい。ケアル、ケアルラ、ケアルダ、ケアルガ。懐かしい。

卑屈になった時に聞きたい歌があるだろうか?

 給与扱いは時給でしたが、昨年6月からある一つの場所を任されていました。が、事態が急変し、リストラっぽい状態に遭いました。時給で働く時間が大幅に減ったってことは、リストラというか、窓際というか、あまりイメージの良くないを連想させますね。

 こんな時にJPOPを聴いて、心を奮い立たせたいなあ、と思うわけです。で、今はなぜか東京事変のアルバムを聴いていますが、まったく奮い立ちません(笑)そんな効用を求めて聴こうというのがそもそも間違いだと思ってはいますけど、ついなんとなく。

 

 見つけた。和田アキ子の「古い日記」これは何度聴いても元気が出ます。さらに続けて、槙原敬之の「僕が一番欲しかったもの」もいいねえ。大学時代「マッキーは日本の宝だよ!」と叫んでいた友を思い出します。そういえば、彼は今年大学8年目だったなあ、とか、あいつもJPOP詳しかったからこのブログ書く一人になってくれないかなあ、とか思い返しながら眠りにつきます。

 アーメン。

マニアックってすてきです。

 せっかくトラックバックステーションやってるので初めて利用してみることにしました。これはジャンルごとにやってるものなんでしょうかね。使い方がよくわかってませんが、まあ、なんとなく活用してみることにします。

 さて、そんな話はさておきJPOPの話題に移りましょう。今思いついたことはやっぱりカラオケは月1で行くべきだなあ、ということ。友達と集まって酒を酌み交わすというのもいいのだけど、そういうダンディーな店ってなかなか無くなったような気もしますし。安い居酒屋かこじゃれた店か高級店か、というくらいバリエーションというものが減っているのではないでしょうか。
 その点、カラオケは画一的でどこでも変わらん、というイメージがあります。要はお金をちょっと使ってでもかるくはじけられる小スペースがあればいいってことだけですよね。
 で、なんで月1がいいのか、というと自分のバイオリズムと合っているからなんだと思います。1ヶ月くらいするとなんだか行きたい気分になるのです。
 ちょうど1ヶ月前にカラオケに行ったのですが、いっしょに行く人によって歌う曲って変わってきます。まあ、それで歌いたい曲を歌いきれなかったせいもあるのかもしれませんが、今は行きたい気分になっています。歌いたい曲をしこしこ練習しておこうかな。

 初めてカラオケBOXで歌った曲は「雨に濡れて」ZARDほか、だったのを覚えています。あの頃は1曲1曲かなり歌いこんでいたなあ。それが今では、テレビで聞いたのを適当にこんな感じだろ、とノリで選曲するようになってしまって……。でも、よく聴き、よく歌いこんだ歌ってプロの人たちのブレスの部分とか、ハァー、とか、ウー、とか、ルルルとかイェーとかの部分まできっちり歌えるんですよね。聴いている方もそれがわかるから楽しい。

 久しぶりにそういう歌い方をしたいなあ。

 いつのまにかタイトルと離れた内容になっていましたが、音楽ジャンルの方々のブログを見ると、うらやましいくらいにマニアックなのです。なんで、この人こんなこと知ってるの?という驚きがあり、楽しませていただいております。ここまで知ってるのだから、そうとう好きなんだろうな、ということも伝わってきて、こちらまで楽しい気分になるのです。こういうスペースがあることに感謝しつつ、今日は締めます。

ジャンル訂正してみました。

 ブログがリニューアルされたと思ったら、なぜか映画ジャンルになって、ランキングが上がっていってるのでびっくり。ジャンルはちゃんとしとかなきゃね。
 映画といえば、「オペラ座の怪人」を見てきましたが、しょうじきコメントに困りました。知人からはいいうわさを聞いていたもので。        

 さて、そんなわけでJPOPの話に戻りましょう。今かるくマイブームになっているのが和田アキ子「古い日記」だったりします。私の場合、JPOPといっても、戦後から今まで、それなりに売れたものはJPOPとしてとらえているので、かなり無秩序な聴き方をしているかもしれません。
 今は居間で先輩にもらったPCで音楽を聴いております。自分の部屋にはラジカセが置いてありますが、目覚ましミュージック用に使ってるので時計がズレるのを嫌って動かそうとしないのです。
 そのため、PCで歌を聴くようになり、メールを見たりしながらちょこちょこと曲を選んだりするので、無駄な時間が増え、メルマガの処理が進まないという問題が発生しております
 まあ、それでも、たまの休みくらいJPOP漬けで暮らしたいと思っているので本望とも言えます。
 そして、この10年でだいぶデータとか資料が集まってきたので最近考えているのが、戦後の日本の音楽シーン50年分を少しずつまとめていく、ということです。ほかにやりたいことはないのか!と自分にツッコミたくなりますが、この10年間を捧げてきた分野なのでちまちまと進めていきます。

