この異臭は、、、、
秋も深まり、冬の足音が聞こえそうな11月。
空気は澄んでいるし、湿気もなくカラッときれいに晴れ上がった空も高い。
そうそう、神宮外苑、〇〇神社、黄金に輝くイチョウの並木がとってもきれいなのよね。
秋のちょっと肌寒い空気も手伝って、訳も無くセンチメンタルで人肌が恋しくなる季節。
そんな、クリスマス商戦を前にした嵐の前の静けさを見せるロマンチックな東京の町を歩いていると、
遠くから秋の澄んださわやかな空気に乗って鼻の中に流れ込んでくる汚臭、、、。
うっ
こ、これは、、、
銀杏。
に、違いない。
大学を卒業した後、5年ほど普通の会社員をしていた。
私が勤めていた会社は、日本の総理大臣が公用車を使って私的参拝をし、隣接諸国から非難を浴びたあの神社のすぐそばだった。
その神社にはとても立派なイチョウ並木がある。
とても見事だ。
銀杏が鈴なりになる。
神社の境内全体が、あの異臭で満たされる。
私は当時、ほとんど毎週のように土曜日も出勤していた。
あるキレイに晴れ上がった秋の土曜日、その日は会社に行く前からワクワクしていた。
昼に休憩がてら神社まで散歩にでかけて、銀杏を集める計画を立てていたからだ。
昼休みになると毎日のようにその神社まで散歩していた私は、ビニール袋を片手に銀杏を集めているおじちゃんおばちゃんの姿をよく目にしていた。
そうか、神社の銀杏は勝手に拾ってもいいものなんだ
本当にいいのかどうかは知らない。
しかし、特に誰も文句を言うわけでもないのは、毎日の観察からして明らかだった。
だったら私も拾ったれ
食べられるものが地面に落ちていて、拾い放題。
そんな機会を見逃す私ではない。(←貧乏人)
その日はたまたま『当たり日』だった。
ちょっと風が吹くだけで、ザンザンと雨のように上から銀杏が降ってきた。
銀杏の果実は成分がきつくて、素手で掴むとかぶれてはれて大変なことになると、かねてから母に聞かされていた私は、その銀杏の実を頭に食らわないように、ビクビクしながら拾い集めた。
大収穫。
夜、家に持って帰ると、
母、大喜び♪
母によると、〇〇神社の銀杏は、丸々太っていて大ぶりでプリプリしていて美味しいのだそうだ。
その時からだ、
秋の土曜日、私の朝ご飯の横にビニール手袋とビニール袋(銀杏拾いセットと呼ばれている)が重ねて用意されているようになったのは。
私が会社を辞めた時、「あー、これで〇〇神社の銀杏の収穫がなくなるのね」と残念がっていたことは言うまでもない。
そして、ドイツへ来て6年。
あるんですよ、ドイツにもイチョウの木が。
始めて気付いたのは、来て間もない6年前の秋だが、正直言って意外だった。
なぜって、イチョウといえば中国原産の化石と呼ばれる非常に原始的な針葉樹。
北半球のこんな気候の涼しいところに馴化するなんて、想像したこともなかったからだ。
しかしWikipedia で調べてみると、その歴史は結構古くて、1730年代にオランダのユトレヒト大学の植物園に植えられたのが、ヨーロッパ第1号なんだそうだ。
そして、害虫もなく大した病気もなく、さらに土壌もあまり選ばないこの樹木は、あっという間にヨーロッパ中に伝わり、街路や公園・庭園などに好んで植えられたらしい。
ドイツでは同じく18世紀にゲーテが自分の庭に植え、そのイチョウの木についての詩を書いたことが知られている。
しかし、しかし、ドイツ人あるいは欧米人で、銀杏の実(実際には胚でしょうか)が食用であるということを知っている人は、もちろんほとんど居ない。
実際、5年くらい前に日本人の友達と銀杏拾いに行ったことがあるけれど、道行く人々にものすごーく奇異な目つきで眺められて、居心地が悪かったものだ。
結構勇気が要る。
そーんな話を彼にしていたら、彼が食いついてきた。
食べてみたい。拾いに行こう。
ええええええ、まじで??
と、思ったけれど、銀杏といえば典型的な割烹料理やお正月のお飾り。
日本に連れて帰ってから拒否反応を起こされるよりも、少しずつ訓練していた方が良いかも、
と思い直し、二人で銀杏拾いに行った。
行く前に、
すんごーーーーーく、臭いから。ほんっっっっとに気持ち悪くなるような悪臭だから。遠くからでもすぐ分かるくらいキョーーーーーーーーーレツな臭いだから。
という点と、
じかに触っちゃダメよ、かぶれるかもしれないからね。ビニール袋を手にはめて、その上から掴むのよ
という点を何度も何度も繰り返す。
そして、
拾ってきましたサ。
ちょっと小ぶりです。
臭いは負けず劣らずキョーレツだったけど。
洗って乾かして、1週間後、いくつかを軽くゆでて塩で食べてみました。
彼は
おいしい!
とそれはそれは喜んで食べていた。
また拾いに行こうね
というくらい、気に入ったよう。
同居人のディは
ええええええ、果実を取って、洗って、乾かして、殻を取って、ゆでて、内側の薄皮を剥いて、、、なんて面倒なの????
味は、、、、んんん、ナッツみたい。特にどうってことも無い味。
という反応でした(笑)
すごいドイツ人らしい反応で笑えた。
ドイツ人って全般的に味付けが濃いせいか、和食の『ダシと素材が調和した微妙な味わい』とかが味わえない人が多いんです。
空気は澄んでいるし、湿気もなくカラッときれいに晴れ上がった空も高い。
そうそう、神宮外苑、〇〇神社、黄金に輝くイチョウの並木がとってもきれいなのよね。
秋のちょっと肌寒い空気も手伝って、訳も無くセンチメンタルで人肌が恋しくなる季節。
そんな、クリスマス商戦を前にした嵐の前の静けさを見せるロマンチックな東京の町を歩いていると、
遠くから秋の澄んださわやかな空気に乗って鼻の中に流れ込んでくる汚臭、、、。
うっ
こ、これは、、、
銀杏。
に、違いない。
大学を卒業した後、5年ほど普通の会社員をしていた。
私が勤めていた会社は、日本の総理大臣が公用車を使って私的参拝をし、隣接諸国から非難を浴びたあの神社のすぐそばだった。
その神社にはとても立派なイチョウ並木がある。
とても見事だ。
銀杏が鈴なりになる。
神社の境内全体が、あの異臭で満たされる。
私は当時、ほとんど毎週のように土曜日も出勤していた。
あるキレイに晴れ上がった秋の土曜日、その日は会社に行く前からワクワクしていた。
昼に休憩がてら神社まで散歩にでかけて、銀杏を集める計画を立てていたからだ。
昼休みになると毎日のようにその神社まで散歩していた私は、ビニール袋を片手に銀杏を集めているおじちゃんおばちゃんの姿をよく目にしていた。
そうか、神社の銀杏は勝手に拾ってもいいものなんだ
本当にいいのかどうかは知らない。
しかし、特に誰も文句を言うわけでもないのは、毎日の観察からして明らかだった。
だったら私も拾ったれ
食べられるものが地面に落ちていて、拾い放題。
そんな機会を見逃す私ではない。(←貧乏人)
その日はたまたま『当たり日』だった。
ちょっと風が吹くだけで、ザンザンと雨のように上から銀杏が降ってきた。
銀杏の果実は成分がきつくて、素手で掴むとかぶれてはれて大変なことになると、かねてから母に聞かされていた私は、その銀杏の実を頭に食らわないように、ビクビクしながら拾い集めた。
大収穫。
夜、家に持って帰ると、
母、大喜び♪
母によると、〇〇神社の銀杏は、丸々太っていて大ぶりでプリプリしていて美味しいのだそうだ。
その時からだ、
秋の土曜日、私の朝ご飯の横にビニール手袋とビニール袋(銀杏拾いセットと呼ばれている)が重ねて用意されているようになったのは。
私が会社を辞めた時、「あー、これで〇〇神社の銀杏の収穫がなくなるのね」と残念がっていたことは言うまでもない。
そして、ドイツへ来て6年。
あるんですよ、ドイツにもイチョウの木が。
始めて気付いたのは、来て間もない6年前の秋だが、正直言って意外だった。
なぜって、イチョウといえば中国原産の化石と呼ばれる非常に原始的な針葉樹。
北半球のこんな気候の涼しいところに馴化するなんて、想像したこともなかったからだ。
しかしWikipedia で調べてみると、その歴史は結構古くて、1730年代にオランダのユトレヒト大学の植物園に植えられたのが、ヨーロッパ第1号なんだそうだ。
そして、害虫もなく大した病気もなく、さらに土壌もあまり選ばないこの樹木は、あっという間にヨーロッパ中に伝わり、街路や公園・庭園などに好んで植えられたらしい。
ドイツでは同じく18世紀にゲーテが自分の庭に植え、そのイチョウの木についての詩を書いたことが知られている。
しかし、しかし、ドイツ人あるいは欧米人で、銀杏の実(実際には胚でしょうか)が食用であるということを知っている人は、もちろんほとんど居ない。
実際、5年くらい前に日本人の友達と銀杏拾いに行ったことがあるけれど、道行く人々にものすごーく奇異な目つきで眺められて、居心地が悪かったものだ。
結構勇気が要る。
そーんな話を彼にしていたら、彼が食いついてきた。
食べてみたい。拾いに行こう。
ええええええ、まじで??
と、思ったけれど、銀杏といえば典型的な割烹料理やお正月のお飾り。
日本に連れて帰ってから拒否反応を起こされるよりも、少しずつ訓練していた方が良いかも、
と思い直し、二人で銀杏拾いに行った。
行く前に、
すんごーーーーーく、臭いから。ほんっっっっとに気持ち悪くなるような悪臭だから。遠くからでもすぐ分かるくらいキョーーーーーーーーーレツな臭いだから。
という点と、
じかに触っちゃダメよ、かぶれるかもしれないからね。ビニール袋を手にはめて、その上から掴むのよ
という点を何度も何度も繰り返す。
そして、
拾ってきましたサ。
ちょっと小ぶりです。
臭いは負けず劣らずキョーレツだったけど。
洗って乾かして、1週間後、いくつかを軽くゆでて塩で食べてみました。
彼は
おいしい!
とそれはそれは喜んで食べていた。
また拾いに行こうね
というくらい、気に入ったよう。
同居人のディは
ええええええ、果実を取って、洗って、乾かして、殻を取って、ゆでて、内側の薄皮を剥いて、、、なんて面倒なの????
味は、、、、んんん、ナッツみたい。特にどうってことも無い味。
という反応でした(笑)
すごいドイツ人らしい反応で笑えた。
ドイツ人って全般的に味付けが濃いせいか、和食の『ダシと素材が調和した微妙な味わい』とかが味わえない人が多いんです。
ヨーロッパで愛される庶民のお菓子?『nippon』
フランさん&マカロンさんのブログで見かけた『日本という名のお菓子』
シリーズをTBさせていただきました。
その名も「nippon」
中身は、昔懐かしいポンポン菓子をチョコレートで固めたバー、という感じ。
むかーしむかしそのむかし、ポンポン菓子ってありましたね、ね??
ポンポン菓子っていうのは、実は大阪のいとこが子供の頃教えてくれた。
だから私自身はよく知らないんだけど、いとこの話を聞いてうらやましくって一度見てみたいと強烈に念じたおかげで、その時の彼女の話をいまだに鮮明に思い出すことができる。
彼女の実家の周辺では、週に一度くらい、
窯のようなものを取り付けたリアカーを引いて、『ポンポン菓子のおっさん』がやって来た。
子供も大人も家からお米を何合だか持って、おっさんの所へ行く。
おっさんはお米をその窯の中に入れて、砂糖を入れて、釜をガラガラ回して(?)熱する。
ドカン!(と彼女は語ってくれた)という破裂音でお米がはじけたらポンポン菓子の出来上がり、
なんだそうな。
私の住んでいた東京の古い新興住宅地(←変な表現だけど、実際に東京の中でももっとも古い方に数えられる新興住宅地なのだ)では、自転車でやって来る『型抜き』のおじさんくらいしか居なかった。
で、nipponの実物はこんな感じ
人からもらって食べたことはあったけど、自分で買ったのは今回が初めて。
それにしてもこの、まったく時間をかけなかった風のパッケージデザイン。
簡易包装はドイツでは珍しくないし、ゴミも少ないので良しとしても、全体的なチープ感が。
さらに、お米を使っているから「nippon」という安直なネーミング。
私の中の日本人としてのプライドを刺激する(笑)
とは言っても、250gで1ユーロ40程度と安いし、食べると、実は美味しいんだけどね。
原材料表示を見ると、とてもインターナショナル。
ドイツ語、イタリア語、オランダ語、フランス語、イングランド語(英語ですね(笑))、スペイン語、ポーランド語、デンマーク語、スウェーデン語、フィン語、ノルウェー語、ハンガリー語、スロヴェニア語、ギリシャ語、、、、
もう一つ”P”が残ってる、どこだろう???
