恋愛バトン♪
pinoさんから
回していただきました。年齢の割には恋愛経験が少ないので恥ずかしいんですが、誠実にお答えしようと思います(笑)
★初恋はいつですか?
クラスの男子の一人をカッコイイと思って毎日楽しく眺め、話し掛けられようものならドキドキしていたのは、中学2年の時。でもあれは、アイドルに憧れるようなものだった。
「この人とお付き合いしてみたい」と思い、電話をもらって誘われたその日から3日間ほど、食事も喉を通らず、興奮状態で寝つきも悪くなったのは、大学1年生の終わりごろ。
遅っ(笑)
★今までつきあった人数を教えてください。
3人、、、4人かな?
★今好きな人はいますか? (いる人は)好きなところは?
います。
今、付き合っている人。
ほんわかとあったかい笑顔と、おっとりした性格かな(笑)
★好きな人とデートで行きたい場所は どこですか?
まだ付き合っていない相手なら、無難に映画を観に行くとか、飲みに行くとか。
彼となら、どこでも良いけど、町の中はせわしくって疲れるので、森にハイキングとか、ドライブとか、旅行とか、ゆっくりと二人の時間を楽しめる方がいい。
★こんな人は絶対無理! っていうのありますか?
育った家庭の状態、家族との関係が悪い人。
私の今までの経験上、親が離婚している・していないに関わらず、仲の良い家族の中で愛されて育った人は、精神的に充実していて、人を信じること、受け入れること、愛することを知っているし、他人を思いやることができる。
挫折を知らないエリート君。
自ら傷ついたことの無い人には、人の痛みは分からない。
マッチョー*。
*「男らしさ」を履き違えている男尊女卑の、脳みそまで筋肉でできているような男達。
実は自分に自信が全く無い男子が多く、女に馬鹿にされるのが何よりも嫌。
従順で、自分よりもお頭の弱い女子を求め、高学歴の女子を目の敵にする。
問題外。
★恋愛対象年齢は何歳~何歳ですか?
日本に居た頃は、絶対年上、1歳でも年上じゃないと嫌と思ってた。実際、付き合った人はみんな1歳年上だった。
でも、ドイツへ来てから、色んな人と知り合い、年上でも精神的にすごく未熟な人もいるし、10歳近く年下でもしっかりしていて全く違和感無く話せる相手がたくさん居ることを知った。
それ以来、年齢ではなく、本人を見て判断するようになった。
ただし、相手があまりに若い場合(5歳以上年下くらいから)、相手にとって私が年上過ぎるのではないかと心配になる。
★浮気は許せますか? 許せる人は、どこまで?
許さないと思う。
はじめから遊びと割り切って浮気する人は生理的に受け付けないし、浮気をする人って、性格みたいなもので、ダメだと分かっていても何度でも繰り返すと思うから。
それに、パートナーが他の人に対して本気になってしまったのなら、やっぱり一緒には居られないと思う。
★同棲ってしてみたいですか?
生活を共にしたいと思えるパートナーとなら、迷うことなくすると思う。
★あなたが愛情を感じた行動は?
体調が悪い時に、他の予定をキャンセルして、ご飯を作ってくれたり、そばに居てくれたりする。
★愛と恋の違いは何だと思いますか?
難しい、、、。
恋はときめくもの
愛はやすらぐもの
★一番長く続いた恋愛は?
ドイツに来る前に日本で付き合っていた人で、期間にして6~7年。
その話をこっちの友達にすると、「なんで結婚しなかったの?」と驚かれる。
★究極の選択です。 一生、人を愛することしかできなくなるのと、人から愛されることしかできなくなるのと、どちらかを選ばなければならないとしたら、どちらを選びますか?
横ヤリを入れるようだけど、愛されなくなることはあるかもしれないけど、自分が愛することができなくなるってちょっと想像できない、、、。
どうしてもというなら、愛することしかできなくなる方。
★バトンを渡す人
海遊さん♪ :まなとさんとのお話しをもう少し突っ込んで聞いてみたいです。
ぴぎぃさん :修論の最終段階ですね。頑張ってください。
Mondeさん :男の人の話も聞いてみたい♪
勝手に回させて頂きますが、興味がなかったら無視しちゃってくださいね。よろしくお願いします。
★初恋はいつですか?
クラスの男子の一人をカッコイイと思って毎日楽しく眺め、話し掛けられようものならドキドキしていたのは、中学2年の時。でもあれは、アイドルに憧れるようなものだった。
「この人とお付き合いしてみたい」と思い、電話をもらって誘われたその日から3日間ほど、食事も喉を通らず、興奮状態で寝つきも悪くなったのは、大学1年生の終わりごろ。
遅っ(笑)
★今までつきあった人数を教えてください。
3人、、、4人かな?
★今好きな人はいますか? (いる人は)好きなところは?
います。
今、付き合っている人。
ほんわかとあったかい笑顔と、おっとりした性格かな(笑)
★好きな人とデートで行きたい場所は どこですか?
まだ付き合っていない相手なら、無難に映画を観に行くとか、飲みに行くとか。
彼となら、どこでも良いけど、町の中はせわしくって疲れるので、森にハイキングとか、ドライブとか、旅行とか、ゆっくりと二人の時間を楽しめる方がいい。
★こんな人は絶対無理! っていうのありますか?
育った家庭の状態、家族との関係が悪い人。
私の今までの経験上、親が離婚している・していないに関わらず、仲の良い家族の中で愛されて育った人は、精神的に充実していて、人を信じること、受け入れること、愛することを知っているし、他人を思いやることができる。
挫折を知らないエリート君。
自ら傷ついたことの無い人には、人の痛みは分からない。
マッチョー*。
*「男らしさ」を履き違えている男尊女卑の、脳みそまで筋肉でできているような男達。
実は自分に自信が全く無い男子が多く、女に馬鹿にされるのが何よりも嫌。
従順で、自分よりもお頭の弱い女子を求め、高学歴の女子を目の敵にする。
問題外。
★恋愛対象年齢は何歳~何歳ですか?
日本に居た頃は、絶対年上、1歳でも年上じゃないと嫌と思ってた。実際、付き合った人はみんな1歳年上だった。
でも、ドイツへ来てから、色んな人と知り合い、年上でも精神的にすごく未熟な人もいるし、10歳近く年下でもしっかりしていて全く違和感無く話せる相手がたくさん居ることを知った。
それ以来、年齢ではなく、本人を見て判断するようになった。
ただし、相手があまりに若い場合(5歳以上年下くらいから)、相手にとって私が年上過ぎるのではないかと心配になる。
★浮気は許せますか? 許せる人は、どこまで?
許さないと思う。
はじめから遊びと割り切って浮気する人は生理的に受け付けないし、浮気をする人って、性格みたいなもので、ダメだと分かっていても何度でも繰り返すと思うから。
それに、パートナーが他の人に対して本気になってしまったのなら、やっぱり一緒には居られないと思う。
★同棲ってしてみたいですか?
生活を共にしたいと思えるパートナーとなら、迷うことなくすると思う。
★あなたが愛情を感じた行動は?
体調が悪い時に、他の予定をキャンセルして、ご飯を作ってくれたり、そばに居てくれたりする。
★愛と恋の違いは何だと思いますか?
難しい、、、。
恋はときめくもの
愛はやすらぐもの
★一番長く続いた恋愛は?
ドイツに来る前に日本で付き合っていた人で、期間にして6~7年。
その話をこっちの友達にすると、「なんで結婚しなかったの?」と驚かれる。
★究極の選択です。 一生、人を愛することしかできなくなるのと、人から愛されることしかできなくなるのと、どちらかを選ばなければならないとしたら、どちらを選びますか?
