昨年位から大きな話題となり、今年は映画界の売り上げを大きく更新

した映画があります。一時は、主題歌を聞かない日はないほど、でした。

話題になるので、作画に関係する企業の脱税もニュースになりました。

 

テレビの地上波で映画が放映されると、視聴率も相当に良かったようです。

裏番組が嘆くのも分かります。

視聴率命、これがテレビの命題なので、当然です。

 

内容を全く知らないときは、何のことかさっぱり理解できませんでした。

登場人物も妙なのが多くいるからです。

ファンの人には怒られるでしょうが、知らないときに急に部分的にみると、

「何だ?このイノシシ男は?」や、「やたら目がデカい人が多いな」という

感じでした。個々の内容を知ると、ようやく理解できるようになりました。

 

大正時代をメインに描かれているのだと知りました。

明治でも昭和でもない、大正にスポットが当てられています。

あまりにも短い年数のため、大正の印象が殆どありません。

そのため、新鮮に感じます。

 

漫画内での内容に、いくつか興味と関心が湧きました。

血を分ける、という行いと、刀についてです。

献血を定期的にしているので、自分の血で何か変化があったら?と

考えてみました。さすがに「鬼」にはなるはずがありませんが、何か

効果があるかもしれない、と思いました。

 

臓器移植では、たまに臓器提供者の記憶や特技などが移植された人に

現れるケースがあることを知りました。

献血レベルでも、何か効果があると面白いな、と思います。

通常は何もありません。

もし、献血者に特殊な能力者がいた場合、その能力の一部でも伝える

ことができると、興味深いと思います。

 

良い能力、良い効果が引き継がれることは、望ましいです。

反対は困ります。

もし、輸血後に何か今までにない能力が使えるようになった人がいるならば、

教えてほしいと思います。

 

漫画内でもう一つ興味を持ったのが、刀です。

サラッと流して観ていました。

何か気になりました。

刀についてです。

1本です。

なぜだろう、と思いました。

しかも、各人が携えている刀が短いことも気になりました。

大小2本の場合、大刀と小刀は見ればすぐに分かります。

ですが、作中の刀は、大刀のようですが、2本差しの場合の

大刀の長さではない、と見えました。

 

中刀のように感じます。

屋敷内、特に屋内で用いることに優れた、維新時の新選組の

刀のように見えました。

でも、なぜ1本なのか、理由が分かりません。

作中でも鬼との闘いで刀が折れる場面があります。

2本であれば、小刀で対応できるはずです。

1本なので、無手になってしまいます。

なぜ、1本なのでしょうか。不思議です。

 

刀の色が変わるという点は興味深いです。

通常、業物、大業物であっても、色は同じです。

刀の色が変わる、という視点と発想は面白く感じます。

自分の特徴が刀の色として現れるのであれば、色で考えること

ができます。

今は刀の時代ではないので、滅多に刀を見ることもありませんが、

色が変わるような刀があれば、見てみたいです。

 

親から子への遺伝は、約五割はあります。

遺伝ではない能力は、本人の努力と才能によります。

ただし、本人の努力や才能とは関係なく、新たな能力を開眼

する人もいるはずです。

 

それが血による場合があってもよいのでは、と思います。

大きな手術等をしない限り、輸血をされることはあり得ません。

ありませんが、もし輸血されることがあった場合、その後の変化

があるかもしれません。

 

誰の血を輸血されたかは、分かりません。

それでも今までには無かった才能等が目覚めた場合、活用すべきと

思います。

購入するか、賃貸のままにするか、で考えている人にも必要な

考えになってきます。

いつ売るか、です。今でしょ、ではありません。短絡思考は危険です。

 

家族構成、年齢、健康状態、仕事内容、会社員か自営業か、年金生活か、

定年なしか、などで考え方が大きく変わってきます。

 

多くは会社員で、定年後は年金がメインの収入源、というケースと思います。

最も考えやすいケースになります。

 

いつ住宅を取得するか、またはすでに取得している場合、現金で購入ではなく、

住宅ローン利用の場合で検討します。

 

完済年齢が大切になります。

定年時と同じ場合、定年とほぼ同時に債務が完済になります。

抵当権抹消手続きを忘れずに行えば、純粋な自己所有物件です。

 

債務がないので、基本的に住居の費用は最安になります。

戸建てであれば、固定資産税と火災保険料程度です。

マンションであれば、追加で管理費と修繕積立金です。

 

注意すべきでは、マンションです。

一般的に住宅ローンは長期で組みます。

現在では35年よりも長い40年で組む人も増えました。

すると、完済時は単純に35年、40年経過しています。

共同住宅なので、色々と修繕が強制的に発生してきます。

 

