音楽性の相違と解散。 | クレイジーJPOP

音楽性の相違と解散。


 「解散」・・・これまで何百人、何千人ものアーティストがこれを経験し、また、バンド活動をやっていく上で、必ずと言っていいほどこれを迎える。どんなに大きなバンドでも、これには勝てない。90年代に一世を風靡したバンドの中で、今も生き残っているのはどれだけいるだろう?昨年もイエローモンキーが解散を発表したりもした。
 バンドの解散の理由は、メンバー間の仲違い、音楽性の相違、活動の方向における意見の相違などいろいろある。その中でも「音楽性の相違」と言う理由が結構多いように感じる。何だか、言い訳臭い感じもするが。しかし、でもこれってカナリ大きい理由の一つのようにも思えたりもする。そして、かなり重要な位置を占めるようにも感じる。
 「音楽性の相違による解散」の代表格と言ったら、「LUNA SEA」「19」ってところではないだろうか。この2グループはもうかなり明確だろう。
 「LUNA SEA」といったら、僕らの年代のバンドマンにとっても憧れの的であり、幾つものバンドが彼らの楽曲を演奏してきた。このバンドが一時期バンド活動を休止して、ソロ活動をした時期が1年間あった。各個人のソロ活動はあまりに音楽性が違っているものだった。RYUICHIはポップな歌謡曲路線。Jはパンクロック路線。SUGIZOとINORANはマニアックなビジュアル系路線。真矢は良く分からんポップな路線。特に真矢に関してはドラムを叩かずに、ソロで歌を歌い、作詞に秋元康が参加したり、声優の椎名へきるとデュエットしたりと、全く持って意味が分からない活動をしていた。
 この1年間において、バラバラになった音楽性はのベクトルは更に伸びてしまった。そんな状態があって、再活動後は、バンド感のある曲調に歌謡ポップ的な歌詞がのるという何ともLUNA SEAファンにとって違和感のある音楽が出来上がってしまった。また、RYUICHIの荒削りなボーカルスタイルも消え、甘ったるいような声に変わってしまった。これによって古くからのLUNA SEAファンの多くは離れていってしまった。
 「LUNA SEA」は最後原点回帰という意味合いで「LUNACY」という元々のバンド名のタイトルのアルバムをリリースした。「LUNACY」は「狂気」という意味。しかし、皮肉なことに、これが最後のアルバムとなってしまった。 最後のベスト盤「PERIOD」。インディーズ時代の「PRECIOUS...」を再録しているが。
「あの時には 戻れない」
と歌っているが、「まさにその通りだ」と非常にツッコミを入れたくなる結末だった。 しかし、人間、音楽性と言うものは色々なところから影響を受け、幾らでも変化するものである。その中でバンド活動を続けていくとこうなる!というのを「LUNA SEA」が証明してくれた。それを証明してくれたために「LUNA SEA」は伝説になりきれなかったが、俺の中では「LUNA SEA」はそういった意味でも伝説のバンドだ。ソロ活動は成功したけど、解散時期は誤った。でもこれはこれでOK。
 「19」。解散後、ケイゴはマニアックなポップ路線、ケンジは「3B LAB」で青春パンク路線へと走った。これまでフォークソングがウリのグループだったのに、ラストシングル「たいせつなひと」は19が今まで出さなかったエレキバリバリのハードな曲だった。個人的には新鮮味があって凄く好きだったんだけど、19らしくはない感じだった。ケンジの音楽性が全面に出た曲だったんだな。これも、音楽性の違いから産まれた曲な訳だ。
「君と出会えた それが素晴らしい」
なんか、いま考えると解散の言い訳臭さを感じてしまうが。まぁ、これはこれでまたOK。
 そんな感じでメンバーの音楽性ってバンド活動をやる上で非常に重要なんだな、っていうお話でした。メンバー間で音楽性の違いが生じてくると、楽曲もなんかそれまでに比べて良く分からない感じへと進んでしまう訳だ。だから、解散ってのは寂しい感じがするけど音楽性の相違による解散って重要なんですね。

By スグル