P、P、P、、、 あ、ポルトガル語か。
ヨーロッパ全土でこよなく愛されているお菓子、と言えるのだろうか、、、?
その名も「nippon」
中身は、昔懐かしいポンポン菓子をチョコレートで固めたバー、という感じ。
むかーしむかしそのむかし、ポンポン菓子ってありましたね、ね??
ポンポン菓子っていうのは、実は大阪のいとこが子供の頃教えてくれた。
だから私自身はよく知らないんだけど、いとこの話を聞いてうらやましくって一度見てみたいと強烈に念じたおかげで、その時の彼女の話をいまだに鮮明に思い出すことができる。
彼女の実家の周辺では、週に一度くらい、
窯のようなものを取り付けたリアカーを引いて、『ポンポン菓子のおっさん』がやって来た。
子供も大人も家からお米を何合だか持って、おっさんの所へ行く。
おっさんはお米をその窯の中に入れて、砂糖を入れて、釜をガラガラ回して(?)熱する。
ドカン!(と彼女は語ってくれた)という破裂音でお米がはじけたらポンポン菓子の出来上がり、
なんだそうな。
私の住んでいた東京の古い新興住宅地(←変な表現だけど、実際に東京の中でももっとも古い方に数えられる新興住宅地なのだ)では、自転車でやって来る『型抜き』のおじさんくらいしか居なかった。
で、nipponの実物はこんな感じ
人からもらって食べたことはあったけど、自分で買ったのは今回が初めて。
それにしてもこの、まったく時間をかけなかった風のパッケージデザイン。
簡易包装はドイツでは珍しくないし、ゴミも少ないので良しとしても、全体的なチープ感が。
さらに、お米を使っているから「nippon」という安直なネーミング。
私の中の日本人としてのプライドを刺激する(笑)
とは言っても、250gで1ユーロ40程度と安いし、食べると、実は美味しいんだけどね。
原材料表示を見ると、とてもインターナショナル。
ドイツ語、イタリア語、オランダ語、フランス語、イングランド語(英語ですね(笑))、スペイン語、ポーランド語、デンマーク語、スウェーデン語、フィン語、ノルウェー語、ハンガリー語、スロヴェニア語、ギリシャ語、、、、
もう一つ”P”が残ってる、どこだろう???
P、P、P、、、 あ、ポルトガル語か。
ヨーロッパ全土でこよなく愛されているお菓子、と言えるのだろうか、、、?
秋の夜長はシュトラウセで
ドイツの南西部、もっとも平均気温が高いと言われている地域ですが、さすがに朝晩の冷え込みが強くなってきた。
私は冷え性なので、冷え込んでくると、手足が冷たいのでなおさらなかなか寝付けない。
そんな時、氷のように冷たい手足を、彼のお腹や太ももにくっつけて温める。
彼の、
うぎゃーーーーーーーー、冷たい、ありえない
という悲鳴を聞きながら、彼の愛情を噛み締めている(爆)
私の手足のあまりの冷たさに、
まだ生きてる?
と心配される季節になった。
皆様もお体には十分お気をつけ下さいませ。
さてさて、そんな秋の気配も深まりつつある週末。
日曜日に、マスター時代からの友人で、今は研究室のオフィスをシェアしている同僚が住んでいる隣町(村?)にあるシュトラウセに行って来た。
シュトラウセ(Strausse)というのは、簡単に言えば農家レストランのこと。
農家、特にワイン農家に特に認められている営業権で、年間4ヶ月間までなら、役所に営業の届出をするだけで、簡単にレストランを開業することができる。
ワイン農家に限って認められているので、ワイン生産地のある南部にしかない。
だから、北部出身の人はそのもの自体を知らなかったりする。
私の居るこの地方では、シュトラウセまたはシュトラウセ・ヴィルトシャフト(Strauße Wirtschaft)という名称で知られているけど、他の地方へ行くと、Heckenwirtschaft、Besenwirtschaft、Buschenschrankなどと呼ばれているらしい、へーえ。
正確にはもっと色んな決まり事があるんだろうけど、私の知っている範囲では、
― 営業期間は、年間最大で4ヶ月まで。連続して4ヶ月または一度の中断を挟んで合計4ヶ月
― 独自の生産物だけを提供する
― レストラン営業のための独自の施設を新設してはいけない。もとからある農家家屋の一部を改造するなどして、席を設ける
などと決められている。
だから、普通はメニューもごくシンプルで、
アルコールなら、ワインかノイエズーサー(Neuer Suesser)、 ノンアルコールなら、リンゴジュースか水。
食べ物も、この地方の代表的な農家料理ばかりで、フラムクーヘン(オニオンタルト とよく似ている)、農家の手作りソーセージ、ソーセージサラダ、ポテトサラダ、ポテトスープなどがある。
同僚カロが住んでいる村には2箇所のシュトラウセがある。
片方は歴史も古いし地元じゃ結構有名らしくって、営業している時はいつでも満席だ。
席を取るには早めに行かなきゃ、ということで、4時半くらいには行ったのに、既に満席だった。
そこで立ったまま待っているのもつまらないから、ということでちょっと散歩に出た。
この村はアスパラガス畑やトウモロコシ畑、ワイン用ブドウ畑の丘それに森に囲まれていて、散歩するには絶交のロケーション。
そこをぶらっと散歩してから、5時過ぎにまたシュトラウセに戻ってきた。
ら、びっくり。
さらに混雑していて、店内のカウンターの脇やテーブルの間の通路にまで人が立って、席が空くのを待っている!!
それはかなり、居心地悪そう、、、。
ここでかなり戦意が消失しかかった私たち。
というわけで、村の普通のレストランかもう一つのシュトラウセを覗いてみることにした。
カロは、もう片方のシュトラウセは今やってないと思うと言っていたんだけど、散歩がてら行ってみると、営業していた。
ラッキー♪
外観もこぢんまりとしていて可愛い。
小さな家屋が3棟くらい寄り添うように建っていて、小さな中庭に面した建物の一面が大きなガラス窓になっていた。
シュトラウセの中から暖かい光が中庭をぼんやりと照らしている。
ガラス窓の隣がシュトラウセの入り口だった。
中に入ると、まだまだゆったりとしている。
まだ空いてる良かった 、、、なんか、比較的空いてるねえ(ちょっと不安)
やっぱり向こうの方が古くて有名だし、こっちは数年前にオープンしたばかりで新しいのよね。それに、こっちの方がちょっとお高いの(苦笑い)
たしかにちょっと高めだったかも。
でも、木の太い梁がドンドンと見えているいかにも田舎の農家らしい内装は、なぜかすごく懐かしくて、とても居心地が良かった。
あてもなくブラブラと歩き回った後だったし、ゆっくりと座って、ワインと農家料理を楽しみながら、くつろぐことができてとても幸せだった。
私は冷え性なので、冷え込んでくると、手足が冷たいのでなおさらなかなか寝付けない。
そんな時、氷のように冷たい手足を、彼のお腹や太ももにくっつけて温める。
彼の、
うぎゃーーーーーーーー、冷たい、ありえない
という悲鳴を聞きながら、彼の愛情を噛み締めている(爆)
私の手足のあまりの冷たさに、
まだ生きてる?
と心配される季節になった。
皆様もお体には十分お気をつけ下さいませ。
さてさて、そんな秋の気配も深まりつつある週末。
日曜日に、マスター時代からの友人で、今は研究室のオフィスをシェアしている同僚が住んでいる隣町(村?)にあるシュトラウセに行って来た。
シュトラウセ(Strausse)というのは、簡単に言えば農家レストランのこと。
農家、特にワイン農家に特に認められている営業権で、年間4ヶ月間までなら、役所に営業の届出をするだけで、簡単にレストランを開業することができる。
ワイン農家に限って認められているので、ワイン生産地のある南部にしかない。
だから、北部出身の人はそのもの自体を知らなかったりする。
私の居るこの地方では、シュトラウセまたはシュトラウセ・ヴィルトシャフト(Strauße Wirtschaft)という名称で知られているけど、他の地方へ行くと、Heckenwirtschaft、Besenwirtschaft、Buschenschrankなどと呼ばれているらしい、へーえ。
正確にはもっと色んな決まり事があるんだろうけど、私の知っている範囲では、
― 営業期間は、年間最大で4ヶ月まで。連続して4ヶ月または一度の中断を挟んで合計4ヶ月
― 独自の生産物だけを提供する
― レストラン営業のための独自の施設を新設してはいけない。もとからある農家家屋の一部を改造するなどして、席を設ける
などと決められている。
だから、普通はメニューもごくシンプルで、
アルコールなら、ワインかノイエズーサー(Neuer Suesser)、 ノンアルコールなら、リンゴジュースか水。
食べ物も、この地方の代表的な農家料理ばかりで、フラムクーヘン(オニオンタルト とよく似ている)、農家の手作りソーセージ、ソーセージサラダ、ポテトサラダ、ポテトスープなどがある。
同僚カロが住んでいる村には2箇所のシュトラウセがある。
片方は歴史も古いし地元じゃ結構有名らしくって、営業している時はいつでも満席だ。
席を取るには早めに行かなきゃ、ということで、4時半くらいには行ったのに、既に満席だった。
そこで立ったまま待っているのもつまらないから、ということでちょっと散歩に出た。
この村はアスパラガス畑やトウモロコシ畑、ワイン用ブドウ畑の丘それに森に囲まれていて、散歩するには絶交のロケーション。
そこをぶらっと散歩してから、5時過ぎにまたシュトラウセに戻ってきた。
ら、びっくり。
さらに混雑していて、店内のカウンターの脇やテーブルの間の通路にまで人が立って、席が空くのを待っている!!
それはかなり、居心地悪そう、、、。
ここでかなり戦意が消失しかかった私たち。
というわけで、村の普通のレストランかもう一つのシュトラウセを覗いてみることにした。
カロは、もう片方のシュトラウセは今やってないと思うと言っていたんだけど、散歩がてら行ってみると、営業していた。
ラッキー♪
外観もこぢんまりとしていて可愛い。
小さな家屋が3棟くらい寄り添うように建っていて、小さな中庭に面した建物の一面が大きなガラス窓になっていた。
シュトラウセの中から暖かい光が中庭をぼんやりと照らしている。
ガラス窓の隣がシュトラウセの入り口だった。
中に入ると、まだまだゆったりとしている。
まだ空いてる良かった 、、、なんか、比較的空いてるねえ(ちょっと不安)
やっぱり向こうの方が古くて有名だし、こっちは数年前にオープンしたばかりで新しいのよね。それに、こっちの方がちょっとお高いの(苦笑い)
たしかにちょっと高めだったかも。
でも、木の太い梁がドンドンと見えているいかにも田舎の農家らしい内装は、なぜかすごく懐かしくて、とても居心地が良かった。
あてもなくブラブラと歩き回った後だったし、ゆっくりと座って、ワインと農家料理を楽しみながら、くつろぐことができてとても幸せだった。
スプーンみたいに一緒
ぴぎぃさんの「ベッドでの相性」
と、goudas-gildeさんの「男と女の攻防戦。。。」
を読んで、とーっても面白かったので、お題に頂くことにしました。
今年の夏ごろ買った映画のDVD、『Im Juli』というドイツ映画の中の一つのシーンがすごく印象に残っている。
主演はドイツ映画界を代表する若手俳優の一人であるMoritz Bleibtreu(モーリッツ・ブライプトロイ)。
モーリッツ演じる生真面目でごく常識的な教師のダニエルが、パーティで知り合ったトルコ人の女性に一目ぼれする。
急遽トルコに帰らなくてはならなくなった彼女に再会するために、衝動的にトルコまでの旅をするっていうロードムービー。
この映画のもう一人の主役で、ダニエルに恋し、これまた衝動的にこのハチャメチャな旅に同行することになる女の子がいる。
彼女の名前はJuli(ユリ)。
この二人が旅の道中で、ホテルの一部屋に宿泊する。
疲れたマットレスが乗っかった小さなシングルベッドに二人で寝転がるんだけど、どうも寝にくい。
向かい合えば顔が接近しすぎるし、背中合わせではベッドが狭すぎる。
大体、知り合ったばかりの二人がいきなり一緒に旅をしているんだから、しっくりこなくって当たり前。
他人行儀な態度と、微妙に計りかねている距離感と、戸惑いと、ちょっとした期待と、ドキドキするような緊張感が画面を通じて伝わってくる。
女性とのお付き合いの経験がない真面目教師のダニエルに、ユリがお姉さんのように優しく教える。
スプーン・ポジション(ドイツ語だとLoeffelstellung、レッフェルシュテルング)って知ってる?