これが厄介です。

自分の専有部分だけなら、自分さえ良ければ特に修繕する必要はない、と

割り切ることができます。しかし、共同住宅であれば、できません。

さらに、区分所有者全員が修繕積立金等を全額、納めているとは限りません。

ほぼ間違いなく、滞納者がいます。

そのため、全体の修繕をするのに、余計に支出させられることがあります。

「一時金」等の名目です。

今までの積立金では全く足りず、いきなりまとまった金額を要求されることがあります。

 

これを忘れてはいけません。

病気と似ています。

突然、重病化します。

治すのに(直すのに)、高い治療費(修繕費)が発生します。

人体であれば、各種の保険で対応できる場合がありますが、共同住宅には

基本的にありません。あっても加入者が少ないと、保険料が高額になります。

 

先ほどの40年で住宅ローンを組む人の場合、ほぼ間違いなく、維持費を無視しています。

しかも変動で組むことが常なので、支払いに困窮することが増えます。

滞納確定組とも言えます。共同住宅であれば、危険因子と考える方が

良いかと思います。

 

マンションを否定はしません。

地域によっては戸建てがなく、マンションにせざるを得ない場合があります。

その場合、大規模ではなく、できる限り小規模なマンションを勧めます。

また、平均的な価格が比較的、低額な物件を勧めます。

理由は、区分所有者が少ないと、話し合いがまとまりやすいこと、物件価格が

低額だと、滞納のリスクが減ること、そして大規模修繕費用が大幅に圧縮できること、です。

 

小規模のマンションであれば、工事ができない、ということはまずありません。

とてもスムーズに工事ができます。おかげで、工事費用が低く=安くなります。

最近の大型物件、特にタワー型の場合、非常に高額になります。

また、そもそも工事ができない可能性もあります。

さらに、解体費用も忘れないこと、です。

上物の解体も困難ですが、地中の杭撤去もかなり厄介です。

見た目だけで判断すると、巨大な負債を抱える可能性があります。

 

できれば住宅は戸建てを勧めます。

どうとでもできる、選択肢が多いのが戸建てです。

しかも、コンパクトが望ましいです。

つぶしが効くから、です。

 

戸建ての場合、債務を完済してからは、そのまま居住で構いません。

構いませんが、相続人がいない、または誰も必要としていない場合、売却

できるかどうか、、いつ処分するかを考えておくべきです。

 

意思表示ができるときに、真剣に考えることです。

年齢が高齢になる程、売れるときに売る、ことも大切になります。

特に夫婦だけ、または単身の場合です。

あらかじめ売却しておくと、残った不動産の処分を考えなくて良くなります。

当然ですが、売却後の転居先は、賃貸です。

そのため、賃貸物件と貸主と管理会社が重要です。

終身賃貸借契約を理解している貸主と業者が必要になります。

 

単身になった単身になった時、最後の処分を依頼、委託できるかどうか、です。

賃貸を専業としている業者の中には、全く理解していな場合があります。

目先の収益しか考えないので、相手にすらしない、ことがあります。

業者の対応には、十分に注意することです。

 

賃貸の借りることができる条件があるから、です。

先程のように。定年で年金のみ、物件を売却した残金が唯一の所得の場合です。

安定した収入は年金のみです。企業年金であれば、まだマシですが、近年は

減額傾向になっています。

必然的に預貯金を取り崩すことになります。

想定より「長生き」の場合、足りないかも、という不安が生じます。

そのため、賃貸の保証会社の審査時に、連帯保証人を別に求められる場合も

考えられます。

 

仮に65歳の男性とします。

多くは、65歳、男性、職業:「無職」となります。

会社員時代は、会社の「看板」がありました。その時の役職がありました。

会社の信用を受けていました。

しかし、退職後は、ただの無職男性でしかありません。

ひどい人は、退職者証などを掲示する人もいます。

無意味です。

これが理解できるまでに、相当な時間が必要な人が出てきます。

 

無職、これが注意点です。

預貯金がある、これは無いよりはあったほうが良い、レベルです。

すぐに費消してしまうかもしれないので、期待しません。

最も良いのは、安定した収入があること、です。

 

安定した収入がある、健康な高齢者、が望ましい姿になります。

賃貸でも、よほど高額な物件でなければ、何の問題もなく入居できます。

 

この良い条件を構築しておくと、先に物件を処分すると、少なくとも自分の

死後の問題はほとんどありません。

これが本当の、立つ鳥跡を濁さず、と思います。

 

所有権だけ移転し、居住したまま、というケースも特定の地域では可能になってきましたが、

大多数の地域では無理です。

特に地方ほど、この手法は使えません。

 

自分の居住地域と、今後の住宅事情を考えることで、売却する時期を

決めておくことも大切になると思います。

戸建ては比較的、考えやすいです。

マンションの場合は、いつ売るか、がかなり重要になると思います。

先日の住宅地の続きです。

公道と私道が混在している住宅地です。

角地の物件では、公道に一面が面していますので、再建築が可能です。

私道部分は、持ち分が「無くても」再建築はできます。

 

