毎年のように被害を受けていた北部九州から見ると、今回の熱海付近の被害は気の毒に思います。気の毒に思うのは、被害を低減できたのではないか、と思うからです。中国地方、広島でも同様の災害はありました。その事例を教訓として活用できていない、と感じました。
誰が問題なのか、議員です。
市議会議員、県議会議員、国会議員です。
砂防ダム、これで相当に軽減できていたはずと見えました。
一直線上に土砂が流れ、津波の被害と似た状況になっていました。
報道での取材時に被災者の一人が、山津波、と表現されていました。
その通りと思います。
また、場所柄、普通の津波も考えないといけない立地です。
海と山の両方からの津波対策が必要な地域です。
しかし、海の津波対策はされていたかもしれませんが、山の津波対策は不十分だったのではないか、と思いました。
近年の災害を知っているはずです。
知っていれば、策を講じることができるはずです。
それが行われていませんでした。
その結果、被害が拡大しました。
人災です。
想定できる内容です。
範囲外ではありません。
その責任は、議員にあります。
腹を切って償うべきレベル、と思います。
今の職業議員に、そのような者は存在しないと思います。
悲しいことです。
もっと悲しいことは、次の別の災害が生じると、すぐに報道されなくなり、忘れられることです。報道機関の責任も考えるべきと思います。
大正後期くらいまでは、議員はとても優秀だったと思います。
自分の利益のためではない、からです。
むしろ議員になると財産は激減し、仕事は異常に増え、割りに合わないと思われる内容でした。
その代わり、お金ではなく、名誉を市民は与えました。
地位でもありません。名誉です。
人のために私財を投じて助けた功績について、市民は感謝し名誉を与えました。現代では全く考えられないような、美しい姿です。
どこかの総理が綺麗事を言っていたことがありました。
美しい国、日本と。
何を思って言ったのか、不明です。
私利私欲の塊で、利権重視の政権に、美しい日本は断じて作ることができません。その後継が現在の総理です。利権重視の結果、見るに耐えない国へと変わりつつあると思います。
今回の東京都議会議員選挙、全国から見ればどうでも良いことです。
これを全国に報じること、なんの意味があるのか、と思います。
次の国会議員選挙と関係がある、という解釈のようです。
見るべきは結果です。
どの候補者が当選したか、党の人数はどうなったか、ではありません。
見るべきは、「投票しなかった有権者の数」です。
半数以上です。
過半数が投票していません。
投票に値しない、と主張していると思います。
ここが重要と思います。
投票者の多くが、その候補者の利害関係者ではないか、と疑うこともできます。純粋に投票した人もいると思いますが、基本的に個人ではなく集団票のようになっています。職域です。
そのため、一般人は「浮動票」扱いです。
演説も個人に対してというよりも、その利権集団に対して行なっているように見えます。
選挙制度を大きく変えるべきと思います。
まず、最低でも全有権者の3分の2が投票しなかった場合、当選無効とするくらいから始めるべきです。投票に値しない、と受け取るべきです。
次に、党で動くべきではない、と思います。
議員の人数を十分の一以下に減らし、議員の価値を高めるべきと思います。
すでに時代は集団から個へ変わってきています。
魚群のような集団は不要です。
先頭には一人、または極めて少数で良いです。
電子化を進めることも重要と思います。
都知事が良い例です。
都庁に来なくても、執務はできていました。
ということは、多くが自宅で可能な仕事、と言えます。
すると、都庁が要らないとも考えられます。
議員も同様です。
議場にいる必要はありません。
自宅等で良いのです。
すると、愚か者のヤジも聞かなくて良くなります。
無駄を激減できます。
その議会のあり方を、有権者や将来の有権者は視聴できます。
良い方向に進むと思います。
なぜ、しないのか。
しない、できない理由が、利権にあると思います。
熱海の災害を対岸の火事と思っているように感じます。
都心部は、覚悟をしたほうが良いと思います。
熱海の災害は、そう遠くない都心部への警告と私は感じます。
泥流だけではなく、溶岩、火山灰、電力不通、水不足、食糧難、避難場所がない、しかもコロナは拡大、道路は通行不能、または封鎖、ということも考えられます。
ただの妄想であれば、平和で幸せです。
しかし、私はそうは思いません。
大きな地震も発生すると思いますが、地震よりも前に別の災害が次々と発生すると感じます。
災害が生じた時は、自分のこととして考えることができるかどうか、これでその人の世界線、運命が定まってくると思います。