横ヤリを入れるようだけど、愛されなくなることはあるかもしれないけど、自分が愛することができなくなるってちょっと想像できない、、、。
どうしてもというなら、愛することしかできなくなる方。
★バトンを渡す人
海遊さん♪ :まなとさんとのお話しをもう少し突っ込んで聞いてみたいです。
ぴぎぃさん :修論の最終段階ですね。頑張ってください。
Mondeさん :男の人の話も聞いてみたい♪
勝手に回させて頂きますが、興味がなかったら無視しちゃってくださいね。よろしくお願いします。
パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち(2003年)
- ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
- パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち コレクターズ・エディション
はっきり言って、ジョニー・デップが出演していなければ、ありきたりなハリウッド・ヒーロー恋愛モノで終わってしまいそうな、使い古されたモチーフである。
美しく気丈なお嬢様とマジメで素朴な平民の青年との身分違いの恋。
青年が、自分の命に代えても愛するお嬢様を助け出そうとして海賊に捕まれば、
今度はお嬢様がなりふり構わず彼を救おうとする。
そして名声を手にして、今、貴族のお嬢様と結婚というステータスにも王手をかける恋敵の存在。
まるで「タイタニック」の海賊版を観ているようだ。
しかし、このストーリー全般に、ジョニーデップ演ずる、あんまり迫力の無い海賊が絡んでくることで、3時間という長編も飽きさせることなくラストまでつないでいく。
ジョニー・デップのジャック・スパローは、妙にフワフワした動きで、とにか笑わずに観つづけることはできない。
誰もがよく知っているかっこいいジョニーデップが、卑怯なことに、まず、登場シーンでその妙なメークで笑いを取ってしまう(笑)
間の抜けた印象を与えるんだけど、実は洞察力があって頭が切れる。
そして海賊として悪党の振りをしていながらも、どこか情が深くて心優しい。
何よりも、海賊業を愛し誇りに思っていることが伝わってくる、愛すべきキャラクターになっている。
ヒーロー役のオーランド・ブルームも、愛するお嬢様を救うために、ジャックに助けられながら、自分の命を掛けて海賊と戦う中で、大人の男へと成長していくウィル・ターナーの役を演じきっていて好印象を残している。
おもひでバトン!
海遊♪さん
から頂きました。
①小・中・高で一番思い出深い時期は?
高校1年生かな?
高校1年の時のクラスは、男子が30人くらいで女子が15人。
30人も居たはずの男子は1/3も思い出せないんだけど、この15人の女子がみんな個性的な子ばっかりだった。
それぞれがはっきりとした色とキャラクターを持っていて、一人一人を思い出すことができる。
いがみ合うこともなく、お互いを尊重しあう、精神的に自立した子ばかりの個人主義なクラスで、
すごく楽だったし、毎日何かしら起こって、居るだけで楽しかった。
後にも先にもこんな同級生をクラスに持ったのはこの時だけだった。
②一番世話になった先生はいつ?
お世話になった先生、、、。
基本的に先生が何を言うかなんて興味が無かったし、何を言われようが、自分のやりたいことを自分のペースでやっていたので、先生に個人的に接した記憶はほとんどない、、、。
その中でも割と好きだったのは、高校2年生の時の担任の先生。
化学の先生で、教師面しないで、説教臭かったり、感情的になることもなく、クラスの運営なんかはあくまでも淡々と事務的にこなす人だった。
その反面、突然真顔でジョークを飛ばしてみたりするような茶目っ気もあった。
私達を子ども扱いせず、偉そうに見下ろしたりもせず、人間対人間という感じで接してくれたところがすごく好きだった。
教師として尊敬しているというよりも、人間として好きだった。
③得意科目
得意科目は、小学校から高校まで一貫して、
音楽、美術、体育!
あと、英語は割と好きだった。
④苦手科目
苦手って言うか、嫌いだった科目は国語。
皆で一緒に文章を読まされて、作品や情景の解釈とかを一方的に押し付けられるのがたまらなく嫌だった。
だから授業中はいつも、手紙を書いているか、教科書の別の場所を読んでいた。
それと数学。
新しいことを説明されている間はそれでも面白いと思うんだけど、その後で大量に練習問題とかさせられると途端に、面倒臭くなって適当に遊んでいた記憶がある。
⑤思い出に残っている学校行事3つ
中学校の文化祭:
学年の出し物だった劇の背景の絵描きを、当時の親友と一緒にやった。
大きな背景板いっぱいに絵を書くのが、毎日すごーく楽しかった。でも劇が終わった途端に、その背景板は、保管場所が無いと言う理由で、無残にも取り壊されてしまったのだった。
これが、高校に入って演劇部に入る直接的な動機につながった。
大学の文化祭:
学校行事ってことだけど、大学の文化祭+体育祭、正確にはその準備期間。
地域では結構有名で人気のある文化祭で、大学生も学部ごとに結構本気で取り組む。
準備や運営に関わるメンバーが数十人が、開催される1ヶ月前から、毎日のように泊り込みで作業をする。
私は実家から通っていたんだけど、結構遠かったので、1ヶ月近くほとんど大学に住んでいた。
これぞ大学生活(笑)って感じで楽しかった。
3つ目は、、、大っ嫌いだった中学校の球技大会とか、真冬のマラソン大会とか、、、?
⑥クラスでのキャラは?
グループでつるむのが苦手だったし、声も通らないし、見た目はすごくおとなしいらしいし、興味が引かれない相手とは接点を持とうとしなかったし、成績はいつもまあまあで、
典型的な、大人しくってマジメそうで問題を起こすこともない、存在感の無いその他大勢キャラだと思う。
⑦学生時代の呼び名は?
名前がちょっと変わっているので、先生からは名前+さん/ちゃんで呼ばれることが多かったけど、
友達からは苗字+さん/ちゃんで呼ばれることが多かったような気がする。
上にもちょっと書いたけど、私は見た目がものすごーく大人しそうに見えるのに、かなり物言いがキツイらしい。
小学校1年生から高校3年生まで、担任には毎年例にもれずに、
「おとなしそうな顔をして、言いにくいことをはっきりと言う」
と言われ続けてきた。
これ、年上の人には許容されるんだけど、同い年くらいの子を相手にやるとすぐに恐がられてしまうのだ。
しかし、私としては悪気があってやっているわけではなく、何が皆に「キツイ」と言わせているのかを理解することもできないままここまで来てしまった。
だから、「友達」の中でも、最初の知り合った頃に度肝を抜かれて以来ずっと苗字+さんになり、今に至るという子が何人もいる。
ただし、例外だったのが上記の高校1年生のクラスの女子。
全員が揃いも揃って自己主張の強い個性的なキャラクターだった彼女達は、私のギャップを恐がるどころか、むしろ面白がっていた。
クラスの女子全員から名前か、名前+ちゃんで呼ばれたのは、後にも先にもこの時だけだ。
⑧好きな給食メニュー
給食のメニューで思い出すものと言えば、
揚げパン、、、カレースープとソフト麺、、、くらいしかない。
⑨バトンを回す5人
もう回っていたらごめんなさい。
最近の記事を読ませて頂いていると、みなさまお忙しそうなので、そんな時はパスしちゃってください。
pinoさん :イタリアへ行く準備は順調に進んでますか?
jhasuminさん :私の居る町では、ここ数日天気が良くって、ちょっと夏っぽさが戻ってきました。デュッセルはどうですか?
achikoさん :学校のお話もですが、写真を始めたきっかけとか、是非聞いてみたいです。
ありゃ~さん: 学校時代から英語が得意だったんですか?
ochimiさん :Blogから、仲の良いご家族の様子が手に取るように伝わってきます。そんなochimiさんはどんなおもひでがあるのでしょう?