この住宅地は、非常に大変な不動産価格上の問題があります。

公道に面している場合、通常の査定です。

角地で一面が公道の場合、もう一方が私道でも再建築は可能なので、

減額での査定です。査定価格が「出ます」。

 

問題は、私道にだけ面している物件です。

私道でも持ち分があれば、内容によっては価格がつけられます。

しかし、この住宅地の場合、私道に面している人たちは、持分が

ありません。

 

そうすると、何もできません。

私道の所有者が許可等をしてくれるなら、可能になります。

この住宅地の場合、私道の所有企業はすでに存在しません。

法人で解散しています。

相続人等がいません。

 

民法上は国庫に帰属する、はずです。

しかし、できていません。

放置されています。

何もされていません。

 

この住宅地は、駐車禁止の取り締まりが厳しいです。

以前、私道部分で駐車禁止を受けた人がいました。

普通なら、駐禁で喜ぶ人はいません。

ですが、この住宅地の場合、大きな活用方法が考えられます。

 

駐禁なので、警察が違反として認めています。

道路交通法に違反となります。

その道路が重要になります。

公道だから、駐禁として成立します。

すると、私道だったのが、警察の駐禁によって、公道として認められた、

ということになります。役所が認めなくても、警察が公道として認めた証、と

できると思いました。

 

ところが、ここの住人が逆の対応をしてくれていました。

住人は警察に、「ここは私道だから駐禁にできない、反則金を返金して

点数を返せ」と動きました。

警察は所有権等をすぐに確認しました。

住人の主張が認められました。

その住人は勝ち誇ったように、警察から反則金を取り返したことを

自慢していたようです。

またも例の番組のフレーズを使用します。

 

「何ということでしょう。」

 

おかげで私道が確定してしまいました。

公道にできる可能性を見事に潰してくれました。

この住人、今は関係ないかもしれません。

いつの日か、相続等で物件を売却しようとするときが来るはずです。

そこで気づくでしょう。

「無価値」の物件だ、ということにです。

 

持分の無い私道にだけ面している、売却できない物件になります。

相続人も困るでしょう。

行政も警察が私道と認めた部分を、新たに公道と認めるには苦労すると

思います。

目先の反則金は浮いたでしょう。

その代わり、桁違いの損害になりました。

木を見て森を見ず、です。

 

この無価値の物件の所有者から、仮に売却の相談を受けた場合、きちんと

説明し、断ることになります。

売却できない物件=無意味、となるからです。

私道でも別の権利等があれば可能性は出てきます。

通行地役権等です。

今回の住宅地には設定されていません。

所有企業が存在しないので、設定のしようがありません。

 

個人の相続の問題も大きいですが、企業の相続対策もきちんと行うことが、

とても大切と思います。

 

この数日の間、真剣な顧客が重なっています。

いつも感じることですが、なぜか重なります。

適度に分けてくれると良いのですが、不思議なほど重なります。

 

今の案件は、住宅ローンと現金で購入する場合の両者が複数います。

現金の場合は、書類が整えば、即、決済=引渡し可能です。

 

住宅ローンの場合は、いくつか手順を踏まないといけません。

一般的に、まず融資の事前審査を受けます。

 

これが承認されれば、重要事項説明、売買契約となり、融資の

正式申し込みをすることになります。

 

この正式申し込みが承認されると、金融機関との契約=金消契約

となります。この金消契約が済んだら、融資実行=決済、引渡しと

なります。

 

今日も正式申し込みの手続きをしてきました。

すると、銀行側から今までにない「覚書」が出されました。

融資の内容についての確認書のような感じです。

 

なぜ、このような書類が追加されたのか。

理由は、色々とニュースにもなった、住宅ローンの不正利用です。

悪質な業者、悪徳な買主により、住宅ローンを悪用されていました。

また、実際に必要な金額よりも、はるかに多い金額の融資を受け、違う

用途に費消する事案もあったようです。

 

正しく利用する人が、迷惑を被ります。

特に、都市部で多く発生しています。

最も多いのは、賃貸物件取得用です。

アパートローンよりも、住宅ローンのほうが実行金利が低いからです。

 

ワンルームの投資に悪用されてきました。

このワンルーム投資の場合、うたい文句が「税金が返ってきます」、です。

悪党の常套句です。

少し前にも、いきなり電話がかかってきたことがありました。

開口一番、税金が返ってきます、でした。

 

この手の連中は、自分の利益しか頭にありません。

買主のことなど、微塵も考えていません。

1,500万円程度で仕入れ、2,500万円くらいで「中抜きして転売」

する手口です。

 

2,500万円で買主は、「住宅ローン」を組まされます。

毎月の返済額よりも、賃料収入は低いことが常です。

そのため、マイナスが生じます。

 

最初の年は、控除により若干の所得税の還付があります。

しかし、翌年以降はほとんど無意味になります。

 

