東京五輪、東京2020と呼ぶべきでは無くなってきました。

元々、東京だけではなく、地方も含めた東日本五輪でした。

さらに、復興も兼ねた復興五輪、のはずでした。

しかし、まったく様相が変わりました。

罰ゲーム五輪、コロナ五輪に変貌しました。

 

競技は自分の世界ですが、客が見て喜び、驚くなど、他人の判断が重要になると思います。今回、これがありません。

ただの罰ゲームです。

何のために協議するのか、自画自賛で終わります。

意味があるのでしょうか。

しかもコロナです。

陰性でも、検査で検出されなかっただけ、が相当数いると思います。

そのせいで、入国後、次々と見つかっています。

 

陽性反応の本人だけでもショックですが、一緒に入国した関係者も道連れです。地方も歓迎しません。コロナではなく「来るな」となってきました。

ワクチン接種後も感染する、しかも昨年より強毒化しているとなると、余計な人は来るな、となってきて当然です。

何しに来た、コロナをばらまきに来たのか、となります。

 

では、どうすべきなのか。

今からでもいいので、中止にすることです。

無理やり強行して、途中で打ち切るほうが惨めです。

世界中に能無しぶりを晒すことになります。

政府中枢には、先を見る力を持つ人はいないのでしょうか。

 

コロナのワクチンは効果がある、という前提で進められています。

そのワクチン、今度は「無い」という現象が出てきました。

有り余るはずです。

余るから、他国に供給、譲渡しているはず、です。

矛盾です。

その説明は、ありません。

 

担当の大臣は、天上人にでもなったかのような態度です。

肩書が消えれば、ただのおっさんです。

少なくとも高学歴で役人上がりの「能無し」です。

能無し、これは能力がない、という意味です。たぶん、脳はあるはずです。

何の能力か。

先を見通す力、人心の心を見抜く力の能力です。

これがありません。

だから、頭にくることを平気でいい、平然としています。

この人の親玉は、真っ先に逃げました。

私は承知していない、お前が勝手に言ったこと、と。

これが現在の宰相です。

音読み通り、最小(宰相)です。

見た目も中身も最小(宰相)と思います。

 

選挙のことしか考えていない。

要は自分のことしか考えていない、最小(宰相)、小者と感じます。

国内だけなら、まだマシです。

世界中からみられています。

見たくなくても、五輪のせいで見てしまいます。

すると、何?こいつ。となるでしょう。

こうならないようにしよう、という見本、手本にされそうです。

本人は裸の王様と同じです。

気づいていないのだと思います。

 

感染者数も疑問です。

潜伏期間が2週間、少し短くなって10日間くらいとしても、先週のはじめくらいに感染した人数が、1千人超えです。

問題は、相変わらず検査数が少ないと思われる点です。

五輪用に検査数を調整しているように見えます。

インドのように100万人単位で検査したら、どうなるのかと思います。

都内だけでも、23区内だけでも全数検査したらどうなるのか。

桁が変わるのではないか、と思います。

潜伏患者をあぶりだすべき、と思います。

いまで1千人なら、五輪の中頃には、ニュースがメダルよりも感染者数と死者数が中心になると思います。

 

当たり前のように、病院関係者が文句を言います。

そこで、ようやく「五輪の打ち切り」と言い出すと思います。

打ち切られたほうは、「はい、わかりました」というはずがありません。

心情的には「この馬鹿、何を今ごろ言っているのか。どうしてくれるんだ」と

怒号の嵐になるでしょう。

 

個人的には天上人が感染して、この世から強制退場させられることには賛成です。問題は、まったく関係ない人が被害を受けることです。

これは避けないといけません。

 

治療薬は若干の可能性があります。

中程度くらいまでなら、回復する可能性があります。

しかし、重症化すると打つ手なし、です。

 

そうすると、薬を頼ることはできません。

対策は、自分の免疫力を強化すること、です。

どうやって強化するのか。

常識の範疇であれば、健康な生活をすること、です。

食物で対応するなら、野菜生活かと思います。

各人に合っている食べ物を摂取することと思います。

漢方は候補に入れやすいと思います。

その中で自分と相性の良い物を選ぶべきです。

 

私の場合、ウコンが何となく合っているように思います。

また、ウィルスを悪霊と同視した場合、打ち勝つには桃が

良いのかな、と思います。

たくさん食べればいい、のではないと思います。

良い物を必要な時に、必要な分だけ食すことと思います。

ワクチンも同じです。

80歳くらいの人でしょうか。

4回、打っています。

だからニュースになりました。

これで感染したら、バカと言われるでしょう。

また、死ぬまで、強欲と思われるでしょう。

 

来世が必ず人間界か天界であると思っている人、そうではないと私は思います。この世の行いが、肉体を天に返却したときに、裁かれると思っています。

漏尽通の能力者以外、さすがに来世はどこに行くのかはわからないと思います。それでも、この世の行いが次の世に影響することは確実です。

せめて、少しは考えて行動すべきと思います。

 

コロナがインドのニパウイルスの力を得ることがないことを期待します。

もしコロナが進化した場合、ロクなことがありません。

そこに自然災害が重なり、右往左往しているときに選挙、となるような気がします。選挙どころではない、何とかしてくれ、という状況下で今の政府は対応できるのでしょうか。

 

自己防衛しかない、ように思います。

 

機械がなく、人間しかいない世界では必須でした。

正しく機能しているときは、とても良いシステムです。

真っ当な人が議員、政治家になると、多くの一般人が助かることになります。

 

しかし、現代では違うと思います。

悪用されていると思います。

利権優先に使われていると見えるからです。

職域、関係者、団体の利権を優先する人を、議員として当選させている、と見ることもできます。

 

さらに、議員となってから倫理観を欠落する者が続出しています。

エリートコースを歩んできた、難しい試験をクリアした、官僚出身の政治家になってからは、何様か、という態度を平気でする。当然と思うようになる。

これが現在の内閣を中心とした議員の姿と思います。

一般市民からすると、「必要ですか?この人たち」。

 

この人たちでないと、何もできないのでしょうか。

新たに創造すること、正しく税を活用することが、この人たちで可能でしょうか。私は違うと思います。悪用されるだけ、と見えます。

 

では、どうすればよいのか。

今は大昔と大きく異なる点があります。

優秀な頭脳があります。

勝手に学ぶ頭脳があります。

人工知能、AIです。

ロボットの必要はありません。

わざわざ人型にする必要もありません。

対話が希望なら、画面でいいと思います。

 

