僕の世界観はJPOPで構成されている。 | クレイジーJPOP

僕の世界観はJPOPで構成されている。

 人生の中で1秒でも長くJPOPを聴いていたいと思っていたころがある。長くても10年くらいだと思うけど。
 朝はJPOPで目覚め、そのアルバムを聴き終えた時にはすでに大学に遅刻。車に乗ったらわずかの距離でもテープをつっこむ。自分で編集したテープしか聴かないので、人に尋ねられるまでカーラジオのつけ方を知らなかったくらいだ。ラジカセが壊れた時には授業をサボって買いに出かけた。ブックオフに行ってはCDを1枚1枚物色した。そんなことばかり繰り返していた。
 でも、今はCDを買うっていうこと自体が減ってしまった。「CDTV」を見る回数だって減ったし、「HEY!×3」を見ることだってほとんどない。かろうじて毎週見ているのは「歌の大辞テン」と「Mステーション」くらいなもの。


 今は色あせてしまった記憶だけど、当時の自分にとってはJPOPを聴くことほど気持ちよいことはなかったし、紡ぎだされる言葉の数々や繰り返される単純なメロディーを脳みそで味わっては恍惚としていたのだった。
 それから社会へと出ていくことを決めて3年の月日が過ぎようとしている。前ほど熱烈に歌に聞き惚れている時間はないが、それでもストレスがたまるたびにCDを買い、テレビや街角で懐かしい歌を耳にした時はそれを記憶にとどめ、ブックオフで大量購入。あるいみ大人買いなのだろうか。
 昔は歌詞に自分を重ね合わせたりという芸当が簡単にできたけど、それが難しくなってくるのもこの20代なかば。それでも、やっぱり10代で一番人生を傾けていたJPOP、その時形作られた世界観は今も自分の側にあるようだ。