二人が同じ方向を向いて重なればいいのよ。スプーンを重ねるのとおんなじ
ユリがダニエルの手を引いて、自分の体を抱きかかえるように腕を回させる。
片方が寝返りを打てば、もう片方も寝返りを打ち、後ろから抱きしめる。
なるほどね
かわいくってハチャメチャで、監督や出演者も含めたスタッフの若さが画面いっぱいに弾けているような映画。
その映画の中で、このシーンは静かでしっとりとして、人の体温を感じさせるシーンだ。
この映画でLoeffelstellungっていう言葉自体を知ったんだけど、実はこれSexのポジションの名前らしい。
この記事を書くために、とりあえずGoogle検索かけてみて、初めて知りました(笑)。
だから、知り合ったばかりのドイツ人なんかには、うかつに言わないようにしましょう。
ちなみに、日本語のGoogleでもスプーンポジションで検索をかけてみると、やはり同じような結果が得られました。
適当に訳したつもりだったんだけどなあ。
そうか、Loeffelstellungがスプーンポジションの訳だったのか、、、。
さて、蛇足となりそうですが、私と彼の場合。
彼はとにかく意識がある間はピッタリとくっついて居たい人。
腕枕とかも大好き。
私は眠る前後はくっついていたいけど、眠る時くらいは一人で伸び伸びと寝たい。
昔っからだけど、腕枕って苦手。
彼の腕は筋肉質で太いし硬いから、腕枕されていると首が痛くなってとても辛い。
枕を頭の下に入れても、ヨーロッパの根性ナシのヘナチョコ枕はいつの間にかどっかに行ってしまうし。
上に書いたスプーンポジション(寝るだけです)も彼は大好きで、私が寝返りを打つとすかさず後ろから抱きついてくる。
でも私、抱きしめられていると息苦しくって眠れない(笑)
私は寒がりだけど、暑がりで汗っかき。
だから、彼に抱きつかれていると、暑くって汗をかいて、とても眠ることなんかできない。
彼は寝つきが3歳児のように素晴らしく良いので、例え話をしている最中でも、自分がしゃべっている文章が終わらないうちに、「すー」と平和そうな寝息を立てて眠っている。
だから私は、彼が眠りに入ったところを狙ってそーっと自分の体を開放する。
ここで、少しでも手荒な動き方をしたり、寝返りを打ったりすると、彼も気がついてまた抱きかかえられてしまう。
私が一番楽で好きなくっつき体勢は、私が彼に腕枕をして、私の足のヒザから下を彼の体の上に乗せる体勢。
腕枕と言っても、私の腕は彼の首の下をちょうどくぐって動かせるくらいだし、頭を直接乗せる時は肩から胸の辺りなので、しびれることはない。
ちょうど抱き枕を抱えるとこんな感じなのかなと思ったりする。
今年の夏ごろ買った映画のDVD、『Im Juli』というドイツ映画の中の一つのシーンがすごく印象に残っている。
主演はドイツ映画界を代表する若手俳優の一人であるMoritz Bleibtreu(モーリッツ・ブライプトロイ)。
モーリッツ演じる生真面目でごく常識的な教師のダニエルが、パーティで知り合ったトルコ人の女性に一目ぼれする。
急遽トルコに帰らなくてはならなくなった彼女に再会するために、衝動的にトルコまでの旅をするっていうロードムービー。
この映画のもう一人の主役で、ダニエルに恋し、これまた衝動的にこのハチャメチャな旅に同行することになる女の子がいる。
彼女の名前はJuli(ユリ)。
この二人が旅の道中で、ホテルの一部屋に宿泊する。
疲れたマットレスが乗っかった小さなシングルベッドに二人で寝転がるんだけど、どうも寝にくい。
向かい合えば顔が接近しすぎるし、背中合わせではベッドが狭すぎる。
大体、知り合ったばかりの二人がいきなり一緒に旅をしているんだから、しっくりこなくって当たり前。
他人行儀な態度と、微妙に計りかねている距離感と、戸惑いと、ちょっとした期待と、ドキドキするような緊張感が画面を通じて伝わってくる。
女性とのお付き合いの経験がない真面目教師のダニエルに、ユリがお姉さんのように優しく教える。
スプーン・ポジション(ドイツ語だとLoeffelstellung、レッフェルシュテルング)って知ってる?
二人が同じ方向を向いて重なればいいのよ。スプーンを重ねるのとおんなじ
ユリがダニエルの手を引いて、自分の体を抱きかかえるように腕を回させる。
片方が寝返りを打てば、もう片方も寝返りを打ち、後ろから抱きしめる。
なるほどね
かわいくってハチャメチャで、監督や出演者も含めたスタッフの若さが画面いっぱいに弾けているような映画。
その映画の中で、このシーンは静かでしっとりとして、人の体温を感じさせるシーンだ。
この映画でLoeffelstellungっていう言葉自体を知ったんだけど、実はこれSexのポジションの名前らしい。
この記事を書くために、とりあえずGoogle検索かけてみて、初めて知りました(笑)。
だから、知り合ったばかりのドイツ人なんかには、うかつに言わないようにしましょう。
ちなみに、日本語のGoogleでもスプーンポジションで検索をかけてみると、やはり同じような結果が得られました。
適当に訳したつもりだったんだけどなあ。
そうか、Loeffelstellungがスプーンポジションの訳だったのか、、、。
さて、蛇足となりそうですが、私と彼の場合。
彼はとにかく意識がある間はピッタリとくっついて居たい人。
腕枕とかも大好き。
私は眠る前後はくっついていたいけど、眠る時くらいは一人で伸び伸びと寝たい。
昔っからだけど、腕枕って苦手。
彼の腕は筋肉質で太いし硬いから、腕枕されていると首が痛くなってとても辛い。
枕を頭の下に入れても、ヨーロッパの根性ナシのヘナチョコ枕はいつの間にかどっかに行ってしまうし。
上に書いたスプーンポジション(寝るだけです)も彼は大好きで、私が寝返りを打つとすかさず後ろから抱きついてくる。
でも私、抱きしめられていると息苦しくって眠れない(笑)
私は寒がりだけど、暑がりで汗っかき。
だから、彼に抱きつかれていると、暑くって汗をかいて、とても眠ることなんかできない。
彼は寝つきが3歳児のように素晴らしく良いので、例え話をしている最中でも、自分がしゃべっている文章が終わらないうちに、「すー」と平和そうな寝息を立てて眠っている。
だから私は、彼が眠りに入ったところを狙ってそーっと自分の体を開放する。
ここで、少しでも手荒な動き方をしたり、寝返りを打ったりすると、彼も気がついてまた抱きかかえられてしまう。
私が一番楽で好きなくっつき体勢は、私が彼に腕枕をして、私の足のヒザから下を彼の体の上に乗せる体勢。
腕枕と言っても、私の腕は彼の首の下をちょうどくぐって動かせるくらいだし、頭を直接乗せる時は肩から胸の辺りなので、しびれることはない。
ちょうど抱き枕を抱えるとこんな感じなのかなと思ったりする。
オルガン工房
昨日土曜日は、彼が働いているオルガン工房の、『Offene Tuer(おっふぇね・てゅあー)』の日だった。
Offene Tuerっていうのは、直訳すると『開いているドア』のことで、自由に見学できるっていうこと。
普段から、「なんかあるよなー」って思いながらも、なかなか縁が無くって近づいたことがなかった施設を気軽に見学してみましょうっていう趣旨で実施される。
例えば、工場とか、自然保護関連の施設とか、最近では大学なんかも実施したりする。
そのオルガン工房のある町では、18世紀の末頃からオルガンの製作が始まった。
19世紀頃には、手回しのオルガンとか、ダンスホールや裕福な人のサロンなんかに置いてあるゼンマイ仕掛けのオルガンや色んな楽器が入ったオーケストリオンなんかが盛んに作られていたみたい。
今では教会のパイプオルガンの製作とメンテナンスが中心になっている。
この町は、周辺の合併された町村を含めても人口たった2万人くらいの小さな市なんだけど、
現在でもオルガン工房が何箇所かあって、この地方のオルガン製作のメッカとして(知っている人には)知られている
、、、というか、観光の目玉の一つとして売り出し中(なのかな?)。
3年ごとに開催されるオルガン祭が、今月開催されている。
オルガン祭というと聞こえは良いけど、盛り上がっているのはレストランやホテルの方みたい。
とにかく、土曜日の午後2時から5時の間、工房の見学ができるというので、彼と一緒に行って来た。
私たちが到着すると、ちょうどマイスターが、3人の男性の訪問客を相手に、工房を案内していた。
マイスターの曾お祖父さんもオルガン職人だったそうで、壁にはその曾お祖父さんが製作したオルガンの部品が掛かっていた。
これは、鍵盤と連動してパイプのフタを開閉するための部品で、Wellen(ヴェレン、波の複数形)と呼ばれているらしい。
こっちがまだ真新しい同じ部品。
工房の住人達。
マイスターが飼育しているカモ。
工房のある敷地の中を気ままに歩き回っている。
写真を撮ろうと思って近づいたら、慌てふためいて逃げようとした(涙)
このカモ達から抜け落ちた羽を、パイプの掃除に使うんだって。
小さくて柔らかいけど弾力があるから、細くて短いパイプの狭い内部を掃除するのに便利なんだとか、なるほどねえ。
ここで彼は職人になるための見習をしている。
初めて見た彼の職場。
とっても感じが良くって、きれいで、ちょっとうらやましい。
こうして見ると温かそうで居心地も良さそうだけど、大きな薪ストーブが一つあるだけなので、
冬はすごく寒いらしい。
日中でも5℃くらいまでしか室温が上がらないとか。
そしたら朝なんて零度以下だね。
薪ストーブ一台じゃ、すぐに工房全体を温めることはできないから、そんな状態でどうやって細かな手作業をするんだろう?
冷え性の私にはちょっと想像できない、、、。
Offene Tuerっていうのは、直訳すると『開いているドア』のことで、自由に見学できるっていうこと。
普段から、「なんかあるよなー」って思いながらも、なかなか縁が無くって近づいたことがなかった施設を気軽に見学してみましょうっていう趣旨で実施される。
例えば、工場とか、自然保護関連の施設とか、最近では大学なんかも実施したりする。
そのオルガン工房のある町では、18世紀の末頃からオルガンの製作が始まった。
19世紀頃には、手回しのオルガンとか、ダンスホールや裕福な人のサロンなんかに置いてあるゼンマイ仕掛けのオルガンや色んな楽器が入ったオーケストリオンなんかが盛んに作られていたみたい。
今では教会のパイプオルガンの製作とメンテナンスが中心になっている。
この町は、周辺の合併された町村を含めても人口たった2万人くらいの小さな市なんだけど、
現在でもオルガン工房が何箇所かあって、この地方のオルガン製作のメッカとして(知っている人には)知られている
、、、というか、観光の目玉の一つとして売り出し中(なのかな?)。
3年ごとに開催されるオルガン祭が、今月開催されている。
オルガン祭というと聞こえは良いけど、盛り上がっているのはレストランやホテルの方みたい。
とにかく、土曜日の午後2時から5時の間、工房の見学ができるというので、彼と一緒に行って来た。
私たちが到着すると、ちょうどマイスターが、3人の男性の訪問客を相手に、工房を案内していた。
マイスターの曾お祖父さんもオルガン職人だったそうで、壁にはその曾お祖父さんが製作したオルガンの部品が掛かっていた。
これは、鍵盤と連動してパイプのフタを開閉するための部品で、Wellen(ヴェレン、波の複数形)と呼ばれているらしい。
こっちがまだ真新しい同じ部品。
工房の住人達。
マイスターが飼育しているカモ。
工房のある敷地の中を気ままに歩き回っている。
写真を撮ろうと思って近づいたら、慌てふためいて逃げようとした(涙)
このカモ達から抜け落ちた羽を、パイプの掃除に使うんだって。
小さくて柔らかいけど弾力があるから、細くて短いパイプの狭い内部を掃除するのに便利なんだとか、なるほどねえ。
ここで彼は職人になるための見習をしている。
初めて見た彼の職場。
とっても感じが良くって、きれいで、ちょっとうらやましい。
こうして見ると温かそうで居心地も良さそうだけど、大きな薪ストーブが一つあるだけなので、
冬はすごく寒いらしい。
日中でも5℃くらいまでしか室温が上がらないとか。
そしたら朝なんて零度以下だね。
薪ストーブ一台じゃ、すぐに工房全体を温めることはできないから、そんな状態でどうやって細かな手作業をするんだろう?