1,000万円以上高買いさせられ、毎月「追い金」をして、しかも

数年で家賃保証が打ち切られ、売却しようとすると大赤字という

恐ろしい内容です。

 

ここで住宅ローンを使うことで、本当に自分が住むための住宅ローンを

組みたくても、組めません。

また、住宅ローンと「偽って」融資を受けていることが発覚すると、期限の

利益を失い、一括返済を求められることになります。

 

住宅ローン=分割払いが「当たり前」と思う人がいると思います。

違います。

分割払いで良いという、利益を受けています。

これが期限の利益です。

 

騙したとなると、これが無くなります。

一括返済できないと、差し押さえ、競売となってきます。

違約金や利息も余計に必要になります。

メリットはありません。

 

もし、ワンルームの投資物件を住宅ローンで購入して賃貸にしようと

考えている人がいる場合、危険なので再考することを勧めます。

 

通常、不動産を業として行わない場合、道路が誰の所有であるとか、考えることは少ないと思います。

普通に通行していることが多いと思います。

 

アスファルトで舗装されているかどうか、くらいは区別すると思います。

国道、県道くらいであれば、運転する人なら常識のはず、です。

しかし、市道や町道くらいになってくると、道が細い場合もあり誰の所有なのか、分からないことが増えてきます。

 

酷道と揶揄されるような、国道であっても道路標識で分かります。

一般的な住宅地内の道路には、標識が掲示されていないことが常です。

誰の道なのかを調べないといけません。

 

最も分かりやすいのは、登記簿謄本です。

所有者が公で、地目が公衆用道路となっている場合です。

役所の道路課で確認しますが、普通は公道で間違いありません。

市道や町道認定がされていることが普通です。

 

建物を新たに建てる時、公道だけでは不足します。

建築基準法上の道路にも認定されていないと建築できません。

公道と認定されて、基準法上も道であること、が必要です。

 

今回は公道の内容について記載します。

先ほどの最も簡単な場合はラクです。

 

謄本で所有者が公ではない、地目が公衆用道路ではない、こともよくあります。

心配になるのは、所有者です。

 

道路部分と思われる所の所有者が、民間企業や個人の場合があります。

すると、公道ではない、私道(わたくしみち、と分けて言うこともあります。)ではないか、と疑います。

 

私道になると、持ち分があるのかどうか、維持管理はどうなっているのか、など面倒なことが次々と出てきます。

 

所有者は民間企業でも、公道の場合もあります。

今回の物件もそうでした。

住宅地の開発時の会社の名義のまま、になっていました。

これも、よくあることです。

 

ですが、少し異なるのが今回でした。

約100軒くらいの住宅がある団地です。

碁盤の目のように整備されています。

道路部分が公と企業名義の二種類が混在していました。

 

今回の物件の面している部分は、どちらも公道と認定されていました。

企業名義ですが、公道です。安心です。

 

この団地内では、ややこしい点が見つかりました。

この物件ではない、別の区画では、同じ条件なのに企業名義部分が

公道に認定されていませんでした。

実質、私道扱いです。

 

団地内で、公道と私道が混在していました。

所有者は公と企業、同じです。

それなのに、部分的に私道のままになっていることが分かりました。

珍しい案件です。

 

公道認定が部分的にされている、これに注意しないといけないと改めて

感じました。

 

無番地の場合もあります。

無番地であれば、謄本の取りようがありません。

別の証明をする必要があります。

 

区画整備された住宅地内で、公道と私道が混在する例は、今まで

ありませんでした。

通りが一つ変わるだけで、道路の意味が大きく変わります。

当然、査定も変わります。

私道扱いとなると、大きく減額します。

 

小さな違いなのに、価格は大きく変わります。

自分の土地が面している部分は、公道なのかどうか、基準法上の

道路なのか、維持管理は誰がしているのか、を知っておくことも

良いかと思います。

昨日、献血をしたことで個人的に体調が良いです。

血のバランスが改善したように感じます。

私のように特異な体質の人は少ないと思いますが、

献血向きの体質なので、進んで続けたいと思います。

 

その献血について、です。

ワクチン接種と献血に注意が必要かもしれません。

昨日の献血にも、問診の前の聞き取りで、インフル「以外の」

ワクチン接種をしたかどうか、が問われていました。

48時間経過すれば献血可能となっていました。

アストラゼネカ製の場合、不可とされていました。

 

インフルのワクチンでは、48時間経過後で献血可能です。

これは安全性が確認されているから、と思います。

 

問題は、コロナワクチンの場合です。

48時間経過で良いのか、疑問に思いました。

 

理由は、副反応の種類に、血栓があるからです。

献血なので、主要な成分が影響することになります。

もし、献血によって血栓に関わる症状を引き起こすとすると、

危険ではないかと感じました。

 

私の場合、特異な体質のおかげで、ワクチンは接種しません。

そのため、普通の献血になります。

ですが、ワクチン接種者で献血した場合、本当に良いのか疑問です。

 