よろしくお願いします。
①小・中・高で一番思い出深い時期は?
高校1年生かな?
高校1年の時のクラスは、男子が30人くらいで女子が15人。
30人も居たはずの男子は1/3も思い出せないんだけど、この15人の女子がみんな個性的な子ばっかりだった。
それぞれがはっきりとした色とキャラクターを持っていて、一人一人を思い出すことができる。
いがみ合うこともなく、お互いを尊重しあう、精神的に自立した子ばかりの個人主義なクラスで、
すごく楽だったし、毎日何かしら起こって、居るだけで楽しかった。
後にも先にもこんな同級生をクラスに持ったのはこの時だけだった。
②一番世話になった先生はいつ?
お世話になった先生、、、。
基本的に先生が何を言うかなんて興味が無かったし、何を言われようが、自分のやりたいことを自分のペースでやっていたので、先生に個人的に接した記憶はほとんどない、、、。
その中でも割と好きだったのは、高校2年生の時の担任の先生。
化学の先生で、教師面しないで、説教臭かったり、感情的になることもなく、クラスの運営なんかはあくまでも淡々と事務的にこなす人だった。
その反面、突然真顔でジョークを飛ばしてみたりするような茶目っ気もあった。
私達を子ども扱いせず、偉そうに見下ろしたりもせず、人間対人間という感じで接してくれたところがすごく好きだった。
教師として尊敬しているというよりも、人間として好きだった。
③得意科目
得意科目は、小学校から高校まで一貫して、
音楽、美術、体育!
あと、英語は割と好きだった。
④苦手科目
苦手って言うか、嫌いだった科目は国語。
皆で一緒に文章を読まされて、作品や情景の解釈とかを一方的に押し付けられるのがたまらなく嫌だった。
だから授業中はいつも、手紙を書いているか、教科書の別の場所を読んでいた。
それと数学。
新しいことを説明されている間はそれでも面白いと思うんだけど、その後で大量に練習問題とかさせられると途端に、面倒臭くなって適当に遊んでいた記憶がある。
⑤思い出に残っている学校行事3つ
中学校の文化祭:
学年の出し物だった劇の背景の絵描きを、当時の親友と一緒にやった。
大きな背景板いっぱいに絵を書くのが、毎日すごーく楽しかった。でも劇が終わった途端に、その背景板は、保管場所が無いと言う理由で、無残にも取り壊されてしまったのだった。
これが、高校に入って演劇部に入る直接的な動機につながった。
大学の文化祭:
学校行事ってことだけど、大学の文化祭+体育祭、正確にはその準備期間。
地域では結構有名で人気のある文化祭で、大学生も学部ごとに結構本気で取り組む。
準備や運営に関わるメンバーが数十人が、開催される1ヶ月前から、毎日のように泊り込みで作業をする。
私は実家から通っていたんだけど、結構遠かったので、1ヶ月近くほとんど大学に住んでいた。
これぞ大学生活(笑)って感じで楽しかった。
3つ目は、、、大っ嫌いだった中学校の球技大会とか、真冬のマラソン大会とか、、、?
⑥クラスでのキャラは?
グループでつるむのが苦手だったし、声も通らないし、見た目はすごくおとなしいらしいし、興味が引かれない相手とは接点を持とうとしなかったし、成績はいつもまあまあで、
典型的な、大人しくってマジメそうで問題を起こすこともない、存在感の無いその他大勢キャラだと思う。
⑦学生時代の呼び名は?
名前がちょっと変わっているので、先生からは名前+さん/ちゃんで呼ばれることが多かったけど、
友達からは苗字+さん/ちゃんで呼ばれることが多かったような気がする。
上にもちょっと書いたけど、私は見た目がものすごーく大人しそうに見えるのに、かなり物言いがキツイらしい。
小学校1年生から高校3年生まで、担任には毎年例にもれずに、
「おとなしそうな顔をして、言いにくいことをはっきりと言う」
と言われ続けてきた。
これ、年上の人には許容されるんだけど、同い年くらいの子を相手にやるとすぐに恐がられてしまうのだ。
しかし、私としては悪気があってやっているわけではなく、何が皆に「キツイ」と言わせているのかを理解することもできないままここまで来てしまった。
だから、「友達」の中でも、最初の知り合った頃に度肝を抜かれて以来ずっと苗字+さんになり、今に至るという子が何人もいる。
ただし、例外だったのが上記の高校1年生のクラスの女子。
全員が揃いも揃って自己主張の強い個性的なキャラクターだった彼女達は、私のギャップを恐がるどころか、むしろ面白がっていた。
クラスの女子全員から名前か、名前+ちゃんで呼ばれたのは、後にも先にもこの時だけだ。
⑧好きな給食メニュー
給食のメニューで思い出すものと言えば、
揚げパン、、、カレースープとソフト麺、、、くらいしかない。
⑨バトンを回す5人
もう回っていたらごめんなさい。
最近の記事を読ませて頂いていると、みなさまお忙しそうなので、そんな時はパスしちゃってください。
pinoさん :イタリアへ行く準備は順調に進んでますか?
jhasuminさん :私の居る町では、ここ数日天気が良くって、ちょっと夏っぽさが戻ってきました。デュッセルはどうですか?
achikoさん :学校のお話もですが、写真を始めたきっかけとか、是非聞いてみたいです。
ありゃ~さん: 学校時代から英語が得意だったんですか?
ochimiさん :Blogから、仲の良いご家族の様子が手に取るように伝わってきます。そんなochimiさんはどんなおもひでがあるのでしょう?