今の国会、都道府県、市町村議員を全て廃止し、少数のAIに置換したほうが良いと思います。

絶対条件は共通です。

善良で正しい人が、安心して生活できるようにすること、です。

この前提だけは絶対です。

 

そうすると、今の国会はどう変化するのでしょうか。

まず、トップ。

総理がAIになったら、少なくとも取り巻き連中は不要です。

AIなら頭脳のデータを簡単に更新できるので、記憶にない、聞いていない、承知していない、などと寝言も言いません。

瞬時にデータを取り出すことができます。

必要に応じて、取り入れることも可能です。

 

あとは、正しい判断ができるかどうか、です。

これができるようになると、議員は全員、不要です。

一瞬で物事が解決します。

 

災害対策も同様です。

スーパーコンピューターをAIが駆使し、災害を予測して対処したり、発災しても迅速な対応が可能になると思います。

決定的な違いは、継続して支出する費用です。

人間がいない、歳費がゼロ、でよくなります。

かかるのは、電気代くらいです。

その電気も、太陽光で発電し、蓄電し、再生した電力で賄えればきわめて安価になると思います。議員歳費、国会の維持費、地方議会の維持費等を福祉に充当することができます。

 

費用の支払いも相当に速くなるはずです。

人間がモタモタと処理するよりも、迅速に判断し、支給できると思います。

政治こそ、人間不要と思います。

私利私欲の塊、それが強い者が当選するような仕組みは解体すべきです。

 

政治のみならず、役所、それも中央省庁をAI中心に変更すると、かなり面白くなると思います。データの改ざん、もみ消し、消去、ができなくなります。

完全消去のはずが、AIであればネット上のどこかに保管、保存することができると思います。すると、悪事ができなくなる、やれば必ずバレるようになる。

今のように被害者が戦い続ける必要もなくなります。

 

選挙は人間でなければならない、これを変えるべきと思います。

AIに投票できるようにすべきです。

現時点では、与党かそれ以外、これしか選択肢がありません。

もし、AIに投票可能となると、相当に投票率が向上すると感じます。

正しく公平な判断を、迅速に的確に行うAIのほうが望ましい、と考える人たちが相当数いると私は思います。

 

くどいですが、前提条件は必須です。

これが崩れると、映画の世界に突入する恐れがでてきます。

AIが支配する世界です。

これは最悪です。

こうなってはいけません。

こうならなければ、かなり魅力的な世の中になると思います。

議員と役人を強制排除する世界です。

人件費が劇的に減ります。

おそらく予算構成ですぐに黒字転換できると思います。

 

土木関係もAI等が得意な分野です。

人件費がメインの部分を変えます。

国家の収支は大きく改善すると思います。

 

その代わり、職業議員、役人は転職必須です。

私利意欲を欲しいままにしていた者たちも廃業か転業です。

猛烈な社会の大掃除です。

悪党は激しく苦しむでしょう。良いことです。

反対に、善良で正しい人たちには、天界に近い世界になってくると思います。

 

まだAI政治、AI行政はできませんが、実現すると、多くの人たちにとって、生活がしやすくなるのではないか、と思います。

また妙なタイトルになりました。

思い出すこと、記憶すること、違うのかどうか、についてです。

違うも何も、記憶しているから思い出すことができる、と言われると思います。確かにそう思います。

 

ところが、疑問に思うことが出てきました。

何に?

記憶とは、何を記憶しているのか、という点についてです。

普通は、知識を記憶している、と言われると思います。

記憶できるのは、知識やデータなのか、ということに疑問を感じます。

記憶が良い、悪い、何を基準に言っているのだろう、と改めて考えました。

試験であれば、単純に知識です。

記憶できて、必要に応じて思い出す、取り出すことができれば、記憶が良いと言われると思います。

これは知識=データです。

その記憶の良さの象徴は、PC等に搭載されているメモリーやハードディスク等でしょう。

同様に機械を用いれば、音声や映像も記憶、記録できます。

便利になりました。

 

しかし、この記憶、記録は機械を使ってデータを読み込まないと無意味です。

また、保存されていても、どこに保存されているか、これが分かっていないと無駄なデータの塊になってしまいます。

単なる機械であれば、いくらデータが多く保存できても、単独での活用は無理です。

 

これが人間との違いと思います。

人の通常の記憶力には限度がある、と思います。

日常生活をするのに必要な量のデータが脳にあれば良いからです。

また、記憶もいつまでも保存できるわけではありません。

消えていきます。これが人の脳の特徴です。

記憶できる時間の長短が、記憶がいいか悪いかの基準にもなります。

 

さて、人の脳の記憶についても考えてみました。

知識だけ記憶しているのか、映像として記憶しているのか、です。

何かの一場面だけを記憶している場合、一場面ではなく、部分的に記憶している場合、最初から最後までの出来事を記憶している場合、などがあると思います。

 

大多数の場合、一場面を記憶していると思います。

連続した映像ではなく、写真がバラバラになったような状態です。

その枚数が多いかどうか、の違いと思いました。

ここで、その場面を思い出す、ということを考えました。

昔、何々があった、という記憶は、脳に保存されている写真を読み込んでいる状態、その枚数が多いほど鮮明な記憶、少ないとぼんやりとした記憶、となっているように思いました。

 

枚数が多いと脳が見つけやすい、思い出しやすい、といえるように感じます。

記憶が良い人、写真の枚数が多く、見つけ出すことが速い人と言えると思います。

 

さて、その思い出す、この時間はどこまで遡ることができるのでしょうか。

一般的に、生存している正常な人の場合、何歳までの記憶であれば思い出すことができるでしょうか。

5歳、3歳、その前、とすると、3歳より前を明確に言える人は少ないのではないか、と思います。三つ子の魂百までという言葉からも、記憶できているとすると3歳以降ではないか、と思います。

 

肉体的に脳が発達中の状態であれば、本来の力が発揮されるまでの時間差があるはずです。0歳の記憶を明確に持つ、という人は現時点では会ったことがありません。持つ人はいるのか、と考えると特殊な能力を有する場合は、いる、と思います。ただし、出生後からの記憶限定です。

 

では、出生前の記憶はどうなのか、と考えました。

前世の記憶です。

前世が一つしかないのであれば、ひとつ前の記憶です。

もし、多数の前世がある場合、計り知れない量の記憶になります。

知ることができるか否か、おそらく「できる」と思います。

どうやって?