献血する人は、善意です。

善意ですが、結果として何らかの症状に関与する可能性があることも

考えるべきと思いました。

過失にはならないと言いたいですが、念のため数ヶ月は様子を見ることが

確実のように思います。

 

コロナのワクチン接種は、特にイスラエルが進んでいます。

進んでいるのに、感染者は消えません。増えています。

 

未接種者だけが感染しているのであれば、ワクチンの効果が期待できます。

しかし、現状は違います。

2回接種していても感染しています。

また、感染予防、重症化リスクの二点が問題です。

 

当初は90%以上の効果がある、とされてきました。

これが7月上旬には64%、7月下旬には39%まで減少しています。

 

すると、4割程度しか効かない、ということになってきます。

かなり問題です。

また、血液内部の状態を示した事例がでてきました。

血小板の動きについて、です。

 

2回目の接種以降の血小板の結合度合いが増していること、です。

これが結果として血栓につながっています。

全員ではありません。

しかし、現実に発生しています。

厄介なのは、誰がなるか分からないことです。

 

基礎疾患がない人でも、血栓等の事例がでています。

他の症状もあります。

誰が何の症状が出るのか、明確な予測ができません。

強制的に接種しないといけない人もいます。

相当に覚悟を持って接種すべきと思います。

 

非常に大げさに感じる人もいるかもしれませんが、遺言書も書くべきと

思います。もし、死亡ではなくても、意思表示ができない状態になるかも

しれません。そのときに、関係者に迷惑をかけないようにするためです。

 

遺言書については、当ブログで記載したことがあります。

何度書いても構いません。

最後に書いたものが有効になるからです。

元気で使うことがなければ、「良かったね」で終わるだけです。

 

事が起きてから、では遅いです。

起きる前に準備すべきです。

 

これは現政府が手本です。

何の準備もしないから、右往左往しています。

ミサイルも平気で打ち込まれます。

野党もギャーギャー騒ぐだけ、です。

こうなってはいけません。

 

まず、各人が自分のことを正しく分析し、できることを

確実にこなすことが必要と思います。

現政府のようにならない、これも教訓になります。

単に無能だ、強欲の権化だ、生きる恥だ、などと政治家をけなすよりも、

生きた教材として活用するほうが良いと考えます。

 

献血も、かなり考えて行わないといけないようになった、と思います。

 

今日は定休日ですが、以前から予約されていた人の売り家の案内が午前中に

ありました。予約されているので、指定時間にもピタリに来られました。

真剣なので、対応にも気概が高まります。

しっかりと検討して判断することで、大きな金額について考えて頂ければと思います。

 

その後、午後からは休日なので献血に行くことにしました。

400ccの献血です。

年に3回までは、400ccは献血することができます。

前回は2月頃だったので、半年ほど時間が空きました。

前回の献血後、次回の献血可能日が8月中旬になっていました。

ですが、8月はコロナが非常に感染拡大していたので、献血を控えて

いました。

 

今月になり、コロナの感染者数が減少傾向になったので、行くことにしました。

献血を定期的にされている人の場合、献血後に貧血のような感じになることがあるかもしれません。

そのため、立ちくらみ等がないか、確認することが大切になることがあります。

 

私の場合、特異的な体質のおかげで、貧血のような心配がほとんどありません。

むしろ、体調が良くなります。

以前から、体質について念のため血液内科で精密検査をしたことがあります。

貧血の反対、多血の可能性があったからです。

知人で多血症の人がいました。

定期的に血を捨てる、瀉血をしないといけない状態でした。

幸い、私は正常値の上限にあり、血が余っている体質と分かりました。

 

おかげで、献血すると少し血が減るので、体調が良くなることが多いです。

献血では、献血前に採血で、献血できるかどうか検査されます。

このデータが後で役に立ちます。

簡易ですが、血液検査ができるからです。

私の場合、血が余っているので、喜んで献血します。

血が減ることで具合が良くなります。

献血すると、成分献血ではないので、喜ばれることが多いです。

誰も困りません。

献血で喜ばれ、私は体調が改善できます。

献血に向いた体質と思います。

 

今の献血はデータ化されるので、何回目かなどが容易に分かります。

データ化される前の紙の時の献血回数が記録されていないのは残念ですが、記録があるだけでも参考になります。

献血可能な年齢もあるので、可能な限り献血は続けたいと思います。

 

血の気が多い、という比喩ではなく、実際に「血が多い」ことがわかっています。

頭に血が昇る、というよりも「沸騰する」ような感じが多くなります。

血液の精密検査をするまでは、性格の問題なのか、と理解していました。

そうではなく、実際に物理的に血が多いことが原因だとわかると、対策を講じることができます。

血を適量まで減らせばいい、という策です。

それも単に捨てるのではなく、他人の役に立つ方法を取ることです。

献血という非常に便利な方法があり、ありがたいと思います。

 