よろしくお願いします。
アイス・エイジ Ice Age(2002年)
- 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
- アイス・エイジ 特別編
監督:Chris Wedge
この映画を観たのは、修士論文を提出した直後だった。
だから忘れられない。
申し込みをしてから6ヶ月後の提出期限まで、いっぱいいっぱい、
日曜日を除いて毎日毎日取り組んでいた。
最後の1ヶ月は、一日10時間前後も掛かりっきりになっていた。
研究室でプリントアウトした日には、高解像度の図面に予想外に時間が掛かり、
終わった時には夜中の1時を回っていた。
修士論文の開始を申請した直後から、
研究論文を、それもドイツ語で書くという課題を前にして、不安と緊張のために寝付くことができなくなった。
正確には、論文のせいだけではない。
論文に取り掛かる直前に、当時付き合っていた人から振られた。
愛情だったのか、振られたことから生まれた執着だったのか、
それも今ではもうどうでもいいことだけど、
当時の私にとってそれは、温かくて明るい安全な砦の中から、突然、無重力の暗闇にたった一人で放り出されたような衝撃だった。
そんなわけで、6ヶ月間、病院で処方してもらった抗不安剤のような薬を、毎日機械的に飲みつづけた。
飲むことを止めたら、すべてが崩れてしまって、書けなくなるのが恐くて。
深夜の1時にプリントアウトが終わり、朝9時に製本屋に持ち込み、午後2時に期限ギリギリに提出した。
修士論文を提出した後、町へ出た。
頭はヘロヘロだったので、そのまま家へ帰って寝ても良かったのだが、体は軽く、何よりも気分が高揚していて、何かせずには居られなかった。
もう何ヶ月も町へは来ていない。
論文を書いていた研究室から町へは徒歩でも10分も掛からないのが、
長いこと、研究室と自宅の往復しかしていなかった。
久しぶりに、色んなお店のウィンドウを覗いたりもしてみるが、目には映っても何も頭に入ってこない。
アドレナリンが全身を駆け巡っているせいで、全く思考に集中できなかった。
だから、ウィンドウショッピングも全然楽しくなかった。
そんな時にふと思いついた。
今日は木曜日。
木曜日の午後5時までは、Cinemaxxというチェーンの映画館のHappy Hourだ。
3.5ユーロ(約480円)で映画が観られる。
そうだ、映画でも観よう、もうずいぶん長いこと映画館にも行ってないし。
もちろん、平日の午後5時まで、という時間帯は子供向けの映画が中心だ。
それでも、そんなことはどうでも良かった。
映画館に入ってみると、予想通り、右も左も前も後ろも子供ばかり。
その子供に混じって、ポツンと一人で座っている、子供にしか見えないアジア人、
いい年して子供向けのアニメ映画を一人で観に来る自分が滑稽で面白かった。
それで観たのがこのIce Ageだった。
期待に反して、とても気に入った。
ナマケモノの声を当てたのは、オットー・ヴァールケスというドイツでは有名なコメディアンで、
これがピッタリとはまっていた。
「まにぃぃぃぃぃ」という情けなーい声がいまだに耳の中に残っている(笑)
ストーリーの軸となっている、親子の愛情や友情、義理人情などのテーマは、お決まりでさすがに少し引いてしまうが、
至る所に仕掛けられたユーモラスでコミカルなシーンは理屈抜きで楽しめる。
子供でも大人でも楽しめるように、密度高く作られている作品だ。
トスカーナ
先週1週間、トスカーナに行って来た。
借りたテントとマットレスと寝袋と、キャンプ用の調理道具と食器と、調味料と食料を、小さなPoloに積み込んで。
頑張って6時に起きて、7時前に家を出た。
まだまだ空いているアウトバーンをすいすいと走って、問題もなくスイスへ。
スイスを縦横に走って、トンネルを抜けて、イタリアへ。
時間にして、休憩も含めて約8時間の長旅だった。
ドイツからスイスへ、スイスからイタリアへ。
アルプスの端っこを貫いて、スイスとイタリアにまたがって横たわっているマージョレー湖へと導くゴッタルド峠。
全長16.9kmもあるながーいゴッタルド・トンネルは、比較的トンネル慣れしている(?)日本人の私でもうんざりする。
朝っぱらに家を出発してからずっと運転してくれていた彼だったけど、さすがにこのトンネルを通過すると、
疲れきってしまったので、運転手交替。
イタリアへ入った途端に、幅員が狭くなり、小さなカーブがうねうねと迫ってきて、急速に緊張が高まった。
高速道路だというのに、小さなRのカーブが続いて、右へ左へと振られる。
集中力を要求される上に、気が抜けない。
法定速度に近い速度で走っていると、やたらと後ろから煽られる。
車線変更でウィンカーを出さないなんてのは、ドイツにもよく居るので驚くには及ばないが、
車線間のライン上に、車の1/3くらいをまたがって、車線を変更するでもなく、ウロウロと走る車がやたらと多い。
これが日本なら、居眠り運転かと思うが、気にしていないのか、はたまた車線変更しようかどうしようか迷っているのか、なんとも挙動不審なのだ。
それに、やたらとオートバイが多い。それも、タンデムが多い。
二人乗りのバイクが車体すれすれに追い越して行ったりするので、ますます気が抜けないのだ。
ここはイタリア。
トスカーナ地方のシエナにあるキャンプ場に泊まった。
周辺の小さな中世の町をあちこち訪ねて回ったり、地中海へ海水浴をしに行ったり。
毎日数時間の車での移動。
つくづく、しつこいようだがトスカーナの道も狭くてカーブが多い。
これが農道なら、日本だって似たようなものだけど、国道や県道レベルの道路でも、
幅員はギリギリで、Rの小さなカーブがウネウネと続いているため、うっかりすると路肩の縁石や石積みに接触しそうだ。
そのくせ、カーブでは対向車がセンターラインの上を走ってきたりする。
さらに、カーブの途中に上り下り勾配の頂点があるなんていうのもザラだ。勾配のすり付けが不十分なために、頂点を越える直前までその先の道路が見えない。
まるでジェットコースターに乗っているようだ。
そんな道路といえども、制限速度+10km/hくらいで走っていると、すぐにイタリアナンバーの車にピッタリと煽られる。
少しでも直線が続いて見通しが利くようならすぐに追い越しされる。
それも、2台まとめて追い越し、2台が続いて追い越しなんていうのも、ザラだ。
スイスもイタリアもKreisverkehr、英語ではロータリーとかラウンドアバウト(roundabout)とか呼ばれる交通システムが頻繁に使われているんだけど、
このサークルの中で、両側からバイクに追い越された時は(しかも片方はタンデムだった)、さすがに気が狂いそうに叫んでいた。
かと思うと、サークルの中で停車して地図を広げている車もあったりするのだ。
なだらかな丘や低い山が、どこまでも続くトスカーナの波打った大地。
護りを確実にするために、都市というは都市は、その丘や山の上に建設された。
中世の頃からある道を、そのまま拡充して道路網を整備したことがよく分かる。
そして昨日、イタリアからスイスを通過しドイツへ。
イタリアからスイスへ入った途端に、ふっと肩に入れていた力が抜ける。
車線の幅員が広い。
アルプスの端っこの山間を抜けて走るにも関わらず、カーブが少なく、カーブのR(半径)が大きい。
何よりも、周りの車のマナーが断然に良い。
スピード違反の取締りが厳しいせいもあるだろう。
ほとんどの車が法定速度を守って走るし、無理に追い越したり、煽ったりもしない。
「スイスに入ったら、オートバイが急に減ったね」
と言ったら、
「ここは、イタリアみたいに天気が良くないからじゃない」
なるほど、そう言えばそうだね。
ドイツへ入るなり彼がほっとしたように言った。
「僕らの国はまだ法定速度が設定されてないんだよな、あー良かった」
そう言えば、イタリアにしろ、スイスにしろ、高速道路に制限速度があって、カメラが設置してあったりするから気をつけなくてはならない。
私達は二人とも、ガンガン飛ばすわけじゃないけれど、いちいち速度を気にしながら走るって言うのは、結構面倒くさいものだ。