冷え性の私にはちょっと想像できない、、、。
農家の自家製アイスクリーム
今日は、画像のアップができました♪
まっくら森(仮名)の一番上にある農家でアイスクリームを売っていて、それがすっごく評判になってるんだよ
そんな話を、二人の同僚がお茶の時間に話しているのを聞いたのは、1ヶ月以上前のこと。
その同僚は二人ともマウンテンバイクが趣味の人たちで、
週末や夏ならば仕事を早めに切り上げて夕方から晩にかけて山に走りに行ったりしている。
私の住む町は、森に接しているから、そんな風に走りに行く場所にはことかかない。
「すっごい急斜面のコースを登って登って登って、もうダメってくらい登りきると、そこに農家があってね、その農家で自家製のアイスクリームを売ってるんだよ。それがすっごく人気があるみたい」
「へえ、美味しそう♪行ってみたいなあ。別に、マウンテンバイクで登らなくても、車とか歩きでも行けるんでしょ??」
私、ハイキングとか歩くスキーは大好きだけど、マウンテンバイクだけは理解できない。
あんな急斜面を自転車でエッチラオッチラと登り、風のごとくビューッと下って来るなんて、
一体何が楽しいんだか?
それからしばらくして、家で同居人のディと話をしていて、ふとそのアイスクリームの話を思い出した。
「ねえ、そういえば同僚が話してたんだけど、ホロホロ村(仮名)の一番上の農家で自家製のアイスクリーム売ってて、それが美味しくって評判らしいよ」
すると、ディがこの話題に食いついてきた。
「そうそう、知ってる。
この間、ソフィ(かつての居候コロンビア人)と一緒にその近くに行ったの。でもその時天気がすごく悪くてハイキングはあきらめて、レストランでお茶してたのね。それでそろそろ帰ろうって外を歩いてたら、すれ違ったハイカーが、『ここだよ、ここをずっと登っていけば、自家製の美味しいアイスクリームを売ってる農家に行けるよ』って教えてくれたの。でもその時は雨も降って寒かったから行かなかったけど」
ディは、年齢こそ私と比較的近いけれど、週に1回は踊りに行き、数回は同僚と飲みに行くというイマドキの若者だから、あまりハイキングとかには行かない。
しかも、この地域出身だから、逆にこの地域のことをあまり知らなくって、いつも私が色んな自然を楽しむスポットを教えてあげるくらいなのだから、驚いた。
さて、そんな話をしていたら、無性にそのアイスクリームが食べたくなるのは人の性。
なんの予定も無かった日曜日、彼と二人で行ってみることにした。
行ってみることにしたは良いけれど、
分かっているのは、『ホロホロ村から上っていって一番上にある農家』というだけ。
「たしか、『農家のアイスクリーム』っていう看板が途中から出てたよ」
というディの言葉に勇気付けられ、っていうか、どうせ小さな村だから分かるでしょってノリで、とにかくホロホロ村へと向かった。
ホロホロ村へ着いたらすぐに、彼が車を停めた。
『えー、こっから歩くの?だって、農家があるのは一番上でしょ?どっちに行けば良いのかさえ分からないってのに』
と、心の中ではブーたれても口には出さない私。
歩くのは嫌いじゃないんです。
ハイキングなら4,5時間続いたって平気です。
道も方向も分からないまま、あっちかな?こっちかな?って、だらだらとさ迷い歩くのが嫌なんです。
「どっちかな?」
「とにかく上にって言うんだから、登っていけば良いんじゃない?」
車道を歩いて登っていると、すぐに集落から出た。
しばらく歩くと道が分かれている。
「どっちかな?」
「うーん、左」
「本当に?」
「さあ、知らないよ。でもこっち」
「絶対?」
「だから、知らないって」
「・・・」
「アイス食べたーい。アイス、アイス、アイス、アイス、アイス、絶対にアイス食べる、アイス食べなきゃ気がおさまらない!」
「はいはい、もう分かったから」
しばらく車道を歩いていると、ホテルと農家レストランの中間くらいの規模の、宿泊施設兼レストランが見えてきた。車がたくさん停まっている。
と、そのカーブに、『農家の自家製アイスクリーム』の、小さな看板を発見☆
良かった。
森の中の結構急な道を登り、また車道に出てだらだらと登って行くと、
ようやく目的の農家に到着!
自家製アイスクリームだけではなく、民宿もやっている。
最近の、若い世代が積極的に経営に取り組んでいる農家の典型的なタイプだ。
なんと、歩いている時にはほとんど人を見かけなかったのに、アイスクリームを販売している庭先は結構な賑わいだった。
、、、だからさ、みんな車でここまで来るんだって。
アイスクリームを販売しているお店の入り口に、牛の看板
『Guten Tag (グーテンターク)』 こんにちわ、直訳すると、”良いお日柄で”って感じ
じゃなくて、
『Kuhten Tag (クーテンターク)』 乳牛なお日柄で
ってなってる(笑)
オヤジギャグだけど、かわいいから許す。
ここのアイスクリームは種類が豊富、色々と趣向を凝らしてある。
私は無難に、チョコレートとヨーグルト・ブルーベリー
彼はちょっと冒険して、洋梨とカンパリオレンジ
初めてのアイスクリーム屋さんでは、まずチョコレート。
これが習慣化してきた。
チョコレート味の美味しいアイスクリーム屋さんは、他のも美味しい、と、思う。
この、洋梨が最高!
カンパリオレンジも、甘味と苦味がいい感じにミックスされてて、大人ないい感じ。
ヨーグルト・ブルーベリーも美味しかった☆
この他には、ベイリーズ(Baileys、生クリームのリキュール)味なんてのもあって、正直、心が揺れたんだけど。
さらにビール味(!)、マスタード味(!!)、ギョウジャニンニク(アイヌネギ、ニンニクの味と香りを持つ野草)味(!!!)なんていうのもあるらしい。
・・・ビール味のアイスクリーム、ちょっと不気味。
作ってみようと思ったその創造性には感激するけど。
無事アイスクリームを食べて、ついでにお散歩もして、大満足な日曜日の午後だった。
ちなみに、北海道なんかでは、農家の自家製アイスクリームって結構どこでもやってるから、珍しくも何とも無いけど、この辺りではあんまり聞かない。
だから、今回この農家の話を聞いて、「そう言えば農家の自家製アイスクリームってあんまり聞かないよね」って逆に気付いたくらい。
だからこそ、新鮮なアイディアで話題になったのかも。
こっちで農家が直売する自家製の加工品って言うと、やっぱりチーズ。
保存料が入っていないヤギのミルクのフレッシュチーズは、こういうところでしか買えない。
あとは、焼酎かな。
まっくら森(仮名)の一番上にある農家でアイスクリームを売っていて、それがすっごく評判になってるんだよ
そんな話を、二人の同僚がお茶の時間に話しているのを聞いたのは、1ヶ月以上前のこと。
その同僚は二人ともマウンテンバイクが趣味の人たちで、
週末や夏ならば仕事を早めに切り上げて夕方から晩にかけて山に走りに行ったりしている。
私の住む町は、森に接しているから、そんな風に走りに行く場所にはことかかない。
「すっごい急斜面のコースを登って登って登って、もうダメってくらい登りきると、そこに農家があってね、その農家で自家製のアイスクリームを売ってるんだよ。それがすっごく人気があるみたい」
「へえ、美味しそう♪行ってみたいなあ。別に、マウンテンバイクで登らなくても、車とか歩きでも行けるんでしょ??」
私、ハイキングとか歩くスキーは大好きだけど、マウンテンバイクだけは理解できない。
あんな急斜面を自転車でエッチラオッチラと登り、風のごとくビューッと下って来るなんて、
一体何が楽しいんだか?
それからしばらくして、家で同居人のディと話をしていて、ふとそのアイスクリームの話を思い出した。
「ねえ、そういえば同僚が話してたんだけど、ホロホロ村(仮名)の一番上の農家で自家製のアイスクリーム売ってて、それが美味しくって評判らしいよ」
すると、ディがこの話題に食いついてきた。
「そうそう、知ってる。
この間、ソフィ(かつての居候コロンビア人)と一緒にその近くに行ったの。でもその時天気がすごく悪くてハイキングはあきらめて、レストランでお茶してたのね。それでそろそろ帰ろうって外を歩いてたら、すれ違ったハイカーが、『ここだよ、ここをずっと登っていけば、自家製の美味しいアイスクリームを売ってる農家に行けるよ』って教えてくれたの。でもその時は雨も降って寒かったから行かなかったけど」
ディは、年齢こそ私と比較的近いけれど、週に1回は踊りに行き、数回は同僚と飲みに行くというイマドキの若者だから、あまりハイキングとかには行かない。
しかも、この地域出身だから、逆にこの地域のことをあまり知らなくって、いつも私が色んな自然を楽しむスポットを教えてあげるくらいなのだから、驚いた。
さて、そんな話をしていたら、無性にそのアイスクリームが食べたくなるのは人の性。
なんの予定も無かった日曜日、彼と二人で行ってみることにした。
行ってみることにしたは良いけれど、
分かっているのは、『ホロホロ村から上っていって一番上にある農家』というだけ。
「たしか、『農家のアイスクリーム』っていう看板が途中から出てたよ」
というディの言葉に勇気付けられ、っていうか、どうせ小さな村だから分かるでしょってノリで、とにかくホロホロ村へと向かった。
ホロホロ村へ着いたらすぐに、彼が車を停めた。
『えー、こっから歩くの?だって、農家があるのは一番上でしょ?どっちに行けば良いのかさえ分からないってのに』
と、心の中ではブーたれても口には出さない私。
歩くのは嫌いじゃないんです。
ハイキングなら4,5時間続いたって平気です。
道も方向も分からないまま、あっちかな?こっちかな?って、だらだらとさ迷い歩くのが嫌なんです。
「どっちかな?」
「とにかく上にって言うんだから、登っていけば良いんじゃない?」
車道を歩いて登っていると、すぐに集落から出た。
しばらく歩くと道が分かれている。
「どっちかな?」
「うーん、左」
「本当に?」
「さあ、知らないよ。でもこっち」
「絶対?」
「だから、知らないって」
「・・・」
「アイス食べたーい。アイス、アイス、アイス、アイス、アイス、絶対にアイス食べる、アイス食べなきゃ気がおさまらない!」
「はいはい、もう分かったから」
しばらく車道を歩いていると、ホテルと農家レストランの中間くらいの規模の、宿泊施設兼レストランが見えてきた。車がたくさん停まっている。
と、そのカーブに、『農家の自家製アイスクリーム』の、小さな看板を発見☆
良かった。
森の中の結構急な道を登り、また車道に出てだらだらと登って行くと、
ようやく目的の農家に到着!
自家製アイスクリームだけではなく、民宿もやっている。
最近の、若い世代が積極的に経営に取り組んでいる農家の典型的なタイプだ。
なんと、歩いている時にはほとんど人を見かけなかったのに、アイスクリームを販売している庭先は結構な賑わいだった。
、、、だからさ、みんな車でここまで来るんだって。
アイスクリームを販売しているお店の入り口に、牛の看板
『Guten Tag (グーテンターク)』 こんにちわ、直訳すると、”良いお日柄で”って感じ
じゃなくて、
『Kuhten Tag (クーテンターク)』 乳牛なお日柄で
ってなってる(笑)
オヤジギャグだけど、かわいいから許す。
ここのアイスクリームは種類が豊富、色々と趣向を凝らしてある。
私は無難に、チョコレートとヨーグルト・ブルーベリー
彼はちょっと冒険して、洋梨とカンパリオレンジ
初めてのアイスクリーム屋さんでは、まずチョコレート。
これが習慣化してきた。
チョコレート味の美味しいアイスクリーム屋さんは、他のも美味しい、と、思う。
この、洋梨が最高!