コロナの影響で献血者が減少していることを知りました。

通常の体質の場合、献血、それも400ccの場合は貧血に似た状態になることがあります。

成分献血であれば、影響は少なくなりますが、終わるまでの時間が長いという弱点があります。

400ccの場合、速いです。

実質、10分程度で終わります。

特に私のような体質の場合、かなり速いです。

今日も先に400ccの献血をされた人を、追い抜きました。

個人的にはもっと採血して欲しいのですが、仕組み上できません。

3ヶ月後にまた、献血しようと思います。

 

どこの誰の役に立てるかは分かりませんが、若干でも役に立つことがでれば嬉しく思います。

佐藤一斎、言志四録の中の晩録にある、非常に有名な教えです。

少学、壮学、老学です。

解釈が最も分かりやすいと思うのは、やはり安岡氏と感じます。

一日一言などでも出てきます。日めくりカレンダーにもなっています。

その表現を活用させて頂くことにします。

 

少年の頃にしっかり学ぶと、壮年になってから役に立ち、壮年の時も学び続けると、老年になっても気力が衰えることはない。

老年になっても学び続けると、知識も一層高く深まり、社会に役立ち死後も名が朽ちることはない。

 

世界中の人に有用な格言と思います。

義務教育や学生時代までが学び、と考えている人もいると思います。

特に受験さえクリアすれば、あとは関係ない、と考えるタイプの人です。

典型は、役人です。

あとは、決められたことを、「余計な気を使わずに」すればいい、と思う人になりやすいです。

 

進んで気を利かせても、対価は変わらないから、という消極的な人になりやすいです。

積極的に行動しようとすると、足を引っ張られるのが、役人や大企業です。

すると、伸びようとする人は、独立していきます。

 

企業の中には、定年の年齢を一気に45歳くらいまで引き下げようとする動きも出てきました。

その企業内で勤務する人は、驚いたことと思います。

波風立てずに、定年まで生き残ることを強く決心していた人には、死刑宣告に思えたでしょう。

 

しかし、良いことだ、と受け取る人も一定数はいるはずです。

学び続ける人、です。

学び続ける人であれば、ようやく陽の目を見るような感じと思います。

努力が実る時が来た、と感じたことでしょう。

 

学ばない人、学ぶことを放棄した人とは、真逆です。

学ばない=死と同じです。

何をしにこの世界に生かされているのか、を真剣に考える人であれば、

学ばないという考えは、あり得ません。

 

今のコロナ関係の大臣等には、学生時代や役人になるまでは非常に努力したと思われる人もいます。

しかし、大臣等になってからは、学んでいるようには見えません。

単に役人を利用する、こき使う、だけのマシンと化しているように私には見えます。

少し前の「おもてなし」から、「ろくでなし」や「ひとでなし」になっているように感じます。

 

人の心を学んでいない、と感じます。

最もひどい人は、すでに存在が忘れられかけている現総理でしょう。

「まだ、いたのか」と感じるほど、存在感が消えています。

たまに出てきても、いまだに僅かな原稿すら間違っている状態です。

 

極めて無様です。

他国も同様に見えるのでしょう。

「だから」ミサイルを撃ち込まれる、のだと思います。

ひ弱で能無し、と見ているように感じます。

 

指導者とは、未来を正しく知ることで、現在、何をすべきかを瞬時に判断できる人、が肝要です。

本当の先手を打つことができる、だから国民は感謝し、安心できます。

 

信を問う、という表現がされます。

信とは、何か。

大多数は文字通り、信じる、と思います。

読み方を変えれば、まこと、もあります。

 

もう一つ大事な意味があります。

「任せる、任す」です。

 

この人に任せて良いかどうかを、国民に問うこと、です。

信じて良いのか、任せて良いのか、を問うことが選挙です。

 

ですが、今の政治家はルパン並みです。

二世どころか、三世がゴロゴロいます。

任せて良いのでしょうか。

私には、信じる、任せるに値すると言い切れる人が見当たりません。

それでも投票しないといけません。

非常に苦しい、ややこしい投票です。

どうやって選べば良いのか、検討すらつきません。

 

今回の総選挙までは、忸怩たる思いの人も多数出てくるはずです。

でも、次の選挙くらいから風向きが変わるように感じます。

立候補者が大きく変化する時が来るように思うからです。

 

今の二世、三世が、何らかの天罰により退場させられることになる、ような

気がします。その退場を言い渡すのは、災害と思います。

手始めにコロナです。

 

今のコロナは、もしかすると序章かもしれません。

これから本腰を入れて、悪人を消し去るのかもしれません。

ワクチンが追いつかない、そもそもワクチンが効かない、ワクチンで別の症状で苦しむことになる、などが考えられます。

 