by わらべ

あれから10年。

 渡辺美里に「10years」という歌がある。10年間ていう言葉は知っていたけど、時間の重さというのは実際に過ごしてみないとわからない。中学を卒業して10年、昨日は中学の同窓会だった。
 10年間経つと、さすがに学生はいなくなり、みんななんらかのかたちで社会参加しているようだった。高校を卒業して、すぐに働き始めていたやつはその会社で8年目をむかえるという。
 そんなに働いていてえらいな、と思うとともに、自分はこの10年何をしてきたのだろう、と考えた。生きていく糧としてJPOPを頼りにし、テレビでは音楽番組ばかり見て、ひたすらCDTVスペシャルをビデオに録り続け、大学ではちまちまCDレビューを書き、JPOP関連本を買い漁っただけ。
 実用的な利益は今のところ出ていないけど、それはただただ楽しい時間だった。今はもう集めたいものはほとんど集め尽くした気がする。あとはただひたすらこうして書き続けるだけだ。みんなに知られていないいい歌っていうのはたくさんあるし、その中に秘められたおいしさを示していくのが今後の自分の役割なのかな、と思っている。この10年は書きまくるぞ。


 by わらべ

音楽性の相違と解散。


 「解散」・・・これまで何百人、何千人ものアーティストがこれを経験し、また、バンド活動をやっていく上で、必ずと言っていいほどこれを迎える。どんなに大きなバンドでも、これには勝てない。90年代に一世を風靡したバンドの中で、今も生き残っているのはどれだけいるだろう?昨年もイエローモンキーが解散を発表したりもした。
 バンドの解散の理由は、メンバー間の仲違い、音楽性の相違、活動の方向における意見の相違などいろいろある。その中でも「音楽性の相違」と言う理由が結構多いように感じる。何だか、言い訳臭い感じもするが。しかし、でもこれってカナリ大きい理由の一つのようにも思えたりもする。そして、かなり重要な位置を占めるようにも感じる。
 「音楽性の相違による解散」の代表格と言ったら、「LUNA SEA」「19」ってところではないだろうか。この2グループはもうかなり明確だろう。
 「LUNA SEA」といったら、僕らの年代のバンドマンにとっても憧れの的であり、幾つものバンドが彼らの楽曲を演奏してきた。このバンドが一時期バンド活動を休止して、ソロ活動をした時期が1年間あった。各個人のソロ活動はあまりに音楽性が違っているものだった。RYUICHIはポップな歌謡曲路線。Jはパンクロック路線。SUGIZOとINORANはマニアックなビジュアル系路線。真矢は良く分からんポップな路線。特に真矢に関してはドラムを叩かずに、ソロで歌を歌い、作詞に秋元康が参加したり、声優の椎名へきるとデュエットしたりと、全く持って意味が分からない活動をしていた。
 この1年間において、バラバラになった音楽性はのベクトルは更に伸びてしまった。そんな状態があって、再活動後は、バンド感のある曲調に歌謡ポップ的な歌詞がのるという何ともLUNA SEAファンにとって違和感のある音楽が出来上がってしまった。また、RYUICHIの荒削りなボーカルスタイルも消え、甘ったるいような声に変わってしまった。これによって古くからのLUNA SEAファンの多くは離れていってしまった。
 「LUNA SEA」は最後原点回帰という意味合いで「LUNACY」という元々のバンド名のタイトルのアルバムをリリースした。「LUNACY」は「狂気」という意味。しかし、皮肉なことに、これが最後のアルバムとなってしまった。 最後のベスト盤「PERIOD」。インディーズ時代の「PRECIOUS...」を再録しているが。
「あの時には 戻れない」
と歌っているが、「まさにその通りだ」と非常にツッコミを入れたくなる結末だった。 しかし、人間、音楽性と言うものは色々なところから影響を受け、幾らでも変化するものである。その中でバンド活動を続けていくとこうなる!というのを「LUNA SEA」が証明してくれた。それを証明してくれたために「LUNA SEA」は伝説になりきれなかったが、俺の中では「LUNA SEA」はそういった意味でも伝説のバンドだ。ソロ活動は成功したけど、解散時期は誤った。でもこれはこれでOK。
 「19」。解散後、ケイゴはマニアックなポップ路線、ケンジは「3B LAB」で青春パンク路線へと走った。これまでフォークソングがウリのグループだったのに、ラストシングル「たいせつなひと」は19が今まで出さなかったエレキバリバリのハードな曲だった。個人的には新鮮味があって凄く好きだったんだけど、19らしくはない感じだった。ケンジの音楽性が全面に出た曲だったんだな。これも、音楽性の違いから産まれた曲な訳だ。
「君と出会えた それが素晴らしい」
なんか、いま考えると解散の言い訳臭さを感じてしまうが。まぁ、これはこれでまたOK。
 そんな感じでメンバーの音楽性ってバンド活動をやる上で非常に重要なんだな、っていうお話でした。メンバー間で音楽性の違いが生じてくると、楽曲もなんかそれまでに比べて良く分からない感じへと進んでしまう訳だ。だから、解散ってのは寂しい感じがするけど音楽性の相違による解散って重要なんですね。

By スグル