カンパリオレンジも、甘味と苦味がいい感じにミックスされてて、大人ないい感じ。
ヨーグルト・ブルーベリーも美味しかった☆
この他には、ベイリーズ(Baileys、生クリームのリキュール)味なんてのもあって、正直、心が揺れたんだけど。
さらにビール味(!)、マスタード味(!!)、ギョウジャニンニク(アイヌネギ、ニンニクの味と香りを持つ野草)味(!!!)なんていうのもあるらしい。
・・・ビール味のアイスクリーム、ちょっと不気味。
作ってみようと思ったその創造性には感激するけど。
無事アイスクリームを食べて、ついでにお散歩もして、大満足な日曜日の午後だった。
ちなみに、北海道なんかでは、農家の自家製アイスクリームって結構どこでもやってるから、珍しくも何とも無いけど、この辺りではあんまり聞かない。
だから、今回この農家の話を聞いて、「そう言えば農家の自家製アイスクリームってあんまり聞かないよね」って逆に気付いたくらい。
だからこそ、新鮮なアイディアで話題になったのかも。
こっちで農家が直売する自家製の加工品って言うと、やっぱりチーズ。
保存料が入っていないヤギのミルクのフレッシュチーズは、こういうところでしか買えない。
あとは、焼酎かな。
南ドイツのワイン祭
8月くらいから9月にかけてのほぼ毎週末、
ワインの産地として知られている村や町でワイン祭りが開催される。
この時期、今年のブドウの収穫がそろそろ始まり、一足早く醸造の始まったワインが飲める位になってくる、この時期に合わせて
今年のブドウの収穫を祝って、ワインの出来を祈って、村でお祭りを行うのだ。
もちろん、倉庫に置かれている去年のワインを放出して、今年のワインのために場所を作るっていう実質的な意味もあるはず。
9月中旬頃、私が住んでいる町の郊外に位置する小さな村の、ワイン・オニオンタルト祭りに行って来た。
村の集落の外側、ワイン用のブドウ畑の真ン中にある村のホールを会場にした祭りは、村の住民や近郊からの客で大盛況だった。
お客をもてなすのはもちろん村人。
村の人たちが様々なスタンドで食べ物や飲み物を販売していた。
上に、一足早く醸造が始まったワインが飲めるくらいになってくる、と書いたけど、
この時期の楽しみと言えば、この、ようやく飲めるくらいになった『Neuer Suesser(ノイエーズーサー)』だ。
直訳すると、新しい甘い(ワイン)。
これは、発酵途中でまだ糖分が残っている、まだワインになりきっていない状態のものだ。
アルコール入りのブドウジュースと言えば想像がつくだろうか。
酵母が発酵を続けている状態だから、グラスの底に白っぽい粉のような酵母が溜まる。
これはもちろんこの時期にしか飲めない。
なぜって、酵母を取り出さない限り、発酵しつづけてワインになっちゃうから。
、、、じゃあ、酵母を取り出したら発酵は止まるのか。
ビンに入れて販売されているNeuerSuesserはおそらく酵母をろ過して、発酵を止めてあると思う、、、。
NeuerSuesserを入れてある容器は、ポリタンクで、上部に調整弁のようなものがついていた。
発酵が続いている状態だから、中にガスがたまるので、破裂する前に適当にガス抜きされるようになっているらしい。
発酵中のものを飲み下すってちょっと想像すると気持ち悪いんだけど(笑)、、、
しかしそんなことを言ったら、味噌だって発酵しているわけだし、納豆だって、、、ねえ(爆)。
発酵の状態によって、まだ甘いものを「Neuer Suesser」、発酵がもっと進んで、糖分がなくなり、甘味があまりなく酸味が強いものを「Kraetzer」と呼ぶらしい。
写真のクリーム色をしているグラスに入っているのが、NeuerSuesser。
ブドウの味がしっかりと残っていて、甘く、ついジュースのような感覚で飲んでしまいそうになるが、すでに4%くらいはアルコール分を含んでいる。
その横の赤ワインはSpaetburgunderという種類のブドウで作られている。
日本ではピノ・ノワール(PinotNoir)として知られているらしい。
Burgundじゃフランスブルゴーニュのドイツ名だから、Burgunderはブルゴーニュ産のという意味になる。
ドイツでは南西部のライン平野一帯が産地で、特にバーデン地方が中心的な生産地。
ワインは、ロゼに近いような軽めの口当たりで、とてもフルーティで軽い渋みがある。
ベリーに似た香りを持つものもある。
ワインは味も香りも様々で、好みも人によって様々だろうけど、
私はもともと、渋みが強くて濃い赤ワインが苦手だった。
私の大学終わり頃から就職したての頃、日本は空前の(?)日本酒ブーム。
全国の美味しい日本酒がこだわりのある酒屋で手に入るようになり、私は友達と日本酒の味較べに夢中になっていた。
その後の赤ワインブームの時にも、私は日本酒ばかり飲んでいた
どうしてもワインの時は、フルーティな白ワインだった。
そんな私に、このSpaetburgunderはビッタリ。
ドイツに来てからは、赤ワインといえばこればかりだ。
もっと好きなのは、甘くてスパイシーなGewuerztraminarだけど、こちらはちょっとお高いので、貧乏人にはなかなか手が出せない(涙)
このワインは日本では何ていうんだろう???
写真でワインの入ったグラスの手前に置かれているのがオニオンタルト。
タルトというよりもちょっとピザに似ている。
ピザのような薄めの生地に、薄切りにしたタマネギと燻製肉を入れた生クリーム入りのホワイトソースをのばしてオーブンで焼いた食べ物だ。
この地域の典型的な農家の料理でもある。
手作りのオニオンケーキのスタンドは大人気で、焼き上がるのを待つ行列が途切れることなく、みんな6枚とか4枚とかまとめ買いするものだから、出来上がったそばからあっという間に売れていた。
私たちも15分は並んで待っただろうか。
しかし、並んだ甲斐あって、とっても美味しかった。
南ドイツの秋の味。
ワインの産地として知られている村や町でワイン祭りが開催される。
この時期、今年のブドウの収穫がそろそろ始まり、一足早く醸造の始まったワインが飲める位になってくる、この時期に合わせて
今年のブドウの収穫を祝って、ワインの出来を祈って、村でお祭りを行うのだ。
もちろん、倉庫に置かれている去年のワインを放出して、今年のワインのために場所を作るっていう実質的な意味もあるはず。
9月中旬頃、私が住んでいる町の郊外に位置する小さな村の、ワイン・オニオンタルト祭りに行って来た。
村の集落の外側、ワイン用のブドウ畑の真ン中にある村のホールを会場にした祭りは、村の住民や近郊からの客で大盛況だった。
お客をもてなすのはもちろん村人。
村の人たちが様々なスタンドで食べ物や飲み物を販売していた。
上に、一足早く醸造が始まったワインが飲めるくらいになってくる、と書いたけど、
この時期の楽しみと言えば、この、ようやく飲めるくらいになった『Neuer Suesser(ノイエーズーサー)』だ。
直訳すると、新しい甘い(ワイン)。
これは、発酵途中でまだ糖分が残っている、まだワインになりきっていない状態のものだ。
アルコール入りのブドウジュースと言えば想像がつくだろうか。
酵母が発酵を続けている状態だから、グラスの底に白っぽい粉のような酵母が溜まる。
これはもちろんこの時期にしか飲めない。
なぜって、酵母を取り出さない限り、発酵しつづけてワインになっちゃうから。
、、、じゃあ、酵母を取り出したら発酵は止まるのか。
ビンに入れて販売されているNeuerSuesserはおそらく酵母をろ過して、発酵を止めてあると思う、、、。
NeuerSuesserを入れてある容器は、ポリタンクで、上部に調整弁のようなものがついていた。
発酵が続いている状態だから、中にガスがたまるので、破裂する前に適当にガス抜きされるようになっているらしい。
発酵中のものを飲み下すってちょっと想像すると気持ち悪いんだけど(笑)、、、
しかしそんなことを言ったら、味噌だって発酵しているわけだし、納豆だって、、、ねえ(爆)。
発酵の状態によって、まだ甘いものを「Neuer Suesser」、発酵がもっと進んで、糖分がなくなり、甘味があまりなく酸味が強いものを「Kraetzer」と呼ぶらしい。
写真のクリーム色をしているグラスに入っているのが、NeuerSuesser。
ブドウの味がしっかりと残っていて、甘く、ついジュースのような感覚で飲んでしまいそうになるが、すでに4%くらいはアルコール分を含んでいる。
その横の赤ワインはSpaetburgunderという種類のブドウで作られている。
日本ではピノ・ノワール(PinotNoir)として知られているらしい。
Burgundじゃフランスブルゴーニュのドイツ名だから、Burgunderはブルゴーニュ産のという意味になる。
ドイツでは南西部のライン平野一帯が産地で、特にバーデン地方が中心的な生産地。
ワインは、ロゼに近いような軽めの口当たりで、とてもフルーティで軽い渋みがある。
ベリーに似た香りを持つものもある。
ワインは味も香りも様々で、好みも人によって様々だろうけど、
私はもともと、渋みが強くて濃い赤ワインが苦手だった。
私の大学終わり頃から就職したての頃、日本は空前の(?)日本酒ブーム。
全国の美味しい日本酒がこだわりのある酒屋で手に入るようになり、私は友達と日本酒の味較べに夢中になっていた。
その後の赤ワインブームの時にも、私は日本酒ばかり飲んでいた
どうしてもワインの時は、フルーティな白ワインだった。
そんな私に、このSpaetburgunderはビッタリ。
ドイツに来てからは、赤ワインといえばこればかりだ。
もっと好きなのは、甘くてスパイシーなGewuerztraminarだけど、こちらはちょっとお高いので、貧乏人にはなかなか手が出せない(涙)
このワインは日本では何ていうんだろう???
写真でワインの入ったグラスの手前に置かれているのがオニオンタルト。
タルトというよりもちょっとピザに似ている。
ピザのような薄めの生地に、薄切りにしたタマネギと燻製肉を入れた生クリーム入りのホワイトソースをのばしてオーブンで焼いた食べ物だ。
この地域の典型的な農家の料理でもある。
手作りのオニオンケーキのスタンドは大人気で、焼き上がるのを待つ行列が途切れることなく、みんな6枚とか4枚とかまとめ買いするものだから、出来上がったそばからあっという間に売れていた。
私たちも15分は並んで待っただろうか。
しかし、並んだ甲斐あって、とっても美味しかった。
南ドイツの秋の味。
ゲアハルドの憂うつ
ドイツの政治が面白い♪
ってことで、さらに昨日の続きです。
だから、面白くないって、、、(汗)
そんな負けを認めないゲアハルドであるけれど、本当に首相を続投するには、絶対過半数を確保しなければならない。
選挙後すぐに、各党内、間での連立政権の調整がはじめられたのは言うまでもない。
可能性があるとして上げられた連立政権は次の通り:
● SPDとCDU/CSUの赤黒大連立
● CDU/CSU、FDPにGruenを加えたジャマイカ連立
● SPD+Gruenの連合とPDSの左連立
● SPD+GruenとFDPの信号連立
実は、選挙前からマスコミなどを中心にSPD+CDU/CSUの赤黒大連立政権確立か?!と騒がれてはいた。
6月、7月の時点ではCDUの支持率がSPDの支持率を圧倒的に上回っていたが、選挙戦も後半に入ると次第に、SPDが巻き返してきた。
シュレーダーVS.メルケルの直接対決以降は、一時期SPDの支持率がCDU/CSUの支持率を上回ったほどだった。
どうしてCDU/CSUは他の候補者を立てないんだって?
他に人材がいないんだもーん。
自由国家バイエルン(笑)のボス、CSUの代表シュトイバーは、2002年の選挙でシュレーダーに破れている。
あれはちょっと情けなかったね。
夜11時くらいの時点まではCDU/CSUが僅差で勝っていた。
だからシュトイバーは大喜びで勝利宣言しちゃった。
それが、夜が明けてみると状況は一転、なんとSPDが逆転勝利していたのだ。
ありゃりゃ。
しかしシュトイバーは、地元バイエルン州では大人気だ。
気さくな人柄とバイエルン人としての愛国心の強さで、誇り高き自由国家バイエルンの市民から愛され親しまれている。
そんな彼の弱点は、討論が苦手(汗)
他の政党の代表なんかと白熱した議論をしているうちに、自爆してしまう(笑)
そこがまた愛嬌なのかもしれないけれど、
連邦レベルの政治家としては、これはちとイタイ。
それでも、シュトイバーは今回、次期首相候補をメルケルとの間で争ったりしてた。
そのせいでメルケルとシュトイバーは仲が悪いって言われてる。
テレビの討論会観てても、二人がそれぞれ自己主張するばかりで、パートナーっていう雰囲気は感じられなかった。
「連合内でも協働できないのに、国の政治で協働できるのか?」
という疑問が自然と湧いてくる。
皮肉にも、シュレーダーとフィッシャーのコンビのチームワークの良さと安定性が強調されてしまった。
そんなんだから、選挙前から、まあ、こうなるのではないかと、大方は予想していた。
ドイツでは日本よりも、社会層がはっきりと分かれている。
学校制度に端を発するのだが、いわゆる労働者層と大学を出ているインテリ層では、趣味趣向や勾配活動、政治に対する考え方に比較的分かりやすい違いが現れる。
ごくごく簡単に言ってしまうと、CDU/CSUの支持者には労働者層が多く、SPDや特にGruenの支持者は圧倒的にインテリ層だ。
彼の多くは、今回の選挙でもまたSPDやGruenに票を入れたに違いない。
SPDやGruenの政策を100%支持して、というよりも、政権交代してCDU/CSUが再び与党の座に就くことを怖れ、いや、政権が交代するであろうことは明白であったが、少なくともCDU/CSUが独走しないように、SPDやGruenに、対抗するだけの発言力を残すために。
しかし、この大連立、政党の理念という根本的な点に置いて、障害を抱えている。
だって、そうでしょ。
CDU/CSUはバリバリの保守。
その名もキリスト教民主主義連合とキリスト教社会連合。
名前からして保守って感じ?