こんな所にも、国ごとの違いが見えるとは思っていなかっただけに、面白かった。
借りたテントとマットレスと寝袋と、キャンプ用の調理道具と食器と、調味料と食料を、小さなPoloに積み込んで。
頑張って6時に起きて、7時前に家を出た。
まだまだ空いているアウトバーンをすいすいと走って、問題もなくスイスへ。
スイスを縦横に走って、トンネルを抜けて、イタリアへ。
時間にして、休憩も含めて約8時間の長旅だった。
ドイツからスイスへ、スイスからイタリアへ。
アルプスの端っこを貫いて、スイスとイタリアにまたがって横たわっているマージョレー湖へと導くゴッタルド峠。
全長16.9kmもあるながーいゴッタルド・トンネルは、比較的トンネル慣れしている(?)日本人の私でもうんざりする。
朝っぱらに家を出発してからずっと運転してくれていた彼だったけど、さすがにこのトンネルを通過すると、
疲れきってしまったので、運転手交替。
イタリアへ入った途端に、幅員が狭くなり、小さなカーブがうねうねと迫ってきて、急速に緊張が高まった。
高速道路だというのに、小さなRのカーブが続いて、右へ左へと振られる。
集中力を要求される上に、気が抜けない。
法定速度に近い速度で走っていると、やたらと後ろから煽られる。
車線変更でウィンカーを出さないなんてのは、ドイツにもよく居るので驚くには及ばないが、
車線間のライン上に、車の1/3くらいをまたがって、車線を変更するでもなく、ウロウロと走る車がやたらと多い。
これが日本なら、居眠り運転かと思うが、気にしていないのか、はたまた車線変更しようかどうしようか迷っているのか、なんとも挙動不審なのだ。
それに、やたらとオートバイが多い。それも、タンデムが多い。
二人乗りのバイクが車体すれすれに追い越して行ったりするので、ますます気が抜けないのだ。
ここはイタリア。
トスカーナ地方のシエナにあるキャンプ場に泊まった。
周辺の小さな中世の町をあちこち訪ねて回ったり、地中海へ海水浴をしに行ったり。
毎日数時間の車での移動。
つくづく、しつこいようだがトスカーナの道も狭くてカーブが多い。
これが農道なら、日本だって似たようなものだけど、国道や県道レベルの道路でも、
幅員はギリギリで、Rの小さなカーブがウネウネと続いているため、うっかりすると路肩の縁石や石積みに接触しそうだ。
そのくせ、カーブでは対向車がセンターラインの上を走ってきたりする。
さらに、カーブの途中に上り下り勾配の頂点があるなんていうのもザラだ。勾配のすり付けが不十分なために、頂点を越える直前までその先の道路が見えない。
まるでジェットコースターに乗っているようだ。
そんな道路といえども、制限速度+10km/hくらいで走っていると、すぐにイタリアナンバーの車にピッタリと煽られる。
少しでも直線が続いて見通しが利くようならすぐに追い越しされる。
それも、2台まとめて追い越し、2台が続いて追い越しなんていうのも、ザラだ。
スイスもイタリアもKreisverkehr、英語ではロータリーとかラウンドアバウト(roundabout)とか呼ばれる交通システムが頻繁に使われているんだけど、
このサークルの中で、両側からバイクに追い越された時は(しかも片方はタンデムだった)、さすがに気が狂いそうに叫んでいた。
かと思うと、サークルの中で停車して地図を広げている車もあったりするのだ。
なだらかな丘や低い山が、どこまでも続くトスカーナの波打った大地。
護りを確実にするために、都市というは都市は、その丘や山の上に建設された。
中世の頃からある道を、そのまま拡充して道路網を整備したことがよく分かる。
そして昨日、イタリアからスイスを通過しドイツへ。
イタリアからスイスへ入った途端に、ふっと肩に入れていた力が抜ける。
車線の幅員が広い。
アルプスの端っこの山間を抜けて走るにも関わらず、カーブが少なく、カーブのR(半径)が大きい。
何よりも、周りの車のマナーが断然に良い。
スピード違反の取締りが厳しいせいもあるだろう。
ほとんどの車が法定速度を守って走るし、無理に追い越したり、煽ったりもしない。
「スイスに入ったら、オートバイが急に減ったね」
と言ったら、
「ここは、イタリアみたいに天気が良くないからじゃない」
なるほど、そう言えばそうだね。
ドイツへ入るなり彼がほっとしたように言った。
「僕らの国はまだ法定速度が設定されてないんだよな、あー良かった」
そう言えば、イタリアにしろ、スイスにしろ、高速道路に制限速度があって、カメラが設置してあったりするから気をつけなくてはならない。
私達は二人とも、ガンガン飛ばすわけじゃないけれど、いちいち速度を気にしながら走るって言うのは、結構面倒くさいものだ。
こんな所にも、国ごとの違いが見えるとは思っていなかっただけに、面白かった。
La vita e bella ライフ・イズ・ビューティフル (1997年)
- ジェネオン エンタテインメント
- ライフ・イズ・ビューティフル
監督: ロベルト・ベニーニ
出演: ロベルト・ベニーニ, ニコレッタ・ブラスキ, その他
日本でも上映されて、多くの人の感動の涙を誘ったというこの映画。
私はドイツへ来て間もない頃に、映画館で観た。
当時、一緒に住んでいたイタリア人のFが、
「クラスの男の子達に誘われて、今日、映画館に行くんだけど、一緒に行こう」
と誘ってきた。
「監督と主演を兼ねているのは、イタリアではすごく有名なコメディアンで、
とても素晴らしい芸人だから。
今日の映画は、戦争の映画だから、コメディっていうわけじゃないけれど、
私はもうイタリアで観たけど、すっごく良かったから」
と、熱心に説得された。
もともと映画は好きだし、そんなに期待できる映画ならば是非観てみたい気はする。
しかし、、、
まだドイツに上陸して1ヶ月ちょっと。
イタリア人のルームメイトとの日常会話さえままならない私が、映画なんて理解できるのか?
ちなみに、ドイツでは、外国映画は特別に断っていない限り、すべてドイツ語吹き替えで上映される。
さすがに数日しか上映されない超マイナーな映画は字幕だったりするけれど、
だから日本映画はたいてい、オリジナルで観られてとってもラッキーなんだけど、
しかし、中には「シャル・ウィー・ダンス?」のように、ご丁寧にドイツ語吹き替えしてくれることもあるのだ。
それでも、毎日語学学校と部屋を往復するだけの日々で、
いい加減変化を求めていたこともあったし、
好奇心が先立って、一緒に行くことにした。
しかし、やはり分からなかった(涙
もちろん、内容は大体理解できる。
ナチスドイツのことも知っているし、第2次世界大戦のことも知っているから、
話の流れは理解できるが、
ディテールはさっぱり。
ベリーニおじさんのコミカルなセリフと演技で周囲が笑いに包まれていても、
、、、笑えない、、、。
「このゲーム勝てば、賞品としてパンサーがもらえる」
という、この映画の中のキーワードの一つさえ理解できなかったが、
それでもこの映画はものすごく強い印象を私の中に残した。
見つかればただでは済まされないのに、
ドーラとの恋の思い出のレコードを、強制収容所内に流すグイド。
収容所のどこかにいる最愛の妻への、相変わらずの、なりふり構わないユーモアたっぷりの愛情表現。
ドイツ兵に見つかり、処刑されることが分かっていながら、
隠れて様子を見ているジョズエに、おどけて見せるグイド。
まだ幼い息子に対して、悲惨な現実を悟らせないように、最後まで「これはゲームなんだ」と嘘をつき通す父。
ひどく重苦しいテーマを扱っていながら、
人間の素晴らしさ、生命力の偉大さを感じさせてくれる映画だ。
見終わった後、やっぱり映画って素晴らしいと思った。
セリフなんてろくに理解できなくても、良い映画には、観るものの心を揺さぶる力がある。
しかし同時に、
「絶対にもう一度観る。ディテールまできちんと理解してやる」
と、心に誓ったものだ。
Samurai Fiction (1998年)
- ポニーキャニオン
- SF SAMURAI FICTION
監督: 中野裕之
出演: 風間杜夫, 吹越満, 布袋寅泰 その他