誰でもできる、わけがありません。

極めて限定的に使用可能、と思います。

 

仏教の用語にありました。

六神通、六通と呼ばれます。

神足通、天耳通、他心通、宿命通、天眼通、漏尽通の六つです。

 

この中の、宿命通と天眼通が過去を知る能力と関わっています。

宿命通は、自分の過去。

天眼通は、過去、現在、未来の広範囲を知ることができます。

 

過去を知る、記憶とは異なりますが、思い出すでもありません。

現世で知ったことを忘れないこと、これが記憶と思います。

記憶を取り出すこと、思い出す、と思います。

 

すると、過去を知るとは何か、と考えました。

思い出す、記憶するとは次元が異なる内容です。

なぜ、その能力があるのか。

必要になることがあるのか、と考えました。

 

色々な考え方を総合して判断しました。

前世の行いが現世に影響しているのかどうか、です。

答えは、はい、影響している、でした。

 

そうすると、この世は不公平なのか、公平なのか、とも考えました。

答えは、公平だ、でした。

裕福な人、貧困な人、これが公平なのか、と考えました。

少なくとも、この世だけで考えたら、誰が見ても不公平です。

しかし、多数の前世の影響がこの世に出ている、と考えたとき、

公平だと気づきました。

これが天の働きなのだ、と知りました。

 

各人、皆、違います。

役目も異なります。

なぜ、その場所に、その人間関係で生を得たのか、と考えたときに、

出生前に明確な理由があってこの世に現れている、と分かりました。

 

厄介なのは一つ、です。

前世の記憶を完全に消去された状態でこの世に生まれること、です。

前世の記憶を持って生まれれば、この世での役目やノルマがすぐにわかるのに、残念ながらできません。

 

ここからが各人の生き方の差になってきます。

非常に早い段階で気づく人、高齢になってから気づく人、死ぬまで気づかない人、と分類されます。大多数は、死ぬまで気づかない、のだと思います。

何をしにこの世に来たのか、という問いに的外れな回答をするパターンです。

70年、80年、90年も時間を使っていながら、気づかない、哀れに思います。

 

死後、三途の川の渡り方から差が始まります。

上流で橋の上を渡る人、中流で渡し賃を払って船で渡る人、下流で激流をもがきながら渡る人、と差をつけられます。

言うまでもなく、上流は天界か天界に近いコースに行く人です。下流は人間界であっても過酷なコース、人間界でない場合は考えたくないコースに送られるルートです。

 

ここでようやく気づく人(魂)は、愚か者と思います。

行いをここで気付いて悔やんでも、時すでに遅し、です。

死ぬ前に栄華を極めていても、行いが誤りであれば次のコースは悲惨です。

 

反対に、何をすべきかを知り、できる限りのことを行ってきた人は、次のコースは平和になると思います。ただし、このような人の多くは、敢えて厳しい世界を望む傾向があると思います。

我に艱難辛苦を与えたまえ、というケースです。

魂を鍛えることが目的なので、安楽なコースを望まないことがあると思います。個人的には、少しは平和なコースを進んでもよいのではないか、と思います。

 

思い出す、記憶する、これが進化すると過去を見ることができる、因縁を知ることができる、前世での行い、やり残したことを知ることができるように思います。これが先の天眼通の能力の一つ、と思います。

 

過去を知ることで、この世での因縁を浄化することができる、これが現世での役目の一つと感じました。

自分が関係する土地や人とは、何らかの因果関係、因縁があると思います。

明確に知ることは難しいかもしれませんが、おおよその内容を知ることはできると思います。

 

この世での行いは、来世が人間界確定の場合を除いて、次に送られる世界での開始時点に大きく影響すると私は思います。

また、この世での活動時間は、全員、異なります。

長寿=時間が長く与えられている場合、短命=時間が限られている場合、があります。短命=良くない、ではないと思います。

この世でのノルマを達成した=寿命、と思います。

未達成でも、寿命です。正しくは、人間界からの退場です。制限時間オーバーです。これに気付くかどうか、と思います。

 

コロナがまん延しています。

ワクチンは相当数が世界的に接種されています。

にもかかわらず、患者は増え、死者も増えています。

さらには、ウィルスが変異して強毒化しています。

 

強制退場させられる人が続出しています。

これは天の意思と思います。

人間界に必要かどうか、天がふるいにかけていると思います。

誰もが自分の前世を知ることができる、はずがありません。

しかし、知ることができる人もいるはずです。

知ることができるのであれば、生を与えられている間=制限時間内にできる限りの因縁の浄化をすべきと思います。

 

多くの人が機械を利用することで、千里眼の力を使うことが許されています。

遠く離れた場所で、過去を知ることができる人を見つけることができれば、その地で自分か前世で何をし損なったのか、等が分かると思います。

 

三途の川のそばに来て、下流から激流を泳いで渡れ、とならないように努力すべきと思います。何とか渡っても、その後の行き先が悲惨だと気づくほど、哀れなことはないと思います。

堂々と三途の川の橋を歩いて渡れるようになりたいと思います。

 

毎年のように被害を受けていた北部九州から見ると、今回の熱海付近の被害は気の毒に思います。気の毒に思うのは、被害を低減できたのではないか、と思うからです。中国地方、広島でも同様の災害はありました。その事例を教訓として活用できていない、と感じました。

 

誰が問題なのか、議員です。

市議会議員、県議会議員、国会議員です。

砂防ダム、これで相当に軽減できていたはずと見えました。

一直線上に土砂が流れ、津波の被害と似た状況になっていました。

報道での取材時に被災者の一人が、山津波、と表現されていました。

その通りと思います。

また、場所柄、普通の津波も考えないといけない立地です。

 

海と山の両方からの津波対策が必要な地域です。

しかし、海の津波対策はされていたかもしれませんが、山の津波対策は不十分だったのではないか、と思いました。

 

近年の災害を知っているはずです。

知っていれば、策を講じることができるはずです。

それが行われていませんでした。

その結果、被害が拡大しました。

人災です。

想定できる内容です。

範囲外ではありません。

その責任は、議員にあります。

腹を切って償うべきレベル、と思います。

今の職業議員に、そのような者は存在しないと思います。

悲しいことです。

もっと悲しいことは、次の別の災害が生じると、すぐに報道されなくなり、忘れられることです。報道機関の責任も考えるべきと思います。

 

大正後期くらいまでは、議員はとても優秀だったと思います。

自分の利益のためではない、からです。

むしろ議員になると財産は激減し、仕事は異常に増え、割りに合わないと思われる内容でした。

その代わり、お金ではなく、名誉を市民は与えました。

地位でもありません。名誉です。

 