1950年~1969年、1982年から1998年と、戦後55年のうち35年間も与党として君臨してきた。
それに対してSPDは、社会民主主義党と言い、社会国家の実現を目指す左寄りの党。
この二つの党は、常に互いの対抗勢力として、存在してきた。
大体においてSPDは、シュレーダーが首相の座についてすぐに着手した経済建て直し政策をネタに、支持者からも非支持者からもブーイングを受けつづけている。
医療保険制度の見直しや税制改革をすれば、インテリ層から
「お前らのポリシーは社会民主主義じゃなかったのか?」と叩かれ、
それでも悪化しつづける失業率に、怒りを溜め込んだ労働者層からは
「だから赤じゃダメなんだ、経済改革失敗、政権交代」と叩かれている。
でもでも、だからって、ここで、赤黒大連立なんて組んでしまったら、SPDの存在意義はどこへ行ってしまうの??
と、支持者でなくても気になるところだろう。
、、、ま、日本の政党はもっと節操がないけどね。
選挙が終わった直後、SPDは早々に、
「メルケル氏が党代表(つまり首相候補)である限り、大連立はぜーったいにありえないもんねっ」
という意思表明をしていた。
メルケル氏に対して今回の選挙の敗退の責任を問う声もあったことから、選挙戦中に政策面でことごとく対決してきたメルケルを退陣に追い込んで、せめてもの建前を調えたかったんだろう。
しかし、選挙後のCDU党内で行われた党代表選挙において、メルケル氏は再び97%(だったかな?)の高支持を集めて再選されてしまった。
さて、節操が無い、もとい、政党としての存在意義の根本的な危機は、二つ目の連立政権案、ジャマイカ連立にも言えること。
ちなみにジャマイカ連立の名前は、それぞれの政党のカラー、黒黄緑の組み合わせが、ジャマイカの国旗の色と同じであることからきている。
お茶目♪
CDU/CSUとFDPは、どっちにしたって連立を組む仲なのでどっちでも良い。
でもGruenは、2002年の選挙で独自に絶対過半数を確保できなかったSPDと連立政権を組んできたのだ。
その時点で既に、多くの支持者を失望させ、ブーイングを受けた。
だって、それまでは選挙に勝つために他の政党とは違うポリシーを主張して、ライバルとして戦ってきたのに、その他の政党と連立を組むってことは、ある程度妥協して歩み寄らなければいけないってことだからね。
いくらもともとの主張が似通っていたって言っても、その政党のポリシーに賛同して選んだ支持者にとっては裏切りなわけだ。
それでもGruenが支持者を引きつけてここまで来たのは、政党の代表であり広告塔でもあるヨシュカ・フィッシャーの影響が大きい。
彼は、他政党の支持者に
「Gruenは支持しないけど、ヨシュカは好き」
と言わせるほど、人気のある政治家だ。
討論が上手く、多くの市民からの信頼を集めている。
しかし奇しくもそのヨシュカが、今回の選挙直後、第一線から退くという、引退宣言をした。
これは大打撃だぞ(汗)。
ただでさえ支持者からの信頼を失いかけているGruenが、カリスマ的人気を誇るヨシュカを失うGruenが、
今回CDU/CSU+FDPとの連立政権に賛同したら、それでこの政党はもう終わりだと思う。
次の選挙でGruenを選ぶ人はかなり減るよ。
それじゃあSPD+Gruen+PDSの左連立はどうなんだろう?
私はこの連立が一番現実的なんじゃないかと安易に考えていた。
だって、みんな左だから。
ところがどっこい、そうは問屋が卸さないのである。
PDSは旧東ドイツ地域の市民を支持母体として抱えている。
つまり、共産主義・社会主義思想を部分的に受け継いでいる。
だから、社会国家の実現をポリシーとして掲げ、選挙戦では東西における経済格差の解消を全面に打ち出してきた。
東地域の失業率の高さはお話にならないくらいなので、今回の選挙戦で大きく支持を伸ばした。
あれ?
気がつきましたか?
PDSとSPD、ポリシーが被ってますね。
しかし、上にも書いたけど、SPDは与党として経済改革を断行する中で、医療保険制度の改革や税制制度の改革に手を着けてきた。
現実的に、着手しないわけにはいかなかったわけだけど、その時点で
「ドイツはもう社会国家ではなくなった」
と、思いっきり批判されている。
PDSは、東西ドイツの経済格差を持ち出し、SPDの進めてきた経済政策を指摘し、
「お前たちなんか、もう社会民主主義じゃないじゃんか、え??わしらの主張している政策が本物の社会民主主義なのよ、分かってる、そこのところ??」
と、痛いところを突いて来るのだ。
実際、数日前のニュースで流されたインタビューの映像の中で、PDSのギージィが
「連立は今のところ考えられません。社会民主儀党(SPD)が本当に社会民主主義になったら、考えるかもしれませんけどね(笑)」
なーんて言う、いけずぅな発言をしていた(爆)。 、、、ぎぃじぃ、面白すぎ
SPDとしても、触らないで欲しい傷口を攻撃してくるPDSがうざったくて仕方が無い。
というわけで、この連立もあり得ないっと。
ちなみにこのギージィ、「PDSは支持しないけど、ギージィは信頼できる」と言わせる、ヨシュカといい勝負の人気者政治家である。
彼も討論が上手く、そして主張に一貫性がある。
そして最後に信号連立。
まあ、これは無いでしょう(笑)、、、あったりして
こんな風に、連立の調整は、これも大方の予想通り、難航している(笑)。
しかしまあ、どの連立もあり得ないってことは、逆に言えば、どれもあり得るってことですからね。
最新の情報では、シュレーダーがCDU/CSUとの赤黒大連立に向けて積極的に動いているらしい。
大っ嫌いなメルケルだけど、それしか政治を安定させる手は無いと、腹をくくったのかな。
じゃあこのまま、どの党も絶対支持数をもたないまま、横並びで政治を進めれば良いじゃない、と、のん気に考えてみたりもしたが、それでは大統領が納得しないらしい。
知っている人は少ないかもしれないけど、ドイツには連邦大統領(Bundespraesident)と連邦首相(Bundeskanzler)がいる。
大統領は、日本の天皇みたいな存在で、国家を代表するシンボルであるが、政治的な権限はあまり与えられていない。
それに対して首相は、自分の内閣を設立し、それぞれに課題を分担し、とりまとめ、国会に承認を求めるという、実権を握っている。
しかし、この連邦首相候補者を国会に対して提案するのは大統領なのだ。
さらに、国会でこの提案が否決されるがないように、この時点で既に調整が終わっていなければならない。
その大統領が、今後の首相の座について、「ドイツという国家の将来を考えた時、安定性のある政治を望む」と明言している。
つまり、連立政権を組んで絶対過半数を確保し、国会が荒れたりしないようにちゃんと調整しなさいよって要求しているのだ。
最終的な手段として、首相任期の分担、つまり、シュレーダーが2年間、メルケルが2年間、なんていうアクロバットな案さえ出ている(汗)。
私はドイツ人じゃあないから結構他人事で、単純に楽しませてもらっちゃってるけど、それだけはさすがにちょっと止めてもらいたい、、、と、思う、、、。
だってそんなの、権利欲と自己顕示欲の衝突から生じる妥協案で、無責任じゃないの。
ってことで、さらに昨日の続きです。
だから、面白くないって、、、(汗)
そんな負けを認めないゲアハルドであるけれど、本当に首相を続投するには、絶対過半数を確保しなければならない。
選挙後すぐに、各党内、間での連立政権の調整がはじめられたのは言うまでもない。
可能性があるとして上げられた連立政権は次の通り:
● SPDとCDU/CSUの赤黒大連立
● CDU/CSU、FDPにGruenを加えたジャマイカ連立
● SPD+Gruenの連合とPDSの左連立
● SPD+GruenとFDPの信号連立
実は、選挙前からマスコミなどを中心にSPD+CDU/CSUの赤黒大連立政権確立か?!と騒がれてはいた。
6月、7月の時点ではCDUの支持率がSPDの支持率を圧倒的に上回っていたが、選挙戦も後半に入ると次第に、SPDが巻き返してきた。
シュレーダーVS.メルケルの直接対決以降は、一時期SPDの支持率がCDU/CSUの支持率を上回ったほどだった。
どうしてCDU/CSUは他の候補者を立てないんだって?
他に人材がいないんだもーん。
自由国家バイエルン(笑)のボス、CSUの代表シュトイバーは、2002年の選挙でシュレーダーに破れている。
あれはちょっと情けなかったね。
夜11時くらいの時点まではCDU/CSUが僅差で勝っていた。
だからシュトイバーは大喜びで勝利宣言しちゃった。
それが、夜が明けてみると状況は一転、なんとSPDが逆転勝利していたのだ。
ありゃりゃ。
しかしシュトイバーは、地元バイエルン州では大人気だ。
気さくな人柄とバイエルン人としての愛国心の強さで、誇り高き自由国家バイエルンの市民から愛され親しまれている。
そんな彼の弱点は、討論が苦手(汗)
他の政党の代表なんかと白熱した議論をしているうちに、自爆してしまう(笑)
そこがまた愛嬌なのかもしれないけれど、
連邦レベルの政治家としては、これはちとイタイ。
それでも、シュトイバーは今回、次期首相候補をメルケルとの間で争ったりしてた。
そのせいでメルケルとシュトイバーは仲が悪いって言われてる。
テレビの討論会観てても、二人がそれぞれ自己主張するばかりで、パートナーっていう雰囲気は感じられなかった。
「連合内でも協働できないのに、国の政治で協働できるのか?」
という疑問が自然と湧いてくる。
皮肉にも、シュレーダーとフィッシャーのコンビのチームワークの良さと安定性が強調されてしまった。
そんなんだから、選挙前から、まあ、こうなるのではないかと、大方は予想していた。
ドイツでは日本よりも、社会層がはっきりと分かれている。
学校制度に端を発するのだが、いわゆる労働者層と大学を出ているインテリ層では、趣味趣向や勾配活動、政治に対する考え方に比較的分かりやすい違いが現れる。
ごくごく簡単に言ってしまうと、CDU/CSUの支持者には労働者層が多く、SPDや特にGruenの支持者は圧倒的にインテリ層だ。
彼の多くは、今回の選挙でもまたSPDやGruenに票を入れたに違いない。
SPDやGruenの政策を100%支持して、というよりも、政権交代してCDU/CSUが再び与党の座に就くことを怖れ、いや、政権が交代するであろうことは明白であったが、少なくともCDU/CSUが独走しないように、SPDやGruenに、対抗するだけの発言力を残すために。
しかし、この大連立、政党の理念という根本的な点に置いて、障害を抱えている。
だって、そうでしょ。
CDU/CSUはバリバリの保守。
その名もキリスト教民主主義連合とキリスト教社会連合。
名前からして保守って感じ?
1950年~1969年、1982年から1998年と、戦後55年のうち35年間も与党として君臨してきた。
それに対してSPDは、社会民主主義党と言い、社会国家の実現を目指す左寄りの党。
この二つの党は、常に互いの対抗勢力として、存在してきた。
大体においてSPDは、シュレーダーが首相の座についてすぐに着手した経済建て直し政策をネタに、支持者からも非支持者からもブーイングを受けつづけている。
医療保険制度の見直しや税制改革をすれば、インテリ層から
「お前らのポリシーは社会民主主義じゃなかったのか?」と叩かれ、
それでも悪化しつづける失業率に、怒りを溜め込んだ労働者層からは
「だから赤じゃダメなんだ、経済改革失敗、政権交代」と叩かれている。
でもでも、だからって、ここで、赤黒大連立なんて組んでしまったら、SPDの存在意義はどこへ行ってしまうの??