監督の中野裕之という人は、ミュージックビデオなどを撮る映像作家で、この映画は、彼の映画監督第1作であるらしい。
Making ofの中でもCMやMVを作るように撮影していったと語られているとおり、
妥協をせずに、シーンごとに計算され尽くし、こだわりを尽くして作られた映像が非常に美しい。
山の中、里、海辺と、風景写真集をめくっているかのようにシーンが流れていく。
風間杜夫のとぼけた味と、吹越満の短気で猪突猛進型のキャラクターが上手くなじんで画面をかき回していく。
その他にも谷啓、夏木マリといった一癖も二癖もある実力派が周りを固めている。
そうそうたるメンバーを集めただけでも驚きなのに、
集められた様々な分野の一流のアーティスト達を前にして、振り回されることもなく、彼らの持ち味をうまく生かしている。
布袋寅泰が、クールで無茶苦茶強い浪人役で出演している。
物語の展開の重要なポイント握る役どころだが、
セリフもほとんど無い、ストイックで表情を変えることもほとんど無い、
つまり演技力をあまり要求されないけど、居るだけでカッコイイという、とっても美味しい役だ。
その布袋が、クセの強い実力のある役者に囲まれて、妙に浮いている。
なんとも言えない違和感、不協和音を醸し出していて、まるで空から降ってきた宇宙人のようだ。
しかしこの映画の中では、それが逆に、不器用で周囲となじまず、いつもトラブルを生んでしまう、孤独な一匹狼の浪人というキャラクターにうまく生かされていると言えるだろう。
緒川たまきが、心優しい浪人に育てられた娘の、人の良い清らかな美しさを画面一杯に弾かせているのとは対照的に、
夏木マリが、賭博の世界で、女の身で男どもを従えて宿場町を抑えている大人の女の、強かで妖しく艶やかな美しさを見せている。
最近サムライ映画を続けざまに観ているが、
私は基本的にサムライ物は苦手だ。
正確には、サムライ映画と聞くだけで、アレルギー反応を起こすくらい、嫌いだった。
しかし、黒沢明の「7人の侍」「乱」と、この中村裕之の「Samurai Fiction」は、
どれも観る前の想像に反して、すごく楽しめた。
こんなエンターテイメントでスカッと楽しくなれるサムライ映画があるとは知らなかった。
ちなみに、3本ともそれぞれ別のドイツ人の個人的なコレクションの中から貸してもらって観た。
日本人の私が観たこと無かったのに、ドイツ人が、コレクションに加えて大切に観ているのかと思ったら、うれしかった。
中庭祭り
観光都市でもあるこの町は、夏場になると毎週のように祭りやパーティなどのイベントが開催されてる。
その中でも私が毎年楽しみにしているのが、Innenhof-Fest。
直訳すると中庭祭り。
今年はちょうど先週の週末だった。
中世の頃からの歴史を誇るこの町には、歴史的建造物がいくつも残っている。
これらの建物は、ファサードを潜り抜けると中庭があることが一つの特徴だ。
そんな中庭のある歴史的な建築物で、現在では公共施設として利用されているもののいくつかを、会場としてコンサートが開催される。
石造りの建築物は、重厚だが不思議と冷たさはなく、どっしりとしていて頼りがいがある。
木組み様式は、素朴な中に優しい温かみを持っている。
石造りと、この木組みを組み合わせて作られていることも多い。
町の重要な施設として建てられた建築物は、装飾も美しいし、
様々な時代を経て、その時その時の流行の様式を取り入れて修復され、建て増しされた建物たちは、
色んな表情を併せ持っていていつまで眺めていても飽きない。
そんな時間の流れを一旦止めて、気まぐれに引き戻してしまいそうな空間で、
まだ昼間の暑さも引ききらない、明るい夏の夕暮れ時から、コンサートが行われる。
基本的に45分、アンコールを入れても1時間弱の小さなコンサートが、
7箇所か8箇所くらいある会場で、次々と並行して開催される。
入場料は一律3.5ユーロ(490円くらい)。
一番早いプログラムは19時30分からで、一番遅いプログラムは23時はじまりだ。
建物の中庭だから、せいぜい200席くらいしか椅子は並べられない。
だから人気のあるコンサートは、1時間近く前から行って並ばなければ、良い席は取れない。
コンサートプログラムは様々だ。
クラッシックの弦楽器のトリオ、ブラスバンドからアコーディオンのコンビ、ビッグバンド、学校の生徒によるジャズバンドなどなど。
毎年、世界中の色んな地域の音楽のコンサートが行われるのもこのお祭りの特徴だ。
今年は、イランやイラク、東ヨーロッパのユダヤ民族の音楽、クルド民族の音楽といったオリエンタルな音楽がいくつもあった。
私は本当はタンゴのコンサートに行きたかったのだが、20分前に会場前に行くと、すでに長蛇の列だった。
のんびりピッツェリアでご飯なんか食べてないで、さっさと会場へ行けばよかった、、、。
「今から入場しても立ち見です。しかも、建物の関係で音響の悪い位置しか入れませんからご了承ください。他の会場はもっと大きいので、そちらに行ってもらった方が良いと思います」
と、入場整理のおじさんに言われて、しかなくあきらめた。
同じ時刻に、もう一つ目を付けていた、シタールのコンサートがあったので、急遽そっちへ行くことにする。
もうコンサートが始まる直前で、人が一杯に入っていたが、こちらはすんなりと入れてもらえた。
もちろん立ち見だったが。
シタールとは、インド古来の楽器がイスラム宮廷音楽の影響を受けて発達し、現在の形になったらしい。
ギターのような弦楽器で、カボチャのような実をくり抜いて胴体にしている。
中世の頃に立てられた美しい旧市庁舎の建物の中で、
シタールが奏でる音はオリエンタルで、日本の伝統的な楽器にも似ていて、
それでいて、紡ぎだされる音楽はやはり日本の伝統音楽とは違う、アラビックな旋律だった。
とても静かで、エキサイティングで、不思議で、エキゾチックで、柔らかな時間だった。
ちなみにこのInnnennhoffestは、毎年、Museen-Nacht(博物館の夜)というイベントとセットで開催される。
Museumnachtでは、街の中にある7つの博物館が、夜11時か12時くらいまで開館し、
様々な企画展やガイドツアー、講演、参加型のイベントなどを行うのである。
10時くらいまで明るい夏の夕暮れ時、
町の中をそぞろ歩き、風に運ばれてくる音楽に耳を傾ける。
気が向いたコンサートや博物館を覗いてみる。
石造りの美しい建築物の中で、音楽を楽しむ。
だんだんと濃くなっていく空の色や、いつしかひんやりと肌を冷やす夜の空気を感じながら、
コンサートや博物館のハシゴをするのも楽しそうだ。
とっておきの夏の夜の過ごし方。
その中でも私が毎年楽しみにしているのが、Innenhof-Fest。
直訳すると中庭祭り。
今年はちょうど先週の週末だった。
中世の頃からの歴史を誇るこの町には、歴史的建造物がいくつも残っている。
これらの建物は、ファサードを潜り抜けると中庭があることが一つの特徴だ。
そんな中庭のある歴史的な建築物で、現在では公共施設として利用されているもののいくつかを、会場としてコンサートが開催される。
石造りの建築物は、重厚だが不思議と冷たさはなく、どっしりとしていて頼りがいがある。
木組み様式は、素朴な中に優しい温かみを持っている。
石造りと、この木組みを組み合わせて作られていることも多い。
町の重要な施設として建てられた建築物は、装飾も美しいし、
様々な時代を経て、その時その時の流行の様式を取り入れて修復され、建て増しされた建物たちは、
色んな表情を併せ持っていていつまで眺めていても飽きない。
そんな時間の流れを一旦止めて、気まぐれに引き戻してしまいそうな空間で、
まだ昼間の暑さも引ききらない、明るい夏の夕暮れ時から、コンサートが行われる。
基本的に45分、アンコールを入れても1時間弱の小さなコンサートが、
7箇所か8箇所くらいある会場で、次々と並行して開催される。
入場料は一律3.5ユーロ(490円くらい)。
一番早いプログラムは19時30分からで、一番遅いプログラムは23時はじまりだ。
建物の中庭だから、せいぜい200席くらいしか椅子は並べられない。