天の意思であると仮定すると、これからの災害は天が決めたこと、いちいち狼狽えるな、とも考えることができます。

この世界に必要かどうか、天が「ふるい」にかけ始めた、とも見えます。

 

世界中、逃げ場はありません。

見えない暗殺者が、音も匂いもなく殺しにくる、ような状態です。

防御が効かない、対策がない、という人間如きでは対応できない内容です。

 

生かされる人も天が決めているはずです。

生かされる人には、理由があるはずです。

それに気づくべきと思います。

 

江戸時代から見れば天界のような世界が現代かもしれません。

便利な世界です。

便利ですが、人の生き方は大きく変わってはいないと思います。

天の計らいで生活がしやすくなっていますが、道理を外して良いなどとは

決して言わないでしょう。

 

悪党には償いが必要です。

この世界で罰せられる場合もあります。

この世界で罰せられない場合、次の世で償うことになります。

この次の世が恐ろしいです。

 

人として正しく生き抜くために学ぶこと、これが万人に共通していると

思います。先人の知恵を生かし、活かした生き方をすべきと思います。

 

企業であれば、収益を上げる、最大化することは至上命題です。

当然のことです。

当然のことですが、目的と使用方法がさらに重要と思います。

 

何のために収益を必要とするのか、何に資金を用いるのか、です。

正業といわれる仕事をしている場合、かなり永く持続していることが

多いです。そうではない場合、数年で消えることが多いです。

 

何が違うのでしょうか。

収益の内容と、その収益の使途の違いだと私は思います。

 

適正な利益かどうか、非常に大切な点です。

多くの企業の場合、何らかの商品を取り扱うことがあります。

仕入れ、販売、その差額が利潤です。

これが適正な場合、永く継続できます。

不当な場合、市場から追い出されます。

 

最近では、物理的な商品ではなく、プログラムや知恵、映像等が

金銭に変わっています。これも価格が適正かどうか、重要です。

 

私の場合は、本業が不動産業です。

売買、賃貸があります。

不動産業は、細分化されます。

賃貸の客付け専門、管理中心、売買の仲介専門、売買専門のような

分類です。

 

不動産の場合、扱う金額が一般的に高額です。

特に売買の場合です。

仲介も多数ありますが、仕入れて販売する場合があります。

新築であれば建売、中古であれば買取後に再販売です。

 

普通の業者であれば、利益重視です。

当たりまえです。

それを否定はしません。

 

問題は、その仕入れ価格が適切なのか、再販売価格が妥当なのか、

です。誰が決めるわけでもありません。

売り手と買い手が合意すれば、いくらでも構いません。

 

最も重要になるのは、そこで得た資金の使い方だと思います。

自分のため、それも自分の欲のために使用する場合、良いとは

思いません。大多数がこの用途と思いますが、これには同意しません。

 

何に用いるか、私は社会福祉だと思います。

ここで間違いやすいのが、どこかの施設に寄付する、ではない、という点です。

寄付は以前にも当ブログに記載しましたが、相当に考える必要があると

思います。

 

自分で造る、これが最も良いと考えます。

そこで、私の場合は、賃貸住宅で対応しています。

一般人の場合、障碍者の施設の場合など、状況によって変わります。

 

賃貸の客付け専門会社が例です。

客付けの場合、高齢者、障碍者の場合、拒否するケースが多々あります。

これは客付け会社も問題ですが、貸主がより問題です。

利益しか考えていない貸主が多いことの証です。

 

ただの箱物も問題です。

最近になり新たな規制と法が整備されたので、今後は変わると思います。

箱物規制法のような感じです。

正しくは、サブリース規制法です。

30年一括借り上げ、家賃保証などと、寝言は言えなくなりました。

また、夜討ち朝駆けの地主への激しい営業も制限されます。

最近、この手の会社のCMが激減してきたようにも感じます。

 

空き家だらけだ、空き家を何とかしろ、という風潮もでてきました。

確かに空き家はあります。増えています。

しかし、全てが空き続けているのではありません。

空くべくして、空き家になっています。

理由があります。

 

その理由を考えずに、空き家問題を言うべきではありません。

役人は実務を知りません。

疎いです。

だから、正しく見抜くことができません。

実務者の視点でないと、正しい答えは出せないと思います。

 

空き家であっても、求められている条件を満たすことができれば、

再生できます。

所有と賃貸、いつも悩むことになります。

どちらが良い、ではありません。

 

各人の時期や必要期間によって、答えが変わります。

どちらが得、でもありません。

正しく分析すべきです。

 

私の場合、本業で本腰を入れて取り組んでいます。

20年以上になってきました。

色々なケースを知ることができました。

だから、多くの選択肢を提案することができるようになりました。

 

考える時は、可能な限り多くの選択肢を作るべき、と思います。

その中で、常識を優先しながら、見えない要素も踏まえて判断すること、

これが良い結果につながることが多いです。

 