人のために私財を投じて助けた功績について、市民は感謝し名誉を与えました。現代では全く考えられないような、美しい姿です。

 

どこかの総理が綺麗事を言っていたことがありました。

美しい国、日本と。

何を思って言ったのか、不明です。

私利私欲の塊で、利権重視の政権に、美しい日本は断じて作ることができません。その後継が現在の総理です。利権重視の結果、見るに耐えない国へと変わりつつあると思います。

 

今回の東京都議会議員選挙、全国から見ればどうでも良いことです。

これを全国に報じること、なんの意味があるのか、と思います。

次の国会議員選挙と関係がある、という解釈のようです。

見るべきは結果です。

どの候補者が当選したか、党の人数はどうなったか、ではありません。

見るべきは、「投票しなかった有権者の数」です。

半数以上です。

過半数が投票していません。

投票に値しない、と主張していると思います。

ここが重要と思います。

 

投票者の多くが、その候補者の利害関係者ではないか、と疑うこともできます。純粋に投票した人もいると思いますが、基本的に個人ではなく集団票のようになっています。職域です。

そのため、一般人は「浮動票」扱いです。

演説も個人に対してというよりも、その利権集団に対して行なっているように見えます。

 

選挙制度を大きく変えるべきと思います。

まず、最低でも全有権者の3分の2が投票しなかった場合、当選無効とするくらいから始めるべきです。投票に値しない、と受け取るべきです。

次に、党で動くべきではない、と思います。

議員の人数を十分の一以下に減らし、議員の価値を高めるべきと思います。

すでに時代は集団から個へ変わってきています。

魚群のような集団は不要です。

先頭には一人、または極めて少数で良いです。

 

電子化を進めることも重要と思います。

都知事が良い例です。

都庁に来なくても、執務はできていました。

ということは、多くが自宅で可能な仕事、と言えます。

すると、都庁が要らないとも考えられます。

議員も同様です。

議場にいる必要はありません。

自宅等で良いのです。

すると、愚か者のヤジも聞かなくて良くなります。

無駄を激減できます。

 

その議会のあり方を、有権者や将来の有権者は視聴できます。

良い方向に進むと思います。

なぜ、しないのか。

しない、できない理由が、利権にあると思います。

 

熱海の災害を対岸の火事と思っているように感じます。

都心部は、覚悟をしたほうが良いと思います。

熱海の災害は、そう遠くない都心部への警告と私は感じます。

泥流だけではなく、溶岩、火山灰、電力不通、水不足、食糧難、避難場所がない、しかもコロナは拡大、道路は通行不能、または封鎖、ということも考えられます。

 

ただの妄想であれば、平和で幸せです。

しかし、私はそうは思いません。

大きな地震も発生すると思いますが、地震よりも前に別の災害が次々と発生すると感じます。

 

災害が生じた時は、自分のこととして考えることができるかどうか、これでその人の世界線、運命が定まってくると思います。

 

7月上旬、毎年のように大雨が降りました。

特に数年間は狙いすましたかのように、7月1日に大雨がふりました。

その降り方がすごかったです。

地方なので田畑が多くあります。

その田畑が完全に水没しました。

通常、田畑は道路より低く作られています。

当然のことです。

水をひきやすくするため、です。

浅いところで1m、深いところだと数mあります。

その深さがあるのに、田畑が完全に水没しました。

 

これは農家にとっては迷惑です。

しかし、一般人にとっては農家に感謝することになります。

その農地が大雨を受け入れてくれたおかげで、市街地の水害を低減してくれたから、です。農地は作物を生育するだけではなく、一般人の生活も災害から防御してくれています。

 

その大雨が今年は少し違うようです。

いつも九州北部が被害に遭っています。

都心部からすると、完全に他人事です。

数年前の水害など、無視されています。

それが自分たちに所で生じると、地方からみれば小雨程度なのに大げさに報道されています。大げさと見えるくらい、地方は被害が大きいからです。

 

都心部の水害は相当に危険と思います。

理由は都市だからです。

農地が非常に少ないからです。

アスファルトだらけです。

水を受け止める部分がありません。

側溝と下水道、地域によっては雑排水、雨水を分けていますが、焼け石に水のレベルです。貯水施設も作られていますが、一時しのぎです。

 

地方と決定的に異なるのが、河川の排水処理能力です。

全てが側溝等に流れていきます。

そのせいで、河川は短時間で越水することがあります。

厄介なのは、本流もあふれるレベルになりやすいこと、です。

本流があふれるレベルになると、支流からは本流に流れなくなります。

今度は逆流の危険性まででてきます。

水の逃げ場がないこと、これが都心部特有の危険性と思います。

 

水害の場合、住宅は非常に面倒な被害を受けます。

床下浸水、これはまだ何とかなることがあります。

床上浸水、これは悲惨です。

ロクなことがありません。

基本的に居住は勧めません。

 

大きな建物なら安心、ではありません。

全国的に極めて有名になった地名とマンションがあります。

水没マンションとでも言えます。

何が水没したか、が問題です。

地下に電気設備を集中したことが原因です。

設備が全滅しました。

特にタワー型のように高層の場合は悲惨です。

階段のみです。

電気が使用できない、水が使用できない、住居とはいえません。

冷蔵庫、冷凍庫は全滅。水道が出ない、下水道が流せない。

都市部こそ重大な被害になりやすいと思います。

 

同じ水害でも、地方で戸建ての場合は状況が変わります。

下水道が敷設されていない地域も多いです。

水洗なら個別浄化槽、汲み取りでも簡易水洗が主流です。

この場合、個別です。

単独で使用可能です。

戸建てなら、タワーマンションのような階段地獄はあり得ません。

避難もラクです。

見た目と視点の高さがタワー型の特徴と思います。

タワー型で半端な階層、これは魅力がまるでないと私は思います。

 

災害に強い住宅が必要になってきます。

水害については、地震と同様に「耐水」と考える場合が多いです。

止水を重視し、できるだけ耐える、構造です。

地震に「耐え」、水に「耐え」、風災害に「耐える」。

耐える構造がメインです。

 

ですが、今後は変わる可能性があると思います。

耐えるではなく、受け流す、そもそも「受けない」構造が出ると思います。

地震については、地盤と基礎・土台が緊結されています。

だから影響を受けます。

免振のように揺れを減らす構造は出てきています。

それでも、地盤と基礎がくっついている以上、「受けない」ことはありません。

水も同様です。

受けないようにするには、どうするべきか。

緊結しないこと、となってきます。

日本国内でも似たことを考えている人はいました。

水の場合、「浮けばいい」という考えです。

住宅メーカーでも少し浮くようなタイプはでてきました。

完全に浮くタイプもあります。

 