と、支持者でなくても気になるところだろう。
、、、ま、日本の政党はもっと節操がないけどね。
選挙が終わった直後、SPDは早々に、
「メルケル氏が党代表(つまり首相候補)である限り、大連立はぜーったいにありえないもんねっ」
という意思表明をしていた。
メルケル氏に対して今回の選挙の敗退の責任を問う声もあったことから、選挙戦中に政策面でことごとく対決してきたメルケルを退陣に追い込んで、せめてもの建前を調えたかったんだろう。
しかし、選挙後のCDU党内で行われた党代表選挙において、メルケル氏は再び97%(だったかな?)の高支持を集めて再選されてしまった。
さて、節操が無い、もとい、政党としての存在意義の根本的な危機は、二つ目の連立政権案、ジャマイカ連立にも言えること。
ちなみにジャマイカ連立の名前は、それぞれの政党のカラー、黒黄緑の組み合わせが、ジャマイカの国旗の色と同じであることからきている。
お茶目♪
CDU/CSUとFDPは、どっちにしたって連立を組む仲なのでどっちでも良い。
でもGruenは、2002年の選挙で独自に絶対過半数を確保できなかったSPDと連立政権を組んできたのだ。
その時点で既に、多くの支持者を失望させ、ブーイングを受けた。
だって、それまでは選挙に勝つために他の政党とは違うポリシーを主張して、ライバルとして戦ってきたのに、その他の政党と連立を組むってことは、ある程度妥協して歩み寄らなければいけないってことだからね。
いくらもともとの主張が似通っていたって言っても、その政党のポリシーに賛同して選んだ支持者にとっては裏切りなわけだ。
それでもGruenが支持者を引きつけてここまで来たのは、政党の代表であり広告塔でもあるヨシュカ・フィッシャーの影響が大きい。
彼は、他政党の支持者に
「Gruenは支持しないけど、ヨシュカは好き」
と言わせるほど、人気のある政治家だ。
討論が上手く、多くの市民からの信頼を集めている。
しかし奇しくもそのヨシュカが、今回の選挙直後、第一線から退くという、引退宣言をした。
これは大打撃だぞ(汗)。
ただでさえ支持者からの信頼を失いかけているGruenが、カリスマ的人気を誇るヨシュカを失うGruenが、
今回CDU/CSU+FDPとの連立政権に賛同したら、それでこの政党はもう終わりだと思う。
次の選挙でGruenを選ぶ人はかなり減るよ。
それじゃあSPD+Gruen+PDSの左連立はどうなんだろう?
私はこの連立が一番現実的なんじゃないかと安易に考えていた。
だって、みんな左だから。
ところがどっこい、そうは問屋が卸さないのである。
PDSは旧東ドイツ地域の市民を支持母体として抱えている。
つまり、共産主義・社会主義思想を部分的に受け継いでいる。
だから、社会国家の実現をポリシーとして掲げ、選挙戦では東西における経済格差の解消を全面に打ち出してきた。
東地域の失業率の高さはお話にならないくらいなので、今回の選挙戦で大きく支持を伸ばした。
あれ?
気がつきましたか?
PDSとSPD、ポリシーが被ってますね。
しかし、上にも書いたけど、SPDは与党として経済改革を断行する中で、医療保険制度の改革や税制制度の改革に手を着けてきた。
現実的に、着手しないわけにはいかなかったわけだけど、その時点で
「ドイツはもう社会国家ではなくなった」
と、思いっきり批判されている。
PDSは、東西ドイツの経済格差を持ち出し、SPDの進めてきた経済政策を指摘し、
「お前たちなんか、もう社会民主主義じゃないじゃんか、え??わしらの主張している政策が本物の社会民主主義なのよ、分かってる、そこのところ??」
と、痛いところを突いて来るのだ。
実際、数日前のニュースで流されたインタビューの映像の中で、PDSのギージィが
「連立は今のところ考えられません。社会民主儀党(SPD)が本当に社会民主主義になったら、考えるかもしれませんけどね(笑)」
なーんて言う、いけずぅな発言をしていた(爆)。 、、、ぎぃじぃ、面白すぎ
SPDとしても、触らないで欲しい傷口を攻撃してくるPDSがうざったくて仕方が無い。
というわけで、この連立もあり得ないっと。
ちなみにこのギージィ、「PDSは支持しないけど、ギージィは信頼できる」と言わせる、ヨシュカといい勝負の人気者政治家である。
彼も討論が上手く、そして主張に一貫性がある。
そして最後に信号連立。
まあ、これは無いでしょう(笑)、、、あったりして
こんな風に、連立の調整は、これも大方の予想通り、難航している(笑)。
しかしまあ、どの連立もあり得ないってことは、逆に言えば、どれもあり得るってことですからね。
最新の情報では、シュレーダーがCDU/CSUとの赤黒大連立に向けて積極的に動いているらしい。
大っ嫌いなメルケルだけど、それしか政治を安定させる手は無いと、腹をくくったのかな。
じゃあこのまま、どの党も絶対支持数をもたないまま、横並びで政治を進めれば良いじゃない、と、のん気に考えてみたりもしたが、それでは大統領が納得しないらしい。
知っている人は少ないかもしれないけど、ドイツには連邦大統領(Bundespraesident)と連邦首相(Bundeskanzler)がいる。
大統領は、日本の天皇みたいな存在で、国家を代表するシンボルであるが、政治的な権限はあまり与えられていない。
それに対して首相は、自分の内閣を設立し、それぞれに課題を分担し、とりまとめ、国会に承認を求めるという、実権を握っている。
しかし、この連邦首相候補者を国会に対して提案するのは大統領なのだ。
さらに、国会でこの提案が否決されるがないように、この時点で既に調整が終わっていなければならない。
その大統領が、今後の首相の座について、「ドイツという国家の将来を考えた時、安定性のある政治を望む」と明言している。
つまり、連立政権を組んで絶対過半数を確保し、国会が荒れたりしないようにちゃんと調整しなさいよって要求しているのだ。
最終的な手段として、首相任期の分担、つまり、シュレーダーが2年間、メルケルが2年間、なんていうアクロバットな案さえ出ている(汗)。
私はドイツ人じゃあないから結構他人事で、単純に楽しませてもらっちゃってるけど、それだけはさすがにちょっと止めてもらいたい、、、と、思う、、、。
だってそんなの、権利欲と自己顕示欲の衝突から生じる妥協案で、無責任じゃないの。
ゲアハルドの雄叫び
私のつまらない愚痴にお付き合いいただきまして、どうもありがとうございました。
コメントで慰めていただき、とってもうれしかったです。
今日は、ここ数週間というもの目が離せないドイツの総選挙について、あんまり面白いので、記録に書いておこうと思います。
ドイツに住んでいない人には全くつまらない話かもしれませんが、、、。
~ ゲアハルドの雄叫び ~
Natuerlich kann ich das!!!
なちゅーりっひ かん いっひ だすっ!!!
(訳:もちろんできるともさ)
ドイツのBundeskantzler(連邦首相)ゲアハルド・シュレーダーの野太い声が、テレビを通して部屋の中に響き渡った。
9月18日、日本の総選挙の一週間後、ドイツでも総選挙が行われた。
一時は保守のCDUの圧勝間違いなし、政権交代、初の女性連邦首相誕生と騒がれていた。
しかし、選挙も終盤に差し掛かって、雲行きが変わっていった。
いや、もともと嵐の予感はあったのに、大騒ぎで気付かなかっただけなんだ、きっと。
大体において、この初の女性連邦首相候補、アンゲラ・メルケル氏は人気が無い。
そろそろドイツにも女性の連邦首相が現れても良い頃だと思っている人は、他党支持者にもたくさんいる。
「でもメルケルは嫌」
と、答えが返ってくる。
メルケル氏は本当に人気が無い。
いくら初の女性連邦首相候補だと言っても、『顔だけ見てる分には女だと分からない』という意見が圧倒的に多い。
そんな悪影響を察知した選挙運動本部では、選挙を前に『アンゲラ改造作戦』が実行されたらしい。
スタイリストをつけ、メイクやヘアメイクをつけて、彼女の中に眠ったまま化石になろうとしていた『女らしさ』を発掘し、強調するという、とんでもないアンチ・フェミニズムな作戦だった。
そしてアンゲラは、それらの教えに素直に従って、髪型を変え、前髪にちょっとアクセントを加え、化粧をするようになり、テレビにもカメラにも一般人にもとにかく愛想をふりまくようになった。
そりゃあもう、ここで絶対に勝たなきゃいけないと、彼らも必死だったんだろう。
紅を引いた唇で、10代の素人モデルのように、はにかんだ微笑を浮かべる姿は、正直言ってちょっと痛々しい。
周りの男どもが何を言おうとも、あなたはあなたで良いじゃないの。
あなたは政治家であって、テレビタレントじゃないんだから。
見た目の愛嬌じゃなくて、政策で勝負しようよ。
信頼感を勝ち取ってよ。
選挙の数週間前、CDUの代表アンゲラ・メルケルと、現首相であるシュレーダーとのテレビでの直接対決があった。
選挙戦の軸になっている政策を、首相の座を取り合う二人にライブで討論させるっていう、日本ではちょっと考えられない企画だ。
話題性は十分で、おかげでこの放送の後、劣勢だったSPDが一時的にCDUの支持率を抜いたりなんていう事態もあった。
実はこれ、2002年の選挙の時に、シュレーダーVS.CSUの代表シュトイバーの対決が行われ、史上初の両党首対決としてすごく話題を呼んだデュエルの第2弾だ。
この時も、経済政策の失敗をさんざん叩かれていたシュレーダーは、シュトイバーの追撃を見事に交わし、その後の選挙でもギリギリでCDU/CSU支持を上回り、Gruenとの連立政権を組むことで、なんとか絶対過半数を確保した。
そう、シュレーダーは討論に強い。
どんなに追撃されても、頑とした信念と意志の強さで絶対に譲らず、自分の主張を突き通す。
時には声を張り上げ、圧倒的な存在感で、討論を自分のポイントへ持っていく。
なんとなく、ヤツの言っていることは正論だという気がしてくる。
狸だ。
そんなシュレーダーの前では、3年前のシュトイバーにしても今年のメルケルにしても、歯が立たない。
政治家としての質は別として、そういう印象を観ている者に与えてしまう。
それでも、不況や高い失業率、東西格差に苦しむ東地域国民はCDU/CSUを信じた。
政権交代が唯一の道だと疑わなかった。
この期に及んでSPDが勝つわけが無いと思っていた。
ところが、フタを開けてみれば、CDUへの票は思ったようには伸びず、
結局CDU/CSUが35.2%とSPDは34.3%と、その差はわずか1%。
さらに2002年以来SPDと連立を組み、今後も連立を約束しているGruenは8.1%、CDU/CSUとあんまり区別がつかないFDPが大幅に票を伸ばして9.8%。
さらに大方の予想通り、旧東ドイツ地域に安定した支持層を持つPDSが8.7%と、大きく票を伸ばした。
しかし結果として、それぞれの連立を通じても、どちらも絶対過半数には届かないという困った事態に陥ってしまった。
候補者の急な死によって選挙日を延期したドレースデン地区の投票が10月2日に実施されるので、まだ最終決定というわけではないが、大きな変化は期待できないだろう。
日曜日、18時に投票が締め切られ、続々と開票の途中経過が伝えられる中、20時15分からARD(第1放送)で、ライブの党首会談が行われた。
参加した党首は二人の司会者を挟んで両サイドに分かれて座っていた。
将来、連立政権が成立する/ありえそうな党首達を同じ側に座らせ、この先の政局を読もうという試みだった。
画面の右手にSPDのシュレーダー、Gruenのフィッシャー、PDSのギージィ
左手にCDUのメルケル、CSUのシュトイバー、FDPのヴェスターヴェッレが座った。
まずは、司会者の一人からメルケルへと最初の質問が飛ぶ。
「メルケルさん、独立政権復帰もならず、またFDPとの連立でも絶対過半数には届かず、目標として掲げていた政権交代には至りませんでしたね。CDUとしては選挙に負けたわけですが、この点についてどう思われますか?」
おいおい、しょっぱなから強烈なパンチが、それもいきなり顔面に飛んできたよ(爆)
不意打ちに度肝を抜かれたのか、憮然とした表情でメルケル氏がそれに答える。
「私たちCDUは最も高い支持率を得た政党であり、負けたわけではありません。、、、」
しゃべりながら時折、自嘲気味な笑いを浮かべてしまうところが、エリートの悲しいところ。
それともアンゲラ改造作戦で、『とにかく笑え』とか教えられたんだろうか?