人によって資金の使い方は異なります。

ですが、この金の使い方で、生き方=生計、死に方=死計が決まってくるように思います。

ようやく判決が確定しそうです。

まずは、元技術屋の最高峰に君臨し、最後まで「車のせい」に

してきた90歳の加害者です。

車が悪い、と言うのであれば、疑問点がいくつも出てきます。

 

まず、運転していた「あなたが」最大の責任者だ、ということを無視していること、です。

車の運転には、運転者が車両の安全を確認して運転する責任があります。

これを無視できる理由が、私には理解できません。

 

もう一つ、技術屋の最高峰にいた人です。

知らない、分からない、は通用しません。

車が悪いなら、自ら証明できるはず、です。

それとも、技術屋の最高峰とは、このような馬鹿者が君臨する地位

なのでしょうか。そうすると、この地位は、バカの証として称えられるでしょう。

 

幸い、世間は被害者に対して心情を察しています。

対応の内容について、良いかどうか考えないといけない事例もありますが、

悪を許さない、という点では同じです。

 

当然のように加害者の自宅近くにも色々な人たちが来ていました。

嫌でも加害者がいることは、周囲に人は知ることになります。

下手すると、同類として見られる可能性もあります。

このまま逮捕されずに安穏と居住していれば、身の危険を感じたのでは

ないかと思います。

 

塀の中のほうが安心、と思ったのかもしれません。

収監されるでしょう。

良い事例になります。

一定の年齢であれば収監されない、という悪い事例を作らず、悪は

裁きを受けるのだ、という教えにできます。

この点については、この殺人犯は控訴しないのであれば、マシな判断をしたと思います。

 

問題は、暴走事故はこれだけではない、ことです。

複数のボートの暴走事故もあります。

子が死亡、子の母は膝から下を両足切断、という事故です。

私には事故ではなく、「事件」に見えます。

 

この加害者が腹立たしい、です。

40代、私とは年齢が近い世代です。

このような悪党が同じ世界に存在することが、許せません。

警察も証拠が見つからず、逮捕まで1年以上かかっています。

 

悪党は逮捕されても平気です。

必ず、同類の裁判屋がいるからです。

この世では、公正な裁きは期待すべきではない、と思います。

そのかわり、死後、激烈な裁きを天が下してくれると思います。

 

先ほどの90歳の殺人者、禁固刑です。

懲役刑ではありません。

期間は、5年です。

 

遺族は納得できないと思います。

一族郎党皆殺しにしたい、と考えるケースもあるはずです。

北朝鮮であれば、皆殺し、しかも公開での処刑でしょう。

それが禁固5年です。

おそらく「生きていれば」もっと短期間で出所するはずです。

今の年齢から、獄中死も考えられます。

 

いかに死ぬか、これが誰でも共通の問題になります。

他人を苦しめ、他人に被害を与えて死ぬ、これは死後も貶される

死に方です。このような「外道」になっていけません。

 

人生の最後の5年間、この重要性を考えるべきです。

どれほど途中までは良くても、最後がダメな場合、すべてが否定されます。

意味は少し異なりますが、終わりよければ全てよし、です。

 

死に方が重要です。

生き方よりも、死に方です。

いかに死ぬか、をしっかりと考えないといけません。

 

自分の死に方を考える時に、参考になる人を知っておくべきです。

死に方が良かった人、についてです。

身近にいれば参考にしやすいです。

しかし、いない場合はどうでしょうか。

 

今までの故人で、死に方が良かった、と言える人がいますか。

死ぬまでの直近5年間が、本当に素晴らしかった、と言える人がいますか。

殺された人、これは死に方は良いとはいえないと思います。

 

適切に自分の死期を悟り、残った人に最小限の手間だけで、美しく死ぬことが

大切です。どれだけ、いるでしょうか。

このことを考えると、死に方が難しいことが分かりました。

 

事件や事故で死亡する、コロナのような病気で亡くなる、天寿を全うし

老衰で亡くなる、など死に方は色々あります。

しかし多くの場合、死に方を選べません。突然、起こります。

 

他人から亡くなってから悪く言われる死に方は、決してすべきではありません。

普段の生き方が重要になってきます。

 

悪事を働かない、当たり前のことです。

これができるかどうか、です。

この世を離れないといけないとき、その最後の瞬間まで注意すべきと思います。

事件や事故の加害者から学ぶべきことも出てきます。

 

悪党は栄えません。

必ず因果を受けます。

この世で受けなかったとしても、次の世で受けます。

この世での利息をつけて受けさせられます。

恐ろしいこと、です。

 

刀の時代であれば、むしろ遺族は堂々と成敗することができました。

ですが、今はできません。

何らかの大きな事変が起こり、考え方が変わることがあれば、被害者の

対策が変わるかもしれません。

 

ですが、現時点では根拠となる法律で、法律の範囲内で対応するのみです。

自分が加害者にならないようにする、このような教育が必要と思います。