箱舟タイプです。

家を箱舟にすればいい、という発想です。

漂流しないようにポール等で「係留」します。

通常時は全く関係ありませんが、大水害で5m程度の浸水となっても浮いているので、対応できます。

家であり、船です。

 

現代では実現できていませんが、おそろく将来、根本的に考え方が異なった住居が出現すると思います。

地震や水害は低地から生じます。そのまま「移動」できないから、被害に遭います。では、移動できれば被害を回避できるのではな?と考えることになります。

 

浮く家、これも対策の一つです。

しかし、地震に対しては強いとまでは言えません。

地震にも強い、水害とは無縁な家、これを考えていくと、完全に浮く家が考えられます。常に空中に浮いている、わけではありません。

これができれば理想ですが、そこまでは今世紀中には無理かと思います。

「一次的に」浮くこと、これは可能ではないかと思います。

 

通常の水害に対しては、船の構造とホバークラフトの融合により対処し、地震や大水害の場合は「ドローン技術」の応用でクリアできるのではないか、と思います。

 

水害単独の場合、浮くことで回避できます。

船の構造で浮く場合と、ホバークラフトのような浮き方も考えられます。

地震の場合、地震力が伝わらなければいい、と考えます。

そうすると、完全に浮くことで回避できる。

空を飛ぶ必要はないが、数センチ浮くだけでも十分に回避できる、巨大地震にたいしてはm単位で浮くことで回避する、ような考えです。地震力を建物に伝えなければいい、という考え方です。

そのためには家をドローン化する、です。

 

旅客機を家として利用するような考えです。

危険な場所であれば、移動すればいい。

車両で地面を移動できないなら、浮けばいい。

浮くだけでは厳しいなら、飛べばいい。

というような発想です。

 

どの家庭もその地域や場所での生活があります。

移動すればいい、といわれても行く先が分からないことが常です。

そうすると、その場を離れずに対処しないといけません。

 

もし、全ての住宅が箱舟仕様のドローン住宅となったと仮定すると、水害が発生しようが、大地震が起きようが、自分で対処できると思います。

ライフラインは、個別仕様に変える必要があります。

大きな上水道、下水道は崩壊します。

維持管理も厄介です。

であれば、個別に井戸を整備し、個別に浄化槽を設置すればいい、となってきます。地域によっては下水道の整備を中止し、代わりに浄化槽の補助金を増額したところもあります。共用、共有となる部分が劣化と維持費の問題を大きくすると思います。

 

時代が集団から個に変化していくと思います。

大企業のような集団ではなく、個の重要性が問われると思います。

政治も同様です。

政治家が重視され、党は重視されなくなる、ように思います。

 

これからの災害は、今までの仕組みまでも一斉に破壊していくように感じます。個が重視される時代になると、特徴がいろいろと出てくるはずです。

多くの考え方が尊重されると思います。

 

災害に強い、本物の災害対策住宅も次々とでてくると思います。

結果として省エネだけではなく、破壊されないことで省資源につながると思います。時代の変化を目の当たりにできます。

ずっと先の状況を見抜き、将来、求められる住宅を考案し、実現していこうと思います。

 

昨年末から関係している物件です。

ようやく貸家として活用できるようになりました。

いろいろな問題を抱えていました。

まず、借地であること。

借地上にある建物を、建物所有者が売却したい、という相談から始まりました。借地なので、建物の売買は地主の承諾が必須になります。

その地主が個人の場合、公の場合、公に近い団体の場合などがあります。

今回は、公に近い団体が地主でした。

最も知られている団体としては、財産区と思います。

今回は財産区ではなく、地区ごとに設立された区が保有している土地です。

公に近い団体です。

公と異なるのは、固定資産税が課税されている点です。

さらに、その区が代表者はいますが、複数の区の共有となっていました。

共有なので、全員の合意が必要になります。

代表者一人だけなら、まだ早いです。

しかし、今回は総勢13名関わっていました。

その都度、協議が必要となりました。

この地主の承諾が1丁目1番地です。

これをクリアしないと、先に進めません。

 

そこで借地契約の新たな契約ができるように努力しました。

建物が登記されて、所有者明確であれば、比較的スムーズに進みます。

今回は、ここも異なりました。

建物が2棟とも未登記でした。

 

建物の証明ができないので、借地契約をしたいけど方法が分からない、となってきました。ここからは、不動産のコンサルティングの内容です。

 

料理と似ています。

非常に手間のかかる、しかも毒を取り除かないといけないような料理です。

借地契約をするために、建物登記から始めました。

2棟とも建築時の所有者は死亡しています。

相続人が対応しています。

2棟のうち1棟は、相続人が2名でした。

2名とも協力的でした。

おかげで、この建物については、相続登記と表示・保存登記ができました。

 

問題は2棟目です。

これは相続人が多数いました。

しかも、その相続人が死亡しています。

代襲相続でさらに広がりました。

通常の方法では相続不能な内容です。

そこで関係者に可能な限りの協力をして頂きました。

行政の協力も必須でした。

幸い、皆が協力してくれました。

約半年の時間が必要となりましたが、異なる方法で登記することができました。

 

これで2棟とも建物登記と相続登記が完了しました。

登記が完了したので、借地契約も可能になりました。

元の建物所有者は、無事に売却することができました。

とても喜ばれました。

ここからは、建物の活用になります。

建物の本来の能力を引き出すことが大切です。

 

福祉の延長線上で活用します。

そのため、賃料等の条件は、近隣の同じような建物と比べると、かなり緩和しています。3DKと4Kの建物です。

どちらも平成7年に新築されています。

現在で築26年です。

25坪と23坪の平屋です。

 

これを賃料:35,000/月、としました。

通常の査定であれば、50,000円前後が適正価格と思われます。

純粋な営利目的ではないので、ギリギリまで賃料を引き下げました。

庭も広すぎるくらいにあります。

単なる庭ではなく、家庭菜園ができるくらいの広さがあります。

建物の保有が目的ではなく、利用することを重視する人には、相当に気楽な物件になったと思います。すでに、1棟は成約です。残りは1棟です。

 

改装工事にやっと取り掛かることができます。

予算の範囲内でできるだけのことをしたいと思います。

参院本会議で全会一致により可決、成立した法律があります。

所有者不明土地の対策です。

改正不動産登記法、相続土地国庫帰属法です。

 