だから人気のあるコンサートは、1時間近く前から行って並ばなければ、良い席は取れない。
コンサートプログラムは様々だ。
クラッシックの弦楽器のトリオ、ブラスバンドからアコーディオンのコンビ、ビッグバンド、学校の生徒によるジャズバンドなどなど。
毎年、世界中の色んな地域の音楽のコンサートが行われるのもこのお祭りの特徴だ。
今年は、イランやイラク、東ヨーロッパのユダヤ民族の音楽、クルド民族の音楽といったオリエンタルな音楽がいくつもあった。
私は本当はタンゴのコンサートに行きたかったのだが、20分前に会場前に行くと、すでに長蛇の列だった。
のんびりピッツェリアでご飯なんか食べてないで、さっさと会場へ行けばよかった、、、。
「今から入場しても立ち見です。しかも、建物の関係で音響の悪い位置しか入れませんからご了承ください。他の会場はもっと大きいので、そちらに行ってもらった方が良いと思います」
と、入場整理のおじさんに言われて、しかなくあきらめた。
同じ時刻に、もう一つ目を付けていた、シタールのコンサートがあったので、急遽そっちへ行くことにする。
もうコンサートが始まる直前で、人が一杯に入っていたが、こちらはすんなりと入れてもらえた。
もちろん立ち見だったが。
シタールとは、インド古来の楽器がイスラム宮廷音楽の影響を受けて発達し、現在の形になったらしい。
ギターのような弦楽器で、カボチャのような実をくり抜いて胴体にしている。
中世の頃に立てられた美しい旧市庁舎の建物の中で、
シタールが奏でる音はオリエンタルで、日本の伝統的な楽器にも似ていて、
それでいて、紡ぎだされる音楽はやはり日本の伝統音楽とは違う、アラビックな旋律だった。
とても静かで、エキサイティングで、不思議で、エキゾチックで、柔らかな時間だった。
ちなみにこのInnnennhoffestは、毎年、Museen-Nacht(博物館の夜)というイベントとセットで開催される。
Museumnachtでは、街の中にある7つの博物館が、夜11時か12時くらいまで開館し、
様々な企画展やガイドツアー、講演、参加型のイベントなどを行うのである。
10時くらいまで明るい夏の夕暮れ時、
町の中をそぞろ歩き、風に運ばれてくる音楽に耳を傾ける。
気が向いたコンサートや博物館を覗いてみる。
石造りの美しい建築物の中で、音楽を楽しむ。
だんだんと濃くなっていく空の色や、いつしかひんやりと肌を冷やす夜の空気を感じながら、
コンサートや博物館のハシゴをするのも楽しそうだ。
とっておきの夏の夜の過ごし方。
La Haine 憎しみ (1995年)
- ジェネオン エンタテインメント
- 憎しみ
出演: Vincent Cassel, Hubert Kounde, Said Taghmaoui
映画「アメリ」で心優しい繊細なオタク、ニーノを演じたマチュー・カソヴィッツの27歳の時の作品である。
彼のソフトな風貌からは想像もできないハードな作品だ。
彼はこの映画で、カンヌ映画祭において最優秀監督賞(1995年)を受賞している。
マチュー・カソヴィッツの監督作品にはほとんど出演しているヴァンサン・カッセルと、マチュー・カソヴィッツ監督の長編第1作目(カフェ・オレ)でも出演していたユベール・クンデ。もう一人の主役サイード・タグマウイも含め、三人ともいかにもスラム街の移民の子、チンピラ予備軍という感じで、存在感が光る。
ちなみに、マチュー自身も、それから「カフェ・オレ」でヒロインを演じた、マチューの現奥様も、ちょい役で出演している。
パリ郊外の、低所得者層や外国人労働者、移民が多く生活する団地地区を舞台に、
人種問題,移民問題,スラム街の暴力・犯罪など、現代のフランスが抱える社会問題を扱っている。
かといって、力説するわけでも説教臭くもなく、言葉による説明もほとんどなく、そこに生活する若者たちの目を通して社会の歪みを淡々と描いている。
こういう地区は、外国人の少ない日本はともかくとして、
ヨーロッパの先進国の都市には必ずあり、どこも同じ様な問題を抱えている。
そこで生れ育った主人公達の日常生活をドキュメンタリーのように、さらっと見せている。
じゃれ合っているかと思うと、ちょっとしたことで、すぐに口論を始めたり、それがケンカに発展したり、それでも常に仲間とつるんでいる若者達。
子供じみていて、なげやりで、怒りを体一杯にため込んでいて、ちょっとしたことでもすぐにキレる、常に暴力と隣り合っている廃頽的な若者たちの姿、映像から伝わってくるどうしようもない閉塞感が、すごくリアル。
「こんなところは嫌だ、出て行くんだ」という心の叫びが生々しい。
「落下は問題じゃない、着地が大切なんだ」という言葉も、主題を分かりやすく表現していて、観ている側に訴える力がある。
音楽やモノトーンの映像も非常にカッコ良く、難しいことを考えなくても楽しめる。
ミュージックバトン♪
私のところには絶対回ってこないだろうと、
タカをくくって高みの見物を決め込んでいたのですが、
achiko さんより、頂きました。
もう「いまさら?!」と思われる方も多いでしょう。
回して頂いたのはもう大分前のことです。
本当に、ごめんなさい。
アメブロのバージョン・アップ後、ずっと調子が悪くって、画像が貼り付けられなかったりしてたので、見送ってました。それももうちょっと前の話になっちゃいましたが。
書いたのは一応回していただいた後すぐだったので、今日、ようやく陽の目を見ることとなりました。
****************************************************************
音楽をかけた状態というのはとても好きなんだけど、
ドイツへ来てからというもの、熱を上げて聞く音楽というのがなくなってしまった。
日本に居た頃は、音楽と言えばDreamsComeTrueだった。
自分の部屋に居る時はほとんどいつもドリ。
コンサートに行ったことがあるのもドリだけ。
CDを買うのもドリだけだった。
しかし、ドイツに来てからというもの、ファンクラブの会報が毎月手元に届くわけではなし、
コンサートチケットの販売があっても行けるわけではなし。
はじめの頃は
ドリのオフィシャルWebサイトで最新情報をチェックし、
友達と一緒にコンサートに行った楽しかった日々を思い出してはため息をつき、
たった独り、遠く離れて生活している自分を惨めに思い、
孤独感を募らせたりもしていたけど、
次第に、自分から一切を断ち切るようになってしまった。
孤独に浸ったり、自己憐憫に浸るのって結構エネルギーを吸い取られるから。
ドリ=音楽=趣味という図式が、ドイツへ来てから変わってしまった。
さて、前置きが大変長くなったけど、
①PCに入っている音楽データ量
0バイト。
年末から2月にかけて帰国した時に、実家のPCで初めて音楽ファイルのダウンロードをした。それを日本で買ったMP3プレーヤーに落として持って帰ってきただけだから、所有している音楽ファイル全部合わせても250MB以下。
②今聴いている曲
家に居る時は、ドリのCDやアメリのサウンドトラックと、④にあげるCDを気分でかけている。
仕事をする時、特に論文などを書くときにはクラッシックをかける。
特にモーツァルトのレクイエムが、集中できて、はかどる。
③一番最近買ったCD
日本で買ってきたアース・ウィンド・アンド・ファイアー
ドリの二人が尊敬して止まないモーリス・ホワイトの音楽を聴いてみたかったので購入した。
聞いたことのある曲がたくさん入ってる。
④よく聴く、または特別な思い入れのある5曲
5曲ということだけど、特に入れ込んでいる曲が無いので、アルバム5枚ということに。
Krasivo Sleva/Markscheider Kunst
英語はもちろん、日本語と韓国語とポーランド語とロシア語ができる心優しい変な外人のS(ドイツ人)が、コピーしてくれた思い出のCD。