心の余裕が無い時に無理に笑顔を作ったために、歪んでしまったのかもしれない。
しかし、そんなことをいくら言っても、もはや負け惜しみの取り繕いにしか聞こえなくなってしまう。
なんていけずな司会者なんだ(笑)
そしてメルケルがしゃべっている最中にアップになるシュレーダー
・・・・・・・・・・・ 笑ってる (汗)
なんなの、その、人を小馬鹿にしたような表情は、心の底から楽しそうな表情は?
小さなアンゲラは、意地悪な司会者の突っ込みに耐えながら、心の中で狸のゲアハルドを罵倒していたに違いない。
はじめっから負け戦だったSPDにとって、CDU/CSUに迫る支持票を集め、
CDU/CSU+FDPによる政権交代を妨害したことは、勝利に他ならない。
だから、SPDは、途中経過で支持率に大差ないことが知らされるたびに、お祭り騒ぎの祝賀会ムードだったのだ。
さて、メルケルに突っ込んだ司会者が同じ質問をシュレーダーにも投げかける。
「シュレーダーさん、SPDは政権を失い、Gruenとの連立でも絶対過半数には届きません。負けたことについて、どうですか?」
シュレーダーが再びアップになる。
・・・・・・・・・・・・・・ まだ笑ってる (爆)
CDU/CSUが当初の予想を大きく裏切って勝てなかったこと、SPDがそれを阻止したことがうれしくって仕方ないらしい。
「当初、政権交代と言われていたのに、CDUは票が伸びなかった。負けたのはあちらさんでしょ」
ってな感じで、司会者の質問はいとも簡単にかわされてしまった。
でもでも、SPDが第1党でなくなってしまったのは事実であり、あなたはSPDの党員であり、首相であって、あなたの政権が危ういってこと、認識しますか??
さすがシュレーダー恐るべし。
さあさあ、もういいから次の質問。
司会者が再びメルケルの方を向き直って、次の質問を投げかけた。
「SPDも絶対過半数を確保できず、これでシュレーダー氏も首相を続けていくことが出来ないわけですが、」
その時だった。
「Natuerlich kann ich das!!」
シュレーダーのだみ声が、テレビを通じてお茶の間にまで一瞬の静寂をもたらすほどの勢いで、スタジオいっぱいに響き渡ったのは(爆)。
絶対に負けを認めない男、ゲアハルド・シュレーダー。
コメントで慰めていただき、とってもうれしかったです。
今日は、ここ数週間というもの目が離せないドイツの総選挙について、あんまり面白いので、記録に書いておこうと思います。
ドイツに住んでいない人には全くつまらない話かもしれませんが、、、。
~ ゲアハルドの雄叫び ~
Natuerlich kann ich das!!!
なちゅーりっひ かん いっひ だすっ!!!
(訳:もちろんできるともさ)
ドイツのBundeskantzler(連邦首相)ゲアハルド・シュレーダーの野太い声が、テレビを通して部屋の中に響き渡った。
9月18日、日本の総選挙の一週間後、ドイツでも総選挙が行われた。
一時は保守のCDUの圧勝間違いなし、政権交代、初の女性連邦首相誕生と騒がれていた。
しかし、選挙も終盤に差し掛かって、雲行きが変わっていった。
いや、もともと嵐の予感はあったのに、大騒ぎで気付かなかっただけなんだ、きっと。
大体において、この初の女性連邦首相候補、アンゲラ・メルケル氏は人気が無い。
そろそろドイツにも女性の連邦首相が現れても良い頃だと思っている人は、他党支持者にもたくさんいる。
「でもメルケルは嫌」
と、答えが返ってくる。
メルケル氏は本当に人気が無い。
いくら初の女性連邦首相候補だと言っても、『顔だけ見てる分には女だと分からない』という意見が圧倒的に多い。
そんな悪影響を察知した選挙運動本部では、選挙を前に『アンゲラ改造作戦』が実行されたらしい。
スタイリストをつけ、メイクやヘアメイクをつけて、彼女の中に眠ったまま化石になろうとしていた『女らしさ』を発掘し、強調するという、とんでもないアンチ・フェミニズムな作戦だった。
そしてアンゲラは、それらの教えに素直に従って、髪型を変え、前髪にちょっとアクセントを加え、化粧をするようになり、テレビにもカメラにも一般人にもとにかく愛想をふりまくようになった。
そりゃあもう、ここで絶対に勝たなきゃいけないと、彼らも必死だったんだろう。
紅を引いた唇で、10代の素人モデルのように、はにかんだ微笑を浮かべる姿は、正直言ってちょっと痛々しい。
周りの男どもが何を言おうとも、あなたはあなたで良いじゃないの。
あなたは政治家であって、テレビタレントじゃないんだから。
見た目の愛嬌じゃなくて、政策で勝負しようよ。
信頼感を勝ち取ってよ。
選挙の数週間前、CDUの代表アンゲラ・メルケルと、現首相であるシュレーダーとのテレビでの直接対決があった。
選挙戦の軸になっている政策を、首相の座を取り合う二人にライブで討論させるっていう、日本ではちょっと考えられない企画だ。
話題性は十分で、おかげでこの放送の後、劣勢だったSPDが一時的にCDUの支持率を抜いたりなんていう事態もあった。
実はこれ、2002年の選挙の時に、シュレーダーVS.CSUの代表シュトイバーの対決が行われ、史上初の両党首対決としてすごく話題を呼んだデュエルの第2弾だ。
この時も、経済政策の失敗をさんざん叩かれていたシュレーダーは、シュトイバーの追撃を見事に交わし、その後の選挙でもギリギリでCDU/CSU支持を上回り、Gruenとの連立政権を組むことで、なんとか絶対過半数を確保した。
そう、シュレーダーは討論に強い。
どんなに追撃されても、頑とした信念と意志の強さで絶対に譲らず、自分の主張を突き通す。
時には声を張り上げ、圧倒的な存在感で、討論を自分のポイントへ持っていく。
なんとなく、ヤツの言っていることは正論だという気がしてくる。
狸だ。
そんなシュレーダーの前では、3年前のシュトイバーにしても今年のメルケルにしても、歯が立たない。
政治家としての質は別として、そういう印象を観ている者に与えてしまう。
それでも、不況や高い失業率、東西格差に苦しむ東地域国民はCDU/CSUを信じた。
政権交代が唯一の道だと疑わなかった。
この期に及んでSPDが勝つわけが無いと思っていた。
ところが、フタを開けてみれば、CDUへの票は思ったようには伸びず、
結局CDU/CSUが35.2%とSPDは34.3%と、その差はわずか1%。
さらに2002年以来SPDと連立を組み、今後も連立を約束しているGruenは8.1%、CDU/CSUとあんまり区別がつかないFDPが大幅に票を伸ばして9.8%。
さらに大方の予想通り、旧東ドイツ地域に安定した支持層を持つPDSが8.7%と、大きく票を伸ばした。
しかし結果として、それぞれの連立を通じても、どちらも絶対過半数には届かないという困った事態に陥ってしまった。
候補者の急な死によって選挙日を延期したドレースデン地区の投票が10月2日に実施されるので、まだ最終決定というわけではないが、大きな変化は期待できないだろう。
日曜日、18時に投票が締め切られ、続々と開票の途中経過が伝えられる中、20時15分からARD(第1放送)で、ライブの党首会談が行われた。
参加した党首は二人の司会者を挟んで両サイドに分かれて座っていた。
将来、連立政権が成立する/ありえそうな党首達を同じ側に座らせ、この先の政局を読もうという試みだった。
画面の右手にSPDのシュレーダー、Gruenのフィッシャー、PDSのギージィ
左手にCDUのメルケル、CSUのシュトイバー、FDPのヴェスターヴェッレが座った。
まずは、司会者の一人からメルケルへと最初の質問が飛ぶ。
「メルケルさん、独立政権復帰もならず、またFDPとの連立でも絶対過半数には届かず、目標として掲げていた政権交代には至りませんでしたね。CDUとしては選挙に負けたわけですが、この点についてどう思われますか?」
おいおい、しょっぱなから強烈なパンチが、それもいきなり顔面に飛んできたよ(爆)
不意打ちに度肝を抜かれたのか、憮然とした表情でメルケル氏がそれに答える。
「私たちCDUは最も高い支持率を得た政党であり、負けたわけではありません。、、、」
しゃべりながら時折、自嘲気味な笑いを浮かべてしまうところが、エリートの悲しいところ。
それともアンゲラ改造作戦で、『とにかく笑え』とか教えられたんだろうか?
心の余裕が無い時に無理に笑顔を作ったために、歪んでしまったのかもしれない。
しかし、そんなことをいくら言っても、もはや負け惜しみの取り繕いにしか聞こえなくなってしまう。
なんていけずな司会者なんだ(笑)
そしてメルケルがしゃべっている最中にアップになるシュレーダー
・・・・・・・・・・・ 笑ってる (汗)
なんなの、その、人を小馬鹿にしたような表情は、心の底から楽しそうな表情は?
小さなアンゲラは、意地悪な司会者の突っ込みに耐えながら、心の中で狸のゲアハルドを罵倒していたに違いない。
はじめっから負け戦だったSPDにとって、CDU/CSUに迫る支持票を集め、
CDU/CSU+FDPによる政権交代を妨害したことは、勝利に他ならない。
だから、SPDは、途中経過で支持率に大差ないことが知らされるたびに、お祭り騒ぎの祝賀会ムードだったのだ。
さて、メルケルに突っ込んだ司会者が同じ質問をシュレーダーにも投げかける。
「シュレーダーさん、SPDは政権を失い、Gruenとの連立でも絶対過半数には届きません。負けたことについて、どうですか?」
シュレーダーが再びアップになる。
・・・・・・・・・・・・・・ まだ笑ってる (爆)
CDU/CSUが当初の予想を大きく裏切って勝てなかったこと、SPDがそれを阻止したことがうれしくって仕方ないらしい。
「当初、政権交代と言われていたのに、CDUは票が伸びなかった。負けたのはあちらさんでしょ」
ってな感じで、司会者の質問はいとも簡単にかわされてしまった。
でもでも、SPDが第1党でなくなってしまったのは事実であり、あなたはSPDの党員であり、首相であって、あなたの政権が危ういってこと、認識しますか??
さすがシュレーダー恐るべし。
さあさあ、もういいから次の質問。
司会者が再びメルケルの方を向き直って、次の質問を投げかけた。
「SPDも絶対過半数を確保できず、これでシュレーダー氏も首相を続けていくことが出来ないわけですが、」
その時だった。
「Natuerlich kann ich das!!」
シュレーダーのだみ声が、テレビを通じてお茶の間にまで一瞬の静寂をもたらすほどの勢いで、スタジオいっぱいに響き渡ったのは(爆)。
絶対に負けを認めない男、ゲアハルド・シュレーダー。
つれづれなるままに、愚痴
ああ、最近なんだか忙しい。
いや、いつも忙しいんだけど、夏場に、同僚や教授が調査だの休暇だのって研究室を留守にしていたのをいいことに、ちょっと調子に乗ってあんまり仕事に身を入れなかったつけが、今、回ってきているんだから、同情の余地も無いけれど。
自業自得。
だけどね、
メール一本で
「〇〇に関するデータを集めてもらえませんか」
だの、
「これに関して今、論文書いてるんだけど、ドイツの状況はどうなんでしょうか」
だの、
「簡単で良いので△△に関して記事を一本書いてもらえませんか」
だの、
気軽に頼んでくれるけど、その期待に答えるにはそれなりに、っていうかかなりの時間と労力と気力が必要なの。
相手が教授サマサマ達だから、へへぇと頭下げて頑張ってこなしているけど、それ調べても、まとめても、私の論文には関係ないのよ。
一体、私はいつ自分のD論書けばいいのーーーーー?
なーんて、ちょっと愚痴ってみたくなりました。
いや、いつも忙しいんだけど、夏場に、同僚や教授が調査だの休暇だのって研究室を留守にしていたのをいいことに、ちょっと調子に乗ってあんまり仕事に身を入れなかったつけが、今、回ってきているんだから、同情の余地も無いけれど。
自業自得。
だけどね、
メール一本で
「〇〇に関するデータを集めてもらえませんか」
だの、
「これに関して今、論文書いてるんだけど、ドイツの状況はどうなんでしょうか」
だの、
「簡単で良いので△△に関して記事を一本書いてもらえませんか」
だの、
気軽に頼んでくれるけど、その期待に答えるにはそれなりに、っていうかかなりの時間と労力と気力が必要なの。
相手が教授サマサマ達だから、へへぇと頭下げて頑張ってこなしているけど、それ調べても、まとめても、私の論文には関係ないのよ。
一体、私はいつ自分のD論書けばいいのーーーーー?
なーんて、ちょっと愚痴ってみたくなりました。