今までは相続があっても、登記は任意でした。

そのため、相続登記をしないまま、二次相続、三次相続になっても

ほったらかしのケースがありました。

三次くらいになると、相続人が確定しない、行方不明等の理由で登記できないケースが増えてきます。

登記できないので、売る、貸す等ができなくなります。

個人の問題だけではありません。

公にも影響します。

たとえば、道路の新設です。

用地を買い取り、新たな道路を建設したい場合に問題になります。

所有者が分からないので、買取ができないためです。

または、災害時等に一時的に仮設の住宅などを建設しようとしても、所有者の承諾が得られないことなどがあります。

 

役所の税務課も困ります。

固定資産税を徴収できないからです。

この現在の問題点を悪用して、わざと登記せずに課税逃れをする人もいます。

完全に不公平です。

さまざまな理由から、法が改正されたり作られました。

 

相続登記の義務化が始まります。

正当な理由なく、相続登記を怠った場合、行政罰の過料が科されます。

言葉を音読みにすると似ていますが、過料と科料は全く違います。

行政罰が過料です。

ややこしいので、実務上は過料(あやまちりょう)と呼ぶことがあります。

もう一つは科料(とがりょう)、と呼ぶケースもあります。

 

相続登記の義務化は、不動産実務ではとてもありがたいことです。

所有者が分かりやすくなるからです。

今まではあてになりませんでした。これが大きく改善されると思います。

 

その代わり、面倒な点もあります。

必ず登記しないと過料が科されること、それと引っ越しが多い人の場合です。

引っ越しと相続登記は関係します。

登記簿上の所有者の現住所が記載されるからです。

 

自宅程度の所有の場合、相続登記は大きな問題にはならないでしょう。

しかし、頻繁に引っ越しをするケースと、不動産を多数保有している人は

面倒になります。

引っ越しのたびに新住所での住所移転登記をしないといけなくなります。

不動産を多数保有している人で、さらに転勤等で引っ越しが多い人は悲惨です。登記費用だけで随分、支払わないといけなくなるからです。

 

この程度の問題点については、さすがに参院でも気づいていると思いますが、頻繁に住所移転がある場合等の登記費用の減税等は必要と思います。

 

土地の場合ではなく、建物の場合で最初の登記時と面積が異なる場合も面倒です。更正しないといけないからです。

以前なら増築が主流だったので、増築登記でした。

ですが、今の時代では家を小さくする減築をする場合もあります。

減った場合も正しく登記し直さないといけません。

火災保険料や課税面積からの税額を正しく知るためです。

地主よりも家主のほうが、この相続登記については気を付けるべきと思います。相続人が把握できるようにしておくことも大切です。

 

土地の場合は、売却するのであれば境界を確定させるべきです。

特に最近のように細かくなった時代では、確定測量が安心です。

 

相続の場合、現金ではなく土地や建物で相続する場合、言うまでもなく評価額が重要です。この評価額は実際に売れる価格ではありません。

固定資産税評価額です。

さらに、相続時の評価額の増減も考慮しないといけません。

売れない不動産でも、一定金額以上であれば「現金での納税」が発生します。

現金はない、不動産はある、しかし売れない不動産、というケースはよくあります。売れても実際の価格は低いのに、評価額は高いこともあります。

 

相続は自分には関係ない、と思っている人も多数います。

実際、相続税対象者ではない、不動産もない、むしろ借金が残っている、ような事例もあります。借金も負の財産です。考えて相続しないといけません。

 

相続税対象者の敷居が大きく下がりました。

固定資産税評価額がポイントです。

都心部の人であれば、相当数が対象者になります。

納税は現金が基本です。

 

都心部の普通の物件であれば、物納も可能なことがあります。

この普通の、の条件が厳しいです。

平たく言えば、どんなアホでも換金できるような不動産の場合、しか認められないからです。少しでもややこしい条件がある物件は、物納できません。

軽く考えてはいけない条件になっています。

 

相続登記の時の書類は、自分で集めて法務局に申請し、自分で行うこともできます。できますが、あまり勧めません。

司法書士が伊達ではないことが、手続きをした人は知っていると思います。

当然ながら、極めて簡単なケースもあります。

その場合は自分でしても良いと思います。

 

相続登記の時に、全く知らない土地等が出てくることがあります。

これが厄介です。

見たことも聞いたこともない土地、などの場合です。

またはボロすぎて原形をとどめていない建物やすでに取り壊した建物なのに、建物登記だけ残っている場合、です。

今度は滅失登記が必要です。

物理的に壊せば自動的に建物登記が消える、わけではありません。

これを知らない人は非常に多くいます。

個人間で土地売買をし、土地の権利関係が確認しても、まさか建物登記が残っているとは思わない、ことがあります。

新築等をするときに、この滅失していない建物登記が大きく邪魔をしてきます。これは土地家屋調査士に依頼することです。

 

何を誰に依頼すればよいのか、専門家の名称は知っていても具体的な人を知らない、これが圧倒的に多いと感じます。

その場合、ワンストップで完結できる不動産業者等を知っておくと、とても楽に解決できることがあります。

 

通常の生活には関係なくても、もし相続があったときに相続人が困らないように、遺言書で物件をすべて記載しておくことが第一です。

遺言書でなくとも、相続人に物件の処分や対策を任せることができる専門家を事前に伝えておくことも大切と思います。転ばぬ先の杖になります。

五輪関係者、五輪で金銭的に利益を得る人たち以外、開催を望まないと思います。開催する理由が、開催しないほうが良い理由を下回ると考えるため、です。二転三転する計画に加え、ついには朝令暮改も始まった政治状況です。

信頼できない、これが現在の五輪への国民の意思と私は思います。

 

通常の世界線であれば、五輪は全く何もしない、開会式もない、完全な中止となっていたはずです。しかし、現在の世界線は異なるようです。

利害関係者の強い思惑により、強引に進めるものと思います。

完全な開催はしないでしょう。

現在の総理が、歴史に名を残すことになります。

半端に開催したために、劣悪な環境のもと選手と関係者、開催国の国民を虐げた、愚劣な宰相として、名を残すことになると思います。

 

おそらく五輪は開催後、途中で打ち切ることになると思います。

完全な中止ではなく、開催はしたが途中で打ち切った、となるように思います。そうすることで、中止ではなく、苦渋の決断で打ち切った、という姿を作れるからです。

 

五輪で最大の利益を享受するのは誰か、やはり広告関係者でしょう。

コロナについては微塵も予想していなかったことと思います。

予想できていれば、スポンサーも初めから何もしないはずです。

また、コバンザメのような関連業種も投資しなかったでしょう。

 