ウクライナのグループなんだけどグループ名はドイツ語。スカが中心で、ラテン、アフリカンまで南国風の音楽をロシア語で歌っている。すごくしっかりしたサウンドで、思わず引き込まれてしまう。詞の意味なんて全然分からないけど、聞いているとなんだか、「なるようになるさ」、「辛いこともたくさんあるけど、人生って面白いよね」と、元気が出てくる(?)。グループの中にはアフリカ系の人もいるらしく、スワヒリ語(?)で歌っている曲もある。
Grandes exitos/Shakira
現在、うちに居候しているコロンビア人のSからコピーさせてもらったCD。
USAを中心に世界中で大ヒットを飛ばした「Whenever, Wherever」も含めて全曲スペイン語で歌っている。英語よりも、生き生きと、歌に思いっきり入り込んで情熱的に歌い上げている感じがする。「英語で歌ってるとすごくキッチュな感じがするから、スペイン語の方が良いな」と、ドイツ人の」ルームメイトに話したら、スペイン語の分かる彼女は「んんん、スペイン語でもかなりキッチュだけどね」と苦笑いしていた。
Juanes
これもコロンビア人のSからコピーさせてもらったCD。アルバムの名前は分からない(なんてこった・・・)。
コロンビアでは大分前から大スターだったらしいが、ドイツでもどんどん知名度が上がり人気が高まってきて、今年もコンサートツアーでやって来る。最近ではラジオでもよく彼の曲が掛かるそうだ。
Come Away With Me/Norah Jones
中国人の親友Cが、『絶対良いから聴いてみて』と、コピーしてくれたCD。しばらくの間、本当にとりつかれた様に毎日聴いていた。気持ちが安らぐし、聴くたびに出会えたことに感謝したくなるアルバム。
最後のとっておきの1枚は、
この間、誕生日に彼がプレゼントしてくれた。スタンダードなジャズのアルバム。「ジャズが好き」と言いながら、ミュージシャンの名前もちゃんとしたアルバムも持っていなかった私。大切なステキな一枚目。
The Out-of -Towners-
さてさて、最後に⑤の次のバトンを回す人ですが、
私が毎日お邪魔しているBlogはもう既に回ってしまっている上に、バトン回している人もいませんね・・・。
というわけで、勝手で大変申し訳ありませんが、これで最終回とさせていただきます(笑
皆様、お疲れ様でした。
今はまた色んなバトンが回っているようですね。いつも楽しく読ませて頂いてます。
タカをくくって高みの見物を決め込んでいたのですが、
achiko さんより、頂きました。
もう「いまさら?!」と思われる方も多いでしょう。
回して頂いたのはもう大分前のことです。
本当に、ごめんなさい。
アメブロのバージョン・アップ後、ずっと調子が悪くって、画像が貼り付けられなかったりしてたので、見送ってました。それももうちょっと前の話になっちゃいましたが。
書いたのは一応回していただいた後すぐだったので、今日、ようやく陽の目を見ることとなりました。
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音楽をかけた状態というのはとても好きなんだけど、
ドイツへ来てからというもの、熱を上げて聞く音楽というのがなくなってしまった。
日本に居た頃は、音楽と言えばDreamsComeTrueだった。
自分の部屋に居る時はほとんどいつもドリ。
コンサートに行ったことがあるのもドリだけ。
CDを買うのもドリだけだった。
しかし、ドイツに来てからというもの、ファンクラブの会報が毎月手元に届くわけではなし、
コンサートチケットの販売があっても行けるわけではなし。
はじめの頃は
ドリのオフィシャルWebサイトで最新情報をチェックし、
友達と一緒にコンサートに行った楽しかった日々を思い出してはため息をつき、
たった独り、遠く離れて生活している自分を惨めに思い、
孤独感を募らせたりもしていたけど、
次第に、自分から一切を断ち切るようになってしまった。
孤独に浸ったり、自己憐憫に浸るのって結構エネルギーを吸い取られるから。
ドリ=音楽=趣味という図式が、ドイツへ来てから変わってしまった。
さて、前置きが大変長くなったけど、
①PCに入っている音楽データ量
0バイト。
年末から2月にかけて帰国した時に、実家のPCで初めて音楽ファイルのダウンロードをした。それを日本で買ったMP3プレーヤーに落として持って帰ってきただけだから、所有している音楽ファイル全部合わせても250MB以下。
②今聴いている曲
家に居る時は、ドリのCDやアメリのサウンドトラックと、④にあげるCDを気分でかけている。
仕事をする時、特に論文などを書くときにはクラッシックをかける。
特にモーツァルトのレクイエムが、集中できて、はかどる。
③一番最近買ったCD
日本で買ってきたアース・ウィンド・アンド・ファイアー
ドリの二人が尊敬して止まないモーリス・ホワイトの音楽を聴いてみたかったので購入した。
聞いたことのある曲がたくさん入ってる。
- Earth Wind & Fire
- Earth Wind & Fire - Greatest Hits
④よく聴く、または特別な思い入れのある5曲
5曲ということだけど、特に入れ込んでいる曲が無いので、アルバム5枚ということに。
Krasivo Sleva/Markscheider Kunst
英語はもちろん、日本語と韓国語とポーランド語とロシア語ができる心優しい変な外人のS(ドイツ人)が、コピーしてくれた思い出のCD。
ウクライナのグループなんだけどグループ名はドイツ語。スカが中心で、ラテン、アフリカンまで南国風の音楽をロシア語で歌っている。すごくしっかりしたサウンドで、思わず引き込まれてしまう。詞の意味なんて全然分からないけど、聞いているとなんだか、「なるようになるさ」、「辛いこともたくさんあるけど、人生って面白いよね」と、元気が出てくる(?)。グループの中にはアフリカ系の人もいるらしく、スワヒリ語(?)で歌っている曲もある。
- Markscheider Kunst
- Krasivosleva
Grandes exitos/Shakira
現在、うちに居候しているコロンビア人のSからコピーさせてもらったCD。
USAを中心に世界中で大ヒットを飛ばした「Whenever, Wherever」も含めて全曲スペイン語で歌っている。英語よりも、生き生きと、歌に思いっきり入り込んで情熱的に歌い上げている感じがする。「英語で歌ってるとすごくキッチュな感じがするから、スペイン語の方が良いな」と、ドイツ人の」ルームメイトに話したら、スペイン語の分かる彼女は「んんん、スペイン語でもかなりキッチュだけどね」と苦笑いしていた。
Juanes
これもコロンビア人のSからコピーさせてもらったCD。アルバムの名前は分からない(なんてこった・・・)。
コロンビアでは大分前から大スターだったらしいが、ドイツでもどんどん知名度が上がり人気が高まってきて、今年もコンサートツアーでやって来る。最近ではラジオでもよく彼の曲が掛かるそうだ。
- Juanes
- Mi Sangre
Come Away With Me/Norah Jones
中国人の親友Cが、『絶対良いから聴いてみて』と、コピーしてくれたCD。しばらくの間、本当にとりつかれた様に毎日聴いていた。気持ちが安らぐし、聴くたびに出会えたことに感謝したくなるアルバム。
- NORAH JONES
- Come Away With Me
最後のとっておきの1枚は、
この間、誕生日に彼がプレゼントしてくれた。スタンダードなジャズのアルバム。「ジャズが好き」と言いながら、ミュージシャンの名前もちゃんとしたアルバムも持っていなかった私。大切なステキな一枚目。
The Out-of -Towners-
- Keith Jarrett Trio
- The Out-of-Towners
さてさて、最後に⑤の次のバトンを回す人ですが、
私が毎日お邪魔しているBlogはもう既に回ってしまっている上に、バトン回している人もいませんね・・・。
というわけで、勝手で大変申し訳ありませんが、これで最終回とさせていただきます(笑
皆様、お疲れ様でした。
今はまた色んなバトンが回っているようですね。いつも楽しく読ませて頂いてます。