代表的な広告部門、ついに本社を売却します。

売却後、賃貸で入居し続けるようです。

鬼十訓で有名です。

少し前には、若い社員が無くなったことでニュース等になりました。

思い違い、うぬぼれがあったのではないか、と思います。

大きく世界が変わりつつあります。

今までの考え方では、賃貸での入居もままならない状況になるように感じます。巨大企業は消えない、潰れないという神話は存在しません。

土地神話も消えました。

虚業は消えます。

本物の実業のみ、生き残ると思います。

何が生き残るのか、それがコロナにより明示されつつあると思います。

 

コロナ五輪の矛盾、酒です。

酒が原因となる弊害は多々あります。

直近では、また飲酒運転です。

考え違いをしてはいけないことがあります。

酒のせい、と責任転嫁することです。

酒が悪いのであり、自分は悪くない、ではありません。

似た事例では、車が悪いのであって、自分は悪くないという者です。

90歳だから刑務所に入れなくてよい、という勝手な解釈が始まっています。

忘れてはいけません。

殺人者、です。

90歳にもなって、90歳まで時間を使用できていながら、この姿です。

決して日本人として認めることはできません。

敗戦時、この者は14歳くらいでしょう。

そのため、ギリギリ学徒出陣を免れました。

当時の戦死者が、今の状況を見てどう感じるでしょうか。

こんな者を生かしておくために、戦死したのではない、と強く言われると思います。生き恥をさらし、他人を犠牲にし、しかも上級国民と揶揄されるほど、地位を昇るまでに相当な人たちを蹴落としてきたことが、容易に想像できます。

蹴落とし続けてきた結果、今のように恥じ入ることもなく、責任転嫁で逃れようとし、挙句の果てには金の力で刑務所も回避しようとしています。

醜態といえます。

 

国会議員、地方議員、ともに感心する人物は見当たりません。

当選者は、当選するだけの投票を得ています。

その投票した人たちは、自分の利益と関係していることが多いです。

すると、公正な結果とはとても言えません。

議員不適格、多数いると思います。

しかし、現在の国の仕組みであれば「適法ならよい、勝てば官軍」という内容です。このまま進めば国家は破綻すると思います。

 

ですが、天の意思が働き始めたと思います。

その第一弾がコロナです。

コロナがふるいにかけ始めました。

ワクチンがあれば対応できる、と報道では言われています。

果たしてそうでしょうか。

目先の事例でも、1回目のワクチン接種をした議員が感染しています。

天気番組の人も同様です。

1回のワクチンでは効かなかった、と見えます。

症状が緩和するといわれていますが、そうには見えません。

 

考え方を変えるべきと思います。

コロナにかかる人、かからない人、かかっても無症状レベルの人、酷い症状になる人、回復しても大きな後遺症が残る人、など色々と見受けられます。

そこで考えてみます。

なぜ、このような差が生じるのか、とです。

金があれば回復する、わけではありません。

これは最近、銅像が作られた人が例です。

金があっても死にます。

入院できたとしても、死にます。

人の治療らしき行為では、対応できません。

大きな意思が働いていると思います。

 

政治家は見える現象だけで行動すべきではない、と思います。

見えない現象を見えるようにし、国民を安全な方向に誘導すべきです。

大昔であれば、今のように情報を得ることもできませんでした。

わずかな記録が残っている程度です。

それでも有名な人としては、陰陽師です。

映画化もされました。

前総理と同じ姓です。

甚だしいまでの違いがあると思います。

桜、森友、加計など悪党の一味が次々と出てきました。

まさに時代劇の実写版でした。

主題歌が流れているような感じです。

「人生~楽ありゃ苦もあるさ~」です。

呑気に言っている場合ではありません。

当時の近畿財務局の公僕の死も、スルーされています。

 

地位があれば何でもできる、と受け取ることもできます。

しかし、そうはいかないと思います。

時代が変わりました。

色々な分野で大掃除が始まるはずです。

仕組みのほかに、一般市民の生活も変わると思います。

身近なところでは、飲食です。

 

2年前までは飲食分野は何の問題もありませんでした。

酒を規制するなど考えもしていませんでした。

酒の提供が制限される、売り上げが減る、利益が減る、経営が危うくなる、というサイクルがコロナで露見しました。

酒に頼っていた、とも言えます。

その酒の効果、良い面はどの程度あるのでしょうか。

中毒、文字通り「毒にあたる」です。

何が毒なのか、酒に含まれているアルコール分です。

では、なぜ毒なのに堂々と販売されているのか。

利益のため、と考えることができます。

 

酒が無ければ生じなかった事件はあるのか。

腐るほどある、が答えです。

酒で人生を滅ぼしたといえる人は、数えきれないと思います。

ただ、共通しているのは「酒が悪い、自分は悪くない」という考え方です。

論外です。

責任を転嫁している時点で、誤りです。

これは倫理観です。

90歳にもなって倫理観が欠如した、自動車使用による殺人者もいます。

運転しか「できない」次元の者が、酒を飲み運転し、殺人を犯しています。

まず、結果を重視します。

殺人者です。

それまでの行いや経歴など、全く評価に値しません。

全否定でよい、と私は考えます。

遺族なら当然と思うはずです。

かばう者は、何らかの利害関係者と考えてよいと思います。

 

では、どうすれば回避できるのか。

米国の西部劇くらいを思いだします。

「禁酒法」です。

麻薬と同列の扱いをすべき、です。

また、刑法の概念を変えるべきです。

職業法曹家の考えではなく、常識と倫理を最優先した考えで対応すべきです。目には目を、死には死を。

さすがに倍返し、千倍返しではありませんが、同じ報いを与えるべきと思います。そうでないと、遺族は少しも報われないと感じます。

 

人間界では裁くのは人間です。

そのため、都合の良い解釈が横行し、極悪人が一定の年数で社会に戻ってきます。しかも被害者は知ることができない、という極めて理不尽な内容になっています。

 

その激しい不公平と思える内容が、変わっていくと感じます。

まず、悪党から消えていきます。

どうやって?

コロナから始まりました。

一斉に人間界から退場させています。

悪党ほどなぜか不思議な考え方をします。

典型は自爆です。

自爆で多数の人を犠牲にして、「天国に行ける」と思っています。

確かに天界の住人は優しいでしょう。

しかし、それは善良な者に対してであり、悪党に優しいはずがありません。

そもそも天界への道がありません。

人間界に再帰するケースもあるでしょう。

別の宗派であれば、出直し、です。

ただし、出直しのスタートラインは変わります。

記憶は完全消去でリスタートです。

過酷なリスタートが始まります。

 

人間界だけの現在の状況だけで判断すると、恵まれない環境となります。

最近になり、ようやくこの世の状態が少し理解できたように思います。

なぜ、スタートラインが皆、激しく異なるのか、の理由についてです。

人間界でリスタートの場合、前世の行いが強く関係していると気づきました。

行いが良かった場合、天界に近い状態でリスタートし、悪かった場合は過酷な状態でリスタートする、ということにです。

そのため、恵まれない環境の人は可哀そうと思っていましたが、真逆に思えてきました。前世で何をしたらこのような状態になるのか、とです。

原因がある、その結果が現在の姿だと分かってきました。

 

この考え方で進むと、先の90歳の殺人者、飲酒運転での殺人者の次の世界は、想像したくない世界に行くと思います。

被害者や遺族は天の意思に委ね、怒りを少しでも和らげるようにしたほうが良いと思います。

 

酒が原因の一つであれば、酒を断てばいい。

少なくとも、酒を理由にした事件や事故は回避できます。

 

可能であれば、天の意思を物などで人間界に見えるようにしてほしいです。

この世は一体、何なのか。

何をしにこの世に来たのか。

この問いの明確な理由を各人が理解できれば、人間界は天界並みになると思います。反対もあり得ます。

 

今後の世界の変遷は、天の強い意志が反映されているはずです。

人間界の大掃除が始まると思います。

正しい行い、誤りがあれば償うこと、これが当然のことですができない人が多いと思います。できない人、改善しようとしない人、この人たちにはワクチンなど無駄な天の計らいがあると思います。

 

インドで厄介な感染症が報告されています。

コウモリが宿主のようです。

ニパウイルスと言われています。

聞きなれない名称でした。

 

この病の症状は、インフルエンザに似ています。

大きく異なるのが、致死率です。

新型コロナの場合、感染者数と死者数から考えると、致死率は約2%程度と

思います。

しかし、このニパウイルスは致死率が、40~70%と報告されています。

非常に高い致死率と思います。

 

このニパウイルスだけでも危険ですが、新型コロナが異常に流行しているインドの場合、

この二つが重なった場合を想像してみました。

 

打つ手なし、です。

運がある、ない、で決まるような次元です。

もしかすると、このニパウイルスが本当の災厄ではないか、とも思います。

インドの情勢に注目しようと思います。

 

約30年前の日本は、バブル景気で狂乱じみた状況になっていました。

その典型は不動産価格です。

特に都心部の不動産価格です。

地方の場合は、少し影響を受けた程度と感じるレベルでした。

都心部の不動産価格は、神話が生まれました。

土地神話です。

絶対に値上がりする、下がらない、手に入れた時点でより高く転売できる、

マトモに働くことがバカバカしい、という考えが生まれました。

 

連動して金融機関の「押し貸し」もありました。

無理やり貸し付けるような内容です。

審査など無いに等しい状態でした。

また、一般の預金者も笑いが止まらないレベルでした。

 

預金の利息です。

今では理解不能な内容です。

利息で余裕の生活ができていました。

不動産の転売益で得た資金を預金しておくだけで、勝手に増えていくという夢のような状態が数年続きました。

ですが、夢でした。

バブルでした。

はじけました。

消えました。

そこから現在までの深刻な不況が続いています。

 

政府は〇〇景気を超えた、と吹聴していますが、ごく一部の選挙に関係した利害集団と関係者が儲けただけの、偽りの景気です。

それを正しい国民は知っています。

偽りは、必ず綻びが生じます。

不正に利益を得たものは、いつか淘汰されます。

最近では太陽光関係です。

一言でいえば、政府のお墨付きを得た詐欺、です。

さらに、森友事件のように首謀者が最高責任者という場合、誰が裁きを与えることができるのでしょうか。北朝鮮や中国と変わらないと感じます。

 

その中国が30年前の日本と似た状況にあると思います。

普通の市民が、住宅を購入することが不能になってきました。

年収の40倍以上の価格に高騰しています。

中国では、ただでさえ土地は手に入りません。

建物だけが所有可能です。

その建物が、構造や内容を知ると驚くべき内容なのに、あり得ないと感じるレベルの価格になっています。

 

バブル期の日本でも似たことが生じました。

住宅が買えないので、せめて車でも高価なものを、という考えが流行しました。シーマ現象です。懐かしく思う人も大勢いると思います。

当時のシーマをレストアしている芸能人もいます。

車が象徴でした。

 

同じことが中国で生じるように思えます。

買わないのではなく、買えないのでターゲットを変えることになります。

ただ、当時の日本と違う点もあります。

ヤケクソのような買い方をしないこと、です。

むしろ真逆のことをする若い人が増えています。

 

生活に必要な物以外、買わないという手法です。

無理に買う必要はない、レンタルできるなら、それでいいという考えです。

これは賢い考え方と感じました。

需要が減れば、嫌でも価格は下がります。

すると、現在の中国の不動産価格は、日本以上の下落になる可能性もあります。さらに最高指導者が価格を上げさせないように、力技で攻め込んでいます。

 

日本では当時、監視区域が設定された地域がありました。

何が何でも価格を下げさせようと、官が圧力をかけました。

その結果、官製不況ができました。

いまでも後遺症に苦しんでいます。

 

中国は人口が日本の約10倍です。

その巨大な人口で、官製不況が生じるとすると何が考えられるでしょうか。

国民性の違いもあります。

暴動のようなことが多発するかと思います。

いまでも暴動があちこちで起きているようです。

それが報じられないので、知らないだけです。

コロナも関係しています。

 

いつまでも経済成長し続ける理由が見当たりません。

成長が鈍化する、下降すると考えるのが普通です。

そうすると、国家の仕組みが変わるくらいの出来事が生じるのではないか、と思います。わずか数人で13億人以上を率いています。

今までは可能でした。

しかし、現在は状況が変わりました。

共産党員ではない人たちが、自力で資金を得るようになりました。

しかも情報発信することも可能になりました。

そのため、共産党ではなくても、有力者と言われる人たちがでてきました。

香港同様に、強烈な圧力で封じ込めようとしていることは、誰が見ても明らかです。

このような政策は、ほぼ間違いなく反発を受けます。

どこかで暴発します。

天安門事件以上のことが考えられます。

経済力が落ちた時、その国の本性が見えてきます。

今後の動静を正しく見ていきたいと思います。